ラストスタリオン   作:水月一人

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休戦交渉

 銃声が轟き街のあちこちで喚声が上がった。銃弾が足りない、負傷者はこっちだ、怒号が飛び交い、ひっきりなしに衛生兵が駆けていく。みんな火薬の噴射のせいで顔の半分が真っ黒で、充血する目からはとめどなく涙が溢れていた。

 

 人々は街の外周に作った土塁の影に隠れ、街を取り巻く板塀の隙間から近づいてくる帝国兵に銃撃を浴びせかけていた。ここを抜かれたらもう後がない。殺るか、殺られるか、選択肢は二つに一つ。その事実が戦争を知らないただの難民たちを屈強な兵士に変えていた。背水の陣である。

 

 そんな目を血走らせた男たちに混じって、鳳も慣れないライフルを構えては、壁の向こう側にむけて当てずっぽうに引き金を引き続けていた。銃撃は向こうからも飛んでくるから、狙いなんてつけられるはずもない。だから殆ど当たらないだろうが、きっと何人かは鳳の銃撃によって死んだんじゃないかと思っていた。何しろ、彼の被る鉄兜だって、この数時間で何度も甲高い金属音を上げているからだ。もし、これを被って無ければ、鳳はこれまでに8度は死んでいた。

 

 だから鳳の放った銃弾も、きっと見知らぬ誰かに当たっていることだろう。だが人を殺したという実感は欠片もなかった。大勢の味方に囲まれて、無我夢中で撃ち続けていたら、そんなことを考える余裕もないのだ。剣や槍で戦っていたときよりも、銃が出来てからの方が、戦争はより凄惨になっていったと言うが、その理由が分かる気がした。

 

 鳳は弾を撃ち尽くしてしまったことに気づくと、前線を後続に譲って転げるように後退した。土塁を離れて安全なところまで来ると、思った以上に緊張していたらしく、膝がガクガクと震え地面に倒れそうになった。全身から汗が吹き出し、ゼエゼエと呼吸が乱れている。まさか異世界にまで来て戦争の真似事をやらされるとは思わなかった。

 

 ……いや、真似事ではない。まるで他人事のように感じるが、これはまさしく戦争だった。

 

 そっと手のひらを見る。血の染まるなんて言うが、実際には真っ黒で、火薬と埃と鉄の臭いしかしてこなかった。

 

 喉の乾きを覚えた彼は、水と弾薬を求めて街の中心部にある冒険者ギルドまでやってきた。今回の籠城戦の言い出しっぺが、幸か不幸かギルド長だったので、冒険者ギルドが本陣兼補給所になっていた。

 

 ギルドの両開きの扉をくぐると、中で忙しなく走り回っていたルーシーが彼のことを見つけて、

 

「あ、鳳くん! おかえりなさいっ!」

 

 と声をかけてきた。

 

 補給所にいた全員の目が一斉に彼に突き刺さる。人好きのする彼女は、どうやら既にこの街のナイチンゲールになっているようだ。名前を呼ばれただけの鳳に敵意を剥き出しの視線を向けてくるのもいるから、おまえら今戦争中なんだぞと叫びたくなった。

 

 鳳はそんな針のむしろのような視線を掻い潜り、店の奥のカウンターまでやってきた。普段はマスターが黙々とグラスを磨いている場所だが、今は補給物資の置き場になっている。

 

 彼はその中から弾薬と包帯、代えの手ぬぐいとMPポーションを取り出すと、その高純度結晶をハンマーでガンガンと叩き割り、粉状になった白い粉末を取り出した紙の上で一直線になるようにラインを引き、懐から取り出したストロー(麦わら)を鼻の穴に突っ込んでおもむろにそれを吸い込もうと深呼吸した時……

 

「シリアスな顔して何やってんだ、馬鹿野郎!」

 

 突然、後頭部を思いっきりぶっ叩かれて、鼻の穴に突っ込んでいたストローが奥に刺さり、鳳は吸い込もうとしていた息を強制的に吐き出させられた。

 

「げほごほげほげほ……ちょ!? これ、高いんだぞ!? いきなり、なにしてくれるんだよ、このスットコドッコイ!?」

「スットコドッコイはおめえだっつーの! みんな死ぬ気で戦ってる最中だっつーのに、おまえは何してやがんだ、このボケ!」

 

 鳳の背後にいつの間にか立っていたギヨームは、容赦なく彼の後頭部を連打した。痛い痛いと抗議しながら、鳳は頭を保護するように鉄兜を被る。

 

