ジャングル戦闘訓練が終わり、訓練校はそのままクリスマス休暇に突入した。予定通りのことではあったが、実際のところは閉鎖に近く、仮に長期休暇が無かったとしても、講義を再開することが出来なかっただろう。
ジャングル訓練後半に挑んだ10班の内、鳳たちの班を含む8つの班がインスマウスの群れに遭遇し、その内、無事に全員が帰還出来たのは鳳たちの2班だけだった。その他の班はほぼ全員がインスマウスの襲撃に耐えきれず、悲惨な末路を遂げていた。
水棲魔族の侵入が発覚したのは丁度4日目、鳳たちが遭遇するほんの半日前のことで、やはり川を遡ってゴールを目指していたところ、インスマウスの群れに囲まれ、命からがら逃げてきた訓練生が狼煙を上げて救助されたのが最初だった。
彼女は仲間を置き去りにしてきた罪悪感からか、始めは何を聞いても要領を得なかったが、やがて落ち着いてきた彼女から事情を聞いた本部はパニックになり、即座にケアンズの司令本部に救援を要請した。
水棲魔族の侵入はもちろん想定外のことだった。雑な訓練のように見せかけていたが、鳳たちが入ったジャングルは、実は普段から本隊が利用していて地図もある、ちゃんとした演習場だったのだ。ケアンズよりも数百キロ南部の内陸部にあり、ゴール地点が山であるように標高もそこそこ高く、今まで水棲魔族が侵入したことは無く、それどころか、ほんの二ヶ月前に本隊が訓練に使っていて、その時は何事も無かったらしい。
訓練校の教官たちは、事が起こるとすぐに訓練を中止し、本隊による水棲魔族の駆逐と訓練生の捜索を始めた。被害に遭った訓練生たちは、殆どが1日目か2日目に襲撃を受けており、スタート地点付近で発見された。
鳳たちが何度も狼煙を上げても見つけてもらえなかったのは、本部が慌てていたせいと、皮肉なことに彼らが逆にゴールに近すぎたためだった。因みに、自力でゴールに辿り着いた残りの二班は、川に近づかずに、出来るだけまっすぐ森を進んだお陰であった。
被害に遭った訓練生たちは、鳳たちが助けた彼女同様に足を折られて身動きが取れず、嬲りものにされていたようである。生殖が目的だったから命に別状はなく、現在、ブリスベンの軍港に輸送されて治療を受けているそうだが、しかし、命が助かったからと言ってそれで良かったのか……正直、男である鳳には分からなかった。
卒業試験を兼ねた訓練はこうしてなし崩しになってしまったわけだが、ゴールに辿りつけた20名強はともかく、被害を受けた訓練生たちの扱いをどうすべきか……そもそも、彼女らがまだドミニオンになりたいと思っているのか、今後どうなっていくかはまだ未知数である。
ただ一つ分かっていることは、今回の事件がなかったとしても、ドミニオンの隊員は今後減り続けていくということだった。仮に今年の56名が無事に卒業してドミニオンになったとしても、年齢や怪我などで辞めていく隊員はそれ以上に多いのだ。
高齢化が進み、ドミニオンになりたいと言う志願者も年々減り続けており、このままでいくと早晩、人類は軍隊を維持できなくなる可能性が高い。つまり、レヴィアタンを倒すにはもう殆ど時間が残されていないのだ。
鳳が配属された戦術科では、それを意識して攻勢に転じるための士官を育てていたわけだが、実際に物になるにはあと何年かかるだろうか……その間にドミニオンの隊員はどこまで減っているのだろうか。
相手は無秩序に増え続ける獣、こっちは年々減り続ける女性だらけの軍隊……もっと抜本的な改革が必要なのだが、どうやったら勝てるのか、鳳は未だにさっぱり思いつけずにいた。
*******************************
訓練校がしんと静まり返る代わりに、宿舎の方は寧ろ騒がしくなっていた。クリスマス休暇が始まるや、それまでのうっぷんを晴らすかの如く、訓練生たちはクリスマス会に向けての準備で忙しくしはじめた。
