空間転移を繰り返して、ついにスコットランド北端に到達した鳳たちは、突入を前に足踏みしていた。
西に意識が向いているはずのギヨームは、まだ鳳たちの接近に気づいていないだろうが、流石にポータルを潜って島に入ればすぐ気づくはずである。となると、奇襲を成功させるには単にポータルで島に乗り込むだけではなく、どこにギヨームや堕天使たちがいるのかを先に見つけておかなければならなかった。
そう思って上空にルーシーを連れ出し、また彼女の新魔法で広範囲をスキャンしてもらっていたのだが……
「いた! ギヨーム君を見つけたよ……でも、おかしいなあ?」」
「おかしいって、何が?」
「うん。ギヨーム君の姿は見つかるんだけど、他に人がいる気配がないんだよね」
「誰もいない……? みんなどこかの建物の中にいるんじゃないか?」
「それならどうしてギヨーム君だけ外にいるの?」
言われてみれば確かにおかしい。
「ギヨームがハブられてる……なんてこともないだろうし、じゃあ、本当に堕天使たちは留守なのかな?」
「かも知れない。どうする? 出直す?」
「まさか。こんなチャンスを逃す手はない。堕天使が帰ってこない内に、4人がかりでさっさとあいつをふん縛って、神域まで連れ帰ってしまおうぜ」
「せっこいなあ……まあ、鳳くんならそう言うと思ったけど」
鳳はそんなルーシーにギヨームの背後にポータルを作るようにお願いすると、ウリエルに向かって、
「ギヨームは近接戦闘も出来なくはないですが、最大の武器はアウトレンジからの狙撃です。しかも単発じゃなくてマシンガン並みに撃ってくるんで、あいつに距離を取られると絶対まずいことになるから、まずは奇襲で彼の背後を突いて、俺とウリエルさん二人がかりで絶対逃げられないよう畳み掛けましょう」
「わかりました……彼が尋常でない狙撃手であることは重々承知してます」
ウリエルはケアンズのときのことを思い出してリベンジに燃えているのか、不機嫌そうに眉を吊り上げている。
「アリスはルーシーを結界で守っててくれ。必要に応じて指示は出すけど、基本的に俺たちのことは気にしなくていい」
「心得ました」
「ルーシーはバトルソングと、可能なら認識阻害であいつを幻惑してくれ。転移もお願いすると思うけど、今は上手い方法が思いつかない」
「わかった。とにかくちくちく嫌がらせしてればいいんだね? そういうのは得意だよ」
鳳は二人の指示を終えると、最終確認のつもりで全員を見回してから、
「それじゃあ、ルーシーがポータルを作ったら、まずは俺が切り込むんで、ウリエルさんはその後に続いてください。それからアリス、最後にルーシーの順で……島についたら、ギヨームが無力化するまで、各自臨機応変によろしく」
「了解」
鳳の言葉に、ウリエル、ルーシー、アリスがそれぞれ頷く。彼は彼女たち一人ひとりに頷き返すと、大きく深呼吸して、気合を入れるようにパンとほっぺたを叩いた。それを合図にしてルーシーがポータルを創り出す。
空中に浮かんだ丸いポータルを覗き込むと、その向こう側には魚眼レンズを逆にしたような、ぐにゃりとした緑色の景色が広がっていた。高木が少なくて草原が広がる島の風景は、高原のようで美しかったが、今はそんな景色を楽しんでいる場合ではないだろう。
ポータルの向こう側には無防備に背中を晒しているギヨームの姿が見えた。鳳は彼の背後に忍び寄ろうとポータルに近づいたが……その時、彼は直感的に何か嫌な予感がして、背後に続く仲間に聞こえるよう叫んだ。
「伏せろ!」
彼はそう叫ぶなり、ヘッドスライディングの要領でポータルの中に飛び込んでいった。ポータルを通過し草原にうつ伏せる彼の頭の上を、いくつかの弾丸が通り過ぎていき、ポータルの向こうで無防備に立っていたウリエルに命中した。
「きゃああーっ!!」
血しぶきと悲鳴が上がる背後に構わず、鳳はゴロゴロと草原を転がりながらポータルから離れると、すぐに視線を走らせギヨームの姿を探した。
たった今まで、彼は確かにすぐ目の前で背中を晒していたはずだった。なのに、いつの間に移動したというのか、今は数十メートル先の岩陰でこちらにライフルを構えていた。
その銃口が自分を捕らえていることに気づいて、鳳は咄嗟にレビテーションを掛けて空に上がった。
