ラストスタリオン   作:水月一人

343 / 384
犯人探しも重要ですが

 取りあえず復活したから良いものの、鳳を狙撃した犯人がまだ近くに潜んでいる可能性がある以上、その場に留まるのは危険である。ラファエルのそんな意見を受け入れて、急遽神域(パース)まで戻ることに決めた鳳は、ジャンヌ隊と別れてケアンズ空港までとんぼ返りすることになった。

 

 認識阻害魔法をかけてサムソンとブラブラしていたミッシェルをどうにかこうにか捕まえて、早く精子を寄越せとしつこいアズラエルを振り切り、別れを渋る瑠璃を琥珀に押し付けて、人の目を避けるようにして空港までやってきた鳳は、しかし最後の最後でアリスという壁に阻まれた。

 

「無理! 無理です! 鉄の塊が空を飛ぶなんて、あり得ないです!」

 

 生まれてはじめて飛行機を見た彼女は、こんなものが空を飛ぶなんて信じられないと恐れを為して搭乗を拒否した。流石に何千キロも離れたパースへ戻るには飛行機に乗るしかないので、なんとか彼女を宥めすかそうと鳳が説得するも、

 

「でも君、アズにゃンと空飛んでた時、全然平気そうだったじゃない」

「魔法で空を飛ぶのは普通のことではないですか。鉄の塊が空を飛ぶのは普通じゃないです」

「逆々……普通は逆だから」

 

 なんともファンタジー脳な答えが返ってきて面食らう。だが実際、飛行機がない世界の住人にとってはそんなもんなのだろう。彼女は鳳が空を飛んでる姿をしょっちゅう見てきたせいで、そっちの方が馴染み深いのだ。

 

 とは言え、仮に飛行機がトラブったとしてもラファエルとウリエルがいる以上、墜落しても死ぬことはないのだし、そもそも、どうせ何も起こるわけないのだから、無理やり乗せてしまえばいいのだが……足をブルブル震わせながら、珍しくワガママを言っている彼女をそうするのは気が引けた。

 

「うーん……それじゃあ、君だけ船で行く? こっからだと何日かかるか分からないよ?」

「え? 私一人ですか……? ご主人様はいらっしゃらないのですか?」

「一緒に行ってあげたいのは山々だけど、狙われてるのは俺だからなあ……多分、ラファエルやウリエルさんもついてくるって言い出すだろうから、彼らを巻き込むわけにはいかないよ」

「タイクーン! まだあ? 機長が早くしろって」

 

 鳳たちがグズグズしていると、タラップからひょっこり顔を出したミッシェルが催促してきた。パースまでは距離があって、燃料もギリギリだから、そんなにノンビリはしていられないのだ。

 

 鳳はミッシェルにすぐ行くと手を振り返してからアリスの方へ向き直ると、

 

「ジャンヌが都合がつくなら送ってもらおう。知り合いの教官に一筆残すから、それを持って訓練校を訪ねてくれ。宿舎の俺の部屋はまだ使えるはずだから」

「うう……ううううう……」

 

 鳳がそう言ってペンを取り出すと、アリスはプルプル震えながら半泣きになって、

 

「わかりました! わかりましたから! 私も一緒に行きますから!」

「え? いいの?」

「断頭台に上るより、一人で残される方がもっと嫌です。死ぬときは一緒ですよ、ご主人様!」

「死なないから、死なないから」

 

 ヤケクソになったアリスがガンガンと足音を立てながらタラップを登っていき、鳳はその後にやれやれと肩を竦めながら続いた。

 

 ジェットエンジンがキーンと音を立てて、飛行機が加速し始めると、アリスは目をギュッと瞑ってアイギスの結界を展開した。危ないからベルトをつけろと言ってるのだが、彼女にとってはそっちの方が安心らしい。

 

 飛行機が上空に上がって水平飛行に切り替わっても、彼女はアイギスから手を離さず、ずっと結界を展開し続けていた。結界は飛行の邪魔にはならなかったが、機体を覆っているせいで若干視界が紫がかってしまい、パイロットが落ち着かないからやめてくれとボヤいていた。

 

******************************

 

