ラストスタリオン   作:水月一人

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ここに勇者が現れた

 扉の向こうの男が帰ってきたのは間もなくだった。時間にしてせいぜい数分程度のことだったろうが、それを待ってる(おおとり)たちには、とんでもなく長く感じられた。しかし、戻ってくるまでは本当に戻ってきてくれるのかとヤキモキしたが、実際に戻ってくると、今度は部屋の外で動くガヤガヤとした気配がプレッシャーになった。

 

 どうやら彼が呼んできたのは一人や二人じゃないらしい。時折聞こえてくる金属の擦れるような音が不安を掻き立てる。さっきジャンヌが言った通り、ここがもし本当に城の中だとすると、向こう側にいる連中は衛兵か何かのはずだ。

 

 あれ? すると自分達は今、どういう立場なんだ? もしかして不法侵入なんじゃないか? 実は助けを呼ばない方が良かったんじゃないかと後悔しかけた時、炎で少し歪んでしまった扉がギシギシと音を立てて開いた。

 

 ぽっかりと口を開けた出入り口から、複数の甲冑を着込んだ男たちがなだれ込んでくる。その人数にも驚かされたが、それよりなにより、先頭の二人が構えている抜身の剣の方に驚かされた。鈍く光る刀身は如何にも重厚そうで、人を殺すために作られたものだと実感させられた。

 

 鳳たちが兵士の構える剣に恐れを為し無言で後退る。警戒する彼らを見て、兵隊の中からリーダーらしき者が慌てて飛び出してきて言った。

 

「剣を向けるご無礼をお許しください。どうか皆様には警戒しないでいただきたい。立場上仕方なくこうしておりますが、こちらから危害を加えるつもりは毛頭ございません」

 

 想像していたよりもずっと柔らかい物腰に、鳳たちは逆に警戒心が湧き上がってきた。こっちはどういう態度を取ればいいのだろうか。強気か弱気か。さっきみたいに魔法を使って、ここを突破するのがいいのだろうか……彼らの脳裏に様々な考えが浮かんだが、結局は無難な応答をするしか選択肢はなかった。

 

 鳳たちの中で最も体格の良いジャンヌが押し出されるようにして一歩前に出る。彼は冷や汗をかきながら、仕方なく兵士たちに向き合うと、

 

「わ、私達は何もしないわ。だから剣を下ろしてちょうだい」

「質問に答えていただければすぐにそういたします。あなた方はどこからどうやってこの中に入ってきたんですか?」

「どこからって言われても……」

 

 泣きそうな視線を仲間たちに向けるジャンヌ。どこと言われると困るものがあるが、ここは正直に答えるしかないだろう。

 

「どこからでもないわ。私達はただVRMMOのゲームをしていたら、気がついたらこの中に居ただけで……」

 

 彼の返答に兵士たちが動揺する。多分、VRMMOと言っても意味が通じてないのだろう。当たり前だ。このままだとあらぬ誤解をされかねないと思い、背後に隠れていた鳳が咄嗟に付け加えた。

 

「VRMMOってのは、魔獣を倒す訓練装置みたいなもんだ。俺たちはとある装置を使って、剣や魔法で魔獣を倒す訓練をしていた。すると突然、見たこともない魔法陣が現れて、俺達を包み込んだかと思ったら、次の瞬間にはここにいたんだ」

「訓練……装置? その装置というのは、一体どういう仕組みで?」

「知らないよ。道具は使い方さえわかれば、いちいちその仕組みまで知らなくてもいいだろう? それに多分、こっちの世界には存在しないだろう。異世界の装置なんだ」

「異世界!」

 

 その言葉に更に兵士たちがどよめく。鳳はまずいことを言ってしまったかなと内心冷や汗をかいたが、続く言葉はそれとは真逆のものだった。

 

「やはり……あなた方は異世界から召喚された勇者様なのですね?」

 

 鳳たちはその言葉を聞いて目配せし合った。さっきステータス画面を出したところで、薄々そうなんじゃないかと思ってはいたが……新たな情報を得て、それは確信に変わった。

 

 やはり、自分達は異世界召喚されたんだ……鳳たちの胸に言いようの知れない高揚感が広がってくる。

 

 ともあれ、まだまだこれまでの情報だけで、ハイそうですと言い切るわけにはもいかない。鳳は慎重に言葉を選んで続けた。

 

「もし、あんた達が異世界の住人を呼ぶ儀式なりなんなりをした覚えがあるなら、きっとそうだろう。俺たちは単に、謎の魔法陣に包まれて、気がついたらここに飛ばされていたんだ。それ以上のことはよくわからない」

