ラストスタリオン   作:水月一人

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凄いですね!

 神域に帰った翌日、いつまで経っても起きてこないアリスを起こしに行った鳳は、彼女が眠り病にでもかかったかのように眠り続けていることに気がついた。慌ててウリエルを呼びに行き、二人がかりで起こそうとしてもまったく無反応で、呆然となってしまった鳳に代わり、ウリエルが気を利かせてラファエルを連れてきてくれたが、

 

「呼吸、脈拍、共に正常。瞳孔反応もあって、麻痺も見当たらない。どうみても普通に眠ってるだけだが……ここまでやっても起きないのは明らかに異常だな」

「おまえの癒やしの力でなんとかならないのか?」

「もうやってんだよ。つーか、癒やしの力は健康な体には全く意味がないから、無反応な時点でこいつが健康体なのは間違いないんだ。はっきり言って、俺にはこれ以上何も出来ることはないぜ」

「医者のおまえもお手上げなんて……ど、ど、どうしよう? 本当に眠ってるだけなのか? このまま死んじゃったりなんかしたら、俺はもう生きてはいられないぞ!?」

 

 鳳が動揺して青ざめていると、ラファエルは逆に落ち着いた様子で、

 

「落ち着けよ。おまえが死んだところで糞の役にもたたねえっつーの。それより、この手の異常現象は、俺よりおまえの仲間の方が専門だろう? そっちに聞いてみりゃいいじゃねえか」

「……あ、そうか! ミッシェルさん!」

 

 言われるまでその存在をすっかり忘れていた。考えても見れば、アリスは追い詰められた鳳が不思議な力で呼び出してしまい、それ以来、ずっとこっちの世界にいるわけだが、そのせいでおかしなことが起き始めているのかも知れない。

 

 彼は早速とばかりに自室へ飛んで帰ると、チェス盤を前にうんうん唸っているミッシェルを無理やり引っ張って来た。

 

「ははあ……これは彼女のアストラル体がどこかに行っちゃってる感じだね。簡単に言うと、魂が抜けちゃった状態だ」

「魂が抜けた?」

 

 またオカルトチックな言葉が飛び出してきたが、ミッシェルが大真面目なことは言うまでもない。彼はいつものように飄々とした表情で、

 

「ほら、タイクーンには以前話したことがあったでしょう。人間には、魂体であるアストラル体と霊体であるエーテル体の2つの精神体があって、普段はそれが肉体と結びついているんだけど、睡眠時にはアストラル体が肉体から離れていくことがあるんだって。

 

 それと同じ現象が起きているんだけど……ところでタイクーンが無理やりこっちに呼び出してしまったせいで、今彼女の肉体はこっちと元の世界に2つ存在することになる。そのせいで彼女のアストラル体が、一時的に元の世界に戻っちゃったんだろうね」

「それじゃアリスは今、元のアナザーヘブン世界にいるってことですか?」

「そういうこと」

 

 鳳は取りあえず彼女の無事が判明しホッとしつつも、

 

「でも、そしたらこの体ってどうなっちゃうんです? 魂不在のまま身動きが取れず、ここで朽ち果ててしまうんですか?」

「いいや、そういうことは起こらない。肉体とエーテル体が結びついている限り、人は死を迎えることはないから平気だよ」

「そっか、なら良かった。アリスはこっちでまた目覚めるんですね?」

「うん。彼女のアストラル体は、つまりは彼女の意識でもあるから、放っておいても君を求めていずれ戻ってくるんじゃないかな。ただ、こっちの世界とあっちの世界は時間の流れが違うから、それがいつになるかはわからないね。明日かも知れないし、下手すりゃ数千年後ってこともあり得るかも」

「数千年!?」

 

 鳳があまりに気の長い話に目を白黒させていると、ミッシェルはちょっと脅しすぎたかなとヘラヘラ笑いながら、

 

