ラストスタリオン   作:水月一人

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AGAIN

「全知全能の支配者であらせられる我らが父よ。この世は我らが父と子のものなり。その力はこの世を(あみ)し、その慈愛は人を網する。一の全、全の一。さあ、宴が始まろう。主は来ませり、主は来ませり、主は来たりて、世をお救いになられるであろう」

 

 誰かの呼ぶ声が聞こえる。懐かしい記憶が呼び覚まされる。生まれる前、自分は何者だったのか、自分はどこから来たのか。まどろみから目覚めるような倦怠感の中で、鳳白は思い出していた。いくつもの生を全うし、そして散っていった記憶を。

 

 するとこれはまた新たなる生を受けたということだろうか。自分という存在が世界のシステムの一部であるならば、それはまた人類に危機が訪れたということを意味しているのだろうか。

 

勇者召喚(サモンブレイブ)!」

 

 起きなければ……彼は気だるさを振るい払うように首を振ると、ぐいと上体を起こそうとして、すぐ真上にあった天井に頭をぶつけてしまった。ゴッと鈍い音がして、チカチカと視界に火花が散った。

 

「ぐおぉっっ……ぐぉぉ~~……」

 

 苦痛に耐えかね身悶えていると、周囲から人々のざわめきが聞こえてきた。激痛のお陰ではっきり目は覚めていたが、視界は相変わらず真っ暗で何も見えず、困惑していると、薄っすらと上方に光が漏れ出す線があることに気づいた。

 

 どうやら、自分はどこか棺桶みたいな狭い場所に閉じ込められているらしい。こんなことが前にもあったなと思いながら、頭上の蓋を手で横にスライドさせると、ズシンと音を立てて石棺の蓋が落ちて、見知った天井が現れた。

 

 間違いない。ここは帝都の召喚の間だ。

 

 なんでまた呼び出されたのだろうか? あの世界もまた誕生してしまったのだろうか? 後事を託したメアリーがちゃんとやってくれたなら、もうこの世界は生まれないはずなのだが……一体どうしちゃったんだろうかと思いながら上体を起こして外を見ると、そこにはよく知る人物が鳳の入っている石棺を見上げていた。

 

 神聖皇帝エミリアである。幼なじみと同じ名前をしたこの神人に呼び出されるのはこれで二回目だが……いや、三回目か? 勇者時代のころをよく覚えていないのでなんとも言えないが。しかし、神人だってもう生まれないはずなのに、どうして彼女がいるのかと困惑していると、

 

「ようやくお目覚めになられましたか、勇者様。大変お久しゅうございます」

「え~っと? お久しぶり? ん? 陛下は、その、以前、俺と会ったことがある陛下なんですかね? もうなにが、なんだか……つーか、ここはどこなんですか?」

 

 鳳がちんぷんかんぷんと首を捻っていると、するとその皇帝すぐ背後からもう一人よく知る人物が出てきて、

 

「もちろん、鳳くんの知ってる陛下だよ。ここは神聖エミリア帝国首都アヤ・ソフィア。その召喚の間。君はそこに私たちの願いによって勇者召喚されたの」

 

 その声に振り返れば、神杖カウモーダキーを携えて、宮廷魔術師の真っ白なローブを纏った眼帯の女性、ルーシーが立っていた。宮廷仕えの彼女がこの場にいるのはおかしくないが、しかしどう考えても状況がおかしすぎた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。どうしてルーシーがここにいる? いや、いるのはいいんだ。その眼帯だ。眼帯をしてるってことは、ベヒモスとレヴィアタン、二体の魔王と戦ったあとってことだろう?」

「そうだよ」

「あれ? なら、俺は高次元世界の地球に向かったんじゃ……? もしかして、タイムスリップして、あっちに行く前に呼び出された? なあ、ルーシー、今はいつなんだ?」

「あなたが鳳グループを畳んで、私に地球を丸投げして死んじゃった後よ。まったく、あの後、何百年も大変だったんだからね」

「メアリー!? メアリーまでいるのかよ!? 一体全体、どうなってやがる? 順を追って説明してくれないか」

 

