ラストスタリオン   作:水月一人

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第九章・俺が神!? 転生勇者の異世界冒険譚、始まりのエピローグ
神の座する場所


 リュック・ベッソン監督の映画フィフス・エレメントでは、第5(フィフス)元素(エレメント)とはつまるところ『愛』だったわけだが、それ以前に四元素とはなんやねんという事は物語を通して十分には語られていない。というのも、恐らく西洋ではそんなことわざわざ断らなくても、誰でも知ってる常識だからだ。

 

 四元素とは言わずと知れた火・風(空気)・水・土のことであるが、どうしてこれが万物の根源たる四元素と呼ばれているのか、実は東洋人でちゃんと知ってる人はあまりいないのではなかろうか。

 

 日本ではJRPG……というかファイナルファンタジーが流行しなければ、多分いまでも馴染みがなかったであろうこの四元素と言う概念は、古代ギリシャ哲学から生じたもので、それが教会の権威の下に保護されて、割と最近まで信じられてきた。この世界のあらゆる物質は、これら4つの元素がごちゃまぜになって出来ているのだと、欧州の人々はそう考えてきたのだ。

 

 このような考えが広まった背景は、本を正せば最古の哲学者と呼ばれたタレスに遡る。

 

 かつて日々を生きるのに精一杯だった人類は、農耕が始まった頃に国家が成立すると、祭司や王侯貴族などの有閑階級が現れ、余暇を過ごせる余裕がある人々が登場し始めた。

 

 そして奴隷制を敷いていた古代ギリシャでは、ついに市民は全く働かなくても暮らしていけるようになり、そのせいで多くの人々が暇を持て余して、他にやることがないから日々喧々諤々の議論を交わしていた。

 

 労働から解放された人々が何をそんなに話し合っていたのかと言えば、政治経済はもちろんとして、やっぱり神の存在についてである。

 

 多神教のギリシャにはたくさんの神が居て、それぞれの都市を守っていたり、戦のときに力を貸してくれたりしたわけだが、そもそもこの神とは何なのか? 本当にそんなのがいるのか? という疑問は当然のように湧いてくるだろう。

 

 ヘロドトスの歴史に登場する神々は、まるで人間のように振る舞うが、どうして我々人類の創造主たる神がこんなに人間臭いのかは大いに疑問だ。この頃のギリシャ人は奴隷を求めて小アジアやエジプト、エチオピアまで進出していたが、征服した土地にも神が居て、やっぱりその神々もみんなどこか人間臭い。

 

 神が自分に似せて人間を作ったのだから、人間こそが神に似ているのだという意見もあったが、それなら犬には犬の、鳥には鳥の神がいなければおかしいはずだが、そういう話はまず聞かない。エジプトの神々は動物の姿をしているが、中身はやっぱり人間である。

 

 こうなってくると、神様なんて本当はいなくって、みんな人間が考え出した作り話なんじゃないか? と考える無神論者も出てくるだろう。そこまでいかなくても、神は万物をどのように創り出したのだろうという疑問も湧いてくる。

 

 この世界は一体、どうやって誕生したのだ?

 

 我々現代人が宇宙は何もない無から生じたと考えるように、大昔の人々もこの世は無から始まったと考えていた。ただ違うのは、現代人にはビッグバンという理論があるが、ギリシャ人にはそれがなかったことだ。だから彼らは考えた。この世が無から始まったとして、最初に何が起きたのか? 万物の根源は何だったのか?

 

 最古の哲学者と呼ばれるタレスは、万物の根源(アルケー)は水であると考えた。

 

 それがどのような考えだったのかは今となっては実は良く分かっていないそうだが、恐らく水は器によって形を変えたり、氷や水蒸気に相転移する様子から、あらゆるものは水から生まれ、水に還っていくと考えたのだろう。

 

 ただ、それだと火を上手く説明できないからと、タレスの出身地ミレトスの賢者アナクシマンドロスは根源(アルケー)とは無限なるもの(アペイロン)であると論じた。タレスが自然界に『実在する水』を根源としたのに対し、アナクシマンドロスは『無限という概念』を万物の根源と定義したわけである。

 

 彼はこれによって火の存在を説明したわけだが、ただ、そうなると今度は当然アペイロンって何だよ? という話になる。言いたいことは分かるが、実在しないものを根源と言い張るのは無理があると言われたら、何も言い返せないだろう。

 

 そこでアナクシマンドロスの弟子アナクシメネスはタレスの説に立ち返って根源(アルケー)は空気であると説いた。

 

