目貼りした改造バンに乗せられ、夜逃げするかのごとく空港から運ばれた先は、だだっ広い地下駐車場だった。暗がりに整然と黒塗りの高級車が並んでいる様子は不気味で、ヒットマンに始末でもされるのかとドキドキしていたら、どうやらそこはテレビ局の駐車場らしかった。
これらはみんなタレントや局員の乗用車らしく、神の下での計画経済が実行されているはずの世界に、当たり前のように格差が存在しているのを目の当たりにして、どこの共産国だとなんともしょっぱい気分になった。
空港で出会った局員に連れられ、まずは社長とか局長とかお偉い人々に引き合わされて、一通りの社交辞令を交わした後、もう帰りたい気持ちを懸命にこらえながらアリスのためにスタジオまで足を運んだ。彼女はここのところ毎日見ていたテレビ局のスタジオに来れてよほど嬉しかったのか、大はしゃぎで観覧席の一番前に陣取っていた。身を乗り出さずとも、鳳の顔なんて毎日見飽きているだろうに、何がそんなに楽しみなのだろうか。
前説っぽいスタッフが出てきて、観覧席に向かって話をしている間、鳳と琥珀は楽屋で別のスタッフに台本を渡され、軽い打ち合わせをさせられた。一本目の収録は人気のバラエティ番組のようで、司会者と掛け合いながらミニゲームをしたりクイズをしたりする番組らしい。てっきりニュース番組のゲスト程度だと思っていたら、このテレビ局は本気で鳳たちを使い倒すつもりのようだ。強引に連れてきて断れない状況に追い込んで、テレビ業界とは恐ろしいところである。
マジックテープで作った服を着てトランポリンでジャンプして壁に飛びついたり、先端に針のついたおもちゃの電車が風船を割る前にクイズに答えてこれを回避したり、相方がルームランナーでダッシュしている間だけ解答権があるゲームで記憶力を試されたりと、どこか既視感のあるようなミニゲームを淡々とこなしていたら、鳳の名が一躍知れ渡った切っ掛けになったという琥珀の質問というのが飛び出した。
「では、これが最後の問題です……魔王討伐後のインタビューで、武田琥珀さんが尊敬する人として挙げた人物、3人の名前を全部お答えください!」
「え!? ちょっ! 待って!?」
「3人ですよ~? 3人! 鳳白さん走って! 早く! 時間がない!」
「うおおおおおおおーーーーっっ!!」
鳳がルームランナーで思いっきりダッシュすると、解答権を現すランプが点灯した。解答者が答えきるまで時速15キロをキープしないといけないので割ときつかった。鳳が、さっさと答えろと目配せをすると、琥珀は目をあっちこっちに泳がせてからやがて観念したかのように、
「ジャンヌ隊長……友達の瑠璃と……ごにょごにょ……」
「んー? よく聞こえませんねー? 誰ー?」
「……くっ、鳳白さんです!」
琥珀がヤケクソになって叫ぶと、観覧席から一斉に茶化すようなヒューヒューという歓声が挙がった。タイミングが良すぎるから、きっと前説の仕込みだろう。見ればアリスも一緒になって掛け声を挙げていたが、瑠璃と違って琥珀なら別にいいのだろうか……? なんだか釈然としないものを感じながら、司会者の正解の声と共に減速し、ぜえぜえと息を切らして横を向いたら、琥珀もフルマラソンでも走ってきたような顔でげっそりと俯いていた。
そんな羞恥プレーを散々やらされたせいで、鳳も琥珀もくたくたになってしまったが、観客席は対象的に忌々しいくらい盛り上がっていた。もう帰りたくて仕方なかったが、これで最後だと思って我慢していると、テンションの高い司会者が観客を更に煽るように高らかに宣言した。
「鳳さん、琥珀さん。お疲れさまでした。さあ、やってまいりました、本日最後のミニゲーム! これに勝てば今までに集めたダーツが、なんと2倍になります……その名もスーパーホッケー! 対戦相手はお馴染みのこの二人!」
「愛と書いてめぐみです」
「
もはや何も言うまい……どっかのパチモンっぽい芸人が飛び出してくると、観客は一斉に二人に向かってキャアキャア黄色い悲鳴を浴びせかけ、一体、自分らが今までやらされてきたゲームは何だったのかと言いたくなるほど、スタジオは最高潮に達した。