多くの犠牲者を出した訓練のせいで、そんな空気は消し飛んでしまうと思いきや、いつも以上の馬鹿騒ぎを演じているのは、これも正常性バイアスというやつだろうか。あちこちの部屋からはクリスマスをどう過ごすかという浮かれた声が聞こえ、トイレにはいつもどおり意味もなく集団が屯しており、ネイルを弄っていた。
ただ、事件の影響がまったくなかったわけではなく、それは姉妹の契りという形で現れていた。恐らく、例の事件で自分たちがいつ同じ目に遭うかわからないという事実を再認識したのだろう。まるで増税前の駆け込み需要のようにあちこちで百合カップルが成立し、二人の世界にのめり込み、宿舎は周りが見えないはた迷惑な連中で溢れかえっていた。
しかしそんな連中にいくら迷惑をかけられても、鳳はもはやそれを悪いこととは感じていなかった。きっと教官たちもそうなのだろう。彼女らはここを卒業したら、もう浮ついてなんか居られないのだ。今だけは楽しく過ごしてもいいのではないか。
そんなことを考えつつ、人気の絶えた校内を歩いていると、裏庭の方から人の声が聞こえてきた。相変わらず宿舎のトイレが使いづらいから、今も校舎まで用を足しに来ているのだが、事件後、休校状態の校舎で人の声がするのは珍しいので、なんとなく足が向いた。
「……どうして言うことを聞かずにあいつを殺さなかったのよ!?」「い、言われた通り置き去りにしたってば~……」「嘘! じゃあ、どうしてあいつ無事なのよ」「聞いたでしょう? あの人、一人でインスマウスの大軍を倒すような人なんだよ?」「ちっ……そのままレイプされれば良かったのに」「とにかく、おまえらのせいだからな!」「焼き入れてやる焼きを」「や、やめてよ~……言うことはちゃんと聞いたじゃない」「うるさい! あいつが生意気なのが悪いのよ」「あの淫乱ビッチ」「死ね!」「やめてってば」
なんだか自分のことがボロクソ言われているような気がする。
出歯亀をするつもりは無かったが、イジメを見つけて放っておくわけにはいかないだろう。それに間違った情報は正さねばならない。
「飛鳥さんは生意気でもビッチでもないぞ」
鳳がふらりと裏庭に姿を現すと、その場にいた連中がビクリと肩を震わせて一斉に振り返った。案の定というか何と言うか、大勢に詰め寄られているのはジャングル訓練の班員たちで、もう片方はよく嫌がらせをしてきた瑠璃信だった。よく見ればバズーカの姿もある。あれ、どこで調達してくるのか、聞いたら教えてくれるだろうか。
「俺が生きてて残念だったな。訓練で何があったかは知ってるよな? おまえらが何しようとしていたか教官に教えてやったら喜んでくれるかなあ? どう思うよ?」
班員たちを囲んでいた瑠璃信たちは泡を食って逃げていった。まあ、実際、報告だけはしといた方がいいのかなと思いつつ、彼女らと一緒に逃げたほうがいいのか判断がつかず、オロオロしている班員たちに近づいていった。
「なんでおまえらまで逃げようとしてんだよ」
「ご、ごめん……うちら、あいつらにあんたのこと嵌めろって言われて」
「そんなこたあ、とっくに知ってんだから、気にするな」
「でも、もしかしたらあんた死んでたかも知れないのに、あたしたちそんなことも考えられなくって……」
「そうだな……」
実際、こんなことを繰り返していたら、いつか犠牲者が出るのは間違いない。彼女らもしっぺ返しが来るかも知れないし、そうなる前に早くあいつらと手を切ったほうがいいだろう。鳳はそんなつもりで気楽に言った。
「まあ、反省もしているようだし、今回のことは大目に見よう。その代わり、今後はもうあいつらの言うことなんか聞かないこと。それから困ってる仲間がいたら、自分のことだと思って、これからは逃げたりせずちゃんと助けるように」
「うん、わかったよ。隣の班のあの子……助かって良かったよね」「飛鳥さんがいてくれて本当に良かった」「あのまま逃げてたら、今頃きっと後悔してたよ」「それどころか、うちらも犠牲になってたかも」
