鳳たちを乗せたタンカーは順調に航海を続け、ついにイギリス西方ケルト海を通過してアイスランドに届こうとしていた。途中、なんやかんや点検などで停泊することがあったため、予定を少しオーバーして、およそ40日ほどの航海だった。
喜望峰を回ってからはずっと真北に進んでいたので、高緯度から低緯度、そしてまた高緯度と地球を南北に通過したせいで、まるで一ヶ月で季節が一巡りしたかのような不思議な体験をさせられた。その旅もようやく終わりを告げようかという頃になると、今度は夜の国にでも迷い込んでしまったかのように空が急に暗くなってきた。
空一面を覆う黒雲は、恐らく火山灰だろう。どうやら、アイスランドの火山活動は、未だに活発のようである。
こんな状況では当然飛行機が飛べるわけもなく、通信気球も低空までしか上げられない、というか上げても意味がないから、今まで連絡をしても返事が返ってこなかったのだろう。しかし、流石にここまで目的地に近づいたら電波が届かないということはないだろうに、それでもアイスランド基地からは待てど暮らせど一向に返事はこなかった。
まさか火山活動の影響で、基地が壊滅でもしてしまったのだろうか……? そんな不安を覚えつつ、他にやれることも無いからそのまま呼びかけながら進んでいると、やがてブリッジの上の物見台から陸影を見つけたとの報告が入り、ついにアイスランド島に到着したらしかった。
「陸だー!」「やれやれ、ずっと海しか見ていなかったせいか、魚にでもなってしまった気分だったよ」「うほうほ」
ずっと360度見渡す限り青い海の上を進んできたせいか、久方ぶりに見る陸地はなんとも心強くて美しく見えた。鳳たちがそんな風景を感慨深げに眺めていると、ジャンヌの隊員たちもみんな甲板に出てきて、まだ薄っすらと青みがかって見える陸を指差しながらワイワイ騒ぎ始めた。
やっぱり人間は陸の上で暮らす生き物だったんだなと、みんなでしみじみとそんな会話を交わしていると、すると島から数台のホバークラフトが飛び出してきて、編隊を組みながらタンカーの方へと近づいてくるのが見えた。
返事がないから心配していたが、どうやらアイスランドの人々は無事だったらしい。鳳たちはホッとしながら、そんな出迎えのホバークラフトに向かってオーイと呼びかけ手を振っていたら……
ダッダッダッダッダッダッダッ!!
突然、そのホバークラフトから重い銃撃音が響いてきて、タンカーのすぐ近くの海面がバシャバシャと飛沫を上げた。
「なんだなんだ!?」
いきなりの銃撃に驚いて、慌てて顔を引っ込める。甲板に腹ばいになるようにして海上の様子を窺っていたら、ホバークラフトの編隊は遠巻きにタンカーを囲むように展開し、こちらに銃口を向けたまま並走し始めた。
そして中央の船からキーンとハウリング音が聞こえてきたと思ったら、
『今すぐ停船し、貴船の所属と目的を述べよ! 繰り返す! 今すぐ停泊し、貴船の所属と目的を述べよ!』
居丈高な口調で一方的に告げられる命令からは、明らかに歓迎の態度は見受けられなかった。助けに来たつもりがこの仕打ちに、一体何が起きているのかと首を捻っていると、タンカーのブリッジが呑気に応答して、
『こちらはドミニオン第一艦隊所属、油送船プルミエールです。定期航行で何度も寄港しているので知ってると思いますが?』
『まずは停船せよ! 繰り返す、停船せよ!』
『神域に命じられて救援物資を運んできました。受け入れてもらえませんか?』
『こちらの要求は今すぐの停船である! 従わない場合、本攻撃に移る!』
『無理にエンジンを止めては、発動するまでまた時間がかかるんですよ。本当に止めなきゃいけませんか?』
船長が尚も食い下がると、今度は展開した全ての船から銃撃音が響いてきて、タンカーの周りの水面をバシャバシャと揺らした。今度もまた単なる威嚇射撃ではあったが、その頑なな態度から、相手が聞く耳を持っていないことは明白だった。
このままでは埒が明かないが、幸いなことに船にはそれなりの戦力が乗っていた。仮に戦闘になったとしても大丈夫だと伝えようとブリッジを見上げたら、いつの間にかそのブリッジにジャンヌが居て、船長を相手に話をしているのが見えた。どうやら同じことを考えたらしい。暫くするとタンカーから汽笛が鳴って、エンジンの振動が止まった。
