アリスが復活したことでホッと一安心した鳳は、彼女の瑠璃に対する不満を一通り聞かされた後、アイギスを持って二人でミカエルの部屋を訪ねることにした。
昨日、アリスを心配する鳳に気を使って彼が部屋まで持ってきてくれたのだが、約束ではちゃんと持ち出す許可を取るように言われていたため、お礼も兼ねてその許可を貰いにいくつもりだった。
訪ねて行くとミカエルはあの殺風景な部屋の中にはいなかったが、ちょうど所用から戻ってきたらしく、
「む……どうやら目が覚めたようだな。それをわざわざ報告に来たのか、鳳白」
「まあな。あんたなりに気を使ってくれたんだと思って、その礼に」
「アリスと申します、ミカエル様。この度はご心配をおかけしまして大変申し訳ございませんでした。私のために貴重なアイギスをお貸ししていただき、あなたの寛大なお心遣いに感謝いたします」
彼女が慇懃にお辞儀をすると、ミカエルは少し意外そうに目を丸くしてから、すぐ同じように丁寧に会釈を返してから、
「これはこれはご丁寧に……ふむ、なかなかしっかりしたお嬢さんだ。良縁に恵まれたな、鳳白」
「ああ、俺もそう思う。しかし、あんたが手放しで人を褒めるなんて珍しいな。常に怒ってるようなやつだから、どうせまた嫌味言われると思ってた」
「何を言う。私はすべての人類を愛しているぞ。ただ貴様のことが嫌いなだけだ。まったく、いちいち人をイラつかせるやつめ」
「ああ、そうかい。おまえこそ、いちいち癪に障るやつだなあ」
鳳とミカエルがいがみ合いを始めると、アリスが間を取り持とうとしてオロオロしていた。いつもこんな調子だから気にするまでもないのだが、あまり彼女を困らせては可哀相だろう。鳳は出かかっていた文句をぐっと飲み込むと、彼女が背負っているアイギスを見て当初の予定を思い出し、
「そうだった。アイギスの所有許可ってのが必要なんだろ? 今日はそいつを貰いに来たんだけど」
「管理責任者の手続きだな。ならば部屋に入れ、すぐ発行してやろう」
部屋に入るとミカエルはすぐ奥の作業場へ行って、端末らしきものを操作しはじめた。鳳たちがその様子を入口付近に並んで見ていたら、落ち着かないからテーブルに座って紅茶でも飲んでいろと言われ、座り心地の悪い椅子に腰掛けてから、鳳はふと思い立って尋ねてみた。
「ところで一昨日は疲れてて聞きそびれちゃったけど、どうしてギヨームはアイスランドなんて地球の裏側にいるんだ? 流刑地って話だったけど、犯罪者を収容する施設を作るために、わざわざそんなとこまで出張ってったのかよ?」
ミカエルはアリスが淹れてくれた紅茶をにこやかに受け取り、また端末を操作しながら言った。
「いいや、あそこは元々は流刑地ではなく、北海油田の警備施設だったのだ」
「油田……ああ、そういうことか」
「今の地球上で石油を比較的安全に取れる場所は限られている。ニューギニアをレヴィアタンに奪われて以降、我々人類に石油の入手先は北海油田しか残されていなかった。そんな重要拠点だから厳重な警備が必要なのだが、16年前、貴様らのせいで再生が出来なくなってしまい、人員を割けられなくなってしまったのだ」
鳳は肩を竦めた。そんなこと言われても、神が再生を行わないのは鳳のせいじゃないのに、いちいち厭味ったらしい男である。まあ、それくらい困っていたということだろうが……
「……それで、人間に代わって天使が管理するようになったのだが、貴様の仲間は死んでもいい戦力として、刑罰代わりに魔族と戦わせていたのだ」
「そりゃまた、ジャンヌと比べると扱いの差が酷いな」
「それはそうだろう。奴が逮捕された時の話は以前もしたと思うが、従順なジャンヌ・ダルクとは違って、奴は徹底抗戦の構えを崩さず、我々は散々煮え湯を飲まされたからな。先に捕らえたイスラフィルの命と引換えにようやく投降に応じたが、そんなのが人間社会に馴染むとは思えんし、かといって神域に置いてもまたいつ暴れられるかわからん……だから他に行く場所が無かったというのが実際のところだ」
「つまり、暴れ過ぎちゃったのね。まったく……あいつらしいっちゃあいつらしいけど……うん?」
そんなギヨームの姿を想像して苦笑いしていた鳳は、今の話の中に聞き逃してはならない言葉を発見して、慌てて問い返した。