 鳳がパニクってると、メアリーは仕方ないわねと言った感じに、

 

「あなたが……ハジメが亡くなった後、旧鳳グループがシンギュラリティに到達するAIを生み出したの。それで私はそのAIを乗っ取って、あなたの希望通りに人類が間違った方向へ行かないように調整した。人類は新たに得たエネルギーのお陰で大いに繁栄し、一部は量子化したけど、大体の人は元の体のまま留まったわ。その後、国同士の戦争も相変わらず起きてたんだけど、もう資源を奪い合う必要も無いからそれは長続きしなかった。それで、数百年のあいだに国家という枠組みはどんどん消滅して、最終的に一つの地球政府が出来たところで、私は役目を終えたと判断してそれ以上の介入をやめて眠りについたのよ」

「はあ……それが、どうしてこんなことになってるの?」

「儂が呼んだんじゃよ」

 

 鳳はその懐かしい声を聞いた瞬間、ドキリと心臓が跳ね上がった。驚いて振り返ると、そこには信じられないほど懐かしい人物が立っていた。

 

「爺さん!? レオナルドの爺さんじゃねえか!!」

「ジジィ、ジジィとやかましいわい。相変わらず失礼な奴じゃのう」

「いや、だって……爺さんは確か、世界が壊れてしまったせいで消滅して、そのままだったはずじゃ……」

「そのままでは無かったんじゃよ。お主、上の世界で儂の世界の刈り取りを行っとったオリジナルゴスペルを止めたじゃろう。それ以来、儂の世界は少しずつ修復を始め、やがて次元に開いた穴が完全に塞がり元通りになっとったんじゃ。しかし、儂の意識までは戻らず、この世界は神が不在のまま長い間放置されておった。

 

 ところがその後、新たに誕生した地球で儂がまた死を迎えようとしていた時、マイトレーヤがやってきて放置されている世界に来ないかと誘いに来た。儂は一も二もなく承諾し、それでまたこっちの世界に戻ってきたのじゃ。じゃが、戻ってきた時、世界は空っぽでそこに住む人も居らなんだでな。それでは寂しいから、アーカーシャに残っとった記憶を頼りに、また世界を構築し直したわけじゃ」

「それでメアリーまで復活したってわけか……あれ? 再構築したってことは、それじゃあ……」

「遅かったな、鳳」

 

 レオナルドの横にギヨームが並ぶ。彼の後ろにはジャンヌとサムソンの二人も居て、笑顔で手を振っていた。居並ぶ懐かしい顔ぶれに思わず目頭が熱くなっていると、仲間に続いてもっと会いたい人たちがやってきて、

 

「おかえりなさい、あなた。本当に大変な旅だったみたいですね」

「ミーティアさん……アリスも」

 

 見ればミーティアとアリスが並んで鳳のことを見上げていた。こっちはもう既に泣きはらしており、ミーティアの目尻は赤くなって痛そうだった。鳳は本当に申し訳なく思い、

 

「ごめん、ミーティアさん。絶対帰るって約束したのに、こんなに遅くなっちゃって……」

「本当ですよ、まったく……でもいいです。約束通り、こうして世界を救ってくれたじゃないですか。本当に、お疲れ様でした、あなた……」

「ダーリーーーーンッッ!!!」

 

 鳳とミーティアがキラキラとした瞳で見つめ合っていると、その時、けたたましい足音を立てながら、召喚の間に二番目の妻クレアが、ジュリーばりの雄叫びをあげながら駆け込んできた。

 

 鳳が彼女を受け止めようと両手を広げて待ち構えていると、しかし彼女は彼に抱きつこうとしていたわけではなく、思いがけずグーパンチで強かにそのほっぺたを殴りつけてきて、

 

「痛いっ! なんで殴るの!?」

「バカバカ! ダーリンの馬鹿! 私がどれだけ心配したと思ってるのよ!」

「ご、ごめん。遅くなっちゃって……君にも凄い迷惑をかけた。これからは、君たちのためになんでもするから、許してくれないか」

「ううん、そんなことはもういいの。こうして帰って来てくれたんだから。それより、私たちと離れてる間に、向こうで沢山愛人作ってたってことが許せないのよ!」

「へ!? 愛人……? どゆこと??」

 