 

 その言葉に兵士たちの間からどよめきが起きる。

 

「おお! やはりこの方々は……」「成功していたんですね」「すぐにお館様にお知らせせねば」

 

 抜身の剣を構えていた兵士たちは頷きあってから、慌てて剣を鞘に戻した。そして詫びるように握りこぶしを自分の胸に当てながら軽く頭を下げると、

 

「ご無礼をお許しください。あなた方がおっしゃるとおり、我々には身に覚えがございます。突然のことに混乱なさっておられるでしょうが、我が城主より状況をご説明させていただきますから、よろしければ謁見の間までご同行願えますか」

 

 丁寧でありながら有無を言わさぬ言葉にほんのちょっぴり尻込みする。だが、ここで拒否するという選択肢はないだろう……鳳たちはゴクリと生唾を飲み込むと、おっかなびっくり頷きかえした。

 

********************************

 

 一行は兵士に先導されて部屋を出た。途中、真っ黒に焼け焦げた扉のことを尋ねられて、カズヤが魔法を使ったことを詫びると、兵士たちの動揺はさらに大きくなった。魔法が使えるということが、彼らにはよほど重大事であったらしい。多分、それが鳳たちを異世界から召喚した証拠になるのだろう。

 

 彼らの言葉から察するに、どうやら召喚の儀式は失敗したと思われていたようだ。儀式をしたのはだいぶ前のことで、まさか時間差で成功するとは思ってもみなかったものだから、鳳たちが現れた時、部屋は無人の上に鍵までかかっていたのだ。

 

 その儀式がどういうもので、どうして自分達が呼び出されたのか、それ以上詳しいことは城主に聞いてくれとのことだった。彼らが儀式を行った張本人というわけじゃないから、一介の兵士ではこれが限界なのだろう。そりゃそうかと落胆しつつ、彼らの後をついて歩く。

 

 鳳たちが現れたあの殺風景な部屋は、どうやら城の地下にあったらしく、ジメジメとした暗い通路の奥には鉄格子の嵌った地下牢が見えた。多分、儀式を秘匿するために目立たない場所で行ったのだろうが、その薄暗い雰囲気には、このまま彼らについていっても平気なのかと緊張を覚える。

 

 しかし、地上に出ると一転して辺りは明るくなり、そこには様々な宝物で装飾された、目も眩むばかりの美しい世界が広がっていた。てっきり中世の要塞のような場所を想像していたから、そのギャップに驚かされる。

 

 通路の壁にはところどころニッチが施されて、そこに綺羅びやかな彫像が置かれている。アーチ状になった天井は圧迫感を感じさせないほど高く、いくつものシャンデリアがぶら下がっており、そのキラキラと光るガラス細工は見事の一言であった。どうやらこの世界には芸術を愛でるくらいの文化があるようだ。

 

 圧巻なのは通路に面し外壁をくり抜いた巨大な窓で、そこに嵌っていたのは曇り一つない透明なガラスであった。透明な一枚ガラスを作るのは言うまでもなく難しい。ここにはそれだけの物が作れる技術力があるのだ。更には、その見事なガラス窓の反対側の通路にも同じく窓を模した装飾が施されており、なんとそこには銀色に煌めく鏡がはめこまれていたのだ。

 

 外の風景を反射するその鏡によって、通路は見た目の倍以上に広く感じられ、シャンデリアで乱反射する光が通路を白く染め上げる。幻想的な光景にしばし見とれていると、なんだかどこかで見たことがあるような既視感を覚えたが、

 

「ヴェルサイユ宮殿みたいね」

 

 というジャンヌの言葉で思い出した。確かにこれはヴェルサイユ宮殿の鏡の回廊にそっくりだ。実際に行ったことことがないからはっきりとは言えないが、この城を作った建築家は少なくともそれと同じような設計思想を持っていたのだろう。

 

 そんなことってあるのかな? と、不思議に思いながらそこを通り過ぎ、更に大きな吹き抜けの大広間を通って、二階へと続く階段を上る。

 

 二階は城主の居住区のようで、あちこちに待合用のソファが置かれており、一階にも増して見事な調度品の数々が目を楽しませてくれた。床には、おそらくビロードで出来ている、信じられないほど艷やかで柔らかな赤絨毯が敷かれており、それがつなぎ目もなく、どこまでもどこまでも続いている。

 

