琥珀と大立ち回りを演じた後……いじめはより陰険になっていた。
鳳が強いということが発覚して、直接手を出しづらくなった瑠璃信たちは、それならばと間接的に嫌がらせしてくるようになり、結果的に鳳の苦労は大して変わらなかった。琥珀としては鳳のことを助けたつもりだったのだろうが、女子校とはげに恐ろしいところである。
とは言え、その方法は物を隠したり、SNSで陰口を叩いたり、未必の故意で殺そうとしてきたりと、直接的では無くなったから、プライベートな時間が確保出来るようになった分だけ、トントンだろう。(いや、本当にそうだろうか?)彼女らは鳳に危害を加えたいのだが、自分の関与は否定したいのだ。尤も、それはバレバレなのだが。
取りあえず、嫌がらせは宿舎に居る時と学校に居る時だけ気をつけておけば、後は概ね平和だったので、レヴィアタン討伐のための仕込みで色々動く邪魔にもならないので、もう放置することにしていた。ぶっちゃけ、自室に居る時が一番気が休まらないのはどうかと思うが、早朝バズーカが無くなったのだけは地味に有り難かった。
さて、そんな嫌がらせを受けつつ、レヴィアタン討伐のための準備をせっせと続けていたのだが……正直なところ、経過はあまり良好とは言えなかった。
具体的に言うと、相手はとにかく大勢力だから、戦力になりそうな人材を出来るだけ多く集めようと時間がある限り探し回っていたのだが、困ったことに鳳と互角に戦える人間なんて、ジャンヌを除けば基地司令くらいしかいなかったのだ。
見た目は人類最強な教官ですら、現代魔法で身体強化した鳳には勝てず、それもゴスペルを使っての戦闘訓練でなのだから、そんなのをいくら集めても、到底レヴィアタンに勝てるとは思えなかった。正直なところ、居ないよりマシと言った程度で、期待は全然出来そうもない。
他に使える人材としてはゴスペル研究者の神楽やよいの存在は有り難かったが、彼女が直接戦えるわけでもなく……新型ゴスペルは着々と前線に配備されていたが、はっきり言って戦力の増強は微々たるものとしか言えなかった。
というのも、これまで何度も触れている通り、ドミニオンには戦術がないのだ。ドミニオンという軍隊は基本的に専守防衛に特化しており、攻撃という概念は殆ど持っていない。だから新型を手に入れても、それを上手に活用するアイディアがなく、現状の防衛用途に用いるのであれば、旧式で十分だと言って憚らない指揮官までいた。
鳳の配属された戦術科も今年新設されたばかりで、機能するにはまだ数年は時間がかかるだろう。訓練生の中に諸葛孔明のような天才がそう都合よく転がっているわけもなく、作戦面でも鳳の助けになるような人材は見当たらなかった。
そんな具合に、決め手がないまま学校生活はダラダラと続き……
その間、瑠璃がしょっちゅう鳳にアプローチをかけに来て、それを桔梗と瑠璃信たちが邪魔し……
琥珀は空いた時間を見つけてはストイックに訓練していた。
多分、鳳を相手に目を輝かせている瑠璃の姿を見たくないのもあっただろう。かつて自分が死の間際に握っていたというサンダルフォンを、また使えるようになりたいと言って鳳に師事した彼女は、現代魔法を習得しようとして必死だった。
その真っ直ぐな姿勢は好感が持てたし、肝心のレヴィアタン討伐に行き詰まって鳳も時間があったので、可能な限り彼女の訓練に付き合っていた。と言うかほぼ毎日だったのではないか。
そのせいか、この時期一番仲良くなったのは琥珀だったかも知れない。ボーイッシュな彼女は、優秀な弟子としても、友人としても、この女しか居ない世界ではとても付き合いやすかった。でもだからこそ、そんな彼女に対する負い目があった。
いい加減、鳳が鈍感主人公だったとしても、三人の関係性がおかしなことになっているのはわかっていた。自分のせいではないとは言え、結果的に瑠璃のことを取ってしまったのは、琥珀という新たな友達に対する裏切りのように感じていた。
瑠璃が嫌いなわけではない。可愛くないわけでもない。だが正直なところ、彼女とどうこうなるよりは、琥珀に頑張ってほしい気持ちの方が強かった。それは面倒事を琥珀に押し付けたいからなのだろうか。それとも、彼女のことを友達として気に入っているからだろうか。
一番の理由は、やはり鳳が妻帯者であることだろう。彼には帰る場所があり、愛する人達がいるのだ。それに、このままいけば、アリスとの約束を破ることになる。それがずっと後ろめたかった。
そんなこんなで、レヴィアタン討伐に何の打開策も得られないまま、いっちょ前に色恋沙汰の
その間、熱帯に近いケアンズの気温はどんどん上昇し、コンクリートで固められた地面の照り返しが、まるで鉄板の上で焼かれているかのように熱くなっていった。
