ラストスタリオン   作:水月一人

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あんたは……凄いね

 広域戦略兵器メタトロンとサンダルフォン。その二丁のビームライフルみたいなオリジナルゴスペルは、約16年前にニューギニアで起きたレヴィアタン勢力との戦闘の最中に不発し、それ以来ずっと暴走を続けていた。

 

 具体的にはゴスペルに搭載されたイマジナリーエンジンが、低次元世界でシミュレートした魔王討伐の演算結果を刈り取ろうとし続けていたわけだが、鳳たちが抵抗したため低次元世界にはもはや吸い取るための情報はなく、ゴスペルは止めようが無くなっていたようである。

 

 このような不測の事態(バグ)に対して例外を投げられなかったのは、それが全能たる神の兵器であるからだとしたら、なんとも皮肉な話であるが、ともあれ、琥珀を手伝うつもりでサンダルフォンに触れた鳳は、その暴走の原因を察知し、すぐに止めなければと考えた。

 

 すると彼の願いが神に届いたとでも言うのか、その瞬間、アルバイトたちが寝転がる野戦病院みたいな大広間を含む、部屋の全ての電気が停止し、辺りは真っ暗闇に包まれた。突然の出来事に部屋は騒然となり、泡を食った主任エンジニア神楽やよいは素っ頓狂な声をあげた。

 

「なになに!? 一体何があったの? 電力供給は? ゴスペルは無事だよね?」

「わかりません! モニター全て停止しています」

「電力供給システム、応答ありません」

「内線から、全館の電力が停止している模様です」

「メタトロン監視システムから警告。このまま電力供給が行われなければ、72時間以内の暴走が予想されます」

「サンダルフォン、信号途絶……反応ありません!」

「ちょっとちょっと。復旧急いで!」

「間もなく予備電源に切り替わります。3・2・1……」

 

 オペレーターのカウントダウンと同時に、部屋に明かりが戻ってきた。とは言え、予備電源のせいか先ほどよりは明らかに照明は弱く、部屋は全体的に靄がかかったみたいに薄暗かった。それでも目が見えることに安心したのか、一時停止してた人々が一斉に動き出した。

 

 やよいはなにやら機械をひったくると、サンダルフォンを手にぽかんと佇んでいる鳳の下へ駆けつけ、ケーブルをペタペタと貼り付けた。きっと何かを測定するつもりなのだろうが、暫くするとその動きがピタリと止まった。

 

 彼女が覗き込むオシロスコープには、何の反応もないのだ。ゴスペルが動いているならそんな反応はありえないのだが、測定器が壊れてしまったのか、それともサンダルフォンに何か異常が起きたのだろうか……困惑しながら顔を上げると、彼女はそこにまた別の異常なものを発見した。

 

 サンダルフォンを手にする鳳が、その数十キロはある兵器を片手で軽々持ち上げているのだ。

 

「あなたのそれ……どうなってるの?」

「分かりません。ただ、なんとなく分かるっつーか。何言ってる分かんねえな」

「……もしかして、サンダルフォンになにかした?」

 

 やよいが問うと、彼は複雑そうに眉間に皺を寄せてから、

 

「きっと、止め……止めた? 止めました、多分」

「は?」

「ちょっとこれ、持っててくれる? 試したいから」

 

 鳳は眉間の皺をモミモミと指でつまむと、手にしていたゴスペルを琥珀とやよいに手渡した。ずしりとした重量が二人の腕に伝わってくる。こんな物を片手で持ち上げるのは、重量挙げの選手でもありえない。一体、どうやったらこうなるのかと、人々が唖然と見守る中、鳳はつかつかと壁に掛かるもう一つのゴスペル、メタトロンの前まで歩み出ると、背伸びしてそれに手を伸ばした。

 

 すると次の瞬間、また部屋の照明が明滅し、どよめきの中からオペレーター達の悲鳴のような声が轟いた。

 

「メタトロン、信号途絶! ……嘘でしょう? 本当に停止しているの?」

「主任! 今度は電力が過剰供給されています!」

「オリジナルへの電力カットして、アルバイトも止めて!」

 

 そのメタトロンを片手に騒ぎをぼんやりと眺めている鳳の下へ、複数のオペレーターたちがバタバタと駆けつけて、ひったくるようにそれを奪うと、見た目とは違い重量のあるそれを持ち上げきれずにごろりと転がった。

 