 愛人と言われたら確かに身に覚えがあるが、ぶっちゃけルーシーのことは殆ど公認みたいなものだから、今更糾弾されるとは思えなかった。なら、別の女のことを言ってるのかな? と思いもしたが、そう言われてみても、誓って彼女らに対してやましいことをした覚えもない。

 

 鳳が、一体クレアは何を言ってるんだろう? と困惑していると、するとアリスがスススっと音もなく近寄ってきて、

 

「ご主人さま。実は瑠璃たちがこの世界にやってきておりまして……」

「瑠璃……? え? 瑠璃!? 瑠璃って、あの瑠璃?? 語尾がですわますわの?」

「その瑠璃です。なんなら琥珀も一緒です」

「な、なんで、あいつら、そもそも住んでる次元が違うし、まさか世界を渡ってきちゃったの? いや……でも、宇宙は一度終焉を迎えているわけだし、新しい世界ではあんなディストピアが生まれるはずがないんだが……」

「それについては私から説明しよう」

「アズにゃん!?」

 

 もう何が出てきても驚くまいと思っていたが、まさかのアズラエルの登場に、鳳は本気でクラクラしてきた。アズラエルはそんな鳳の前に進み出ると、

 

「見ての通り、この世界で君の仲間はもう全員復活していて、君が最後だったのだ。普通なら真っ先に目覚めていそうな君の復活が遅れたのは、実は私が君に預けたセフィロトの樹が、君の復活を妨げてしまっていたのだよ。

 

 我が師……レオナルドがそれに気づいて、まずは君のエーテル体からそれを分離し、その中に眠っていた私の身体を復活させてくれたのだ。そしてこの世界で目覚めた私は、改めてレオナルドに弟子入りすると、魂の分離法を学んでセフィロトの樹を解読し、かつて救われなかった再生する1千万人の民を復活させたのだ。魔族の贄だった彼女らに、せめてただ一度だけでもいいから平和な世界を見せてあげたくてな……」

「そうだったのか……」

「うむ。ついでに君の精液も残っていたから、希望する者を孕ませておいた」

「なんてことしやがんだっ!!」

 

 鳳が思わずツッコミを入れると、それに乗っかるようにずいとクレアが乗り出してきて、

 

「本当になんてことしてくれるんですか!? そりゃあ、ダーリンは勇者様ですから、愛人の一人や二人や三人に四人? 外で作るくらい、私だって大目に見ますけど……流石に数が多すぎますわ。一千万よ、一千万! それが認知しろって次から次へとやってきて、今ヘルメス政府は彼女らの移民申請を認可するために、もう何週間も終わらない書類作成を続けているんです。ペルメルもディオゲネスも、神人のくせにもう死にそうになってるんですよ?」

「うわ~……マジかよ。正直、すまんかった」

 

 鳳が、何で自分が謝んなきゃいけないのかと思いつつ頭を下げると、クレアはプンプンしながらもちょっとだけ機嫌を直したように、

 

「でも、新しい人たちはみんな、この世界よりも進んだ技術を持っていたので、新たな産業が興って景気は以前より良くなりましたわ。特にあのミカエルという神人は素晴らしい技術者ですわね。彼一人で、ヘルメスのGDPが数パーセントは上昇しました」

「……あいつらまでいるのかよ」

 

 もはや何も言うまい……鳳は苦笑いするしかなかった。レオナルドはそんな鳳に向かって言った。

 

「まあ、そんなわけでのう、人口も増えたことだし、ついでにこの星も大きくしておいた。儂の世界が、地球よりも狭いのは癪に障るからのう。それで新たな大陸が生まれたんじゃが、お主、ちょっと行って地図でも作ってきてくれんかの」

「え~? 俺が行くの~?」

「どうせお主ならひとっ飛びじゃろうて。ルーシーも付けてやるから、なんならヘルメスから毎日通いでも行けるじゃろう」

「まあ、そうだけどさ」

 