ホバークラフトはそれで満足したのか、やがてそのデッキに二人の天使が現れると、羽を広げてパタパタとこちらの船に飛び乗ってきた。タラップもなしに船から船へ渡り歩けるだから便利だな~……くらいに思いながらぼーっと眺めていると、ブリッジから副船長が降りてきて少々不機嫌そうに、
「コカビエル様、ラミエル様。これは一体なんの真似ですか?」
すると二人の天使はいきなり手にしたゴスペルを突きつけ、困惑している副船長に向かって、
「今は黙ってこちらの指示に従ってくれ。この船の目的は? どうして当基地に断りもなく近づいた?」
「……ですから、船長もおっしゃってた通り救援物資を持ってきたんです。断ろうにも、火山活動のせいで通信が出来なかったんでしょう? こっちからは何度も呼びかけましたよ」
「救援物資とはあれのことか? 改めさせてもらうぞ?」
「……どうぞお好きに」
顔見知りらしき天使たちの突然の奇行に、副船長は困惑しきりに積み荷まで案内し、言われるままにコンテナを開けて中身を確認させてやった。天使たちはまるで猛獣でも潜んでいるかのように、警戒気味にコンテナの中身を次々と確かめ、結局最後のコンテナまで全部の中身を確認すると……
「疑って、すまなかったああああーーーーっっ!!!」
「救援物資を持ってきてくれた仲間にっ!!! 俺たちはああああああーーーーっっ!! なんてっ! 酷いことをををーーーーっ!!!」
二人は調べていたコンテナから出てくるなり、その場に跪いて土下座した。つま先を立て腰を少し持ち上げ、額を地面に押し付けるその見事な土下座は、なかなかお目にかかれる物じゃない。そのあまりの勢いに仰天し、慌てて顔を上げてくれと叫ぶ副船長の声を無視して、二人はガンガンと地面に頭をぶつけながら謝罪を続けている。
一体全体、何があったのだろうか? 困惑しながら、鳳たちはそれを遠巻きに眺めていた。
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「ギヨームが反乱を起こしたぁ!?」
副船長の必死の説得も虚しく、その後数分間に渡り土下座し続けた天使たちは、ようやく落ち着きを取り戻すと、どうしてこんな真似をしたのか理由を話してくれた。
「火山活動が始まって神域と連絡が取れなくなったら、突然、今まで従順だった囚人どもが暴れだしたんだ。こんな僻地じゃどうせ逃げ場なんかないだろうと完全に油断していたから、反乱が起きてもすぐには対応出来ず、あっという間に追い詰められてしまった。今、奴らはフェロー諸島の基地本部を占拠して、私たちに要求を突きつけている」
アイスランド基地と一口に言っているが、ここの任務は北海油田の確保が主目的だから、実際の基地施設はアイスランドよりフェロー諸島に集中しているらしかった。因みに、油田に最も近い陸地はスコットランドのシェトランド諸島なのだが、温暖な北海沿岸の気候のお陰で、イギリスには元々相当な数の魔族が生息しており、それが島まで渡って来ることがあるらしい。
ギヨームや神域に逆らった不良天使たちは、そんな魔族がシェトランド諸島に住み着かないようにするため、フェロー諸島に作られた刑務所に収監されていたのだが、この機に乗じて囚人たちが一斉蜂起し、看守たちを追い出してしまったのだ。
そして主要な施設を奪われてしまった看守たちに残されたのは、ここアイスランドのレイキャビク港だけとなり、もう後がない彼らが警戒していたところ、定期便でもないタンカーがいきなりやってきたから、あんなに強行的だったようである。
「それでその要求って何なんです? あなた達も言う通り、こんな僻地で反乱を起こしたところで、どうせ何も出来やしないでしょうに」
何しろ人類の生息圏であるオーストラリアは地球の裏側である。こんなところで蜂起したところで神域には届かず無意味だろうに、鳳は囚人たちが何を望んでいるのか不思議に思った。鳳が尋ねると、すると彼らは一層顔を強張らせながら、
「それが……奴らは、ここアイスランド基地の撤退を求めているんだ」
「撤退って、つまり刑期をチャラにしてオーストラリアに帰ろうってことですか?」
「違う、そうじゃないんだ……あろうことか、奴らは魔族と結託していたんだよ!」
「結託? ……どういうことです??」
鳳はすぐには言ってる意味が分からず、首を傾げて問い返した。二人は青ざめながら、震えるような声で続けた。