きっと左右に逃げると踏んでいたのだろう、ギヨームはその動きに虚を突かれて一瞬固まり、鳳がその隙を逃さずファイヤーボールの魔法をお見舞いすると、その炎が炸裂する寸前に、忽然とギヨームの姿がかき消え、数メートル離れた場所にパッと瞬間移動した彼の銃口がおかえしとばかりに火を吹いた。
集中力が振り切れてしまったのだろうか、まるでスローモーションのように向かってくるその弾丸が、正確に自分の額を狙っていると判断すると、鳳はほんの少しだけ首を振ってそれを避けた。それを見たギヨームは目を丸くし、腹を抱えて笑い出した。
「おいおい、今のをどうやったら避けられるってんだよ……おまえやっぱ人間じゃねえだろ」
「瞬間移動を繰り返すような奴に言われたくないね。見えなくっても、アストラル体なら感知が出来るんだよ」
「現代魔法の応用だって言いたいのか? いつからおまえレオ並みに使いこなせるようになったんだよ。いつの間にか古代呪文も取り戻しているし。そういやレオは神になったんだよな? じゃあ、やっぱおまえ神じゃねえか」
「鳳くんが神様だったら何だって言うのさ」
ギヨームが呆れるようにそんなセリフを吐いていると、ポータルを潜ってきたルーシーが噛み付いた。彼女の横にはアイギスの結界を展開するアリスと、ギラついた目で炎の剣を抜いているウリエルの姿があった。
「何か間違ったことをしているんならともかく、まだ何もやってない内から神様だなんだって言って遠ざけるのは違うんじゃないの。そんなの本当の仲間じゃないよ」
「そいつが本当に鳳なのかを疑ってるんだ。本当の仲間もクソもないだろ」
「そんなの本物に決まってるじゃない。一度疑いだしたら切りがないでしょ。ギヨーム君、暫く見ない間にずいぶん大きくなったなあって思ったけど、背丈と一緒で人間は小さいままだなあ」
「背のことは今は関係ないだろう!!」
ギヨームがガチ切れして叫ぶと、ルーシーはたじろぎながら、
「ほ、ほら、ギヨーム君だって、話せば本物だって分かるわけじゃない。私たち、どんだけ長く一緒にいたと思うのよ」
「全ての人間の記憶はアーカーシャに刻まれているんだ。神ならそれくらい参照出来んだろ」
「記憶だけで、その仕草や考え方や何から何まで似せることは出来ないよ。それすら、神様なら出来るって言い張るなら、もうギヨーム君に付ける薬はないね」
ルーシーがほっぺたを膨らませて拗ねるようにそう言うと、ギヨームは仕方ないと譲歩するように、
「なら百歩譲ってそいつが本物だとしよう。だがそいつが神に操られてないとは限らないだろう。いつかどこか肝心なところで、あの天使たちみたいに俺たちを襲ってくるかも知れないぜ」
確かに、これまでの天使たちの問答無用な態度を見れば、ギヨームが疑いたくなるのは分かる……だが、鳳はルーシーに代わって言った。
「まあ、待て、ギヨーム。俺はそれこそ俺が操られていない証拠だと思ってる」
「なに?」
「俺には魔王化に苦しんだ経験がある。睡眠や食欲なんかの本能を刺激されると、人間はその苦痛から逃れたい一心で思わぬ行動を取ることがある。神は、そういう欲求を利用して、俺の本能を刺激して言うことを聞かせようとしたわけだ。多分、天使たちも、同じ方法で暴走させられてるんだろう。だが、今俺にそんな兆候は一切ないんだ」
「それは今だけかも知れないじゃないか」
「仮にそうだとしても、神のやり口が分かっていれば抵抗は出来る。俺はあっちの世界でもそうして乗り切ったんだし、人間という種族は本来、本能に逆らって行動するために知恵を得たんだ。だから神が俺を操ろうとしても、すぐにどうこうなることはないだろう」
ギヨームはそういう鳳の顔を探るように睨みつけながら、
「しかし、おまえが神じゃないって証拠はないだろう。証拠がない限りは信じられねえな」
「なんでそこまで疑うんだ?」
するとギヨームは当たり前だろう? と身振り手振りを交えて大げさに言った。
「それくらい、この世界がおまえに都合よく動いているからに決まってるだろうが!」
ギヨームの答えは非常にシンプルで、シンプル故に的確なもので、鳳は何も言い返せなかった。
「おまえは、本当ならこの世界に渡ってくることすら出来なかったはずなんだぞ? おまえが本物だと言うなら、じゃあどうして神はおまえだけを、えこ贔屓するような真似をするんだよ? おかしいじゃねえか」
