ラストスタリオン   作:水月一人

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俺たちの戦いはこれからだ!

 神聖帝国南部に広がる大森林ワラキア。鳳たちは森に入ってから丸一日、昼夜を問わず、ほぼ休みなく移動し続けていた。最初は森の(ふち)に潜伏して、ほとぼりが冷めたところで出ていくつもりだった。ところが、思いのほか帝国軍の追撃が厳しく、捜索が広範囲に及んだため、追われるように森の奥へ奥へと進んでいるうちに、元の場所に戻ろうなどという考えはなくなってしまった。

 

 帝国軍の追っ手はしつこく、少しでも休憩していると、背後から声が迫ってくる。どうやら相手にも追跡のプロがいるらしく、鳳たちの乗っている馬の足跡を追って来ているようだった。

 

 それじゃ馬から降りればいいかと言えば、そんなことしても今度は人間の足跡を追ってくるだけだから、結局の所、彼らがやれることはとにかく移動し続けることだけだった。

 

 疲労はどんどん蓄積していくのに、休憩の間隔はどんどん長くなっていく。無言で森の中を進み続けていると、やがて森のざわめきや鳥の声までが、追っ手の声のように聞こえてくるから、気が滅入ってきた。

 

 それでも、日が暮れても周囲に松明の灯りなどが見えなかったことから、どうやら夜までには追っ手を振り切っていたようだった。逃避行中は、ギヨームがリーダーになって、足跡を偽装したり、方向転換したりと、鳳たちではわからない工作を色々やっていたのだが、それが功を奏したらしい。ただ、どのくらい引き離したかはわからないことから止まる気にはなれず、結局は夜通し移動し続ける羽目になった。

 

 深い森の中は低い草木が少ないことから、想像していたよりも移動しやすかったが、それでも松明の灯りをだけを頼りに進むのは、体力的にも精神的にもかなりきつかった。

 

 そんな過酷な状況下で方位磁石を頼りに南へ南へと歩き続けて丸一日、脳天を太陽が通り過ぎて小一時間ほど進んだところ、小川のほとりでついに鳳が音を上げた。

 

「もう限界だ! いい加減に休憩しないか?」

 

 ギヨームはすぐに弱音を吐く鳳に、ついいつもの調子で反対しようと口を開きかけたが、すぐに思い直したように、

 

「……そうだな。こいつの疲労はともかく、馬の方はそろそろ限界だ。こんな森の中で馬を失ったら、どうしようもなくなるし、今日はここで野宿しよう」

 

 彼がそう宣言すると、一同から溜め息が漏れた。

 

「やっと休憩か。流石に儂も疲れておったで助かるわい」

 

 老人はやれやれといった感じで馬から降りると、後に続いて馬の背から降りようとしていたメアリーの脇を抱えて地面に降ろしてやった。彼女は地面に降りるや、

 

「薪集めしてくるよー!」

 

 と言って、ニコニコしながら元気に駆けていった。どうやら、こうしてみんなで馬に乗って、見知らぬ土地を歩いているだけでも楽しくて仕方ないらしい。

 

 考えても見れば300年も同じ場所に閉じ込められていたのだ。今は何を見ても新鮮で、興味を惹かれるのだろう。思い返せば、これまでの短い休憩の間も、彼女だけが好奇心旺盛にあちこちうろつき回っては、あれはなんだ? これはなんだ? と質問攻めにしてギヨームを苛立たせていた。

 

「子供の体力は底なしねー」

 

 と、体力お化けのジャンヌもくたびれた様子で馬の背から荷物を降ろしている。子供と言っているが、多分、メアリーはこの中で最も年長だ。そう見えないから仕方ないのだが。

 

 そんなこんなで、約二日ぶりにまともな休息を取った一行は、日が暮れる頃にはテントの設営も終えて、キャンプファイヤーを囲んでウトウトしていた。あれだけはしゃいでいたメアリーは、食べ物を摂取したら、まるで電池が切れたみたいにバタンキューと寝てしまった。そんなところまで子供みたいだなと思っていると、同じ事を考えていたらしきギヨームが、

 

「それにしても……勇者の子供か。まさか、そんなのが生き残っていたとはな。俺からしてみりゃ、勇者もその子供も、おとぎ話の登場人物でしかなかったんだが……しかし、こうして見てると、ただのガキにしか見えねえな」

 