「まあ、まずそんなことないから安心しなよ。帰ってきても、君がいないんじゃ意味ないからね。時間の流れが違うってのは、仮にあっちで数年過ごしたとしても、こっちでは数日しか経ってなかったり、その逆もあり得るってことさ」

「つまり、何もわからないってことですか」

「そういうこと。だから心配してもしょうがないから、その内ひょっこり帰ってくると思って、あまり気にしないことだね」

 

 ミッシェルにそう言われたところで、どうしても心配しないわけにはいかず、鳳は彼らが出ていった後も部屋に留まり、眠り続けるアリスのことをずっと見守っていた。ラファエルは健康そのものだと言っていたが、寝返りすら打たない姿を見ているとどんどん不安が募ってきて、彼は時折彼女の眠る位置を変えたり、意味もなく手のひらをマッサージしたりして過ごした。

 

 なんだか寝たきり老人の介護でもしているような感じだったが、そんな彼の不安が周囲にも伝わったのだろうか、暫くするとミカエルが仏頂面をしながらやってきて、何も言わずにアイギスを置いて出ていった。アリスはアイギスと共に現れたから、それを取り上げたせいだと思ったのだろうか。残念ながら、それで彼女が目覚めることはなかったが、その気持ちは有り難かった。

 

 そんな感じで不安な夜を過ごし……そのまま彼女の部屋でウトウトしていた鳳は、明け方頃に椅子から落ちかけてヒヤリと意識を取り戻し、いい加減、自分の部屋に戻って寝ようと、立ち去り際に彼女に話しかけた時、

 

「おやすみ、アリス。また来るよ」

「はい、おやすみなさいませ、ご主人様」

 

 彼女はあっさりと目を覚ました。

 

 鳳は、それがあまりにも自然だったので、一度はそのまま部屋から出ていったのだが、すぐダダダッと部屋に駆け戻ると、

 

「え、えええええ!? 起きてたの!?」

「は、はい! 何か急ぎのご用でしょうか」

 

 ベッドで上体を起こしていた彼女は小首を傾げながらきょとんとしている。彼女は鳳のことを不思議そうに見上げながら、

 

「目が覚めたらご主人様がいらっしゃったので、ちょっとびっくりしちゃいました。どうかされたのですか?」

「いや、びっくりしたのはこっちの方だよ。君、昨日は丸一日、ずっと眠り続けていたんだよ?」

「え?」

 

 その言葉が意外だったのだろうか、アリスは何度も目を瞬かせたあと、あちゃーっといった感じに申し訳無さそうに頭を下げて、

 

「ああー……やっぱり、そんなことになってしまっていたのですね。実は私、昨日寝た後に意識がプリムローズ城に戻っていまして……」

「あ、やっぱりそうなんだ。ミッシェルさんがそう言ってたんだよ」

「そうなんですか? えーっと、それでですね。私はあっちで数日間眠り続けていたらしくて、奥様たちに大変ご心配をおかけしてしまっていたようなんです。それで、すぐに事情をお話しして、ご主人様に呼ばれてこうして異世界でご奉仕していることをお伝えしたら、そしたら今度はたいそう羨ましがられて……請われるままに、こちらの世界の出来事をお二人にお聞かせしてきたところです。その後、ご主人様が心配なされるといけないから早急に戻ろうとしたのですが、その方法が分からなくて困っていたところ、奥様がもう一度寝たらいいんじゃないかとおっしゃられまして、試しにそうしてみたら目の前にご主人様がいらっしゃって、こうして戻ってこれた次第なのです。流石、奥様」

 

 アリスは何故か自分の手柄のように両手を握ってガッツポーズしている。きっと、久しぶりにミーティアとクレアに会えて嬉しかったのだろう。その無邪気な姿にホッと胸をなでおろしながら、鳳は彼女に聞いてみた。

 

