ラストスタリオン   作:水月一人

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グラビティ

 ギヨームに撃たれた腹部からダラダラと血が垂れ落ちていた。ウリエルは歯を食いしばって傷口に指を突っ込むと、猛烈な苦痛と意識が飛びそうな目眩に耐えながら、体内に埋まっていた銀の弾丸を引き抜いた。

 

 天使とは要するにアナザーヘブン世界で言うところの神人のことだから、実は銀が弱点である点も同じだったのだ。

 

 神人は血中にナノマシンを巡らし、第5粒子エネルギーを動力源とすることで、その身体能力の向上と不老非死を実現していた。ナノマシンは体内で自己増殖し恒常性が保たれているが、銀にだけ異常に反応してしまう性質があるため、それが体内に入り込まれるとバランスを崩し、致命傷になりかねないのだ。

 

 天使はこの世界では神の使いだから、この弱点は禁忌として誰に知られることもなかった。だが、ギヨームはそんなことお構いなしの世界から来たので、当たり前のようにそれを知っていた。弾を引き抜いてもすぐにはウリエルの傷は塞がらず、彼女は苦痛によろめいた。

 

「何かあった時の虎の子が役に立ったなあ」

 

 ライフルを天秤のように担いでニヤついていたギヨームは、ふらつくウリエルの姿を見て高笑いすると、そのライフルをヌンチャクのように振り回して、未だ調子を取り戻せぬ彼女に二の矢を放ってきた。

 

 ウリエルは傷口を手で塞ぎながら必死に走ってその攻撃を躱そうとしたが、本調子でないため何発もの射撃を受けてしまった。幸い、銀の弾丸は打ち止めだったらしく、それは普通の弾丸だったが、ナノマシンの回復が追いつかないのか、傷は増えていく一方だった。

 

 ギヨームの攻撃は尚も続き、その精密な射撃は的確にウリエルの体力を奪っていった。虚空から現れるライフルを次から次へと引き抜いて、まるでダンスを踊るかのように射撃を続ける彼の姿は、傍目から見れば楽しげに映ったが、獲物にされた者からすれば恐怖でしか無かった。

 

「ウリエルさん! こっち!」

 

 このまま血を流し続けていたら、仮に天使であっても死は免れないだろう……そんな焦りに正体を失くしかけた時、彼女の目の前にポータルが現れ、その向こう側でルーシーが手招きしているのが見えた。

 

 彼女がポータルに飛び込むと、ギヨームはそれすら先読みして出口に銃撃を放っていたが、

 

「アイギス!」

 

 今回はアリスが結界を展開する速度の方が勝っていた。

 

 ウリエルは命からがらポータルをくぐり抜けると、勢い余ってそのまま地面をゴロゴロ転がり仰向けになって止まった。鳳はそんな彼女が転がってくると同時に、ケーリュケイオンを高々と掲げ、

 

「轟け雷鳴! 駆け抜けろ雷! 全てを崩壊せし第5粒子が、今万物よりエネルギーを解き放たん! 爆発しやがれ! ディスインテグレーション!!」」

 

 鳳の詠唱と共に、ギヨームの周囲の空間がぐにゃりと歪んだ。空間の歪みが『視』える彼には、それがどれほど危険なものかが分かったのだろう。彼は泡を食って背中を向けると、一目散に丘を駆け下りていった。

 

 何故、いつものように空間転移しないんだ?

 

 鳳が不思議に思っていると、間もなく詠唱によって呼び出された反物質が反応し、巨大なエネルギーを発して辺り一面を吹き飛ばした。真っ白いエネルギーがギヨームを包み込み、彼の姿が一瞬見えなくなる。

 

 もしかして、やっちゃったのか……? と思いきや、爆風が収まるやすぐさま飛んできた銃撃によって、ギヨームはまだ健在であるとわかった。鳳はウリエルを守るように結界を展開しているアリスと共に、彼女を狙撃の届かない岩陰へと運んだ。

 

 とは言え、空間転移が出来るギヨームからは完全に隠れる事はできないだろう。ルーシーの認識阻害も一時しのぎにしかならないだろうが、今はウリエルの回復を優先したほうが良いと、彼らは狭い岩陰に身を寄せた。

 

「くっ……油断しました。はじめから、これが狙いだったのですね」

「さっきから認識阻害も使ってるんだけど、あの人殆ど引っ掛かってくれないんだよ。どうなってんのかな?」

「俺のこと神だなんだって言ってたけど、あいつの方がよっぽど怪しいよな」

 

 鳳たちが愚痴を言い合っている間も、銃撃は彼らの隠れた岩を削らんばかりに続けられていた。完全にアウトレンジからの攻撃で、こちらからは全く手が出せない。奇襲をかけて彼に距離を取らせない作戦のつもりが、こうなってはもうどうしようもないだろう。