「そんなポンポン叩くなよ! 俺だって真面目にやってるよ。ここには補給に来ただけじゃないか」

「おめえには補給するようなMPなんかねえだろうが」

「別にMPが無くっても構わないじゃないか。ていうか、これが本来の使い方なんだぞ? 戦場で少しでも恐怖を和らげるようにって」

「知るか。とにかくこれは没収だ」

「横暴だ!」

「やかましい! おまえがこんなもんを広めちまうから……見ろ!」

 

 ギヨームは忌々しそうにギルド酒場に屯する歴戦の冒険者達を指差した。

 

 獣王ガルガンチュア……大森林の部族の長で、かつて勇者に救われた恩を忘れず、代々冒険者として勇者領に貢献している狼男。部族で一番強い者が獣王の名を受け継ぎ、同時に長になる。冒険者ギルドの最高ランク、A級冒険者の一人である。

 

 金剛力士サムソン。子供の頃から怪力と知られ、郷土相撲では無敗を誇った。人間でありながら、なんとSTR19、VIT19という伝説級の鋼の肉体を持ち、その強靭な膂力はあまねく人に知られている怪力無双の豪傑だったが、そんな彼もSTR23のジャンヌの登場にショックを受けているようである。

 

 指揮者スカーサハ。齢300歳を超える神人でありながら現代魔法を修得したという稀代の戦術家。神人らしからぬ好奇心旺盛な人物で、帝国を飛び出し、現在は新大陸で暮らしている。大君とは昔なじみで彼のことを師匠と呼んでいる。その縁で今回は彼の呼びかけに応えて、新大陸から馳せ参じた。

 

 その他、パン屋の倅とか、大工の息子とか、童貞とか、クソムシとか……冒険者の二つ名ってどうしてこんな酷いものばかりなんだろう……? と首を捻りたくなるような名前がずらりと並ぶが、そんな名前でもみんな百戦錬磨の強者ばかりだ。

 

 その冒険者ギルド自慢の強者達が今、補給所と化したギルド酒場で、鼻の穴にストローを突っ込みながら、

 

「あ~……キクキク。これキクよ~」「いいわー、これ。今までとぜんぜん違う」「マジ生き返るって感じ」「すっごい……こんなの初めて」「神よ……」

 

 どこか恍惚とした表情を浮かべながらMPポーションをキメていた。別にラリってるわけではない。いつもよりずっと回復が早いから、そのぶん充足感に満たされているからだろう。多分……

 

 ギヨームはそんな冒険者たちの姿を見ながら嘆かわしそうに、

 

「おまえのせいで、まるでギルドが阿片窟じゃねえか!?」

「いや~、自分でもまさかここまで評判になるとは思わなかった……照れるなあ」

「褒めてねえし!」

「でも、MP回復が必要な人が喜んでるのは確かだろ?」

「そりゃ確かにそうだけど……」

 

 どうしてこうなった……ギヨームは額に手を当ててヤレヤレと首を振っている。鳳はそんな彼が居る間はキメられそうもないと諦めて、ギヨームに飲み物を差し出しながら、話題を変えるように、

 

「ところで、城の様子はどうだった? 偵察に行ってきたんだろ」

「ん? ああ、そうだった……城の方は、まあ、大方の予想通り、全滅だ。他に言葉が見つからねえ」

 

 ギヨームは飲み物を受け取りながら、周りに聞かれないようにほんの少しトーンを下げて続けた。もし聞かれたら、士気が下がること請け合いだ。

 

「……城下町はどこもかしこも穴だらけで瓦礫の山だ。城は焼け落ちて真っ黒な煤で覆われていた。非戦闘員は街の外に作られた収容所に詰め込まれている。多分、奴隷送りだろう。でも生きているだけマシかもな。戦闘員の方は容赦なしって感じで、一箇所に集められて次々と首をハネられていた」

「そうか……」

「それから、おまえの仲間なんだけど……」

 

 ギヨームはチラリと鳳の表情を窺ってから、

 

「カズヤって言ったか? あの、城に忍び込んだ日に会ったやつだが……大罪人として晒されていた。一緒に並べられていたのが、恐らくおまえの仲間たちなんだと思うが」

「……二人いたか? トッチャン坊やと、オタクっぽいやつなんだけど」

「どうかな。多分そうだと思うが……」

「わかった。報告ありがとう」

 

 鳳は返事すると持っていたタンブラーをぐいっと傾けた。アルコールが胃に染み渡り、胸のもやもやを払ってくれる。ギヨームはそんな彼の顔を見ながら、

 

「意外と冷静だな。もっと取り乱すかと思ったんだが」

「全然冷静じゃないよ。ショックがデカすぎて実感が湧かないんじゃないかな。それに……相方が荒れてるからなあ……」

 

