ラストスタリオン   作:水月一人

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機械仕掛けの神

 上空から見下ろす地上には巨大なクレーターが出来ていた。その中央付近は今も白く光る灼熱のマグマが噴き上がっており、両ゴスペルから発射された光の凄まじさを如実に表していた。神楽やよいは太陽系を消して余りあるエネルギーだと言っていたのだから、このくらいで済んだのは寧ろ有り難いくらいだろう。鳳はこれとそっくりな光景を以前見たことがあった。その時は世界そのものが崩壊してしまったのだが、レオナルドの迷宮と違って、こっちの世界はどうやら持ちこたえてくれたようである。

 

 鳳たちを遙か上空に押しやっていた気流が収まって、急に冷え込んできた。ここが標高何メートルかは知らないが、多分冷蔵庫の中くらいまで気温が下がっているのは間違いないだろう。地上のうだるような暑さが今は恋しい。

 

 三人は手を繋いで自由落下をし始めた。大体1000メートルくらいまで下りてくると、アズラエルは翼を器用に羽ばたかせて落下スピードを落とした。このまま地面に降りたとしても、そこはマグマの海だ。どこか別のところへ降りなきゃならないと辺りを見回していると、遠くの方からバリバリと音を立てながらヘリが近づいてきて、三人の回りをグルグル旋回しはじめた。

 

 ヘリのドアから命綱を付けたカメラマンが、迫り出すようにして、こちらを映しているのが見える。その背後にはマイクを持ったレポーターがいて、何か必死に叫んでいたが、その内容までは聞き取れなかった。

 

 状況からして多分、テレビ中継の真っ最中なのだろう。鳳はカーナビに釘付けになっていたアリスのことを思い出して、カメラに向かって手を振った。すると勘違いしたテレビクルーが手を振り返してきて、その必死さに思わず笑ってしまった。

 

 多分、彼らはオリジナルゴスペルを持っている鳳たちのことを救世主のように思っているのだろう。悪い気はしないが、事故らないかとちょっと心配になる。

 

 琥珀が地上にいる隊員たちを見つけ、鳳たちはカメラクルーに背を向けると、仲間のいる地上へと降りていった。大歓声に迎えられて、隊員たちが作った輪の中へ降り立つと、瑠璃が駆け寄ってきて、琥珀と二人一緒に抱きつかれた。

 

 それを見ていた他の隊員たちも次から次へと飛び込んできて、まるでおしくらまんじゅうみたいになってしまって、ギューギュー押されて息が詰まった。鳳と琥珀、アズラエルの三人のことを、みんな口々に讃える声が飛び交う中で、神楽やよいだけが一人オリジナルゴスペルを回収しようとして、またその重さに押しつぶされていた。ブレない人である。

 

 涙を流して琥珀ごと首に巻き付いている瑠璃を背負いながら、隊員たちの頭越しに周囲を見回せば、輪の外でそんな瑠璃のことを仕方ないと言いたげな表情で見ているアリスと桔梗の姿が見えた。二人ともテレビっ子だから、なんか馬が合うのだろうか。変なことを教えられないといいのだが……

 

 そんな不安を覚えていると、空からラファエルとウリエルの二人が降りてきて、四大天使の威光を前に、流石のJKたちも恐れ畏まり、ようやくおしくらまんじゅうから解放された。ラファエルが良くやったと琥珀を褒め、ウリエルが深々とお辞儀をしている横から、揉みくちゃにされて髪の毛をボサボサにしたアズラエルが話しかけてきた。

 

「やれやれ、やっと解放された。地上に降りたら君に聞こうと思っていたんだ。いきなり空に上げろと言われて驚いたが、あれは何だったんだ? どうして君がオリジナルを使えたのだ?」

 

 鳳は質問には順番に答えるからいっぺんに聞かないでくれと苦笑いしながら、

 

