ラストスタリオン   作:水月一人

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ヒーロー

 地面に倒れ伏すジャンヌの前に、いつの間にか金色のオーラを纏ったサムソンが立っていた。彼は迫りくる天使たちの攻撃を全て受け止めると、お返しとばかりに裂帛の気合を込めた正拳突きをお見舞いした。すると一体どうなっているのか、複数の天使がその一撃で吹っ飛んでいき、ズシンと地響きのような音を立てて壁に激突した。

 

「うおおおおおおおおおおおおーーーーーーっ!!」

 

 サムソンの天を震わすような雄叫びに、その場にいる全員が否応もなく気圧され怯んだ。その声がビリビリと鼓膜を揺すると、うっかり猛獣にでも出くわしたかのような恐怖心が、自然と胸の内に湧いてくるのだ。まるで予め遺伝子に組み込まれていたかのようである。

 

 堕天使たちは突然乱入してきたそんな魔族に困惑して身動きが取れなくなった。魔族だったら自分たちの仲間かと思いきや、どうやら彼はジャンヌを守っているようだった。堕天使たちは自分たちのことを棚に上げて、そんな魔族なんているわけがないと警戒した。

 

 逆に正気を失っていた天使たちは、サムソンが魔族であるということだけを理由に、迷いもなく攻撃を開始した。アイスランドに到着した時に顔合わせをしているはずだが、彼らにはもうその区別すらつかないようだった。

 

 腰を低く落として半身に構えたサムソンが、そんな分別もつかなくなった天使の攻撃を、円を描くような見事な動きで捌いていく。まるで稽古でもつけているかのような緩慢な動きで、複数の攻撃を同時に捌く姿は、泰然として山のようだった。

 

 もはや当初の目的すら忘れてしまったのだろう。天使たちの攻撃は執拗で、手を変え品を変えてひたすらサムソンを倒そうと躍起になっていた。だがサムソンは未来でも予知しているかのように微動だにせず、彼らの攻撃を的確に捌いてはカウンターをお見舞いしていく。

 

 そんな風に、魔族にいいようにあしらわれたことにプライドが傷つけられたのか、一人の天使が激昂して叫ぶと、空高く舞い上がり、まるで特攻するかのように急落下しながら体当たり攻撃を行ってきた。

 

 そんな破れかぶれの攻撃など当たるわけがないだろうに、ところがその時、サムソンは何を思ったのか、そんな天使の特攻を躱すことはせずに、何故か真正面から受け止めた。もちろん、その後なんなく天使を叩き潰すことには成功したが、その代償は大きかった。

 

 ジャンヌは何かがピシャリと頬に当たったのに気づいて手をやった。するとその手のひらにべっとりと血液が付着していて、彼女はそれでサムソンが手負いであることを思い出した。

 

 彼の背中はミョルニルの攻撃を受けて、未だに傷が塞がりきっていなかったのだ。今日、ようやく快方に向かい始めたというのに、こんなことをしていては無事では済まない。

 

(なんでこんな無茶なことを……)

 

 ジャンヌは彼の無謀な行動に思わず怒鳴りかけたが、すぐにそれは自分のせいだと気がついた。

 

 サムソンは、虫の知らせか第六感か、ジャンヌがピンチになったことを直感的に悟るや、彼女を助けるべく駆けつけたのだ。傷はまだ深く、本当なら身動きも取れないだろうに、彼女を助けたいという一心で、彼はここに立っていた。

 

 無茶をさせたのは自分ではないか。その証拠に、さっきからサムソンが退かないのは、ここにジャンヌが倒れているからだ。そして天使の特攻を受け止めたのは、そうしなければ天使が彼女に突っ込んでいってしまうからだった。

 

「やつは手負いだ!」

 

 ジャンヌがその事実に気づいて唖然としている中で、堕天使の一人がサムソンが背中に傷を負っていることに気がついた。その言葉は波のように伝播していき、堕天使たちだけではなく、天使たちの耳にも届いてしまった。

 

