ラストスタリオン   作:水月一人

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我々は、何者でもないのだよ

 戦争が始まる。その噂はあっという間に街中に広まっていった。

 

 ある日突然城からやってきた兵士が立てた看板には、募兵の詳細が書かれていた。曰く、帝国から不当な嫌疑をかけられ、我がヘルメス領は侵攻の危機に晒されていること。曰く、それを跳ね返すだけの兵力は十分にあるが、万全を期すために勇気ある兵士を募っていること。曰く、恩賞には十分報いるつもりであること。

 

 立て看板に細かく提示された支度金、報奨金の額は破格であった。正直なところ、この貧乏な街の住人であるなら、それだけで一生暮らしていけそうな額だった。それ故に、ヘルメス卿の劣勢は誰にでも簡単に予想が出来た。もし、看板に書かれている通り、十分に跳ね返せるだけの兵力があるなら、こんな額を支払って兵をかき集める必要などないのだ。

 

 それから数日間は、てんやわんやの大騒ぎだった。募兵に応じて一攫千金を狙おうとするもの、取り敢えず様子見を決め込むもの、さっさと逃げだそうと荷物をまとめるもの、みんなそれぞれがこの国で今起きていることの情報を欲していたが、入ってくるのはどれもこれもみな信憑性に乏しいものばかりだった。

 

 例えば勇者派であるヘルメス卿は、帝国への憎悪を募らせ、ついに悪魔に魂を売り渡したとか、例えば守旧派の切り崩しを画策し、勇者領の商人を使って帝国内をかき回そうとしていたとか、例えばヘルメス卿は変態で、男たちを侍らせて毎夜酒池肉林の宴を繰り広げているとか、ヘルメス卿は嫉妬から優秀な部下を次々と殺してしまったとか。

 

 ただし、中には信憑性のあるものもあった。例えば、ヘルメス卿は乱心して、夜な夜な街の娘をさらってはその生き血を啜っているとか、勇者領からひっきりなしに人がやってくるのだが、出ていったのは皆無だとか……

 

 これらの噂の出どころはなんとなく想像がついた。アイザックは城に残った仲間たちに女を充てがっているわけだが、その醜聞はいくら隠しても隠しきれないだろう。そして、消えた5人の勇者領の重鎮の噂も……

 

 ともあれ、そんな具合に玉石混交の情報を集めてみたはいいものの、結局の所、このテレビも電話もない世界では、帝国が何故ヘルメス国へ攻め込んでくるのか、その正確な理由は何も分からなかった。現代人ならこんなときネットで調べてSNSに愚痴でも書いているところなのだろうが、新聞すらないこの世界では、正確な情報を掴むのも、投書欄に意見することすら出来ない。分かるのは、アイザックが何かをしてしまったことと、そして帝国が彼を排除したがってることだけだった。

 

 ところでどのくらいの兵力が、ここヘルメス領へ攻め込もうとしているのか……その正確な数字もはっきりしなかったが、ただ、それでもあちこちから駆け込んでくる早馬の情報を総合すれば、帝国がヘルメスを除く四精霊国、全ての国から兵をかき集めており、その数は10万を下らないだろうとのことである。

 

 対して、ヘルメス卿は2万を集められるかどうか……噂では、ヘルメス領北部はとっくに帝国に屈服し、その兵力は当てに出来ないようだ。

 

 それどころか、ヘルメス卿の味方はどこにいるのか……勇者領にも疑心暗鬼を生じている今、探しても見つけられないくらい、彼は窮地に立たされていた。

 

******************************

 

「はぁ~……本当に、戦争になっちゃうのかなあ?」

 

 ギルド酒場で、ウェイトレスのルーシーがため息を吐いていた。このところ冒険者ギルドは、入ってくるよりも外に出ていく人が増えたせいで閑古鳥が鳴いていた。酒場のカウンターの対面にあるギルド受付では、ミーティアが忙しそうにしていたが、仕事の殆どは国外へ逃げ出そうとする人たちの護衛の依頼だった。

 

「そうなって欲しくないけど、期待しても無駄だろうな」

 

 カウンター席に座っていた鳳は、真っ昼間っからビールをちびちびやりながら、彼女と同じように嘆いていた。せっかく独り立ちしておクスリ工房を立ち上げたばかりだと言うのに、このところの騒ぎのせいで商売どころじゃなくなってしまったのだ。

