ラストスタリオン   作:水月一人

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異常なのはお前の方だろうが

 小骨が喉に引っかかるかのように、異世界召喚された日からずっと気になっていたBloodTypeC問題……ギヨームとレオナルド、メアリーという新たな仲間を得た鳳は、いつまでも彼らに内緒にしておくのは不誠実だと思い、思い切ってカミングアウトしてみたのだが……

 

 それを聞いたレオナルドは、くよくよと考えていた鳳とは対象的にあっけらかんとその事実を受け入れ、おまけに彼は人間であると宣言してくれた。

 

 その言葉に内心ほっとしていた鳳であったが……それじゃあ、自分は一体何なんだ? 何故、一人だけがみんなと違うのだろうか? そんな疑問が拭えない。

 

 そんなわけで、今度はそれは何故かと尋ねてみたら……すると老人は信じている神の違いだと言いだした。

 

「神……? 神だって? いや、ちょっと待ってくれよ。俺は生まれてこの方、神様なんて信じたことがないんだが?」

「それは奇遇じゃのう。儂も信じたことなど一度もないぞ。じゃのにあの忌々しいフランス人どもめ……今際の際に、次から次へと神父を寄越しおって。無理やり懺悔させられた屈辱は、今思い出しても腸が煮えくり返るわい……」

 

 レオナルドは彼にしては珍しく感情的に舌打ちをしてみせた。しかし、それじゃなおさら彼が、神がどうとか言いだした理由が分からない。一体全体、どういう意味で神なんて言葉を持ち出してきたのだろうか。

 

「信じる信じないという話ではないのじゃよ。この世界の人間はおそらく全て、誰も彼もがなんらかの神の影響を受けておる。ところでお主は、この世界の創世神話を知っておるか?」

「それって、エミリアが受肉してソフィアになり、そのソフィアが精霊を創り出したってやつ?」

 

 鳳がうろ覚えの話をすると、レオナルドはすぐさま否定するように首を振って、

 

「それよりもう少し前の話じゃ。この世界には四柱の神がおって、それぞれエミリア・デイビド・リュカ・ラシャと呼んだ」

「ああ、それならギルド長から聞いた覚えがある……」

 

 確か、この世界には元々4人の神様がいて、四元素を司っていた。四柱の神は仲良く世界を創造したが、その世界を統治する人間のあり方で意見が食い違い、争いを始めた。

 

 その結果、ラシャがリュカを殺し、驚いたデイビドは逃げ出し、エミリアは引きこもってしまった。そして世界はラシャが創り出した魔族によって支配されていたが……このままではいけないと思ったエミリアが、ある日一念発起して、自分の分身ソフィアを地上に遣わし、ついに魔族との戦いに勝利したのだ。

 

「つまり元々、人間とは四柱の神の創造物だったのじゃよ。神話では、その出来が気に入らないラシャが魔族を作って他種族を追い出してしまったわけじゃが……大方、昔は魔族が優勢だったと言う程度の意味なんじゃなかろうか。やがて時が経ち、今度は神人が勢力を増してきて現在に至るわけじゃ……つまり、魔族とはラシャの作った人間、そして神人はエミリアが作った人間……」

「じゃあ、もしかして獣人ってのは?」

 

 レオナルドはうんうんと頷きながら、

 

「獣人はリュカの子孫だと言われておる。彼らにも創世神話があるんじゃが、それは神人たちの伝えるエミリアの神話とは似ても似つかない。四柱の神の間で諍いはあったが、最終的にはリュカが勝ったというような内容じゃ。故に、神人どもは獣人を嫌うのじゃよ。彼らからしてみれば、獣人は自分たちの神を信じない不届き者……つまり悪魔というわけじゃな。それが帝国での獣人たちの粗末な扱いに繋がっているわけじゃ」

「なるほど……そんな理由があったのか」

 

 思えば、あの国境沿いの街に初めてたどり着いた時、そこで見た獣人はどれもこれも奴隷扱いを受けて可愛そうだった。そのうち慣れてしまったから気づかなかったが、考えても見れば、あの街で普通の暮らしをしている獣人は一人も居なかったような気がする。

 

 見かける獣人はほとんどが奴隷か、せいぜい冒険者くずれの輩っぽい連中ばかりで、誰も彼も暮らしぶりはあまり良さそうに思えなかった。

 

