ラストスタリオン   作:水月一人

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ガンスミスのお気に入り

 交渉は二日間に渡って続いた。交渉窓口を受け持つ冒険者ギルドの男は意外とタフなネゴシエーターで、当初、軽く脅しつければすぐに屈すると思っていた目論見が外れた。所詮は他人事のはずなのに、彼は街の解放に当たって難民たちを守る姿勢を一歩も崩さず、ついには交渉に当たっていた文官たちの尊敬を勝ち得ていた。

 

 帝国軍総司令官ヴァルトシュタインとしては、もうこんな面倒くさい街のことなど部下に任せて帰ってしまいたいところだったが、困ったことに、本当に勇者召喚者が街の中にいることが判明してしまい、引くに引けなくなってしまった。

 

 挙兵に当たって皇帝が下賜した命令は二つあったが、そのうちの一つが勇者の捕獲だったので、現場放棄をするわけにはいかなかったのだ。

 

 交渉人はそのことを知ってか知らずか、勇者を引き渡すに当たって難民の安全のみならず、その他諸々の条件をねじ込んできた。やれ、難民の財産を奪うなだの、賠償金を減額しろだの、街の徴発禁止だの、今後撤兵するまで帝国軍が街の治安維持をしろだの……

 

 普通なら一蹴してしまうところなのだが、条件として勇者を騙して引き渡してもいい、と言われると踏ん切りがつかなくなった。こんな街など一息で踏み潰してしまえるくらいの戦力はあるのだが、それで肝心の勇者に逃げられては元も子もない。一応、刺客を放ってもみたが、一瞬で発見されて逆に相手の交渉材料にされてしまった。この手のスタンドプレーこそ、冒険者の得意分野なのだ。それ以降は下手な小細工はせずに地道な交渉を続けていた。

 

 そして交渉が始まってから丸二日。長い時間をかけてようやく交渉はまとまった。結局、相手には最初の条件と、街の治安維持の約束をさせられた。それを例の傭兵隊長に命じたら、ポカンとして固まっていた。略奪に来たはずだったのが、逆にこの街を守れと言われるのだから、世の中わからないものである。

 

 ともあれ、これで冒険者ギルドの長は、勇者を裏切って差し出すことを約束したのだ。あの、街のために必死になっていた彼が嘘を吐くとは思えない。きっと今頃は勇者を騙してふん縛っている頃であろう。問題は、あれだけの大立ち回りを見せた勇者を、本当に冒険者ギルドだけで捕らえることが出来るかどうかだが……

 

 ヴァルトシュタインが街の外で気を揉んでいると……その時、街の中心部から爆発音と共に黒煙が上がった。

 

「なんだ? 何が起きた?」

 

 突然の出来事に戸惑っていると、勇者の引き渡しのために街中へ行っていた兵士の一人が大慌てで戻ってきて、

 

「申し上げます! 引き渡し予定だった敵兵が逃げました!」

「なんだって?」

 

 総司令官は白目を剥いた。しかしこれじゃ何がなんだかわからない。

 

「もっと分かりやすく話さんか! 何があったんだ!?」

「はっ! 敵交渉人はこちらとの約束通り、問題の戦士を捕らえて現れました。しかし、その引き渡しの最中に、それを快く思わない連中の襲撃を受けて問題の戦士が逃亡。それを追う兵士と現在交戦状態となっております!」

 

 その言葉を言い終わるや否や、街の中心部でさらなる爆発が、ドン! ドン! っと二発三発と次々続いた。あっという間に空は黒煙で覆われ、街の中から悲鳴が轟く。木造の家屋から火の手が上がると、防火の防の字も知らない街のあちこちに飛び火して、遠くからでもメラメラと炎が燃え盛っているのが見えるくらいだった。

 

 すると間もなく、突然の大火に驚いた難民たちが蜘蛛の子を散らすように街から飛び出してきた。みんな恐怖に戦いた表情を煤で真っ黒にして、中には火傷を負って目を血走らせた者が、助けを求めて町の外を取り囲んでいた帝国兵に縋り付いてくる。

 

 何しろつい二日前まで銃口を向けあっていた仲である。兵士たちは一瞬虚を突かれてそれを攻撃しようとしたが、すぐに今は交渉中で手出し厳禁と言われていたことを思い出し、逡巡の末に結局その難民たちを受け入れた。すると、一人が助かったのを見て、別の難民たちが大挙して押し寄せ、あれよあれよという間に、町の外は兵士と難民が入り混じって大混乱に陥ってしまった。

