ラストスタリオン   作:水月一人

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大海の覇者

 オーストラリア東岸からアイスランドまで約2万キロ、ほぼ地球半周ほどの距離を船で走破するには、およそ30日程度の時間がかかる計算だった。故に、その間に火山活動が終息し、結局飛行機を使ったほうが早いという可能性も十分にあったが、何しろ自然が相手では先のことなんて分かるわけがないから、結局、何も考えずに船に乗るしか他にやれることはなかった。

 

 そんな消極的な理由で船に飛び乗ったわけだが、船旅は思ったよりも快適で、オーストラリアに残って、またテレビなんかにキャーキャー追っかけられるよりはこっちの方が断然気楽ではあった。

 

 360度、見渡す限り何もない大海原を眺めていると、この世界にたどり着いた日のことを思い出して憂鬱になったが、今回はあの時とは違って、船には大量の食料もあり餓死する心配はなく、仲間も大勢いるから退屈することもなかった。

 

 船が巨大だからか、嵐でも起きない限りタンカーは殆ど揺れもなく、広い甲板の上では運動どころか球技まで出来て、停泊時には釣りをやったり、休みの日にはバーベキュー大会まで開かれた。向かう先が被災地であることを思うと、多少罪悪感も感じられたが、これだけ長く同じ場所にいると、共同体意識を育むためにもこういったイベントは結構大事である。

 

 船旅ならアナザーヘブン世界でもやった記憶があったが、あの時は揺れる帆船の中で仲間たちがゲーゲー吐きまくり、鳳はその横で大麻をスパスパ吸っていたはずだ。それを思うとやはりテクノロジーとは偉大である。

 

 ブリスベン港を出るとタンカーはまず進路を南に取り、南極海に沿って西に進んだ後、喜望峰を回って大西洋のど真ん中を一気に北上するという航路を進む予定であった。その間、一度も寄港することもなく、陸に近づきさえもしないのは、言わずもがな水棲魔族を恐れてのことである。

 

 今となってはその杞憂はなくなったわけだが、それでもまさかスエズを通っていけるわけもなく、結局は同じ航路を通るしか無かった。マダガスカルを過ぎれば、もう人類の生存する拠点は無いというのに、そんな僻地に基地を作ってまで固執している理由は、ミカエルが言っていたように、石油確保の問題があったからである。

 

 オーストラリア大陸は資源に恵まれ、なんでもあるようなイメージがあるが、意外にも石油の埋蔵量は少なく、外から調達してくるしかなかった。幸いなことに、目と鼻の先のニューギニアには結構大きな油田があったから、昔はそんな心配をしなくても済んでいたのだが、知っての通り、水棲魔族の拡大以降その調達先が奪われてしまい、人類は危機に陥っていた。

 

 北海油田はそういう緊急事態に備えて予め調査、そして確保がされていたわけだが、どうしてこんな地球の裏側みたいな場所が選ばれたのかと言えば、それこそ僻地にあるからだった。油田の確保にあたって一番の難題は言うまでもなく魔族の襲撃であるが、北海油田は水棲魔族が棲息できない海域にあり、船で安全に近づきやすかったわけである。

 

 そんなわけでアイスランド基地はニューギニアを失って以降、人類にとって最重要拠点になったわけだが、海上に魔族は居なくても周辺には魔族が出没するので、タンカーが近づくとそれを狙って襲撃を受ける可能性は完全には排除しきれなかった。

 

 ところで、欧州は魔族誕生の地でもあるからかなりの激戦地であり、魔王級の魔族が現れることもしばしばあるから、もしそんなのに目をつけられでもしたら、もうオリジナルゴスペルを使って処理をするしかない。だから、いざという時に備えるため、戦力になる者を常駐させておく必要があったのだが、16年前、人類の再生が不可能になってからは、それを人間にやらせるわけにはいかなくなってしまい、今は天使が管理しているのだそうである。

 

