ラストスタリオン   作:水月一人

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最後の選択

 アズラエルに伊豆半島周辺まで運んで来てもらった鳳たちは、そこから熱川の辺りへと上陸し、危険が無いか付近を軽く散策してから空を飛んで北上を始めた。ルーシーの能力を使って、一直線に都心へ向かうことも出来たが、現在の日本の状況が知りたかったので、調査しながら進むつもりであった。

 

 人が居なくなってどれくらいの時が過ぎたのだろうか。原生林が広がっていた列島は魔族の巣窟となっており、少しでも油断すると空を飛んでいても下から攻撃を受けるようなひどい有様だった。

 

 小規模な戦闘を繰り返し、東京方面にばかり気が急いていて気づくのが遅れたが、伊東を過ぎた辺りで北西の方角に富士山が無いことに気がついた。いや、あるにはあるのだが、鳳たちの記憶にある富士山よりも明らかに低くて、頂上は阿蘇山みたいにカルデラが広がっていたのだ。

 

 恐らく、長い年月の間に幾度も噴火したのだろう。あの美しかった山が見る影もなく変わり果てた姿はなんとも物悲しかったが、代わりに桜の木は未だ健在のようだった。時期的に山桜が散り際で、見頃はとっくに過ぎてしまったようだが、また花見のシーズンになったら梢を見上げながら一杯やりたいものである。

 

 そんなことを考えながら関東平野に入ると、魔族の攻勢はより激しいものになってきた。首都圏を中心に広がっていたコンクリートジャングルはどこにも見当たらず、関東平野は緑の絨毯のような大森林が広がっていた。よく見ればそのあちこちに集落のようなスペースがぽっかりと開けていて、魔族はそこにコロニーを作っているようだった。

 

 見た目は殆ど獣人に近く、元サムソンの親戚といった感じの猿人が大半であったが、マニみたいな狼人や猫人のような個体もちらほら見かけた。今までインドネシア、マダガスカル、欧州といった様々な地域で魔族を見てきて、どこもかしこも元人間だったとは思えないような進化を遂げていたが、日本のは古代種がそのまま正当進化したようである。

 

 日本の魔族はそれぞれの個体が強いだけではなく、コロニーを作っていることからも分かる通り、群れ単位で襲ってくるのが多かった。恐らくはベヒモスみたいに個を強くするよりも、レヴィアタンみたいに群れ全体で強くなるように進化していったのだろう。

 

 それにしても、農耕をやってるわけでもないのに、これだけの人口を抱えていられるのだから、やはり日本の自然は侮れなかった。日本に住んでいると中々気づかないものだが、何もしないでも放っておけばその内勝手に木々が生えてくるような土地は、実は世界でも稀有なのだ。

 

 どちらかといえば自然災害がクローズアップされがちだが、植物がよく育つわりには木々がそれほど高くはならず、実りも多いから狩猟採集民族にとってはパラダイスみたいな土地だったそうだ。だから世界最古の土器が日本で発見されたわけで、その頃から既に国家に準じるくらいの人口を、関東平野は抱えていたらしい。

 

 つまり、裏を返せば魔族も住みやすいから、いつの間にかここが魔族のメッカになってしまったのだろう。今は無数の部族が群雄割拠する、アナザーヘブン世界の大森林を凝縮したような場所になっていた。

 

 海岸付近は海産資源を採集する部族が密集しており、海沿いを進むのは危険と判断すると、鳳たちは山沿いにそってなるべく内陸部を飛びながらかつての東京都心を目指した。相模原を越えた辺りで多摩川を発見したので、そこから下流に向かって東進し、途中、河川敷でキャンプをしてから、二日がかりで東京湾へとたどり着いた。

 

 夢の島とはよく言ったものであるが、人工島は全て侵食によって失われており、かつてのベイエリアは跡形もなく消え去っていた。今は昔ながらの地形が現れており、日比谷には入り江が出来ていた。

 

 その入り江のすぐそばには皇居っぽい山も残されていたが、今の目的地はそこではなくて、もっと西の方であった。二十三区に入ると国分寺崖線から流れ出す支流がいくつか多摩川に合流するが、そのうちの一つが等々力渓谷を形成しており、その付近にかつて自由が丘とか田園調布と呼ばれた高級住宅街が存在した。

 

