ラストスタリオン   作:水月一人

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不都合な真実

 地面から火柱が吹き上がり、天を焦がし雲を散らした。雨滴が滝のように降り注ぎ、業火に焼かれて灼熱した地面を、一瞬にして黒く染めていった。

 

 重力によって肺の酸素を強制的に吐き出させられていたギヨームは、酸欠の脳が悲鳴を上げる寸前、唐突に自分を拘束する見えない力から解放されると、必死に酸素を取り戻そうとして息を吸い込み、器官に唾液が侵入してゲホゲホと咳き込んだ。

 

 涙で滲んだ視界には、黒焦げになった地面が広がっていたが、自分がへたり込んでいるところだけが丸くくり抜かれたように元のままだった。炭化した木々が風に吹かれて飛び交う中で、ここだけ緑の芝生が広がっているのだ。

 

 地面に両手をつき、項垂れながらそんなあり得ない光景を見ている彼の視界に、男の足がニョキッと侵入してきた。ギヨームはまだゲホゲホと咳き込みながら、その足に向かって言った。

 

「悪魔か、てめえは……」

「神様じゃなかったのかよ」

 

 鳳はそんなギヨームに手を差し伸べつつ、呆れるような口ぶりでこう言った。

 

「見ろ。俺が神なら、おまえはとっくに死んでただろうよ」

 

 もしも鳳が神であるなら、この状況でギヨームを生かしておく理由はないと、そう言いたいのだろう。ギヨームはチッと舌打ちするとその手を握り返し、

 

「ああ、お前が本物で良かったよ。あ~、ちくしょうめ……マジで死ぬかと思った」

「人のことガチで殺しておいて、よく言うよ。おまえ、あれで俺が本当に死んでたらどうするつもりだったんだよ?」

 

 鳳にグイと引っ張り上げられ立ち上がったギヨームは、ふらつく足でどうにか体を支えながら、そのことを弁明した。

 

「こっちの世界でエミリアが目覚めてしまった結果、メアリーは元の世界に戻されただろう? 同じくP99で復活させられたお前の場合も、最悪元の世界に戻れたんだよ」

「あ、あ~……言われてみれば。そうなのか?」

「そうなるだろうことを、エミリアが教えてくれた。そしておまえが本物じゃない可能性も。だから俺は試してみたんだが……それじゃおまえ、一体どうやって復活したんだよ?」

「ああ、それなんだけど……俺はカナン先生がどうにかしてくれたんじゃないかって思ってる」

「カナン……だと?」

 

 鳳は頷いて、

 

「うん。俺はおまえに殺されて復活する前に、カナン先生と会ったんだ。夢かもしれないと思っていたけど、今は確信していてる。先生は、エーテル界から俺たちのことを見守ってくれてるんじゃないかな」

「あいつが生きてるっていうのか? 一体どうなってやがる」

「あの~……」

 

 鳳とギヨームが二人して腕組みしながらそんな話をしていると、炎の剣を構えたウリエルが遠くの方から控えめに尋ねてきた。

 

「お二人共、なんだか当たり前のように会話してらっしゃいますが、決着がついたということでよろしいのでしょうか?」

「ん? ああ、そうだけど?」

 

 鳳がしれっと返事するも、ウリエルは釈然としない表情をしたまま剣を降ろさなかった。どうしたんだろう? と思っていると、

 

「たった今まで殺し合いをしてた人たちが、仲良さそうにペラペラ話してるのが信じられないんでしょう? まったく……君たちは本当に仲がいいよね」

 

 ルーシーが呆れた声でツッコミを入れる。鳳とギヨームはお互いに顔を見合わせてから、

 

「そうかあ? 男同士の喧嘩なんて、大体こんなもんだろ?」

「ああ、殴り合ったら終わりだよな」

「これが喧嘩と呼ぶレベルですか!」

「ご主人さま、紅茶をお淹れしました。皆様もどうぞこちらに」

 

 ウリエルが呆れ果ててものも言えないと溜息を吐いていると、アリスがそんなことを口走りながら割り込んできた。見ればアイギスをテーブル代わりにして、既にティーセットが用意されている。

 