「何故それが見えるのかは分からんが、儂らが見ているステータスというものは、どうやらエミリアが創り出したシステムのようじゃろう? そこで示される数値の殆どは、神人ばかりが優遇されておって、他の種族は軒並み低いのじゃ。他にも例えばINTというステータスは、神人が使う古代呪文(エンシェントスペル)の威力に関わるわけじゃが、呪文を使える種族なんて神人しかおらんのじゃから、人間や獣人にとってその数値はなんの意味もないではないか。つまり、あれで見えるのは神人本位の数字なのじゃ。故に、BloodTypeのようなものは、人間と神人、それ以外などといういい加減な区別しかつけていないのじゃろうな」

「はあ……そうだったのか。それじゃあ、このステータスってのは、あんまり気にしないでいいのかな? 実は、まだ気になることがあるんだけど」

「なんじゃ? 言うてみい」

「うん、実はこれが今の俺のステータスなんだけど……」

 

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鳳白

STR 10↑      DEX 10↑

AGI 10↑      VIT 10↑

INT 10↑      CHA 10↑

 

BONUS 1

 

LEVEL 3     EXP/NEXT 75/300

HP/MP 100↑/0↑  AC 10  PL 0  PIE 5  SAN 10

JOB ALCHEMIST

 

PER/ALI GOOD/DARK   BT C

 

PARTY - EXP 0

鳳白

†ジャンヌ☆ダルク†

Mary Sue

William Henry Bonney

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「基本ステータスっていうのか? STRとかDEXみたいなやつの横に、押せばいかにも上がりますって感じの矢印と、ボーナスの文字が見えるんだけど……あ、あとHPとMPも上げられそう」

 

 鳳が自分にしか見えないステータス画面のことを話して聞かせると、レオナルドのみならず、その場に居た全員が唖然とした表情をしてみせた。それまで黙って話を聞いていたギヨームは、はぁ~……っとため息を吐いてから、

 

「おまえは、またおかしな現象を起こしてやがんな。こないだの、俺のレベルを上げた共有経験値だったっけ? あれにも驚かされたが……」

「爺さん、これが何か知らないか? 押して良いものかどうか分からなくて、ずっと放置してたんだけど……」

 

 すると流石の老人も、こんなこと見たことも聞いたことも無かったらしく、彼は嘆くように天を仰いだ後に、

 

「いや……儂にも分からん。まさかこんな不思議なことになってるとは思わんで、得意げに語っていたのが馬鹿みたいではないか……」

「そりゃ、悪かった……」

「しかし、もしかすれば、これがBloodTypeCである所以かのう。お主はどうみても人間としか思えぬが、人間でも神人でもない、特殊な成長の仕方をしおる。となれば答えは一つ。お主はエミリアの眷属ではなく、別の神の眷属なのじゃろう」

 

 となると、リュカでもラシャでもないならば、

 

「デイビドに関係があるかも知れないってこと?」

「かも知れん」

「ふーん……その、デイビドってのはどんな神様なんだい。今までも何度か話に上っていたけれど、いまいちピンとこないんだ」

「さあ、儂にも分からん」

 

 鳳は、300年も生きているこの老人なら当然知っているだろうと思っていたから面食らってしまった。彼は目をパチクリさせながら、

 

「分からない?」

「うむ。デイビドは創世神話に現れるが、リュカが殺されて逃げ出した後、その行方ははっきりしない。ラシャに殺されたか、もしくはこの星から出ていってしまったのか……そもそも、神話なんてものはそれ自体、鵜呑みにしていいものではないじゃろう。神人と獣人の神話が違うことからしても、それが正しく後世に伝わっておるかは誰にも分からないんじゃから」

「確かに……」

「お主はデイビドの眷属の可能性もあれば、他の三神から複合的な影響を受けているやも知れぬ。はたまた、まだ誰も知らぬ未知の神の影響もあるかも知れんし、もしかするとお主自身が神という可能性もあるぞ」

 

 真面目な話をしていると思ったら、いきなり神だなんて言い出すとは……その言葉がおかしくて、鳳は思わず吹き出した。

 

「ははは。俺が神様だなんて、そんなのありえないよ。もしそうなら、こんな苦労をしているはずがないだろ」

「そうか? 聞けばお主の能力は神に匹敵する破格なものではないか。能力が低いと口では言っておきながら、お主はこれまで多くの危機を乗り越えてきた。今となってはこうして多くの仲間も得たのに、男ならば神を目指さぬ道理はあるまい」

「……本気で言ってるのか?」

 

 するとレオナルドは肩をすくめて、

 