 やよいは下敷きになっているオペレーターを助けもせずに、もう周りは見えていないといった感じに、自分の調査に没頭し始めてしまった。

 

*********************************

 

 鳳の手によって16年以上も暴走をし続けていたゴスペルがあっさり停止するのを見るや、その場にいた人々はみんな感謝するより寧ろ気味悪がっていた。そんな中、一人興奮しながら現象を調査していた神楽やよいは、一通り好奇心を満たした後にようやく周りの様子に気づいたらしく、

 

「いけないいけない。取りあえず、エネルギー供給の必要が無くなったんで、今日のところはアルバイトの人達を帰らせてあげて。それから司令部にこのことを伝えて、神域にお伺いを立てるように。オペレーターのみんなは一応、このままゴスペルの監視を続けてちょうだい。あとは……」

 

 忙しそうに指示を飛ばす彼女を見て、鳳が今日はもう帰ったほうがいいかなと思っていると、いきなりガシッと肩を掴まれ、

 

「待ちなさい。君は今日帰れると思わないことだよ」

 

 彼女は不敵に笑うと、腕をグイグイと引っ張って、まるでお誕生会みたいに司令室の中央の席に彼のことを座らせた。

 

 オペレーターたちがパタパタと忙しなく歩き回る中を、手持ち無沙汰に肩身の狭い思いをしながら待つこと数時間、途中、色々と理由をつけて教官は逃げ出し、大広間にいた大量のアルバイトも去り、数人のオペレーターを残して、ようやく事態が落ち着いたところで、やよいは鳳たちを連れて自分の研究室へと帰還した。

 

 大広間を出てすぐの彼女の私室には、シーツに人形がくっきりと浮かび上がったベッドと、散乱する下着と、異常な数のエナジードリンクの空き缶が積まれており、とても人を招き入れるような環境では無かったが、彼女はまるで気にした素振りも見せずに鳳たちを招き入れると、ズザザーッとトンボをかけるように適当にスペースを作ってから、自分はずかずかと10台くらいのモニターが並んでいる机のアームチェアに腰掛けた。

 

 床にところどころ、黒い点々が見えるのはゴキブリの糞だろうか。この人に男だってバレたらまた面倒くさいんだろうなと思いつつ、転がっていた下着を視界から遠ざけるように放り投げ、鳳は覚悟を決めて床に座った。琥珀はそれを見て尻込みしていたが、逃げ出そうにも帰りの足が無いから仕方なく鳳の隣に座った。

 

 やよいは二人が床に落ち着くのを見計らって、タバコにシュバッと火を付けると、彼らに煙が掛かるのも気にせずにべらべらと話し始めた。鳳はその姿を見て、この人を女だとは思わないことに決めた。

 

「新型のゴスペルを作ったのがやって来るって言うから大した人だなと思っていたけど、君は私の想像を遥かに越えていたよ。まさかオリジナルへの適性まであるなんて。君は一体全体何者なの? 普通に考えて、まともじゃないよ」

「面と向かってそう言われると、そこはかとなくバカにされてる気分なんですが」

「もちろん褒めているんだよ! 職員たちは反応に困っていたみたいだけど、君がしたのはとんでもない偉業だよ? 人類が総出をあげて16年も解決しなかった問題を、一発で解決しちゃったんだもの。でも、不思議だなあ。ゴスペルは所有者を一人しか選ばないはずなのに、君は複数のゴスペルに適正があるなんて」

「いや、俺は別に適正があるわけではないですよ」

「え? だって君はあれを止めてみせたじゃないか」

「止めるのと使いこなすのとでは、全然意味合いが違うでしょう。例えば、犬だって訓練すればスイッチのオンオフくらい出来る。でも使いこなすことは出来ないでしょう?」

「ふむ……つまり、君はスイッチをオフにしただけと言いたいわけか。16年も誰がやっても出来なかったことなのに?」

「誤解しないでください。簡単だって言ってるわけじゃないです。あー、つまり……あなたはゴスペルが電力で動いてるわけじゃないのは、理解してますよね?」

 

 鳳がどのくらいの理解度があるのか探るように尋ねると、研究者としてのプライドを刺激されたのか、やよいは足を組み直してから少し真面目な顔つきで言った。

 