 

「ええい! 何をやってるんだ。とにかく、逃げた兵士を追うぞ。手の空いている者はついてこい!」

 

 ヴァルトシュタインは腹立たしげにそう怒鳴り散らすと、着剣して自分の愛馬に飛び乗った。すぐさま彼を取り巻く衛兵たちも乗馬し、彼らは燃え盛る街の中へ突撃しようと手綱を握りしめたのだが、

 

「お待ちくだされ」

 

 と、その時、勢いよく飛び出そうとしていたヴァルトシュタインの前に、真っ黒な馬に乗った長身の男が立ちはだかった。全身黒ずくめのその男は、皇帝が彼の監視役につけた軍師・利休宗易である。

 

「なんだ! この忙しい時に」

「闇雲に追いかけてもこの混乱の中、敵に追いつけるとは限りますまい。こういう時こそ落ち着いて、一手二手先を考えて行動するのがよろしいかと」

 

 ヴァルトシュタインは軍師ののんびりとした口調に、一瞬だけ瞬間湯沸かし器のように頭に血が上ったが……すぐに彼の言うことも一理あると冷静さを取り戻すと、

 

「なら、おまえならどうすると言うんだ?」

「私が敵であれば、この混乱に乗じてここを逃げ出すことを考えるでしょう。すると、行き先は我々の待ち構えているこちらではなく、逆方向……逃走しやすさも考えて、森に面した方角に向かうかと」

「なるほど……」

 

 ヴァルトシュタインは少し考えるようにあごひげを指で擦っていたが、すぐに納得したように頭をガリガリと引っ掻いてから、

 

「包囲を固めよ! 特に森に向かう道は厳重に。難民に構うな、勇者が出てきたら、それだけを狙うよう兵士に指示しろ」

 

 総司令官の命令に応じて、部下の兵士たちが散り散りの駆けていく。ヴァルトシュタインはその姿を見送った後、忌々しそうに街の方を睨みながら、

 

「それにしても火勢が強いな……敵が飛び出てくるのは間違いない。軍師殿の言う通りだ」

 

 彼はそう自分に言い聞かせるように呟いて、溜飲を下げているようだったが、その言葉を聞いて軍師は逆に少し考えてしまった。

 

 確かに、いくら燃えやすい家屋が多いとは言え、火の勢いが強すぎる。まるで用意していたかのようだ。しかし、あれだけ交渉人が必死に守ろうとしていた街を、こうもあっさりと燃やしてしまえるものだろうか? いや、そう思わせるのが策なのか? これがもし全て敵の計略だったとしたら?

 

 思えばこんな無防備な街が帝国軍と対等に渡り合っているだけでも奇跡なのだ。これだけのことをしておいて、尚もこの包囲を突破し逃げ出すことが出来る人間がいるとするなら……もしそんな人物がいるというなら、是非お目にかかりたいものである。

 

 彼は燃え盛る街の炎を眺めながら、そんなことを考えていた。

 

************************************

 

 火の勢いは留まるところを知らず、街はいよいよ火の海になっていた。鳳たちは予定通り、ジャンヌの引き渡し場所で大立ち回りを演じると、敵に自分たちがテロリストであることを印象づけてから、すたこらさっさと逃げ出した。

 

 振り返ればギルド長がこの人でなし! と泣き叫びながら石を投げていた。実はより信憑性を増すために、彼には内緒で冒険者ギルドからぶっ放してやったのだ。ギルドは攻防戦の最中に武器庫になっていたからよく燃えた。それはもう盛大に燃えたものだから、思わず爆笑してしまうほどだった。ギルド長はそんな鳳の憎たらしい顔を見て、顔を真っ赤にして地団駄を踏んでいた。

 

 そんなこんなでジャンヌを奪還した鳳とギヨームは、三人並んで燃え盛る街の中を駆け抜けた。遠目から眺めると街は無茶苦茶に燃えているように見えるが、実は予め逃走経路を計算に入れて、火の弱い場所をちゃんと残しておいたのだ。

 

