メアリーとの再会を果たした鳳たちは、彼女を結界の外に連れ出すことに成功した。しかし、そうして結界から出てきた瞬間、気が緩んでいた彼らは運の悪いことに、城を巡回していたカズヤに見つかってしまった。
このままでは騒ぎになる……と鳳たちは焦ったが、彼らを見つけたカズヤは慌てること無く、同じ巡回の兵士に異常がないと偽りを告げ、兵士たちを遠ざけてくれた。コツコツと兵士たちの足音が遠ざかっていく。その音がやがて聞こえなくなると、鳳は無意識に止めていた呼吸を一気に吐き出した。
緊張が解けて、ジャンヌやギヨームが脱力したかのようにその場にへたり込む。同じく腰を抜かして地べたに座り込んでいた鳳は、そんな彼のことを穏やかな視線で見つめているカズヤに向かって言った。
「久しぶり……だな」
「ああ、久しぶり。三ヶ月ぶりか」
「どうしてた? AVIRLやリロイは?」
「元気だ。何とか連絡を取ろうとしたんだが、まさかそっちから忍び込んでくるとはな……驚いたよ」
「そうか。実は俺たちも連絡取ろうとして、何度かこの城に忍び込もうとしてたんだが……上手く行かなくてさ、こんなギリギリになっちまったよ」
「おいおい、発見したのが俺じゃなかったらやばかったぜ?」
「助かったよ……おまえ、なんか雰囲気が変わったな?」
鳳がそう言うと、カズヤは一瞬だけ虚を突かれたようにキョトンとした表情を見せたが、すぐにまたどこか落ちついた大人びた顔に戻ると、
「そうか? 自分じゃわからないが……おまえはあんま変わらないな。ジャンヌの方は何か精悍な顔つきになったというか、見違えたけど」
「ほっとけ……ジャンヌは今冒険者をしてるんだよ」
「冒険者……?」
その単語にカズヤが興味を示したと見たか、ジャンヌが鳳を押しのけるように、
「そうなの。この世界には冒険者ギルドがあったのよ。こちらはギルドのお仲間さんたちよ。実はそのことで、何度もあなた達と連絡を取ろうと試みていたのよ。ここから逃げても、外でもちゃんとやってけるから、だからあなた達ももうこんな城からは逃げ出して、一緒に冒険者をやらない?」
「そうか」
「あなただって、そういう冒険がしたかったんでしょう? 望めばそれが出来るのよ。魅力的だと思わない?」
「ふーん……」
カズヤはあまり興味が無さそうだった。彼は一緒に逃げようと言うジャンヌとは、決して視線を合わそうとはせずに、生返事ばかりしていた。その態度からして、返事は期待できそうもない。それが分かるからか、城からの退去を勧めるジャンヌはより多弁になっていった。
そんなジャンヌとは対象的に、カズヤは静かに佇んで、その必死な言葉には耳を貸さずに、背後にいる仲間のことを見回していた。そしてギヨーム、老人と来て、メアリーを見つけたところで、ふと、彼の視線が止まった。
「へえ、エミリアにそっくりだ……そうか。アイザックはこれを隠してたんだな」
カズヤはそう言ってメアリーの顔をマジマジと見つめた。驚いた彼女が老人の背後に隠れる。会話の最中に突然出てきた呟きに、鳳はぎょっとした。どうしてその名前がカズヤの口から出てくるのか? そんな鳳の動揺に気づかず、彼は尚も独りごちた。
「いや、でも彼は
「ちょ、ちょ、ちょっと待て!」
口角に泡を飛ばしながら、鳳は慌てて突っ込んだ。
「どうしておまえの口からエミリアの名前が出てくるんだ!? おまえはゲームの中のソフィアのことしか知らないはずだ。なのに、どうして俺の幼馴染の名前を……」
するとカズヤは、はぁ~……っと長い溜め息を吐くと、鳳の真ん前まで歩いてきて立ち止まり、じっと彼の目を覗き込むように言った。
「やっぱりおまえ、覚えていないんだな……よく見ろ、飛鳥。いや、鳳白。俺の素顔を見ても、まだ思い出せないか? 実は俺たち、小中学と同じだったんだぜ?」
「え……!?」
鳳は驚いてカズヤの顔をじっと観察してみた。考えても見れば、ゲームの中では毎日のように一緒だったのに、こうして彼の素顔を間近に見るのは初めてだった。鳳は彼に言われた通り、記憶の中を探ってみた。すると小学校の頃のゲーム仲間の中に、なんとなく、彼の面影がある少年がいたことを思い出した。確か名前は……
「おまえ、まさか……」
「ああ、お前とエミリアと、それから他の数人で、良く学校帰りにゲームして遊んでただろう」
