ラストスタリオン   作:水月一人

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おまえが神だ

 何故か鳳に一人だけで来るよう、執拗に要求し続けた反乱軍。彼らのリーダー格らしきアザゼルを名乗る人物は、姿形こそ悪魔にしか見えなかったが、その落ち着いた振る舞いは天使を彷彿とさせた。彼の両隣には同じくコウモリ羽を生やした二人の堕天使が控えており、どうやらここの囚人たちはみんなこんな姿をしているらしかった。

 

 しかし、聞いていた話では、ここは天使の懲罰施設のはず……どうしてそこに天使のような見た目をした魔族がいるのか不思議に思い、鳳が色々尋ねようとした矢先、突如一陣の風が吹き抜けたかと思えば、その先には、目を血走らせてアザゼルに飛びかかっていく二人の天使の姿があった。

 

「ちょっ!? あんたら、なに勝手にっ!?」

「アザゼル、ついに追い詰めたぞ!」

「死ねええぇぇーーーーっっ!! 悪魔どもめぇぇーーっ!!」

 

 鳳の制止を振り切って飛びかかっていったのは、コカビエルとラミエルの両天使であった。相手がおかしな真似をしない限り、対話を優先して隠れている約束のはずが、武闘派の彼らが堪えきれずに、つい飛び出してしまったのだろうか?

 

 鳳は始めはそう思っていたが……しかし、どうやらそれは間違いのようだった。

 

 二人の凶行に戸惑っていると、間もなく彼の頭上を次々と人影が通過していった。見上げれば、一番槍を振るう二人の後に続き、他の天使たちまでもがアザゼルたちに飛びかかっていく姿があった。その目は先の二人と同じように血走っていて、まるで獲物を見つけた魔族のようだった。

 

「悪魔に鉄槌を!」「神の裁きを!」「千年王国に栄光あれ!」「死ね! サタン!」

 

 次々と飛び出してくる天使たちに押され、アザゼルたちは忌々しそうに後退していった。側仕えの二人が先駆けの二人を捌いてる背後で、アザゼルは鳳の方を不満げに見上げながら、

 

「よもや、このような罠を仕掛けてくるとは。まるで見抜けなかった」

「いや、俺はそんなつもりじゃ……」

「だが、この程度のことは我らも想定の内だ。悪く思うな」

 

 アザゼルのその言葉を待っていたかのごとく、次の瞬間、追い詰められた彼らの背後から、今度は次々と黒い翼を背負った人影が飛び出してきた。一体、どこに隠れていたのだろうか? 突如現れたその集団もまた、アザゼルのように見目麗しい見た目をしながらも、背中にはコウモリやカラスのように漆黒の羽を背負っていた。

 

 アザゼルを守るように飛び出してきた悪魔の集団と天使たちが接触すると、あちこちで金属のぶつかり合う音や火花が散った。古代呪文を彷彿とさせる魔法が飛び交い、港はさながら天使と悪魔の最終戦争(ハルマゲドン)の様相を呈してきた。人数から天使のほうが分が悪かったが、何が彼らをそこまで駆り立てるのだろうか、その異様なまでの士気の高さでお互いの力は拮抗しているように見えた。

 

 しかし、そんなのは、だからなんだと言う話でしかない。自分たちの目的は、戦いではないはずだ。

 

「おい! やめろ! やめないかっ!! あんたら、ここには交渉に来たんだろう!? どうして話も聞かずにいきなり戦闘をふっかけてるんだよ!!」

 

 鳳は必死に叫んだが、天使たちは目の前の堕天使たちを屠ることしか眼中になく、まるで聞く耳を持たなかった。堕天使たちはそんな天使たちの猛攻を、見事な連携で冷静に捌いていく……その戦いぶりから、天使と悪魔が逆なんじゃないかと思うくらいの落ち着きぶりだった。

 

 と、その時、鳳は何か既視感(デジャブ)を感じた。なんとなく、こんな感じの退っ引きならない状況をどこかで見たことがあるような……いや、聞いたことがあったはずだ。それは一体いつだろうか?