 しかし、聞いての通りアイスランド勤務は危険な上に退屈だから、激務の割にはいつも人数が足りていなかった。そこで、職務怠慢な天使や人間にちょっかいをかけるなど違反を繰り返した天使を懲罰的に配属し始めたのが、この地が流刑地となった切っ掛けだそうである。

 

 そういう場所であるから、神域襲撃後、逮捕されたギヨームはこの地に収監されたというわけである。彼は死んでもいい戦力として、この地へ送るにはうってつけの人材だったのだ。ギヨームは単独で魔王とやり合えるほど強く、おまけに好戦的でゴスペルに適性もあった。

 

 そう考えると、この16年間の人類への貢献度は、実はジャンヌよりもギヨームのほうがよっぽど大きかったと言える。もしも彼が居なければ、人類は今頃石油が枯渇して大騒ぎしていたことだろう。ニューギニアが解放された今、天使達にはこれまでの彼の貢献を認めて、わだかまりを捨てて貰いたいものである。

 

*********************************

 

 一方……鳳たちがアイスランドへ旅立ってから数日後、ウリエルは魔王戦の後始末のために、ケアンズに舞い戻っていた。両魔王との戦いの爪痕は深く、周辺の被害もさることながら、大量の水棲魔族の死体が散らばってしまって、未だにとんでもない悪臭を放ち続けていたのだ。

 

 水棲魔族は推定1億個体。その一部とはいえ、一千万近い数を支配下に置いていたアズラエルの眷属が分裂して戦ったのであるから、それも当然のことだろう。おまけに、ようやく決着がついたところに、今度はベヒモスが飛んできて食い散らかし始めたものだから、現場はもはや地獄を通り越して何か別の概念すら生み出していた。

 

 因みにベヒモスの犠牲者は魔族だけに留まらず、不幸にも犠牲になったドミニオン隊員が少なからず居たから、まずは一刻も早くそちらの捜索をしなければならず……そして、どうにか全ての遺体を収容し終えた後には、腐り始めた水棲魔族の死体に海岸線が埋め尽くされ、あの美しかったグレートバリアリーフは、とても正視できるものではなくなってしまっていた。

 

 ドミニオンたちは今度はこれらの死体を処分しなければならなかったわけだが……幸いと言って良いかどうか、そんな時たまたま優秀な海の掃除屋が見つかって事なきを得た。餅は餅屋、魔族には魔族と言おうか、アズラエルの眷属たちが普通に共食いして死体を片付け始めたのである。

 

 こいつら共食いまでするのかよ……とドン引きもするが、冷静に考えれば、魔族はみんな元人間なのだから、そもそも全魔族が最初から共食いしているようなものなのだ。深く考えると頭が痛くなるから、もうそういう進化をしてしまったのだと受け入れるしかない。

 

 しかし、インスマウスは見た目が魚類だからいいものの、オアンネスの方は見た目はまんまアズラエルだから、そんな彼女たちが自分たちの仲間の死体をバリバリと頭から食べている姿は、あまりにグロテスクで、見る者を恐怖させるには十分すぎた。

 

 ドミニオンからは体調を崩す者が続出し、このままでは仕事にはならない上に、ただでさえ最悪なアズラエルの好感度が地に落ちること請け合いだから、途中から全ての仕事をアズラエルが引き受け、彼女が一人で自分の眷属たちを監督していたのであった。しかし何も悪気も無いのに、彼女が人類に尽くせば尽くすほど嫌われていくのは、一体どういう星の巡りなのだろうか……

 

 そんな彼女を一人にしておくのはあまりにも不憫であったから、理解者であるウリエルはまたケアンズに戻ってきて彼女の仕事を手伝ってあげることにした。とはいえ、彼女にやれることなど何もないから、ただの話し相手にしかならなかったが。因みに、お土産として鳳の精液を持ってきたことを告げるとアズラエルは大喜びし、早速自分の眷属を孕ませてみようとか言い出したので、ウリエルは全力で止めなければならなかった。

