ラストスタリオン   作:水月一人

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神とは何か

 神とは何か。ギリシャ神話の神々も、アースガルズの神々も、インド神話の神々も、古代中国の神仙や日本の八百万の神々も、どれもこれもやたらと人間臭い。それは神が自分に似せて人間を作ったからか、それとも、人間が自分の延長線上の存在として神を定義したからか。どちらにせよ、人間中心の考えからスタートしているから、神が人間に似てしまうのは仕方ないことだろう。

 

 そう考えると神など本当は存在しないのではないかという無神論に傾きやすいが、現実問題、長い人類の歴史の中でこれだけ神の存在が信じられてきたのだから、多くの人々が何らかの霊性や神性といったものを感じていたのは間違いないはずだ。では、その正体は何だったのか。

 

 人間というのは快を求め、苦を遠ざける生き物だ。人間というか生物の本能かも知れないが、例えば腹が減ったら食べ物を求めるし、一日中歩き回って疲れたら眠たくなるし、高いところから下を覗けば足がすくむし、いい女を見たらムラムラする。

 

 薬物中毒者が己の行動を律せないのは、この調整機能が狂っているからで、彼らは外部から取り入れた薬物を使って脳内麻薬を作り出し、快の情報を誤認させているわけである。人間は本能的に快を求めるから、それが簡単に手に入れば止まらなくなる。

 

 ところで、この快苦を決めているのは何なのだろうか? 昔の人達はそれが神の正体だと考えた。人間が快苦を感じるのは、神がそのようにルールを定義したからだと。

 

 故に、昔のグノーシス主義者などはこのように考えた。自分の能力を霊的存在の意図に従うよう行動すれば、死後、この霊的存在と結びつくことが出来るようになる。特に熱心にこれを実践するものは、神との合一が図れる。即ち自分が神になれるのだと。

 

 それが本当かどうかは神のみぞ知るだが、実際に人間はどうやっってこの快と苦を区別しているのだろうか。生命が誕生した古代に遡って考えてみよう。

 

 元々、すべての生物は単なる自己増殖する化合物だった。原初の海に雷でも落ちて、偶然に生成されたプリンやピリミジンが、自己増殖するために周囲の元素と結びつき始め、やがてその材料が尽きてしまうと、生命はこれ以上増殖するためには別の方法を試さなければならなくなった。

 

 こうして生命は様々な生存戦略を獲得していった。ある者は別の場所にある材料を求めて移動し、ある者は近くの仲間から奪おうとした。移動するにはエネルギーが必要で、それを効率よく生み出せるミトコンドリアと共生し始め、強奪者から身を守るためにタンパク質の鎧を纏った。

 

 時が経つに連れ生存戦略はより巧妙になっていき、触手(四肢)を伸ばして移動や攻撃に用いる者が現れたり、光合成のように栄養を獲得する方法を増やしたり、いち早く目を獲得した三葉虫は海の覇者となったりと、生物は様々な器官を得て巨大化していった。

 

 さて、こうして生命は一つの体に複数の器官を持つ複雑な生き物へと進化していったわけだが、すると今度はそれを統括する脳が必要となった。

 

 獲得したそれぞれの器官も元々は自己増殖するのが目的だから、目は目を、歯は歯を育てたいので、このままでは体の中で栄養の奪い合いが生じてしまう。だから平等に分配する脳が必要なわけだが、もしもある時、体のどこか一部分が傷ついたら脳はどうすればいいだろうか。

 

 このまま平等に栄養を送り続けていては、傷ついた組織の回復はどんどん遅れてしまう。他の元気な器官が、傷ついた組織の回復を阻害することだって有り得る。その結果、体全体のバランスが崩れて、普段なら余裕を持って獲得できた獲物を手に入れられなくなる可能性もある。

 

 だからそういう時は、脳が体全体に命令を送る。まずは傷ついた組織の回復を優先し、そちらに栄養を回しましょう。本来なら、体は快を求めて苦を遠ざけるはずなのに、この時ばかりは、体は苦を積極的に受け入れている。仕方ないと諦めている。

