ラストスタリオン   作:水月一人

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潜入

 それからの数日間は寝る間もないほど忙しかった。

 

 ギルド長フィリップは、まさか自分が最前線の指揮官にされるとは思ってもおらず、真っ青になりながら防衛策を練らなければならなくなった。それにしても、憲兵もいないようなこの無法地帯でどう街を守れというのだろうか。いくら金があるとは言え、兵力を雇おうとしても、それは既にアイザックがやってしまっている。それ以上の金で釣ることは、まあ、出来なくもないが、それで本城の防衛に支障をきたしては元も子もないだろう。

 

 だから何か発想の転換が必要なのだ。彼は何かアイディアは無いかと広く募り……そして鳳の策が採用された。

 

 街を守るというのは何も敵を撃退するということではない。負けても略奪を受けずに済む方法を考えるのだ。それには、攻めるよりも話し合いで解決したほうが良いと、相手に思わせる必要がある。攻めればそれなりの被害が出るが、しかしこっちが恭順の意思を示しているなら、それでいいと思わせるのだ。

 

 それにはまず何をすればいいか。とにかく、ここは街道に自然発生した街だから、防備らしい防備が全く無い。最低限、外壁で囲まれていてほしいのだが、無いものをねだっても仕方ないだろう。今から敵の大軍を防げるだけのバリケードを作るのはとても間に合わない。というわけで、代わりに堀をめぐらすことになった。

 

 深さは特に必要ない。幅もそんなに必要ない。取り敢えず人の背丈程度の深さまで掘って、内側に掘った土を土嚢にして積み上げ、さらに戸板で補強すれば、それなりの外壁が完成する。こんなのはその気になれば簡単に乗り越えられるだろうが、要はここを乗り越える時に足が止まることが重要なのだ。動いている敵は攻めにくいが、止まっていればただの的だ。おあつらえ向きに、この世界の主力兵器は銃である。

 

 あとはこれだけの大仕事をするための人員確保が必要だが、そこはギルド長の腕の見せ所だった。今、町の外にいる難民たちはリーダーを欠いている。頼れるのは冒険者ギルドの護衛だけだ。ところがその護衛が居なくなったせいで彼らは動揺している。良かれ悪しかれ、この動揺を抑えられるのは、今はギルド長だけだった。

 

 民衆とは複雑な問題は間違うが、一つ一つの簡単な選択ならほぼ間違えない。無知であっても真実を見抜く目は持っているのだ。だから真実を告げれば、意外と容易に説得されるものである。

 

 ギルド長は言った。

 

「今、ヘルメス領から勇者領へと逃れようとしている難民には護衛が必要だ。だが護衛の数には限りがあって、全ての難民を救うことは出来ない。難民を見捨てて逃げるしかない……だが冒険者ギルドはこの街と難民を死守することを決定した。敵と交渉し、時間を稼げば、全ての難民を逃がすことが出来るだろう。そのためには、多くの人手が必要だ。街の防衛網を築き上げ、敵に手を出すのは割に合わないと思わせるだけの戦力が必要なのだ。だからみんな協力して欲しい」

 

 ギルド長がその旨を伝えると、始めは無理だと頭から否定していた者たちも、段々と意見を変え始めた。特に護衛依頼をキャンセルされた人たちは、最初こそ不満を爆発させていたが、意見表明後はクレームもピタリと止んだ。みんな、やらなきゃやられることが分かっているのだ。

 

 こうして嫌々ながらも街の防衛網が作られ始めたら風向きも変わってきた。難民の間に、逃げるよりも戦おうという意識が芽生え始めたお陰で、さっさととんずらを決め込んでいた近隣の炭鉱夫たちも協力してくれるようになったのだ。彼らだってここを失えば、販路を一つ失うことになる。新天地を開拓するより、ここに残っていて欲しいのだ。

 

 穴掘りの本職が加わったお陰で、街を取り巻く塹壕は想定以上のスピードで構築されていった。(ほり)はより幅広く、(へい)はより堅固に、鉄板で補強された遮蔽板は、少しくらいなら鉄砲の弾もはじくだろう。ギルドから送られた救援物資の金は、武器と弾薬、鉄条網などに変わっていった。

 

 そして街の防衛網が思ったより強固に仕上がった頃、地平線の向こうから帝国軍の大軍がやってきた。それは黒い波となって、アイザックの城下町を包み込むように進軍した。

 

 あちこちから警笛のようなラッパの音が聞こえてくる。威嚇射撃の発砲音と、硝煙で上空は白く煙った。鬨の声とそれを取り囲む大軍のせいで、あれだけ大きく見えた城が今は小さく感じた。

 

**********************************

 

 鳳たちは闇に紛れてコソコソと城に近づいていた。月明かりのせいで大胆な行動は取れなかったが、北部の川沿いは思ったよりも人影が少なく、身を屈めていれば見咎められる心配は少なかった。

 

 こちらに人が少ないのは言わずもがな、主戦場が南だからだ。帝国の大軍は、南の城下町を取り囲むように布陣していた。前に丘の上で老人と議論した時のように、彼らも渡河をして北部から攻めるのを嫌ったのだろう。

