「しかし、レベルが上がればステータスも上がるってんなら、俺のステータスの横に現れた矢印は何なんだろう。押せばいかにもステータスが上がりますって感じだけど、レベルが上がれば結局同じことになるなら、意味ないよな」
鳳のステータスの話をしていたら、思わぬ形でそれらに関する新事実にぶつかってしまった。ギヨームによると、最近、急激にレベルアップした結果、彼のステータスも上がっているらしい。もしかすると、人間とは元々レベルが上がればステータスが上がる生き物だったのかも知れないというのだ。
すると結局、レベルが上がればステータスも上がっていくと言うなら、鳳が自由に好きなステータスを上げられたとしても、そんなのは一時の事でしかない。上げても上げなくても結果が変わらないのでは、こんな能力があっても意味がないではないか。
鳳がそんな疑問を呈すると、レオナルドが慌ててそれを否定した。
「いいや、それは分からぬぞ。確かにギヨームの成長はレベルとステータスの連動を示唆しておるが、今の所、それを裏付ける証拠はない。それに、お主が最初に言っておったではないか。自分は人間ではないかも知れないと。そのお主が普通の人間と同じような成長をするとは限らない……寧ろ、今までの話から考えると、そうでない可能性のほうが高いじゃろう」
「そ、そうか……そうだよな。しかし、そう考えると、ますます分からないんだけど、ステータスって結局何なんだ? 魔物を倒せばレベルが上がる。レベルが上がれば筋力や知力が増える。普通、人間ってこういう成長の仕方はしないよな。筋トレなんかの鍛錬をして、素振りするなど反復練習をして、そういうものの積み重ねで成長してくものだろう? もちろん、実践が大事なのは言うまでもないけども」
すると老人は鳳の意見に同意して、
「お主の言うとおりじゃな。儂らの常識では、普通の人間はそうやって成長する。しかし、現実にこの世界ではレベルという概念が存在し、魔物を狩ることによって上がっておるわけじゃ……ところでジャンヌよ。お主はあそこにある大木をその剣で叩き切ることが出来るかの?」
「え? 私!?」
鳳たちの議論を黙って横で聞いていたジャンヌは、突然話を振られて驚きながら、
「そ、そうね……出来ると思うわ。試してみましょうか?」
「いいや、結構。ところで、お主。ここが地球であったら、あの大木を同じように切ることが出来たかの?」
「そんなの絶対無理よ!」
ジャンヌが思いっきり否定すると、老人はさもありなんと頷いてから、
「この通り、地球では出来なかったことが、この世界では出来ると言うわけじゃ。おそらくジャンヌは、ここに来る前もこっちに来てからも、見た目や能力は大して変わっとらんはずじゃ。なのに、地球では出来なかったことが出来るということは、そこになんらかの人為的な……もしくは神為的な力が介在しておると言うことじゃろう? それがステータスには反映されておるわけじゃな」
「神……神か……」
なんとなく現代人の常識として、話半分に流してしまっていたが、少なくともこっちの世界では神の存在は簡単には否定出来ないもののようである。それが例え何者であろうが……例え幼馴染であったとしても、鳳たちに力を貸している存在は確かにいるらしい。
「それが人間や神人の間では、四柱の一柱エミリアだと考えられておる。ところが、お主はそのエミリアの眷属たちとは違った成長の仕方をしておる。とすれば、今後お主のレベルが上っても、ギヨームのようにステータスが上がっていくとは限らないじゃろう」
「なるほど、俺はエミリアの眷属とは違うルールで成長していく可能性があるのか……そう考えると、よっぽど、あのボーナスポイントは大事だって言うわけだ」
鳳は今までステータスの低さを嘆いていたわけだが、自分が貧弱だったのではなくて、この世界に住む人々が、元々チート能力者だったと考えれば納得がいく。神の恩恵を受けた者と、そうでない者とで、能力に差があってもそりゃ当然だろう。
今後は鳳も自分でステータスを上げていけるわけだが、しかし現在手にしているボーナスポイントはたったの1。どのステータスに割り振るかは、ますます重要になったと言えるだろう。
「何から上げてきゃいいのかな。INTはあり得ないだろうし……」
「いや、分からんぞ。お主は未知の神の恩恵を受けておる。もしかすると神人と同じように、INTの影響を受ける魔法のような力が使えるやも知れぬぞ」
「ええ!? ……それじゃ、ますます選択肢が増えて決めきれないじゃないか」
鳳がそんな風に嘆いているときだった。彼はふと、レオナルドの言葉の中に違和感を覚えた。
「あれ……? そういえば、INTってのは神人の魔法にしか影響がないんだよな?」
「うむ。実際には
「それっておかしくねえか? 人間も神人も、エミリアの眷属なんだよな? なのに、エミリアは明らかに神人の方を優遇しているじゃないか。これってどうしてだ? もしかして、人間ってのはエミリアの眷属じゃないんじゃないか?」
鳳がそんな疑問を呈すると、老人はほんの少し苦笑いしながら、
「ふむ……お主は中々痛いところを突いてくるのう……共存している手前、口には出さんが、多くの神人もお主と同じように考えておるようじゃ。しかし、儂の見立てでは、おそらく、人間もエミリアの眷属で間違いないじゃろう」
「どうしてそう思うんだ」
「お主も気にしておったBloodTypeを思い出してみよ」
あれが何か関係あるのだろうか……?