その後、無敗を誇るというコンビから、スーパーホッケーと言う名のエアホッケーで勝利し、これで無敗のコンビの107勝111敗とかしれっと言い出す司会者を殴りたい衝動を抑えつつ、一本目の収録はようやく終わった。因みにパジェロは当たらなかった。
楽屋で琥珀と二人っきり、疲労と羞恥心で気まずい空気に耐えていると、先程の芸人コンビが挨拶に来て、自分たちもいずれ精子の提供を受けるつもりだと真顔で言われて何とも微妙な気分になった。それにしても縊死ちゃんとは思い切った名前である。
その後、収録の合間に雑誌のインタビューを受けていたら、そのまま休み無く次の収録に呼ばれた。二つ目の番組は○ツコの部屋という50年も続く長寿番組らしく、撮影前にディレクターがわざわざやってきて、司会者は業界でも屈指の重鎮だから絶対に怒らせないようにと念を押され、再来日したタトゥーのような心境でしずしずとスタジオに赴いたら、
「ねえ、ちんこ付いてるって本当なの? 見せなさいよ~」
「○ツコって、デラックスの方かよっ!!」
いざ対談相手の顔を拝んで見れば、ハワイ出身の関取みたいな巨大なおばちゃんが出てきて、俺の緊張感を返せと反射的に張り倒したら、スタッフには受けたがディレクターは青ざめていた。
「どんな形状してるの? 私のクリトリスとどっちが大きい?」
「知らんがな。ちんこよりデカいクリトリスがあったら怖いわ」
「そんなに大きいの!? 何センチくらい?」
「言わなきゃ駄目? マジ? ……日本人の平均は12センチくらいだって言うから、それで勘弁してよ」
「12センチ!? そんなに大きかったら歩いてるだけで擦れてイッちゃわない?」
「ちんこには皮がついてるから、平気なんだよ」
「クリトリスにも付いてるじゃない」
「フルプレートアーマーみたいに頑丈なんだよ! 柔軟性もあってこう……あ、いや、俺は被ってないよ!?」
まるで男子中学生の霊を宿しているかの如く、ちんこへの興味が尽きない○ツコのせいで、対談は徹頭徹尾シモの話で終った。普通に受け答えしているように見えるかも知れないが、基本的に一回返事する度に一発殴っていたせいで、終わり頃には腕が麻痺して感覚が無かった。
こんなのが50年も続いたのかと思うと呆れ果てて物も言えないが、耐久力だけは確かなことは身を持って体験したので、無事これ名馬とはこのことだろう。因みに収録が終わってもちんこを見せろと迫る○ツコを張り倒して楽屋へ戻ると、待機していた護衛のジャンヌたちが、妙に腰のあたりをチラチラ見てきて落ち着かなかった。
どうでもいいが、放送禁止用語を連発していたような気がするが、ちゃんと修正は入るのだろうか。思えばこの世界には男が居ないんだから、ちんこは生物学的な意味でしか使われていないかも知れない。自分の声をテレビなんかで聞きたくないから放送を見るつもりもないが、その辺だけはちょっと気になった。
そんな感じでバラエティ番組の出演が続いたからもう諦めていたのだが、3つ目の収録は意外にも真面目な公開討論番組だった。それはそれで気疲れするなと思いつつ、スタジオに案内されたら出演者が座る円卓には見覚えのある顔が並んで居り、
「やあやあ、飛鳥くん、久しぶりー。今は鳳くんって言うんだっけ? みんなみたいに白様って呼んだ方がいいのかなあ。あっはっは! 白様だって。今日はよろしく頼むよ」
「どうもどうも主任さん。好きに呼んでください」
一人はケアンズでオリジナルゴスペルを管理していた神楽やよいである。今日はどうも新型ゴスペルの開発者として呼ばれたらしく、番組の冒頭でその辺の裏話をするらしい。それからもう一人、今回の件に絡んでそうな人物もいて、
「あ! ウリエルさん! あんた、空港から逃げたと思ったら……こんなことになってるって知ってんなら事前に教えといてくださいよっ!」
「す、すみません……ミカエル様に内緒にしておくように言われて」
「やっぱ諸悪の根源はあいつだったか」