「あっちでは数日しか経ってなかったの? こっちに来てから、もう一ヶ月以上経ってるけど」

「はい。そうみたいです。でも、数日とは言え、まったく目を覚まさなかったから、大騒ぎになってたみたいで」

「だろうなあ……俺もたった一日だけど肝が冷えたよ。向こうの様子がわからないから、どうなってるのか全然気にかけてなかったけど、理由もわからないまま眠り続けられたら相当不安だったろうね」

「ご心配をおかけしないよう、これからはたまにあちらにもご奉仕しに戻らなきゃいけませんね……」

 

 アリスはそんなセリフを真顔で口走っている。気楽に言っているが、帰れるあてはあるのかと聞くと、

 

「わかりませんけど、こうして戻ってこれたからには、あっちに帰るのもなんとかなるんじゃないですか? 今はまだ眠くありませんけど、今晩試してみますね」

「そっか。もしも出来たら便利だから、出来るといいな」

「はい! そうだ。ご主人様? もしもあっちに戻れたら、何か伝言はございませんか? ご主人様の言葉をお伝えしたら、奥様たちもきっと喜んでいただけると思います」

「そうだなあ……すぐには思いつかないけど……」

 

 鳳はそこまで言ってから、どうしても伝えなくてはならないことがあるのに気がついた。と言うか、目の前のアリスにこそ一番に言わなくてならなかったのだが、後ろめたくてずっと後回しにしていたことだ。

 

「あー……実は、本当なら君たちみんなに許可を得ないといけなかったかも知れないんだけど」

「はい。なんですか?」

 

 彼は小首をかしげているアリスに向かってバツが悪そうに眉を歪ませながら、ギヨームを解放するために四大天使と交渉していることを伝えた。

 

 この世界には男が存在せず、今人類が絶滅しかけていること。それを阻止するためには、鳳が精子を提供して、自力で繁殖が出来るようにしなければならないこと。ただ、その結果、自分の子供が大量に生まれることになるから、それを聞いたら妻たちが気を悪くするんじゃないかと、彼は申し訳なく思っていたわけだが……

 

 鳳がそう伝えると、意外にもアリスは気を悪くするどころかパーッと顔を輝かせて、

 

「凄いです! そしたらご主人様のお子様が、いっぱい誕生されるんですね!? なら、いっぱいいっぱいお祝いをしなきゃ」

「怒らないの? 俺はてっきり怒られるものかと……」

「どうして怒るんですか? ご主人様の血を受け継いだ子供が増えるのは、良いことに決まってるじゃありませんか。この世界に他に男性がいないんでしたら、これからこの世界はご主人様の分身で埋め尽くされるんですね……なんて羨ましい」

 

 アリスはどこか恍惚の表情を浮かべている。鳳はそんな彼女の姿にドン引きしながら、

 

「でも、本当にいいの? 他に交渉材料も無くて仕方なかったとは言え、これって考えようによっちゃ外に女を作ってるのと変わらないじゃないか。なんか申し訳なくて……」

「そんなこと気にしていたんですか?」

「そんなことってことも、ないと思うんだけど……」

 

 自分が誰と何をしていても、彼女は気にならないのだろうか。鳳がソワソワしながらそんなことを言うと、アリスはほんの少し意地悪そうな笑みを浮かべながら、

 

「ですがご主人様? あなたにはもう3人も妻がいるじゃないですか」

「うっ……」

 

 そんな火の玉ストレートを前にぐうの音も出ず、鳳が声をつまらせていると、彼女はクスクスと笑ってから続けて、

 

「それに、王が側室を持つことなんて当たり前じゃないですか。寧ろ、子供が生まれてこない方が問題です。そう思えば特に気になりませんし、多分、奥様たちも同じ気持ちじゃないでしょうか」

「王はクレアで、俺じゃないけどね……」

「私にとってはどちらも同じです。おふたりとも、私が仕える主ですよ」

 