 

 放っておいたら勝手に孤立し、一人になったらなったで不安にさせられる……ウリエルは、なんだか難しい年頃の子を持ったお母さんのような気分であった。尤も、実際にはアズラエルのほうが大勢の子持ちであるのだが。

 

「母さま。もうオスの肉は飽き飽きだわ」「そろそろ人間を食べたいわ。母さま」

「駄目に決まっているだろう。黙ってそこの腐肉を食らえ」

「姉さま。母様って、私たちに冷たいわよね……」「ねえ、もう家出しちゃおうかしら、姉さま」「いいわね、姉さま。私も連れてってちょうだい」

「そこ! 勝手に群れから離れるのではない! まだ死体はあちこちに残っているのだ。これを片付けなければニューギニアには帰れないぞ!」

「うう~……母さまには逆らえない」

 

 遺伝子がそう命じるのだろうか、アズラエルの命令には、水棲魔族たちは絶対逆らえないようだった。しかし、魚人のインスマウスたちは素直に従うのだが、下手に知恵をつけたせいか、オアンネスの方は口答えが多く、イヤイヤ期の幼児みたいに頑固な一面もあるようだった。

 

「アズラエル様、お茶を用意しましたよ。休憩いたしませんか?」

「ふむ、いただこう……やれやれ、肩が凝って仕方がない」

 

 アズラエルが眷属たちと親子喧嘩みたいな会話を繰り広げていたら、ウリエルが話しかけてきた。アズラエルは眷属にさっさと持ち場に戻れと命令を下すと、ウリエルが用意したデッキチェアにドスンと飛び乗り、うんざりとため息を吐いて、差し出されたお茶をズズズッと啜った。

 

 ウリエルはそんな元上司に苦笑いしながら、

 

「お疲れさまです。まさかお一人でこれを全て処理することになるなんて……私にも出来ることがあれば良かったのですが」

「仕方あるまい。どだい、これだけの死体を一度に処理するなど無理があるのだ。火葬するには設備も燃料も足りず、放置していては生態系に悪影響を及ぼすだろう……結局のところは、魔族のことは魔族が片付けるのが理に適っているのだろうな」

「悪く言う人もおりますが、私はアズラエル様の眷属がいて良かったと思っておりますよ。ところで、さっきから見ていて思ったのですが、彼女らはアズラエル様の命令なら何でも従うのですか?」

「いや、何でも素直に……とはいかないのだ。例えば、見た目が私そっくりで恥ずかしいから、ずっと服を着てくれと言い続けているのだが、泳ぎにくくなるから嫌だと言い張り、一度そうなるとテコでも動かなくなる。命令には逆らわないが、代わりに行動を拒否することはあるというわけだ。まあ、今は服なんて着ててもすぐに血肉でぐちゃぐちゃになってしまうだろうから、素っ裸で居てくれて構わないのだが、これからもこんな調子では先が思いやられる。私は彼女らが死ぬまで面倒を見なければならないからな」

「死ぬまで面倒をですか……なんだかそのセリフ、本物の母親みたいですね。実は案外、彼女らのことを気に入っておられるのではないですか?」

「冗談はよせ。彼女らが悪さをしないよう、見張っておかねばならないという以上の意味はない」

「ふふふ、そういうことにしておきましょうか」

「ギィギィギィギィ!!」

 

 二人が休憩しながらそんな他愛もない話をしている時だった。遠くの方で死体を処理していたインスマウスの一団が、急に騒がしく鳴き始めた。ウリエルにはそれが犬の遠吠えみたいに意味のないものに聞こえたが、アズラエルには少し違って聞こえるらしく、

 

「ん……ギー太どもが騒いでいるな。ふむ、どうやら何か珍しい物を発見したから、私に見てほしいらしい」

「分かるのですか?」

「何となくではあるが……どれ、ちょっと見に行こう」

 

 アズラエルはそう言うとそそくさと席を立って歩きはじめた。ウリエルがその後に続く。

 