 ギヨームが会話に割り込んでくる。

 

「おい、鳳。古くなっちまった方の新大陸でも、スカーサハとヴァルトシュタインがまだまだ開拓を続けてるんだ。俺もゆくゆくはあっちに牧場を構えるつもりだから、おまえも手伝ってくれよ。あいつらだけじゃ、いつまで経っても終わりゃしねえ」

「なんでそっちも俺がやんなきゃなんないんだよ?」

「おまえ、1千万も嫁と子供こさえといてどうすんだよ。食わしてかなきゃなんねえんだろう? 子供らも、いつか独立したら住むとこが必要だろうし」

「うっ……くっそう。アズにゃん、恨むぞ」

「他にもマニ君たちから、ワラキアから魔族が消えたから南方開拓をするんで応援要請が来てるよ。大っきい湖を見つけたから、一緒に釣りでもどうですかって」

「あいつは俺の誘い方を心得てやがるなあ……しゃあない、行ってやるか」

「それじゃまずは何から手をつけるつもり?」

 

 鳳がため息交じりに仕事を請け負うと、当然のようについてくるつもりのジャンヌが聞いてきた。彼は少し迷ってから、

 

「そうだなあ……それじゃあ、まずは一度カナンの村に行こうと思うんだけど」

「え? カナンの村? どうして?」

 

 鳳は頷いて、

 

「うん。ポポル爺さんの墓参りと……アヘン畑がどうなってるか気になって」

「よし、そいつをふん縛れ!」

「ぐわーっ! なにをするーっ!!」

 

 ギヨームの号令で仲間たちが一斉に飛びかかってきた。鳳はそんな仲間たちに揉みくちゃにされて、部屋の中央でバタバタしている。神聖皇帝が呆れたような苦笑いで騒動を見つめ、護帝隊の面々がそれを止めようとするも、暴れているメンツを前に尻込みしていた。

 

 レオナルドはヤレヤレと肩をすくめると、そんな騒ぎの輪から離れて部屋の隅へと歩いていった。そこには光り輝く三人の人々がふわふわと浮かんでいたが、どうやら彼らの存在に気づいているのは、レオナルドだけのようだった。

 

「そんなところで見ておらんで、お主らもこっちに出てきたらどうじゃ?」

 

 レオナルドが話しかけると光り輝く二人の天使たち……ルシフェルとザドキエルは微笑を湛えながらゆっくりと首を振り、

 

「まだ救われていない世界はいくらでもありますからね。私たちはそういった世界を見守り、父の教えを説いて回るつもりです。いずれ、我が父も神霊となられるでしょうから、それまで私たちで露払いをしておこうかと」

「左様か……お主はどうじゃ?」

 

 レオナルドは振り返り、もうひとりの人物、ミッシェルに言う。彼は人懐こい笑みを浮かべながら、

 

「僕も行くよ。レオの世界を見ていたら、僕も自分のニルヴァーナを見つけたくなったんだ。きっとレオの世界に負けないくらい楽しい世界を作り上げるから、いつか遊びに来ておくれよ」

「そうか……それは楽しみじゃのう。儂もお主の世界を見てみたい」

 

 レオナルドのそんな素直な言葉を聞いて、ミッシェルの顔がパーっと綻んだ。彼らはそれ以上の言葉を交わす必要はないと言わんばかりに、軽く会釈してから、光の礫となって虚空へと消えていった。

 

 深淵を覗くレオナルドの目には、もう石の壁しか見えない。彼はさようならと声に出さずに呟くと、また喧騒の主を振り返った。

 

「やれやれ……また騒がしい日々が始まりそうじゃわい」

 

 ギヨームが怒鳴り、ジャンヌがオロオロし、サムソンがガハハと笑っている。ルーシーが困った感じで苦笑いし、鳳はそんな彼らにぺしゃんこにされて非難がましい言葉を吐きながらも、どこか嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 

 彼らの冒険はまだ始まったばかりだ。

 

(ラストスタリオン・完)

 

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