 極めつけ、謁見の間の前に用意された待合室は本当にすごかった。日本の家屋なら2階建てがすっぽりと入りそうな空間に、壁から天井に至るまで全てフレスコ画で彩られているのだ。陰影と遠近法で表現されたその精緻な絵画は、見るものが見なくても歴史的価値があるのが分かるくらい見事な代物だった。下手したら、ミケランジェロやラファエロにも劣らないのではなかろうか。

 

 鳳たちはため息を吐いた。なんというか大抵の場合、異世界転生ものの小説なり漫画なりでは、地球よりもずっと技術的に劣った世界に飛ばされるのが定番だが、少なくともこの世界は芸術の点では元の世界とタメを張れそうである。

 

 ここに来るまでに目にした調度品から推測するに、ざっとルネッサンスから啓蒙時代くらいの技術力はあるんじゃないか。もしかすると電気も存在するかも知れない。下手に知ったかぶって恥をかかないようにしておこう……

 

 口をあんぐり開けて天井画を見ていたら、謁見の間の扉が開かれ、宮廷衣装に身を包んだ慇懃丁寧な紳士たちが恭しく現れた。いよいよこの城の主とご対面のようである。

 

「勇者様御一行、おなーりー!!」

 

 そんなに大きな声を出さなくても聞こえるよと言いたくなるような大声に急かされ、鳳たちは謁見の間に足を踏み入れた。

 

 ここに来るまでに見せつけられた宝物の数々で、否応なく自分達の小ささを思い知らされた面々は、傍から見ればきっと小さく見えただろう。まあ、その方がいいだろう。少なくとも、不興を買うことはないだろうから。何しろ、目の前にずらりと居並ぶ人々がまた振るっているのである。

 

 鳳たちを出迎えてくれたのは、最初に地下に現れた兵士たちと同じ甲冑に身を包んだ近衛兵たちであったが、謁見の間にいた彼らは装備しているものが違った。左右に別れて立つ数十人からなる近衛兵たちは、捧げ銃のように手にしたライフルを天井に掲げて、続いてアーチ状にその銃剣を交差し、最後にまた捧げ銃をして脇に下ろし、回れ右をして白達に道を開けた。その一糸乱れぬ動きは彼らの練度の高さを窺わせる。まるで、お前ら変なことしたら蜂の巣だよ? と言っているようである。

 

 すっかり怖気づいてしまった一行に近衛兵達が道を譲ると、すると今度は、その先で一段高くなった場所に玉座があり、一人の男が鎮座していた。

 

 年の頃は、鳳と然程変わらぬかちょっと上くらい、せいぜい20代前半と言ったところか。金髪碧眼の細面で、秋葉原にでも居そうな感じもするが、どことなく気品も漂ってくる。勝ち気そうな生意気な面をしており、きっと子供の頃は相当やんちゃだっただろうと思わせる。遠目にも見事なのが分かる装飾がふんだんに施されたガウンを羽織り、下には金糸で様々な刺繍の入った衣装に身を包み、その頭には大きな金の王冠を乗せていた。多分、彼がこの城の主だろう。

 

 意外に若いその姿に驚きもしたが、それ以上に驚いたのは、彼の手前に並ぶ側近の男たちと、その男たちにかしずくようにして控える貴婦人たちの姿だった。

 

「おい、見ろ……エルフだ」

 

 鳳の隣に立っていたカズヤが、聞き取れないくらい小さな声で呟いた。本当に聞き取れないほどだったが、はっきりと聞こえたのは、多分この城に来て一番驚いた瞬間がこの時だったからかも知れない。

 

 目の前に、ファンタジー世界でお馴染みのエルフが立っていた。恐ろしく白い肌に端正な顔立ち、細長い耳が左右に垂れていて、まるで絵画から飛び出してきたような非現実感を漂わせている。

 

 例えば3Dモデルのように、人間に似せたCGを描いていると、それが人間に似れば似るほど気持ち悪く感じてくるという、不気味の谷現象というものがある。ところで、その谷を超えて更に人間に似せようとすると、ある時点を境に気持ち悪さは薄れて、今度は現実よりもずっと美しく神秘的に感じるようになる。目の前の彼らは、正にそんな感じの美しさを讃えていた。

 

 鳳たちが呆然と立ち尽くしていると、彼らをここまで案内してくれた兵士がこそこそと近寄ってきて、

 

「勇者様がた……さあ、どうぞ前へ」

 

 と言って、早く進むように促した。ハッと我に返った彼らは、促されるままに玉座の前まで進んだ。

 