「それは……確かに、俺も変だと思ってる。おまえに指摘された通り、神が俺を贔屓しているのも事実だろう。でも、それが何故なのかは俺にはわからないよ。俺は神じゃないんだから」
「……そんな答えで俺が納得すると思うか?」
「……駄目か?」
「駄目だね。ダメダメだ」
ギヨームはいつものニヤニヤとした、皮肉たっぷりの表情で笑っている。このままじゃ話は平行線をたどるだけだろう。鳳はため息交じりに、
「なあ、ギヨーム。どうしたら信じてくれる?」
「そうだな……」
ギヨームは少し考える素振りを見せたが、きっとその答えは予め用意していただろう。
「なあに、おまえを殺せば分かることだ。おまえが神じゃなければ、死ぬだろうからな」
「……そうかい。やるしかないってことだな」
交渉が決裂し、戦闘が始まろうとしていた。二人はまるで先に動いたほうが負けるとでも言いたげに、お互いに睨み合ったまま一歩も動けずにいた。故に、戦闘開始の合図は決まっていた。鳳の背後からウリエルが飛び出し、それに即応するギヨームの射撃音が空に響いて、戦いの幕は切って落とされた。
鳳はギヨームの銃口がウリエルに向いた瞬間、彼ではなく彼が身を潜めていた大岩にライトニングボルトを放ち、砕け散った石礫をケーリュケイオンに吸い込んだ。突如として身を寄せていた遮蔽物を失ったギヨームの姿が無防備に晒され、そこへ一直線にウリエルが突っ込んでいく。
ギヨームは慌てることなく、突っ込んでくるウリエルを2丁拳銃で正確に撃ち抜くが、すると彼女が投げた炎の剣がファンネルのように彼女の周辺を回転し始め、全ての銃弾を弾き落とした。
彼女はその間に両手のひらで包み込むように光弾を創り出すと、まばゆい光を放つその弾を両腕で押し出すように撃ち出した。
「ケテル・コクマー・ケセド・ティファレト、生命の樹より溢れ出る光よ、神秘の小径を辿りて今ここに栄光を顕せ! ハレルヤ!」
光弾は彗星のように尾を引きながら一直線にギヨーム目掛けて飛んでいったが、直撃する寸前に彼の体がかき消え、光弾は地面に衝突しドンと爆発して大穴を開けた。
吹き上がる土塊が土砂降りのように降り注ぐ中、鳳はカモフラージュのつもりでギヨームの転移先に石礫を飛ばすが、彼は自分に向かってくるものだけを正確に二丁拳銃で撃ち落とした。
ギヨームに迫ろうとしていたウリエルは、彼が消えた後も勢い余って明後日の方へ飛んでいったが、ルーシーがそんな彼女の前にポータルを作り出して軌道修正すると、ウリエルはギヨームの真上の空に転移し、一瞬にして彼に肉薄した。だがギヨームはそれを狙いすましていたかのように、ポータルの出口にマシンガンのように銃撃を浴びせかけ、血しぶきが舞う。しかしウリエルは無数の銃弾を撃ち込まれても怯むことなく、炎の剣を上段に構えると思いっきり振り下ろし、
「ケテル・ビナー・ゲブラー・ティファレト、生命の樹よ、我に勝利を! ハレルヤー!!」
自らが纏う業火によって灼熱した剣が、まばゆい光を放ちながらギヨームに迫るが、彼はその寸前にまたふいに残像だけを残して消え、ドドン! っと島全体が揺れるかのような巨大な振動音を立てて、ウリエルが地面に突っ込んでいった。
ギヨームはそんなウリエルに追い打ちをかけようとするが、瞬間、嫌な予感がしてその場を飛び退くと、背後から鳳が突っ込んできて舌打ちをしながら通り過ぎていった。鳳は反転して地面を蹴ると、ケーリュケイオンを槍のように扱きながらギヨームに突っ込んでいく。ギヨームはそんな彼に応戦して二丁拳銃の柄で杖を弾くと、鳳の猛攻を掻い潜りながらガンカタで銃撃を浴びせようとして、二人はダンスを踊るかのように揉み合った。
近接戦闘は鳳の方に分があるはずだが、当たり前のようにギヨームが応じたのは、扱う得物の差があるからだった。長柄の杖と拳銃とでは手数が違い、やがて鳳は手数に押され始め、一瞬、隙が生まれ、ギヨームはそのチャンスを逃さずに彼の額に銃口を突きつけた。
しかし、次の瞬間、彼はそれが罠だと知る羽目になった。引き金をひこうとした瞬間、背中に強烈な衝撃が走り、ギヨームは激痛と肺の空気を失って意識が吹っ飛びそうになった。