鳳は言われたとおりに例のステータスのことを思い出した。確かあれはBloodTypeAが人間を表しており、Bが神人、Cがそれ以外という大雑把なものだった。
彼はそこまで思い出したところで、
「……ん? Aが人間?」
「左様。Aが人間、Bが神人じゃ。普通、こういった序列はどういう風につけるかの? 本人の見せたい順、つまり優遇している順番につけるか、もしくは、時系列順のように意思を避けたつけかたをするじゃろう。
そこで創世神話をもう一度思い出してみよ。四柱の神はまずはじめに人間を作った。その出来に納得がいかなかったラシャが魔族を創り出し、それが地上を支配しようとした時、このままではいけないとエミリアが神人を作って食い止めた……
これを踏まえると、人間とは元々四柱の神が作ったもので、エミリアはそれを守ろうとして神人を創り出したと考えられるわけじゃ」
「なるほど、そうだったのか……」
「まあ、これは儂の推測に過ぎんのじゃがの……こんなことを言い出せば、あのプライドの塊みたいな神人共が騒ぎ出すに決まっておるから、誰にも言えんのじゃ。故に、もしかしたら違うのかも知れない」
「いや、俺はそれで納得したよ。俺も爺さんの考えに賛同する」
鳳がそう言うと、レオナルドは少しホッとしたように肩を回し、
「まあ、お主が疑ってしまったように、確かに人間と神人では人類としての完成度が違いすぎるからのう。なんと言うか、神人は種として完成されすぎておるのじゃよ。例えば、ステータス一つとっても神人と人間ではそのあり方が違う。高い低いという違いだけではなく、まず神人という種族はステータスが変わらない」
「変わらない……まったく増減しないのか?」
「そうじゃ。神人という種族は、生まれてから成長が止まるまでの十数年間は人間と同じように成長するが、それ以降はピタリと成長が止まってステータスが変動することはない。いや、CHRだけは増減するのじゃが、何しろカリスマじゃからのう……その他は何百年でも同じままじゃ。
対して人間の方は大人になってからも頻繁に増減する。例えば、アスリートが記録を更新し続けるように、大体30歳くらいまではSTRやAGIなどの体力的な数値が上がりやすい。じゃが、それをすぎると今度は逆に数値が減りやすくなる。いわゆる老化現象と言うやつじゃな」
「ああ、そうだったんだ」
「具体的に、STR,DEX,AGIは運動で伸びやすく、VIT,INT,CHRは生まれに左右されやすいと言われておる。そしてSTRが上がるとDEX,AGIが下がりやすいという相関関係がある。
まあ、考えても見れば当然じゃな。STRというのは筋力を表しておるわけじゃが、例えば力いっぱい剣を振っている最中に細かい作業を行ったり、全力で走っている最中に急激に方向転換したりは出来ないじゃろう。ステータスで表示されるのは、能力の最大値じゃから、STRが高い者は他が低くてもそれほど悲観することはないと言うわけじゃ。
実は儂も若い頃はSTRが高かったのじゃが、歳をとってからはめっきり下がってしまってのう……今となっては鳳、お主よりも低い一桁数字じゃわい。その代わりDEXとAGIが上がって、特にDEXは他の人間よりも高い15をキープしておる」
この老人のことだから、ジャンヌみたいに20とか30とか言い出すんじゃないかと思って身構えていたが、案外普通で安心した。鳳は彼の説明を噛みしめるように吟味すると、思いついたことを言ってみた。
「ふーん……それじゃあ、例えば俺がSTRを上げておいて、その後運動しないで怠けていたら、老化現象が起きてDEXとAGIが上がる可能性があるかも知れないんだな? ボーナスポイント1で、二つのステータスが上がるとしたらお得じゃん。だったらSTRをあげてみようかな……」
「またお主は、システムの穴を突くようなことを言い出しおって……さっきも言ったが、お主は他の人間とは成長の仕方がまるで違うんじゃから、そう狙ったようになるとは限らんぞ」
老人がそんな鳳を窘めていると、それまで二人のやり取りを横で聞いていたギヨームが、割って入るように言った。
「それなら鳳、MPを上げてみたらどうか」
「MP? どうして?」
