ラストスタリオン   作:水月一人

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まるで堕天使みたいだ

 天使たちの誤解が解けて、ようやく入港許可が下りた。とは言え、船長も言っていた通り、一度エンジンを停止してしまうと再始動まで時間がかかるので、結局タンカーがレイキャビク港へ入れたのは翌日になってからだった。

 

 搬入用のクレーンが唸り、コンテナが次々荷揚げされると、港に集まっていた天使たちから溜息のような歓声が上がった。どうやら強がってはいたが、殆どの物資がフェロー諸島の反乱軍に奪われていたため、ギリギリの生活を余儀なくされていたらしい。

 

 もしも問答無用でタンカーを追い返していたら今頃どうなっていたことか……天使はそう簡単に死なないとはいえ、物資がなくて身動きが取れなくなっては元も子もない。だからもっと上手に出来なかったのかと文句も出たが、相手がどうやって魔族と一緒にいるのかが分からない以上、誰も信じられなかったようである。そう言われると、仕方なかったのかなと納得するしかなかった。

 

 ともあれ、救援物資は余裕をもって、基地の全員が半年は食いつなげるほど持ってきていた。囚人たちの分が浮いた今はそれ以上の余裕があり、なんならこれを使って交渉だって出来るだろう。そんなわけで長いこと空腹に耐えてきた天使たちの慰労と、鳳たちの歓迎会も兼ねて少し豪勢な食事会をしていたら、昨日、鳳が到着したことを連絡しておいた反乱軍から返事がきた。

 

「俺一人だけで来いって?」

「もちろん断った。流石に向こうに都合が良すぎるからな。大体、君には何の決定権もないのに、一人で行ったところで何になるのか。子供のお使いじゃないんだから、ちゃんと交渉するつもりがあるなら私たちの同行も認めろと伝えたよ」

 

 私たちとは、昨日船に乗り込んできたコカビエルとラミエルのことだ。二人はリーダーと言うか武闘派のようで、いざとなった時の護衛も兼ねているようだった。鳳は依存無いと頷いてから、

 

「それなら俺以外にも昔の仲間が来ていることを伝えてみてくれませんか? そしたら少しは態度が変わるかも」

「それは良い提案だ。早速呼びかけてみよう」

 

 鳳はジャンヌたちも一緒に来ていて、ついでに神域は態度を軟化させて、もはや自分たちの間にわだかまりはないことを伝えてもらった。

 

 火山活動のせいで直通回線が途切れてしまったため、連絡には無線機を使っていたのだが、向こうには通信士が居ない上に悪天候の影響もあり、繋がるかは結構気まぐれだった。それで何度か気長に呼びかけた後にようやく応答があり、こちらの要求を伝えたら、検討するの返事と共に通信が切れ、また返事が返って来るまで時間がかかった。

 

 もしかして牛歩戦術みたいに焦らされてるのでは……? と不安になったころ、ようやく返事が返ってきたと思えば、内容は最初の時と殆ど変わらず、やはり鳳一人だけでついでに物資を持ってこいと、逆に要求が増えていた。

 

「なんか、妙に警戒していますね……」

「ふん! 馬鹿にして。きっと向こうはこっちの要求は飲まずに、君の身柄だけを奪おうという腹積もりなんだ。乱暴な連中め。まともに交渉の席に着かないなら、こちらも応じるつもりはないと、何度でも言ってやろう」

 

 天使たちはそう息巻いているが、鳳は少々腑に落ちなかった。ギヨームの目的が鳳の解放であったなら、その本人が来ているのだから、ここまで頑なな態度を取る必要なんてないはずだ。寧ろ逆効果と言える。

 

 向こうが、天使たちが嘘をついていると警戒している可能性はあるが、こっちの要望はたった二人の付き添いでしかなく、そこまで警戒するほどではないだろう。それに嘘だと思うなら、まずは姿を確認させろと言ってくるのが筋だろうに、全く態度を変える気がないのは何故だろうか?

 

 もう一度、相手の要求を思い出してみる。確かフェロー諸島を奪取した後、彼らは最初、アイスランド基地の撤退を要求したのだ。それは天使たちに一時的に出ていけという意味合いではなく、北海油田を捨てろという類のものだった。

 

 当然、そんな要求を飲めるわけがないから、きっとブラフだと思っていた時、今度は鳳の身柄を要求してきたから、こっちが本命だと思っていたのだが……もしもそれが逆だったら?

