ラストスタリオン   作:水月一人

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それはもう……殴る!

 おまえが神なんじゃないのか? というギヨームの疑問に何も答えられず、鳳は八方塞がりに陥ってしまっていた。だがそんな時、ついにこちらの世界で取り戻したケーリュケイオンを用いて、彼はルーシーの召喚に成功すると、彼女の一言によって調子を取り戻したのであった。

 

 鳳が神だったらなんなんだ?

 

 なるほど言われてみれば、仮に鳳が神だったとしても、今のところ誰にも迷惑をかけていないのだから、何も問題ないではないか。確かに、自分の周りで都合のいいことばかりが起こり過ぎてて、鳳が神である疑惑は拭えなかったが、少なくとも以前の魔王化の時みたいに言動がおかしくなったり、何かに操られているような気配はないのだ。

 

 ギヨームが出会ったというこっちの世界のエミリアが言うには、鳳の遺伝子はこの世に存在しないという事実については気になったが……それだって何かの手違いで残っていたのかも知れないし、それこそ神ならなんでもありなんだから、今のところは気にしたところでしょうがないだろう。

 

 そうして冷静になってみると、まるで空が晴れ渡るかのように、今まで見えていなかったものが急に色々と見えてきた。きっと今までは、自分が神じゃないという証拠ばかりを探して、シンプルな事実が見えていなかったのだろう。ミッシェルも言っていた通り、本来の鳳は切れるのだ。ならばとっくに気づいていてもおかしくはなかった。

 

 ミッシェルが言っていた神の居場所というのは、そう……

 

「エーテル界だ」

 

 鳳が突然、そんな突拍子もない言葉を口にしたのを聞いて、ルーシーは胡散臭いものでも見るような目つきで尋ねた。

 

「どうしたの急に……? 何か変なものでも食べたの?」

「いや、食べてない。そうじゃなくって、気づいたんだよ」

「何に?」

「神の居場所にさ」

 

 鳳がそんなセリフを吐くや、ルーシーは更に胡散臭そうな苦笑いを見せたが、四大天使にとっては聞き捨てならなかったのだろうか、ウリエルの方がギョッとした表情で尋ねてきた。

 

「ど、どういう意味です……? 神様がいらっしゃる場所とは、神域のことではないのですか?」

「いえ、あそこに神がいないことなんて、四大天使(あんたら)だってとっくに気づいてるでしょう。なのにあんたらは、いつまでもあそこに神がいるって盲目的に信じていた。俺もそれを疑問に思っていなかった、“再生”が出来なくなったのは、16年前に神殿が破壊されたからだと。何故ならそれは、俺たちが神の正体を知っているからだ」

「えーっと……おっしゃっている意味が良くわからないのですが」

 

 ウリエルがまるで泣きそうな感じで眉毛を八の字にしている。鳳は考え事に忙しくて、少し意地悪になってしまったと思いながら、出来るだけ考えをまとめながら話を始めた。

 

「つまり……俺たちは、この世界の神が、元は人間が作り出したAIだってことを知っていた。だからその神が、神殿やP99なんて“機械”に宿っているんだと、そう思い込んでいたんだよ。でもそれは違ったんだ。

 

 神は天啓をどうやって送ってきたのか? 天使たちは何故暴走したのか? 魔王化のせいで、俺は性衝動に耐えられなくなった。なんてことはない。神は……DAVIDシステムは、現代魔法と同じ方法を使っていたんだ。

 

 現代魔法ってのは、簡単に言ってしまえば、俺たち人間のアストラル体……魂を直接刺激して、対象の認識を無理やり変えてしまう魔法体系のことだ。

 

 そして物質の正体ってのは、宇宙の果てにある二次元の膜(アーカーシャ)に記述された“情報”であって、その“情報”をアストラル体を使って無理やり変更してしまうのが、幻想具現化(ファンタジックビジョン)というもう一つの魔法体系だ。

 

 これら2つの魔法は一見して役割が違うけど、どちらもアストラル体を使って“情報”を書き換えるという点では同じと言える。ところでDAVIDシステムも同じ魔法が使えるなら、DAVIDシステムにもアストラル体が無いといけない。つまり、機械にも魂が宿ってなければいけないわけだ」

「そんなことが有り得るの?」

 

 ルーシーが当然の疑問を呈する。鳳は頷いて、

 