「いや、俺は別にメタトロンを起動したわけじゃなくて……単に引き金を引いただけなんだよ。あれを使った人はもっと別にいる」

「どういうことだ? まさか……君は魔族があれをやったというのか?」

 

 鳳は首を振って、

 

「それも違う。主任さんも言っていた通り、オリジナルゴスペルは使用者を選ぶ。だから魔族が使えるはずがないんだ。つまり、オアンネスたちに奪われた時点で、既にあのエネルギーはゴスペルの内部に存在していたわけさ」

「……どういうことだ? 君が言ってることが、さっぱり分からないのだが……」

 

 鳳は、まあそうだろうねと頷き返しながら、

 

「説明すると長くなるんだけど……まず、俺はあのドラゴンを一度見たことがあるんだ。実はこの世界に来る前、俺が元いたアナザーヘブン世界でさ」

「なんだって……? それでは君は、ベヒモス、レヴィアタンに続いて、あのドラゴンとも戦ったというのか?」

「ああ、しかもこいつらとの三連戦……アズにゃんには以前にも話したことがあるけど、俺は前の世界で魔王を倒した経験がある。その相手ってのは、みんなも知っているベヒモスとレヴィアタン……そしてさっき空に現れたドラゴンだった。

 

 実は、あのドラゴンの正体は、レヴィアタンという魔王を喰らうことで更に強くなったベヒモスだったんだよ」

 

 鳳の言葉にどよめきが起きる。いきなり現れたあの空飛ぶドラゴンの正体が、あの動く山みたいなベヒモスだったなんて、とても信じられなかったのだろう。鳳も、前の世界であれが変形する姿を見ていなければ、そんなこと思い付きもしなかったはずだ。

 

 しかしアズラエルは、まだ信じられないといった感じに、

 

「あれがベヒモスだって……? いや、しかし、ベヒモスはマダガスカルにいるはずではないか。まさか分裂したわけでもあるまいし、どうしてそんなのが突然、オーストラリアに現れたというのだ?」

「それなんだけど、ベヒモスってまだマダガスカルにいるの? 確認は取れる? 誰かが常に監視してるってわけじゃないよね?」

「……確かにそうだが。しかし、ここはオーストラリアだぞ? あのカバが、どうやってここまでやってきたというのだ?」

「そりゃもちろん、泳いでだろうよ」

「泳いで……だと?」

 

 鳳は当たり前だろと言わんばかりに肩を竦めて、

 

「16年前からあいつがずっとマダガスカルに住み着いてるからみんな忘れてるんだろうけど、そもそも、あいつがアフリカ大陸からマダガスカルに渡ってくるには、泳いでくるしかないんだよね。そう考えると、実はあいつ、最初っから泳げるんだよ。何百キロだろうと、何千キロだろうと……多分、比重が軽くて海水にはずっと浮いてられるはずだ」

「あ……ああ……」

 

 アズラエルはどうしてそんな簡単なことに気づかなかったのだろうかと脱力している。鳳はそんな彼女に苦笑をしながら続けた。

 

「じゃあ、どうしてあいつは泳いで大陸に帰らなかったのかって言うと、そこに餌があることが分からなかったからだ。ところが今回、あいつは俺たちを食い損ねたことで、食への執着心がピークに達していた。だからサムソンが居なくなったところで、何が何でもアズにゃんを食べてやろうとして海に入り、無理やり追いかけてきたわけだ。

 

 でももちろん、水棲魔族であるアズにゃんたちに追いつけるわけがない。あっという間に引き離されて、ベヒモスはインド洋をプカプカ遭難し始めた……そして恐らく、インドネシアに流れ着いたんだろう。

 

 そこはあいつにとってはパラダイスだったろうね。何しろ、16年間、ろくな食べ物もないマダガスカルで腹を空かせていた奴の目の前に、推定1億個体を超える水棲魔族が現れたんだから……

 