 

 鳳の身柄を拘束して、神域にアイスランド撤退を飲ませる……

 

 今の鳳の立場を考えれば、恐らくそれは可能だろう。ブリスベンでの熱狂を考えれば、人類からも要望が上がるはずだ。それに、ニューギニアが解放された今、石油確保の観点でも、北海油田の重要度はいくぶん薄れている。寧ろ、こんな僻地をリスクを背負って守り続けることの方が無理があるのだから、神域も手放してもいいと考えるのではないか。

 

 もしもそうなら、鳳を捕らえるというのは理に適っていると言える。だが……そんな作戦を思いつくには、鳳がこっちの世界に来てからのことを全部知っていなければならないだろう。少なくとも、精子を提供して、人類の間で人気者になっていることくらいは知ってなきゃおかしいが、そんなこと、この僻地の囚人には知る由もないだろう。

 

 彼らが自由にテレビなんか見ていたとは思えないし、今は火山のせいで通信すらままならない。いや、それ以前に、看守である天使たちが鳳の顔を知らなかったのに、囚人の方が詳しいというのはどう考えてもおかしい。

 

 それに、北海油田を彼らが手に入れることに何の意味があるだろうか? 手に入れたところで、燃やして温まるくらいのことしが出来ないだろうに、正直、嫌がらせ以上の意味が見いだせない。もしかすると、彼らが連れているという魔族と関係があるのかも知れないが……魔族と石油、これにどんな関係が? と言われると何も想像つかなかった。

 

 ただ分かっていることは、反乱軍にまともに話し合うつもりがないことと、どうもギヨームはどうしても鳳と一人だけで会いたがっているようだと言うことだ。

 

「時間がもったいないから、要求に応じましょう」

 

 天使たちが喧々諤々と話し合っている最中、一人で黙考していた鳳は、こんなことをしていても時間の無駄だと言いたげに口を開いた。天使たちはそんな彼の言葉に驚きの声を上げ、

 

「なに!? そんなことしてもこっちには何のメリットもないじゃないか。こんな要求を飲んでしまったら相手の思うつぼだぞ」

「ええ、ですからまともに取り合うつもりはありません。要は相手には俺が一人で来たように見えればいいだけでしょう?」

「……どういうことだ?」

「ミッシェルさん!」

 

 鳳がその名前を呼ぶと、いつものように飄々としながら遠巻きに鳳と天使のやり取りを眺めていたミッシェルが、オヤっと眉毛を上げ苦笑気味に言った。

 

「やれやれ、タイクーンはよくよく僕の扱い方を心得てらっしゃるようだね」

 

*********************************

 

 その後、いきなり敵の要求を受け入れては逆に怪しまれるのでは? という意見の下に、敢えて数回のやり取りを挟んでから、こちらが折れるような格好で要求を飲むことにした。反乱軍は交渉の場として自分たちの領域であるフェロー諸島の港を指定してきた。

 

 その際、鳳には操船技術がないから、最低限の人員の同行は許可してくれと求めたところ、すぐにタンカーの船員ならばOKと返ってきた。非戦闘員を即座に選ぶとは、どうやら向こうはこっちの状況をよく知っているようである。

 

 だから一瞬、スパイの可能性が頭を過ぎったが、それなら鳳が一人で行くという提案すらも却下されていただろう。故にスパイの心配はないが、どこかで偵察が見張っている可能性は否定できないので、フェロー諸島へ向かう船に乗船したらすぐに、ミッシェルの認識阻害の魔法を使って同行者の姿を隠すことにした。

 

 島に行くためのホバークラフトには、しっかり最大乗員20名までが乗り込んだ。操船をお願いする船長と副船長を除く18名中12名は天使から選出することにし、残りは鳳とアリス、ミッシェル、サムソン、ジャンヌ、最後に楓というメンバーである。

 

 いつもの三人娘がいないのは、単純にその分戦力になる天使を連れて行った方がいいからで、楓という隊員が選ばれたのは、非戦闘員を守るためにジャンヌに来てもらおうとした際、副官として誰か一人だけ隊員を連れてっても良いと言ったら、彼女が選ばれたのだ。てっきり瑠璃か琥珀だろうと思っていたが、まあ、ジャンヌが選んだのであれば間違いはないのだろう。

 

 大海原には遮蔽物はなく、誰に見咎められるわけもないだろうが、それでも一応ミッシェルの魔法は解除しなかった。なにはともあれ、こうして十分な戦力の隠蔽には成功したわけだが、目的はあくまで話し合いである。むこうが本当に鳳だけに会いたがってる可能性もあるのだから、島についてもまずは様子見に徹するよう確認しあい、船は目的地に向けて順調に進んだ。

 