「カズヤって……あのカズヤだったのか」
鳳は唖然とした。カズヤなんてよくある名前だし、それが自分の知人だなんて思いもよらなかった。ネット上の付き合いは嘘みたいに希薄だとはよく言われるが、まさかこれまでずっと一緒に遊んでいた相手が、子供の頃もずっと一緒の幼馴染だったなんて……
しかもどうやら、相手の方はそれを知っていながら黙っていたようなのだ。どうして一声掛けてくれなかったのか、鳳がそのことを非難がましく抗議しようと思ったら、それを制する格好でカズヤの方が先に謝罪の言葉を口にした。
「悪かったな、ずっと黙ってて」
「本当だよ。どうして言ってくれなかったんだ?」
「それは……」
彼は鳳のその言葉にほんの少し口ごもると、バツが悪そうに視線を逸してから口を結び……暫く何か考え込んでいるのか、目に被さるように垂れた前髪を指で弄んでから、やがて何かを決心したように顔を上げると、
「悪かったな、鳳……」
「……なにが?」
「あっちの世界の最後の日のことだけどさ……ソフィアに嘘の待ち合わせ場所を教えて、おまえと会えなくしちまっただろう?」
「ああ、あれか。そんなのもう気にしてねえよ」
「おまえはそう言うかも知れないけど、俺はずっと気にしてたんだよ。本当は、あの時すぐに謝れば良かったんだけど、おまえは居なくなっちまうし、探しても見つからないし……こんな遅くなっちまったけど。本当に悪かった」
「いいさ」
今更、彼を責める気にはならず、鳳はそう言って彼を許してやることにした。いくら彼を責めたところで、もうあの時は帰ってこないのだ。しかし、どうしてあんなことをしたんだろう。イタズラにしても度が過ぎていると思っていると……彼はもう一度バツが悪そうに頭を掻きながら、
「エミリアのことが好きだったんだよ……」
と彼は言った。
「おまえが彼女を呼び出したことを知って、つい、魔が差しちまったんだ……悪いことしてるって自覚はあったし、本当は、あとでちゃんとフォローするつもりだったんだよ。でも、こんなことになっちまって、もう取り返しもつかないし……」
「……そうだったのか」
「本当にすまなかった」
そう言って彼は頭を下げた。その姿が、なんだかとても余所余所しくて、他人みたいで切なかった。ずっと一緒にいたはずの仲間が、幼馴染がどっかに行ってしまったみたいで、鳳は慌てて彼に近寄ると、頭を上げてくれと促しながら、
「いつから気づいてたんだ?」
自分のことが小中学の幼馴染だってことに、いつ気づいたのかと彼は尋ねてみた。カズヤは鳳に引き起こされながら申し訳無さそうに、
「……結構前から。おまえとゲームの中で再会したのはただの偶然だ。最初はデジャネイロ飛鳥が誰かなんて分からなかった。それが分かったのは、隣にソフィアが居たからだ。おまえもそうだろう? あの灼眼のソフィアって名前を見て、あ! こいつ、エミリアじゃないか? って、そう思ったんだろう」
鳳は頷いた。
「ああ、その通りだ」
何故なら、『灼眼のソフィア』というのは、小学生の頃のエミリアが考えた、TRPG用のキャラクターなのだ。当時、彼女が夢中になっていたラノベのキャラクターから名前を拝借し、普段は青い目をしてるが本気を出すと赤い目に変わるという、痛いロールプレイをしていた。ほにゃららの種族・吸血鬼は血を吸うと目が赤くなるという特徴があり、そのギミックを利用して、TRPGキャラと同じロールプレイをしていたのが、ソフィアだったのだ。
鳳は、風のうわさでエミリアがほにゃららをやっていると聞いて、ゲームにログインしてからすぐに、灼眼のソフィアというキャラクターを見つけた。そして彼女がジャンヌの作ったギルド、荒ぶるペンギンの団に所属していることを知り、近づいた。
「俺も同じだったんだよ。サーバー内でソフィアを見かけて、もしかして? って思ってギルドに入って、そこでおまえを見つけたんだ。最初は誰か分からなかったけど、ソフィアに対する態度や、二人の会話からすぐに気づいた。あれ? こいつ、鳳じゃないかって……おまえは隠してたつもりだろうけど、お前がソフィアに対する態度ってバレバレだったからさ。