 

「ね、ねえ、これどうするの?」

 

 鳳が妙な既視感に悩まされていると、天使たちに遅れて、船内に隠れていたジャンヌたちが飛び出してきた。彼はその中にミッシェルの姿を見つけて、たった今、頭に浮かんだ既視感の正体に気がついた。

 

 そう……あれは確か、ケアンズの訓練校に行く前のことだった。占星術師であるミッシェルに、なんとなく将来のことを占ってもらったことがあった。その時、彼は天使を率いた鳳が、魔族を率いたギヨームと戦っている姿が見えたと言っていたはずだ。

 

 まさかそんなはずは無いと笑い飛ばしたが……その予言が、今目の前で繰り広げられているというわけだ。流石、世界屈指の予言者と讃えるべきか、それとも溜息を吐くべきか。

 

 と、それを思い出した時、彼はその話の中に何か嫌な引っ掛かりを感じた。

 

 ミッシェルの予言では、魔族を率いていたのはギヨームだ。鳳は、この場所にギヨームに会いに来た。だが、未だに彼の姿はどこにも見当たらない……彼は今、どこに居るのだろうか……?

 

 そう思って改めて天使と悪魔の戦いを冷静に眺めてみたら、戦場は左右2つの集団に分かれているように見えた。各個撃破を狙うために分断を図ることはありうるが、しかし、堕天使たちがそれで優位に立とうとする気配は全く無い。彼らは単に、天使たちを左右に引きつけているようにしか見えなかった。

 

 それはまるで、天使たちを船から遠ざけているようにも見える。そして、その船の上には、今、鳳がポツンと取り残されていて……

 

「アリス! 結界を!」

 

 鳳が叫ぶとほぼ同時だった。

 

 バババババッ!!

 

 っと、乾いた射撃音が轟いて、アイギスが展開した結界に弾かれる。船を覆うように展開された、薄緑色の結界がキラキラと輝く。

 

 その燐光のようなスクリーンの向こう側に目を凝らせば、そこには一人の男が立っていた。金髪に青い目をした小柄な男で、まるで顔に貼り付いているかのようなニヤけた笑みを浮かべている。

 

「ギヨーム!?」

 

 鳳が懐かしい友の名を叫ぶと、その男はニヤけ面のままチッと舌打ちし、

 

「今のを外すかよ……おまえ、本当に、神なんじゃねえか?」

 

 最後に別れた時から大分感じが変わっていたから、一瞬誰だか分からなかったが、そこにいたのは紛れもなくウィリアム・ヘンリー・ボニーこと、ギヨーム本人だった。ただしその顔は、鳳が異世界で出会った子供のものではなく、歴史資料で見たことがあるビリー・ザ・キッドそのものだった。

 

 ジャンヌがそのままだから忘れがちだが、あっちの世界で別れてから、こっちの世界に居た彼には16年の年月が流れているのだ。別れた時が11~12歳だったから、今の彼はとっくに成人していて、顔つきが変わっていてもおかしくはない。

 

「おまえ……背丈はそのまんまだな」

「チッ……言うに事欠いて。死ねよっ!」

 

 ギヨームは鳳の軽口に、また正確な早撃ちで応えた。それが結界に弾かれるのを見るや、堪らずアリスがアイギスを構えて彼の前に出た。しかし、鳳はそんなアリスを押しのけるように脇によけると、

 

「ギヨーム、何故撃つ?」

「人に向けて撃つ理由なんて、一つしかないだろう?」

「俺には、おまえに撃たれる理由がないと言ってるんだ」

「そうか? おまえは頭を潰されても生きているようなバケモンに、いちいち断りを入れるかよ?」

 

 それを言われた瞬間、鳳の脳に、文字通り頭を撃ち抜かれたような衝撃が始まった。全ての血管が収縮し、心臓がバクバクと音を立てている。

 

 どうして、ギヨームがそのことを知っている……? いや、あの時、鳳は散々その可能性を考慮していたはずだ。

 

「おまえ……まさか……ケアンズで俺を撃ったのって……」

 

 ギヨームは、虚空から創り出した拳銃をクルクルと弄びながら、驚愕に打ち震える鳳に向かって淡々と言った。

 

「ウリエルが、随分手前の方ばっか探してて笑えたよ。でも、もっと笑っちまうのはおまえの頭の方だ。俺はしっかりスコープで、おまえの頭が粉々に弾け飛んだのを確認した。なのに一瞬目を離した隙に元通りなんて、どうなってんだよ」

「それは……」

 

 鳳は返答に詰まったが、すぐに首を振ると、

 

「そんなことよりも、分かってるんだろう? 俺はおまえのことを助けにきたんだぞ? なのに、どうして俺を撃つ必要があるんだ? ……いや、そもそも、こんな地球の裏側に居たはずのおまえが、あの時どうやって俺を撃ったと言うんだ。そんなのありえないだろう?」

「そうかあ? そんなありえないようなことを、おまえはこれまで幾度もやってきたじゃねえか」

「俺が……どういう意味だ?」

 