 そこに、それはあった。

 

 ひたすら原生林が広がる大自然の中で、明らかにそれだけが浮いていた。幾何学的で巨大な人工物が、何故か地上にぽつんとあって、そこの周囲だけが芝刈り機で刈り込まれたかのように、地面がむき出しになっているのだ。それは鏡面素材で出来ているらしく、太陽を反射してキラリと光り、遠目にもよく目立ったが、不思議とその周囲だけは魔族が見当たらなかった。

 

 ギヨームはその建物を見つけるなり、興奮気味に指さしながら、

 

「おい、見ろよあれ! なんかやべえもんがあるぜ?」

「ああ、見えてるとも……あそこが俺が草を食ってた河川敷だ」

 

 鳳はそんなギヨームの指先とは真逆の方を指差しながら呑気にそんなことを口走った。ルーシーだけがどこどこ? と乗ってくれたが、話の腰を折られたギヨームはあからさまに不快な表情を見せた。

 

「おい、冗談言ってる場合かよ?」

「いや、冗談のつもりはないんだよ」

 

 鳳はそんな不服を漏らすギヨームに苦笑混じりに返した。実際に、彼はまったく冗談なんて口にしていなかったのだ。

 

「つまりここ、俺んちの近所なんだよ。地形も変わっちゃってて、街も残ってないからはっきりとはわからないけど……多分、方角からして、あそこには元々俺んちがあったんじゃないか」

「なんだって!?」

「DAVIDシステムは俺の親父が開発したもので間違いないんだろうけど、その後の播種船建造にも関わってたのかな? しかし、時期を考えるとちょっとあり得ないんだが……」

「それよりも、こんなものがまだ残っていることの方が不自然じゃない? この国は地震も多いし、何より、他の建物はみんな無くなってしまっているのに、ここだけ綺麗なままなんて」

 

 鳳が首をひねっていると、ジャンヌがそんなことを言い出した。確かにそれも気になっていた。

 

「そもそもアスタルテ先生は、こんなものがあるなんて言ってなかったよな。これだけ目立つものがあるって知ってたんなら、言わないわけがないだろうに」

「なら、これはつい最近建てられたものなのか?」

 

 鳳たちがあーでもないこーでもないと話していると、黙ってそれを聞いていたサムソンがポツリと言った。シンプルだがとても説得力のある言葉に、全員が押し黙る。

 

「……そう考えるのが妥当なのかな」

「しかし、誰がこんな場所にこんなものを作れるっていうんだ? 四大天使が知らなかったってことは、人類も当然、知るわけねえよな」

「それも気になるけど、なんのためにあんなものを作ったのかも気になるわね」

「そうだな……不用意に近づくと何が起きるかわからないから、ここは慎重に行動しよう」

 

 鳳たちはそれを確かめ合うと、まずは建物の周辺の魔族を蹴散らして退路を確保することにした。それから改めて建物を調べてみたが、むき出しの地面の境目に何か結界のような物があるかと思いきや特に何もなく、普通に建物に近づくことが出来た。

 

 建物の表面は金属では無いが光を反射する不思議な素材で出来ていて、空から見るとキラキラ光ってやたらと目立ったが、下から見ると周囲の風景を反射して、かえって目立なかった。なんというか、鏡を使ったマジックみたいな感じである。

 

 そうして建物の周りをぐるりと一周して見た感じ、外部にはこれといった仕掛けはなく、入り口もあっさりと見つかってしまった。

 

 鏡張りの壁が一箇所だけ欠けて、そこにポッカリと入り口が開けており、内部には明らかにコンクリートらしき床が続いていて、かなり周囲から浮いて見えた。

 

 近寄って中を覗き込むと、そこには真っ暗でだだっ広い空間が広がっていた。なんというか、航空機の格納庫みたいに無機質で直線的な構造と言えばいいだろうか。しかし、そんなだだっ広い空間に収めるような飛行機は無く、代わりに奥の方に周辺の空間から明らかに逸脱している、奇妙な球体がぽつんと浮かんで見えた。恐らく、あれがウトナピシュティムへ繋がるワームホールなのだろう。

 

「おい、あれ! あそこに誰か倒れてるぞ!」

 

 鳳がそれを仲間に確認しようと振り返った時だった。彼と同じように入口から首を突っ込んでいたギヨームが、ワームホールとは全然別のところを指差しながら緊迫した声をあげた。

