ラストスタリオン   作:水月一人

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最強のテレビっ子

 火山が爆発したという報告を最後に、アイスランドからの連絡は途絶えてしまった。恐らく、噴煙のせいで高高度にある通信気球まで電波が届かなくなってしまったのだろう。となると当然、ジェットエンジンが焼き付いてしまうので飛行機は飛ばせなくなり、モーリシャス経由でアイスランドへ飛ぶことは断念せざるを得なくなった。

 

 とは言え、まったく島に近づけなくなったわけではなく、ミカエルによれば元々アイスランドへ行くには空路は現在殆ど使われておらず、普段からタンカーが行き来しているので、それに乗って行けばいいという話になった。

 

 尤も、それだと片道20日はかかるそうだが……しかし、今は特にやることもない。そんなわけで鳳たちは、タンカーが寄港しているというブリスベン軍港へ向かうことになったのだが、相変わらず飛行機への搭乗を嫌がったアリスは、今回は離陸の時はまだ大人しかったものの、着陸態勢に入った時に騒ぎ出した。

 

「痛……いたたたた……なんか変ですご主人様、耳が痛いです!」

 

 どうやら緊張のし過ぎで疲れでも出たのか、気圧の変化で耳がおかしくなったらしい。彼女は脂汗を垂らしながら痛い痛いと連呼し、

 

「うううぅぅ……駄目です! 耳の中でジャリジャリ音がします。飛行機をもう一度上に戻してくれませんか?」

「いや、そういうわけにはいかないから。降りちゃえば平気だから、もうちょっと我慢して」

「いたたたたた……無理です! 死んじゃう! 死んじゃう!」

「耳抜き! 耳抜きして! 鼻を摘んで唾を飲み込むんだ!」

 

 そんな感じで大騒ぎしながら小型機はブリスベン空港へと着陸し、ぐったりしているアリスをタラップ車に乗せて、また以前のように貨物室へとやってきたら、思いがけずそこにジャンヌの姿を見つけた。

 

 もちろん、その隣には瑠璃の姿もあり、

 

「白様! お久しゅうございます! あなたに再会出来る日を、一日千秋の思いでお待ちしておりましたわ!」

 

 そう言って鳳の方へ駆け寄ってくる瑠璃を見るなり、さっきまで死にそうな顔をしていたアリスの顔は獲物を狙う女豹のように引き締まり、

 

「離れなさい、庶民! 隙を見てその汚い手でご主人様に触れようとするんじゃありません」

「んまあ! またこのチビなの!? いい加減にしてちょうだい!」

 

 二人はやいのやいのと罵り合っている。鳳は、どうしてこんなに反りが合わないんだろうかと、半ば諦め半ばうんざりしつつ、二人のことを無視して、その背後に控えていたジャンヌと琥珀に手を挙げて挨拶した。

 

「よう、お前らも来てたのか。ここに居るのは、偶然ってわけじゃなさそうだな?」

「あなたの護衛にって、ウリエル様に呼ばれたのよ」

 

 そう言うジャンヌの指差す先で、ウリエルがこちらの様子に気づいて会釈を返してきた。サムソンが見つからないよう、これから彼女が政府専用車で軍港まで運んでくれる手はずとなっているのだが、どうせ行き先は同じなんだから、鳳たちも一緒に乗せてってくれればいいのに、どうしてこんな回りくどいことするんだろうと思っていると、

 

「救援物資の積み込みに、まだ丸一日かかるのよ。その間あなたに市中で何かあったら困るから、私達が派遣されて来たわけ」

「なんだ。狙撃されたからって気を使ってくれたのかな? 子供のお使いじゃないんだから、一日くらい放って置いてくれても構わなかったのに……なんか悪いことしたな。なんなら俺からミカエルに言っておくから、おまえらは気にせず帰ってもいいぞ?」

「あんたを市中に野放しにするなんて、そんなわけにはいかないでしょ」

 

 鳳がボヤいていると、どこからともなくスーッと桔梗が現れて、いきなりそんな意味深なことを言い出した。どういうことかと首を傾げていると、彼女は面倒くさそうに仏頂面を作り、

 

「……魔王を倒した後、英雄だなんだって言って、琥珀にテレビの取材が殺到したのよ。その時、尊敬する人は誰? って聞かれて、あんたの名前を出しちゃってさ」

「どうも……」

 