すぐに正体を明かせばよかったんだろうけど……おまえら仲が良かったから、なんか疎外感を感じてさ。時間が経つにつれてどんどん言い出しづらくなってそれっきり……そして最終日、おまえがソフィアを呼び出したことを、当の本人から聞いちゃってさ……それで……」
「そう……だったのか……」
「すまなかった」
カズヤはそう言って遠くを見つめた。その視線の先はすぐに地下牢の分厚い壁にぶつかってしまって、きっとその目には何も映っていなかったろうが、しかし彼の目には見えないあちら側の世界が見えているのだろう……そんな気にさせる目だった。
彼は下唇を噛み、それを後悔していることを告げながら、
「本当は、言わないほうが良かったのかも知れない。でも、おまえと会うのもこれで最後になるかも知れないと思ったら、やっぱ言っておいた方がいいかなって……」
「最後だなんて、寂しいこと言わないでちょうだい……!」
たまらずジャンヌが叫び声を上げるが、潜伏中のいま、そんなことが許されるはずもなく、すぐにギヨームによって口を封じられた。涙目のジャンヌがもがもがと尚も何かを訴えかけている。
鳳はそんな彼に代わって、
「なあカズヤ、ジャンヌの言うとおりだ。おまえならこの世界で楽しくやっていける。ヤバい橋を渡るくらいなら、一緒に逃げちまおうぜ? 俺ならもう気にしてないから、絶対、そうした方がいいよ」
「それは出来ない」
「どうして? アイザックに義理立てする必要なんかもないんだぞ。おまえは知らないだろうが、実はあいつは俺のことを殺そうとしてたんだ。召喚したのは失敗だったって。その召喚だって、実は誰かの命を犠牲にして行われた儀式だったんだ。俺はこの城の地下で無残に殺された人たちの死体を見た。だから、アイザックは俺を殺そうとしたんだよ」
鳳としてはこの話はカズヤを改心させる切り札のつもりだった。しかし、彼はそれを聞いても表情をほとんど変えずに微笑を浮かべると、
「そのことなら知ってるよ」
「え?」
「アイザックが、俺たちを利用しようとしているだけだってことも……」
「だったら……!」
「まあ、聞けよ。おまえらが外の世界でよろしくやっていたこの三ヶ月、俺たちだって何もしてなかったわけじゃない、色々と調べていたんだよ。特に、俺たちは本当に勇者なのかってことをさ……」
城に残った仲間たちの日常は、充てがわれた女を抱くこと以外は比較的自由だったようである。そんな中で、彼らは自分達のレベルを上げたり、抱いた女とデートしたり、色々していたようだが……やがてそれに飽きた彼らは、自分達のことを調べ始めた。
「始めのうちはとっかえひっかえ女が抱けることを喜んでいたんだよ、でもそのうち、心から俺に抱かれたがってる女なんていないことに気づいた。中には、親に命令されてイヤイヤ俺のとこに来た女もいた。そういうのを抱かずに帰しても、それはそれで問題が起きても困るから、一晩中泣いてる女の隣で寝たりしてさ……
そんなことを続けていたら、思うわけよ。こいつらは俺が勇者だから抱かれている。俺が勇者じゃなかったら何もやらせちゃくれない。相手は俺じゃなくても誰だっていいんだ。いや、そもそも、俺は本当に勇者なのか? って……
そうやって考えてみると、おかしいじゃねえか。俺もおまえも、元の世界じゃ取り立てて凄い人間じゃない。特に選ばれてこっちの世界に来るような理由はない。すると、最初はお気楽な成り上がり小説みたいだなって思って、気にも留めなかったことがどんどん気になってくる。俺がこの世界に呼び出された理由ってのを探したくなる。
おあつらえ向きに、この世界にはエミリアやソフィアの名前がちらほら聞こえてくる。ああ、これだなって……きっと俺が呼び出された理由は、これを調べていくうちに見つかるんじゃないか。そう思って調べ始めてみたら、すぐに勇者召喚についての噂に行き当たったんだよ。
帝国には元々、勇者召喚の噂があったんだ。実は皇帝はこの300年間、何度も勇者召喚を試しては失敗していたんだよ。当たり前だよな? もし成功したら、アイザックが言う通り、絶滅しようとしている神人を救うことが出来るんだから、やらないわけがない。
でもそれは全部失敗だった。呼び出した勇者は全部、俺たちと同じように能力は高かったけど、普通の人間だった。彼らが子孫を残しても、神人は産まれてこなかったんだよ。