 この状況でまるで動じない姿は、大物と言うよりもはやホラーである。しかし、これが彼らの日常なのだろう。お菓子の匂いに釣られてルーシーがスキップするように近づいていき、鳳とギヨームが続く。ウリエルは諦めたように溜息を吐くと、その後について歩いていった。

 

**********************************

 

 戦場は鳳が黒焦げにしてしまったので、彼はケーリュケイオンの等価交換の力を使って均すことにした。以前、大森林に村を作った時のように、どこからか木々を調達してきて埋めてしまう方法である。ついでに吸い込んだ木を木材に変換し、さらにそれを椅子とテーブルに変えてしまったら、ウリエルがそれこそ神でも見るような目でマジマジと凝視していた。

 

 そんな視線がこそばゆいので、鳳はアリスが淹れてくれた紅茶を飲みながら、通り一遍の会話を交わした後、話を切り替えるように徐にギヨームを問いただした。

 

「それで、どうしておまえ、こんなに頑なに信じてくれなかったんだよ? エミリアに会ったこととか、その辺のことをもうちょっと詳しく話してくれないか」

 

 ギヨームは紅茶を啜りながら少し真面目な顔で頷くと、

 

「それについては、エミリアよりも前に、まずはアザゼルが魔王化したことから話さなきゃならねえ」

「魔王化……? そうか。やっぱり彼は元天使だったんだな」

 

 元々ギヨームとアザゼルは、ここ北海周辺に現れる魔族を狩る時の相棒だった。そんなアザゼルは、ある日ブリテン島に出現した強力な魔王の前に敗れてしまう。ところが、死んだと思っていたアザゼルは堕天使となって生きていて、ある日彼の下へと帰ってきた。

 

「戻ってきたアザゼルは多少変わったとは言え、殆ど以前のままだった。受け答えはしっかりしているし、俺のこともちゃんと覚えていた。だから姿形は違っても、少なくとも俺はまた一緒にやれると思っていたんだが……他の天使共が駄目だったんだ。

 

 奴らはアザゼルが堕天使になって帰ってきたら、問答無用であいつに飛びかかっていった。おまえがこの間、フェロー諸島の港で見たようなあんな感じで、まったく話が通じなかった。

 

 こいつはおかしいと思った俺は、アザゼルと話し合って、ノルウェーの堕天使たちと会うことにした。聞けば、彼らはだいぶ前に魔族化してしまったが、天使たちが暴れるから帰還できずに、ずっと人知れず欧州の魔族と戦い続けていた元天使の集団らしかった。

 

 彼らの願いは唯一つ、人類の救済で、天使をどうこうしたいわけじゃない。ところが、天使は彼らの姿を見るだけで我を失って襲いかかってくる……まるで天使のほうが魔族になっちまったような反応を見て、俺は思ったんだよ。

 

 もしかして、元から狂ってるのは天使の方で、魔族化した堕天使の方が正常なんじゃないかって」

「どういうことだ?」

「魔族ってのは、他種族を見るだけで、本能的に襲いかかってしまう種族のことだろう? なら天使は殆どの魔族には反応しないが、唯一、堕天使にだけ反応して襲いかかる魔族だって考えたら、あの行動の説明がつくじゃねえか」

「なるほど……」

 

 鳳はギヨームの説を聞いて思い出した。以前、ミカエルが危惧していたように、天使の体には、天啓のような外部から操作を受けている形跡が既に存在しているのだ。

 

 魔族は遺伝子に仕組まれた本能に従って、ひたすら他者を殺し続ける生物だが、天使もまたそれと同じように、神によって堕天使を見たら殺すようにという命令が、既に遺伝子の中に仕組まれている可能性はありうる。

 

 しかし、彼らは魔族になることで、その遺伝子の命令が書き換わり、堕天使はもう何にも反応しなくなるというわけだ。

 

「天使は魔族に倒されることによって堕天使になる。そして堕天使は、天使の正常な思考を奪ってしまう。神がこの仕組みを作ったのだとしたら、とんだマッチポンプじゃねえか。一体どういうことか? そんな事を考えてる時に、エミリアからコンタクトが来たんだ」

「エミリアが?」

 

 ギヨームは頷いて、

 