 

 店の外に目をやれば、大きな荷物を抱えた不安げな表情の人々の列が見える。城下町から続く街道には人が溢れ、それが森の前で渋滞を起こしていた。無防備なまま森に入れば魔物に襲われるかも知れない。だが、護衛の数が圧倒的に足りないから、彼らは護衛の手が空くまで待っているのだ。

 

 尤も、仮に空いても彼らに冒険者を雇うような金は無かっただろう。今や護衛依頼は需要に供給が追いついておらず、依頼料もうなぎ登りだったのだ。ここに来るまでに持ってきた財産を売り払えば、もしかしたら護衛を雇えるかも知れないが、しかし身一つで勇者領に逃げ込んだところで、彼らに待ち受けているのは過酷な生活しかないだろう。命あっての物種とは言うが、そこまで割り切れる人間も中々おらず、森を目前に足止めを食っている人の群れは、どんどん町の外に広がっていった。

 

 勇者領に続く大森林を貫く街道は、馬車を使っても野営が必要なくらい距離があった。それを徒歩で大量の荷物を抱えてとなると、片道4日は必要だろう。その間、一度も魔物に襲われないという保証はなく、多大な危険を伴うのだ。かと言って、ヘルメス卿が全方位から攻撃されている今、他国に逃げようとしてその途中で軍隊に行き合いでもしたら、容赦なく襲われるのは必至である。

 

 戦争において、略奪は兵士の権利なのだ。それを止められる程の力をもった国家は、まだこの世界には存在しない。難民はただ奪われるだけだ。

 

「ミーティア君、中止だ中止。今やってる仕事、もう片付けちゃって」

「え? どうしてですか?」

 

 鳳たちがカウンターで溜め息を吐いていると、酒場の裏口からギルド長のフィリップが難しい顔をしながら入ってきた。彼は理由を尋ねるミーティアを無視してカウンター席にどっかと座ると、マスターに軽食を注文した。

 

「朝から何も食べてないんだよ」

 

 ギルド長はたまたまカウンターにいた鳳を見つけると、後ろめたい気持ちを誤魔化すような苦笑を向けつつサンドイッチにかぶりついた。その目の下には真っ黒なクマがついていて、このところの忙しさを物語っていた。どことなくイライラして見えるのは、疲労困憊のせいだろう。だが、それはミーティアも同じだった。彼女はカウンターに座るギルド長の背後に立つと、恨めしそうにその頭を睨みつけ、不満たらたらの表情で彼に詰め寄った。

 

「食べながらでいいから理由を聞かせて下さい。護衛依頼はまだ沢山来てるんですよ?」

「その護衛が成立しなくなったんだ。現場の方からクレームが入ってね。もうこれ以上はタダ働き出来ないと……」

「タダ働き? そんなはずはありませんよ。頂いた依頼料は公平に分配するように手配してあります。実績のある冒険者には前金も渡しているはずですが……」

「そうじゃない、金の問題じゃないんだ。いや、金の問題でもあるんだが。まあ、聞きたまえ」

 

 ギルド長はうんざりした様子で手にしたサンドイッチを一気に頬張ると、それをコーヒーで流し込み、そして今起きてるトラブルの全貌を話し始めた。

 

 このところの戦争余波で発生した難民が、ヘルメス領から勇者領への護衛を依頼していたのは前述の通りである。依頼を受けた冒険者ギルドは書き入れ時とばかりに冒険者を集めてそれに対応していたが、それでも回しきれないくらい、護衛依頼はひっきりなしに舞い込み続け、圧倒的に人手不足な状態が続いていた。

 

 人手不足の一番の原因は、護衛にかかる時間の問題だった。普段でも片道二日、帰りは早馬を使って一日でも、計三日はかかるこの距離を、今回の護衛では徒歩で大きな荷物を抱えた難民を連れていかなければならないのだ。すると最低でも五日、長くて一週間以上の日数がかかり、それだけの時間を拘束されては、冒険者がいくらいても足りなくなるのは必然だろう。

 