 

 ハッとして彼の指差す先を見てみれば、言われた通り誰かが倒れているのが見えた。それも一人や二人ではなく、おびただしい数の人間である。明らかに尋常じゃない様子に、じっと目を凝らして見てみれば、徐々に暗がりに慣れてきた目に飛び込んできたのは、無数の天使の死体であった。

 

 なんでこんなところに天使の死体が? 鳳は反射的にそれを確認しようとして、不用意に入り口から内部へ足を踏み入れた。すると次の瞬間、奥の方から、ジィィィィィ……と、機械が立てる小さな振動音が聞こえてきて、続いて無数の目のような、真っ赤なランプがギラリと一斉にこちらを向いた。

 

「アイギス!」

 

 不用意な主人を守るため、アリスが飛び出してきて結界を展開した瞬間、バババババ……と、マシンガンの射撃音と共に、暗がりに火花が散った。真っ暗な空間が明滅して、内部に飛び込んでいくギヨームが、まるでロボットダンスをしているかのように見える。

 

 ギヨームは地面に伏せると、暗がりの襲撃者に向けて反撃を開始した。無数の銃口が壁からニョキッと生えてきて、それが一斉に銃声を上げると、奥の方でこちらを睨んでいた赤いランプが、黒いペンキで塗りつぶしたように次々と消えていった。

 

 鳳も、すぐに射撃を始めようと腰にぶら下げていたゴスペルを抜いた。内部がよく見えないから、魔法を使って一網打尽を狙うよりも、堅実に倒したほうが良いとの考えだった。しかし、そうして彼が光球を作り出し、ギヨームに続こうと構えた時、彼は目標を見失っていた。

 

 さっきまで見えた、おびただしい数の真っ赤な光が、今はどこにも見当たらなかった。奥の方のワームホールは見えているから、室内が硝煙で煙ってるというわけではない。それじゃどうして敵がいなくなったのだと戸惑っていると、10秒くらい沈黙が続いた後にギヨームがぽつりと言った。

 

「おい……打ち止めか?」

「え? おまえ……まさか全部やっちゃったの?」

「多分。見えるやつは、手当り次第撃ち落としたはずだが……」

「見た感じ、動いてるものは何もないよ」

 

 ルーシーが眼帯を外して奥の方を覗き込んでいる。その瞳が虹色に光って見えるのは、恐らく魔法を使って空間をスキャンしているからだろう。そんな彼女が言うからには、そこにはもう驚異は転がっていないはずだ。

 

「いくらなんでも、手応えなさすぎだろう? なんなんだ、これ?」

 

 鳳たちはあまりにもあっけない結末に肩透かしを食らいながらも、取り敢えず、自分たちが一体何と戦っていたのかを確かめるために、建物の内部へと侵入した。

 

 光球を浮かべて内部を照らす。

 

 入り口に入ってすぐの壁際には、最初に気づいた天使の死体が積み上がっていた。近づいてみて始めてわかったが、結構な腐臭が立ち込めており、それが長い間放置されていた様子が窺えた。

 

 これだけの死体があるのに気づかなかったのは、建物内の空気が循環しているからだった。空調でも利いているのだろうか、内部は外よりも少し気圧が低いらしく、敏感なアリスがそれを教えてくれた。よくわからないが、ワームホールがある影響だろうか。

 

 そのワームホールのある側に近づいていくと、やがてそれを取り囲むように、機械の部品が散乱しているのが見えてきた。どうやらこれがギヨームが撃ち落とした敵の正体らしい。それは中型犬くらいの胴体から四本の足が生えており、頭は無く、代わりに背中に銃を背負った機械兵器のようだった。

 

 21世紀には実際に戦場に投入されていた無人兵器の一種のようだが、どうやらそれがこのゲートを守っていたものの正体のようだった。そしてその相手が誰かもすぐ判明した。

 

「おい、見ろよこれ。銀だ」

 

 入口付近を探っていたギヨームが、アリスの結界に弾かれて落ちた銃弾を拾って持ってきてくれた。彼の言う通り、それは銀で出来ていたらしく、これで無人兵器が何からこの場所を守っていたかが明らかとなった。

 

 鳳たちはそれで何となくこの場所を作った者の正体が分かった気がした。

 