 そんな具合に8時間のフライトの間、終始気を張りっぱなしだったせいか、パースに着く頃には彼女はぐったりしてしまっていた。着陸の時も大騒ぎするかなと身構えていたが、もはやそんな気力も残っていなかったらしく、飛行機が止まり地面に降り立った彼女の体は、船酔いでもしてるかのように前後左右に揺れていた。

 

 飛行機の中で全く休めなかったから、ガブリエルが車で迎えに来る頃には既にウトウトし始めており、勧められるまま後部座席に乗り込むやすぐに眠ってしまった。巨大なアイギスは一般車には積めないから預けるしかないのだが、手放すのを嫌がるかなと思っていたら、そんな余裕も無かったらしい。追走のトラックにそれを預けて、鳳は助手席に乗り込んだ。

 

 可愛らしい奥さんですねと言うガブリエルのどこまで本気なのかよくわからないオベッカを聞きながら神域までドライブし、完全に熟睡してしまったアリスを抱き上げて神殿へと入った。寝室は男はいつもの三人相部屋だが、流石にアリスには別の部屋を貸して貰えることになり、彼女をそっちへ運んであげた。

 

 ベッドに横たわる彼女はまるで死人のように眠っており、ちゃんと息をしているのかな? と確認をしてから元の部屋に戻ると、ミカエルを除く四大天使の三人までが勢揃いしており、部屋は無駄に人口密度が高かった。

 

「ここに来るまでバタバタしていて聞きそびれてしまいましたが、ケアンズで襲撃を受けたそうですね」

 

 何もこんな狭い部屋に集まらなくてもいいのにと思っていたら、ガブリエルは襲撃のことを聞きたいらしかった。まあ、それで急いで帰ってきたのだから当然だろう。

 

「実は、あなたが狙撃された場面が偶然テレビカメラに映っていたから、人間社会はその話題で持ちきりなのですよ。何しろ、人類滅亡の危機と思っていたところに、あなたが颯爽と現れて魔王を退治してしまったのですからね。祝賀ムードの中、そのヒーローがいきなり殺されてしまったら、それはそれは大騒ぎですよ」

 

 そう言いながらガブリエルが指差す部屋のテレビ画面には、鳳の頭が吹き飛ぶシーンが映し出されていた。まさかこうして自分が殺されている場面を見る日が来るとは思わず、なんとも形容し難い気分に見舞われたが、確かにラファエルが言っていた通り、どう見ても即死したとしか思えないくらい、鳳の頭は綺麗に吹っ飛んでいた。

 

 ところが……それを偶然撮影してしまったカメラマンも相当慌てていたのだろう、画面がぐるりと回転し、一旦鳳の姿が画面から消え、またカメラが彼の姿を捉えた次の場面では、さっき吹き飛んだように見えた鳳の頭は元に戻っていた。

 

 それがまるでドッキリみたいに、映像を逆再生したようにも見えるものだから、一体何の冗談だとテレビ局には結構な数のクレームが舞い込んだらしい。しかし映像に作為はなく、そもそも生放送なんだから弁解のしようもないので、取りあえず、狙撃はされたが命に別状はないとだけ伝えて、騒ぎをどうにか抑えているようだった。

 

「それじゃ、俺が狙撃されたことはみんな知ってるの?」

「ええ、世界中の誰もが知ることになってしまったので、あなたの無事も公表せざるを得なくなったのですよ。それで一安心したら、今度は犯人探しが始まっています。一体、誰があなたのことを狙ったのでしょうか? 心当たりはありませんか?」

「いやあ、それがさっぱり……俺を殺したいって思ってる連中はいるかも知れないけど、その中にウリエルさんの索敵から逃れられるようなのはいないと思うんだよね」

「犯人を見つけられず、面目次第もございません」

 

 ウリエルがまた申し訳無さそうに頭を下げている。あまりこの話を蒸し返すのはやめておいてあげたほうが良いだろう。ガブリエルは話題を変えるように続けた。

 

「誰かがあなたを襲撃する理由として、どんなことが挙げられますか?」

「動機ってこと? なら……瑠璃と俺がイチャイチャしてるのが気に食わないって連中に、一度襲われたことがあるんだ。ただ、感覚的には子供のお遊びみたいなものだから、そいつらがライフルを持ち出して超長距離から狙撃するなんて思えないな。他に考えられそうなことなら……俺がプロテスタントだってことが右翼活動家にでもバレたとか?」