「順を追って説明するぜ……まずこの世界とレオの世界じゃ時間の流れが違う。おまえがメアリーを送ってから暫くグズグズしていたせいか、タイムラグが生じて、エミリアはおまえが来るより数時間前に、播種船で目が覚めたらしい。

 

 だがあいつはそもそも世界渡りの意思があったわけじゃなく、まったくおまえらのトバッチリで復活させられたようなものだった。目覚めた時、彼女は自分が何故こんな場所にいるのかも分からず、ただ戸惑っていた。するとそこにタイミングよく、天使が襲撃をかけてきたらしいんだ」

「天使が……? そんな話は聞いておりませんが?」

 

 話を黙って聞いていたウリエルが首を傾げている。ギヨームは彼女に向かって、

 

「16年前、天啓が訪れなくなってから、天使の中には自分勝手に行動する連中が増えた。このアイスランド基地に送られた囚人や、アズラエルみたいに戦いに身を投じた天使もいる。おまえら神域は、その全員の行動を追跡してるのか?」

「……いいえ、残念ながら」

「そのうちの何人かは戦いの中で戦死したり、行方不明になったりしてるだろう。そういった連中が、この時、神に操られて、播種船になだれ込んできたわけだ」

 

 ウリエルはよほどショックを受けているのか、深刻な表情で青ざめている。神がこんな都合よく天使を操れるなら、もはや四大天使の威光など無に等しい。自分もいつ操られるかわからないと思ったら、気分も落ち着かないだろう。

 

 ギヨームは気にせず話し続けた。

 

「何が何やらわからないエミリアは襲ってくる天使から逃げ惑った。そこへ船の住人であるカインが出てきて天使と戦い始めたが、苦戦を強いられたカインは最悪の事態を想定して鳳の身体が乗ったポッドを切り離した。

 

 その後カインはどうにか天使の撃退に成功するが……播種船が傷つき、緊急メンテナンスモードに切り替わり、すると彼はどこかへ消えてしまった。一人残されたエミリアはパージされたおまえのポッドに話しかけた後、どこか安全な場所に逃げようとした時、船のメンテが終了してカインが戻ってきた。

 

 カインってのは実体を持たない、量子化された人間のことだったんだよ」

 

「確か、カナン先生が助けてあげた、イレギュラーで生まれた男性のことだったんじゃないっけ?」

 

 鳳がそう指摘するとギヨームは頷き、

 

「それもすでに百年以上前の話だ。カインは播種船に逃げ込んだあと、自分を量子化したわけさ。一人で、そんな場所で生きてても仕方ないからな」

「そうか……」

「でだ……襲撃も収まり、カインが帰ってきたことで、ようやく落ち着いてエミリアは自分の身に起きている出来事を聞くことが出来たわけだが……ここから先は、特にこの世界で生きている者にとっては憂鬱な話だから、なんなら聞かなくってもいいと思うぜ。ウリエルさんよ」

 

 さっきの話で気分を害していたウリエルは、唐突にギヨームに話を振られてギョッとしつつも、

 

「いえ、何を言われても最後まで聞き届けましょう……私も、四大天使の端くれですから」

「だからこそ、あまり気分のいい話じゃないんだがな……」

 

 ギヨームはそういうと空になったティーカップをアリスに差し出した。アリスが黙って差し出されたカップに紅茶を注ぐと、ギヨームは両手でカップを持ってぐるぐる回しながらその中身を見つめ、ゆっくりと啜った。

 

 別にもったいぶっているわけではなく、本気で話しづらいのだろう。彼にしては珍しく遠回しな表現でその話は始まった。

 

「ここにいる連中はもちろん知っているだろうが、その昔、第5粒子エネルギーを発見した人類は、2つの進化形態へと分岐した。一つは強者生存のラマルク的な進化を標榜した魔族。そしてもう一つは、肉体を捨てて精神だけを機械に移した、量子化人間たちだ。カインもエミリアも、この量子化人間に属する人類なわけだが……

 

 まあ、今の彼らのことはどうだっていい。それよりも、かつて量子化された人類は、肉体を持っている必要はなくなったために、地上を魔族に明け渡して播種船に逃れた。つまり、その後の地上は魔族のためだけにあり、神ってのはその魔族を満足させるために存在しているわけだが……