 次の瞬間、何人もの天使が一斉に空に舞い上がり、さっきみたいに空から特攻を仕掛けてきた。それが有効と判断したのだろう、実際に、ジャンヌを庇いながら戦う彼には、その不規則な攻撃は厄介だった。

 

 と同時に、サムソンが手負いと気づいた堕天使たちもが、その傷を狙って背後から仕掛けてきた。堕天使の放った火の玉が彼の背中を襲い、その痛みでサムソンの動きが一瞬止まる。そこへ天使が体当りしてきて、彼の背中から噴水のように鮮血が飛び散り、辺り一面を血の海に染めた。

 

 その攻撃が致命打となったのか、回転が止まったサムソンに、次から次へと容赦ない攻撃がぶつけられる。天使の無鉄砲な体当たりと、堕天使の的確な魔法攻撃を、満身創痍のサムソンはフラフラになりながら受け続けている。

 

「サムソンさん!!」

 

 その時、サンドバッグになっているサムソンを見るに見かねて、建物に隠れていた楓が飛び出してきてしまった。彼女がサムソンを援護すべくゴスペルを片手に戦場に突っ込んでいくと、前後の見境を失くした天使たちは、当たり前のようにそんな彼女すらも標的にしようとした。

 

 その彼女を守ろうとしたサムソンが堕天使たちに背中を向けると、その隙を逃すまいと、次々と無防備な背中に攻撃が打ち込まれる。

 

「がああああーーーっっ!!」

 

 激痛に耐えかね、堪らずサムソンから悲鳴が上がった。彼の苦痛に歪んだ表情を目の当たりにした楓は、後悔と恐怖とで体が固まってしまったかのように身動きがとれなくなっていた。サムソンはそんな彼女を、攻撃を捌くこともせず、ただひたすら敵の攻撃を受け続けながら庇っていた。

 

 血を流しすぎた彼の瞳が虚ろに揺れている。このままでは彼が死んでしまうだろう。ジャンヌは慌てて助けに入ろうと立ち上がりかけ……そして地面に手をついた瞬間、強烈な既視感(デジャヴ)に襲われた。

 

 こんな光景を、いつかどこかで見た気がする……ズキンズキンと痛む頭で、彼女は走馬灯のように駆け巡る映像から、それを思い出していた。

 

 かつてプリムローズ領でのレヴィアタン戦で、同じようにうっかり足を取られて転んだ彼女は、あっけなくその生命を散らした。とは言え、神人である彼女はリザレクションの魔法で甦れたのだが、そうとは知らないサムソンは、あの日も今日みたいに死を恐れず魔王に立ち向かっていき、ボロボロになってしまった。

 

 彼は最強の功夫を持ちながら、決して私利私欲のためではなく、いつも誰かを守るために戦っていたのだ。そんな彼の姿を目の前にして、ジャンヌはついに自分が何者であったかを思い出した。

 

 ああ、そうだった。かつて自分も誰かのために盾になろうとしていた。最強の盾になって、最強の矛である鳳白の役に立とうと……なのに、自分からその居場所を捨てておきながら、その愛を勝ち取ろうとしてパーティーを壊しかけた。自分はなんて愚かだったのだろうか。

 

 それに比べてサムソンは潔い。彼は真っ直ぐに彼女のことを愛し、死ぬかも知れないと知りながら世界を渡り、またこうして彼女のことを助けに駆けつけたのだ。なんで、こんなに大事なことを、ずっと忘れていたのだろうか……

 

 立ち上がった彼女の目の前で、今そのサムソンのオーラが消えようとしていた。彼が師匠から受け継いだ力が尽きようとしているのだ。だが、そうはさせない。彼が彼女を守るのならば、その背中を守るのは自分の役目だ。

 

「サムソン! しっかりしなさい! かの者を守り給え……プロテクション!」

 

 ジャンヌは立ち上がるなりサムソンの背中に魔法の障壁を張った。そんな魔法はこの世界にも、アナザーヘブン世界にも存在しなかったが、彼女はゲーム時代に使っていたその技が、今なら当たり前のように使えると思ったのだ。