 戦闘が始まってからジャンヌは殆ど休みなく前線で戦い続けていた。この世界にやってきた始めの頃は、魔物を殺すのも躊躇していたはずの彼が、人間を相手に一切の躊躇を見せずに敵を斬り伏せ無力化していた。彼が通り過ぎた後には血しぶきが舞い、戦況は確実に一変する。

 

 その鬼神の如き戦いぶりは敵味方問わず惜しみない賛辞を送られていたが、彼の耳にはそんな言葉は届いていなかっただろう。何というか、まるで罰を受けているかのように彼は敵を殺し続けていた。きっと、仲間を助けに行けなかったという後悔が、彼を変えてしまったのだろう。

 

 この世界は殺るか殺られるか、甘いことを言っていたら殺されるだけだ。鳳は握りしめた自分のライフルを見つめながら、そう肝に銘じていた。

 

「あ、ギヨームさん、鳳さん」

 

 二人がカウンターで会話を続けていると、ギルド長の執務室へ続く裏口からミーティアがひょっこりと顔を出した。彼女は酒場の中に二人の姿を見つけると手招きし、

 

「見張り番が近くの丘に将校らしき身形の良い兵士の一団を発見しました。確認してみたところ、帝国軍の将兵で間違いないようです」

「それで?」

「ギルド長が白旗を上げて交渉を呼びかけてます。相手方からの攻撃が止んだので、恐らく応じてくるんじゃないかと」

「はぁ~……やっと終わったか」

 

 その言葉を聞いて、酒場に居合わせた人々から溜め息が漏れる。早速とばかりにみんなに知らせようと街に駆けていく者がいたが、ぬか喜びにならなければいいのだが……

 

 ミーティアはそんな人々を止めようとしたが、多分言っても無駄だろうと思い直し、鳳たちの方へ向き直ると、

 

「とりあえず、お二人にもギルド長の執務室に集まっててもらえませんか? 今後の方針を決める際に意見が欲しいと、大君もお呼びです」

「わかった、いこう」

「俺もいいの?」

 

 鳳が自分のことを指差しながら意外そうにそう言うと、ミーティアは何を当たり前なと言った感じに、

 

「鳳さんもジャンヌさんに負けず劣らず、今やこの街の顔じゃないですか。今回の作戦だって、お一人で考えられたんでしょう?」

「いや、俺は聞かれたから答えただけで、そんなことはないと思うけど……」

 

 鳳はそう言いかけたところで、今、謙遜したところで何にもならないと思い直し、素直に応じることにした。正直、相方のバーター感しかなかったが……

 

「ジャンヌも呼ばれてるの?」

「ええ」

「なら行くよ。戦闘が始まってから全然会ってないから、労ってやろう」

 

 彼はそう言うと、ギヨームと一緒にギルドの裏手へ続く扉をくぐった。

 

************************************

 

 ギルド長の執務室に入ると、その部屋の主が忙しそうに動き回っていた。たった今、敵が交渉に応じると伝えてきたので、責任者として会談に赴くところのようである。彼は入ってきた来訪者の中にミーティアの姿を見つけると、

 

「あ、ミーティア君。ちょうど良かった。君も来てくれ」

「げ……どうして私が?」

「一人で会談に臨むわけにもいくまい。かといって、冒険者を同行させるわけにもいかないから、職員である君が適任なんだよ」

「大君がいらっしゃるじゃないですか」

「逆だ、彼が出ていっては、かえって大事になってしまう。今回の件は、ここの冒険者ギルドが単独で起こしたことだと強調しなくちゃなんないんだよ」

「すまんのう、お嬢さん」

 

 その大君は鼻からMPポーションの高純度結晶を吸い込んで、フガフガ言っている。お年寄りのそんな姿を見るのは何だかショッキングだったが、それはMPを回復しているだけなのだから、勘違いしてはいけない。

 

「そんなあ~……もう勘弁してくださいよ。私、楽だからこの仕事に応募したんですよ?」

「世の中そんなに甘くないのだよ。私だってババを引かされたと嘆きたいところさ。覚悟を決めてついてきたまえ」

 

 哀れなミーティアはギルド長にズルズルと引きずられていった。鳳は合掌してそれを見送った。

 

 部屋に入ると先客が3人いた。そのうち二人は大君とメアリー、もう一人は指揮者スカーサハと呼ばれる神人だった。

 