 逆に水棲魔族にとっては悪夢だ。これまで殆ど天敵と呼べるような相手がいなかった奴らは、突然現れたベヒモスという魔王の前に成すすべも無かったろう。ベヒモスはスマトラ島、ジャワ島と続く列島の水棲魔族を駆逐して、そしてニューギニア島に渡ってきた。

 

 そこで勢力を伸ばしていたアズにゃんの子孫は、いきなり現れた魔王に最初は抵抗しただろう。だが、知っての通り、ベヒモスってのは再生能力が半端ない。仮に一度倒せたとしても殺すことは出来ず、何度でも襲ってこられて、更には、魔族は魔族を食べることで進化する。徐々に強くなっていくベヒモスを相手についに耐えきれなくなり、ニューギニアを捨てて逃げ出そうとした。

 

 つまり、今回の水棲魔族の大襲撃ってのは、実は奴らが人類を蹂躙するのが目的ではなくて、ベヒモスに奪われたニューギニア島から避難してきたというのが真相だったんだよ」

 

「なんてことだ……」

 

 鳳の話を聞いていた人々からどよめきが起こる。アズラエルたち天使は、事の真相を知ってめまいがするかのように天を仰いだ。彼女はため息交じりに聞いてきた。

 

「君はあのドラゴンの出現だけで、そこまで予測していたっていうのか?」

「ああ、あれがレヴィアタンを食べたベヒモスだってことに気づけば、後は容易に想像がついた」

「しかし、それにしたって察しが良すぎないか? それに……すぐにメタトロン・サンダルフォンを使えば倒せると思ったのはどうしてだ?」

「それはもう……そうするのが自然だったとしか言えない。俺は、前の世界で魔王を倒したって言っただろう? その時に起きた出来事と、今回の出来事は非常によく似ているんだよ」

 

 天使たちは怪訝そうに互いに顔を見合わせると、鳳に続きを促した。

 

「まず、俺は魔王を倒したと言っても、最初、カバだった頃のベヒモスを倒すことは出来なかったんだ。あいつのしぶとさは君らも知っているだろう? 俺は巨大エネルギーであいつがブラックホール化するまでけちょんけちょんに押しつぶしてやったんだが、それでもあれを倒すことは出来なかったんだ。

 

 正直、お手上げ状態でどうして良いか分からなかったんだけど……それはあいつも同じだったのか、ベヒモスは俺に勝てないと判断すると逃げ出してしまったんだよ。ここまではマダガスカルと同じ流れだからわかるだろう?」

「あ、ああ」

「それで、俺は逃げたベヒモスを追おうとしたんだけど、その時、仲間が別の場所でレヴィアタンと交戦しているって情報が入ってきたんだよ。仲間のピンチじゃ仕方ないから、それで一旦ベヒモスを追うことは諦めて、先にレヴィアタンを倒そうってことになったんだけど……

 

 そして死闘の末にどうにかレヴィアタンに止めを刺した時、そこにベヒモスが突っ込んできたんだ。奴はまるでそれが狙いだったかのように、俺たちが倒したレヴィアタンの死体に食らいついた。そして奴が死体を食い尽くすと、あいつの体が変形しだして、さっきのあの巨大な翼竜の姿になったのさ」

「そんなことが……」

「魔王を喰らったベヒモスは強くて、俺たちが束になっても敵わなかった。それはあいつと戦った今の君らならわかるだろう。

 

 だが、強さってのはある意味、コストの高さとのトレードオフだ。例えば、動物から捕食されないように毒を作る植物は、そのせいで他の植物より成長が遅い。立派な角を維持するにはそれだけエネルギーが必要で、もし現実の馬にユニコーンのような角を生やしたら、貧血を起こして動けなくなるだろうと言われている。

 

 ベヒモスもそれと同じように、奴は信じられない再生能力を得た代わりに戦闘力は据え置きで、はっきり言ってそれほど強い魔王とは言えなかった。だが、レヴィアタンを食らったベヒモスは、正に魔王に相応しい強力な戦闘力を得た代わりに……再生能力が衰えていたのさ。

 