 

 記憶を取り戻した彼女には、自分の相棒が誰であるかはっきりしていた。そんな彼女のために、二度までも命を捨てようとした彼のためなら、何でもやれるような、そんな気がしていた。

 

 果たして、アイギスばりの結界を展開した彼女の障壁によって堕天使の魔法は食い止められた。突然の奇跡に、堕天使たちからどよめきが起こる。

 

「紫電一閃!」

 

 彼女はついでとばかりに、空から迫る天使の群れに、横薙ぎの剣撃をお見舞いしてやった。馬鹿の一つ覚えみたいに一直線に向かってきた彼らは、彼女の必殺技の餌食になった。彼女の攻撃によって翼を折られた天使たちが、次々に地上へ落ちていく。

 

 仲間をやられた天使が、今度はジャンヌに標的を変えた。彼女は望むところだと剣を構えて突っ込んで行きながら、

 

「サムソン! 私の背中はあんたに預けた! その代わりにあんたの背中は私が守る! 今からあんたの背中には指一本触れさせないわ。だから思う存分、やっちゃいなさい!」

 

 彼女のその言葉がサムソンの闘志に火をつけたのか、たった今消えかけていた彼のオーラはまた炎のように煌めき、その熱量が重力を生み出しているかのごとく、彼の足元の地面がズシンとひび割れた。

 

 サムソンはジャンヌのお陰で攻撃が弱まった隙に体勢を整えると、ギラリと光る犬歯をむき出しにして、お返しとばかりに堕天使の隊列へと突っ込んでいった。

 

 水の動きを意識した彼の攻撃は淀みなく、見るもの全てを幻惑させた。堕天使たちは緩慢でありながら、幾重にもブレて見えるサムソンの動きに翻弄され、地に足が縫い付けられたかのように固まってしまい、身動きがとれないままに次々と倒されていった。

 

 慌てて空に逃げようとする堕天使には気弾が打ち込まれ、炸裂した金色のオーラが大砲のような轟音を空に響かせた。弱点である背中を狙えばジャンヌの障壁に阻まれ、堕天使たちには成すすべもなかった。

 

 ジャンヌがサムソンの背中を守り、サムソンが猪突猛進突っ込んでいく。それは以前とは正反対の役回りだったが、二人はまるで長年の連れ合いのように、息ピッタリの動きでお互いをカバーしていた。彼には彼女のことが全てわかり、そして彼女には彼のことが全てわかった。付かず離れず、八の字を描くように近づいては離れ、離れては近づき、二人は彼らを取り囲む天使と堕天使の集団を次々と打ち破っていく。

 

 正気を失った天使たちは、やられればやられるほど頭に血が上って攻撃を増し、堕天使たちはもはや何のために自分たちが戦っているのかも忘れて、天使でもないたった二人を、血祭りにあげようと躍起になっていた。

 

 空には巨大なクジラまでが浮かんでいる中、そうして全てのヘイトを集めた二人は、大集団に徐々に押され始めたが、それでも今のジャンヌに自分たちが負ける未来は想像できなかった。

 

 サムソンの攻撃は確実に敵を粉砕し、そしてジャンヌの守りが全ての攻撃を弾き返す。だがこのままではどれだけ時間がかかるか分かったものじゃない。天使も堕天使も、再生能力が高くて戦線復帰が早いのだ。それにサムソンの傷のことも気になった。何か手っ取り早く、連中を一網打尽にする方法を考えねば……

 

 そして彼女は、自分が背後に守っていた、巨大な十字架みたいなハンマーのことを思い出した。

 

 彼女にはオリジナルゴスペルの適性は無い。だが、使えないはずの天使が何度も連発していたんだから、自分にも使えたっていいじゃないか。ジャンヌは半ば逆ギレみたいな心境で、地面に突き刺ささっていたそれを引き抜いた。

 

 果たして、彼女がそれを持ち上げた瞬間、オリジナルゴスペルはまるで人の想いに応えるかのように光り輝き、巨大な十字架の先端からは光の剣のようなオーラが吹き出した。彼女は両手でその巨大な剣の柄を握ると、ジャイアントスイングをするかのようにぐるぐる回転しながらそれを振り回した。