「ちょっと待て。今、イスラフィルの命と引換えって言わなかったか? イスラフィルって、確かアスタルテ先生のことだろう?」
「ああ、そうだが」
「じゃああの人、生きてるのかよ!? てっきりカナン先生たちと一緒で死んじゃったのかと思ってたんだけど……」
鳳はそんな新事実に興奮すると同時に、ならば彼女のことも助けなきゃならないとダメ元でミカエルに言った。
「なあ、ミカエル。一つ相談なんだが……もし彼女が生きているってんなら、出来れば彼女のことも助けてはくれないか? また何でもするからさ」
「ほう、なんでもか……それは魅力的な提案だが、無理だな」
「くっ……ちょっとくらい考えてくれたっていいだろ? 頼むよ。彼女は恩人なんだ」
にべもない返事に対し鳳は尚も食い下がったが、しかしミカエルはそんな彼の頼みを一蹴したわけではなかったらしく、もっと意外なことを言い出した。
「まあ、待て。まずは話を聞け。そもそも、助けるも何も彼女は今、罪に問われてもなければ、拘束すらされていない。だから助けようもないのだ」
「なんだって? でも、あの人もプロテスタント……神殿破壊の一味なんだろ?」
「ああ、そうだ」
「じゃあ、なんで罪に問われなかったの?」
ミカエルは端末をいじる手を止めて、少し気難しそうに眉根を寄せながら、
「何故なら、彼女は逮捕された時からずっと、謎の奇病で意識を失ったままなのだ。裁判にかけられなければ、罪には問えまい」
「意識がない? そりゃまた、どういうこっちゃ?」
「わからん。だから謎の奇病と言っているだろう。もう一つ、彼女を助けるよう嘆願があり、最終的に我々はそれを飲むことにしたのだ」
「へえ、先生のことを助けてって願う天使もいたのか」
「ああ。というか、ラファエルのことだ。奴は……イスラフィルは、彼の妹だからな」
*******************************
カナンの助手アスタルテといえば有能な女史のイメージが強くて、まさか
鳳が彼女のことを見舞いたいと願うと、ミカエルはあっさり許可してくれて、自ら彼女の病室に案内する道すがら、当時のことを話してくれた。
「襲撃当時……私とラファエル、ガブリエルが駆けつけた時には、既に神殿は木っ端微塵に破壊されていた。すぐに交戦が始まったが実力は明らかに相手の方が上で、ウリエルが合流した後も我々は苦戦を強いられていた。それどころか、おそらく奴らは我々を簡単に倒せただろうに、ルシフェルは力ではなく言葉で説得しようと試みていた。もちろん、私はそんなの聞く耳持たなかったが……
ところが、その戦闘の最中、突然ルシフェルの態度が豹変したのだ。攻勢に出るのではなく、寧ろ逆に抵抗を諦め、あろうことかザドキエルの足を引っ張り、動揺したザドキエルはそのままラファエルに殺された。そして奴は、戸惑っている我々の前で、突然自分の首を掻き切って自殺を図ったのだ」
「自殺?」
「そうだ。それは壮絶なもので、自分で自分の首を切り落とすなんて死に様を、私は生まれて始めて見た。まったくわけが分からなかったが……暫く困惑した後、私は正気を取り戻すと、最後に残されたイスラフィルに事情を聞こうと振り返った。ところが、その時にはもう、彼女は意識を失くしてその場に突っ伏していたのだ」
話をしながら辿り着いた部屋の中で、アスタルテは医療用ベッドの上に寝かされていた。その血の気の失せた真っ白い顔色と、微動だにしない姿はまるで死人のようで、ここが墓場みたいに静かなせいも相まって、思わず本当に生きているのか呼吸を確かめねばならないくらいだった。
ミカエルに言わせると、彼女は呼吸も脈拍も少なくて殆ど仮死状態みたいだそうだが、少なくともこの16年間、それで死ぬことも、そして目覚めることも全くないそうだった。
「倒れているこいつを見つけた時、私は後追い自殺を図ったのかと思ったのだが、抱き起こして調べてみれば外傷もなく息もしていて、ただ眠っているようにしか見えなかった。ラファエルが慌てて癒やしの術を施していたが、見ての通り怪我一つ無いから無反応で、だから我々はその内目を覚ますだろうと思っていたのだが……それ以来、一度も目を覚ましたことはない。故にもう責任能力はないだろうと無罪放免にしたのだ」