 着火にはティンダーのスクロールを使ったのだが、裁断される前のトイレットロールみたいに繋がっている紙は、そのまま導火線として扱え、おまけに匂いもしないので隠蔽するのに役立った。と言うか、そのあまりの利便性に、これを作ったやつはきっと放火魔に違いないと軽口を叩いていたら、それを用意してくれた指揮者が複雑そうな顔をしていた。

 

「白ちゃん、あっち!」

 

 街の外縁部まで逃げてくると、先行するジャンヌが前方を指差した。外壁にそって半円を描くようにぽっかりと出来た炎の隙間に複数の人影が見える。予め逃走用の馬を用意しておいた、大君とメアリー、それから指揮者スカーサハである。

 

 大君は鳳たちが駆け込んでくると、

 

「やっと来おったか、待ちくたびれたわい。それにしても景気よく燃やしたもんじゃのう……あれだけ街の住人や難民の財産を守ろうとしておったくせに、彼らはこの大火で相当のものを失ったのではないか?」

「ボヤ騒ぎ程度じゃ難民が街の外まで逃げてくれるかわからないからな。どうせ俺たちは大罪人、恨まれたところで痛くもないさ」

 

 それに、あれだけやっとおけば、この大火に冒険者ギルドが一枚噛んでいたとは帝国軍も思わないだろう。ギルド長は今頃本気で鳳のことを恨んでいるはずだ。

 

「こちらをどうぞ」

 

 鳳たちは指揮者に差し出された馬に跨った。隊列はジャンヌ、ギヨームが先行して、中央にメアリーを乗せた大君、殿に鳳が続くことになった。鳳がどうにかこうにか馬に背負われるような格好で跨り、こんなことならもっと真面目に訓練所に通っていれば良かったと悔やんでいると……馬の逃げ道を作ろうと外壁の一部を外しに向かったギヨームが緊迫した声を上げた。

 

「おいっ! ちょっと待ってくれ、いつの間にか敵に囲まれてるぞ!?」

 

 その言葉に驚いた指揮者とジャンヌが近づいていって、壁の隙間からコソコソと外を覗き込んだ。すると、ギヨームの言う通り、壁の向こう側の平原に、いつの間にか二重三重の包囲が敷かれているのが見えた。

 

 ギヨームは眉をひそめて険しい表情を作りながら、

 

「おかしい……今朝調べた時は、街の裏側は手薄だったはずだ」

「ええ、私がついさっき見た時も、こんなに兵士はいませんでした」

 

 困惑気味に指揮者が同意する。そんな二人に対し、大君がのんびりとした口調で言った。

 

「どうやら敵の中にも、頭の回る者がおったようじゃの。先回りされたようじゃわい」

「どうする? ここが無理なら、また手薄な場所を探さなきゃならないが……」

 

 ギヨームが悔しそうに提案する。しかし、そうするには火の勢いが強すぎて、計画を変更するのはもはや不可能のようだった。

 

 ジャンヌは悲壮な決意を秘めた表情でみんなの前に進み出ると、

 

「それなら……私が突破口を作るわ。あれだけの人数、やれるかどうか分からないけど、みんなは私の突撃で空いた隙間を通って森まで駆け抜けてちょうだい」

「おまえはどうするんだ?」

「みんなが通り過ぎたあと、なんとか逃げ延びてみせるわよ」

「そんな行きあたりばったりの策があるかよ!?」

「でも、他に方法がないじゃない!」

 

 鳳とジャンヌが口論を交わしていると、二人の喧嘩を怖怖と見つめているメアリーを背中に従えた大君が、馬を進めて彼らの前に歩み出ると、

 

「これこれ、こんな時に仲違いするでない。隙なら儂が作ってやるわい」

「爺さんに出来るのか?」

 

 老人はニヤリと笑うと、手にした杖で外壁を指し示し、

 

「どれ、壁を馬が通り抜けるくらい少し開いておくれ」

 

 そう言われた指揮者が鉄板で補強された立板の釘を外すと、その部分だけの壁が崩れてぽっかりと穴が空いた。外で街を包囲していた兵士たちは、突然空いた隙間に驚いて一斉に銃口をこちらへ向けた。

 

 大君はそんな無数の銃口が待ち構えている場所に向かって、まるで散歩でもするような足取りでパカパカと馬を進めると、

 

「さて、ようやっと儂の見せ場じゃわい……」

「ご武運を。後のことはお任せ下さい」

 

 大君は恭しく敬礼する指揮者の横を通り過ぎて壁に空けられた穴から外に出ると、老人と少女という謎の組み合わせを銃撃していいかどうか戸惑っている兵隊たちに向けて、ズイッと手にした杖を構えた。

 

「万物の根源たる粒子。光となりてその力を解き放て。陰は陽、陽は陰。崩壊せし物質は流転し、新たなる世界を生み出さん。原子崩壊(ディスインテグレーション)

 

 ディスインテグレーション?