 

 ウリエルが玉砕覚悟で突っ込んでいこうにも、銀の弾丸をちらつかされては、リスクが高すぎて無理そうだった。ギヨームは基本的に魔法で弾を創り出す射手だから、そんなものをいくつも持っているとは思えなかったが、代償を考えると出来ればもうやりたくなかった。

 

 アリスの結界なら彼の攻撃を防げるだろうが、相手は固定砲台じゃなくてあちこち動き回るので、彼女を抱えながら戦闘をするのは現実的ではなかった。挙句の果てに、ポータルで近づくことさえ出来ないのである。

 

 こちらは最強の盾と矛を持っているはずなのだが……ギヨームの悪魔的な強さには閉口せざるを得なかった。

 

「どうする? 圧倒的な力で叩きのめすどころか、このままじゃこっちが負けそうだけど……」

 

 ルーシーが弱気に呟く。しかし、鳳は首を振って、

 

「いや、もしかすると打開策を見つけたかも知れない。多分だけど、あいつの空間転移には制約があるんだ」

「制約……?」

「ああ、さっき崩壊魔法(ディスインテグレーション)を放った時、あいつ妙な動きを見せたんだよ。今まで散々空間転移していたくせに、あの時だけ何故か走って逃げようとしてた」

「言われてみれば……どうしてだろう?」

 

 すると鳳はじっと地面を見つめながら黙考し、すぐに一つの結論を導き出した。

 

「多分、俺の崩壊魔法とあいつの空間転移の相性が悪いんだよ……あいつは空間の歪みが視えるから、それを利用して自分や弾丸を転移させてるわけだけど、そもそもあいつが視ている空間の歪みの正体ってのは何なのか……

 

 確かに自然界では、自発的に空間の歪みが発生することもあるけど、それは雷の中でほんの刹那の一瞬だけマイクロブラックホールが出来るってレベルの話だ。そんな特異点じゃ銃弾を通すような穴は出来ないし、ましてや、人間がまるごと通れるようなものは絶対不可能だ。

 

 なのにあいつは都合よくバンバン転移を行っている。どうしてなのか? 多分だけど、あいつに視えてる空間の歪みってのは、実はワームホールじゃなくって、平行世界への分岐点だったんだよ」

「えーっと、他人を置き去りにするその感じ、懐かしいけど、もっと要点を掻い摘んでお願い」

 

 ルーシーが苦笑気味に駄目だしする。鳳は仕方ないので端折って、

 

「結論から言えば、あいつの空間転移の正体は、俺たちの作るポータルとは別物だったんだよ。あいつは空間の歪みを通して平行世界を『視』ることが出来て、そして『視』ることによって自分に都合のいい結果を引き出していた。あいつの空間転移ってのは、そういう能力だったんだよ」

「……つまり、こっちが何をやっても、自分に都合の良い結果に捻じ曲げちゃうってこと? そんなことが可能なの?」

「そもそも幻想具現化(ファンタジックビジョン)ってのはそういう力じゃないか。何もないところに、自分が想像したものを創り出す。考えようによっちゃ、未来を変えているのと変わりないだろう」

「あー、なるほどー……」

 

 ルーシーは納得しかけたが、すぐにブンブンと首を振ってお手上げのポーズをし、

 

「それが本当なら、私たちに勝ち目なんてないじゃない。どうすればいいってのよ!?」

「いや、大丈夫だ。相手のやり方が分かっていれば、対処のしようはある」

 

 鳳は即答した。まさかそんなあっという間に返事が返ってくるとは思いもよらず、ルーシーは口をパクパクしていた。

 

「あいつが空間転移出来るのは、未来が無数にあるからだろう? それが一個しかなければ、あいつはどこにも飛ぶことが出来ないはずだ」

「未来が一個しかないって……ごめん、よくわかんない。どういうこと?」

「つまり重力を使って未来を固定化してしまうんだ」

 

 鳳はそう言うと地面に座標軸を描き出し、横に時間、縦に距離の座標を置いた。そして原点から斜めに線を描き、

 

「これは光円錐って言って、簡単に言えば光が時間あたりに到達できる距離を表しているグラフだ。この図は二次元だけど、光は三次元空間に広がってくから、本当なら軌道は円錐を描くと考えて欲しい。

 

【挿絵表示】

 

 で、光速は一定だから二次元だと軌道は一次曲線……つーか、ただの直線を描くわけだけど、すると原点Oから発した光は、この直線(ct)に囲まれた範囲内のどこかにしか到達出来ない。まあ、当たり前だよな。

 