鳳は杖術で戦うふりをして、本命は腰にぶら下げていた新型ゴスペルの作り出す光弾の方だったのだ。彼はギヨームがふらついたのを見逃さず、ゴスペルを引き抜くと、光の剣で彼に止めを刺そうと突っ込んでいく。
しかし、敵もさるもの、そんなことでやられるギヨームではない。鳳の剣は空を切ったかと思えば、その時にはもうギヨームは遥か遠方から巨大ライフルで鳳を狙っていた。
その銃口が光を発した瞬間、鳳の視界がまたスローモーションに変わり、ゆっくりと近づいてくる弾丸を最小限の動きで躱すと、また正常に時間が流れ出した耳にドンという銃撃音が遅れて届いた。
不意打ちを食らって接近戦は不利と判断したのか、以降、鳳が彼に迫ろうとしても、ギヨームは距離を取って絶対に近づかせてはくれなくなった。彼はルーシーとは違う不思議なやり方で、ランダムに空間をテレポートしながら、的確にこちらの体力を削っていった。
ルーシーは鳳をサポートしようとして、ギヨームの近くに続くポータルを生成してくれたが、二人の相性が悪すぎた。空間の歪みを創り出すルーシーに対して、空間の歪みを視ることが出来るギヨームは、天敵みたいなものだった。
彼女がポータルを創り出すと、彼はそれを逆用して、鳳に銃撃を加えてしまう。ルーシーは、それならばと数で応じたが、ギヨームは彼女が作り出した無数のポータルに無数の銃口を向けて、
「打ち砕け! 粉砕せよ!
ギヨームが創り出す対物ライフルから飛び出す銃弾の雨あられが、ルーシーのポータルを潜って鳳に迫る。
こんな質量が直撃したら、肉片一つ残らず消し飛び、本気で復活できないだろう。鳳はまたゆっくり流れる視界の中で、回避行動を取ろうとしたが、銃弾がポータルを通っているせいで、その弾は線や面ではなく三次元の軌道を描いて迫ってくるから、どこへ逃げていいか分からなかった。
「アイギス!!」
そんなパニックになる主人の前にアリスが飛び出すと、彼を守るべく結界を展開した。次の瞬間、鳳の視界が元に戻ると、結界に突き刺さった弾が劣化ウラン弾のごとく炸裂し、灼熱の炎を噴き上げた。
アイギスの結界は次々と突き刺さる質量を完全に弾いたが、それが生み出す熱気までは完全に遮断しきれず、二人を強烈な熱風が襲った。鳳は咄嗟にアリスを抱きしめて庇ったが、光を直視したせいで目をやられて前後不覚に陥った。
真っ暗な視界の中で、銃撃音だけが聞こえてくる。鳳が暗闇の中をどう逃げればいいかと焦っていると、
「主は来ませり……主は来ませり……」
畳み掛けるように銃撃を浴びせていたギヨームの背後に、いつの間にか戦線に復帰していたウリエルが迫っていた。彼は慌てて振り返ると、袈裟斬りに振り下ろされる炎の剣をすんでで躱してゴロゴロと地面を転がった。
彼はまた空間転移して距離を離そうとしたが、冷静になったウリエルは彼の転移先を即座に察知するや、ギヨームの足元に彼女の代名詞である炎の剣をぶん投げた。
「我はパンデモニウムを見張るもの。エデンの園を守るもの。祝福は我のもとにあり。栄光は我のもとにあり。勝利は我のもとにあり。炎の剣よ、今こそ地獄の閂を割り全てを焼き尽くす業火と化せ。
地面に突き立てられた炎の剣が空間を切り裂き、そこからまばゆい光が溢れ出した。ギヨームは一瞬にしてその光に飲み込まれてかき消え、そして次の瞬間、紅蓮の炎が空を焦がさんとばかりに噴き上がった。
轟音を立てながら炎の柱が空へと上がっていく。ウリエルはそんな火炎を空の上から冷酷に見下ろしながら、やがてその炎が弱まってくるのを確認すると、自分の剣を回収するべく地面に下りた。
仲間の鳳には悪いが、彼を仕留めた手応えはあった。あの炎に焼かれてはきっと骨すら残らないだろう。せめて遺体くらい残してやりたかったが、そんな余裕もなかった好敵手を思い返しながら、彼女が剣を引き抜こうとした瞬間……
パンッ! っと乾いた銃声がして、ウリエルの体がぐらりと揺れた。多少の傷では天使の身体はびくともしない。なのに今、彼女の身体には激痛が走って、いつもならすぐに塞がるはずの傷から血が溢れ出している。それを見て彼女は直感的に何が起きたかを悟った。
「これは……銀!?」
驚愕する彼女が目を剥きながら顔を上げると、遠くの方で余裕綽々ライフルを天秤のように担いでいるギヨームの姿が見えた。