 それで、これからどうしよう? 言われるままに城主のところまでやってきたは良いものの、これから先、何をしていいのかが分からなかった。

 

 台座の上に置かれた玉座には、城主がふてぶてしそうな表情で座り、鳳たちを睥睨している。周りには取り巻きらしきエルフたちが立ち並んでいて、その神秘的な眼差しでじっと異世界の闖入者たちを見つめている。こころなしかその表情が険しいように見えるのは、主君の前で無礼だと思っているのだろうか。

 

 どうする? 膝をついて何か格好いい口上とかを述べた方がいいのか? こういう時の作法がさっぱり分からない。パッと思いつくのはせいぜい、額を地面に擦り付けて土下座するくらいのものである。

 

 ジャンヌを始めとする仲間たちも似たようなものらしく、誰かが何とかしてくれないかと言った感じの視線をあちこちに飛ばしていた。鳳の背筋を冷や汗がスーッと流れ落ちていく。これは本気で土下座するしかないのだろうか。それとも昔見た映画の見様見真似で、きざったらしくお辞儀をしてみせようか?

 

「よく来た! 異世界の勇者たちよ」

 

 と、その時、冷や汗を垂らしてまごついてる異世界人たちを見かねたのか、玉座にいた城主らしき男が立ち上がり、両手を広げて彼らの元へと歩み寄ってきた。そして城主は見た目とは裏腹に、実にフレンドリーな様子で、一人ひとりをハグして回ったのである。

 

 背中をポンポンと叩かれて硬直する一同。驚いたのは鳳たちだけではなく、周りのエルフたちも同じようで、

 

「アイザック様! なりませんっ」「ヘルメス卿ともあろうお方が、そのようなことをなさっては沽券にかかわりますぞ」「もっとご自身の権威というものを大事になさってください」

 

 アイザックは城主の名前で、ヘルメス卿が役職かなにかか? 突然のハグにびっくりしながら、鳳がそんなことを考えていると、部下に窘められたアイザックが煙たそうな表情で彼らを振り返り、

 

「この期に及んで、権威もクソもあるか。もし、彼らが本物の勇者だとしたら、跪かなければならないのは我らの方だぞ」

「いかにも……しかし彼らが本物かどうか、まだ確かめておりません。それまではどうかご自身の立場をお忘れなく。皆が見ております故」

 

 そう言われてアイザックなる金髪の青年は憮然とした表情で押し黙り、やがて肩を竦めてから鳳たち、異世界人の方を向き直り、

 

「ご覧の通り、部下たちがうるさいのでこのままで失礼する。君たちは突然こんな場所に呼び出されて不安に思っているだろうに」

 

 アイザックは一行の中で一番リーダーっぽいジャンヌに向かって喋った。思いの外好意的な態度に、少し気が楽になった彼がそれに答える。

 

「は、はい。私達も何がなんだか。ここに来れば教えてもらえると聞いて来たんですけど……事情をお話していただけますか?」

「無論、そのために呼び出したのだ。しかし、その前に一つお願い出来ますかな。我々に、君たちが勇者であるという証拠を見せていただきたいのだ」

 

 突然の申し出に一行は戸惑った。そもそも、勝手に呼び出されて勇者だなんだと言われてるのはこっちの方である。証拠を見せろと言われても、何をやっていいのか分からない。彼らが困惑して表情を曇らせていると、若い城主はそれを察して助け舟を出した。

 

「もしも君たちが勇者であるなら、特別な力を持っているはずなのだ。それはきっと君等からすれば大したことでは無いかも知れないが、我々からすればとても特殊な、そういった類の力なんだが……例えば、そう、報告では、君たちの中で魔法を使った者がいると聞き及んでいるが」

 

 言われてカズヤがぽんと手を叩く。

 

「ああ、魔法を使えばいいのか……なら簡単ですよ」

 

 おお! っと謁見の間がどよめく。しかし、呪文を唱えようとしたカズヤは、すぐにバツが悪そうに表情を曇らせて、

 

「と言っても、実演しようにも、ここであんなのをぶっ放したら、大変なことになりますよ? 見たところ、貴重な品々が飾られているようだから、気が引けるんですが」

「なら、拙者のスキルでどうでやんすかね? 実はカズヤ氏が魔法を唱えた時から、拙者も試してみたかったんでやんす」

 

 カズヤがまごついていると、AVIRLが引き取ってそう告げた。彼のゲームでの職業はストーカー……もしもカズヤと同じなら、盗賊系のスキルが使えるはずだ。

 