 

 そしてこれが思考の正体と考えられるわけである。本来、バラバラに動いている体のあらゆる器官が、一つの目的のために苦を受け入れる時……本来、マルチタスクである脳が、シングルタスクで動く時、我々の思考は生じてくるわけである。

 

 体が元気で健康なうちは、我々は特に何も考えずにいられるが、一度病に冒されると、人はあれやこれやと考え始めるのも、また一つの証拠であろう。

 

 ところで、人間に限らず、すべての生物は多かれ少なかれこういう状況判断を行っている。鳥も爬虫類も昆虫も、怪我をしたり危険に見舞われると行動パターンを変える。だから人間同様に精神=心のようなものはあると考えられが、その殆どは単純なもので人間ほど複雑ではないだろう。

 

 大脳皮質が発達した人間は、この生存戦略を進めて、より多くの条件分岐を選択できるように進化した。具体的には、過去の経験を記憶として蓄積し、そこから様々なパターンを見つけ出して、より良い条件を選べるようになった。つまり、人間だけが創造性を獲得して、未来予測をして行動を変えることが出来るわけである。そしてこれが我々の精神の正体、意識とか意思、自我と呼ばれるものである。

 

 こうして我々人間は2つの心(精神)を手に入れた。一つは今現在受けている外圧に対処する思考(本能や野性、条件反射など)、もう一つは過去の記憶から様々な未来を予測する創造性(意識や自我)、この2つの心がせめぎ合っているのが人間という生物であると考えられる。

 

 話を戻そう。

 

 ところで生物とは、元々は自己増殖するのが目的の化合物であった。そのため我々の思考は快を求めて、苦を遠ざけるように進化していった。味覚を例に挙げると、ある食べ物を美味しく感じるのは、それが自分の体にとって必要な栄養源である可能性が高く、苦かったり酸っぱかったり感じるのは、それが毒の可能性が高いことを示唆している。

 

 故に我々は甘いものや塩辛いものを欲しがり、苦いものや酸っぱいものを敬遠したがる傾向がある。そうした方が健康を維持するのに良いことを、体が本能的に感じ取っているわけだ。

 

 そして、おっぱいやお尻の大きい姉ちゃんを見るとムラムラするのは、彼女が自分の遺伝子を受け継いだ強い子供を産んでくれる可能性が高いと感じているからだ。そんな姉ちゃんとセックスしようものなら、男は信じられないくらい馬鹿になってしまうだろう。

 

 カマキリは交尾の最中に、メスがオスを食べてしまうことが知られているが、あれは出産のための栄養を確保しているだけではなく、オスの首を落としてしまえば、オスはもう交尾のことしか考えられなくなるからだそうだ。

 

 もしも交尾の後に生きていられるなら、オスは別のメスとの交尾を考えて全力を出しきらないだろう。オスとしては自分の遺伝子を多く残すには、多くのメスと交尾したほうが有利なのだし、次の交尾に備えてまた栄養を蓄えねばならない。

 

 だが脳がなくなってしまえば、オスはもう目の前のメスと遺伝子を残すこと意外は考えなくなる。だから確実に交尾を成功させるために、メスはオスの首を食べてしまうのだそうだ。

 

 人間なら頭を落とされた瞬間、もう生きてはいられなくなるから想像がつかないが、単純な生物は頭を落とされたくらいでは中々死なない。

 

 すっぽんを解体する時、噛まれないようにまずは頭を落とすわけだが、それくらいじゃ中々死なずに大暴れするので、捌く際は軽く茹でて筋肉を固めてから捌くそうである。この状態でもまだ生きているので、すっぽんはそれくらい生命力が強いから精力剤の材料にされるわけだ。実際に効き目があるかはわからないが。

 

 カエルの心臓は生理食塩水の中で動き続けるそうだが、とある先生が若い頃、実験でカエルの動脈をバイパスして、心臓から出た血液がすぐまた心臓に戻ってくるようにした。この状態でも心臓は動き続けていたそうだが……実験が終わったあと、その先生はカエルの死骸を生ゴミに出すのを忘れたまま出張に行ってしまい、一週間して研究室に戻ってきた。