「ふむ……君がどういう答えを期待しているのか分からないけど。ゴスペルは神によって与えられる人間の精神エネルギーを物理変換する機械だ。神は我々人類に等しく力を与えてくれていて、その力をゴスペルは蓄え、必要な時に解放してる。身体強化や不可視の力などの超常現象が起こるのも、その神の奇跡の力と考えられている」

「なるほど……」

 

 どうやら殆ど何も教えられていないに等しいようだ。かつてカナンは人類を統制しやすいように、神は人間に何も教えてこなかったと言っていたが、それは神の死後も同じだったようである。ミカエルたちは、未だに人類に情報開示をしていないのだ。

 

 とは言え、それは傲慢でも怠慢でもなく、単純に元となる知識が足りないからだろう。この世界の人々は、だいたい中等教育を終えた段階ですぐに社会に出てしまう。生まれたときから、将来何になるか決められているから、自分の職業に必要ない知識は与えられないのだ。

 

 鳳が、そんな相手にどこまで話して良いものかと頭を悩ませていると、

 

「でも、私はそんなこと信じちゃいないけどね」

「え?」

「神が精神エネルギーを与えてくれているなら、神が死んだ今、私たちはゴスペルを使うことが出来ないじゃないか。だからこれはもっと別のとこから来る力なんだよ。例えば、高次元とか」

「おお?」

「高次元から来るから、私たちはその出どころがはっきりわからないんだよ。それは空間の歪みみたいな、何ていうかパラメータみたいなものだから」

「おおお!」

 

 伝えることは困難だと思っていたが、どうやら目の前の人には関係ないらしい。鳳はほっとため息を吐くと、彼女の言葉を肯定し、

 

「そうです。その高次元方向から来る力のことを、大昔の科学者は第5粒子(フィフスエレメント)って呼んでいたんです」

「第5粒子? 大昔の科学者だって?」

 

 やよいは目をパチパチさせながら続けた。

 

「驚いたな。私がこの話をすると、大抵の人は狂人でも見るような目つきになるのに、君は信じるのかい?」

「信じるも何も、それは事実ですから。丁度いい。新型ゴスペルのことが聞きたかったんですよね?」

 

 鳳はそう言うと、自分の腰にぶら下げていた筒を手に取り、宙に光の弾を作り出した。やよいはそれを見るなり、子供のように目を輝かせて奪い取ろうとした。

 

「ややっ! それは新型かい? 私に送られてきたのとは随分違うようだけど」

「自分用にカスタマイズしたもんで……後で好きにしていいですから、今は我慢してくださいよ」

「うーん、仕方ない」

 

 鳳はやよいがすごすごと引き下がるのを見てから、

 

「ゴスペル・レプリカの機能は千差万別ですが、基本機能として光球を作り出す機能があります。新型ではこの光球のエネルギーを段階的にすることで、複数の光球を重ね合わせ威力を倍増させるという仕組みを作りました。こんな風に」

 

 鳳がもう一つ光球を作って2つを重ね合わせると、光の球は最初よりも強く輝き出した。彼はその光の球をまた2つに分離すると、

 

「でも威力を変えて逆位相の光を作り出すと、2つは打ち消し合ってしまいます」

 

 鳳は今度は2つの球をぶつけて消滅させてみせた。その繊細な操作を見て、やよいは彼がエネルギーの流れがわかるといったのは事実かも知れないと確信した。鳳は、その様子をキラキラした瞳で見つめている彼女に言った。

 

「ところで、この光ってどうやって作り出してると思います?」

「え?」

「光には光源が必要でしょう。もしもこの光球の中心にそれがあるなら、実体を持たない光源とは何なのか? 更にこの光は四方八方に広がっていかなければおかしい。でも、光を増幅するには、その位相と指向性が一致する必要があります。すると、この光球の中心には光源がないことになる」

「……確かに」

「でも現に目の前の光球は重なり合うと威力が増す。でも、光源が無いならこいつはどうやって光ってるというんでしょうか?」

「もしかして……光源は別にあって、高次元から来てるのかな?」

 

 鳳は流石理解が早くて助かると頷いて、

 

「簡単に理解するために、2次元世界を通過する3次元の光を考えましょう。この光はレーザー光線のような指向性があって、一直線に2次元世界を突き抜けています」

 

【挿絵表示】

 

「このレーザー光線の向こうから、もう一つレーザー光線がやってきて、2つの光は糸鋸のように2次元空間を切り裂きながら移動し、真ん中で衝突し増幅します」

 

【挿絵表示】

 