「ハイディング!」

 

 そして彼がスキルの名前を叫ぶと、次の瞬間、AVIRLの姿が人々の前からパッと消えて見えなくなった。ハイディングは盗賊系スキルの基本中の基本で、姿を消すスキルだ。消えたまま移動することは出来ないから、最初に消えた場所を見られたら意味がないのであるが、ゲーム上では表示を消せばいいだけだから、見た目だけは完全に姿を消せるスキルだった。

 

 残念ながら現実では完全にとはいかないようだった。スキルを使ったAVIRLの姿は、光学迷彩みたいにうっすらと輪郭が見えるもので、注意深く見ればすぐにバレてしまうものだった。尤も、それでもこの世界の住人には十分驚きだったようで、

 

「馬鹿な!?」「こんな魔法は見たことがない!」「本当に勇者様なのか……?」「獣の使う妖術の類ではないか?」「いや、カインの者にこのような神技(セイクリッドアーツ)を使うものがいたはずだ」「神技だと? 彼は人間だろう!?」

 

 エルフたちは喧々諤々と会話をしている。セイクリッド・アーツとはまたえらい中二病的な名前が出てきたが、こちらではこの手のスキルをそう呼ぶのだろうか?

 

 AVIRLのスキルは見事に発動したが、こちらの世界では馴染みのない技だったようで、エルフたちの疑念を晴らすには至らなかったようである。彼は技を解くと、それじゃ他のスキルも使ってみようかと提案したが、同じことの繰り返しになるかも知れないと、ジャンヌに止められた。

 

 それよりも……とジャンヌが続ける。

 

「カズヤ。攻撃じゃなくて、補助魔法なら問題ないんじゃないかしら。実演してみせてあげて」

「あ、それもそうか……それじゃあ、ちょっとそこの兵士さん」

 

 言われた彼はぽんっと手を叩くと、近くにいた近衛兵を手招きし、

 

「エンチャント・ウェポン!」

 

 と、彼に向かって腕を振った。瞬間、彼が腰に佩いていた剣が突然鞘の中でカタカタと音を立て、鍔の部分からまばゆい光を発し始めた。驚いた彼が剣を鞘から抜くと、そこには刀身が光に包まれた剣があった。

 

「馬鹿な! 古代呪文(エンシェントスペル)だと!?」「人間の身で、ありえない!!」「しかし、あの光は古代呪文だ。私も使うから見間違えようもない」「試してみよう。おい! そこの兵士!」

 

 動揺するエルフは、カズヤの魔法は見覚えがあったようで、それが本物かを確かめるべく、これまた近くにいた兵士を手招きして、彼の佩いている剣を受け取った。エルフは剣を鞘から引き抜くと、光り輝く剣を握っている近衛兵に向かって、

 

「おい、ちょっとこれを切ってみろ」

 

 と言って剣を向けた。

 

 兵士が一礼をしてから、軽くその剣の切っ先をエルフの持つ剣に触れさせると……スーッと、まるでチーズでも切るかのように、その刀身が真っ二つになる。カランカランと、切り落とされた剣の先っぽが地面で弾けて、けたたましい金属音を立てた。

 

 謁見の間にいた全ての人物から、おおっというため息のような声が漏れた。愛剣を切られてしまった近衛兵が、地面に転がっている自分の剣の成れの果てを手にして、涙目で光の剣を見上げた。

 

「皆の者、見よ!」

 

 アイザックは興奮気味に、驚いている近衛兵の腕を掴み上げ、光の剣を高々と持ち上げた。

 

「間違いない。これぞ勇者の証。我々は勝利した。儀式は成功し、ここに勇者が現れたのだ!」

 

 そんな城主の宣言により、謁見の間の空気が瞬時に変わった。それまで胡散臭い者でも見るような目つきであったエルフたちが、今では好奇に満ちた熱視線を鳳たちに向けていた。誰が始めたか分からないが、兵士たちが次々と膝を折って、主君にかしずくように頭を垂れる。

 

 鳳たちはそんな光景に引きつった笑みを浮かべながら、ほんの少しばかり得意げな気分になり、そしてほんの少し不安も感じていた。

 

 勇者というものが、この世界の住人にとって、どのような意味を持つのか……その重みが分からないうちは、まだ手放しで喜べないだろう。ただ一つ確かなのは、これで命の危険だけは免れたということだ。わからないことだらけの現状で、それだけが唯一の救いだった。

 


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