 そのお陰で、何をやっても倒せなかったあいつを、俺は今度は倒すことが出来た。その方法ってのが……まあ、今にして思えば、新型ゴスペルと同じ方法だったんだよ」

「新型ゴスペル……? どういうことだ?」

 

 鳳は順を追って説明すると彼女にうなずき返してから、

 

「まず、アナザーヘブン世界であいつと戦った時のことなんだけど、その時、俺自身が使える最大威力の魔法があいつには通じなかったんだ。それを上回るルシフェルの攻撃すらも通じず、このままじゃ勝てないと思った俺は、何とかして威力を上げられないかと考えた。

 

 それで思ったんだよ。俺たちの使う魔法ってのは、結局の所、高次元方向からやってくる第5粒子エネルギーを脳が変換した魔力(MP)を用いて行ってるんだよね。つまり、そうやっていちいち変換しているから威力に限界があるんであって、そんなことせず直接第5粒子エネルギーをぶつけてやれば、もっと威力が出るんじゃないかと。

 

 それで、どうせ高次元方向には第5粒子エネルギーが溢れているんだから、そいつを直接ぶつけてやればいいと思って、俺はケーリュケイオンに残っていたエネルギーを使って、空間に穴を空けたんだ。

 

 3次元の俺たちが、2次元の紙に穴を空けると円になる。じゃあ、4次元方向から3次元に空けられる穴ってのは……球だろう?

 

 つまり、俺が空間に穴を空けたら、さっきみたいな巨大な光球が現れてあいつを包み込み、奴は無尽蔵のエネルギーを食らって消滅した。そのせいで、俺は一つの世界を壊してしまったんだけど……

 

 まあ、それはおいておいて、俺と琥珀もまたオリジナルゴスペルに溜まっていたエネルギーをぶっ放して空間に穴を空け、奴を次元の穴に落とし……かくして魔王ベヒモスは消滅したってわけさ」

 

 アズラエルは何度も頷いてから、まだ少し気掛かりがあるといった感じに、

 

「しかし、どうしてあの時オリジナルには都合よくエネルギーが溜まっていたんだ? 確か、暴走している2つのゴスペルを、君が止めたんじゃなかったのか?」

「そう、確かに俺は暴走を止めた。でも、それってこうも考えられるわけだ。2つのオリジナルゴスペルは16年前からずっと動き続けていて、俺が触れたあの時に、正常に動作を完了したとも……」

「どういうことだ?」

「オリジナルゴスペルが、デウスエクスマキナ・モードで得ているのは、魔王を倒すという情報(・・)だ。情報とはエネルギーでもあるから、これまでゴスペルはそれを魔王を倒すための力に変換していた。でも実際には、魔王を倒すことさえ出来れば、情報をわざわざエネルギーに変換する必要なんてないだろう?

 

 説明がややこしいな……結果論として、俺はベヒモス、レヴィアタンという二体の魔王の倒し方を知っていたんだよ。つまり、俺自身が情報として現れたから、ゴスペルはそれ以上エネルギーを吸い上げる必要がなくなった。それが、オリジナルゴスペルの暴走が止まった理由なんだ。

 

 順を追って話そう。16年前、アスクレピオス、メタトロン、サンダルフォンというオリジナルゴスペルが相次いで不発したのは、要するに、エネルギーを直接ぶつけるって方法じゃ、あの二体の魔王を倒すことが出来なかったからだ。

 

 ベヒモスは再生能力が強すぎて、そしてレヴィアタンは数が多すぎて、例えば原爆をぶつけるような方法ではどうしても倒しきれなかった。

 

 でも、さっき見ての通り、両魔王の倒し方自体は存在していた。つまり誰かがベヒモスをレヴィアタンにぶつけて水棲魔族を駆逐し、そしてそのベヒモスが翼竜に進化すれば、エネルギーをぶつける方法でも魔王は倒せたんだ。

 