「そうか……」
「ラファエルはまだそのうちひょっこり目を覚ますだろうと期待して、時折ここへ来ては世話を焼いているようだが、私はもう無駄だろうと思っている。イスラフィルにはおそらく、天罰が下ったのだ」
「天罰だって……?」
鳳は、大天使ともあろうミカエルがそんな迷信を信じているのかと、一瞬呆れそうになったが、
「我々に天啓が下る際、体のどこかに聖痕が現れるということを、以前にも話しただろう。つまり、神は我々の体に直接影響を及ぼせるのだ。そう考えれば、意識を奪うことなど造作も無いこと」
「……もしかして、カナン先生たちが急におかしくなったのも、神の仕業かも知れない可能性もあるってことか?」
「貴様がここへ現れる前、16年ぶりに天啓が訪れた。それまで隠れてしまわれたと思われていた神は生きていたのだ。だから私は、今ではルシフェルが死んだのも、神意だったのではないかと思っている」
「ふーん……」
ミカエルは厳かな表情でベッドを見下ろしている。その顔は、もしかしたら何かの拍子に、自分もこうなるかも知れないと言ってるようだった。それは恐怖心だろうか、それとも神への畏敬だろうか。
天使は神に生命を握られている……神が天使を造ったことは間違いないから、その可能性は確かに否定できないだろう。しかし、鳳はそこまで神は万能ではないんじゃないかと思っていた。もし神に人間のような意思があるなら、今の状況のまま、人類を放っておくことはしないだろうからだ。
滅ぼすなら滅ぼす、助けるなら助けるで、そういう明確な意思が必ずどこかに現れるはずだが、少なくとも今までに、そういう神の断固とした意思を感じたことはない。
思うに、神は世界システムとでも呼べるような、もっと無機質な何かなのではなかろうか。イスラフィルが意識不明になったのが、仮に神の仕業であったとしても、そこに天罰のような意味はなく、ただそうすべきルールが存在しただけというわけだ。それがどういう物かはわからないが……
ただ、彼女の意識がない理由には、何となくだが見当がついていた。
「なあ、ちょっとミッシェルさん呼んで来てもいい?」
******************************
鳳に連れられて部屋に入ってきたミッシェルは、ベッドの上に眠るイスラフィルの姿を見るなり、おやおやまあまあといつものように軽口を叩きながら近づいていき、
「よくよくアストラル体がお留守な人が続くものだね。もしかして、ここには魂が抜けやすい磁場でも発生してるのかな」
「やっぱり……アリスと感じが似てるから、なんとなくそうじゃないかと思いました」
鳳たちがそんな会話を交わしていたら、ミカエルが困惑気味に話しかけてきた。
「なんだ? 一体どういうことだ? 貴様らには何故イスラフィルが目を覚まさないのか、その理由がわかるのか?」
「ああ、昨日、アリスが目覚めなかったのと、大体理由は同じだったみたいだ」
ミカエルは目をパチパチさせて唖然としている。16年も解決しなかったことが、あっさりと解決しそうなのだから当然だろう。ただ、気になることもあり、
「でも、こんなに長い間魂が戻ってこないなんて……もしかして彼女の魂は失われてしまったんでしょうかね、ミッシェルさん?」
「いいや、物質界にある肉体と違って、エーテル体、アストラル体は不滅のはずだよ。だから放っておいてもその内戻ってくるはずなんだけど……しかし16年は流石に僕も長過ぎると思うから、ちょっと調べてみようか」
ミッシェルはそう言うとベッドの前で膝立ちし、目線の高さを眠っているイスラフィルに合わせた。そして手を伸ばして指先を彼女の眉間に触れ、おもむろに目を瞑って何かブツブツ唱え始めた。
鳳が、なんて言ってるんだろう? と思って顔を近づけようとした時……突然、ミッシェルの肩がビクッと跳ね上がり、彼は後ろに飛び退るように立ち上がった。危うく頭突きを食らいそうになった鳳は冷や汗を垂らしながら、
「ど、どうしたんですか、急に?」
「う、うん……これはちょっと、まずいことになっているかも知れない」
「まずいこと? 何かわかったんですか?」
「説明は後。まずは彼女のアストラル体を引き戻せないか試してみよう……ちょっと待っててくれる?」