 

 帝国軍は30万と号する大軍だったが、実際には10万強くらいだろうか。鎖帷子を着込んだ騎兵隊や、槍や銃剣で武装した兵士が整然と並ぶ姿は壮観だったが、それを丘から見下ろした時は、こんなものかと物足りないものを感じた。

 

 考えても見れば10万という数字も、せいぜい東京ドーム2個分に過ぎないのだ。人混みに慣れている現代人からすると、案外こんなものかも知れない。帝国が戦力を分散せずに南に集中しているのも、意外と余裕が無いからだけなのかも知れない。

 

 だがあれが全て人殺しだと聞くと薄ら寒い思いがした。人間とは、何故こんな愚かなことをしてしまうのか? 地上で最も繁栄した種族の生存戦略に同族殺しがセットされているのだと思うと、なんとも不思議なものを感じる。

 

 首までどっぷりと水に浸かりながら川を渡った。川幅が狭い場所を選んでは、見つけてくださいと言ってるようなものだから、比較的長い距離を泳ぐ羽目になった。先頭をギヨームが進み、その後ろに鳳とジャンヌが続く。隠密スキルの無い二人の代わりに、ギヨームが先行している格好だ。

 

 開戦前に、なんとか城に侵入したいと言い出したのは鳳だった。仲間たちがもし、にっちもさっちも行かない状況に陥ってるなら救ってやりたかったし、謎の空間に閉じ込められたメアリーのことも気になった。だが、無能の鳳や脳筋のジャンヌでは、いくら隠し通路を知っていても、城に忍び込むなんて不可能だった。そこでギヨームに相談してみたところ、彼は意外とあっさり協力を約束してくれたのだ。

 

 どうにかこうにか対岸に渡り、庭園の外側にある森にまでたどり着いたが、流石にここまで来たら衛兵が警戒していることは間違いないだろう。恐らく今、兵士に見つかったら、問答無用で襲いかかってくるはずだ。そしたら城内に侵入なんて出来なくなる。だから絶対に見つかってはいけないのだが、ギヨームはほとんど無警戒かと言わんばかりの自然体でどんどん先に進んでいく。

 

 そんなんで大丈夫なのか? と再三注意したが、彼は平気と返すばかりだった。実際、道中一度として危険な目に遭わなかった。何度か近くに誰か居るような気配は感じたが、それで衛兵と鉢合わせするなんてことは一切なかった。探索や潜入が得意と聞いていたが、どうやら踏んできた場数が違いそうだ。鳳たちだけだったら目的地に辿り着くことさえ出来なかったろう。

 

 だが、そんなギヨームも最後の最後、目的地の目印の大木の間近まで来たところで、突然、しーっと指を唇に当ててから、警戒するように身を屈めた。どうしたんだろう? と思ったら、どうやら目的地に誰かの気配を感じるらしい。

 

 彼は自分の魔法(クオリア)でピストルを作り出すと、慎重に歩を進めて曲がり角から先を覗き込んだが……次の瞬間、警戒を解いて武装を解除すると、背後でそれを見守っていた鳳たちを手招きした。

 

 何を見つけたんだろう……? 曲がり角を曲がったら、例の隠し通路に繋がる大木の陰に、いつかあの丘の上で見た老人が佇んでいた。

 

「爺さん、あんたどうしてここに……?」

「やれやれ、せっかちな男じゃのう。忍び込むならギルドに依頼しろと言ったじゃろうに。危うく置いていかれるところじゃったわい」

「そうか。それじゃやっぱり、あんたが大君(タイクーン)だったのか?」

「いかにも」

 

 老人はこっくりと頷くと、鳳の隣にいたギヨームに向かって何かの袋を投げてよこした。ギヨームは袋を受け取ると、中にずっしりと収められていた金貨を一枚取り出し、

 

「悪く思うなよ」

「おまえが情報を流したのか?」

 

 鳳が彼のことを非難すると、大君が間を取り持つように言った。

 

「鈴をつけさせてもらったんじゃよ。お主らだけで行動されて、失敗されては元も子もないからのう」

「まあ、実際、こいつが居なければここまで来れなかったから、その点は感謝するけど……爺さん、あんたの目的はなんだ? どうして俺たちに協力するの?」

「お主、メアリー・スーに会ったじゃろう?」

 

 鳳は老人のそのものズバリの言葉に、咄嗟に返事が出来なかった。知らないというのは簡単だが、今更、ここまで来てしらばっくれることもないだろう。彼は観念してそれを認めた。

 

「ああ、どうしてそれが分かった?」

「精霊が騒いでおったからじゃ」

「……精霊が??」

 

 一見するとボケ老人が不思議ちゃんみたいなセリフを吐いてるように見えるが、そもそもここはファンタジーな世界だった。多分、彼の言うそれは、そのままの意味なのだろう。

 

「この世界と精霊(アストラル)界は繋がっておる。儂ら人間はそこから力を得て魔を操る。あの子は五精霊に祝福されておるんじゃよ。それは間違いない。じゃからお主があの子と会った時、精霊がざわついたのじゃよ」

「はぁ……よくわかんないけど、なんか不思議な力でわかっちゃったんだな?」

 

 それは信じるしかないけれど、

 

「っていうか、爺さん、あいつと知り合いだったのか?」

「まあな。正確には、あの子の父親とじゃが」

「父親と……?」

「ああ、彼に娘のことを託されたのじゃ。ところがこの城の主が猜疑心の強い男でのう……儂が彼女のことを利用するんじゃないかと、ある日突然城から追い出して、以来一度も近づけようとしなかったのじゃ」

 

 彼女の父親なら300年以上前の人物ということになるが、目の前の爺さんはその頃から生きているとでも言うつもりだろうか……?