「ああ、そもそも人工知能(AI)ってのは人間の思考を再現することから生まれたものだ。人間の思考ってのは魂と同じと考えてもいいものだろう? だから考えようによっちゃ、神が魂を創り出すなんてことはお茶の子さいさいなんだよ。

 

 その方法まで説明すると長くなるから今は端折るけど、とにかく神は自分のアストラル体を用いて、たまに人間に干渉していた。それで熾天使(セラフィム)は天啓を受けたり、天使が暴走したり、俺は魔王化に苦しんだりしたわけだ。

 

 ところで、ミッシェルさんってのは本来は肉体を持たない迷宮の主だろう? 彼の言うことが本当なら、普段はアストラル体で過ごしていて、今は仮の肉体を作ってこの世に顕現しているだけだ。

 

 もし仮に、神が頻繁にアストラル界に現れるなら、そんなミッシェルさんが気づかないわけがない。

 

 ところが彼は今まで神がどこにいるのか知らなかった。神はミッシェルさんにも気づかない方法で自己隠蔽し、必要に応じてアストラル界に干渉していた。そこがどこかって言ったら、物質界でもアストラル界でもないなら、もうエーテル界しか残ってないじゃないか」

 

「ふむ……君の言うことは理解できるが、そうと断じる確たる証拠はあるのか? 状況証拠だけではなくて」

 

 いつの間にか戻ってきていたアズラエルが、話を横から遮った。彼は即座に、

 

「ある。俺が証拠だ」

「君が……?」

 

 鳳は頷いて、

 

「俺はこっちの世界でも何故か復活出来ただろう? 何でなのか分からなかったけど、今の話とあの時のことを思い出してはっきり分かった。

 

 俺はアナザーヘブン世界で死んだ時、いつも輪郭線のブレた不思議な世界に飛ばされていたんだけど、今回も同じように飛ばされて、そこでカナン先生に会ったんだよ。

 

 そこにはサムソンと、恐らくベル神父らしき光が飛んでて、どうしたらこっちに気づいてくれるかなあって見上げてたら、ふらっと先生がやってきて、君はまだここに来るべきじゃない。そう言って……気がついたら俺は復活していたんだ。

 

 俺はこの輪郭線のブレた世界が、アストラル界だと思っていたんだけど……帰ってきてそのことをミッシェルさんに話したら、彼はそんなことはないって、もしも俺がアストラル界にいたら気づいていたってそう言ったんだ。

 

 つまり、ミッシェルさんは神のときと同じ理由で、カナン先生の存在に気づかなかったんだ。俺はこの時、物質界で確実に死んでて、そしてアストラル界にもいなかった」

「確かに、君が死んでいたのは私自身が確認している。ミッシェルが本物の魔術師であることも認めよう。となると……もしかして、君は神ではなく、ルシフェルに復活させられたかも知れないということか」

「ああ、そう考えたほうがしっくり来る」

 

 鳳たちの話に割って入るように、今度はウリエルが血相を変えて聞いてきた。

 

「ちょっと待ってください? それでは、ルシフェル様はまだ生きているということでしょうか?」

「それを生きていると呼べるならば……ね。俺はその時死んでたんで。とにかく、先生はここではない、神に最も近い場所に居るのは間違いないと思われます」

「神に最も近い場所……」

 

 ウリエルは困惑しきりに青ざめている。今まで会ってきた天使は、決して神に無批判ではなかったから、もしかすると今の話で彼女も認識が変わってしまったのかも知れない。正直、他人の信仰に口出しするつもりは毛頭ないので、これ以上は黙っておいた方が無難だろう。

 

 ともあれ、これで迷いは吹っ切れた。神がこの世界の人間や天使を操ってることは間違いない。それと同じ方法で、鳳も誘導されている可能性はあるかも知れないが、少なくとも鳳が神ではないことは、もはや揺るぎないだろう。

 

 後はギヨームに、それを話して理解して貰わなければならないが、

 

「でも、まだ解決していないこともあるよね。どうして鳳くんの身体がこの世界にあったのか。それが分からない以上、ギヨーム君がすぐ理解してくれるとは思わないよ。あの人、疑り深いから」

「まあ、そうだろうなあ……でも、少なくとも神ではないんだから、今は信じてもらうしかない。とにかく、まずは説得してみよう」

「でも、どうやって?」

 

 ルーシーがそんな当然の疑問を口にする。鳳は彼女のその問いかけに対し、力いっぱい拳を握って言い切った。

 