 そこでギルド長はやり方を変えることにした。勇者領のギルドと連携して、街道のあちこちに冒険者を予め配備し、駅伝方式を採用したのだ。これなら冒険者が護衛する距離は極小で済み、次から次へとやってくる難民の護衛を少ない数で回すことが出来る。

 

 この方法は最初は上手くいった。ところが間もなく問題が発生した。フリーライダーが現れたのだ。

 

 街道を歩いて移動していたのは、護衛をつけた難民だけではない。中には危険を承知で身一つで勇者領に向かっていた者たちもいた。そのうち彼らは街道のあちこちに冒険者がいて、彼らの後についていけば安全だということに気がついた。するとその噂はどんどん伝播していき、やがて依頼料を払ってない難民が、護衛のあとを付け回すようになったのである。

 

 それが少数のうちはまだ誰も気にしなかった。それがどんどん増え、やがて護衛する数よりも多くなると、依頼料を払ったものから不満があがりはじめた。自分達は金を払っているのに、何も払ってない連中まで助けるのはどういう了見か。

 

 だが、ついてくるなと言っても彼らが言うことを聞くはずがない。なら、襲われてるところを見捨てればいいかと言えば、それも寝覚めが悪い。助ければ正規の料金を払った依頼者が不満を持ち、助けなければ人が死ぬ。仮に生き残っても、逆恨みされる。

 

 そんなことが続いているうちに、ついに冒険者の一人の堪忍袋の緒が切れた。何しろ、危険な森の中で何日も過ごしているのだ。それだけでも相当なストレスなのに、クレーム処理までさせられたのでは堪らないだろう。

 

 しかし彼が抜けた穴は誰かが埋めなければならない。するとその周囲にしわ寄せが行き、その中からまた不満を爆発させるものが現れる……いたちごっこだ。

 

「そんな感じで駅伝方式にも限界が来てしまったんだよ。これ以上続けては、現場で体を張っている冒険者に危険が及ぶのも時間の問題だろう。だからもう、すっぱりと諦めるしかない」

 

 話を聞いていたミーティアはよろよろと、腰が抜けたかのようにカウンターに突っ伏した。

 

「そんな……それじゃ、私の今までの苦労は一体……」

「それは違うぞミーティア君。今までのは前哨戦に過ぎない、これから我々は既に料金を支払ってくれた依頼者に、護衛が出来なくなったことを伝えねばならないんだ。我々の戦いはまだはじまったばかりだぞ」

「嫌だー! 死ぬ! 死んでしまう!! わ、わかりました。私も職場放棄します。お給金はいりません。今までお世話になりました。あとはギルド長一人でなんとかしてください」

「別に私はそれでも構わないけどね……それで君、これからどこいくの? 勇者領に帰っても、職場放棄したなら仕事はないよ? 大体、護衛もつけずに、一人であの街道を歩いていけるのかい。こっちに残っても行くとこある? 兵隊に捕まったら、レイプされるよきっと」

「くっ……鬼! 悪魔! 人でなし!」

「……腹ごしらえしたら、君も職場に戻ってくれ。またこれから数日、寝る暇もないくらい忙しくなるからな」

 

 ギルド長とミーティアの絶望的なやり取りを横目で見ていた鳳は、複雑そうな表情で彼に向かって聞いてみた。

 

「……護衛の仕事をもう受けないなら、森の前に溜まってる難民キャンプは、あれはどうなるんですか?」

「見捨てるしかないだろう」

 

 ギルド長は当たり前のように言い切った。

 

「彼らは兵士に捕まって略奪されるか、一か八か、街道を通って勇者領へ向かうしかないだろうな。帝国軍の軍規がどれくらい行き届いているかわからないが、まあ、まず見つかったらタダじゃすまないだろう」

「助けることは出来ないんですか? この街で匿ったりとか……」

「匿う? どこに? 外壁もないような吹きっ晒しの街だぞ? こんな場所、軍に攻められたらひとたまりもないだろう」

「それじゃ、一戦もせずにこの街を明け渡すんですか?」

「そりゃそうだろう。そもそも、ここは街として認められていないんだ。街道の途中に出来た、ただのキャンプという扱いだぞ。我々はここを放棄して勇者領へ帰るよ。鳳くんも、これからどこへ行くか分からないが、身の振り方を考えておきたまえよ……まあ、君にはジャンヌ君がいるから平気だろうけどね」