ミッシェルはそう言うと、さっきみたいに彼女の横で膝立ちになり、額に指を突き立てながらまたブツブツ何か唱え始めた。今度は先程よりも声が大きかったから、鳳にも聞き取ることが出来たが、何語なんだか言葉の意味まではさっぱりわからなかった。
ただ、それがなんとなくお経みたいで、まるで葬式みたいだなどと不謹慎なことを考えつつ、ぼんやりとその後姿を眺めていたら……
と、その時、たった今までベッドの上で微動だにしなかったイスラフィルの身体が、突然エクソシストの悪魔祓いシーンみたいにビクンビクンと暴れだし、
「うわあああああああああーーーーーーーーっっっ!!!」
彼女は突然、大音量の悲鳴を上げて大暴れを始めた。
奇声を発し、両腕両足を振り回してめちゃくちゃに暴れる姿は、まるで本当の悪魔憑きみたいだった。鳳とミカエルが、あまりに突飛なことに身動きが取れず戸惑っていると、
「二人とも! 見てないで彼女を押さえるのを手伝ってよ!」
その叫び声に、ハッと我を取り戻した鳳とミカエルは、二人がかりでなんとか彼女の身体を押さえつけたが、身体強化魔法を使っているというのに、それでも彼女の身体が跳ねないようしがみついているのがやっとだった。
そんな大騒ぎをしていると、騒ぎを聞きつけたウリエルと、次いでラファエルが飛んできて、イスラフィルが暴れている姿を見て驚きながらも、押さえるのを手伝ってくれた。そして四人がかりでようやく彼女の拘束に成功すると、これ以上暴れられないように、ミカエルがロープを持ち出してきて彼女の体をグルグル巻きにしてしまった。
正直、病み上がりの人にそんなことするのはあんまりだったが……そうされてもまだ奇声を上げながらビクビク震えている彼女の様子は尋常ではなく、鳳は全身汗だくになりながら、一体全体、何が彼女を錯乱させているのか、同じく全身汗だくのミッシェルに尋ねてみた。
「彼女の体にアストラル体が帰ってこないということは、アリス君の時と同じように、別の場所に別の身体があると思ったんだよ。それで、彼女の身体からアストラル体の痕跡を辿ってみたら、とんでもないとこでそれを発見したんだ。どこだと思う?」
「いや、わかりませんって。いいから早く教えて下さいよ」
「なんとレオナルドの迷宮、アリュードカエルマ世界さ。彼女は破壊されたレオナルドの世界に転生されて、蘇っては消滅するということを何度も何度も繰り返してたんだ」
「それは……酷い……」
正直、そんな感想しか出てこないくらい、その事実は悲惨極まりなかった。鳳がこっちの世界に来る時に辿ってきたレオナルドの世界は、今はエネルギーの海に満たされていて、結界が無ければ生物はものの数秒で焼死してしまうような状態だった。そんな場所で、彼女は何年も死と再生を繰り返していたというのだ。
「何度も復活したってのは、天使の再生能力でってわけじゃなくて、神が彼女の肉体をあっちの世界に戻そうとしたってことですかね?」
「おそらくそうだろうね。彼女は確か、この世界の異物として低次元世界に追放されたはずだよね? それが戻ってきちゃったから、神はまた彼女を同じ世界に返そうとしたんだけど、その世界が破壊されてしまったことを知らなかったからエラーを繰り返していた、と考えれば辻褄があうんじゃないかな」
「そんな御託なんてどうでもいいから、ラフィールは治るのか?」
鳳たちが彼女の置かれていた状況について話していると、その彼女の兄であるというラファエルが苛立たしげに容態を聞いてきた。ミッシェルは身内の前で少し思いやりに欠けていたかなと反省しながら、申し訳無さそうに、
「それは僕からは何とも。今の彼女にはもう身体的な苦痛はないはずだけど、それでも彼女が錯乱しているのは、心的外傷のせいだろうからね。彼女が正気を取り戻せるかどうかは心のケア次第……というか、時間の問題としか言えないかな」
「そうか……もう苦しくないならいいけどよ……ちっ、神の野郎、本当に想定外に弱すぎじゃねえか?」
ラファエルが苛立たしげにそう呟くと、慌ててミカエルが口を挟んできた。
「ラファエル、四大天使が神を冒涜するような真似はしてはならない」
「わかってるよ」