 するとギヨームは手遊びしていた銃を放り投げ、そして、それが虚空に消えたと思った瞬間、たった今まで銃があった空間がぐんにゃりと歪んで、そこに楕円形に光る奇妙な何かが現れた。

 

 その光を見て鳳は目を見開いた。それはアナザーヘブン世界で、確かに自分が何度も作り出した、あり得ない代物だった。

 

「それは、ポータル!? どうして、おまえが……」

「俺だって16年間遊んでいたわけじゃねえんだよ。これくらいのことは出来なきゃなあ」

「じゃ、じゃあ、おまえはいつでもここから逃げられたのか? だったら何故、ずっとここで捕まった振りをしていたんだ?」

 

 鳳がそんな当たり前の疑問を投げかけると、ギヨームの方もそんなの当たり前だろうと言わんばかりに、

 

「逃げたところで、どこへ行くってんだ? 元の世界に帰ろうにも、こっちの世界の目的を果たさなけりゃ、レオの世界はいつまで経っても火の海だ。だから俺は、神の野郎をぶっ殺してやらなきゃならなかった……」

「神……そうか。それでおまえはこの刑務所に残って、囚人である堕天使たちを味方につけたんだな?」

「ふん……まあ、そんなところだ。順序は逆だがな」

「逆?」

 

 鳳が首を傾げていると、ギヨームはまるで嘲笑するかのような邪悪な笑みを浮かべて、

 

「とにかく、俺は神を殺る機会を窺っていた。しかし、殺ろうにもその神ってのがどこに居るのかが分からない。神域でカナンたちが壊した機械は恐らくただのハリボテだ。本物はきっとどこか別の場所にある……そう思い、俺は16年間もそれを探し続けて、ついに見つけたのさ」

「見つけただって!?」

「ああ……」

 

 ギヨームはまた虚空から銃を取り出すと、鳳にその照準を合わせて、

 

「おまえが神だ」

 

 その言葉はあまりにもバカバカしすぎて、全く頭に入ってこなかった。鳳はポカンと馬鹿みたいに口を開けたまま、ただの一言だけでこう返した。

 

「はあ?」

 

 しかし、ギヨームはそんなアホ面を見ても、なお迷いのない表情で、

 

「それほど意外か? おまえほど切れるやつなら、とっくに自分で気づいてても良かっただろうに」

「ちょ、ちょっと待て、ギヨーム、おまえ絶対勘違いしてるぞ?」

「どうかな……なあ、鳳、今目の前で起きている、天使共が問答無用で囚人たちを攻撃している姿を、どう見るよ?」

「どうって……」

 

 いきなりそんなことを問われて戸惑ったが、確かにちょっと不自然過ぎるとは思っていた。だが、それが何の関係があるのかと思っていると、

 

「聖書に書いてあるんだろう? 神は天使に悪魔を攻撃するように命じた。だから奴らはアザゼルをいきなり攻撃したのさ」

「神が天使に命じた……そう言いたいのか?」

「おまえも心当たりがあるんじゃないか? この世界にたどり着いた時、おまえは最初エミリアにこう話しかけられたはずだ。ドミニオンが来る。すぐ逃げろと」

「……!? なんでおまえがそんなことまで?」

 

 この世界でエミリアの存在を知っているのは、ミッシェルとアリスくらいしかいないはずである。それも間接的に知ってるだけで、鳳が彼女と交わした会話の中身までは、もちろん誰にも話していなかった。なのに、ギヨームは当たり前のようにそれを知っているらしい。

 

 あまりにもあり得ない状況に、鳳は完全にパニックになっていた。ギヨームはそんな彼に畳み掛けるように、

 

「まあ、聞けよ。そしておまえはドミニオンと遭遇した。その時の連中は、今の天使みたいに、ほとんど問答無用で襲いかかってきたんじゃないか」

 

 そう言われてみればそんな気はする。鳳がプロテスタントだと知った瞬間の瑠璃たちの動きは、かなり劇的なものだった。それに、一緒に居たアズラエルを、背後から一突きした桔梗の狂った目は、今思い出してもぞっとするほどだった……

 

「この世界の住人にとって、プロテスタントは絶対処刑対象のはずが、ところがおまえはそんなドミニオンたちを篭絡してしまった。おまけに今じゃ四大天使にも一目置かれ、ついには魔王を倒して、人類の大スターだ。来年には、おまえの子供がいっぱい生まれてくるんだろう? なあ、いくらなんでもこれって都合が良すぎないか?」

