ラストスタリオン   作:水月一人

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afterwards

 星々の煌めきはビーズを散りばめたみたいで今にも落ちてきそうだった。夜を照らす月影が自分の影法師をくっきり浮かび上がらせていた。周囲にはどんな灯りも見当えず、天の川がこんなにはっきり見えるのは、あのマダガスカルの大海原に落っことされた時以来だった。しかし、あの時は潮の香りしかしなかったが、今吹く風は、獣の臭いがプンプンしていた。

 

 鳳は唖然と空を見上げていた。右手には動物の大腿骨を持ち、左手に謎の黒い箱を握りしめており、素っ裸にボロを纏っていた。頭がぼんやりとしてはっきりしないが、ただ一つ分かることは、自分はどうやら生まれ変わって、前世の記憶とやらを取り戻したようだと言うことだった。

 

 しかし、状況が全くわからない。ここはどこなのだろうか? そしてこの人たちは何者だろうか?

 

 彼の周囲には複数の人々がうずくまっていた。みんな彼と同じようなボロを纏って、男たちは手に粗末な棍棒や石斧を握りしめ、女達はみんな小さな子どもを抱きかかえていた。まろび出るおっぱいを見てラッキースケベを喜びそうなところだが、全然うれしくはなかった。なんというか、自分好みではないのだ。

 

 人々はみんな背筋を折り曲げて顎を突き出すといった猿みたいな姿勢をしていた。顔つきはみんなゴリラみたいで、額が狭くて下唇が厚かった。想像でしかないが、多分、アフリカを出たばかりの人類はこんな顔をしていたのではなかろうか。実際、それは進化前の人類のようにも思えた。

 

 アフリカ……その言葉で思い出したが、周囲の光景はそのアフリカのサバンナに似ていた。赤い土の上には背の低い下草がみっしりと生え、地平線が見えるくらい遠くまで延々と草原が広がっている。ところどころにアカシアの木みたいな横に平べったい木々があり……

 

 そして最悪なことに、ランランと月を反射する獣の目らしき光が、彼らを取り囲んでいるのが見えた。

 

 そのギラリと光る目から、キャッキャッキャ……っと、甲高い人の笑い声みたいな鳴き声が聞こえてきて、周囲の人々がざわつき始めた。何を言っているのかは分からない。実際、あーとかうーとしか聞こえないので、恐らく意味なんかない。思うに、彼らは言語を持っていないのだ。

 

「なんで……こんなことになってるんだ?」

 

 鳳は呆然と独りごちた。

 

 あの終末世界でルシフェルは彼に言ったはずだ。世界を救うためにまた生まれ変わって、人類が間違った方向へ行くのを阻止してくれと。何もしなければまた鳳か、彼の父親が神を作ってしまうから、それを止めてくれと。

 

 だから当然、彼は自分が21世紀の東京で目覚めると思っていた。少なくとも、エミリアと出会う前には目覚めなければ、彼女のことを救うことが出来ないから、多分その頃に覚醒するのではないかと思っていた。だが、ここはどこだ? 今はいつだ?

 

 ここが想像通りアフリカだとして、今は21世紀なのだろうか? 周囲を取り巻く人々からは、そんな現代の空気はまるで感じられない。映画の撮影でもしているならともかく、いくらなんでもこんな大昔の部族みたいな生活をしている人々が、今でも存在しているとは思えない。

 

 いや、そもそも記憶にある限り、自分はアフリカに行ったことなど一度もないのだ。だからアフリカのサバンナのど真ん中で目覚めるなんてことは、普通に考えればあり得ないはずだ。なのにこの現在の状況は、一体何なのだ。何が起きているのだ?

 

 キャッキャッキャ! キャッキャッキャ! っと笑い声が近づいてくる。子供みたいに可愛らしい声に油断していたが、近づくにつれて浮かんできたシルエットを見て、鳳は背筋が凍るように固まった。大型犬みたいなその姿は、いつかテレビで見たことがあった。ハイエナだ。その大きな口からは獰猛な牙が覗いている。こんなのに噛みつかれたら一巻の終わりだ。

 

 その時、うほうほ! と男たちが何やら騒ぎ出したかと思うと、周囲を取り囲んでいた人々が一斉に立ち上がって一目散に逃げ始めた。戦うのではなく逃げるという選択は自分好みだし正しい判断と言えたが、猛獣に襲われた時、真っ先に犠牲になるのは、大抵どんな者かが鳳には分かっていた。

 

 間もなく、逃げ出した人々を追いかけるようにハイエナの群れが動き出し、あっという間に人々を追い抜いて攻撃を仕掛けてきた。次々に繰り出される攻撃に悲鳴を上げて逃げ惑う人々……男たちは必死に武器を振り回してハイエナを追い払おうとしているが、それは自分を守ることに必死で、女達を助けようとするものではない。

 

 とその時、遂に逃げ遅れた一組の母子がハイエナの群れの中で足を踏み外して、どっと転倒した。砂煙を上げて転がる母子に、あっという間にハイエナたちが群がっていく。鋭い牙が肌に食い込み母親が悲痛な叫び声を上げた。彼女が何を言っているかはわからない。だが、言わんとしていることは分かる。彼女が腹の下に隠した子供からは、この世の終わりみたいな泣き声が聞こえる。

 

 獲物を捕らえたことで、人々を襲っていたハイエナの足が止まった。その隙に人々は逃げ去り、あっという間に見えなくなった。ハイエナの群れが母子に群がり、ガツガツとなぶりものにしている。鳳はその姿を呆然と立ち尽くして見ていることしか出来なかった。

 

「くそっ!! なんでだよ……どうなってんだ? ……一体、どうなってやがんだよっ!!!」

 

 血肉を取り合うハイエナの群れの中からはもう、母親の声は聞こえなかった。だが、子供泣き声は相変わらず聞こえてきた。子供はまだ生きている……生きているんだ!

 

「ちくしょおおおーーーっっ!!」

 

 鳳は手にした動物の大腿骨を叩き割ると、鋭く尖ったそれを腰だめに構えて、ハイエナの群れに突っ込んでいった。

 

 ルシフェルと誓った。ザドキエルと約束を交わした。仲間たちを助けるためにも、エミリアを助けるためにも、そして世界を救うために、神を止めるまで自分は死ぬわけにはいかない。

 

 なのに、なんでこんなことをしてるんだと思いながら……

 

(最終章に続く)

 

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