 彼女はそう言って胸を張った。何がそれほど誇らしいのか鳳にはさっぱりわからなかったが、その無償の愛にはいつも助けられていると、彼は彼女のことを特別に想っていた。だから約束を破ってしまうことが後ろめたかったのだが、

 

「ごめんね、本当なら次に子供を作る時は君とって約束していたのに」

「順番なんて気にしませんよ。こっちで赤ちゃんを作るわけにはいきませんし。それに……ご主人様? ちょっといいですか?」

 

 彼女は何かに気づいた感じに鳳のことを手招きすると、近寄ってきた彼の腰に両手を回してギュッと抱きしめながら、

 

「いくら他の女の人があなたの子供を作ったとしても、こうして本物のご主人様に触れられるのは私だけの特権ですよ。だから全然気にならないんです」

 

 そう言って満面の笑みを浮かべて彼を見上げた彼女の顔はほんのりと赤かったが、多分、彼のほうがもっと赤いに違いなかった。

 

 鳳はそんな彼女の好意に胸が一杯になり、もっとスキンシップしてあげたほうが良かっただろうか、でも偉そうなのはいやだし……などと思いながら、その頭を撫でようとした時、突然、アリスは何かを思い出したかのようにほっぺたを膨らませて、

 

「だと言うのに……あの瑠璃のごときが、私のご主人様に許可もなくベタベタくっついて、許せない! ご主人様も外に女がどうこう言うなら、あれにされるがままにしていないで、もっとご自分の貞操を守るよう努力して欲しいです!」

「す、すみません」

「いいですか? ご主人様。今度、瑠璃がまた許可なくまとわり付いてきたら、こうして指を、こう逆向きに、こう……」

 

 アリスは瑠璃のことを思い出したらムカムカしてきたらしく、なんだかヒートアップしていた。きっといつも自分は我慢しているのに、自然にスキンシップを行える彼女のことが、許せなかったのだろう。

 

 それとも単に、存在自体が気に入らないのか……庶民ごときが生意気だとか、クレア様の二番煎じだとか、その後次々と出てくる割と辛辣な瑠璃への評価を、鳳は身を小さくしながら黙って聞いているしかなかった。

 

*******************************

 

 後日……

 

 アナザーヘブン世界へ帰還したアリスは、眠ったままの彼女の世話をしてくれていたミーティアに、いの一番に鳳からの伝言を伝えた。彼女は夫が異世界で行った交渉に理解を示しつつも、アリスとは違ってやっぱり少し釈然としないものを感じたらしく、

 

「そうですか……異世界に男性がいないのでしたら、あの人が精液を提供するのは、それは仕方ないことかも知れませんけど……うーん……私の預かり知らないところで、子供がぽこぽこ生まれてるって思うとなんだか落ち着きませんね。いきなり責任を求めてきたりしないでしょうね。っていうかギヨームさんじゃ駄目なんですかね。あの人、本当に人望がないですね……」

「でも凄いと思いませんか! 異世界にご主人様の分身が地に満ちている光景を思い浮かべてみてください! まるで本物の神様みたいです!」

 

 アリスはそんなセリフを口走りながら恍惚の表情を浮かべている。ミーティアはそんな彼女の姿を冷ややかに眺めつつ、この子の想いはもはや愛ではなくて信仰だ……などと思いながら、何とはなしに尋ねてみた。

 

「それで、何人くらい子供が生まれそうなんです?」

「一千万です」

「……はあ?」

 

 アリスは真顔で続けた。

 

「一千万です。異世界には女性が一千万人いるので、みんなが一斉にご主人様の子供を産めば、一千万です!」

「一千万……」

「凄いですね!」

 

 ミーティアはその数に一瞬気が遠くなりかけたがどうにかこうにか持ちこたえると、彼女の前で無邪気に喜びを爆発させているアリスを見ながら、もはや彼女みたいに何も考えないほうが身のためだと心に決めるのだった。

 

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