「一応、私たちだって看守という責務を負っているんだから、仮に囚人が反乱を起こしても鎮圧できるだけの備えはあったんだ。奇襲を受けたとはいえ、それがこうもあっさりやられてしまったのは、奴らが魔族と共に私たちに襲いかかってきたからなんだよ」
「天使と魔族が手を組んだってことですか? そんな、あり得ない! 魔族は話が通じないのは常識じゃないですか。なのにどうやって手を組むってんです?」
「私たちだってそう思ったさ。だが、現に奴らは魔族と協力して私たちを襲ってきたんだ」
彼らによると、反乱が起きたのは今からおよそ一ヶ月前、火山活動が起こってすぐのことだった。火山の影響かなんなのか、突然、シェトランド諸島に大量の魔族が流入してきたのを確認し、彼らはいつものように囚人たちを動員して魔族の駆除に赴いた。
ところが、島に上陸してすぐ、いつもなら鬱憤を晴らすかのように魔族の群れに飛びかかっていくはずの囚人たちが、突然反旗を翻して看守たちを攻撃してきた。驚きながらも看守たちはそれに応戦していたのだが、そんな彼らの側面を突くように、今度は魔族の群れが飛びかかってきて、彼らはシェトランド諸島からの撤退を余儀なくされた。
そして看守たちは、命からがらフェロー諸島まで逃れてきたのであるが……一応、反乱を起こしたとはいえ囚人たちに死なれては困るので、一台だけホバークラフトを残しておいた彼らは、囚人たちが戻ってくるのを待ち構えていた。そして、数時間後にそのホバークラフトは戻ってきたのだが、
「私たちはそこに囚人しか乗っていないと思い込んでいた。ところが、船には天使ではなく大量の魔族が乗っていて、それがビリー・ザ・キッドと共に襲いかかってきたんだ。その魔族とプロテスタントの連携がとても強力で、私たちはあっという間に刑務所を占拠されてしまい、帰る場所を失った。それで、このまま戦っていてもジリ貧だからと、ここレイキャビク港まで撤退してきたんだ」
そして彼らが神域と連絡がつくまで港を死守しようとバリケードを作っていたら、フェロー諸島の施設から通信が入り、先ほどの要求が突きつけられたらしい。
「つまり、囚人たちは魔族とこの地に残るから、もうほっといてくれってことですか?」
「いや違う。それならイギリスに渡ってもう戻ってこなければいいだけだろう。奴らは、私たち人類に、北海油田を捨てろと要求してるんだ」
「な、なんでそんな真似を?」
すると天使たちは苦々しそうに、
「恐らくはブラフじゃないかと。そう言えば神域は要求を聞かざるを得ないから」
「なるほど……じゃあ、まだこれから要求が増えるかも知れないってことですね」
「ああ、そうだ。というか、すでにもう来ている」
「それって?」
「奴ら……というか、ビリー・ザ・キッドが、神域に捕まっている仲間の解放を要求している。鳳白という名の男のことだ」
「え? 俺??」
鳳がぽかんとして聞き返すと、天使たちも気づいてなかったらしくぽかんとしながら、
「なに? それじゃあ、君が噂の異世界から来たという、人類唯一の男性なのか?」
「え、ええ、まあ、唯一ってわけでもないんですが……そうか、もしかしたらギヨームは、俺が神域に捕まっていると勘違いして反乱を起こしたのかも知れませんよ」
「どういうことだ?」
天使たちは首を傾げている。鳳は頷きながら、
「俺は四大天使に初めて会ったときから、ずっとギヨームの解放を要求していたんですけど、当然却下されて、それならせめて俺が無事なことだけは伝えてくれってお願いしてたんです。ただ、その時はまだ四大天使との関係も良好じゃなかったから、ミカエルがどんな風に伝えたのか……もしかするとギヨームはそれを聞いて、俺がピンチだと勘違いしているのかも知れませんよ」
「ははあ……」
天使たちはそんな可能性が……と言った感じに顔を見合わせている。まだどうしてギヨームが魔族を引き連れているのかは分からなかったが、
「もしもそうなら、俺が行って話をつけたら、案外すぐにでも解決するかも知れませんよ。どっちにしろ、あいつの要求が俺なら交渉の余地もあるでしょうし、どうでしょうか? 一度、俺を彼に会わせては貰えませんか? 実はそのつもりで今回やってきたんです」
「そういうことなら、こっちからお願いしたいくらいだ。早速、向こうに連絡して君が到着したことを伝えよう」
鳳の提案に、天使たちは慌ただしく動き始めた。鳳は久しぶりに再会できる仲間の姿を思い出しながら、そんな天使たちの後ろ姿を見送った。