班員たちは鳳の寛大な態度に、口々に謝意を表すと、じっとキラキラした瞳で見つめながら、
「あんたなら、瑠璃様と契っても文句ないよ」
「おまえら……本人がどう思うかなんて、本当にどうでもいいんだな……」
鳳は頭を抱えてため息を吐いた。
実際、恋愛とは一方通行なものなのだろう。相手がどう思ってるかわからないから、楽しくもあるし苦しくもある。だからその答えを求めて、彼女らはから騒ぎを続けているわけだが、結果はいつも美しいものとは限らない。矢印がお互いに向き合っていることの方が珍しいとさえ言える。寧ろ、別々の方向を向きながら一緒にいるカップルの中で、本物を見つけようとして、藻掻いて、損をしているようなものが、本当の恋と言うやつなのかも知れない。
夕方。班員たちと別れた後、いつものように琥珀に稽古をつけてやろうと演習場で待っていたが、彼女は一向に現れなかった。正直、そこまでする義理は無かったのだが、無断で稽古をサボるなんてことは初めてだったので、何かあったのだろうかと教員宿舎まで尋ねていった。
学生の宿舎とは違って管理人のいない教員宿舎は静まり返っており、マダガスカルの廃墟の町を思い出した。以前、瑠璃に無理やり連れてこられたので、ゲストの部屋が1階に固まっているのは知っていた。琥珀の部屋の明かりは消えていて、留守かなと思いつつドアをノックすると、思いがけず中から声が聞こえた。何を言っているかよく聞き取れなかったが、どうぞと言ってるのだと見当をつけてドアを開くと、琥珀が電気も点けずに開け放した窓の縁側で横になっているのが見えた。
彼女は寝返りをうつように、ごろりとこちらを振り返り、
「飛鳥さんか……」
「練習に来ないからどうしたんだと思って。サンダルフォン、早く使えるようになりたいんだろう?」
琥珀は返事の代わりにまた寝返りをうつように背中を向けると、
「……今日は、いいや」
「何かあったのか?」
「あなたには言いたくないなあ……」
ふてくされるような声が暗い部屋に響く。何があったか分からないが、何か嫌なことでもあってふて寝していたと言ったところだろう。無理やり聞き出すのも趣味が悪いし、今日はこのまま帰ったほうがいいかなと、踵を返そうとしたその時だった。
「……瑠璃に振られた」
「……え?」
「僕はさ、飛鳥さんの凄さを知ってるよ」
鳳が動揺してまごついていると、それに反比例して琥珀はどことなく落ち着いた声で淡々と続けた。
「マダガスカルで出会ったときから歯が立たなくて、でも負けないぞって思って頑張ってきたけど、こうして稽古をつけてもらうようになって、より自分とあなたの差が分かってきた。だから……瑠璃が惹かれるのもわかるんだ。
慣れない環境に飛び込んでもすぐ順応して、最近は周りもあなたのことを認めだして、この間のジャングル訓練では、大勢の女生徒を助けてもくれたんでしょう? 教官たちもみんなあんたのことを褒めていた。だから焦ってたんだ。今、行かなきゃ、歯止めが効かなくなるんじゃないかって。そして、振られた……」
「……そうか」
そうとしか言えなかった。暗闇の中で、暫くの間、沈黙が続く。
「フィリアだって」
「……フィリア?」
「瑠璃に好きだって言ったらさ、そうしたら彼女も僕のことが好きだって言ってくれて、嬉しかったんだ。でも、それはフィリアなんだって。知ってる? 愛には種類があるんだよ」
鳳は黙って話を聞いていた。それはいつぞや、瑠璃が教えてくれた聖書の話だった。琥珀は記憶をなぞるようにその話を彼に聞かせてから、ため息交じりに、
「その話を聞いて、瑠璃が僕に抱いてる気持ちがどんなものかがよく分かったんだ。そして、彼女があなたのことをどう思っているのかも。僕が……あなたのことをどう思っているかも……すごくよく分かった」
彼女はそこで一拍置いてから、まるで今生の別れでもするかのように、
