ラストスタリオン   作:水月一人

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残る謎を求めて

「つまり我々天使は、魔族を育てるために何千年も人類を導いてきたというのか?」

 

 鳳の話を聞いた後、ミカエルは暫くの間厳しい表情で沈黙を貫いていたが、やがて諦めたように震える声でその言葉を口にした。ミカエルに限らず、他の四大天使たちも愕然としている中、鳳がどう答えていいか迷っていると、代わりにギヨームが答えた。

 

「俺はその可能性が高いと思っている。俺はこれまで何度も、天使が暴走する場面を見てきたからな。アザゼルと会った今のあんたなら、俺が言ってることも理解できるんじゃないか、ウリエルさんよ」

「ええ、おっしゃられる通り、初めて堕天使というものに遭遇した時、私は言いようの知れない感情が胸の内に湧き上がってきました。もしも事前に話を聞いていなければ、正気を保っていられたかどうかわかりません」

「そんなにか?」

「すごく……嫌な感じでしたね」

 

 ウリエルの言葉に他の四大天使たちが動揺している。イスラフィルの話の時にもある種の違和感を感じたが、恐らく、彼らも身に覚えがあったのだろう。自分の与り知らないところで、行動が誘導されていたらと考えるとかなり怖いものを感じる。しかもそれが、自分のよすがとする神の仕業であるなら尚更だ。

 

 鳳はその辺を刺激しないように、平静を装いながら続けた。

 

「ただまあ、そう誘導されているだけであって、あんたたちがそうしようとしているわけじゃないんだから、必要以上に自分を責めることはないと思うよ。あんたたちはまさか、人を不幸にしようとして生きてきたわけじゃないだろう」

「それは、無論だ」

「なら言えることは、最初機械だった神は、長い年月の中でいつの間にか生命の遺伝子の中に、その居場所を移したということだけだよ。そして神自身も、人類を不幸にしようと行動しているわけじゃない。ただ、ラマルク的進化を行うようにルールを設けているだけのはずだ」

「機械である神自身には、恣意性も選好も無いということでしょうか。しかし、私は天啓を受ける時、いつも神の意思のようなものを感じていました。あの感覚はなんだったのでしょうか……」

 

 ガブリエルがぽかんとした表情で言う。最も強く神の啓示を受けることが出来るという彼には、その存在が他の人よりも身近に感じれたのだろうか。

 

「俺は天啓を受けたことがないからはっきりしたことは言えないけど……最初に言った通り神ってのは、人間が生まれつき持ち合わせている生きる上でのルールのことなんだ。俺たちは誰に教えられなくても、こうであるべきだという規範を生まれつき持っている。だからそのルールに完璧に従う存在を想定すれば、そこに理想の人格が現れてくるから、それを神の意志のように感じるんだろう。古今東西、あらゆる神々が人間臭いのはそのせいなんじゃないか」

 

 ガブリエルは100%ではないが、それなりに納得したように頷いている。鳳は続けて、実際に神というアルゴリズムがどう動いているかを想定し、

 

「あるいは、神であるDAVIDシステムは、自分というプログラムを人間の遺伝子の中に、少しずつ断片的に埋め込んでいった。それは単体では何をすることも出来ないけれど、全体としては非常に強力なアルゴリズムとして機能する。それは俺たちの体の中で起きている、本来マルチタスクの脳が、あたかもシングルタスクで動くような時に、心が生まれるという現象に似ているのかも知れない。

 

 この世界の人類は、ラマルクシステムという一つの目的によって行動が誘発されている。だからその流れから逸脱しようとする者が現れると、人類全体が修正を施そうと動き出す。その時、人間は大いなる意志を感じるわけだ。そしてそれはエーテル界に顕現し、現代魔法と同じやり方で人々の行動を抑制している……はずだ。だからカナン先生たちはエーテル界に向かったんだと思う。そこでなら、神を止められると考えて」

 