「ところで、3次元のレーザー光線がこうして2次元空間に開けた穴は丸い円に見えますよね? じゃあ、4次元のレーザーが3次元空間に開けた穴はどう見えるでしょうか?」

「………………球だ」

「そうです。この光球は、元々高次元にある第5粒子エネルギーが、俺たちの住む3次元空間を通過する際に開けた穴なんですよ」

 

 故に、光球の正体はただの光ではなく、第5粒子エネルギーが3次元空間に溢れ出す際に発する光というのが正しいのだが、最初それがわからなかった鳳とミカエルは、新型を作るのに苦戦した。

 

 どうして光が増幅されないのかと考えた時、ベクトルを合わせる必要があると気づき、それが高次元なら可能であることに気づいて、ようやく新型は完成した。あの時、ベヒモスを撃退した光は、本当に火事場の馬鹿力で偶然に発見されたものだったのだ。

 

 鳳は続けた。

 

「この高次元方向から来る第5粒子エネルギーの流れを、俺は読むことが出来るんです。オリジナルゴスペルのイマジナリーエンジンは、このエネルギーを蓄えて放出することで、レプリカとは比べ物にならない威力を発揮しています。

 

 ところが16年前に不発に終わった2つのゴスペルは、蓄えたエネルギーを放出する事が出来なかったため、それが最初から無いものと勘違いして、外部から更なるエネルギーを要求し続けていたんでしょう。俺はその流れを止めて、イマジナリーエンジンに溜まったエネルギーを解放しました」

「どうして解放出来なかったんだい?」

「そうですね……高次元世界ってのがあるなら、低次元世界というのがあるのも理解できるでしょう?」

 

 やよいは頷いた。

 

「イマジナリーエンジンってのは、実はその低次元世界との境界なんですよ。デウスエクスマキナ・モードってのは、簡単に言えば、エンジン内の低次元世界にこことそっくりなシミュレーション世界を作り出して、魔王と戦っているという状況を再現し、戦わせ、その情報を戻り値として受け取っているんです。

 

 例えば、現実世界でドミニオンがレヴィアタン勢力1億個体と戦っている時、オリジナルはその1億の情報を低次元世界にコピーして、その世界の住人が全ての個体を倒すことに成功したら、その結果を情報として受け取ります。監視衛星も無いくせに、オリジナル・ゴスペルが友軍誤射も恐れずに広範囲の敵だけを倒せるのはそれが理由でしょうね。

 

 ところで、情報とはそれ自体がエネルギーですから、低次元世界に情報をコピーする時と、それを刈り取る時、二度のエネルギーのやり取りが必要です。これが一方通行になった時、ゴスペルは暴走するわけです」

「ちょ、ちょっと待って。それじゃ君は、私たちがイマジナリーエンジンにエネルギーを供給し続けていたのは、その低次元世界にレヴィアタン勢力との戦いを状況再現させるためだったというのかい?」

「そうですよ」

「それじゃまるで……この世界より高次元にも、似たような世界があると言ってるようなものじゃないか。だって、精神エネルギーは高次元からやって来るんだろう?」

「ええ、そうです。いや、そうかも知れませんよ。俺たちが低次元にシミュレーション世界を作ったように、この世界よりも高次元に、ここと似たような世界があるのかも知れない」

 

 鳳が表情も変えずにそう言い放つと、やよいは流石に苦笑を浮かべてそれをすぐに否定しようとしたが、彼女の科学者としての勘がそれを否定しきれなかったのか、暫くして渋い顔をつくると、

 

「信じられない……いや、信じるしかないんだけど……君は本当に人間なの? どうしてそんな、天使しか知らないようなことを知ってるんだい?」

「それは……」

 

 まさかルシフェルから聞いたとは言えない。鳳は少し考えてから、

 

「ミカエルに聞いたんですよ。新型を作る時に、色々と」

「ミカエル様に? 人間が直接四大天使と対話するなんて、流石に信じられないんだけど、本当なの?」

「本当ですよ」

 

 その質問には鳳ではなく、隣で二人のやり取りを黙って聞いていた琥珀が答えた。

 

「マダガスカルでベヒモスを撃退したって話は聞いてますよね」

「もちろん、それがヒントになって新型が作られたんだって……まさか」

「そこにいたのがその人です。私たちは、その人の指示通りに動いてベヒモスを撃退しました。もしも彼がいなかったら、今頃どうなっていたか……」

「驚いたな……なんでそんな人がドミニオンの訓練校なんかに通ってるの?」

 