 琥珀は気恥ずかしそうに横を向いて頭を掻いている。最近修行をつけてあげていたから、ぱっと頭に思い浮かんだのだろう。結局、まだ物にはなっていないから、そんなの気にすることはないのにと思いつつ、

 

「ふーん。それとおまえらが護衛するのと何か関係あるの?」

「魔王を倒した英雄ってのは琥珀だけじゃなくて、あんたもでしょ。その後、ミカエル様からの発表もあって……とにかく、ターミナルに行ってみればわかるわよ。花道作ってあるから急いで」

「はあ? 花道?」

 

 何が何だか、わけがわからぬまま桔梗に先導されて、鳳は以前来た時のように、また貨物室から職員通路を通ってターミナルへと歩いていった。何をそんなに急かしてるんだろうと思いつつ、後ろでいがみ合ってるアリスと瑠璃が気になって前方不注意になっていたせいで、さっき桔梗が言っていた花道の意味に気づくのに遅れた。

 

 鳳が、暗い職員通路から、重たい鉄扉を押し開けてターミナルビルへと入っていくと、その瞬間、あちこちからパシャパシャと洪水のようにフラッシュが浴びせかけられて、

 

「きゃああああああああああーーーーーーーーーーっっっ!!!!」

 

 っと、悲鳴のような歓声が沸き上がり、本気で鼓膜が破れそうになった。そんな鳳が度肝を抜かれて放心してると、殺到してくる女性の波に立ち向かうかのように、空港警備員が一列縦隊を作って突進していき、人の壁で道を作った。

 

 四方八方から白様、白様と怒号のようなコールが上がり、何事かと戸惑っていると面倒くさそうな顔をした桔梗に、

 

「とにかく愛想よく、速やかにここを突破して! あれが決壊したら破滅よ!」

 

 と背中を押されて、引きつった笑みを浮かべながらフラッシュの海の中に飛び込んだ。扉をくぐって鳳がロビーに現れるや、歓声は最高潮に達して、それを食い止める警備員たちの顔面もこれ以上無いほど紅潮していた。

 

 押し合いへし合いしながら鳳に手を振る女性の群れは、どうやらみんな彼に好意を向けているようだった。だが、こんなジャニーズみたいな扱いには慣れていない鳳には、どちらかといえばここが桜田門にしか見えなかった。

 

 興奮しすぎて失神したのか、人混みの中で倒れた女性が、背後の方に引きずり出されて水揚げされた魚みたいに積まれていく。そんな地獄のような光景を尻目に、どうにかこうにか狭い『花道』を通り抜けた鳳は、ロビーを突っ切ってまた職員用通路に案内されて、防火扉がズシンと音を立てて閉じられた瞬間、腰を抜かしてその場にへたり込んだ。

 

「な、なんじゃこりゃ? 何が起きてるの?」

「だからさっきも言ったでしょ。あんたは琥珀と共に魔王を倒した英雄なのよ。それがこの世界に一人しかいない男だってことが判明したから、今SNSを中心に世界中あんたの話題でもちきりなのよ。あそこに居たのは、全員あんたのファンって言うか、精子提供を受けたくて仕方なくて集まってきた人たちよ」

「うそ~ん……あれ全部?」

「あれ全部」

 

 鳳は冷や汗を垂らしつつ、

 

「それはわかったけど、別にセックスするわけじゃないんだから。精子提供なんて順番が回ってくるのを待つしか無いだろうに、どうしてこんな集まってくるんだよ……いや、そもそも、そんな騒ぎになってるんなら、お忍びで来れば良かったじゃないか。どうしてみんな俺が来ることを知ってたわけ?」

「それについてはすぐ説明があるから。先方をお待たせしてるから、いつまでもそんなところに座ってないでちゃっちゃと歩いてちょうだい」

 

 桔梗はまるで鳳のスケジュールを管理するマネージャーにでもなったかのように、彼のことを引っ張った。そんな彼女の後を嫌々ついていくと、以前に来た時にも通された職員用の休憩室の中に、数人のパリッとしたスーツを着た女性が待機しており、鳳の姿を見るなり立ち上がって欧米人みたいに白い歯をキラリと輝かせ、握手を求めてきた。

 