 水ではなく空気としたのは、彼は水とは凝縮された空気だと考えたからだ。要するに空中の水蒸気が結露するのを観察して、そう結論したのだろうが、彼はこの考えを広げて、土とは水を更に圧縮した物、そして火は薄くなった空気だと説明して、師匠たちの対立を上手いこと収めたのである。

 

 さて、ミレトスの哲学者たちが問いかけた万物の根源は何か? という難問は、その後次々現れる哲学者たちにも受け継がれていった。

 

 そんな中で際立つのはパルメニデスで、彼はミレトス学派が根源は水だ空気だと言ってるが、我々の体をじっくりと見て、どうしてそんなことが信じられるのか。理性的に考えれば、到底そんなの受け入れられないと真っ向から否定し、寧ろ万物は最初からこのままの状態で存在していたのだと、今で言う定常宇宙論みたいなことを言い出した。

 

 これは感覚はあてにならず、目で見たこと以外は信じないという合理主義の走りであるが……これに対して同時代の哲学者ヘラクレイトスは万物は流転する(パンタ・レイ)と提唱する。

 

 これは例えば、水は凍ったり水蒸気になったり、動物は老いてやがて死んだり、戦争と平和が繰り返したりと言った具合に、この世のあらゆる事柄は同じ状態であることはまずない。だからヨボヨボの爺さんに赤ん坊の頃があったように、理性ではとても信じられなくとも、思いがけないものが根源であることは、実際あり得るんじゃないかという考え方である。

 

 その代わり彼は『ロゴス』という言葉を使って、あらゆる事柄にはルールが存在すると論じた。水は氷になったり蒸気になったりはするが、ワインには変わらない。赤ん坊は成長して老人になるが、その逆はないと言った具合に、この世には(ロゴス)と呼べるようなルールが存在するんじゃないか。つまりそれが根源(アルケー)だと彼は考えたわけである。

 

 パルメニデスとヘラクレイトス……両者の言い分は全く正反対だが、しかし我々はそのどちらの主張も理解できるだろう。どっちが正しいと言うことも、相手を真っ向から否定することも出来ない。まるで自分の中に二人の違う自分が存在しているような、なんともむず痒い感じがする。

 

 だがアナクシメネスがそうであったように、得てしてこんな風に対立する意見があるときこそ、両者を超えるような上手い折衷案が見つかるものである。

 

 エンペドクレスはこの論争に対して、二人の哲学者の意見が食い違うのはそもそもミレトス学派が『根源(アルケー)は一つ』と定義したせいなんじゃないかと考えた。彼は根源は一つではなく、今までに挙がった火・空気・水・土の四つすべてが根源であり、物質はこれらが離合集散して形成されているのだと論じた。物体には色んな元素が入り混じってるから、一見しただけではわからなくなってるのだと言うわけである。

 

 これがいわゆる四大元素の始まりであり、また彼は四元素を結びつけているのは(フィリア)憎しみ(ネイコス)であるとも言っているので、リュック・ベッソンが映画で第五元素を愛としたのは実は案外妥当だったのかも知れないが……

 

 ともあれ、四大元素がこうして誕生したわけだが、それで根源問題が全部解決したわけではない。その後もデモクリトスが原子(アトム)を持ち出してきたり、そもそもエンペドクレスはピタゴラス学派だったのだが、ピタゴラス学派の人々が数が神であると考えていたのは有名な話である。(だから無理数が許せなかったというあれ)

 

 そしてプラトンはイデアの概念を生み出して、この世のあらゆる物質はイデアの劣化コピーであると考えたりと、手を変え品を変えて次なる根源が現れては消えていった。それが四大元素説で統一されたのは、意外にもプラトンの弟子であるアリストテレスがそれを支持したからだった。

 

 ソクラテスに理想を見たプラトンが、完璧な哲学者による哲人政治を行えば世の中は万事うまく行くと考え、アカデメイアを作ったことはよく知られている。アリストテレスは、そんな彼が哲人王として育てあげた人物だったのだが、理想主義者の師匠と違って、弟子の方はなんとも合理主義者だったのだ。

 

 プラトンはイデアこそが真の実在であるとしたが、アリストテレスはそれを一蹴し、ちゃんと目で見て手で触れて確かめられないものは存在しないと断じて、とにかくあらゆる物を分類することに終生を費やした。後の生物学、植物学、医学など、いわゆる科学は彼の分類学から派生したものである。

 