一体、何を考えてこんな真似をしたのだろうか。人類の鳳への好感度を上げたかったからなのか、それとも単なる嫌がらせなのか。その可能性も否定できないので何とも言えなかった。
因みに、ウリエルがここに居たのは、主に鳳がうっかり禁忌に触れてしまわないか監視するためだったらしく、
「つまり、ボースアインシュタイン凝縮下ではフェルミオンは第4の方角w軸上を移動し、見かけ上はコヒーレンス状態を取りうるわけじゃないですか。その時、我々3次元人の目には2つの粒子が重なり合って見えてるわけですが、それは実際にはw軸上に2つの粒子が並んでいるとも考えられる。これがどういう意味なのかって突き詰めて考えると、それはw0、w1の2つの世界に枝分かれする分岐点とも捕らえられる。ところでこの次の瞬間、2つの粒子は不確定性原理によってまったく別々の未来へ向かうことになるわけですが、するとw0、w1に別れた2つの世界は排他律に従い、もう交わってはならないことになる。だから平行世界の境界は
「あー! あー! もう結構! わかりました。わかりましたから、新型ゴスペルが活躍したって話はもう十分に伝わりましたから、その辺で!」
「……新型の話はまだ何もしてないんですが?」
「鳳様。他の出演者さんたちもぐったりしていますし」
「……もしかして、これも話しちゃ駄目なの?」
番組が始まると、鳳がどこからやってきたのか、新型ゴスペルの知識はどこで仕入れたのかと当たり前のように問われ、彼はなんでも話そうとしていたのだが、四大天使たちは逆に知られることを嫌がっているらしく、度々ストップをかけられた。
どうも彼らは、この世界の成り立ち……というか神の正体を知られたくないらしく、鳳が大昔の地球に住んでいたことや、第5粒子や並行世界の話をして欲しくないようだった。
とは言え、鳳は紛れもなく別世界からやってきたので、その辺のことに触れないで話をすることは不可能に近く、奥歯に物が挟まったような、尻切れトンボな話が延々続いた。
するとそんな隠蔽体質な天使の声に、なんだか常に怒ってる感じの弁護士が被せてきて、
「ウリエル様。あんたたちはそうやって仲間内だけで何でも解決しすぎなんじゃないですか。もっと人類の集合知や自治を認めなさいよ。今回の件だってね、最終的に魔王が退治されたからいいものの、元はと言えばアズラエル様がその魔族を招き入れたことについては、まだ議論がされ尽くしていないんじゃないですか! これを総括せずして、なし崩しに彼女を無罪放免するのは無責任が過ぎる!」
何だか妙にいらついてると思っていたら、弁護士はアズラエルを糾弾する勢力の回し者だったらしい。まあ、彼女がやったことはあまり褒められたものじゃなかったから、忌避する者が出るのも仕方ないだろうが……
「総括も何もアズラエル様をどのような罪に問えると言うのですか? あの方が純粋に善意のみに依って行動していたのは、誰の目にも明らかです」
「その善意の押し売りで人類が滅びかけたのですよ? もしもそうなっていたら、今頃こんなこと言ってられなかったのに、すべて無かったことにするのはいくらなんでもおかしいでしょう!」
「ダーウィン撤退戦での彼女の自己犠牲が無ければ、そもそもケアンズ基地すら守れなかったかも知れないんですよ? 例えその後の彼女の行為に失策があったとしても、同情こそすれ糾弾するのはそれこそおかしな話じゃないですか」
「同情で人類が滅んでいたとしたら、堪ったもんじゃないじゃないですか!」
「ではあなたはどうすればいいとおっしゃるのですか?」
「だから裁判が出来ないなら、国会招致するなりなんなりして総括し、アズラエル様を刑罰に処するべきだと言ってるのです。これ以上、天使のスタンドプレーに人類が巻き込まれないようにですね……!」
ズシンと音がして円卓がビキビキと震えていた。よく見ればにこやかな笑みを浮かべたまま、ウリエルの指が円卓に突き刺さっている。
「あなたは
「ごときとはなんですか、ごときとは。天使のその高邁な態度が今回の騒動を引き起こしたんだ!」