 

 鳳は自分の耳がイカれてしまったのかと思った。というのも、その呪文は前の世界で、まだ彼がデジャネイロ飛鳥だったころの得意技だったからだ。

 

 彼は前世で高位の魔法使いだった。この世界の古代呪文(エンシェントスペル)は前世のゲームシステムをそのまま踏襲しているから、その魔法自体が存在してもおかしくはない。

 

 しかし、問題なのはそれを神人ではない大君が使っていること。聞き慣れない詠唱を伴っていること。そして、その古代呪文が、こっちの世界では禁呪として伝わっていないはずだということだ。

 

 大君の詠唱に応じて杖の先に小さな光の礫が現れた。それはまるで小さな太陽のようなまばゆい光を放ちながら、徐々に大きくなっていく。やがて光球は拳大にまで膨れ上がると、膨張を止め、今度は一直線に敵に向かって飛んでいった。

 

 何が起きているのかわからない帝国兵が呆然とそれを見送る。すると光球はそんな兵士たちの中心で地面に触れたかと思うと、途端にその地面を中心に巨大な火柱が立ち上がったかと思うと……

 

 ゴオオオオオオオオーーーー!!!

 

 っと、鼓膜を破らんばかりの爆炎を轟かせながら、天にまで届きそうな炎を撒き散らした。それは前世のゲームで見た魔法そのままだ。違うのはその業火が過ぎ去った後に死体が散らばっていることだけだった。

 

 炎獄に晒された地面は真っ黒に焼け焦げ、ところどころ塩の柱みたいに真っ黒に炭化した人型の物体が立っていた。それが風に吹かれてサラサラと崩れ去ると、その場にはもう何も残されていなかった。

 

 あまりに凄惨な光景に、敵味方問わず沈黙が場を支配する。

 

 そんな中で唯一人、大君だけがいつもの飄々とした声で、

 

「何をしておる。隙が出来たぞ、さっさと逃げんかい」

「あ、ああ……おい、鳳!」

 

 ギヨームの叫び声にハッとなって、鳳は慌てて馬の腹を蹴飛ばすと、一瞬にして味方を失い、未だに唖然としている帝国兵たちの隙間を縫って駆け抜けた。

 

「な、何をしている! 追え! 追えーーーっ!!!」

 

 彼らの馬が通り過ぎると、流石に帝国兵たちも我を取り戻し、慌てて鳳たちの後を追いかけ始めた。しかし、包囲するため辺りにいたのは殆どが歩兵で、馬で逃げる彼らには追いつけない。まんまと逃げ出すことに成功した鳳は、冷や汗をかきながら前を行く老人の馬に自分の馬を寄せると、

 

「……なんで爺さんが古代呪文を使えるの!?」

 

 大君はそんな鳳に向かって息も絶え絶え、

 

「お主の仲間だって使えたじゃろう……それより、儂はMPを使い果たしてしまったわい。露払いは任せたぞ」

「露払いって……」

 

 彼がそう言いかけた瞬間、その彼の前髪を掠めてヒュンッ……っと銃弾が飛んでいった。慌てて背後を振り返ると、帝国騎兵が数人追いすがっているのが見えた。

 

 パンパンッ! っと乾いた銃声が轟き、追っ手から次々と銃弾が撃ち込まれる。手にしたライフルは銃身が切り詰められて、馬上でも扱いやすくしてあるようだった。その銃身の短さから狙いはバラついているようだが、この世界の銃はライフリングが施されているから意外と正確だ。近づかれたら一巻の終わりだろう。鳳は慌てて馬の速度を上げた。

 

 先頭を走っていたギヨームが下がってきて、ピストルで応戦するが、馬上であるうえに背後を振り返るという無理な体勢のせいで、いつもの正確な射撃が出来ない。それでもなんとか追いすがる敵の2頭を牽制して下がらせることに成功すると、

 