「僕は、あなたなら、瑠璃を任せてもいいと、本気でそう思ってる」
どいつもこいつも……本人がどう思ってるかなんて、本気でどうでもいいようだ。
琥珀の肩が震えている。鳳はきっと、今の彼女には何を言っても届かないだろうと思い、何も言わずに黙っていた。
気まずい沈黙が部屋の中に流れる。多分、このまま待ってても、彼女が振り返ることはもうないだろう。彼女が最初拒否したように、今日の訓練は無理のようだ。鳳はそう判断すると、これ以上彼女を刺激しないように踵を返した。
すると、その気配を察知した琥珀が、そのままの姿勢で言った。
「虫のいい話だけど、明日になって元気になったら……また稽古をつけてくれるだろうか?」
「ああ」
「ありがとう。僕は……強くなりたいんだ」
「ああ」
鳳はそう短く返事をすると、部屋から出て後ろ手にドアを閉め……そして徐にため息を吐いた。
正直、息が詰まった。なにが悲しくて女同士の恋愛に巻き込まれなければならないのか。この上、桔梗や瑠璃信にまで敵視されて、この間なんて命を落とし掛けさえもした。
本当に馬鹿らしいが……でも、琥珀は本気だったのだ。そんな彼女のことを、自分が傷つけたのも事実だった。
それもこれも、馬鹿らしいと思ってずっと自分の態度をはっきりさせてこなかったせいだ。
瑠璃のことは嫌いじゃない。出来れば彼女との関係を精算するようなことはしたくない。しかし、そろそろ決着をつけねばなるまい。それがせめてもの誠意というものだ。
鳳は部屋から出ると、すぐ隣の部屋のドアをノックした。中から返事がして、鳳が名を告げると、バタバタと足音を立てて、ルンルン気分の瑠璃が出てきた。
「まあ、白様! どうされたんですか、わざわざ私の部屋まで」
「ちょっといいかな?」
鳳はそれだけ言うと、強引に彼女の手を引っ張って外へ連れ出した。
出来るだけ人気のない場所を探していたが、教員宿舎と言っても結局は軍隊の駐屯地だから、外は哨戒の兵士が度々通り過ぎていった。訓練校まで行けばなんとなると思ったが、空気の読めない瑠璃が嬉しそうに肩にぶら下がってきたので、鳳は彼女の両手を握ると、せっせっせーのよいよいよいと振りほどいた。
瑠璃はおかしそうに笑っている。これ以上移動するよりも、さっさと要件を済ました方がいいだろう。ベンチも何も見当たらないから、しょうがないのでガードレールに腰掛けて、どうしたんだろう? と首を傾げている瑠璃のことを、鳳は表情を変えずにまっすぐ見つめながら言った。
「さっき、琥珀のところに行って、聞いた」
「そう……ですの」
全く想定していなかったのだろう。寝耳に水と言った表情で瑠璃は見ている。
「あー、正直、俺からこんなこと言うのは馬鹿げてるし、琥珀とのことを考え直せと言いたいわけでもないんだ。ただちょっと、さっさと片付けたいっていうか……ルリルリ、俺のこと好きだろう?」
「え? それは、その……」
瑠璃はもじもじしている。彼女が一生懸命アピールしていたのを、分からなかったわけがないのだ。だから言わねばならない。
「その、君の気持ちには気づいていた。でも、結論から言うと、俺はその気持ちに応えられないんだ。きっと君と付き合うことは一生ない。あー、こっち風に言うと、姉妹の契りっつーの? 姉妹じゃないけど」
「どうしてそんなことを言いますの?」
瑠璃は青ざめている。正直、その顔を見ていると挫けそうになったが、ここは突き放さなければならない。鳳はまくしたてるように続けた。
「俺は、こことは全然別の世界から来たって言ったろ? そこはこことは違って、男女がちゃんと揃ってる世界でさ、俺はそこに3人の嫁を残してきたんだ。愛人も。俺はあっちの世界では複数の女の間を行ったり来たりして、一人に決めることが出来ずに全員とやっちゃったんだ。別々の女に複数の子供がいるんだよ。