 噂では大君の弟子だそうだが、何百年も生きた神人に師匠と呼ばせるのだから恐れ入る。現代魔法を教えたということなんだろうが、本当に謎の多い爺である。まさか愛人なんてことはないだろうな……とゲスな勘ぐりをしていたら、件の神人が近寄ってきて、

 

「あなたがツクモね。あの、改良型MPポーションを作ったという。素晴らしい! あれのお陰で、私達はMPの消費量を気にせずに戦うことが出来ました。もしあれが無かったら、今の勝利はあり得なかったはずだわ。正にマジック革命。あなたは街の救世主よ」

「ほら見ろ大絶賛じゃねえか」

 

 鳳がスカーサハの熱烈な歓迎を受けながらギヨームの方を睨みつけると、彼は明後日の方を向けて口笛を吹いていた。いやまあ、納得行かない気持ちもわからないではないのだが……

 

 続いて、戦闘中ずっと部屋の中で縮こまっていたメアリーが駆け寄ってきた。

 

「ツクモ。外はもう平気になった?」

 

 メアリーが震える声で尋ねてくる。どうやら戦闘が始まってから、ずっとこの部屋の中で耳を塞いでブルブル震えていたらしい。兵士たちの声に怯えて結界から外に出たはずが、その出た先でも戦争に怯えなくてならなかったのだから、彼女にしてみれば話が違うと言いたいところだろう。

 

「ああ。もう大丈夫だろう。これからギルド長が交渉しに行って、金を払えばそれで終わりだ」

「本当?」

「多分な。この街を潰すにはかなりの戦力が必要だって分かったろうし、向こうにももう戦う理由もないだろうから」

 

 鳳がメアリーにそう説明していると、部屋の扉がノックされて、外からジャンヌが入ってきた。並み居る冒険者ギルドの強者達を押しのけて、勲功第一の大活躍である。鳳はそれを労ってやろうと思い、手を上げて声をかけようとしたが、

 

「あ、白ちゃん……いたんだ」

 

 ジャンヌは部屋の中に鳳がいることに気づくと、一瞬だけビクッとしてから、気まずそうに視線を逸した。鳳は、なにか嫌われることでもしたかな? と思ったが、理由はそんな些細なことじゃないだろう。

 

 最前線で敵と戦い続けていたジャンヌは、鳳と違って手応えがはっきりと分かっているのだ。戦闘中はアドレナリン全開で無我夢中に戦ってればいいだろうが、一度落ち着いてしまえば、襲ってくるのは人を殺したという重苦しい事実だけだ。彼の気持ちを慮ると、下手な慰めの言葉は返って傷つけてしまうだろう。

 

 鳳が何も言えずにまごついていると、代わりにギヨームが近寄っていって、軽い労いの声をかけていた。こういう時、戦友がいればどれだけ心強いだろうか。この時、鳳はこの世界に来て最も自分の無能を恨んだ。こんなことで、そんな気持ちを味わわなければならないなんて、とても馬鹿げたことだ。

 

 それから暫く、部屋の中はしんと静まり返ってしまった。みんな何を話して良いのか分からず、ただ時間が過ぎていくのを待っているといった感じだった。

 

 交渉は上手くいっているのだろうか? 金だけじゃなくて、なにか他の要求をされるのだろうか? まさか戦闘再開なんてことはあるまい……

 

 話し合いたいことはいくらでもあったが、結局は交渉に行った二人が帰ってくるまで憶測を言い合っても仕方ないから、誰も口を開かなかった。

 

 そして小一時間の時が流れた。その間、執務室にあつまった面々は、重苦しい空気を紛らわせるように、時折思い出したかのように会話を交わしたが、身のある話は何も出てこなかった。

 

 やがて、そんな空気を引き裂くような大きな音を立てて扉が開き、ギルド長たちが戻ってきた。鳳たちは、ようやくこの重苦しい状況から解放されるとホッとしたが……それも束の間、帰ってきた二人の顔を見れば、どうやら交渉は芳しくない結果に終わったことを物語っているようだった。

 

 一体何があったのだろうか? 不穏な空気が場を支配する中で、ギヨームが代表して尋ねると、執務椅子にぐったりと体を預けたギルド長が、消耗した様子でこう言った。

 

「先方はこの街への攻撃を中止すると言っている。ただ、条件を出されて……」

「条件? どんな?」

「ああ、条件は二つ。一つ目は、ジャンヌ君……勇者の仲間である君を引き渡せというものだった。先方は……君がヘルメス卿の残党だと決めつけて、一歩も引かない構えだ」

 

 その場にいた全員の目が、一斉にジャンヌに向いた。彼は驚愕の表情を浮かべ、その場でヘナヘナと、力なくしゃがみ込んだ。

 


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