 彼はメアリーの寝顔をマジマジと見ながら、そんな感想を述べていた。鳳からしても、それは幼馴染の顔にしか見えず、勇者だのなんだのと、そんな大層なものとは思えないのだが、他の人達からしても同じことらしい。

 

 こんな何も知らない少女に、守旧派だの勇者派だのが群がって、自分たちの都合で振り回そうとしているのだから、滑稽な話である。彼女は確かに神人を産むかも知れないが、それで10万も居た神人の人口がどれだけ回復するかなんて、知れたことだろうに……

 

「それで爺さん。彼女をあそこから連れ出したはいいが、これからどうするつもりなんだ? あの時は連れ出すのが先決だと思って何も聞かなかったが……あんた勇者領に住んでる勇者派なんだろ? もし、利用しようとしてるんなら、俺はあんたを止めなきゃならないが……」

 

 鳳がそんな風に決めつけたように言うと、大君は心外だと言わん素振りで、

 

「派閥争いなぞバカバカしい。儂は何もせんよ。ただ、彼女の父親に頼まれただけじゃ……あの子が出たがったら外に出してくれとな」

 

 彼は棒っ切れで焚き火の炎をかき回しながら、

 

「ヘルメス伯がその地位を追われた今、勇者派は有名無実化したようなものじゃ。これ以上引っ掻き回しても、要らぬ犠牲を増やすだけじゃろう。もはやそんなこと、誰も望んではおらん。儂はメアリーが普通の人生を歩んでくれればそれでいいと思っておる。スカーサハという神人がおったろう? 彼女のように、旧大陸の派閥争いに飽いて新大陸へ逃れた神人もおるゆえ、メアリーもそうしたらどうかと提案してみるつもりじゃ」

「そうか……」

「どちらにせよ、メアリーの決めることじゃわい。儂はこの子に何かを強制するつもりなぞない」

 

 鳳は気分を害してしまった大君に向かって頭を下げた。彼としても、メアリーのことを思っての牽制だったから、それは分かっていると老人は返した。

 

 そんな二人のやり取りを見ていたギヨームが、

 

「ところで、気になることと言えば……おまえだ、鳳」

「俺?」

「おまえ、逃げる時に俺に何をやったんだ? 突然、不思議な光に包まれたと思ったら、ギュンギュンレベルが上がっててビビったぞ」

「ああ、あれか……」

 

 鳳はポンと手を叩いた。と言っても、自分でも自分がなにかしたかはよく分かっていない。ただあの時は、以前も城から逃げる時にジャンヌを強化したことがあったことを思い出して、同じことが出来ないかと考えただけなのだ。彼はその時の状況と、自分がステータス画面で何をしたのかを語った。

 

「……共有経験値?」

 

「ああ。この世界で育った人たちには想像しにくいことかも知れないんだけど、実はこの世界って、俺たちの世界のゲームにそっくりなんだよ。俺のやってたゲームにも、古代呪文や神技があって、モンスターを倒すことで経験値を獲得することが出来たんだ……

 

 ただし、経験値の獲得方法がモンスターを倒すことだけじゃ、例えば回復職や生産職は経験値を得ることが難しいだろう? だから、ゲームでは個人だけではなくて、パーティーで行動するのが基本だったんだ。こうしておいて、モンスターを倒した時、パーティー全員に公平に経験値が分配されるようにすれば、戦闘が苦手な職業も問題なくレベルアップが出来るから」

 

「ふーん……でも、あの時は誰も経験値を得るような行動をしてなかったはずだぜ?」

 

 鳳は頷いた。

 

「実はそれがネックで前に一度、この考えを捨てたんだ。でも、今回、同じことが起きて……それで改めて考え直したんだが、共有経験値って考え方は正しいんだけど、これはコンピュータゲームのそれではなくて、TRPG方式なんじゃないかって」

「あ、なるほど。クエストのクリア報酬を、貯めておけるわけね?」

 

 鳳の簡単な説明だけで、ジャンヌはすぐさまそれを理解したようだったが、もちろん、他の二人がそれで分かるわけもなく、鳳は彼らにも分かるように、かいつまんでルールを説明した。

 

 TRPGはゲームマスターが用意したシナリオをなぞるだけでなく、即興劇をも楽しむものだが、その自由度のせいで経験値の取り扱いで苦労する。

 