「ジャンヌ! おまえでなんとか出来ないか?」

「難しいわ! 私の技は馬上じゃ扱えないの」

 

 ジャンヌは元々がタンク騎士だ。扱う技の殆どが剣技で、この状況ではどうしようもなかった。馬を降りればこんな追っ手など、あっという間に片付けてしまえるだろうが、そんなことをしていたら、せっかく振り切った歩兵にまた取り囲まれてしまう。

 

 唯一の戦力がギヨームだけだと感づくと、帝国騎兵たちは彼から距離を取るように散開し、鳳たちの隊列を取り囲むように馬を進めた。左右後方の三方向から銃撃をされては、さすがのギヨームも対応しきれない。彼らは徐々に包囲を狭められ、いよいよ帝国兵の弾も届きそうなくらいにまで肉薄されてしまった。

 

 と、その時……このままじゃ撃たれるのは時間の問題だと焦っていた鳳の体が、突然重力を失って宙に浮いた。いや、浮いたのではない。鳳が乗っていた馬が、運悪く帝国兵の銃撃に当たり、バランスを崩して倒れてしまったのだ。

 

 馬から投げ出された体が宙を飛び、やがて重力に引っ張られて高度を落としていく。目の前に地面が迫り、なすすべのない彼は落馬を覚悟して身をすくめた。

 

 ところが……その時、彼の腕が抜けるんじゃないかと言わんばかりのもの凄い力で引っ張られて、正に地面にぶつかりそうになっていた鳳の体を引き上げた。

 

 そのもの凄い力に驚いて、きっと犯人はジャンヌだと思ったが、意外にも彼を引っ張り上げたのはギヨームだった。小柄な小学生にしか見えないが、やはりこの世界は見た目で判断してはいけない。

 

「気をつけろ、馬鹿野郎!」

「あ、危なかったありがとう」

「大丈夫? 白ちゃん……やっぱり私が降りて敵を惹きつけるわ」

 

 いよいよ追い詰められたジャンヌがそう提案する。

 

「駄目だ、おまえを置いていったら、回収する見込みがない」

「でも、このままじゃジリ貧よ! せめて、あの時みたいにポータルが使えたら……」

 

 焦燥に駆られたジャンヌは真っ青になりながら、ボソッと呟いた。その言葉を聞いた瞬間、鳳の頭に電撃のような衝撃が走り、

 

「それだよ、ジャンヌ! ステータス!!」

 

 鳳はたった今までその存在をすっかり忘れてしまっていた自分のステータス画面を表示してみた。

 

----------------------------

鳳白

STR 10↑      DEX 10↑

AGI 10↑      VIT 10↑

INT 10↑      CHA 10↑

 

BONUS 1

 

LEVEL 3     EXP/NEXT 75/300

HP/MP 100↑/0↑  AC 10  PL 0  PIE 5  SAN 10

JOB ALCHEMIST

 

PER/ALI GOOD/DARK   BT C

 

PARTY - EXP 100

鳳白           ↑LVUP

†ジャンヌ☆ダルク†

Mary Sue         ↑LVUP

William Henry Bonney   ↑LVUP

----------------------------

 

「うおおおおぉぉぉーーーーっっ!!!」

 

 鳳は自分のステータスがなんか色々と上がっているのを見て、こんな状況にも関わらず思わず叫び声を上げてしまった。何しろ、さっぱり経験値が上がらないので、最近では見るのも嫌になり、すっかりその存在を忘れてしまっていたのだ。

 

 しかし、これだけのことをやって、戦争で人殺しの真似事までやらされたことで、もしかしたら自分の経験値も上がってるんじゃないか……と思ったら、案の定、今回ばかりは彼の予想は正しかったようである。

 

 それにしても……あれだけやって未だにレベル3なのは泣けてくるが、いろんな数値が増えているのを見ると、思わず顔がにやけてしまう。見たことのないジョブ、それもアルケミストとは、自分らしいといえば自分らしいが……今はそんなことを気にしている場合ではないだろう。

 

 とにかく今はこの場を切り抜けることを考えねば、自分のステータスを見てニヤニヤすることすら出来なくなる。鳳は自分のステータスから目を逸して、パーティー経験値の方へと目を移した。するとやはり、こちらにも新たに経験値が割り当てられていたが……

 