「それは……」

「そこにいるメイドもそうだ。こっちの世界に来るには身体が必要で、だから播種船の中に遺伝子がないやつは来れないと言われてたはずだ。なのにおまえ、どうやってそいつを呼び出したんだ?」

 

 鳳は何も言い返せなかった。

 

「しかもおまえは殺しても死なないと来ている……こんな奴を神と呼ばずしてなんと呼べばいいんだよ?」

「……しかし、俺は天使に命令なんかしていないぞ? ドミニオンたちだってちゃんと事情を話したら理解してくれただけだ。俺に彼女らの行動を縛るような力があるわけじゃない」

「自覚がないだけで、力はあるかも知れないじゃないか」

「そんなこと言われても……そんなの確かめようがないじゃないか」

 

 何を言っても自説を曲げないギヨームを前に、鳳がなんて答えていいか戸惑っていると、しかし、どうやら彼には何か確信があったらしく、

 

「だったら、試してみようじゃねえか」

「試す……?」

「ああ、こうやってな」

 

 ギヨームがそう言い放った瞬間、彼の背後に無数の対物ライフルの銃身が、空間の歪みを通って現れた。その全ての銃口は鳳にまっすぐ向けられており、彼が何をしようとしているかはすぐに分かった。

 

 だが、こちらにはアイギスがある。アリスが展開する結界は相変わらず船全体を覆っており、危険を察知した彼女は、更に鳳の前に飛び出て結界の密度を濃くしてくれた。

 

 ギヨームの力が本物であることは熟知してるが、アイギスの守備力もまた本物だ。最強の矛と盾のどちらが勝つとか、そういう話ではない。この状況で撃ったところで何の意味もないはずなのに、彼は何を試そうとしているのか。

 

 戸惑う鳳に向けて、ギヨームは躊躇なく、まるで実験をする科学者のような目つきで腕を振り下ろした。

 

「荒ぶる戦の神マルスよ、今すぐ俺に力をよこせ! 魔弾の射手(フェイルノート)!!」

 

 その攻撃は、前の世界アナザーヘブンで何度も見たことがあった。ギヨーム最大の攻撃で、とにかく無限に近い銃撃で相手を粉砕する魔法だ。確かにその総火力は桁違いで、面制圧力はかなりのものだが、いかんせん、それぞれのライフルから打ち出される射撃は、やはりそれぞれ一発でしかなく、そんなものがいくら当たってもアイギスの結界を破るには不十分のはずだった。

 

 だから鳳は、ギヨームの意図が見抜けず困惑するしかなかったが……しかし、次の瞬間に起きた信じられない光景を見て、彼はギヨームが鳳のことを神と呼んだ理由を理解した。

 

 その時、まるで鳳の身体を守るかのように、アイギスの結界の前に次々と天使たちが飛来して、ギヨームの銃撃に撃ち抜かれて落ちていった。

 

 たった今まで、狂ったように堕天使たちを攻撃していた天使たちが、突然背中を向けて銃撃の中に突っ込んでいったのだ。戦っていた堕天使たちもわけが分からなかったのだろう。あの無機質な表情が、今は唖然として見えた。

 

「悪魔を攻撃するよりも、おまえを守ることを優先したんだろう。これを見ても、おまえはまだ自分のことが特別じゃないとでも思っているのか?」

 

 不可解な現象を前に、誰もが沈黙する中で、ギヨームの声だけが響いていた。ジャンヌも、ミッシェルも、サムソンも、そしてアリスからも、無数の困惑の視線が鳳に突き刺さった。

 

 鳳はその注目の中で、未だ理解が及ばず、困惑気味にギヨームに言った。

 

「しかし、俺はこんなこと、本当に命じた覚えはないんだ」

「まあ、記憶がないのは本当かも知れないな。だが、おまえが神であることは間違いない。少なくとも、神がおまえの身体を作り出したことだけは事実だから」

「ちょっと待ってくれ! なんでそこまで言い切れるんだ?」

 

 するとギヨームはついに追い詰めたとでも言いたげに、確信的な目つきでまっすぐに鳳の目を見ながら言った。

 

「何故なら、この世界の播種船のデータベースには、おまえの遺伝子は存在しなかったんだ。俺やレオ、そこにいるミッシェルみたいな有名人の遺伝子は登録されてても、ただの一般人であるおまえの遺伝子は登録する意味がない。だから、おまえがこの世界に渡れる理屈は最初から無かったんだよ」

「いや、そんなはずは……だったらなんでエミリアは復活したんだよ? この世界の神、DAVIDシステムは俺の親父が作ったんだろう? だから俺はそれを受け継いで、自分の遺伝子を播種船に乗せたんじゃないのか? 違うのか!?」