 経験値を得られる手段がGMの用意したクエストだけでは、GMの権限が大きくなりすぎて自由度が損なわれる。かと言って、フリークエストを用意して好きなだけ経験値を得られるようにすると、ゲームそっちのけで延々と経験値稼ぎやお宝集めをしだすプレイヤーが出てくる。いわゆる、ハックアンドスラッシュというやつだ。

 

 これはこれで面白いから、ハクスラはその後コンピュータRPGとして発展し、日本でRPGといえばハクスラがその代名詞となったのだが、本家の方では一人のプレイヤーが延々と経験値稼ぎをし続けてしまってはストーリーが進まないから、クエストで貰える報酬の方を大きくしてバランス調整がされるようになった。敵を倒すよりも、クエストを進めた方が割を良くしたのだ。

 

 因みに、このクエスト経験値は、パーティー全員の共有物であり、もちろん全員に公平に分配してもいいのだが、その後の展開を考えて、誰か一人だけを大幅にパワーアップするなどというプレイスタイルも可能なわけだ。

 

「つまり、俺はクエスト報酬を溜め込んでおいて、あの瞬間、おまえに経験値として注ぎ込んだんだよ。それで一気にレベルが上って、新たな能力を修得したわけだ」

 

 そう考えると、鳳はいつの間にかクエストをクリアしていたわけだが……恐らく、仲間と共にモンスターを倒したとか、メアリーの隠し部屋を見つけたとか、街を防衛したとか、その辺がカウントされたのだろう。得られた経験値は100程度と少ないが、それを個人に注ぎ込んだら莫大な経験値に変わるのも、いかにもありがちなシステムだ。

 

 いまいちイメージが掴めないまま話を聞いていた大君は、鳳の能力をようやく理解して感嘆の息を吐いた。

 

「なるほどのう……勇者召喚者は大概なんというか凄い、いわゆるチート能力を持って召喚されるわけじゃが、お主のは別格じゃな。そんな力、見たことも聞いたこともない」

「俺もそう思うよ。ただ考えようによっちゃ、他人を強くする力なわけだから、俺には何の得にもなってないんだけどな……」

 

 この能力で今までにやってきたことは、ジャンヌとギヨームのレベルを上げたことだけだ。おまけにモンスターを倒しても経験値が入らないのも、恐らくこの能力の弊害だろう。大君はそんな鳳の気など知ってか知らずか愉快そうに笑いながら、

 

「お主はよっぽど神に愛されてるのかも知れんのう」

 

 その神とやらがエミリアであるのなら、笑い話にもならないのだが……鳳は老人にもたれ掛かって眠っているメアリーを見つめながら、

 

「そう言えば爺さん。あんたは俺のパーティーに加わってないんだな。そこのメアリーと、ギヨームは、リストに入ってたんだけど、あんたの名前は見当たらなかった」

「そうなのか? ふむ……儂の場合、いまさら他の誰かとパーティーは組めない、ということかも知れん」

 

 そう言って老人は遠い目をしてみせた。どうやら彼には昔なじみのパーティーがあるらしい。長いことゲームをしているプレーヤーに招待を送っても、今のパーティーが気に入ってるからと言って断られるような感じだろうか。

 

 鳳はそう言えば、みんな大君(タイクーン)と呼んでるから気にしてなかったが、大君は肩書であって名前じゃない。本当の名前は何て言うんだろうか? と思ったが、その哀愁に満ちた目を見ていると、今聞くのは無粋かなと思い、話題を変えるつもりで、

 

「そう言えば、ギヨーム。おまえ、ずっと偽名を使ってたんだな。全然気づかなかったよ」

「別に、偽名ってほどでもないだろう」

「まあ、そうかも知れないが。どうして隠してたんだ?」

 

 英語名のウィリアムを、フランス名のギヨームと名乗っていたのだから、厳密には偽名というわけじゃないだろう。それにしてもわざわざ名前を変える必要もないだろうから、どうしてなんだろうかと聞いてみたら、ギヨームではなくてジャンヌの方が食いついた。

 

「あら? ギヨームって本名じゃなかったの?」

「いいや、本名だが……いや、本名も偽名だから……あー! 面倒くさいな」

 

 憮然とするギヨームに代わって、鳳が答える。

 