「こりゃあ……エミリアが用意したものかな。確か彼女が目覚めた時、天使が襲ってきたんだろう?」

「ああ。きっとその後も度々襲ってきたんだろう。それで、これ以上侵入されないように、これを作った。ここは天使用のトラップってわけか」

「どうすんだよ。全部壊しちまって」

「知るか。また作ればいいだけの話だろ」

「それで、どうする? この先に進むつもり?」

 

 鳳たちがそんな軽口を叩きあっていると、焦れったそうにルーシーが聞いてきた。

 

 当面の危険は去ったが、こうしてトラップが用意されていたことからして、相手が警戒していることは確かだろう。ワームホールをくぐった先で、次は何が待ち受けているかも分からない。鳳は気を引き締め直して、あとに続く仲間に向かって言った。

 

「行こう。ここで引き返しては、何をしに来たのか分からない。この先にはアロンの杖もあるはずだ。それを使えば、元の世界にも戻れるかも知れない。そのためにも、ここで足踏みしてる暇はない」

 

 一同は頷きあった。鳳は確認するかのように、全員の顔を一人ひとり見つめてから、いよいよワームホールへと足を向けた。

 

 その時だった。

 

「それ以上行っちゃいけない」

 

 鳳が、その球体へと足を向けた時だった。彼の目の前の空間が、突然靄がかかったように歪み始め、続いてどこからともなく光の礫が集まってきて、それはやがて人の形を作り始めた。

 

 何事か? と後退りする彼の目の前で、光は徐々に一人の人間の姿へと変わっていき……気づけばそこに立っていたのは、彼らのよく知る人物だった。

 

「ミッシェルさん!?」

 

 北海での騒動の最中、いつの間にか居なくなっていたミッシェルが、今、目の前に立っていた。鳳たちが唖然としていると、彼はいつもの飄々とした表情でそれでいてどことなく困った感じに、目をパチクリさせている鳳に言った。

 

「やあ、タイクーン。それにみんなも。今日はお別れを言いに来たんだ」

 

********************************

 

 いよいよこれから播種船へと乗り込もうとした時、いなくなったと思っていたミッシェルが突如現れ、彼らのことを制止した。鳳は何でいきなりそんなことを言い出すのかと混乱しながらも、とにかく聞きたいことが山程あるので、

 

「ミッシェルさん!? あんた、今まで一体どこに……いや、それよりどうしてこの先に進んじゃいけないんですか? それに、お別れって……どういうことです?」

 

 ミッシェルは鳳の矢継ぎ早な質問に苦笑いしながら、何から話し始めればいいのかと思案げに周りを見回している中、ふとサムソンに目を止めて、

 

「やあ、サムソン君。どうやらちゃんと元に戻れたようだね」

「ミッシェル! あなたのことはよく覚えているぞ。ずっとフラフラさ迷っていた俺のことを助けてくれてありがとう。もしもあなたがいなかったら、俺は今頃生きてはいなかったんだろうな」

「いや、僕はほんのちょっと手助けしただけだよ。大したことはしていない。もう気づいてると思うけど、君のことをいつも見守ってくれていたのは、僕じゃなくてベル神父さ」

「師父が? ……おお! やはりそうだったのか!」

 

 サムソンは師匠が助けてくれていたということを知り純粋に感激していたが、鳳は少し違和感を覚えた。確かにサムソンが奇跡的に復活できたのは、カナンたちの力でも無ければ説明がつかないから、自分もそうなんじゃないかと思ってはいたが……問題はどうしてミッシェルがそれを断言できるかということだ。

 

 鳳がその点を指摘すると、ミッシェルはまるでその質問を待っていたと言わんばかりに、

 

「それはもう、本人に直接聞いたからさ」

「本人に!? ミッシェルさんはカナン先生たちに会ったんですか?」

 

 鳳たちがその返事に驚いていると、ミッシェルは苦笑交じりに頷いて、これまでの経緯を話し始めた。

 

「もう分かってると思うけど、神殿を襲撃した後、彼らは神の介入を恐れてエーテル界に逃げ込んだ……いや、逃げ込んだと言うよりも、そこで神と決着をつけるつもりだったんだ。

 