 やよいは目を丸くして鳳のことをまじまじと見ている。

 

「まあ、そういう縁があって、ちょっと四大天使と話をする機会を得たんですよ。で、ベヒモスを倒せたんなら、今度はレヴィアタンも何とかしろってミカエルに言われて、こうしてケアンズの訓練校に潜り込んでいたわけです」

「じゃあ、オリジナルを見学に来たのは単に知的好奇心ではなくて?」

「いや、それももちろんありますけど。もしかしたら使用するかも知れないので、その確認ですね。今の所はなんとも言えませんが」

「ふーん」

 

 やよいは感心したように頷くと、組んでいた足を下ろして太ももの間に手を付き、椅子に前のめりになりながら言った。

 

「そういうことなら私にも協力させてよ。お陰様で仕事が一つ減っちゃったから、その分好きなことに時間を使えるし」

「そりゃ助かります」

「なにかして欲しいことあるかなあ。基地のゴスペル関係なら、大抵のことには口を出せるけど」

「それなら新型の配備を急いでくれませんか。戦術科ってとこに配属されたんですけど、作戦を立てるにもそいつがあるとないとで大違いでしょうから」

「わかった」

「後は、ここにいる間、またちょくちょくオリジナルの調査にも来たいんで、その時はよろしくおねがいします」

「もちろん。何なら君、こっちに配置変えして貰ったら? 訓練生してるより自由に動けると思うけどね」

「追い出されたらそうしますよ。なんせ今日編入したばかりなんで」

 

 とは言え、その日は案外近いかも知れない。ケアンズに来て二日目、JKにイジメられたりして敵しかいないと思っていたこの地で、こうして鳳は初めての協力者を得た。

 

********************************

 

 神楽やよいとの対話はその後日付が変わるまで続いた。午後の講義をすっぽかして来たのだから、12時間以上はぶっ通しで話し続けていたことになる。やよいは押しも強ければ話も一方的で、完全に帰るタイミングを逸してしまった格好だったが、つまらなそうな顔でひたすら黙っている琥珀と板挟みになって、途中からは受け答えもぞんざいになっていた。

 

 ようやく解放されたのは日付が変わって暫くした頃、あまりにも一方的に喋り続ける彼女に負けじと鳳も深夜のテンションでマシンガントークをぶちかましていたら、突然糸が切れたように彼女が突っ伏してそのまま眠ってしまったのだった。

 

 他人の話はそこまでして聞く気ねえのかよ恐ろしいやつ……と思いもしたが、確か新型が届いてから徹夜だと言ってたから限界が来たのだろう。仕方ないので、人形がくっきり浮かんでいるベッドに設置して部屋を出る。

 

 連れてきてくれたあやめ教官も帰ってしまったことだし、山の上では身動きがとれないのでどうしたものかと思っていたが、受付に常駐していた警備兵に聞いたら仮眠室に案内してくれた。彼女もオリジナルが停止したことを聞いていたので、道中ありがとうと労われた。もしかしてケアンズに来て優しい言葉を掛けられたのってこれが初めてじゃないか?

 

 仮眠室はパイプベッドが6つ並んでいる病院の大部屋みたいなところだった。先客は無く、琥珀と二人っきりになってしまい、男女くらい分けろよと思ったが、そもそもこの世界に男女の概念はないのだ。まあ、今更JK相手に性欲を持て余したりもしないから特に問題ないだろう。

 

 続きのシャワー室で交互にシャワーを浴びてから、適当なベッドにごろりと寝転がった。間仕切りのカーテンを閉めるとすぐ隣のベッドに琥珀が入る音が聞こえた。6つもあるんだから何も隣同士に寝ることもないだろうにと思いつつ、ウトウトしていたら、その琥珀が話しかけてきた。

 

「あんたは……凄いね」

「ええ?」

「天使様と対等に渡り合ったり、研究者も知らないようなことを知ってたり、オリジナルだって止めちゃった。僕は適合者のはずなのに何も出来なかった」

 

 琥珀の声がしんみりと部屋に響いた。

 

「……瑠璃が、あんたのことを好きになったのも分かる気がするよ」

 

 何か自信喪失するようなことをしてしまっただろうか。謙遜するのは簡単だろうが、下手に刺激すると余計に落ち込んでしまいそうなので何も言えなかった。

 