「それはもう……殴る!」

「……は?」

「あいつは、もしも俺が偽物(かみ)ならいずれ馬脚を現すと思ってるし、本物なら何か別の解決策を見つけてくると思ってるんだろう。ルーシーも言う通り、長年の信頼関係がそうさせるんだ」

「ああ、うん……あの人、追い詰められたら、まず鳳くんのこと見るもんね」

 

 ルーシーが苦笑交じりに相槌を打つ。鳳は頷いて、

 

「そして俺が本物なら、少なくとも俺にギヨームは殺せないって思ってるんだよ。でもあっちは俺が神かも知れないって思ってるから、安心してぶっ殺しにかかってくる……実際に一度、あいつは俺のことを殺してるからね。理不尽だと思わないか?

 

 だから、殴る! 圧倒的な力の差ってものを見せつけて、ぶん殴る! 男同士の問題解決法なんて、昔から相場が決まってるんだよ。強いほうが正しい! 力がある方が偉い! 全部、総取り! いいから黙って言うこと聞きやがれってなもんよ」

 

 鳳が力いっぱいそう言い放つと、ルーシーは暫しの間口をポカンとしていたが、やがてヤレヤレといった感じの苦笑いを作り、

 

「しょうがないなあ……それじゃあ、君が勢い余って殺しちゃわないように、私もついていってあげよう」

「お供いたします」

 

 続いてアリスが当然のように名乗りを上げる。するとアズラエルが、

 

「ふむ。最強の盾を持っていくなら、ついでに矛も持っていくといい。ウリエル」

「私ですか?」

 

 いきなりかつての上司に、鳳に同行するよう命じられて、ウリエルは戸惑ったように聞き返した。

 

「アズラエル様がおっしゃられるのでしたらそう致しますが……あなたはどうなさるおつもりですか?」

「私と言うか、眷属たちがこれ以上北へ行くのは難しそうだからな。それに反乱が起きていることを神域に報告する必要もあるだろう」

「確かに……そうした方が良さそうですね」

「紅海まで戻れば通信も繋がるだろうから、君の代わりにやっておこう」

「なら、アズラエル様はそのままオーストラリアまでお戻りください。私は鳳様と同行し、反乱を解決次第神域に戻ります……っと、ついでにこれを持ち帰ってはもらえませんか? 戦闘で万一紛失してしまったら困りますし」

 

 ウリエルはそう言いながら、自分たちの荷物をゴソゴソやりだした。ケーリュケイオンを取り出した時と殆ど同じ状況に既視感を覚えていると、果たしてそれは気のせいではなくて、鳳はウリエルが取り出してきた物を見るなり、思わず腰が砕けそうになった。

 

「本当ならこのまま神域に持ち帰るつもりだったのですが、今は私が持っていると危険なので、アズラエル様の方から返しておいていただけませんか」

「ふむ、ジャガーノートか。そういえば、テレビカメラにハッタリを効かせる小道具として、私が持っていたんだったな」

「あああああーーーっっ!!!」

 

 二人がそんな会話を交わしながら、件のオリジナルゴスペルを手渡そうとする姿を見るや、ルーシーが素っ頓狂な大声を上げた。全く予期していなかった方向からの叫びに、二人の体がびくっと震えて、一体なんだろう? といった視線をルーシーに向けている。彼女は杖を指差しながら、口をパクパクさせて、

 

「そそ、それ、それそそ、それ」

「落ち着け」

「カウモーダキーじゃない? 私の杖!」

 

 これも天の配剤だろうか。ケーリュケイオンの時は、そのあまりの都合の良さに恐怖すら湧いたが、今はそんなもの微塵も感じず、寧ろ笑ってしまった。

 

 カウモーダキーがあれば、彼女はより正確な時空制御を行うことが出来る。かつて数万人の軍人を、魔王の攻撃から逃すために一斉に飛ばした奇跡を思い出す。これにアリスの持つアイギスと、鳳のケーリュケイオン……気がつけば、3つものオリジナルゴスペルが彼の下に集まっていた。

 

 更には四大天使最強の呼び声が高いウリエルが同行するとなると、ギヨームに勝ち目などあるはずがない。ルーシーの冗談ではないが、本当に勢い余って殺してしまわないか今度は逆に不安になった。

 

 ともあれ、今はこの都合の良すぎる展開に、鳳は心から震えていた。

 

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