ギヨームが頑なに鳳のことを疑い続けて来たのは、それは現生人類の存在理由が原因だった。
この世界の神は、実は魔族の進化を促進するために存在しており、そのために天使と人間を作ったと思われる。その神が何故か鳳に肩入れしまくっているわけだから、こんなの疑わないわけにはいかず、この鳳が本物かどうか、もしくは神に操られていないかどうか、どうしても確かめねばならなかったと言うわけである。
彼は一連のやり取りで、ようやく鳳が本物であることを認めたが、それでもまだ、何故神が彼を贔屓しているのかがわからない。だからその理由を探すために播種船に向かおうと言い出した。失われたオリジナルゴスペル、ウトナピシュティムとはこの播種船のことだったのだ。
「ゴスペルってのは対魔族用の兵器のことだと思ってたけど、どうしてこれだけ宇宙船だったんだろう?」
「さあな。そもそもオリジナルゴスペルってのがいつから存在するのか、誰が作ったのかも分かってないからな。神は人類を守護するつもりじゃなかったんだし、その辺が曖昧なのは仕方ないんじゃねえの」
「ケーリュケイオンもウトナピシュティムと同じで、大昔の量子化人間たちが作った物だったんだろうか? いや、でも、この世界に俺の遺伝子は存在しなかったんだよな? なのになんで俺の武器が存在していたんだ? ……うーん?」
「その辺のことも播種船に行って調べてみるしかねえだろうな。そこにはそれこそ大勢の量子化された人間のデータが残されているんだから、そいつらに聞けば何か分かるかも知れない。後はエミリアのこともあるから、どうせ行くならおまえを連れて行きたかったんだ……だから本物か確かめるのは絶対だった」
「そっか、悪かったな、苦労かけて……」
「気にすんな。投げっぱなしのカナンには及ばない。あいつは俺らを連れてくるだけ連れてきておいて、すぐおっ死んじまったからな」
ギヨームはそこまで言ってから、自分の言葉の中に何かを見つけた様子で、
「そう言えば……おまえは自分が復活出来たのは、カナンのお陰じゃないかって言ってたな。エーテル界がどうとか」
「ああ、その辺の話もしといた方がいいな。でも、その前に、まずはジャンヌたちに合流しないか? あいつにも話しておいた方がいいと思うし、ミッシェルさんにも知恵を借りたい」
「ん、そうだな……奴らのところには、今アザゼルたちがいる。そろそろケリが付いた頃だろう」
「ケリ? おまえ、何やったの?」
「行きゃあわかるさ」
鳳たちは話し合いを中断すると、フェロー諸島へ戻ることにした。一度行った街ならポータルが作れるはずだろうと、試しに鳳がやってみたら問題なく繋がった。ルーシーやギヨームとは違って、彼が魔法を駆使して空間を制御しているわけじゃないから、どういう力が働いているか不思議だったが、その辺も播種船に行けばわかるのだろうか?
そんなことを考えながらポータルをくぐり抜けると、繋がった先の港には、得体の知れないクジラみたいな化け物が、海ではなく空にプカプカ浮かんでいた。
「……おい、ギヨーム。てめえ、マジで何やったんだ?」
「安心しろって、こう見えてこいつも堕天使だ。天使や魔族みたいに無闇矢鱈と攻撃してきたりはしない」
「ええ~……本当かよ」
クジラの巨体はベヒモスほどではなかったが、それに準じるくらいの大きさがあった。そんなのがプカプカ空に浮かんでいるのは常識では考えられず、一体何を動力にしているんだと不可解に思って見上げていると、島の内部にある刑務所の方から懐かしい声が聞こえてきた。
「おお! 勇者ではないか! 久しぶりだな! いや……ずっと一緒にいたような気もするが……とにかく久しぶりだ! 元気にしてたか?」
その声に視線を下げると、目に飛び込んできたのはサムソンの姿だった。こっちの世界に来てからずっと一緒に旅してきたのに、何を言ってるんだ? と一瞬思ったが……その姿がいつの間にか魔族から人間のものに変わっていることに気づくと、鳳は驚くと同時に、心の底から喜びが湧き上がってきた。
「お……おおおーーーっ!! サムソン!? サムソンか!? えー! なんでなんで!? おまえどうして元の姿に戻ってんの!?」
「知らん! なんだか長い夢を見ていたと思ったら、ここでこうしていたのだ。おまえと一緒にいたのはなんとなく覚えているが、自分の身に何が起きていたのかはさっぱりわからん。ところで……そちらは? まるで神が徒に摘んだ花のように美しい女性と、ちっちゃい男は」