 

 鳳はぐうの音も出ず、黙りこくるしかなかった。考えても見ればこの街には町長もおらず、ヘルメス国にも従属していないのだから、ここを防衛しようなどという変わり者はいないのだ。やはり、放棄して逃げるしかないのだろうか。せっかく、新しく小屋を立てて、生活の基盤が出来てきたというのに。これから街を出て勇者領へ向かったとしても、また1からやり直さなければならない。

 

 しかし、鳳にはまだ気がかりがあった。自分がここを捨てて逃げるのはいいけれども……城に残っている仲間たちはどうするつもりなんだろうか。アイザックの城が落ちたら、あのメアリーはどうなってしまうんだろうか……彼らの去就は気がかりだった。もし一緒に逃げることが出来たらそうしたいところだが……

 

「鳳くんは、勇者領へ行くのかい?」

 

 鳳がそんなことを考えていると、黙って食器を拭いていた酒場のマスターが話しかけてきた。

 

「そうですねえ……ジャンヌが帰ってきたら話し合わなきゃだけど、多分、そうなるんじゃないかと」

「そうか……なら、一つ頼まれてくれないか?」

「頼み?」

 

 マスターはこっくりと頷いて言った。

 

「一緒にルーシーを連れてってくれないか。ここが無くなったら、僕も彼女も行くところがないんだ。僕は男だし、故郷に帰ればまだなんとかなるが……彼女は孤児でね」

 

 そうだったのか……? 驚いて彼女の方を振り返ったら、ルーシーはバツが悪そうな顔をして、

 

「たはははは……お恥ずかしながら。でもマスター、そんなの気にしないでいいですよ。自分だけ助けてもらうんじゃ、子供たちに悪いですしね。私だけなら、娼婦のお姉さんたちに仕事を教えてもらえば生きてけるんじゃないかな」

 

 彼女は冗談めかしてそう言ったが、正直まったく笑えなかった。子供たちに悪いと言ってるのは、鳳が依頼を取り合った子供たちのことだろうか。そういえば、よくこの辺をうろついる子供たちがいたが、彼らに親がいるとは思えなかった。

 

 戦争が起きたら、彼らはどうなってしまうんだろうか……ちゃんとご飯を食べていけるんだろうか。下手に盗みなんか働いて、兵隊に殺されたりしないだろうか。なんだか、体を売れば生きていけるというルーシーの方がマシに思えてきた。少なくとも食いっぱぐれることはないのだ。

 

 そうだ、これは戦争なのだ……甘いことを言っていても始まらない。

 

 だが……鳳はどうにも割り切れなくて、散々悩んだ末に、腹に食べ物を入れてウトウトとしているギルド長に向かって言った。

 

「やっぱり、なんとか助けることは出来ませんか。あの森の前の難民キャンプも。この街に残る人たちのことも……」

「……それが夢物語なのは、君にだってわかっているだろう?」

「でも、冒険者が集まれば、なんとかなるんじゃないですか? ギヨームも、ジャンヌも、冒険者一人ひとりは、軍人よりも強いですよね」

「そりゃ、傭兵みたいなものだからね。でも相手は軍隊、元の数が違うんだ。絶対に勝てるわけがないよ」

「いや、勝つ必要はないでしょう」

 

 鳳がはっきりそう言い切ると、ギルド長は少し興味を示した。

 

「寧ろ勝っちゃいけませんよ。どっちかっつーと、上手く負けなきゃならない」

「どういうことだ?」

「相手が略奪に来るのは、こっちが弱いからですよね? 無抵抗な相手からは、奪っても殺しても、何をやってもいいと思ってやってくる。でも、弱いと思っていた街の人達が抵抗して、不用意に手を出したらタダじゃ済まないと思わせたところで、交渉を持ちかけたらどうでしょうか? 我々には街を開放する用意がある。その代わり、命は助けてくれと下手(したて)に出たら」

「……なるほど。少なくとも金で解決することくらいは出来そうだな」

「そうでしょう?」

「しかし、その金はどこから出るんだ?」

「え? ……それは、街の外にいる人達に頼んでかき集めれば……」

 