 ところで、情報の伝達速度も光速を超えられないから、これはとある事象が影響を及ぼせる範囲を表しているともとれる。例えば、原点Oで発生した事象Eが、時間tにある任意の事象Tに影響を及ぼせるのも、この直線に囲まれた範囲内だけってわけだ。

 

 噛み砕いて言えば、原点Oから発した事象Eは、この範囲内でしか未来を変えられない。時間が経てば経つほど未来は曖昧になるけど、それにも限度があるってことだね。ところで、もしこの光円錐内のどこかにブラックホールが出現したら?」

 

 鳳はそう言うと、グラフの真ん中に黒い円を描いて、

 

【挿絵表示】

 

「ブラックホールの超重力が周辺の空間を歪ませ、光の軌道は変わってしまう。すると本来だったら広がり続ける光円錐が狭まって、場合によっては閉じてしまう可能性もある。これは事象の方にも当てはまるから、つまりブラックホールの近くだと未来は限りなく限定的になってしまうわけだ。まあ、大体みんな特異点に吸い込まれるだろうからね。

 

 俺の崩壊魔法は、他宇宙から反物質を呼び出し、対消滅させることで巨大なエネルギーを生み出す。エネルギーは質量でもあるから、あれが爆発する前に、一瞬、空間を強く歪ませる作用がある。そのせいで、ギヨームが利用するはずの歪みが消滅してしまって、あいつは走って逃げざるを得なくなったんだ。そして爆発の瞬間、空間の拘束が解かれ、また歪みが視えたから逃れられたと……」

「うんうん、わかった。よく分からないことが分かったけど、とにかく、すっごい重力を生み出せばいいんだね?」

「そうだ」

「そんなのどうすればいいのよ! 鳳くんが、また魔法を連発すればいいわけ?」

 

 鳳は首を振った。

 

「いや、あれで超重力が作り出せるのは一瞬だけだから。それよりも、重力操作ならルーシーがやったほうが良い」

「私!? 無理無理! 私が出来るのはポータルを作ることだけだよ!?」

 

 ルーシーはまさか自分が指名されるとは思わず首をブンブン振ったが、

 

「いや、そもそも空間の制御が出来る時点で、重力を操ることも出来るはずなんだ。君は当たり前に空間の歪みを制御しているけど、本来、それはブラックホールのような超重力が生み出すもののはずだ。君は今まで知らずしらずの内にそれを行ってきた。だからやればなんとかなるはずだ」

「そんなこと言われても、さっぱりなんだけど……?」

「いきなり全部やれなんて言わないさ。大質量は俺がケーリュケイオンを使って創り出す。君はそれをいつもポータルを作ってる要領で発散しないよう固定してくれ。ワームホールの時みたいに出口は作らなくて、袋にぎゅーぎゅー押し込むイメージだ」

 

 ガガガガガガガ!! っと耳をつんざく音が響いて、鳳たちが隠れている岩がひび割れ始めた。大量の石礫が辺りに散乱し土煙が上がる。どうやらいつまでも隠れて動かないこちらにしびれを切らして、ギヨームが力押ししはじめたようである。

 

「どうやら時間切れらしい。ぶっつけ本番だけど行くしかないな」

「う……出来るかなあ」

「大丈夫! 君は俺が知る中で、最も頭抜けた天才だ。あの十数万のポータルを生み出した空間制御能力があれば、こんなこと造作も無いはずだ」

「え? そうかな……うーん、鳳くんにそう言われると、やれるような気がしてきたよ」

 

 褒められて伸びる子といつも言っていたから、ルーシーは満更でもない感じでデレデレと目尻を下げている。鳳はそんな彼女のテンションを上げようとして、叱咤激励を繰り返してから、今度はウリエルの方を向き直り、

 

「ウリエルさんは、もう行けますか?」

「ええ、本調子とまではいきませんが、問題なく。私は何をやればいいのでしょうか?」

「アリスを抱えながら切り込んでください。安全優先、一撃離脱で。止めは俺が刺しますから。アリスはウリエルさんに弾が行かないように、結界を展開し続けてくれ」

「お任せください、ご主人さま」

「それじゃルーシー、ポータルを作ってくれないか」

「いいけど、どこに飛びたいの?」

 

 ルーシーの問いに、鳳は空を指差しながら、

 

「上空3000メートル!」

 

*********************************

 

 鳳たちが岩陰に芋り始めて結構な時間が経過した。思った以上にウリエルの怪我が酷いのだろうか? ギヨームは敵に塩を送るつもりで待っていたが、いつまで経っても進展のない状況にうんざりし、対物ライフルで岩を削り始めた。さっさと出てこいという威嚇だけで、それ以上の意味はなかったが……

 

 と、その時、ギヨームは空間の歪みを検知して、反射的にその出口を狙おうとした。しかし、それが思いがけない方角だったから一瞬対応が遅れた。鳳たちの気配は、遥か上空から現れた。自分の近くに飛んでくるなら分かるが、逆に遠ざかるなんて、どういうつもりか?