「お前も、いつまでもMPポーションで酔っ払ってる場合じゃないだろ。それに、そのボーナスポイントとやらで、HPやMPがどのくらい上がるのかちょっと興味がある。他のステータスと違って、まさか1ってこともないだろう。もしかすると、何かスキルを覚えるかも知れないし」
「む、むむむ……確かに。あの気持ちいいトリップが出来なくなるかも知れないのは残念だけど……どうせ今はMPポーションを手に入れるあてもないしな。もしも新スキルを覚えたら、俺も役立たず脱却だ。悪くない賭けかも知れない……」
それに、鳳の職業アルケミストというのは、いかにもテクニカル系の職業っぽい。剣を握って前線で戦うよりも、なんかそれっぽいスキルを使って後方で援護するようなイメージが有る。
なら、体育会系の能力を上げていくよりは、INTやMPなどのインテリっぽいステータスを上げてくほうがいいのでは……
「ガチャ……ガチャだと思えば……」
「あいつは何を言ってるんだ?」「そっとしてあげてちょうだい。あれが現代人の、サガなのよ……」
鳳が苦悶の表情を浮かべている横で、ギヨームとジャンヌがそんな会話をしていた。鳳はそれから数分間、身を捩らせながら散々悩んだ挙げ句、ついに……
「ええいっ! どうせボーナスは1しかないんだ。何をやっても賭けにしかならんのなら、乗ってやろうじゃないか、この大博打に。ほれ、ポチーっとなっ!!」
鳳をそんなセリフを吐きながら、自分のステータス画面に見えるMPの横にあった矢印を指で押した。
その瞬間……彼の体の中で何かが変わっていくような、ゾワゾワとした感触がして……
続いて寝起きみたいに妙に頭がスッキリしたかと思ったら、その後にまるで脳内に響くかのように、ポーン……っとエレベーターの到着音みたいな音がして、
『スキル・アルカロイド探知 を覚えました』
『スキル・
鳳の脳内に機械的なナレーションが聞こえてきたと思ったら、新スキルを覚えたというような、そんなセリフを告げられた。
「お? お? おおお!? うおおおおぉぉぉーーーっっ!! なんか覚えた、マジでなんか覚えたっぽいぞ!? アルカロイド探知に、ライブラリーだって!」
「マジか!? ダメ元だと思っていたのに……それで、鳳、どんなスキルを覚えたんだ?」
「分からん。スキルってどうやって試せば良いんだ? 名前を叫べばいいのか? アルカロイド探知ーっっ!! って……ん?」
鳳がそう言って周囲をキョロキョロと見回した時だった。視界の片隅で、何かキラキラしたものが光ったと思い、目を凝らしてみてみると、それは木の根っこにこっそりと生えていた見慣れぬキノコが発しているのだった。
彼がなんだろう? と思い、キノコを手に取り、じっとそれに焦点を合わせた時……すると突然、ステータス画面が現れるときのように、目の前に半透明のウィンドウが現れ、
『マジックマッシュルーム……シロシビン0.4%含有……有毒』
と書かれていた。鳳は思わずのけぞった。
「こ、これは……もしやあの幻のマジックマッシュルーム……!?」
その事実に驚愕しながら、ハッとして周囲を眺めてみたが、鳳の視界のあちこちで同じようにキラキラと光る植物が見つかった。彼はまるで誘蛾灯のごとく、フラフラとその光に近づいていくと、
「ふおおおぉぉーーーっ! 見える見えるぞ、俺には見えるっ!!」
「はあ? 一体何が??」
いきなり立ち上がってフラフラしたかと思うと、そこら中に生えてるキノコを引き抜きながら突然叫び声を上げた鳳に対し、ギヨームが汚物でも見るような目つきで尋ねると、鳳は目をキラキラさせながら、
「俺には分かる! すべての植物の毒性が!! 俺はどの植物が温かいやつで、どれが冷たいやつかが、見ただけで瞬時に分かるスキルを手に入れたのだ!」
そう言って、鳳は嬉々としながらそこら中の草木から葉っぱやキノコをむしり始めた。最初は彼が何を言っているのかイマイチ分からなかったギヨームたちは、暫しその姿を呆然と眺めていたが、そのうち、彼が何をそんなに喜んでいるのかがわかってきて……
「駄目だこりゃ……」
まさか、こっちの世界に来て初めて覚えたスキルが、麻薬生成のためのスキルだったなんて……
鳳の新スキルは、実際、凄いものなのだろうが、この男がまともな使い方をしないことだけは何となくわかってしまったから、その場に居た人々は頭を抱えてしまった。