つまり……俺たちも同じ運命を辿るんだろう……
そうやって調べ始めてみたら、矛盾がいくつも見つかったよ。勇者召喚の方法ってのもすぐにわかった。勇者召喚には、必ず犠牲が必要だったんだ。それも神人か、勇者の子孫である必要がある。俺たちを呼び出した時に使った生贄もそうだったんじゃないか?」
カズヤの言葉に戸惑っていると、それを聞いていた老人が黙って頷いた。そう言えば、消えた五人は勇者領の重鎮たち……勇者の子孫だったはずだ。
「だから俺たちは、ある日アイザックを捕まえて問いただしたんだ。そしたら、あいつはあっさりとそれを認めた。俺たちは怒った。どうして嘘を吐いていたんだって? 理由は単純明快だった。そうしなきゃ体制が保てないくらい、現在の勇者派が弱くなっていたからだったんだ」
その話なら以前にも老人から聞いていた。実は、犠牲になった五人は勇者派から守旧派へ鞍替えしようとしていた商人達で、ここを通したら勇者領はヘルメス領から離れ、アイザックは孤立してしまうところだったらしい。
それで彼は五人を殺し……その隠蔽のためにメアリーのいる結界に死体を隠した。それから駄目で元々だと思いつつ勇者召喚を行ってみたのだろう。その証拠に、鳳たちがこの世界に呼び出された時、周囲には誰も居らず、兵士たちが泡を食って集まってきたくらいだ。それが真相だったのだ……
鳳は頭を振りながら言った。
「そこまで分かってるなら、尚更、義理立てする必要なんてないだろう。アイザックは俺たちの能力を利用しようとしただけだったんだ。女をあてがったのは、ここから逃げ出さないよう、自分達の言うことを聞かせるようにするためだったんだろう。ならもういいじゃないか。さっさとこのヤバい城からは逃げ出して、俺たちと面白おかしい異世界ライフを始めようぜ?」
するとカズヤは乾いた笑い声をあげながら、
「あはは、だから駄目なんだって」
「どうして!?」
「……子供が生まれるんだよ」
その言葉を聞いた瞬間、周囲の空気が変わったような、重苦しい沈黙が流れた。鳳は絶句して何も言えなくなり、代わりにジャンヌがなにかを言いかけたのだが、結局、何も言えずに口をつぐんだ。
カズヤはそんな二人の態度を見て、バツが悪そうにほっぺたをポリポリしながら、
「そりゃ、やることやってりゃそうなるわな……あの日、初めてを俺たちに捧げた神人の女達は、俺たちのことを勇者だと本気で信じてるんだ……他にも、俺たちに身を任せて妊娠した女が大勢いる。でも俺たちは勇者じゃない。生まれてくる子供たちも、きっと普通の子供だろう。母親は、苦労するだろう……なのにさ……もし、子供が大きくなった時、父親が逃げたと知ったらどう思うだろうか?」
それはアイザックが悪いんだから……そう言いかけた言葉を鳳は飲み込んだ。そんなことを言って何になると言うんだ。きっと大きくなったら子供たちだって事情を汲み取ることは出来るだろう。だが、それで父親を恨まずにいられるとは限らない。
カズヤはどこか他人事のように素っ気なく言った。
「……ぶっちゃけ、この世界に来たときから、ろくな死に方はしないと思ってたんだよ。こんな物語みたいな世界なんて、ありえないって……その通りだな。ここは現代じゃない。コンビニもない、テレビもない、入ってくる情報が少なすぎる。生きていても不自由だし、苦労も多い。力を使えば、恨みも買う……俺たちは無邪気に力を振るい過ぎた。
でも、だからって死を恐れて何もしなければ、あっちの世界で燻っていた日々とどこが違うんだ? 逃げ出して、どこかで隠れて暮らすよりも、これはこれでいい人生だったんじゃないかって、俺はそう思うんだよ。
なあ、おまえにも分かるだろう?」
「わからねえよ」
鳳は反射的にそう答えたが、本当はその気持ちが少し分かる気がした。
人生に意味なんてない。やりたいことやって生きていける人間なんて、ごく一部の恵まれた人だけだ。目標があるとすれば、それは普通に生きていくことだけで、みんなどこか諦めながら暮らしている。そんなのより、いっそパーッと花火みたいに、戦って散っていくのも、それはそれでありなんじゃないか……
彼に分かっていることは、今逃げ出せば、確実に後悔することだけだった。