「はじめまして、鳳白様! 連邦テレビ局から来ました。本日は私達のワガママを聞いてこうしてお時間を割いていただき有難うございます!」

「はあ、どうも……連邦テレビ?」

「早速ですが今日はスタジオにて三本ほどの収録の合間に雑誌取材をさせていただきますが、後日出来ればまたCMの依頼などを引き受けてくだされば我々としても大変有り難い話なのですが、今日のところは時間も押していますしこのまま局の方までご同行いただけましたら……」

「ちょちょちょ、ちょっとまってちょっとまって。テレビってなに? 収録って……俺テレビに出演するの?」

「え? はい。もちろんそうですけれど」

「そんな話聞いてないんだけど。やだよ俺、見世物じゃないんだから」

「え?」

「え?」

 

 テレビ局の人らしきスーツの女性と一緒に、なぜか桔梗まで青ざめていた。なんでこいつはさっきから仕切ってるんだと思いきや、

 

「ななな、何言ってんのよ、鳳白! あんたが断ったら私がペ様の色紙が貰えなくなっちゃうじゃないのさ!」

「知らんがな。ペ様って誰だよ?」

「そんなことも知らないの!? 冬のアナタの主人公に決まってるでしょう!? メガネの似合うとってもチャーミングでキュートなレズよ!」

「レズを強調するなレズを」

 

 鳳はやれやれとため息を吐くと、

 

「って言うか、なんだよそれ? お前、そんな物が欲しくて俺のこと売ったわけ? 何の権限があってそんな勝手なことすんだよ」

「あんた馬鹿? 私にそんな権力があるわけないじゃない」

「じゃあ、なんでこんなことになってんだ?」

 

 するとテレビ局の人が腰を低くしながら割り込んできて、

 

「それにつきましては我々から……実は取材中、本日鳳白様が滞在なされるホテルから近々あなた様がいらっしゃられるという情報を聞き及びまして、それならば是非我々の番組にも出演していただけないかと、無理を承知で神域に問い合わせたところ、ミカエル様が鳳白様のお人柄を周知するには丁度いい機会だとおっしゃられて、直々に許可をいただけまして……」

「コンプライアンス!」

 

 鳳が飛行機に乗っている間に問い合わせが来て、勝手に決めてしまったということだろうか? いや……それなら空港でジャンヌ達が待っているわけがないのだから、もっと前から決まっていたのだろう。多分、ウリエルも一枚噛んでいたから、サムソンのことを理由にして、そそくさと逃げ出したのではなかろうか。

 

 鳳は憮然としながら、

 

「事情は分かったけど、テレビはちょっとなあ……あなた達は俺のことを知りたいのかも知れないけど、俺の方は寧ろ知られたくないっていうか。下手なイメージつけられちゃうと、精子提供するのにも悪影響を及ぼしかねないから」

「決してあなた様の悪いイメージを広めるようなことはいたしませんから」

「良い悪いじゃなくて、父親のイメージがついちゃうのが良くないって思ってるんだよ。生まれてくる子供たちはみんな、俺のことなんて思い出さずに、母子関係だけを大事にして育った方が良いと思うんだ」

「何と素晴らしい! あなたのその高潔な精神をテレビの前の皆様にもお伝えするのが我々の義務だと思うのです」

「いや、だからそれが嫌だと言ってるんだけど」

「おっしゃることはごもっとも! でもそこをなんとか!」

「うーん……困ったなあ」

 

 出演を強引に迫るテレビ局の人は追い詰められたように目を血走らせていた。多分、ここで鳳を逃したら相当まずいことになるのだろう。彼女の今後のことを考えると可哀相だから助けてやりたくもあったが、精子提供のことを考えるとやはり気が進まなかった。

 

 しかし、そうして鳳がどうやって断ろうかと頭を悩ませている時、急に彼の腰のあたりがグイグイと引っ張られた。どうしたんだろう? と振り返れば、そこには目をキラキラさせたアリスが、私気になりますとでも言いたげに、鳳のことを見上げており、

 

「ご主人様。テレビに出られるんですか?」

 

 そう言えば、テレビっ子がここにもう一人いるのを忘れていた。鳳は、そんな彼女の純粋な圧力を前に、追い詰められていたのは寧ろ自分の方だと悟るのだった。

 

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