「わー! わー! わー!」
鳳は二人の間に割って入り、今にもキレそうなウリエルを押し留めた。弁護士は、ウリエルが人間を害せないとでも高をくくって強気に出てるのであろうが、実は殺せないだけで半殺しには出来ることを知らないのだろうか。
「二人とも穏便に! 本人が居ないところでその処遇をどうこう言ったってどうしようもないんだから。それに、彼女の罪を糾弾するなら、貢献の方も考慮しなければフェアじゃないでしょう? 彼女がいたお陰で、人類はメラネシアを奪還し、引いてはその勢力圏をインドネシアまで伸ばせたんですよ?」
「それは……アズラエル様がまた裏切らないとも限らないじゃないですか」
「あなたねえ! あの方が人間を第一に考えて行動したから今回のことが起きたのですよ! その彼女が裏切るわけないじゃないですか! 彼女を侮辱するような言葉は謹んでください!」
「まあまあまあまあ!」
そんな感じでいつの間にか鳳が司会進行役みたいになって討論会は進んだ。元はと言えばウリエルが止める役のはずなのに、いつの間にか逆転しており、自分は何をやらされてるんだろうと呆れつつ、人類にも色んな連中がいるんだなと落胆しながら、彼はカメラの前でキレちゃわないようウリエルの手綱を引き続けた。
白熱の討論会では何時間も激論が交わされ、これ以上ウリエルの機嫌を損ね続けたら放送免許停止もあり得ると危惧した局員が止めに入るまで収録は続いた。収録が終わるとほとんどの出演者が疲れ切って無言で去っていく中で、ウリエルだけはまだ一人で興奮気味に鼻息を鳴らしていた。今日の宿泊先には彼女が車で送ってくれることになっていたが、果たして生きてたどり着けるか不安になった。
結局、アリスの持つアイギスが普通の乗用車には収まりきらないから、また局員が運転するロケ車に乗せられテレビ局を出たのだが、その頃には落ち着きを取り戻していたウリエルが、今度は後悔が押し寄せてきたらしく、
「申し訳ございませんでした、鳳様。フォローするはずが、逆に助けていただいて……もしもあのまま続けていたら、今頃神域に帰れなくなるところでした」
「いや、生放送じゃないんだから平気でしょ。しかし、驚いた。この世界にもいちいちマウント取らなきゃ生きてけないようなのがいるんですね。そういや俺の情報も、最初はSNSで拡散したんだっけ」
そんな他愛のない世間話をしながら、テレビ局が用意してくれたという高級ホテルへ辿り着いたら、支配人が飛んできて最上階のスイートルームへ通された。5つも6つも綺羅びやかな部屋が続いている巨大なスペースには、先に来ていたジャンヌたちが既に我が物顔で闊歩しており、シャンデリアの吊り下げられたリビングでは、桔梗がテレビ局で手に入れたサイン色紙をカルタみたいに並べていた。
こいつら役に立たないし、別に追い出しても構わないよな……? とか思っていると、部屋の窓から綺麗な夜景が広がっているのが見えて、思わず見惚れてしまったが、よくよく考えてみると狙撃し放題じゃないかと慌ててカーテンを引くため窓に近寄っていったら、いきなり外からきゃああーっと黄色い歓声が上がって面食らった。
見ればホテルの周りには無数の女性が詰めかけており、鳳の居るスイートルームを見上げていた。沿道に集まった彼女らが車道に飛び出さないよう、警官が交通整理をする中、あちこちからフラッシュが焚かれて、もう夜中だというのにまるで昼間みたいに明るく輝いていた。
正直、こんな状況ではもう身を隠したところでどうしようもないだろう。鳳はいっそのこと狙撃するならしてくれという気分になり、カーテンを引くのではなく、逆にバルコニーに出て外に集まる人々に向かってにこやかに手を振ってみせた。
沿道の女性たちからは笑顔が溢れ、鳳に向かって一生懸命手を振り返している。まるでビートルズにでもなった気分だった。これでもまだ彼のことを撃ちたい者がいるというなら、それは有名税だと思って諦めよう。そう思いながら、彼の忙しい一日は過ぎていった。