 

 じゃあ、なんで現生人類は存在してるんだ? 天使ってのは何者なんだ? こいつらはどっから湧いて出た? おかしくないか?」

 

 ギヨームの疑問はシンプルで、どうして今まで考えてこなかっただろうかと首をひねりたくようなものだった。鳳は困惑しながらもなんとか答えを捻り出そうと、

 

「それは……人類は2つだけの進化形態に移行したわけじゃなくて、昔のまま変わらない人類もいて、その人達が魔族とともに地上に残ったんじゃないのか?」

「魔族ってのは話の通じない連中で、当たり前のように人を襲うんだぞ。そんなところに何故残ろうとするんだよ? それどころか、この世界には何故か女しか残ってなくて、それを天使が管理している……なんでこんなことになってんだ?」

「言われてみれば確かに……どうしてこんな矛盾が存在するんだ?」

 

 鳳が不可解な事実に眉をひそめていると、ギヨームはその答えをあっさりと教えてくれた。

 

「いや、それが矛盾しないんだ」

「矛盾しない?」

「ああ、魔族は強者生存というラマルク的な進化を選んだ人類のことだが……ところで強者ってのはどういう者を指す? 強者ってのは勝者と敗者、対比する2つの個体が存在しなければ成り立たない……

 

 つまり、魔族が十分に強くなるには、十分に強い弱者が必要なんだ。神は魔族の進化を促すために、その強力な弱者ってのを作り出さなければならなかった。それが、現生人類と、天使だったんだ」

「そんな……はずは……」

 

 ウリエルの強張ったつぶやきが聞こえる。鳳はそんな彼女にかけてやれる言葉もなく、ただ呆然とギヨームの話を聞いていた。

 

「気持ちは分かるが、それを裏付ける証拠も出てきてしまった。アザゼルたち、ここの囚人たちが全員そうだったように、天使という種族は魔族に捕食されることで確実に魔王に進化する……言うなれば、魔王の贄だったんだよ。

 

 こうして生まれる魔王は強力で、魔族の進化を更に促す糧となる。だが、ベヒモスみたいに、あまりにも強力すぎて生態系に悪影響が出るなら、神はオリジナルゴスペルを使って処分していた。

 

 これが、この世界の真実だったんだ」

 

 ギヨームの言葉は衝撃的で、さっきまでの和やかな雰囲気は一変して、場は沈黙に支配された。ウリエルは自分の信じる神の不都合な正体を突きつけられ、放心したようにぼんやり座っている。ルーシーが深刻そうな目つきで鳳の顔を見つめ、アリスは紅茶を零しているのも気づかず、ポットを傾け続けていた。

 

「でだ、その神が何故か鳳に対してやたら肩入れしている。この理由は何なんだ? エミリアは、この世界に鳳白の遺伝子は存在しないという。それが事実なら、神は存在しないはずの鳳白という人間をわざわざ創ったことになる。どうしてそんなことをする必要があるんだ?

 

 理由が分からないまま、おまえのことを無条件に信じるわけにはいかなかった。もしもおまえが神なら、攻撃すればきっとボロを出すと思った。まあ、おまえと戦ってみたかったってのもあるけどな」

「そうか……それで俺は信用されたと見ていいんだな?」

「まあな。おまえの言う通り、神に俺を生かす理由はない。だが、逆に分からなくなった。それならどうして神はおまえに肩入れするんだろうか? これからそれを探しに行かなきゃならない」

「あてはあるのか?」

「ああ、ウトナピシュティムだ」

「ウトナピシュティム?」

 

 それは失われたオリジナルゴスペルの一つであり、それがどうして紛失していたのか、その根本的な理由がギヨームによって明かされた。

 

「ウトナピシュティムってのは大昔の人間が量子化する際、自分たちや地上の動植物の遺伝子を集めた播種船のことだ。正しくは、そのデータベースだな。この世界のおまえの身体は、そこで作られた。どうして遺伝子の存在しないはずのおまえが復活できたのか。本当に、エミリアの言う通り、そこにおまえの遺伝子は無かったのか。一度調べに行ったほうがいいだろう」

 

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