「それは下の世界、アナザーヘブンでの話だ。こっちの世界は違うのさ」

「……え?」

 

 ギヨームは、まるで憐れむような目つきで言った。

 

「この世界のおまえはP99が開発されるよりもずっと以前、中学の時に死んだんだ。だから、播種船が建造された時、おまえの遺伝子はこの世のどこにも存在しなかった。無いものをデータベースに登録することは出来ないだろう」

「そんなの嘘だ! おまえ、適当なこと言ってんじゃねえよ!? 大体そんな話、どうしておまえが知ってるんだよ?」

「エミリアに聞いたんだよ」

 

 その答えを聞いた瞬間、鳳は全身を銃で撃ち抜かれたような衝撃が走った。

 

「俺は神の居場所を探していた。そんな時、播種船にいたエミリアがコンタクトを取ってきたんだよ。どうしておまえが存在する。何故、ドミニオンはおまえを殺さなかったんだってな」

「そん……な……エミリアが!? 俺が、存在しないって? 人間でもなくて……神……だって……?」

 

 放心状態の鳳が膝から崩れ落ちそうになると、慌てて傍に居たアリスとジャンヌが彼の体を支えた。彼は体の動かし方を忘れてしまったかのようにプルプル震えながら、頭の中は逆に高速回転し続けていた。

 

 この世界を作った神が自分だとしたら、今までのことは全部茶番でしかなく、それじゃあ神は一体、何をしようとしていたのだ? 人間に代わって魔王を倒す? 天使と悪魔を戦わせる? それとも、人間たちに自分の子供を産ませたがっていたのか?

 

 まるでわからない。何がなんだかさっぱりだ。だから、もっと話をしなければならなかった。しかし、そんな時だった……

 

「メギンギョルズ、イルアン・グライベル、我は今戦鎚を持ち、数多の巨人を屠る神の化身となりて悪を討つ……戦場に鳴り響け雷鳴! 粉砕するもの、ミョルニル・ハンマー!!」

 

 放心する鳳の前に倒れていた天使の一人、コカビエルの体が唐突に光り始めた。そんな彼がボロボロの体で立ち上がると、いつの間にかその手には巨大な槌が握られていた。

 

 その柄は短く鉄の槌頭を貫いており、遠目に見ればまるで巨大な十字架を思わせた。彼はそんな戦鎚を両手で高々と掲げると、ロボットのように機械的に詠唱を開始し、それをギヨームに向かって思いっきり振り下ろした。

 

 すると、ドンッ!! っと地面に槌が突き刺さる鈍い音が鳴り響くと同時に、空から巨大な槌のような光が、地上めがけて落下してきた。それはギヨームを押しつぶさんと言わんばかりに、まっすぐ彼に向かって伸びていく。

 

 さしもの彼も、これには焦りの色を隠せなかったが、次の瞬間、その光を遮るように一人のコウモリ羽の堕天使が飛び出し、彼を守るようにその光を受け止めた。

 

「ぐぅ……ぬわああああああーーーーっ!!!」

「カスピエル!!」

 

 その輝かんばかりの巨大な光は、きっと触れるものを何もかも焼き尽くす程の熱量を持っていただろう。そんなものを一人で受け止めて、いつまでも保つはずがない。カスピエルと呼ばれた堕天使はそれでも必死に光を食い止めながら、

 

「ここは俺が引き受けた! アザゼル! 後は頼みました……どうか人類に……人類に救済を!!」

「くっ、やむを得まい……キッド! 撤退だ! カスピエルが燃え尽きる前にここを離れる!!」

 

 カスピエルは、まるで天使と悪魔、逆なんじゃないかと言いたくなるような、そんな熱いセリフを吐きながら、仲間を逃がそうと最後まで光を押し留め続けた。そんな彼の奮闘を無駄にしまいと、アザゼルがギヨームに向かって叫ぶ。

 

 その意図を察したギヨームが、すぐにポータルを作ると、堕天使たちは我先にとその中へ飛び込んでいった。カスピエルの体は光に飲み込まれ、もう一刻の猶予もない。アザゼルがポータルに飛び込んだのを確認すると、最後まで残っていたギヨームはその後に続こうと背中を向けた。鳳はそんな彼を引き留めようとしたが、

 

「ギヨーム! 待ってくれ……」

「次は一人で来い! 一人でだぞ!!」

 

 状況が許さず、ギヨームはそう吐き捨てるように言い残すと、ポータルの向こうに消えていった。

 

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