君がどう思っているか知らないけど、俺はそういう奴なんだよ。こんな男に、君みたいな子が操を立てるのは馬鹿げてるだろう? だからもう俺のことなんか忘れて、自分の将来のことを考えて欲しい。君はもっとちゃんとした相手と付き合うべきだ」
鳳がべらべら捲し立てている間、瑠璃はその言葉を呆然と聞いていた。
すると最初は青ざめていた顔色は徐々にもとに戻り、振られるという恐怖というより、それは困惑の色に近づいていった。そして話を終えると、彼女はまるでちんぷんかんぷんと言った感じに首をひねってみせた。
それはそうだろう、彼女には彼の言っていることが全く分からなかったのだ。仮に彼女が鳳のことを諦めて他の相手を探そうにも、この世界に男はどこにもいないのだから。
「複数のお相手との間に、お子さんを作ってらしたの?」
「ああ、そうだよ。帰ったらすぐ子作りしようって約束もしてる」
「それは……素晴らしいですわね」
「………………はあ!?」
鳳が素っ頓狂な声を上げる。しかし瑠璃は何がおかしいんだろうと言いたげに、
「あなたがたくさんの女性と愛し合って、たくさん子供を作っているというのはわかりました。そのどこがおかしいんですか? それは素敵なことではありませんか? だってあなたは魅力的な人だから、そうなさるのは当然のことですわ」
「いや、おかしいだろ? 責任も取らずに、育児だって放棄してこんなところに来ちゃってるんだぞ?」
「でも、男性とはそうするものなのでは? 野生動物を見ていても、一番強いオスが群れの全てのメスを支配するなんてザラじゃありませんか。それでその群れが不幸になるなんてこともありませんし」
「いや、俺たちは野生動物じゃない。人間なんだから。そんな刹那的な関係はいけないんじゃないか」
「ですが、私たち人類には、あなた以外に男性がおりませんのよ? そのあなたが、私たちの夫になることの、どこにおかしいことがあるというのでしょうか?」
鳳は絶句した。何も言い返せなかった。男が自分しか居ないこの世界で、彼女のことを拒絶するということがどういうことなのか、彼はまだちっとも理解していなかったのだ。
瑠璃は鳳の顔が強張っていくのを見て不安を感じているのか、少し悲しげな表情で続けた。
「私があなたを愛することで、あなたを困らせてしまっているのはわかります。これからは、あなたが不快にならないよう、出過ぎた行動は控えますわ。私にとってあなたは特別ですけれど、私はあなたの特別になりたいわけじゃないのです。あなたが契る、大勢の内の一人になれれば、それでいいのですから」
「待ってくれ……そんなんでいいのか? 悲しくはないのか?」
「悲しい? どうして?」
瑠璃は本気で理解が出来ないと言わんばかりにきょとんとしている。
「この仕事を続けていれば、いつか私もあなたが助けた訓練生のようになりますわ。魔族に蹂躙され、種を植え付けられ、助け出されたとしても、自分の胎内に宿った魔族を掻き出して、女性としての機能を失うかも知れない……もしもそうなる前に、あなたの子供を産むことが出来たなら、こんなに嬉しいことはありませんわ」
鳳は今度こそ何も言い返せなかった。彼女は、覚悟の上で言っているのだ。いつか、自分が魔族に蹂躙されることを。そして女じゃなくなることを。
鳳だって、そのつもりで自分の精液を交渉材料にしたのではないのか? 子供が生まれてこないこの世界は、放っておけばいずれ滅び去る。そうしないためには、鳳は精子が欲しいという女性を拒否することが出来ない。してはならないのだ。
なのに、なんだこのどうしようもない罪悪感は。瑠璃が自分の子供を産みたいということへの抵抗感は。
鳳はこの世界のことを舐めていた。ミカエルが、彼にレヴィアタンを倒せと言った理由をようやく理解した。例えば瑠璃とセックスするとかしないとか、そんなちゃちな話じゃない。鳳はまだ、彼女らにとってふさわしい男ではないのだ。