「それほど意外なことかのう。例えば神人の魔法のように、お主は既にいくつもの奇跡を起こしておるではないか。その延長線上に、神がいてもなんの不思議もあるまい?」

「そりゃ……そうかも知れないけど。でも俺が神なんてことはないだろう」

「ふむ。古代中国には仙道があって、当たり前のように仙人を目指す者がおったではないか。お主の国の仏教は、誰もが仏になれると考えておるのじゃろう? 儂がフィレンツェで修行していた頃は、本気で神を目指している者がいっぱいおったぞ。結局は教会の力に屈し、口に出すことも憚られたが……お主は、なれるならなってみたいとは思わんのか」

 

 どうやら老人は、割と本気で言ってるらしい。鳳は少々面食らった。ルネッサンスの時代を生きた人のことはよく知らないが、考えても見れば中世にほんの少しばかり毛が生えた程度の時代である。鳳の時代とは考え方、そのものが違うのかも知れない。

 

 ともあれ、鳳にとって神などどうでもいいことである。さしあたって気になることは、それこそ目に見える問題にあった。

 

「まあ、魔族じゃないってんなら、俺の正体についてはもういいや。それより、ステータスの話に戻そうぜ。これって押しちゃっていいものなのかな?」

「ふむ……それは儂にもさっぱりじゃ。押して見なければ分からないとしか言えんのう」

「そうだよなあ……実はボーナスポイントが1しかないんだよ。だから、どれを上げたらいいか、正直なところ迷ってるんだが……」

 

 痛いのは嫌だからVITに極振りすれば良いようにも思うが、しかし、ボーナスポイントなんて、次はいつ貰えるかわかったもんじゃないから、そんな気軽に試すわけにもいかなかった。

 

 出来ればこの1ポイントを使って最大の効果を得たいところだが、攻略サイトがあるわけでもないし、どれに振れば一番効率が良いのかはまるで見当がつかない。

 

 自分のアルケミストという職業を考えれば、INTを上げていけばいいような気もするのだが……さっき聞いた話ではINTは神人でもなければ殆ど意味がないと言う。かといって、それじゃ他に何を上げればアルケミストっぽいのか? と問われれば、どれという感じもしない。辛うじて、DEXがそれっぽいだろうか?

 

 鳳がそんなことを考えながら頭を抱えてウンウンと唸っていると、それまで黙って二人のやり取りを見ていたギヨームが、割って入ってきた。

 

「レオ。話の最中に悪いんだけど、ちょっと良いか? ステータスのことについて、俺も聞きたいことがあるんだが」

「なんじゃ? まさかお主もおかしなボタンがあるとか言い出さんじゃろうな?」

「そこの変態と一緒にしないでくれ……いや、もしかすると関係あるかも知れないから言うんだが……実は、このところ、異常なくらい俺のステータスが上がっているんだ。具体的に言うと、全ステータスが1から2底上げされている」

「なんだって!? ずるい! 俺は一個のステータスを上げるのにも、こんなに苦労しているというのに……どうしてすぐ言わないんだよ!!」

 

 その話を横で聞いていた鳳が非難がましく叫び声を上げた。ギヨームはそれを面倒くさそうに手で追い払いながら、

 

「見てくれで分かるだろうが、俺は成長期なんだよ。身長も体重も去年に比べてぐんぐん伸びてる。だから、こういうこともあるのかと思って、気にしていなかったんだが……改めて考えてみると、少し成長し過ぎなような気がする」

 

 彼はそう言って自分のことを指差した。放浪者(バガボンド)の精神年齢が高いせいで忘れてしまいそうになるが、ギヨームの見た目はまだ小学校の高学年くらい……せいぜい12歳程度でしかないのだ。因みにステータスは以下の通りらしい。何度も言うが、基本ステータス15以上は、普通の人間の限界を超えている。

 

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William Henry Bonney

STR 13        DEX 17

AGI 17        VIT 12

INT 13        CHA 15

 

LEVEL 53     EXP/NEXT 18600/250000

HP/MP 1580/75  AC 10  PL 0  PIE 0  SAN 10

JOB Thief Lv6

 

PER/ALI NEUTRAL/NEUTRAL   BT A

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「俺たち人間の子供は、体が大きくなるにつれてステータスも釣られて上がっていく。でも、俺はこの一ヶ月、一気に背が伸びたとか筋肉がついたとか、体の変化があったとは思えない。ところがステータスだけがガンガン上がってるような気がするんだ」

「なるほどのう……しかしお主、その原因に既に心当たりがあるのではないか?」

 

 老人がそう返すとギヨームは頷きながら、

 