 でも、失敗した。神は特定の人物のことを指すのではなく、人間が生まれつき持っている恒常性(ホメオスタシス)と言おうか、システムみたいなものだからね。これを倒そうと思ったら、人類そのものを滅ぼすくらいしか方法がない。だから彼らは神に手が届くくらい近づけたというのに、これ以上の接近が出来なくなってしまった。

 

 手詰まりに至った彼らは、諦めて滅びに身を委ねようとした。でも、そんな時に一筋だけ光明を見つけたんだ。それがタイクーン……君だった」

「俺?」

 

 鳳はいきなり自分が名指しされて動揺した。しかし、それが本当だとすれば、今まで起きてきた自分に都合のいい奇跡の数々の説明がついた。あれらは全て、カナンたちが鳳をここに導くために、力を貸してくれていたということだろうか。

 

「いや、それは違うよ。君がいつもいい結果を引き寄せているのは、君自身の努力の賜物だ。復活したのは確かに彼らの仕業だけど、それ以外のことは何も介入していない。って言うか、君はいつも自分自身で足掻いていたじゃないか。その努力まで否定することはないよ」

「はあ……それじゃあ一体、カナン先生たちは俺に何を見たっていうんですか?」

「それは、彼ら自身に訊くしかないね」

 

 ミッシェルはそういうと、自分の背後に浮かんでいるワームホールを一瞬だけ振り返って、

 

「彼らはこの先で君のことを待っている。僕はそれを伝えると同時に、君のことを止めに来たんだ」

「止めに……? 勧めるんじゃなくて?」

「ああ」

「どうしてです? 先生たちが俺に来てほしくないって言ってるんでしょうか?」

「いいや、もちろん、彼らは君に来て欲しいと思っている。でも、それは彼らの都合であって、君には関係ないことだ。それどころか、この先に進むことは、君の不幸に繋がる。だから僕は、君を止めに来たのさ」

「すみません。ちょっとよくわからないんですが……どういうことなんですか?」

 

 鳳は焦れったそうにミッシェルの顔を覗き込んだ。彼の言葉は遠回し過ぎてどうにも要領を得なかった。それは彼自身も認めるところなのだろう。ミッシェルは彼にしては珍しく険しい顔をしながら、

 

「……事の発端は、僕が君の未来を予知してしまったことだった。僕はアイスランドで、こっそり君の未来を占った。その結果は破滅だった」

「破滅?」

 

 穏やかでない言葉が飛び出してきて胸がドキッと鳴った。鳳が動揺している前で、ミッシェルは淡々と続けた。

 

「僕はその結果を君に伝えようとした。でもそれは、彼らにとって都合が悪いことだったんだ。だから彼らは、僕に黙っていてくれと頼みに来たのさ」

「都合が悪い? それってどんな?」

「……有り体に言えば、君がこの先に進めば、世界が滅びる可能性がある。君のせいで、世界が滅びるんだ。僕の占い結果ではそうなっていた。でも、彼らはこの先でしか、君と会うことが出来ないんだよ」

「何故?」

「それも会えば分かるよ……」

 

 ミッシェルは長いため息を吐いた。その様子からするに、言うのは簡単だが、言えない理由があるのは明白だった。これ以上、彼を追い詰めてもしょうがないので、鳳は黙って話の続きを促した。

 

「とにかく、彼らは彼らが世界を救うために、君に世界を滅ぼすような選択をさせようとしていたんだ。

 

 そこまで、君に何もかもを背負わせることはないじゃないか? だから僕は、黙っている代わりに、この最後の瞬間、君に引き返すチャンスを与えることを認めさせたんだ。正直、君がこのまま何も知らずに進めば、彼らを恨む可能性だってある。それは彼らだって望むところじゃないからね。それで、今こうして君の前に現れた」

 

 ミッシェルはそう言うと、これで全部だといった感じに、投げやりに両手を上げてから、ゆっくりとそれを下ろして膝に手をついた。鳳はそんな姿を見届けてから、背後の仲間たちを振り返り、ひとりひとりの顔を確認してから、またミッシェルに向き直って言った。

 

「これ以上進むと、何かまずいことが起こるってことはわかりました。ですが、この先は播種船に続いていて、そこにアロンの杖があるんですよね? 俺たちが元の世界に帰るには、それを手に入れる必要があるんですけど……」