 だからゴスペルは、デウスエクスマキナ・モードを起動したまま、その瞬間を待たなければならなかったんだ。それが、ずっとゴスペルが暴走し続けていた理由だ」

 

 アズラエルは感心するかのようにため息交じりに言った。

 

「そうか、それで君がメタトロン、サンダルフォンの両ゴスペルに直接触れたことで、暴走が解除されたんだな? 多分、その瞬間に、もうこれ以上低次元世界からエネルギーを吸い上げる必要はないと判断して」

「そういうことだろうね。両ゴスペルはそれでスタンバイ状態に移行して、時が来るのを待った。そして首尾よくベヒモスが進化したところで、今まで溜め込んできたエネルギーを発射可能にした。

 

 そして俺たちがどうしてゴスペルにエネルギーが溜まってるんだろうと不審がっていたら、空にあの翼竜が現れたんだよ。その瞬間、俺は何もかもが腑に落ちて笑っちまった。ああ、そういうことだったのかって」

 

 鳳はその時のことを思い出して、また愉快そうに笑った。それを見て、あの時は何がおかしいのか分からなかったアズラエルたちも、彼につられて笑ってしまった。自分たちが必死に戦っていたその影で、まさかそんなドミノ倒しのような魔族同士の戦いが起きていて、そして自分たちの預かり知らぬ内に、何もかもが終わってしまっていたなんて、誰が想像出来るだろうか。

 

「まあ、普通は分からないよなあ。ベヒモスをレヴィアタンにぶつければ良いなんて。そしたらあいつが旺盛な食欲でレヴィアタンを駆逐してくれるなんて。考えても見れば、今回一番の立役者はあいつだよ。あいつはさながら人類の救世主だぜ」

 

 鳳がそう言った瞬間、一緒になって笑っていたラファエルとウリエルはギョッとした表情をして固まった。鳳は、もしかして、魔族を救世主なんて言ってしまったのがまずかったのかな? と思い訂正しようとしたが、二人はまたすぐ笑い出したかと思えば、ラファエルなんかは腹を抱えて本当に愉快そうに笑い転げはじめた。

 

「ははははは! そうかそうか。それじゃ、あいつはさしずめ西の海から来た救世主ってとこだな。間違えて、あいつのことを妨げなくて本当に良かったよ。救世主の邪魔をしちゃいけねえや」

「ああ……どういう意味だ?」

「いいんだ。大した意味は無いさ。それより上を見ろよ」

 

 言われて空を見上げてみれば、先程の報道ヘリが彼らのすぐ上でホバリングをしており、カメラマンがドアから乗り出して鳳たちのことを撮影していた。きっと中継はまだ続いているのだろう。

 

「人類には人類の英雄が必要だろ。手を振ってやれ、きっと連中も喜ぶぜ」

「鳳様。今回の件で、あなたの人々への印象はこれ以上無いほど良くなりました。きっと元プロテスタントだと言われても、もうあなたのことを悪く思う人はいないでしょう。これであなたが人類最後の父となることを、ミカエル様も認めると思います。神域に帰ったらまたその件についてお話をしましょう」

 

 ラファエルに続いて、ウリエルがそんなことを言い出した。そう言えば、すっかり忘れてしまっていたが、レヴィアタンを倒したら精子を提供する代わりにギヨームを解放して貰うんだった。

 

 今回の魔王討伐に関しては、本当に最後の最後までまったく手がなくて困ってしまったが、いざ戦いが始まってみればトントン拍子に事態は好転し、終わってみれば実に呆気ないものだった。何事も、やってみなければ分からないということだろうか。

 

 精子提供については、アリスにもちゃんと話を通しておいた方がいいだろう。彼女はやっぱり嫌がるだろうか? それを顔に出すような子じゃないから、慎重にことを進めたいところだ。

 

 上空でヘリのバリバリ言う音が聞こえる。そう言えばさっきカメラに向かって手を振ったけれど、アリスはそれを見ていたのだろうか……? そんなことを思いつつ、鳳が彼女を探してキョロキョロ辺りを見回した時だった。

 

 バシュッ……!