「なるほど……しかし、情報が漏れたのだとしたら、出どころは我々四大天使か、ジャンヌさんの部隊しかありませんよ?」

「それはちょっと考えにくいなあ……俺が狙撃された時、ジャンヌ隊は全員近くに居たはずだし」

「犯人が人間とは限らねえんじゃねえか?」

 

 二人のやりとりを黙って聞いていたラファエルが言う。

 

「実はおまえを撃ったはずの銃弾が、あの後いくら探しても見つからなかったんだよ。ウリエルに当たった弾もだ」

「じゃあ、どうして俺の頭は吹き飛んだんだよ?」

「ほら、アズラエルの顔をしたオアンネスが水鉄砲を飛ばしてただろう?」

「ああ~……」

 

 つまり、水撃なら形跡は残らないし、魔族なら鳳を狙う理由は十分にあると言いたいわけだ。

 

「でも、それならアズにゃんの制御下に入らなかった強い水棲魔族がどこかに潜んでいるってことだぞ? そんな魔王クラスの個体がいたなら、今頃ドミニオンたちが襲われてるんじゃないか? なんかそれっぽい報告とかあるの?」

 

 鳳がそう言うと、ウリエルが何かの端末を弄ってから黙って首を振った。多分、ケアンズのドミニオン司令部に確認したのだろう。

 

「人間でも魔族でもないってなると、それじゃ一体何者だよ。狙撃を受けたことは間違いないからな」

 

 ラファエルが不貞腐れたように呟く。彼の言う通り、鳳が一度死にかけたことは事実だ。なのに、動機も不明、方法も不明な狙撃手が、どこかに潜んでいると考えるとかなり不気味だった。

 

 ただ、ここに来る前にも考えたことだが、ウリエルの索敵能力を超える長距離射撃が可能な人物なら一人だけ心当たりはあった。ギヨームなら、あの遠くの山の上から鳳の頭を撃ち抜くことは可能だろう。しかし、彼には鳳を襲う理由はないし、大体、現在彼はミカエルに拘束されているはずだ。だから彼であることはあり得ないのだが……

 

 鳳は、ふと以前ミッシェルに占ってもらったときのことを思い出した。あの時、ミッシェルは魔族を引き連れたギヨームと鳳が戦っている未来が見えると言っていた。まさかそんなことがあるはずないと、すぐに忘れてしまっていたが……その辺も気がかりだし、一度ミカエルにギヨームの消息を確認したほうが良いかも知れない。

 

 鳳がそんなことをモヤモヤ考え込んでいると、沈黙する室内でぽつりとウリエルが控えめに呟くように言った。

 

「あのー……ところで、犯人探しも重要ですが、一つ良いでしょうか? 鳳様、あなたのあの復活能力はなんなんです? そっちの方も気になるのですが」

「そうだった。てか、おまえ何で生き返ってるの? 誰が見ても即死だったってのによ。そういや、実は何度も生き返ったことがあるみたいなことも言ってたよな? あれってマジなのか」

 

 ラファエルが呆れるようにウリエルの話に乗っかる。鳳はポリポリと頭を掻きながら、

 

「ああ、俺は元々、前の世界でP99……つまりお前らが神とか神殿って言ってる設備で復活させられた人間なんだよ。そんで俺を復活させた神ってのが、実は俺の幼馴染だったもんで、俺の身体には死んでもすぐに復活するよう仕掛けが施されてて、だから俺はあっちの世界では不死身だったんだけど……」

「おまえらが古代人だってことは知っていたが……また、けったいなことになってやがんな」

 

 それは記憶を封じられる前のジャンヌから聞いたのだろうか。それどころか、彼らの『神』を作ったのが鳳の父親かも知れないと言ったら、彼らはどんな顔をするだろう。面白そうだからいつか聞いてみたいものだが、話がややこしくなりそうなので今は黙っておくことにする。

 

「だから、こっちで俺が復活する道理はないはずなんだよ。それに、もしもこんなことが出来るとしたら神くらいのものだろうけど、今の俺は寧ろその神を倒しに来た侵略者のはずだし」