 

「まさか、あいつら逃げるつもりじゃねえだろうな……?」

 

 ギヨームは仰向けに寝転がるとライフルを真上に向けて速射した。鳳たちとの距離は3キロと離れていたが、こんななんの遮蔽物もない空の上では、当ててくれと言っているようなものだった。

 

 しかし、ギヨームの射撃は正確に上空に現れた鳳たちに届いてはいたが、アイギスの結界に阻まれ、彼らに命中することはなかった。二射、三射と続けて撃っても、それらは結界によって弾かれてしまう。

 

 どうやら彼らは降下しながらギヨームの方へ向かってきているようだった。逃げるつもりじゃなかったのは良かったが、こんな誘導爆弾みたいな真似に一体何の意味があるのだろうか。彼は不可解に思いながら射撃を続けた。

 

 先陣を切っているのは意外にもアリスで、彼女の背中を抱えるウリエルが続いていた。恐らく、地上にメイドが激突しないようにとの配慮だろう。しかし彼女の結界にはギヨームの弾丸を防ぐ能力はあるが、アリス自身に戦闘力はない。

 

 だから本命は、アリスを盾にしてウリエルが近づき、近接戦を挑むつもりかと思われるが、彼女が近づく前にギヨームはいくらでも逃げられるのだからそんなのは意味がないはずだ。

 

 だが、無策で突っ込んで来るとは思えない。何しろ、相手は鳳なのだ……彼女らのうしろにはその残る二人が続いている。こっちが本命だとしても、彼らが何を仕掛けてくるのか、ギヨームには想像がつかなかった。

 

 空中を落下しながら近づいてくる彼らの姿は、10秒、15秒と経過するにつれ段々大きくなってきた。だが、それでも何をしようとしてるか狙いが分からない彼は、これ以上ここに留まっているのは危険と判断し、逃げようと考えた。

 

 ギヨームは構えていたライフルを虚空に投げ捨てると、足を上げた反動を使って背中で飛び上がろうとした。しかし、何故かその時、彼は疲労が溜まっているかのような、妙な倦怠感を感じて上手く起き上がれなかった。

 

 いや、倦怠感というか、やけに体が重いような……

 

 その時、彼は空がまるでレンズを通して見た時のように、奇妙に歪んでいることに気がついた。それは巨大な空間の歪みで間違いなかった。やはり、後に続く二人が何かを仕掛けていたのだ。ギヨームは慌てて空間転移をしようと試みたが……もう遅すぎた。

 

 彼は自分の近くに利用可能な歪みが一つも存在しないことに気がついた。普通、そんなことはあり得ないのだが、何しろ相手が悪すぎた。これが神ならば、まだ打つ手はあっただろうが、相手はあの鳳白なのだ。

 

 手を地面について必死に立ち上がろうとしているギヨームの頭上で、役目を終えたアリスとウリエルがスーッとスライドして視界から消え、代わりに鳳に抱きついているルーシーが、杖を振り回しながら何かを叫んでいる姿が見えた。

 

「グラビティ・ブラスター!!」

 

 次の瞬間、見えない何かがギヨームを襲い、彼は全身が地面に縫い付けられたかのように動けなくなった。重力そのものを叩きつけられた彼は呼吸すら許されず、窒息しそうな息苦しさの中で身動き一つ取れなかった。

 

 そして今、血管が破裂しそうなくらい痛みが走る彼の目に、特徴的な蛇と翼の意匠が施された杖を振り上げた鳳の姿が見える。

 

「黎明の炎。赤より朱い暁の炎。全ての生命の源にして、この世を焼き尽くす灼熱の炎。今、東の空より来たる我は紅……深淵より来たれ、最古の炎! 我が名は明けの明星(ポースポロス)!」

 

 ギヨームを縛り付けている地面が、まるで光の絨毯のように明るく輝き出した。周囲には熱気がうずまき、突如、背中を突き上げるような衝撃が走る。轟音を経てて火柱が空へと立ち上り、それをど真ん中で見ていたギヨームは、真っ白く染まる空を見上げながら、苦しげに喘いだ。

 

「それ……他人の技じゃねえか! このチート野郎ーっ!!」

 

 轟音と熱と光に包まれて、耐えきれずに目をつぶる。周囲の酸素を全部持ってかれて呼吸すら出来ない。ギヨームはまるで巨大な津波にでも揉まれているかのような衝撃に巻かれながら、そんな負け惜しみを叫んでいた。

 

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