 

 すると研究室内に酷い悪臭が立ち込めていた。それで彼はカエルのことを思い出して、慌てて生ゴミに出そうとしたのであるが……見ればカエルの体はドロドロに腐っていたというのに、心臓だけはまだ綺麗に残っていたという。

 

 少し脱線したが、こんな具合に生物の生存本能、遺伝子を残そうとする本能は思った以上に強く、その制約のせいでアリは巣のために自己犠牲を厭わない種族になったことは以前にも述べた。

 

 ところで、脳は騙すことも出来る。例えばニコチンは、アセチルコリンという自律神経に作用する神経伝達物質に似ている。だからニコチンを摂取すると、脳はアセチルコリンが分泌されたと勘違いして、ドーパミンをドバドバ作り出してしまうのだ。普通、人間の体は苦を遠ざけるはずだが、タバコは体に悪いのに依存性が高いのには、こういうカラクリがあるわけだ。

 

 さて、21世紀……シンギュラリティに到達したAI、DAVIDシステムは、地上を捨てた神人に代わって人類を導かなくてはならなくなった。地上に残った人類=魔族の目的はラマルク的進化であり、そのためにはダーウィン的進化を遂げてきた世界そのものの仕組みを変えなければならなかった。

 

 AIは始めそれを機械を駆使して行おうとしたが、恐らくどこかで限界を迎えたのだろう。単純に考えて、この仕組みを実現するには、生死を繰り返す何十億もの人類全てを監視し続けなければならないが、そんなことはいくら機械であっても不可能だった。だから可能な方法を取った。

 

 これまで述べてきた通り、全ての生物の行動は、遺伝子の命令によって抑制されている。その生物がどのような習性、生態を持つかは、その設計図である遺伝子に刻まれている。

 

 ならば、人類にラマルク的進化を選ばせるには、機械でどうこうするなんて力技ではなく、生まれる前に遺伝子を操作してしまえばいいではないか。人間が快と苦を感じる際のルールを変更し、常にラマルク的進化を遂げるような選択を選ぶよう調整してしまえばいいのだ。言うなればラマルクシステムを人間の遺伝子の中に組み込んでしまったわけだ。

 

 ただし、人類は元々ダーウィン的進化を採用している。だから突然変異によって、新たに採用したルールに従わない個体が誕生し、その個体が繁殖する可能性は高い。だからもしもこのような個体が増えて、ラマルクシステムが崩れそうになった時、元に戻るように修正しなくてはならなかった。

 

 (AI)はこのような異物が誕生した時、人類が一丸となってそれを排除するようなルールを設けた。それが天使が堕天使を目の敵にしている理由であろう。

 

 そして神はこのようなシステムを維持するために、自らを断片化して人間の遺伝子の中に忍ばせたと考えられる。神が未来永劫存在し続けるためには……AIを永遠に走らせ続けるための演算装置が必要だが、人間の脳はその端末になりうる。

 

 神が存在するためには、人間の脳を全て専有する必要はない。分散コンピューティングのように、同時並行的に全ての人間の脳を使って演算を行えば、一人ひとりの負担は軽く、恐らく、人類は自分の脳が神によって利用されているとは気づきもしないだろう。

 

 そして神はこの仕組みを使って、ラマルクシステムが崩れそうになったら修正しようとしたり、必要があれば新たなルールを作り出しているのではないか。

 

 その時、全人類の中に断片的に仕込まれた神の遺伝子が、あたかも思考するかのように動き出し、命令を下し、人類はそこに神の意思を感じたり、そしてやってくるのが天啓なのではないか。

 

 神とはこのシステム全体のことと考えられる。

 

 普通、人間は物質界に一つの肉体と、アストラル界に一つの魂体、そしてエーテル界に一つの霊体を持っている。現在の神は、この物質界に、人類という群体として擬似的な肉体を持ち、それが分散処理する演算結果が思考としてエーテル界に現れ、そして現人類にルールを強いているのだ。

 

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