「誰が小さいって!?」
鳳はギヨームが掴みかかっていきそうなのを羽交い締めしつつ、
「こちらは大天使のウリエルさんで、こっちはギヨームだよ。見てわからないか?」
「なに!? ギヨームだと……? いや、しかし、やけに老けてるではないか。あいつはまだ子供のはずだろう?」
「いや、覚えてないなら仕方ないけど、君らがこっちの世界に来てから16年が経ってるんだよ。だからこれはギヨームで間違いない」
「16年!? そう言えばそんなこと言ってたな……いや、月日というものは残酷だ」
「……くそ。なんか俺一人だけ年取ってて損した気分なんだが」
サムソンが目を丸くしている横でギヨームが理不尽に対して顔を曇らせていた。彼はこれ以上、年や背の話を避けるように話題を変えた。
「で、マジで何がどうなってやがる? その驚き方からすると、サムソンを元に戻したのはおまえじゃないみたいだが」
「ああ、ルーシーみたいに召喚した覚えはないから、なんで勝手に戻ったのかは分からないけど……多分、俺の時と同じで、ベル神父辺りがなんとかしてくれたんじゃないか」
「ベル神父が?」
鳳は頷いて、
「さっきおまえにも聞かれたけど、俺はカナン先生たちはまだ死んでなくて、エーテル界に逃げ込んだんじゃないかって思ってるんだ。実は、おまえに狙撃されて復活するまでの間に、俺は夢の中で先生の姿を見たんだよ。そこにはサムソンの姿もあって、彼はベル神父らしき光と修行みたいなことをしていた……」
「なに? 師父が?」
鳳の言葉にギヨームではなくサムソンが反応する。彼は少し思い出すような仕草をしながら、
「そう言えば……長い夢を見ている間、俺はずっと師父と修行を続けていたような気がする。現実はベヒモスと戦い続けていたようだが、案外、勇者の言う通りだったのかも知れないな」
「ミッシェルさんが言うには、こっちの世界に来た時、サムソンはアストラル体だけでこの世をさ迷っていたらしいんだ。また彼が言うには、人間は死ぬと肉体からエーテル体が分離し、アストラル体と融合を果たすらしい。
だから2つが一緒になってない時点で、サムソンはこの時まだ死んでいなかったんだよ。それじゃエーテル体はどこに消えたんだ? って考えると、もしも神父が生きてて保護してくれていたと思えば割りとしっくり来るんじゃないか」
「なるほど、しかし、それでどうしてカナン達がエーテル界にいるってことになるんだ? 少し飛躍してないか?」
「仮説ってのは得てして飛躍するものさ。まあ、ちゃんと理由もあるんだけどな。その辺のことをもう少し詰めたいから、ミッシェルさんと話をしたくて帰ってきたんだけど……」
「そのミッシェルさんが行方不明なのよ」
鳳たちがそんな話をしていると、刑務所の方から今度はジャンヌがやってきた。その背後にはアザゼルがいて、ギヨームに気づいて手を挙げた。鳳は、ウリエルが堕天使を見たらおかしくならないか? と不安になり、彼女の様子を見ようと振り返った時、
「きゃあーっ! ルーシーじゃないのぉ! 久しぶり~!!」
「わわ、ジャンヌさん!? あれ~? 記憶喪失になってたんじゃないの??」
不安げな顔をしながら港にやってきたジャンヌは、そこにルーシーの姿を見つけるなり、打って変わって笑顔になって、きゃあきゃあ言いながら彼女に抱きついた。その姿はかつての冒険者だった頃の彼女そのものであり、今のドミニオンの隊長からは想像もつかなかった。鳳は驚きながらも、
「ジャンヌ、もしかしておまえ記憶が戻ったのか?」
「ええ、お陰さまで。自分が何をすべきかを思い出したら、自然に何もかもを思い出していたわ」
「そうか。サムソンも元に戻れたし、なんか色々といっぺんに解決しちゃっててビックリだな……」
鳳は感嘆の息を漏らしながらそう呟いた時、ウリエルのことを思い出し、
「そうだった。ウリエルさん、平気ですか?」
「ええ、なんとか……」
鳳が振り返って尋ねると、彼女の顔色はあまり優れなかったが、どうにかこうにか理性は保っていられたようで、
「……事前に話を聞いていたお陰で、どうにか抑え込めている感じですね。言われていた通り、彼を見ているだけで、何か胸の辺りにもやもやしたものが溜まってきて、かなり情緒不安定にさせられます。確かにこれでは、何も知らなかったら、問答無用で飛びかかっていっても不思議じゃありませんよ」
「俺が魔王化にかかった時とほぼ同じだな……ルーシー、認識阻害かけてくれないか?」