 そんな彼が物質の本質は「温と冷」、「乾と湿」の組み合わせで決まると言って、四大元素をもとに物質世界を説明したために、後の教会でアリストテレスの弁証法がお手本とされると、彼の世界観がそのまま採用されてキリスト教圏のスタンダードになってしまったのである。

 

 具体的にどんな感じかと言えば、彼は土は重いから最も低い地面にあり、その次に重い水がその上に溜まり、空気より軽い火は空の上にある。しかし太陽や月、惑星や星々はその上に無くてはならないから、天球を支える第5の元素が存在しなくてはならず、彼はそれをエーテルと名付けた。

 

 キリスト教徒にとって神は空の上に居なくてはならないから、この神の物質エーテルが天を支えているという世界観は受け入れやすく、逆にそれが壊れると教会の権威も崩れてしまう。だからプロテスタント活動が盛んになると、地動説を嫌ったという事情があったわけである。ガリレオ・ガリレイもとんだとばっちりだ。

 

 彼は他にも女性蔑視をして魔女裁判に影響を与えたりと、その名声とは裏腹に、後の世に悪影響を及ぼしてもいる。尤も、それは彼の権威を傘にきた教会が悪いのだから、そこまで彼のせいにするのはお門違いだろう。彼が紀元前4世紀の人だと考えれば、アリストテレスが偉大であったことは言うまでもないだろう。

 

 さて、このように西洋では、四元素があらゆる物質の根源であるという世界観が、化学が発達する大体18世紀頃まで続いていたわけだが、それじゃ東洋ではどう考えられていたのか? と言えば、およそ万物は気で出来ていると考えられていた。ドラゴンボールでお馴染みのあの気である。

 

 古代の中国人も西洋の人々と同じように、この世は無から始まったと考えていた。道教の経典である老子には、次のように書かれている。「道は一を生じ、一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず。万物は陰を負いて陽を抱き、沖気以(ちゅうきもっ)て和を()す」これだけでは何がなんだかわからないが、とにかくこの世は道から始まり、一、二、三を経て万物が生じたということは、まあ漠然とわかるだろう。

 

 この道というのは、天道とか人道とかの意味であり、我々日本人も直感的に理解できるのではなかろうか。天道とは天の道、即ち宇宙の法則のことであり、人道とは人間が生きていく上で守るべき規範のようなものである。ここでは宇宙の始まりを、道と言っていると考えられる。

 

 続いて、万物は陰を負いて陽を抱き~~であるが、これはあらゆる物には陰と陽の2つの側面があり、それを沖気以て和を為す~~気がその2つを結びつけていると老子は言っている。

 

 陰と陽とは、物質と精神の関係のようなもので、何かの物質が生まれようとする時は、まずは陽(精神)が先んじて生じ、続いて気がどこからともなく集まってきて形を作り、その形に陰(物質)がくっついて万物は形成されている……という考えらしい。

 

 まとめると古代中国人は、最初宇宙には何も無かったが、そこに気の元となる元気が生じ(一)、続いて陽(二)が生じる。その陽から情報を受け取って気が物体の形を形成し(三)、陰が遅れてやってきて万物が生まれる。このようなプロセスを経て万物は生まれてきたから、古代中国人たちはあらゆる物には気が宿っていると考えており、実際に屎尿にすら気は宿っていると老子には書かれている。

 

 ところで、老子という人物が記録の中で最初に登場するのは、司馬遷の史記の中である。しかし司馬遷の活躍した紀元前1~2世紀の頃には、もう既に老子と言う人物が実在したのか、どういった人物だったのかもよく分からなくなっていたらしく、その記述は非常に簡素で淡白だった。

 

 なのに老子が書いたとされる『老子』という書物が存在するのは、もちろん後世、別人の手によって書かれたからだ。これがいつ頃成立したかといえば後漢の末期のことで、それより少し前にインドから仏教が伝わってきたのだが、仏教には素晴らしい経典がいくつもあるのに、道教にはそれがなく、このままじゃ決まりが悪いからと慌てて編纂されたものらしい。

 

 老子の思想はこの頃までにちゃんと中国社会に根付いていたのであるが、全ては民間伝承レベルで教義のようなものは無く、道教という言葉自体もまだ存在しなかったのだ。

 

 それを宗教として昇華したのが、かの有名な太平道と五斗米道であり、今日ではこれらが道教の始まりと言われている。太平請領書を手にした張角が『蒼天すでに死す、黄天まさに立つべし』のスローガンの下に黄巾の乱を起こし、三国時代が始まったのは三国志ファンならご存知だろうが、あの民衆蜂起の裏には、後に中国の国教となる道教の成立が関係していたというわけだ。