 インスマウスが騒いでいるのは、鳳たちがベヒモスを仕留めた時に出来た大穴のすぐ脇だった。メタトロン、サンダルフォンから撃ち出された光球が作った巨大クレーターは、その内埋め立てる予定だったが、今はゴミを捨てるのにちょうど良かったから、食べ残しの骨などをぽいぽい放り込んでいた。

 

 ついでに戦闘で出たゴミや、倒木や建物の残骸などもそこへ集めていたのだが、たまにドミニオンが落としたゴスペルなどの貴重品も紛れているから、見つけたら報告するように言っていたのだが、どうやらその中に何か気になるものを発見したらしい。

 

 アズラエルがやってくるとインスマウスたちは嬉しそうに一際高く鳴き声を上げてから、彼女に道を譲るようにクレーターの前を開けた。下を覗き込むと、眷属たちが食い散らかした骨に紛れて、何か特徴的な棒が地面から突き出しているのが見えた。

 

 あれはなんだろう? と二人が顔を見合わせていると、インスマウスの一体が穴の中に颯爽と降りていってそれを取り上げ、イソイソと戻ってこようとして崖に阻まれ転がっていた。

 

 きっと母親にいいところを見せようと思ったのだろうが、その滑稽な姿を見て仲間が意地悪そうにギィギィと笑っている。このままじゃ埒が明かないから、ウリエルがロープを取ってきて穴に投げ入れ、下に降りたインスマウスを引き上げてやると、彼は手に入れた拾得物をアズラエルに押し付けてから、ギィギィ喚きながら仲間に飛びかかっていった。

 

 喧嘩が始まってしまったが、割と良くあることなのでアズラエルは気にも留めず、代わりに渡された拾得物の方をとっくりと眺めていた。それは両手を広げたくらいの大きさの木の棒……というか杖で、ほぼ真っ直ぐで何の変哲もない杖の周りには、グルグルと螺旋を描くように蛇の意匠が施されていた。

 

 その特徴的な形状を見て、二人はすぐにそれが何であるか見当がついた。

 

「これは……もしかしてアスクレピオスか!?」

「間違いありません。でも、どうしてこんなところに……?」

 

 失われたオリジナルゴスペルの唐突な発見にウリエルが目を丸くする。アズラエルは杖が出てきた穴の中を覗き込みながら、

 

「アスクレピオスはマダガスカルで紛失したはずだ。もしかするとベヒモスが杖を飲み込んでいて、それが今回、腹の中から出てきたのではなかろうか」

「なるほど……そう考えるが妥当でしょうか」

「取りあえず、ミカエルに報告した方が良さそうだな。いや、待てよ……そう言えば、アスクレピオスは彼がずっと探していた物ではないか?」

「鳳様ですね。確か、前の世界でこれと同じ物を持っていたとか」

「アイギスの件もあるし、きっと本当なのだろうな。ならミカエルに渡すより、功労者である彼に届けてやった方が喜ぶだろう」

「ですが、届けると言っても鳳様は今海の上ですよ?」

 

 アズラエルはふふんと鼻を鳴らした。

 

「何の障害にもなるまい。なんなら、喜望峰ではなくてスエズを通って追いかけることだって出来るだろう。私には、大海の覇者たるレヴィアタンの子供たちがついているからな」

 

 因みにアズラエルが誇らしげにそう言った子供たちは、今目の前で殴り合いの喧嘩をしていた。そして彼女そっくりの娘たちは、愚痴をいいながら屍肉を貪り食っており……その姿はとても大海の覇者とは思えず全然締まらなかったが、ともあれ、彼女の言う通り、今の彼らに海の上で勝てる者は世界中どこを探してもいないだろう。

 

 そんなわけで、アスクレピオスを発見したアズラエルは鳳の後を追いかけることにした。尤も、その前にまだそこら中に散らばっている死体の山を片付けなければならないのであるが……

 

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