 

 鳳は一瞬、そんな疑問が湧いて出たが、すぐに父親が神人なら今も生きているのだから有り得る話だと思い直し、つまらないことを考えるより先を続けようと、大君に尋ねた。

 

「……爺さんは、あいつのことをどうするつもりなんだ?」

 

 すると彼は鳳の目を真っ直ぐ見ながら、

 

「そうじゃのう……逆に問おう。お主はあの子に会って、何をするつもりじゃった?」

「それは……俺は何も」

 

 そう返されると何も言い返せなかった。鳳は彼女に会いたいとは思っても、その先は何も考えていなかった。何故なら、

 

「つーか、あいつのことどうこうしようにも、俺にはどうしようも出来ないだろう? 何か不思議な空間に捕らわれているから」

 

 すると老人はいかにもそのセリフを待っていたと言わんばかりに、

 

「儂ならあの子を外に連れ出せると言ったら?」

「え……? 出来るのか?」

 

 老人は当然のごとく頷いてから、

 

「ここの城主が儂を近づけなかったのはそれが理由じゃ。城主は、あの子に危険が及ばないように、結界に封じ込めたわけじゃが、儂にはそれを解放する力がある。そして外に出た彼女は、誰に利用されるか分かったもんじゃない」

「解放……? 利用……? なあ、あいつは一体何者なんだ。どうしてあんな場所にずっと閉じ込められていたんだ」

「それを知ったら引き返せなくなるが、お主にその覚悟があるのかの?」

「え? 覚悟っつわれても……」

「今、何故戦争が起こっているのか……その真の理由が分かっておるか?」

 

 老人にそう迫られては言葉を飲み込むしかなかった。まさか、この戦争とメアリーは関係があるというのか? 正直、それは信じられなかったが、かと言って、本当の理由もよく分かっていなかった。

 

 この世界にはテレビもない、新聞もない。入ってくる情報は、全てプロパガンダされた為政者にとって都合のいいものだけだ。噂では、単にアイザックが帝国に弓を引くために大量破壊兵器を隠し持ってるとか、夜な夜な女を慰み者にしているとか、そういう醜聞ばかりだ。だから多分、彼が勇者召喚をしたことがバレたんじゃないかと思ったのだが……

 

「それも一つの理由じゃろう。じゃがそれだけではない。帝国はメアリーを捕らえようとしている。儂はそれを阻止したいだけじゃ」

「もしかして……爺さんは、俺たちがどこから来たのか知っていたのか?」

「まあな。じゃが、お主らがこの世界でどう生きようと、儂はそれを留め立てするつもりは毛頭ないぞ」

「そうか……」

 

 鳳は少し考えてみた。城に忍び込んで何をやりたかったのか……彼の目的は、昔の仲間達に脱走の手引をすること。そしてメアリーに会うことだった。会って、どうして彼女が自分の幼馴染とそっくりなのか、率直なことを聞いてみたいと、そう思っていただけだった。だから彼女のことを連れ出そうとか、そんなことは考えてもなかったのだが……

 

 もしそれが可能だと言うなら、それは魅力的な提案に思えた。今、この城は大軍に囲まれて、恐らく数日も経たず落城するのは必至だろう。その後、あの謎の空間に閉じ込められていた彼女がどうなってしまうのか……それは鳳も気がかりだったのだ。

 

 老人が、彼女のことを助けたいというのならそれも悪くないかも知れない。問題は、彼が信用のおける人物かどうかだが……ギヨームやギルド長たちが彼の部下だと言うのなら、信じるのはそれほど悪い賭けでもないと鳳は思った。

 

「わかったよ。じゃあ一緒にいこうぜ、爺さん」

「もとよりそのつもりじゃ。どうせこの先はお主らも初めてなのじゃろう?」

「ああ、そうだけど」

「ならばついてこい。儂が道案内しよう。その代わり、お主は儂をメアリーの元まで案内せよ。恐らく、あの空間に誰にも気づかれずに入り込めるのは、お主だけに違いない……」

「そうなのか?」

「身に覚えがあるのじゃろう?」

 

 言われてみれば確かにそうかも知れない。あの謎空間に迷い込んだのは、ただの偶然じゃない。不思議な光に導かれたからだった。恐らくあれは、今度も鳳のことを導いてくれるのではなかろうか?

 

 鳳が返事をすると、老人は満足げに頷いてから、枯井戸に偽装した隠し通路へと入っていった。その後をジャンヌ、鳳と続き、殿をギヨームが務めた。

 


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