「多分、俺は死ぬだろうが、生きながらに死ぬよりは、ずっといい人生だったと思うよ」
カズヤがそう独りごちた時、
「カズヤ様! どちらにおられますか、カズヤ様!」
彼を呼ぶ兵士の声が聞こえてきた。カズヤはその声に返事をしてから、
「どうやら、おしゃべりしすぎたようだな。そろそろ戻らなきゃ兵士たちが動揺する。本当なら、おまえらを安全なとこまで送っていってやりたいとこなんだが……」
「それなら平気だ。入ってきた時の隠し通路がある」
「ふーん、そうか……一応、その場所を聞いても構わないか? 警備上の問題があるから」
鳳が老人の方を振り返ると、彼は黙って首肯した。カズヤはそんな場所があったのかと関心しながらメモを取り、改めて鳳とジャンヌの方に向き直ると、
「それじゃ、俺は行くよ……AVRILとリロイになにか伝言あるか?」
「もし、彼らが逃げるっていうなら、私のとこへ来てって伝えてちょうだい。全力でサポートするわ」
「ああ、確かに伝えよう」
カズヤはどこか清々しい表情で請け合った。きっといくら言っても、もはや彼の決意を覆すことは出来ないだろう。
カズヤは鳳の顔をまっすぐ見ている。幼馴染のその大人びた表情を前に、鳳はこれ以上決意を鈍らせるような事を言うのは蛇足だろうと思い、当たり障りのない、いつものような軽口を叩いた。
「そうだな。リロイには、退くこと覚えろカスって伝えてくれ。あと、AVIRLにおまえの名前なんて読むの? って」
「いまさらかよ」
カズヤはそう言いながら、声を一切立てずに笑った。ヒューヒューと、おかしそうに、息を吸い込む音だけが響いている。鳳はそんな彼をぼんやりと眺めながら、とてもいい笑顔だなあと、その顔を心に刻み込んだ。
それから彼らは短い別れの挨拶を交わした後、二手に分かれてその場から離れた。先にカズヤが行って兵士たちをひきつけ、そのすきに鳳たちが地下牢から抜け出た。
城の中は相変わらず兵士でごった返していたが、老人の魔法のお陰で見咎められることは無かった。一行はあっさりと城から抜け出すと、東の空が明るくなる前に、急いで城から離れた。
早朝の城下町はしんと静まり返っていて、とても戦争が起きるような気配は感じられなかった。しかし、嵐の前の静けさとはこういうものを言うのだろう。やがて日が昇るや否や、城下を取り囲む10万の大群が一斉に声を上げると、ヘルメス卿の居城をめぐる戦闘が始まった。それは後の歴史家に、勇者派の敗北を決定づけた最後の戦いであったと言われている。
戦争は早朝に始まり、それから三日三晩断続的に続けられた。帝国軍は搦手を使うことなく、ヘルメス卿に籠城も許さず、大群を活かした正攻法で押し切るつもりのようだった。迎え撃つ勇者派は市街地での奇襲を軸に、城からの遠距離攻撃を中心に応戦した。やはり籠城側の抵抗が激しく、戦闘は間もなく膠着状態に陥ったが、勇者派は徐々に劣勢に立たされていった。その理由は単純明快、数が違いすぎたのだ。
そんな中、三倍する敵を前に敢然と立ち向かう者たちがいた。その三人は居並ぶ大軍を物ともせずに蹴散らすと、一時は帝国軍が城外に撤退せざるを得なくなるほどの、古今無双の活躍を見せた。あまりの強さに神人ではないか? と噂されたが、それが人間であったことが帝国軍の混乱に拍車をかけた。
そして帝国軍の神人に犠牲者が出たことから、一時期は休戦が検討されるまでに至ったのだが……逆にその犠牲が帝国軍に火をつけたらしい。一転して攻勢に出た帝国軍が、もはや犠牲を恐れずなりふり構わぬ攻撃をし始めると、多勢に無勢の勇者派は前線を支えきれず、ついに無類の活躍を見せていた一角が崩れると、あとは一方的だった。
最後まで抵抗を見せていた勇者たちは、一人、また一人と倒れ、ついに帝国軍は城門にたどり着き、あっけなくヘルメス卿の居城は陥落。将として兵を率いていた者たちの死体が晒される中、首謀者アイザックは落ち延びたらしい。多分、鳳たちが通った抜け道を使ったのだろう。
カズヤに、その抜け道のことを教えておいたのは、良かったのか悪かったのか……そんな状況下、帝国軍は、城に最も近い場所にあった宿場町にも、当然攻撃を仕掛けてきた。鳳たちは仲間が戦死したショックを未だに引きずっている中で、大軍を相手に一世一代の大博打を打たねばならなかったのである。