 高速なホバークラフトでもフェロー諸島まではかなりの距離があり、半日近くの時間をかけて、ようやく船は目的地の港に到着した。灯台が見えてくると、鳳は一人で船首に立ち、天使たちを全員船内に隠した。ミッシェルの魔法は完璧で絶対相手に見えていないはずだが、一応、念の為である。

 

 間もなく、桟橋が見えてきて、そこに3つの人影が立っていた。ついにギヨームと再会できると思うと胸が熱くなったが、しかし待っていたのは懐かしい顔ではなく、どれもこれも見たことがないものばかりだった。

 

 一体、何者なのだろうか? そこに立っていたのは、恐ろしく整った顔立ちの、まるで天使のような人々だった。だが、絶対に天使じゃないと言い切れるのは、その背中に生えているのが鳥ではなく、まるでコウモリの羽のようだったからだ。

 

 鳳はその姿を一目見るなりこう思った。

 

「まるで堕天使みたいだ……」

 

 その言葉が風に乗って届いたのだろうか、桟橋に立つ3人の顔が一斉に鳳の顔を捕らえた。彼は蛇に睨まれた蛙のように硬直した。その瞳は酷く無機質でどこまでも透き通っており、本当に爬虫類の目でも覗き込んでいるかのようだった。

 

 船が接岸し、係留ロープをかけるためデッキに出てきた副船長が、彼らを見るなり鳳と同じように硬直していた。しかしグズグズしている時間はないと気を取り直し、港に向かってロープを投げると、堕天使たちはそれを機械的に拾い上げて近くの柱に引っ掛けた。

 

 その間、リーダーらしきコウモリ羽は鳳のことを見上げたまま身じろぎもせず、探るように目だけがデッキとブリッジを行ったり着たりしていた。恐らく、本当に一人で来たのか警戒しているのだろう。

 

 ミッシェルの魔法が効かないとは思わなかったが、その無機質な瞳に気圧されて緊張していると、ようやく納得したのか、そのリーダー格らしき人物がいきなり話しかけてきた。

 

「問う。あなたが神なのか?」

 

 その問いかけがあまりにも唐突すぎたから、鳳はきっかり30秒くらい自分が話しかけられていることに気づかなかった。やがてその言葉が耳に染み渡るように頭の中に入ってくると、今度はその意味を理解するのにたっぷり時間をかけた上に結局理解できず、彼は呆けた声を上げるだけで精一杯だった。

 

「……はあ?」

 

 そんな鳳の間抜けな顔を見ても、堕天使は一片の迷いもないような真っ直ぐな瞳で見上げながら、

 

「この状況で一人で敵地に乗り込む豪胆さ。自分が死なないという絶対の自信の現れであろう。あなたは二度も魔王を退け、挙げ句、死すらも遠ざけた。そして今、私たちの姿を見ても恐れてもいない。それは何故か?」

「いや、一人で来いって言っておいて、来たら来たで文句を言うのはどうなんだよ」

 

 鳳は不貞腐れたようにそう返したが、内心はドキドキしていた。何しろ彼がリラックスして見えるのは、実際には仲間をたくさん引き連れてきているからである。ある程度情報を得るまで、それを知られるわけにはいかない。

 

 それにしても少し気になったが、目の前の堕天使は鳳が魔王を退治したことや、その後狙撃されたことを知っているらしい。どうして囚人だったはずの人物がそんなことまで詳しく知っているのだろうか。鳳は努めて平静を装いながら、

 

「えーっと……あんた名前は?」

「アザゼル」

 

 その名を聞いて鳳はまたたじろいだ。さっき彼らを一目見て堕天使みたいだと思ったわけだが、目の前の人物がその代名詞みたいな奴だったのだ。もしかしてここの囚人というのは、本当にみんな堕天使なのだろうか?

 

 鳳は彼らのコウモリ羽を見ながら、

 

「あんたらはその……天使なのか?」

「違う。私は魔族だ」

「そうか……いや、姿からしてそうじゃないかと思ったんだけど、なんつーか、こう……魔族って問答無用だろう? あんたからはその気配が感じられないから」

「一般の魔族が好戦的なのは、神にそう命じられているからだ。私はそうじゃない」

「命じられてる……?」

「そう、例えば……」

 

 アザゼルが何かを言おうとした時だった。突然、鳳の背後から風が吹き抜け、何かが彼の両脇をすり抜けていった。とっさに制止しようとして腕をのばすと、空を切ったその手の先には、二人の白い翼を広げた天使が、アザゼルに向かって袈裟斬りに剣を振り下ろしている姿があった。

 

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