 

 ところで、こうして仏教に押されるような形で作られたせいか、道教の教義は仏教からの影響が強く、晋の時代になって書かれた抱朴子(ほうぼくし)を読むと、ちらほらと仏教の考えが取り入れられているのが分かる。

 

 先の張角にしても蒼天すでに死す黄天まさに立つべしというのは、人の生死、社会が戦争と平和を繰り返すように、陰と陽は繰り返し現れる。今の漢室が腐敗しているのは、この陰陽が切り替わるちょうど過渡期だからであり、これが過ぎれば間もなく黄天(黄帝、老子の時代)が始まるだろう……と言っているわけで、これなんかは明らかに輪廻転生の影響が見て取れる。

 

 また、道教の究極の目的は不老長寿であるが、秦の始皇帝が飲んでいた不老長寿の霊薬・金丹とは実は水銀のことで、飲めば寧ろ寿命を縮めるものだった。だから後世になって薬を飲む方法(外丹)は主流じゃなくなり、代わりに金丹を体の中で自力で作り出すという、内丹という方法に切り替わっていった。

 

 先述の通り、中国人たちは万物は気で出来ていると考えていた。故に、死とは気が体から抜け出ていくこと、とも捕らえられるわけで、不老長寿を得るには、その体から出ていこうとする気を留めて、生まれた時の状態に保てばいいわけである。

 

 唐代の道士、司馬承禎によって書かれたとされる坐忘論には、その方法として、座して心を安んじ無の境地に至ればいいと書かれている。これは言うまでも無く座禅そのものであり、どうやらこの時期、仏教界で禅宗が流行していたから道教も取り入れたと考えられる。

 

 こんな具合に道教には仏教の考えがあちこちに見られてバツが悪いせいか、実はブッダは老子の生まれ変わりだという説が、後漢時代の割と初期から既にあったらしい。それが時代が下るにつれ、どんどん仏教が強くなってくると殊更に強調されるようになり、するとそんなことを言われて面白くない仏教徒が逆に、老子も孔子も顔淵も、全部お釈迦様が中国人を教化するために遣わした人物だとやり返した。

 

 まあ、仏教自体も漢訳される際に中国の考えが取り入れられていることが現在では判明しているわけだが、この不毛なやり取りは儒教も巻き込んで延々と続き、王守仁(陽明)が三教帰一を唱えるまで千年以上も続いたようである。

 

 王守仁は言った。結局の所、道家の言う『虚』(無、道)も、儒家の言う『理』(天理、道)も、仏教徒の『空』(無、涅槃)も、言い方を変えているだけでみんな同じことなのである。ただ道家はそれを内丹を作るための養生の観点から、仏教徒は生老病死の苦しみから逃れるために言ってるから違うように聞こえるだけで、彼は自分の提唱した『良知』を最良のものとしながらも、三教はみんな同じ物を求めているのだと説いて論争に幕を引いた。

 

 因みにこの良知とは、孟子の性善説が言うところの『善』、我々が生まれつき持っている規範みたいなことを言っているので、考えようによってはヘラクレイトスの『(ロゴス)』と同じとも捕らえられる。シルクロードを通じて繋がっていたとはいえ、東西は殆ど交流が無かったというのに、結局は同じような考えにたどり着くのだから、人間の本質というのは世界中どこへ行ったところで何も変わらないのだろう。

 

 まあ、それは当然なのかも知れない。現実に、生物が良知のような何らかのルールに従って行動を決定していることは、20世紀の進化生物学も証明している。前章でも触れたが、アリのような一部の社会性動物は、例え自分の生存に不利になったとしても、巣の仲間に尽くすことがある。その理由を探ってみたら、どうもより多くの自分と同じ遺伝子を残そうとしているのだということが分かってきた。

 

 そう考えると、我々人間にも同じようなルールが存在するのかも知れない。案外、殺してはいけない、姦淫してはいけない、盗んではいけないというようなルールが、まだ解読されていない遺伝子のどこかに刻まれていて、我々はそれに従っているのかも知れないではないか。

 

 ルネサンス期のプラトンアカデミーの人々や、ニューエイジの神秘主義者たちは、神は自分の内に存在すると考えたわけだが、あながちそれも的外れではなかったのかも知れない。彼らはこう言えば良かったのだ。

 

 もしも神が存在するなら、それは遺伝子の中であるかも知れないと。

 

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