「ちくしょう! ジャンヌのレベルは上がらないのか!? それに……なんだ、この見慣れない名前は……」

 

 パーティーメンバーの一覧を見れば、以前はジャンヌの横にもあった『↑LVUP』の文字が無くなっていた。鳳の方は相変わらずだから、ジャンヌは元のレベルが高すぎるのか、二回目はもっと経験値が必要とかそんな理由ではなかろうか。

 

 それよりも気になるのはパーティーメンバーの名前だ。今までは鳳とジャンヌの二人パーティーだったのに、今見たら4人に増えている。一人はMary Sueだから、恐らくメアリー・スーで間違いないだろう。だがもうひとりの見慣れぬ名前はなんだろう……

 

「うぃりあむ……へんりー、ぼんねい……ボニー、かな? なんだこれは」

 

 鳳が首を捻っていると、彼の前で馬の手綱を操りながら、必死に後続の帝国騎兵にピストルを撃ち続けていたギヨームが苛立たしそうに、

 

「なんだ!?」

「……え?」

「だからなんだって言ってんだ! いま俺の名前を呼んだろう。何の用だ?」

 

 ギヨームは余裕のない表情でピストルを撃ち続けている。彼の名前なんて呼んだつもりのなかった鳳は、それを否定しようとしたが……と、その時、

 

「……あ!」

 

 鳳はギヨームという名前が、ウィリアムのフランス語読みであることに思い至って、すぐにピンときた。ギヨームはかつて放浪者だと判明した時に、出身地がニューメキシコの田舎街だと言っていた。つまり、彼はアメリカ人なのだ。なのにフランス語名を名乗っていたのは、それが偽名だったから……なんらかの事情で勇者領から流れてきた彼は、こっちでずっと偽名を使っていたのだ。

 

「ギヨーム、後は任せた!」

 

 鳳はその事実に気づいた瞬間、ステータス画面に表示されていた彼の名前を連打していた。すると突然、鳳の前で手綱を握っていたギヨームの体が光りだし……

 

「うお? あ!? なんじゃこりゃ!!?」

 

 ギヨームは突然の出来事にパニックになりかけた。鳳は慌てて彼に覆いかぶさるようにして手綱を引っ張ると、明後日の方向に駆けていきそうだった馬をなだめながら、

 

「おまえのレベルを強制的に上げた! 多分、ステータスがガンガン上がってるところだろう。これで、なんとかしてくれ!!」

「おまえ何言って……って、マジかよ?」

 

 自分のステータスを見たギヨームは、いま正に自分のレベルがもの凄い勢いで上がり続けている光景を見て目を丸くした。何もしていないのに経験値がぐんぐんと上がり続け、レベルが上っても上がっても加速するように、更に経験値は上がり続ける。気がつけば、見たこともない数字に膨れ上がっている自分のHPとMPに、ボーナスが乗りまくって、わけがわからなくなったステータスの数値が彼の常識に追い打ちをかけた。

 

 彼は目を剥いて馬から転げ落ちそうになった。そんなギヨームを、今度は慌てて鳳が引っ張り上げる。バタバタと手を回しながら、馬上でなんとかバランスを取り戻したギヨームが、まるで荷物のように馬の背に持たれていると、すると、放心する彼の目の前に、光る拳銃が二丁現れた。

 

「……コルトM1877ライトニング……いや、サンダラーか。懐かしいな」

 

 往年の名拳銃コルトS・A・Aの後継として開発されたダブルアクションの拳銃。黎明期ゆえのおかしな構造から、ガンスミスのお気に入りと揶揄されるほど壊れやすい拳銃だったが、シングルアクションとして扱えば非常に頑丈だったお陰で、意外なベストセラーとして西部開拓時代の西海岸で長く生産された。

 

 彼はかつてその拳銃と共に、いくつもの死線を掻い潜り、そして生き延びてきた。彼が死んだのは、風呂上がりでたまたま手元にそいつが無かったからだ。それを思い出して……ほんの少し感傷に浸りながら、彼は迷わずその二丁の拳銃を手にすると、鳳に引っ張り上げられたばかりの馬の背からぴょんと飛び降りてしまった。

 

「おいっ! ギヨームッッ!!!」

「いいから迷わず森に走れ! ……こんなのは、日常茶飯事だったんだよ」

 