やはり、太陽光線を遮るものの無い場所では分が悪いからか、水棲魔族の出没情報は少なく、訓練校のある基地周辺では殆ど聞かなくなっていた。だが、基地の目の前にあるマングローブがそうであるように、巨大なオーストラリア大陸の海岸線を全てコンクリで埋め立てるわけにもいかず、ケアンズから少し離れた場所には魔族はよく現れているようだった。
そんな魔族が、基地に近い場所に営巣を始める時があって、流石にそんな物は見過ごせないから、大規模な作戦が決行されたことがあった。尤も、作戦と言っても、単に目撃情報のあった場所に大勢で出かけて行って、見つけ次第射殺という、戦術もへったくれもないようなものであったが、それでもなんとかなっているのは、やはりゴスペルという兵器が優秀なお陰だろう。
戦術科の鳳もそんな作戦に観戦武官として何度か同行させてもらったことがあったが、ドミニオンの隊員に被害が及ぶことは一度も無かった。その事実からして、まだ陸上では人間の方に分があると考えていいだろう。
ただ、気になる点も一つあった。そうやって営巣を始めた水棲魔族を蹴散らした後、死体検分で見かけるのは、いつもインスマウスだったことである。
アズラエルが言うには水棲魔族であるインスマウスとオアンネスの違いは性別だけで、営巣をするならどちらか一方に偏ることはないはずである。それが偏っているのには理由があるはずだ。
インスマウスは頭の出来が悪く、ワーカーであるオアンネスとは違って、基本的に生殖にしか興味を示さないらしい。それが営巣をしていると言うのは、どういう意味があるのだろうか。そしてオアンネスはどこにいるのだろうか。正直、気にし過ぎかも知れないが、理由がわからない以上は気にかけておいた方がいいだろう。
11月も半ばを過ぎて、日差しはますます強くなっていった。
そう言えば、ここは南半球だから四季が逆転しているわけだが、それ以上にグレゴリオ暦がまだそのまま使われていることは感慨深かった。
その頃になるとカリキュラムも進み、訓練生たちも段々と軍人らしくなってきていた。恋愛脳みたいに毎日毎日、お姉さまお姉さま言っていた連中も、訓練を積んで自在にゴスペルを操れるようになってくると、いよいよ卒業を意識してきたのかも知れない。
だが、そんな連中がある日を境に、また上の空でそわそわし始めてきたので、一体どうしたんだろうと思っていたら、クリスマスが近いからだと琥珀が教えてくれた。この訓練校は来月頭にあるジャングル戦闘訓練を終えたら、時期的にクリスマス休暇に入るらしい。忘れていたがこの世界の人々はみんなキリスト教徒なのだ。
そのクリスマスには毎年みんなで集まってパーティーをやるらしく、姉妹の契りのパートナーを作るならこれが最後のチャンスなので、彼女らも気合が入っているのだろう。尤も、その前には過酷なジャングル訓練が待っているので、アメとムチの両方で板挟みになった彼女らは上の空になっていたようだ。
ジャングル訓練とは、メラネシア奪還を想定して行われる、かなり実戦的な訓練であるそうだ。この世界で人間が住んでいるのは、基本的にオーストラリア大陸だけである。だから人類が攻勢に出たとしても、整備された街などは存在せず、常に森林戦であると考えて間違いない。故に、ジャングル訓練が必須なわけだ。
そんな事情もあって、訓練は卒業試験も兼ねており、この緩い訓練校にしては相当厳しい内容らしい。聞けば落第者が出るのは当たり前で、毎年重傷者まで出しているらしく、正直、今までのお嬢様学校のノリでは、とても突破することは出来ないだろう。しかしここで落第したら今までの苦労も水の泡なので、あのお気楽なJKたちも相当プレッシャーを感じているようだった。
ともあれ、この訓練さえ終わってしまえば、すぐにクリスマス休暇に入って、彼女らは晴れて自由の身である。休暇明けは配属先を決めたり、新生活のための準備に費やされ、もう体を張った教練は殆どないそうである。だから鳳も、その頃までにはレヴィアタンをどう討伐するのか、作戦を考えねばならなかった。
ミカエルは前線の戦力もあてにしろと言っていたが、正直なところ、この2ヶ月間見てきた限り、現状のドミニオンが攻勢に転じるのは不可能と断言せざるを得ないだろう。訓練校の生徒はもちろん、既存の部隊が全軍を上げても、こちらから打って出るのは無謀としか言えなかった。
レヴィアタンは女王を倒して終わりではない。群れ全体を制圧しなければ、また新たな女王が誕生してしまう。故に、鳳一人が気を吐いたところでどうしようもない。
面制圧兵器であるメタトロン・サンダルフォンを使用すれば、いくつかの群れを掃討することも可能だろう。ミカエルは、オリジナル・ゴスペルも原発も、どちらも危険だが必要な装置だと言っていた。確かにそうかも知れないが……鳳はそれを止めに来たのだ。その自分がそんな物をあてにするのはどうなんだ?
そんな具合に、暗中模索の日々は続いた。