「そいつの名前はウィリアムっていうんだよ。ギヨームはフランス名。ほら、最初にアメリカ人だって言ってただろう? 本名はウィリアム・ヘンリー・ボニー」

「……え? ウィリアム・ヘンリー・ボニー……? どこかで聞いたことがあるような……ウィリアムって、確か愛称ビリーよね? じゃあ、『ザ・キッド』ってのは……」

 

 するとジャンヌはまるでお化けでも見たような表情を作り、そんな言葉を呟いて固まってしまった。それもそのはず……

 

 『ザ・キッド』

 

 ……ギヨームに付けられたその二つ名を思い出した時、鳳もその名前の意味に気づいたくらいなのだから。

 

「だから、この世界にはわりと放浪者がいるって言っただろう?」

 

 ビリー・ザ・キッド……本名ヘンリー・アントリム。西部開拓時代、ニューメキシコ周辺で活動していた伝説のアウトローの愛称である。

 

 12歳の時に母親を侮辱した相手を射殺し逃亡、以来、馬泥棒や殺人を繰り返しながら各地を転々とし、リンカーン郡の抗争で名を挙げた。生涯で21人を殺害したと言われているが、インディアンやスペイン人は含まないから、実際の数はそんなものでは済まないだろう。

 

 両利きで、両手(ダブルハンド)から放たれる射撃は、左右どちらからでも針の穴を通すほどの正確さだったという。アウトローらしからぬ人懐っこさで明るく、大勢の仲間に囲まれていた。最期はかつて仲間だった保安官パット・ギャレットによって射殺されたと言われている。

 

「……パットに撃たれたと思ったら、いつの間にかこんなわけのわからない世界に居たのさ。俺としては自分が有名人だなんて思わないから、最初はいつもどおり名乗っていたんだが……どこかの誰かが『ザ・キッド』なんてあだ名で呼び始めてから、どこへ行っても英雄扱いで……嫌気が差してヘルメスに逃げてきたのさ」

「それで、ギヨームって名乗ってたのね……」

 

 ジャンヌは目をキラキラさせながら、ギヨームに握手してくれるように手を差し伸ばし、

 

「びっくりだわ。あなたがあのビリー・ザ・キッドだったなんて……私、あなたの映画を見たことがあるのよ」

「そうかい……後世の連中は、よっぽど物好きだったと見える」

 

 ギヨームは照れくさそうに差し出されたジャンヌの手を払うと、少しほっぺたを赤くしながら、いつものニヤニヤとした笑顔をポリポリとかきながら、

 

「大体、俺なんか英雄視しても仕方ねえぞ。そんなのより、もっと大物がそこにいるだろうに」

「そこって?」

 

 ギヨームが指差す方を見たら、そんな三人の若者の会話を楽しそうに眺めていた大君が、突然注目を浴びて苦笑気味に肩をすくめた。

 

「そのジジイの名前は、レオナルド・ダ・ビンチだ」

 

 300年前、この世に現れた魔王を倒すべく、真祖ソフィアを開祖とする神聖帝国は、異世界から勇者を召喚した。

 

 その勇者と共に立ち上がった三人の仲間、モーツァルト、ニュートン、そしてレオナルド・ダ・ビンチ。放浪者(バガボンド)と呼ばれる彼らは、かつて鳳たちの住んでいた前の世界『地球』の偉人たちであった。

 

 同じく、地球由来の英雄、ビリー・ザ・キッドに千利休。更に、この世界にはエミリアという名の神様がいて、その幼馴染(エミリア)そっくりな少女メアリー・スーがいる。勇者の娘と言われる彼女は、絶滅の危機に瀕している神人の聖母になると目されており、帝国守旧派、勇者派の双方からつけ狙われていた。

 

 そんな世界に召喚された鳳とジャンヌは、かつて幼馴染(エミリア)と共に遊んでいたオンラインゲームと同じルールを駆使しながら、狙われたメアリーを救うべく、共に戦う道を選んだのだ。

 

 何だこれは、わけがわからない。一体、この世界はなんなんだ?

 

 ただ一つ分かることは、目の前の老人に頼めば、案外気さくにサインが貰えそうだということだけだった。鳳はいつの間にか手にしていた千代紙を差し出しながら、ペンはどこにしまったっけと、どうでもいいことを考えていた。

 

 見上げれば満月。パチパチと爆ぜるキャンプファイヤーを囲みながら、時代も場所も世界さえもバラバラの、五人の冒険が始まろうとしていた。

 

(第一章・了)

 


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