 鳳のこの考えは発想の飛躍であり憶測に過ぎない。だから当然、疑問は湧いてくる。ミカエルは探るような目つきで、

 

「本当に、そんなことが可能なのだろうか? 今までの話を聞いている限り、神は一度として生命であった試しはない。従って、それがここ物質界ではなく、霊魂の世界に現れるとは想像がつかないのだが」

 

 すると鳳はあっさりと認めて、

 

「実は、俺もはっきりとは分からない。ただ、俺は一度死んで復活したことがあるだろう? その時、俺はエーテル界らしき場所で、カナン先生に会っているんだ。だから彼らがエーテル界に向かったことは間違いないと思うんだ」

「ふむ……」

「もしかすると、先生たちも神に対抗するために、エーテル界から人類を誘導しているのかも知れないな。案外、俺の周りで次々と起こる都合のいい出来事の正体は、それだったのかも知れない……16年間訪れなかった天啓が訪れたのも、先生たちの仕業だったのかもな」

 

 鳳が何気なくそんなことを口走ると、四大天使たちは明らかに動揺し始めた。その慌てぶりが唐突だったから、鳳は虎の尾を踏むような何かまずいことでもしてしまったのかと思ったが……実際にはそれとは真逆に、彼の指摘は四大天使たちに刺さった棘を抜き取っていた。

 

「ミカエル……これはもう、話しておいた方が良いのでは?」

 

 ガブリエルがそう促すと、ミカエルが彼の言葉を受け取るように続けた。

 

「貴様の指摘は正しいのかも知れない。実は我々が受け取った天啓というのは、貴様に関するものだったのだ」

「俺に?」

「うむ。内容はこうだ。西の海より救世主が現れる。その者の邪魔をしないように……と。この救世主というのが貴様のことだ」

「俺が救世主だって?」

 

 鳳はそんなセリフが出てきたことに思わず笑ってしまいそうになった。だが、すぐについ最近まで神ではないかと疑われていたことを思い出して、笑えなくなった。

 

 この世界の神が鳳のことを救世主扱いする理由はない。となると、本当にその天啓を送ってきたのはルシフェルたちに違いない。彼らは鳳を救世主に仕立て上げて何をさせようとしていたのだろうか?

 

「もし、その天啓を先生たちが送ったのなら、お陰であんたらとも交渉できたし、確かに動きやすくはなった……でも、それで実際に俺が救世主になれるわけじゃない。いずれボロが出ていただろうに、先生たちは俺に何をやらせたかったんだ?」

「……そうだろうか。実は、今貴様が言い出すまで、私は貴様が本当に救世主なんじゃないかと思いかけていた。そのくらいの実績を、既に貴様は上げているではないか」

「いや、そう言ってくれるのはありがたいけどよ……なんか調子狂うな」

 

 鳳はポリポリと頭をかいてから、

 

「あんたらが実際に俺のことを救世主のように思っているのだとしたら、それは天啓を送った先生たちの目論見通りなんだろう。すると、俺が魔王を倒せたのも、アズにゃんがレヴィアタンの女王になったのも、アイスランドで反乱が起きたのも、全部彼らが仕組んだことになる。

 

 確かに、彼らならそれくらいのことはやってのけるかも知れない。しかし、彼らの目的は人類の救済なんだ。自分で出来るなら自分でやればいいだろうに、俺を救世主に仕立て上げる理由はないじゃないか」

「ふむ……それもそうだな。救世主と名指しする必要はない」

「それに、これまでにこの世界で起きたことで、まだ分かってないことがある。16年前、どうして『再生』は急に出来なくなったんだ? 今にして思えば、神が再生を止める理由はない。とすると、止めたのは先生たちということになるけど、それも考えにくい」

「救世主である貴様が、人類に父として受け入れられるための仕込みだったのではないか?」

「それになんの意味があるんだ?」

「そうしなければ、人類は未だに自力で繁殖が出来なかったからではないか。ルシフェルは、人類を神から独立させたかったのだ」

「うーん……なるほど」

 