 

「紫電……一閃! 神威閃光奮迅剣舞雷破斬!!」

 

 彼女の叫びが天に轟き、地を焦がす炎の刃が雷雲を呼び寄せた。真っ青だった空には、まるで海底火山のようにもくもくと黒雲が湧き出してきて、あっという間に空は黒く染まった。

 

 黒雲はビカビカと光り輝き、白い羊毛のような雲から蛇の舌のような雷電がにょきにょきと伸びてきて、次の瞬間、それが地上ににわか雨のごとく次々と突き刺さった。

 

 稲妻は精密に二人を取り囲む天使と堕天使だけに直撃し、まずは電撃が彼らの体を粉砕し、続いて轟音が少し遅れてやってきた。落雷の衝撃で建物のガラスは全て吹き飛び、地上に伏せていたドミニオンたちはつむじ風に舞う紙切れのように飛ばされていった。

 

 そんな狂嵐のど真ん中で、ジャンヌとサムソンは微動だにせず、黒焦げになった天使と堕天使を睥睨していた。

 

 落雷の直撃を受けた巨大クジラは浮力を失くし海へ落下し、その巨体が立てた津波が海岸線に押し寄せ、水しぶきが土砂降りのように降り注ぎ、地面を黒く染めていく。たった今まで果てること無く続いていた狂宴が終わると、そこには静寂だけが取り残されており、戦場はさながら夏の終りのような寂寥感に包まれていた。

 

******************************

 

 天使たちの暴走も、堕天使たちの凶行も、全てジャンヌとサムソンの前に潰えた。しかし、それで事態が収束したわけではなく、彼らの再生能力からしてこのまま放っておけば、また同じことの繰り返しになることは容易に想像できた。

 

 ジャンヌは戦闘の興奮も冷めやらぬ中でそう判断すると、すぐに部下の隊員たちに、黒焦げになった連中を全員ふん縛れと命じた。また正気を失う可能性が高いから、出来れば天使と堕天使を別々にしたかったが、倒れている人影はどれもこれも真っ黒焦げで判別がつかず、どうしようもなかった。これでもまだ生きているのだから、天使という生物は嫌になる。

 

「とにかく身動きがとれないように、ワイヤーでぐるぐる巻きにして! 判別がつくなら、天使は建物内に押し込めて頂戴。正直、彼らが暴走さえしなければ、まだなんとかなるから」

「はい!」

 

 隊員たちから凛とした返事が返ってくる。彼女らは、自分たちの隊長の強さを疑ったことは無かったが、今回の戦いでまた惚れ直したようだった。

 

 とは言え、自分の強さなど、今のパーティーの中では全然特別ではないから、移り気な彼女らの尊敬はまた他へと向くだろう……かつては鳳パーティーの前衛として無くてはならない存在だったと自負していたが、今の自分は何番目くらいの立ち位置なのだろうか?

 

 ジャンヌがそんなことを考えながら、天使たちをふん縛っている時だった。

 

「隊長! サムソンさんが!!」

 

 刑務所の中庭に作った即席の看護所から、楓の悲痛な叫び声が聞こえてきた。

 

 背中に大怪我を負いながら戦い続けていたサムソンは、戦闘が終わるなりぱったりとその場に倒れて動かなくなってしまった。本来なら動けるはずもなかったのに、相当無理をしていたことは明白だった。

 

 ジャンヌはすぐに衛生兵を呼び寄せると彼を手当するように指示した。サムソンが怪我をした原因である楓もまた、彼のことを助けようと必死に看護していたはずだが……そんな彼女の焦る声が聞こえてくる。ジャンヌは嫌な予感がしながら、彼が眠るテントへと走っていった。

 

「た、隊長……サムソンさんが……サムソンさんが……息をしていなくて」

 

 テントに入ると、まるでお通夜のように隊員たちが涙を流していた。放心状態の楓がうわ言のようにそんな言葉を呟く横には、ぐったりとうなだれたサムソンの体が横たわっていた。