 

 と、乾いた音が鳴って、鳳の頭に何かが当たった。その瞬間、彼の頭は半分吹き飛び、噴水のように血が噴き上がった。突然の出来事に、目の前でそれを目撃していたラファエルの目が見開かれる。

 

 バシュッ……!

 

 再度、同じような音が鳴り響いて、今度は鳳の胸に風穴が空いた。それは彼の左胸を貫通し、心臓のど真ん中を正確に撃ち抜いていた。

 

 狙撃か……? 三発目は、それを察知したウリエルが代わりに受けた。彼女は腕から真っ赤な血を流し、その痛みから弾が飛んできた方向を割り出し、ギラリとそちらを睨みつけた。

 

「きゃあああああああーーーーーっっっ!!!!」

 

 瑠璃や琥珀、他のドミニオン隊員たちから悲鳴が上がり、倒れた鳳へと殺到してくる。それを少し離れた場所で見ていたアリスがアイギスを展開し、真っ青な顔をして彼の元へと駆けつける。それによって狙撃は完全に収まったが……

 

 だが狙撃手は、既に目的を達してしまったようだった。

 

「どけっ!!」

 

 ラファエルは鳳に縋り付いて泣いている瑠璃たちを強引に引き剥がすと、すぐに回復魔法を唱えようとして彼の脇に跪いて両手を合わせた。

 

 しかし、いつまで経っても彼が癒やしの奇跡を口にすることは無かった。鳳の状態をひと目見ただけで、彼にはそれが無意味であることが分かったからだ。

 

「何をしている! 早く彼を治療してあげないかっ!」

 

 焦れたアズラエルがそんなラファエルを強く促すが、彼は悔しそうにぎりぎりと奥歯を噛み締めながら、

 

「……無駄だ。俺の癒やしの奇跡は、傷ついた者を助けるためにあるんだ。死者を復活させることは出来ない」

「そんな……彼は助からないのか!?」

 

 ラファエルは黙って首を振った。ドミニオンたちはそれを聞いて、また嘆きの声を上げ、そしてアリスはその場で力なく膝から崩れ落ちた。アズラエルは、呆然と鳳の体を見下ろした。

 

 彼の頭は半分吹き飛び、脳みそがこぼれ落ちている。心臓が撃ち抜かれ、まるで蛇口をひねるかの如くジャブジャブと血が溢れ、その勢いも段々落ちてきてしまった。誰がどう見ても即死である。

 

 一体、誰が彼を殺したのだ……彼が人類を救い、誰もが彼を祝福するこのタイミングで……一体誰が!?

 

 いや……アズラエルは首を振った。今は彼の死を嘆いている場合ではない。彼女は呆然としているラファエルの横に並ぶように腰を下ろすと、突然、鳳の服を強引に脱がせようとした。

 

「おい、何やってやがる!?」

「精子だ! 彼の生殖細胞は生きている。今すぐ回収しなければ……」

「おまえ……こんな時に何言ってやがる!?」

「こんな時だからだろう? 使い物にならなくなる前に、さあ早く!」

「この馬鹿っ! それが人が死んだ時、真っ先に出てくる台詞か!?」

 

 ラファエルはアズラエルのことを突き飛ばした。彼女は地面をゴロゴロと転がってから着地すると、すぐに挑むようにラファエルに掴みかかった。胸ぐらを掴んで彼女が睨みつけると、彼もジロリと睨み返す。

 

「感傷的になるのはいつでも出来る。彼は人類を救って死んだのだ。その彼が救った人類が滅亡しては元も子もないだろう」

「それこそ感傷的だろうが! 今は悲しむ以上の何が必要だってんだ! 精子! 精子! 精子! お前の頭にはそんなのしかねえのかよっ!!」

 