 こうして彼女と二人っきりになるのは初めてじゃなかろうか。そう言えば島で腹パンしちゃったこともあったが、謝罪したほうがいいだろうか。そう思いもしたが、瑠璃のこともあって、とにかく気まずくて仕方なかった。

 

「ねえ、あんたは……飛鳥さんは、その、精神エネルギーの流れが分かるんでしょう?」

「ん? ああ、第5粒子エネルギーね」

「それって、僕にも出来るのかな?」

 

 隣のベッドで彼女が起き上がる音が聞こえた。きっと、カーテン越しにこっちを見ているのだろう。そっちの方を見たところでどうしようもなかったが、鳳はごろりと寝返りを打つと、

 

「人によって向き不向きがかなりあるけど、本来誰でも習得可能なはずだよ。ゴスペル・レプリカを使えるんなら、まあ、まず間違いない」

 

 鳳がそう返すと、琥珀は数秒間黙りこくった後、何かを決意したかのような声で神妙に答えた。

 

「だったら、僕にその方法を教えてくれないかな?」

「ええ?」

 

 多分、そう言い出すんじゃないかと思ってはいたが……

 

「俺は人に教えられるほど、この力が得意ってわけじゃないんだ。だから君の力になれるなんて、確実なことは言えない。正直、パースに帰ってからミッシェルさんにでも習ったほうがいいんじゃないかな?」

「でも、あんたはここに残るんでしょう? ここで、オリジナルを使って、レヴィアタンを倒すんだ」

「ああ……オリジナル・ゴスペルを使うかどうかは分からないけど」

「僕は、サンダルフォンを使えるようになりたいんだ」

 

 なるほど、そういうことかと鳳は納得した。彼女が自信を失ってしまったのは、本当なら自分が使うはずの武器を、鳳が目の前で使ったからだ。それはあの時も説明したとおり、使ったのではなくて単に止めただけなのだが、彼女からしてみれば、自分の尻拭いを鳳にされてしまったように見えたのだろう。

 

 正直に言えば、鳳としてはあのゴスペルをまた起動することは避けたいのであるが……何しろ、あれのせいでアナザーヘブン世界は一度滅びかけたのだ。だが、それでオリジナル・ゴスペルの所有者を味方につけることが出来て、そしてなにより彼女が自信を取り戻せるというのなら、それも悪くないかも知れない。

 

「……わかった。いいよ」

「本当に?」

「ああ。でも、今言ったとおり、絶対とは言い切れないぞ? あと、俺はレヴィアタンをなんとかしなきゃなんない。そっちを優先するから、どうしてもおまえのことは後回しになると思う。それでもいいなら」

「それでいいよ。ありがとう……」

「オッケー。それじゃ寝ようぜ。明日も普通に講義があるのに、もう遅刻確定だもんな。やんなるぜ」

 

 鳳がそう言ってごろりと背を向けると、カーテン越しの琥珀もベッドに入ったようだった。明日からは訓練校の講義を受けて、放課後はレヴィアタンの調査だけじゃなく、琥珀の訓練にも付き合わねばならなくなった。ここのオリジナルももっと調べておきたいが……その間も瑠璃信の嫌がらせも続くだろうし、思ったよりも忙しくなりそうだった。

 

 しかし、こんな調子でレヴィアタンを倒すことは本当に出来るんだろうか? アズラエルの話では相手は1億を超える大所帯。その全てを倒しきらない限り、いくらでも繁殖して、また元に戻ってしまうのだ。

 

 サンダルフォン・メタトロンの二丁には、それを手っ取り早く解決出来るデウスエクスマキナ・モードがあるが……そいつを使えばまたアナザーヘブン世界のように、どこかの世界が犠牲になるだろう。出来ればそれは避けたかった。

 

 そんなことを考えながらウトウトしていると、

 

「……飛鳥さん。僕は、瑠璃のことが、好きなんだ……」

 

 背中で琥珀のつぶやくような声が聞こえた。そんなこと知っているし、二人が上手く行きゃいいとさえ思っていたが、そんな台詞はもちろん言えるわけがなかった。

 

 鳳は黙って寝返りを打った。考えなきゃならないことは山積みだ。マダガスカルを出る時は、精子を出してスッキリ解決と、それくらい甘いことを考えていたわけだが、これからどうなってしまうのだろうか……自分がどこへ向かっているのか、鳳はちょっとわからなくなっていた。

 

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