「ある。一ヶ月前、帝国兵から逃げる途中、俺はこいつの能力でレベルが上った。それも普通では考えられないくらい一気に。具体的には、元は30代だったレベルが50代にまで上がっているんだ」

「え? そんなに上がってたの??」

「ああ、おまけに俺が元々持っていたスキルまで変化するというおまけ付きだ。だからおまえの能力は、変だ、チートだ、って何度も言ってるわけだが……俺たちの常識では、レベルが上昇してもHPやMPが上昇するだけで、ステータスには特に影響がないと思われている。だが現実問題、レベル30代になるような連中は軒並み普通の人間よりもステータスが高い。それは元々ステータスが高い人間が、レベルが上がりやすいからだと思われてきたわけだが……改めて思うんだが、もしかして、これは逆だったんじゃないのか? なあ、爺さんはどう思うよ」

 

 ギヨームにそう言われたレオナルドは、少し考えるような仕草をしてから、

 

「ふむ……お主のようなレベルの上がり方をした者など知らぬから、儂もはっきりとは分からんが……しかし、そう考えれば、ジャンヌや召喚者達のステータスが軒並み高かった理由にもなるのう」

「やっぱりそう思うよな」

「うむ、しかし確かめようがないぞ。そもそも、神人とは違って、人間には高レベルの者が殆ど存在しないからの」

 

 その言葉に鳳が首を傾げて、

 

「そういや、ギルド長もそんなこと言ってたな。でも、どうしてだ? ギヨームはレベル50を超えてるんだろ? ジャンヌは今や102だし、レベルキャップがあるわけでもなさそうだけど……?」

 

 するとレオナルドはさもありなんと言わんばかりに、

 

「簡単な話じゃ。レベルを上げるには、魔物を倒さねばならん……実際は、魔物でなくても、獣人でも同じ種族の人間でも、敵を倒せば経験値が得られるわけじゃが……例えば、ジャンヌよ。お主は次のレベルまで、あとどのくらいの経験値が必要じゃ?」

「え? 私……? えーっと……100万飛んで少しだけど」

「すると、ゴブリン換算では1万匹くらいというわけじゃが……そんな数、一体どこにいると言うんじゃ?」

「……ああ」

 

 鳳はそう言われて目からウロコが落ちるような気分になった。

 

 確かにそうだ。これがゲームなら、MOBは時間が経てばいくらでも湧いて出てくるが、現実はそうはいかない。1万の大群なんて、戦争でも起きない限り、一生お目にかかることが出来ないだろう。

 

 しかも、その戦争だって100人も殺せば英雄だ。ところが、その程度ではジャンヌはレベルが一つも上がらないのだ。

 

「そう考えると、ジャンヌのレベル102って異常だな……実際にそこまで上げようと思ったら、全人類を相手にしてもまだ経験値が足りないんじゃないか? 凄い凄いと思ってはいたけれど……おまえばっかり恵まれた能力で召喚されやがって、羨ましいったらありゃしない」

 

 鳳がそんな具合に感嘆の息を吐いていたら……気がつけば、いつの間にかそんな彼のことを、その場にいる全員がジトーっとした目つきで見つめていた。鳳は、何かしてしまったのかと戸惑っていると、

 

「異常なのはお前の方だろうが。俺もジャンヌも、上げようとしてもレベルを上げることなんてまず不可能だった。それをおまえが可能にした。レオが神がどうとか言っていたが、俺もあながちそれは間違いじゃないような気がしてきたぞ」

「ええ? しかしそう言われても、俺には何の恩恵もないんだぞ?」

 

 鳳はそう言って嘆いているが、ギヨームは内心で、今だけはな……と思っていた。

 

 今までやってこなかっただけで、鳳の能力は本人のレベルも上げることが出来たはずだ。彼が共有経験値を自分に割り振った時、果たして何が起こるのだろうか……そしてアルケミストなる未知なる職業と、新たに見せたステータスの異常さも考えると、これからこの男がどれだけ成長するか、非常に興味深いところである。

 

 最初は相棒(ジャンヌ)が巻き込まれたから、なし崩しにくっついて来ただけのつもりだったが……今となっては、この男についていくのも悪くないとギヨームは考えていた。少なくとも、彼と一緒にいれば、楽してレベルアップ出来る可能性があるのだ。別段、高レベルになって何がしたいというわけでもないが、この分けの分からない世界で今後も生きていくなら、レベルが高いにこしたことはないだろう。

 

 なにはともあれ、こいつについていけば退屈しないで済むのは間違いないはずだ。彼は自分のステータスを見ながら、そんなことを考えていた。

 


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