 鳳が死んでしまったこともショックなら、大天使同士の喧嘩が始まりそうにもなり、ドミニオンたちは凍りつくようにその成り行きを見守っていた。二人の言い争いが続き、誰もがそんな二人に注目していた瞬間だった。

 

 パシャ……

 

 その時、今度は水が跳ねるような音が聞こえて、

 

「げほげほげほげほ……!」

 

 そしてそんな間抜けな咳払いが、緊迫した空気の中に響き渡った。その咳払いの主を見て、ラファエルはギョッとする。

 

「そんな……なんで?」

 

 見れば、ついさっき、確かにその死を確認したはずの鳳が息を吹き返して、苦しそうな表情で地面に横たわっていた。意識はまだなくて、今にも死にそうではあったが、さっきの状態とは明らかに変わっていた。

 

 ぶちまけられたはずの脳みそはどこにもなく、胸にポッカリと空いた風穴は、今は痛々しい傷口になっている。

 

「お、おい……ラファエル?」

「あ、ああ……光あれ(ルクスイット)!」

 

 だが、死にそうなことには変わりはない。ラファエルはアズラエルに促されると、慌てて鳳の横に駆け寄って、すぐに神への祈りを捧げた。

 

**********************************

 

 鳳が撃ち抜かれた現場からおよそ4キロ……狙撃手はジャングルの高台に潜んでいた。手には巨大なライフルがあり、地面に寝転がる伏射姿勢でじっとそのライフルスコープを覗き込んでいる。

 

 流石にこの距離では標的が小さすぎて、その表情までは読み取れなかったが、彼はそれでもスコープ越しの天使たちが動揺しているのがわかった。

 

 それは鳳が殺されたことに対してではなく……彼が復活したことへの驚きからであることは疑いようもなかった。

 

「やっぱりこうなったか……」

 

 スコープの向こうでは、自分が受けた狙撃から位置を割り出したのか、ウリエルが恐ろしい形相で飛んでくるのが見えた。彼はチッと舌打ちすると、スコープから目を離して眼精疲労を和らげるように眉間を摘みながら、手元に雑においてあった大きなトランシーバーを耳に当てた。

 

「エミリア。どうなってる?」

 

 男の呼びかけから数秒が経って、雑音とともに返事が帰ってきた。

 

『……アロンの杖のリンクは繋がったまま、ピクリとも反応をしなかったわ』

「つまり、あいつはやっぱりアナザーヘブンの鳳白だし、やつの殺しても死なない能力は、こっちの世界でも健在ってわけか」

 

 沈黙がまた数秒流れる。それは通信相手が、光であっても到達するのに時間がかかるほど、遠すぎるせいだった。

 

『そんな能力が本当にあるのかわからないけど……(つくも)のエーテル体があの肉体に留まり続けているのは間違いないわ。もしくは、あの肉体の中に囚われていると言い換えてもいいのかも知れない』

「魂を囚える、ね……そんなことが出来るやつなんて……やっぱり神の野郎くらいしか居ねえよなあ?」

『……本当に、確実に、彼を殺したの? 外したんじゃなくて?』

「はんっ!」

 

 男はあざ笑うかのように、その言葉を鼻で笑い飛ばした。

 

「俺を誰だと思ってるんだ。ビリー・ザ・キッド様だぞ?」

 

 その声には彼の矜持がにじみ出ていた。エミリアは、彼の能力を考えるとそれを認めるしか無かった。

 

『あなたが失敗するなんて私も思っていないわ。ただ、それでも信じられないのよ……あれが、鳳白だなんて……そして彼が何をしても死なない不死人だなんて』

「まあな、おまえの気持ちは分かるぜ。俺も正直、今はあいつのことをどう考えていいのか迷っている。以前、あいつは俺の目の前で復活したことがあった。それは、俺たちが元々居たアナザーヘブン世界の神がエミリア、おまえだったからだと思っていたんだ。だが、こっちの世界のおまえは神じゃない。それどころか……お前の話が確かなら、鳳はこっちの世界に渡ってくることすら出来なかったはずだろう?」