 ギルド長は椅子に深く腰掛け直すと、真剣な表情で鳳の目を真っ直ぐ見ながら言った。

 

「それを君は一人で出来るか? 今の話を難民たちにして、信じさせることが出来るか? 一人二人くらいなら話を聞いてくれるかも知れない、だが彼らは命を賭して戦うことも、全財産をなげうつこともしないだろう。例え、そうしなければ死ぬと分かっていてもね」

「そうでしょうか……」

「我々は、何者でもないのだよ。我々が何を言ったところで、それは夢物語にしかならない。誰も話を聞いちゃくれない。それを覆すための実績もカリスマもないからだ。だから、君の作戦を実行するには、まず金が必要なんだ。そう、世の中金で回ってる。金さえあれば、冒険者を募ることも出来るだろうし、外の難民たちも話を聞く気になるだろう。君の話は、つまり順序が逆なんだよ」

「なら、金さえあればなんとかしてくれるんだな?」

 

 鳳とギルド長が話し合っていると、突然、そんな横やりが入った。

 

 二人の会話に割って入った声の方を振り返ると、酒場の入り口でやけに重そうな荷物を抱えたギヨームとジャンヌが立っていた。

 

 二人は汗だくになりながら、手にした袋をカウンターの前まで持ってくると、その中身をぶちまけるように、ギルド長の前に投げてよこした。するとその袋の中から、ジャラジャラと、盛大な音を立てながら、大量の銀貨が転がりだしてきた。

 

「こ、これは……」

「見てのとおり、金だよ、金。重いのなんの、ここまで運んでくるの苦労したぜ……魔物退治の方がよっぽど楽だ」

 

 ギヨームはそう言いながら、トントンと自分の肩を叩いた。彼よりも大きな荷物をしょっていたジャンヌはクタクタと地面に突っ伏している。

 

 ギルド長は転がりでた銀貨を数えてニヤニヤしているミーティアを押しのけて、その袋の中身を確かめながら、

 

「何故、こんなものを君たちが?」

「俺たちが護衛の仕事を終えて引き上げようとした時、リレー相手の冒険者から渡されたんだ。本店からの救援物資だそうだぜ」

「救援物資?」

 

 ギヨームは頷くと、

 

「ああ、タイクーンはここを守るように指令を下した。戦争に加担することはない、ただし、街と難民を守れとのお達しだ」

大君(タイクーン)が!?」

 

 大君とはなんだ? 鳳が首を捻っていると、ジャンヌが冒険者ギルドの一番えらい人だと教えてくれた。冒険者ギルドは支部ごとに独立しているが、一応それを束ねる組織が存在する。要するに持株会社みたいなものらしいが、支部長はみんなこの組織に所属しているから、大君とはつまり社長のことで、命令には絶対逆らえないらしい。

 

 ギルド長は大量の銀貨を前に目を白黒させながら、

 

「何故、ここを守る必要があるんだ? 街がどうなろうと我々には関係ないだろう」

「俺に聞かれても困るよ……つかそのセリフ、街の住人の前で言うなよ」

 

 ルーシーと酒場のマスターの視線が突き刺さる。ギルド長は口の前で手を併せて謝罪の意を示した。ギヨームはそんな彼を見ながら、

 

「とにかく、救援物資は渡したぜ? 詳しいことはあとから来る連中に聞けばいいよ」

「あとから来るって?」

「勇者領の方から腕利きを派遣してくれたらしいぞ。あとはそいつらと相談して防衛計画を立てればいいさ……それから鳳、大君からおまえに伝言だ」

「は? なんで俺……??」

 

 鳳は目をパチクリさせた。何故この流れで、突然自分に話が振られるのだろうか? ギヨームはちらりとジャンヌを見てから、

 

「俺もよく知らないが……とにかく伝言だ。隠し通路は見つかったか?」

「……あ!」

 

 鳳はその一言で相手が誰か悟った。あの時、城の見える丘の上で出会った老人……あれが大君だったのだ。何故、彼があの場所にいたのか。どうして鳳に話しかけてきたのか。それは分からなかったが……

 

 ギヨームは続けて言った。

 

「忍び込む気があるなら、ギルドに依頼を出せってよ。なあ、おまえ、一体なにやったの? 面白そうだから、俺にも一枚噛ませろよ」

 


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