 走る馬から飛び降りた反動で、地面をゴロゴロと転がったギヨームは、やがて迫りくる帝国騎兵の目の前で跳ね上がるように体を起こすと、パンパンッ! っと、乾いた銃声を轟かせて、迫りくる馬を射抜いた。

 

 先頭を走っていた騎馬が突然崩れると、後続の馬たちはそれに巻き込まれまいとして、飛び跳ねるようにバランスを崩した。重いチェインメイルを着ていた騎兵の何人かが、その反動で馬から投げ出され、他の何人かは馬ごと横転して悲鳴を上げた。

 

 それをなんとか躱した騎馬も、棒立ちのまま二丁拳銃を突き出すように構えているギヨームの正確な射撃によって、次々と打ち倒されていく。馬を狙われて落馬する者、眉間を撃ち抜かれてそのまま絶命する者、その最期はそれぞれだったが、ただ一つ確実に言えることは、それを行うギヨームの射撃が、全て一発で相手を行動不能にしていることだった。

 

 右と左、交互に撃ち出されるピストルの弾丸が、面白いように敵兵の急所に吸い込まれていく。パン……パン……と、乾いた音が鳴る度に、味方の誰かが死んでいくのだから、追随する騎兵たちはいつまでも平静では居られなかった。

 

 敵騎兵だって何もしていないわけじゃない。馬上からカービン銃で、可能な限りの銃撃を続けている。しかし、それはギヨームに一発も掠ることなく、見当外れの方向に飛んでいく。いや、中には正確にギヨームを捕らえる射線を描く銃弾もあった。だが、それが彼に届く寸前に、赤い火花が散って銃弾が逸れてしまっていたのだ。

 

 一度や二度なら偶然だろう。しかし、それが何度も続けば認めるしかない。ギヨームは、その正確な射撃で、相手の銃弾をも撃ち落としていたのだ。

 

「うわああああー!」

 

 神懸かり的な射撃の名手を前にして、ついに恐慌を来した兵士が叫び声を上げる。敵前逃亡しようとする騎兵の背中にも、容赦なく銃撃が加えられ、恐れおののく兵士が彼の背後に回り込もうとするも、彼は一瞥もすることなく背中越しに銃撃を叩き込んだ。

 

「化け物め!」

 

 いよいよ後のなくなった帝国騎兵がバラバラに攻撃しては的になるだけと、前後左右から挟み撃ちにしようと馬を走らせるも……ギヨームはその中心でくるりと一回転すると、次の瞬間、突撃しようとしていた全ての騎馬の眉間に穴が空いて、絶命した馬がそのまま彼のいた場所で衝突し、乗っていた騎士たちは宙に舞った。

 

 重いチェインメイルに身を包んでいた騎士たちは、落下の衝撃で手足がおかしな方へ向いている。うめき声を漏らし、もはや戦意がないのを見届けると、ギヨームはピーッ! っと指笛を鳴らした。

 

 すると、主を失った騎馬が一頭、まるで初めから彼のことを主人であると認めていたかのように近づいてきた。ギヨームはその馬の背中に飛び乗り、手綱を取って一目散に駆け出した。

 

 取り残された騎兵が数騎、呆然とこちらを眺めている。だがもう、彼らに追撃する気力は残されていないだろう。やがて追いついた歩兵達が、死屍累々たるこの現場を見たら、どう思うだろうか。きっと、目撃者の言葉など、まるで信じないのではなかろうか。

 

「すげえな、おまえ」

 

 敵の騎馬を奪って追いついてきたギヨームが隣に並ぶと、鳳は自然とそんな言葉を口にした。しかしギヨームは面倒くさそうに首を振ると、

 

「俺が凄いって? 俺なんかより、おまえの能力のほうがよっぽどキテるだろうが」

「そうか?」

「詳しく聞きたいとこだが、今はとにかく逃げるが勝ちだ」

 

 ギヨームの言葉にうなずくと、鳳たちはもはや言葉を交わさずに森に向かって一目散に馬を走らせ続けた。追っ手は既に彼らを追いかけることを諦めて、遙か後方でこちらの方を眺めている。もはや捕まる心配はないだろう。

 

 やがて彼らは森の中に飛び込み、真っ直ぐに奥へと馬を走らせ姿を消した。追いかける帝国兵たちはだいぶ後になって追いついたが、その後いくら森の中を探しても、彼らを見つけることは出来なかった。

 


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