『ええ、そう……そのはずよ。何故なら……この世界の鳳白のDNAは存在しない。彼は私が中学の時に死んでしまった。それは播種船が建造されるずっと以前の話だから、彼のDNAは播種船には登録されていないのよ。DNAがない人間の肉体は造り出すことが出来ないはずよ……それなのに、どうして彼は存在していられるの?』

「さあな。あいつが何者かなんて、俺だってわからねえよ。ただ、思い当たる節ならある」

『思い当たる節……?』

「ただの思いつきだから、それはまた機会があれば話すさ。それより、おっかない姉ちゃんが、俺を殺そうとしに、こっちに向かってきてやがる。そろそろ、ここから逃げないと俺もヤバそうだ」

『そう……わかったわ。それじゃあ通信を終わりましょう』

「ああ……」

『もし、あなたが生き残っていたら……播種船(ウトナピシュティム)で会いましょう。あなたには乗る権利があるわ』

「そうかい。その時はよろしく頼むよ」

 

 通信はそれを最後に途絶えた。

 

 ギヨームはゆっくり立ち上がると、またライフルのスコープを覗き込んだ。ウリエルは確実にこちらへ向かってきてはいたが、まさか狙撃手がこんな距離から鳳を正確に撃ち抜いたとは考えられなかったのだろう。まだ大分手前の方で、人が隠れられそうな場所を必死に探していた。

 

 彼はそれを確認するとライフルを手放し……それは光の粒になって虚空へ消えていった。

 

 どっちにしろ、あの天使に彼を捕まえることは不可能だろう。彼は16年前とは比べ物にならないほど強くなった。それに彼には天使たちには視えない、高次元空間を視る能力があった。

 

 彼は腕を真っ直ぐに伸ばすと、指先をぐるりと回してその先に白く光るワームホールを作り出した。かつて仲間がタウンポータルと呼んでいた魔法である。今の彼にはこれくらいのことは造作もない。彼はそれをくぐり抜ける前に、もう一度だけ鳳の方を振り返った。

 

 もちろん、その目にはかつての友人の姿は映らなかった。だが、その方角に何かヤバいものがいることだけは、ひしひしと肌で感じられた。エミリアは言っていた。この世界に鳳白なんて人間は存在しない。じゃあ、あれは何だ?

 

 もしかして……あいつが神なんじゃないか?

 

 そう考えれば思い当たる節はある。いくら英才教育を受けたとは言え、鳳の能力は尋常ではない。あのレオナルドやルシフェルと同レベルで会話が出来るのは、彼の年齢を考えると不自然だろう。力が衰えているはずのこの世界でも、気がつけばいつの間にかのし上がってきて、ドミニオンたちは彼に好意を抱き、四大天使は救世主とさえ考え始めている。元々、プロテスタントは人類の敵だったはずだぞ? 終いには彼はまた魔王を倒してしまった。

 

 ジャンヌがこっちの世界でまだ力を使えていることと、そして神殿を破壊された天使たちにまた天啓が訪れたことを考慮すれば、間違いなく、この世界に神はまだ存在している……それがどこにいるのかは分からなかったが、もしも鳳白がそうであるなら……もしくは神が彼に何か執着があるというなら……

 

「ここは一つ、神を試してやろうじゃねえか……」

 

 ギヨームはかつての友人に背を向けると、そんな決意を秘めながら、光の中へと消えていった。

 

 

 

月の支配の20年が過ぎた。

7000年、別のものがその体制を保つだろう。

太陽が残された日々を受け取るであろう時に、

私の予言は成就し、終わる。

 

1999年、7か月、

空から恐怖の大王が来るだろう、

アンゴルモアの大王を蘇らせ、

マルスの前後に首尾よく支配するために。

 

           (ミシェル・ノートルダム著  百詩篇  Wikipediaより抜粋)

 

 

 

(第9章へ続く)

 




次回更新は3月1日を予定してます。
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