彼はそう吐き捨てるように返事ながら、イスラフィルの額に手を翳していた。きっと、癒やしの術を使っているのだろうが、反応がないからもどかしいのだろう。ただそれは、ミッシェルの言う通り、彼女の体には何の問題もないということの証左でもあった。だからその内、正気を取り戻すと思うが、それがいつになるかは神のみぞ知るである。
とにもかくにも、少なくとも彼女が意識を取り戻したことは大きな前進ではあった。鳳たちが病人の居る部屋で立ち話もなんだからと部屋を出ようとすると、ラファエルはミッシェルに礼を言ってから、自分は彼女が正気を取り戻すまで看病するつもりだと、また手を翳しながらベッドの横に座った。そのベッドの上では、まだ興奮しているイスラフィルが、時折ビクビクと跳ねては苦しげな喘ぎ声を漏らしている。
鳳はそんな兄妹を部屋に残してドアを出ると、それが閉じた瞬間にため息を吐いた。額には玉のような汗が滲んでおり、大分気疲れしたのか疲労がどっと押し寄せてきた。彼は汗を拭うと、先を行くミカエルに並びかけながら口を開いた。
「やっぱり、神はまだ生きていたみたいだな」
「ああ、そのようだ……どうして再生だけが出来なくなったのかは分からず終いだが……しかし、これでルシフェルがザドキエルの足を引っ張った理由はわかった。奴は、神に魂を拘束されるのを避けたのだ。そしてそれが間に合わなかったイスラフィルだけが、ああなったというわけか」
「そう考えると、先生たちも実はまだ生きているって考えても良さそうだな。ただ、生きているって言っても、ここじゃない別の世界なんだろうけど。それがどこかはアスタルテ先生が知ってそうだが、正気に戻るのにどれくらいかかるか……」
「本当に……我々の体は、神に操作されているのだな」
ミカエルは心ここにあらずといった感じで独り言を呟いている。以前なら神の実在を喜びこそすれ、不安を口にするようなことは無かったろうに、どうやらイスラフィルの様子を見て、自分もああなる可能性があることに気づいて余裕がなくなっているのだろう。神に全幅の信頼を置いていたならそんなこと屁でもなかったろうが、16年前からの一連のトラブルのせいで、今はそれが揺らいでしまっているのだ。
もはや断言できるが、はっきり言って、この世界の神は万能でもなんでも無い。だから神を疑問視する事は大いにやるべきだが、四大天使はこの世界の屋台骨でもある。一先ずは、彼らをこれ以上刺激しないほうがいいだろうと、鳳は話題を変えるつもりで言った。
「先生の回復を待ちたいところだけど、そうしてると時間がいくらあっても足りない。その間に、一度ギヨームに会って来たいんだが構わないか? あいつも何か知ってるかも知れないし、色々と話を聞いときたいんだ」
「アイスランドへか。場所柄から空路を使うなら手続きが必要だ。少し待て、モーリシャスのドミニオンに連絡を取ろう……」
「あ、ここに居ましたか、ミカエル!」
ミカエルとそんな話をしている時だった。一人だけイスラフィルの部屋にいなかったガブリエルが通路の先から歩いてきて、鳳たちを見つけるなり早足で寄ってきた。目隠しのせいで表情はよく読み取れなかったが、その様子からして少し慌てているような感じがする。
鳳たちがどうしたんだろう? と思っていると、彼は近づいてくるなり、こんなことを言い出した。
「先程、連絡がありまして、どうもアイスランドで火山が活動を始めたらしいのです」
「なに? アイスランドだって?」
「ええ。モーリシャスのドミニオン基地に、定時ではなく緊急回線で、火山のせいで暫く音信不通になるからと、慌てて連絡してきたようです。様子見を兼ね、救援物資を送った方がいいと思うのですが、どうでしょうか?」
鳳たちはお互いに顔を見合わせた。このタイミングで都合よく火山が爆発するなんて、どう考えても作為的としか思えない。しかし、そう考えると、神は天使だけではなく、自然現象すらも操れるということである。
もしもそうなら、自分はどこまで神の計画に乗せられているのだろうか? 鳳は、なんだか自分が怪物の腹の中に入り込んでしまったような、そんな気分になってきた。
この世界に来る前に覚悟はしていたつもりだったが……神という理不尽な存在を敵に回すことの意味を、久しぶりに思い出して、彼は背筋を冷たいものが駆け上がっていく感覚を覚えていた。