「うーん、しかし、神が人間の生き死にを直接操作したというような話は聞いたことがありません。本当にそんなことが出来るのでしょうか。例えば我々、天使には強い再生能力がありますが、それは体内を巡るナノマシンのお陰であって、人間にはそれがないはずです……神はあなたの細胞をどうやって修復したのでしょうか?」

 

 ガブリエルが困惑気味に問いかけてくる。しかし、そんなことを言われても、鳳にも分かるはずがなかった。そもそも、この世界の神がどんな存在なのか、16年前に破壊された後にどうなってしまったのかも良く分かってないのに、その神がどうやって鳳を復活させたかなんて考えても無駄だろう。

 

 案外、16年前に一度破壊されたせいで、おかしくなってしまっているのではなかろうか。それで鳳のことを仲間と勘違いして助けてくれたのかも……そんなことをあれこれ考えている時、鳳はハッと気がついた。

 

「そうだ! 俺、今回は復活する前に、あっちの世界でカナン先生のことを見かけたんだった」

「カナンって……ルシフェル様のことですか??」

 

 ガブリエルがギョッとした表情で聞き返す。鳳は頷いて、

 

「狙撃された後、俺の意識は死後の世界っつーか、多分アストラル界に飛ばされたんだけど、どうやったら元に戻れるかなって考えてた時、空に星のような光がたくさん見えることに気づいたんだ。で、綺麗だなって眺めてたら、よく見たらその中にサムソンの姿があって、手を振ったんだけど気づいてもらえず……そうこうしている内に何か凄く眩しい光が近づいてきたなと思ったら、今度はその中にカナン先生の姿があって、彼が俺にまだこっちに来ちゃいけないって言って……急に意識が遠のいてきたと思ったら、俺はラファエルのいるテントの中で目覚めたんだ」

「なんだそのオカルト番組みたいな脈絡のない話は……ギャグで言ってるのか?」

 

 ラファエルの呆れるような声が響く。言われてみれば確かに、頭が悪そうな話にしか聞こえないが、事実なのだから仕方がない。

 

「とにかく、先生に会った直後に目が覚めたんだから、もしかすると彼が俺を復活させてくれたのかも知れないよ。あの人ならそれくらい出来ても不思議じゃないし」

「いや、そりゃねえよ。もしもルシフェルにそんなことが出来んなら、あいつ自身がとっくに生き返ってなきゃおかしい」

「あ、そっか」

 

 言われてみれば確かに……鳳がぐうの音も出ずに黙っていると、追い打ちをかけるようにミッシェルの言葉が続いた。

 

「タイクーン、アストラル界にルシフェルたちが居るとしたら、多分、僕は気づいてると思うんだよね。君が見たっていうサムソン君のアストラル体なら、僕にも感じ取れるんだけど、彼の周りに今までそんな気配を感じたことは無かった……ついでに言うと、死んだ君のアストラル体もさ。君は本当に、アストラル界に行っていたのかい? どこかもっと違う場所にいたんじゃないかな」

「うーん……ミッシェルさんにそう言われてしまうと、なんとも。俺もはっきりそうだとは言い切れませんね。そしたら俺が行ったのはアストラル界じゃなくって、本当に死後の世界だったんですかね?」

「いや、そんなものがあるとも思えないんだけどね……単純に、君は夢を見ていたんじゃないかなあ?」

「夢……ですか? うーん……でも、夢にしてはやけに実感があったような……」

 

 鳳が首を傾けて当時のことを思い出そうと躍起になっていると、突然、ウリエルの持つ携帯端末が鳴り出した。彼女は現代人がそうするみたいにペコペコお辞儀しながら部屋から出ていくと、廊下で二言三言話してすぐに部屋に引き返してきて、

 

「話の腰を折ってしまい申し訳ございません。鳳様、ミカエル様がお呼びですので、よろしければお部屋までいらしていただけませんか?」

「ミカエルが? なんだろ?」

「さあ、神域に帰ってきたのに顔も出さないからスネてるんじゃねえか? あいつの方から来りゃいいのによ」

 

 ラファエルはそう言いながら立ち上がると、さっさと部屋を出ていってしまった。別に彼は呼ばれていないはずだが、当たり前のようについてくるつもりらしい。鳳はウリエルに相槌を打つと、疲れたから残るというミッシェルとサムソン、ガブリエルを残して、ラファエルに続き急いで部屋を出た。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。