「本当に戻る必要はあるの? 君は既にケーリュケイオンを手に入れて、ルーシー君を召喚した。同じように、君の奥さんたちをこっちに呼べばいいじゃないか。それに君や君の仲間の力があれば、魔族に困っているこの世界を救うことだって出来る。全ての地域から魔族を駆逐し、君が新たな世界を作る……そういう選択肢だってあるんじゃないかな?」

 

 確かに、それは少し魅力的な提案だった。この世界はあっちと違ってテクノロジーだけは進んでいるのだ。魔族の多さという点でも、双方はそれほど差もないし、家族を呼び寄せることが出来るなら、悪い選択ではないかも知れない。サムソンだって、こっちの世界ならモテモテだ。テレビっ子もきっと喜ぶはずだ……

 

「でもミッシェルさん……占いってのは一つの指標であって、予言ではないんですよね? 俺がその結果を知っていて、意識して回避すれば、未来を変えることだって出来るんですよね?」

 

 ミッシェルはその言葉を聞くなり溜息を吐いた。言うまでもない、他ならぬミッシェルがいつも言っていた事だった。彼は額に手を当ててヤレヤレと首を振りながら、

 

「その様子だと、君は先に進むつもりなんだね?」

「すみません……ミッシェルさんのことは信頼していますけど、俺にとってはカナン先生たちだって恩人なんですよ。それに、彼らの目的はこの世界を……いや、宇宙全体を救うことなんですよね? それを手伝わない理由なんてないんじゃないかと思うんですけど……」

「そうかな……僕はそこまで何もかもを背負う必要はないと思うよ。君は君であって、一人の人間だ。神じゃない」

「そりゃ、もちろんそうですけど……」

 

 鳳が困ったなといった顔でそう言うと、ミッシェルは暫くの間そんな間抜け面をじっと見つめてから、やがて何かを悟ったような感じでふっと表情を和らげ、

 

「そう……まあ、そう言うと思ってたよ。だから最初に言ったでしょ。今日はお別れを言いに来たんだって」

「お別れ? そう言えば、そんなこと言ってましたね。ミッシェルさんは、一緒に来てくれないんですか?」

 

 鳳が不安げにそう尋ねると、ミッシェルはカラッとした表情で、

 

「ああ。僕はこの先に興味はないから、次の世界に向かおうかと思う」

「次の世界?」

「なあに。君が世界を渡ったように、僕もちょっと世界を渡るだけさ。僕はそこでやることがあってね……」

 

 ミッシェルはそんな思わせぶりなことを言うと、続いて鳳の背後に目をやり、

 

「ルーシー君。それでお願いなんだけど、君の杖を僕に貸してくれないか?」

「へ? 杖って、カウモーダキーのことですか?」

 

 鳳たちの会話を黙って聞いていたルーシーは、いきなり話を振られて素っ頓狂な声をあげた。しかもその内容が、自分の大切な杖を貸してくれというもので、彼女は正直かなり戸惑っていたが、

 

「えーっと……元々ミッシェルさんの物だからいいですけど……」

「ごめん、必ず君に返すって約束するから」

「はあ、ならまあ……うーん、なんだか手持ち無沙汰になっちゃったな」

 

 ルーシーはミッシェルに杖を手渡すと、いつも自分の手元にある物が無くなって落ち着かない風に首を竦めた。鳳はそれを何に使うのか興味があったが、彼がそれを尋ねるよりも先に、ミッシェルは杖を片手に手を振りながら、

 

「それじゃ、僕はこれで失礼するよ。ルシフェルたちに会ったら伝えてよ、また次の世界で会いましょうって」

 

 彼がそう言って杖で地面をコンと叩くと、その振動音で彼の体が波打つようにブレていき、あっという間に光の礫になって消えてしまった。

 

 あまりにもあっけない別れに、鳳たちは暫し呆然と立ち尽くした。やがて本当にミッシェルがどこかへ去ってしまったことに気がつくと、その言葉を聞く者はもう居ないと分かっていながら、誰ともなしにさようならを呟いた。

 

 鳳は、彼が消え去った空間を見つめながら、本当にこの選択で良かったのかと不安になった。だが、もはやそんな迷いは振り切るしかないだろう。今更引き返すわけにはいかない。何しろ目の前にはもうワームホールがぽっかりと穴を開けており、その先には播種船があって……エミリアがいるのだ。

 

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