 いまいちしっくり来ないが、その可能性も否定できない。彼女たちはこれによって、ガチガチに管理されていた社会から解放されることになる。そしてアズラエルやアイスランドの堕天使たちがいる今、人類の安全も担保されている。彼女らが子供を生み育てるには、今が最良の頃合いだろう。

 

 問題は、その子どもたちの父親が鳳だということだが、

 

「まあ、今となってはギヨームとサムソンもいるし、俺にばっか偏ることもないだろう」

「おい、勝手に人を巻き込むなよ」

 

 ギヨームが迷惑そうにぼやく。彼はいつもみたいに呆れるような素振りで、

 

「何にせよ、カナンの真意を聞き出すにはエーテル界に行くしか無いぜ、ここでグダグダ考えてても仕方ねえや」

「しかし、どうやってそんな場所へ行くというのだ? ルシフェルたちはそのために命を投げ捨てたと言うではないか。貴様にはそこまでして、この世界の人類を守る理由はなかろう」

「まあな。だから今はやれることをやるしかない」

 

 ギヨームはミカエルの問いに答えてそう言うと、思わせぶりに鳳に目配せをした。彼が何を言わんとしているかが分かった鳳は代わって、

 

「俺たちはウトナピシュティムを探そうと思う」

「ウトナピシュティムだと……? オリジナルゴスペルが見つかったのか!?」

「ああ、どうやらウトナピシュティムってのは、大昔の人類が軌道上に打ち上げた播種船のことだったらしいんだ。そこには地上のあらゆる動植物の遺伝情報が残されていて、ギヨームやジャンヌたちの遺伝子もそこにあったから、彼らはこっちの世界に渡ってこれた……ところが、そこには俺の遺伝子は存在しなかったんだ」

 

 鳳の言葉がすぐには理解できずに、ミカエルたちは首を傾げている。

 

「それはどういう意味だ?」

「俺たちが次元を超えて世界を渡るには、転送先に肉体が用意されている必要があるんだ。遺伝子がないなら、俺がこっちの世界に来れるはずがない。なのにこうして存在しているのは何故なのか? 俺はこの世界で気がついたら海の上だったけど、本来なら播種船の中で目覚めるはずだった。だとしたら、ここになにかヒントが隠されてるかも知れない。それを行って確かめようってわけだ」

「なるほど。しかしそれなら今度は、大気圏外にあるという播種船にどうやって近づこうと言うのだ。人類に宇宙船は作れないぞ」

「それは……どうすんだろ?」

 

 鳳はそこまで考えていなかったので困ったふうに目配せすると、ギヨームは彼に答えるように、

 

「カインがどうやって播種船にたどり着いたのかと考えればわかるだろう。播種船の内部にアクセスするためのワームホールがどこかに存在するんだ。そしてその場所は、当然あんたが知っているんだろう?」

 

 ギヨームの視線の先には病み上がりのイスラフィルが座っていた。彼女は落ち窪んだ目をギラリと光らせ、四大天使たちを一瞥してから、

 

「……今更、あなたたちに隠し立てする必要もないでしょう。ヘルメス卿が望むのなら教えます。ウトナピシュティムへのゲートは、東京にあります」

「東京!? そうか……そうだったのか……」

 

 鳳の反応が大げさだったからか、その場にいる全員がビクッとして一斉に彼を振り返った。彼らは一様に何をそんなに驚いているのだろう? といった表情をしている。

 

 鳳は寧ろ、彼らこそどうして驚かないのか最初は分からなかったが、考えても見れば、この場にいる殆どの人たちは、元々鳳が何者であるのか、どこから来たのかさえも知らないのだ。それどころか、日本という国があったことすらよく知らないのだろう。

 

「東京は、俺の生まれ故郷なんだ。って言うか、あんたたちが信じる神……DAVIDシステムは最初そこで開発された。俺の父親が、作り出したものだったんだよ」

 

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