 

 うつろな瞳は虚空を見つめて、もう何も見えてはいないようだった。全身が弛緩し、ベッドに収まり切らなかった両腕が、だらりと力なく地面まで垂れ下がっていた。口を半開きにして、表情筋が抜けると人はこんな顔をするのかと言うような、不気味の谷現象みたいに不思議な表情をしていた。

 

 背中を怪我しているというのに仰向けに寝かされているのは、きっと心臓マッサージを受けていたのだろう。彼の寝かされているベッドは真っ赤に染まり、血でジュクジュクと音を立てていた。

 

「ごめんなさい……助けられなくて……ごめんなさい……」

 

 楓や衛生兵たちが、シクシクと泣きながら、何度も何度も謝罪の言葉を繰り返していた。それは死んでしまったサムソンに向けてのものだろうか、それともジャンヌに対してだろうか。

 

 テントの様子がおかしなことに気づいたのか、外にいた隊員たちが中を覗いて、嗚咽する仲間たちを見て何が起きたかを察し青ざめていた。

 

 しかし、そんな絶望的な空気の中で、ジャンヌは一人だけやけに落ち着いていた。

 

「起きなさい、サムソン。あんたがこれくらいで死ぬわけないでしょ」

 

 彼女は横たわるサムソンの下へと近寄っていくと、その呼吸と脈が無いことを確かめた。そしておもむろにその胸に手を乗せると、重ねた両手でグイグイと上下に胸を押し込んだ。

 

 ぴちゃぴちゃと、彼女が胸を押すたびに、サムソンの背中から血が溢れ出し、地面に吸い込まれていく。

 

 隊員たちはそんな隊長の姿を見て、きっと彼の死を受け入れられない彼女が現実逃避をしているのだと、そう思った。だが言うまでもなく、ジャンヌはこの時嘘みたいに冷静だった。サムソンはすぐに生き返ると、彼女はそう確信していた。

 

 何故なら、こんなことで死ぬくらいなら、彼はとっくの昔に何度も死んでいるはずなのだ。ジャンヌだって、ギヨームだって、ルーシーだって、根拠はないが、なにか見えない力に守られているような、そんな気がするのだ。だから彼が諦めない限り、絶対に生き返るとそう思っていた。

 

 それに大体において物語のヒーローは、お姫様のキスで目覚めるものだ。その逆もまたしかり。

 

 心臓マッサージを続けていたジャンヌが、人工呼吸をしようとサムソンの唇に触れた時、それは起きた。

 

 突然、サムソンの体が金色に輝きだし、まるで繭に包まれるかのように、彼の全身を光の膜が覆っていった。ジャンヌがそんな光にもお構いなしに人工呼吸を続けていると、やがて光は神が土くれに息を吹き入れた時のように、一人の男の形へと変貌していった。

 

 そして光が消え去った後には、そこには毛むくじゃらの魔物ではなく、一人の人間の男性の姿があった。つるっぱげで、あんまり格好良くはないけれど、どこか愛嬌のあるそんな男だ。

 

「起きたの? サムソン」

 

 人工呼吸を続けていたサムソンが身じろぎしたような気がして、ジャンヌが離れると、ベッドの上ではたった今起きたばかりのサムソンが目をパチパチさせていた。彼の目は覚めるなり彼女を捕らえて、

 

「おお、俺はまだ夢を見ているのだろうか? 夢の中でお前は一輪のバラのように気高く、美しく、高潔に咲いてた。今のお前は正にそのバラのように可憐だ。そんなお前が俺に目覚めのキスをするなんて、とても現実とは思えない」

「あんた、起きるなりまたそんなキザなセリフを吐いて……」

 

 ジャンヌは溜息をつくとヤレヤレと額に手を当てつつ、

 

「おかえり、サムソン……それ、似合わないからやめたほうが良いわよ」

 

 彼女は呆れるようにそう言いながらも、どこか気恥ずかしそうに微笑んでいた。

 

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