鳳に言われてルーシーがアザゼルの姿を隠してしまうと、ウリエルはそれで楽になったらしく、ホッとため息を吐いて両腕をだらりと下げた。額にはいつの間にか玉のような汗が溜まっており、彼女が相当我慢していたことが窺えた。
「見えなくなることでだいぶ楽になりましたが、これはお互いに直接顔を合わせないほうが良さそうですね」
「ええ、私たちもそう思って、ミッシェルさんにお願いして堕天使のことを隠してもらおうと思ったんです。そうしたら、いつの間にか彼がいなくなっていて……それで今、人間だけで捜索を行っていたところなんです」
ジャンヌが困惑気味の表情で言う。ルーシーが何かに気づいたように、
「ミッシェルさんには、私が行くまで鳳くんの手助けをしてってお願いしてたから、もしかして私が来たのに気づいて帰っちゃったのかな?」
「うーん……いくらミッシェルさんが気まぐれでも、この状況で何も言わずにいなくなることはないだろう。ところで、堕天使を隠してもらうって言ってたけど、彼らはここで何してたの?」
「話し合いをしに来たんだよな。俺らが話し合ってる間に」
ギヨームが白々しくそう言い放つと、ジャンヌは不機嫌そうに唇を尖らせながら、
「襲撃のことを話し合いとは言わないわよ」
「仕方ねえだろ、問答無用で殴りかかってくる相手には、拳で語り合うしか方法がないじゃねえか」
「そのせいでサムソンは死にかけたのよ!?」
「おいおい……俺がいない間に、なんかとんでもないことになってんな……色々話を聞きたいところだが、とにかく、ミッシェルさんがいない方が気になるから、まずは俺たちも一緒に探そうぜ?」
黙っていると二人が口論を始めそうだったので、鳳は軌道修正するつもりでそう提案した。ジャンヌが渋々頷く横で、ギヨームはやれやれと肩を竦めていた。
一瞬、険悪な雰囲気になりかけたが、やはり冒険者時代の相棒だけあって、二人はその後何事も無かったかのように、連れ立ってミッシェルの捜索に向かった。その後にサムソンがくっついていく。
そんな後姿を見送った後、鳳はアザゼルに事情を聞きながら、自分もミッシェルを探しに島を歩き回った。途中、瑠璃を発見したアリスが喧嘩をおっ始めたり、ルーシーの眼帯に異様な反応を見せた桔梗に絡まれながら、島をぐるぐる捜索したが、日が暮れてもミッシェルは見つからなかった。
仕方ないので初日の捜索を終え、夜は留守の間にお互いに起きた出来事を話し合ったりして……明けて翌朝、二日目になっても捜索は中々進まず、依然ミッシェルは行方不明のままだった。
こうなると天使と堕天使の戦闘にでも巻き込まれたか、ルーシーの言う通り、本当に黙って帰ってしまったとしか思えなかったが、
「うーん……私もアリスちゃんみたいにあっちの世界に帰れるなら、迷宮を見に行けるんだけどなあ」
「呼び出すのは何となく出来ちゃったんだけど、帰る方法は何も思いつかないんだよね。ゲームの定番だと、召喚獣はHPが切れたら元の世界に戻るんだけど……いっぺん死んでみる?」
「え!? やだよ!」
「だよなあ。本当に死んじゃったら洒落になんないし……」
「それより、痛いのがやだってば」
「練炭だと比較的楽に逝けるそうだよ?」
鳳たちがそんな怖いんだか、間抜けなんだか、よくわからない会話を交わしている時だった。ウリエルが二人の間に少々申し訳なさげに割り込んできて、
「あの……鳳様。ミッシェル様のことも気になるのですが、今回の件をミカエル様に報告したいので、一度神域に戻ってもよろしいでしょうか? 既にアズラエル様が先行して帰ってらっしゃいますが、その後に得た情報のほうが重大だと思うので、出来るだけ早く神域に持ち帰りたいのです」
「ああ~……それもそうですね。それじゃ、一旦、捜索を切り上げて、神域に戻りましょうか?」
「いえ、それには及びません。お仲間が居なくなってはさぞかしご心配でしょう。神域には私一人で戻りますから、お気になさらず。取り敢えず、今からでもタンカーに原油を積み込んで、2日ほどあれば作業も終わるでしょうから。それから喜望峰を回って……」
「いや、そんなことしなくっても、ポータルで帰ればいいじゃないですか」
「……え?」
鳳はそう言うと、唖然としているウリエルの前に、当たり前のように光り輝くポータルを作り出した。その向こう側には、見慣れた神域の景色が見える……
ウリエルはそんなあり得ない光景を見て、16年前の襲撃で勝利したつもりだったが、それはただの錯覚だったと改めて悟ったのであった。