ラストスタリオン   作:水月一人

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指名手配

 考えつく限りあらゆる暴力を使って、鳳はボコボコにされた。泣きながら地べたを這いつくばる彼の姿を見て、ようやく溜飲を下げたギルド長とミーティアは、ぺっと痰を吐き捨ててから、ようやく周囲の様子に気がついた。

 

「あれ……? 大君(タイクーン)。何故あなたがここに?」

「ギルドと連絡を取ろうと思い、ガルガンチュアに連れてきてもらったんじゃがのう……お主らこそ、何故ここにおる。ヘルメス支部の方はどうしたんじゃ?」

 

 仲間がボロ雑巾に変えられていると言うのに、まるで顔色一つ変えないレオナルドがそう問いかけると、ギルド長フィリップはみるみるうちに顔が真っ赤になっていき、キィキィという金切り声を上げながら、

 

「ここにいる鳳が爆破してしまったんじゃないですか! 最初の爆発で武器庫を兼ねていたギルド酒場は木っ端微塵になり、再建不能になってしまいましたよ。私が長い年月をかけて作り上げたあの支部が……思い出がいっぱい詰まったあの酒場が……思い出しただけで目頭が熱くなってくる。この鬼! 悪魔! 鳳!」

 

 鳳は背中を踏んづけられながら、

 

「いや、散々な言われようですが、ギルド長も街に火を付けるのは賛同してくれたじゃないですか」

「ギルドまで燃やすとは聞いてない!」

「そりゃ、言ったら反対したでしょう?」

「あったりまえだ! やっぱり確信犯だったな!?」

「街が燃えてるのにギルドだけが無事に残っていたら、交渉相手にグルだと感づかれてしまうでしょう? ギルド長は相手と頻繁に顔を合わせていたし、仕方なかったんですってば」

「それでも一言あって然るべきだ。君は頭は回るのかも知れないが、情というものを知らなすぎる!」

 

 まあ……察しろというのは都合がいい話だろうか。鳳も、恨まれるのも致し方なし(どうせ二度と会わないだろうし)と思ってやったことだったから、自業自得と諦めるしか無い。それにしてもいきなりダブルラリアットを食らうとは思わなかった。

 

 ギルド長は地団駄を踏みながら、レオナルドに向かって報告を続けた。

 

「あの後、街が崩壊してしまったから、交渉もなし崩しになってしまったんです。それで改めてやり直そうという話になって、そこまでは計算通りだったんで異存はありませんでしたが、相手方の総司令官がそれなら誰かが責任を取らなきゃいけないって言い出して……私がババを引かされたんですよ。今はスカーサハ先生が引き継いで、街の復興に従事してくれてると思います」

「多分、燃え落ちるギルドを前に泣き崩れているギルド長を見て、これじゃ交渉にならないと思って、先方が気を利かせてくれたんだと思います」

 

 ミーティアがそんなことをボソッと呟いた。鳳は、やっぱ燃やして正解じゃんと思ったが、言わぬが花であろう。

 

 あのあと、大火に追われるように難民が町の外に溢れ出してしまったわけだが、そこは狙い通り、帝国はもう彼らを攻撃しようとはしなかったようである。難民たちは一箇所に集められ、キャンプ生活を送っているそうだが、帝国兵がいるため治安はすこぶる良いらしい。

 

 後を引き継いだスカーサハは基本的になんでも金銭で解決したらしいが、略奪の憂き目に遭うかも知れなかったことを考えれば安いものだからか、難民たちからの寄付金が相次ぎ、特に問題は起きなかったようである。街は現在、近隣の炭鉱夫が中心になって復興する計画になっており、完了すれば元通り……より、ちょっと帝国贔屓な街が出来上がるはずだろうと思われた。

 

 帝国司令官ヴァルトシュタインは、交渉を終えると約束を守り、難民を丁寧に扱って、勇者領へ行きたいものは護衛をつけて送り出し、残った者も特に危害を加えることは無かったようだ。

 

 ただし、それで難民問題が片付いたのかと言えば、ギルド長に言わせればそうでもないらしく、

 

「そんなわけで色々あって、私は責任を取る形で街を出ることになったんですが、去り際に帝国から早馬が駆けてきて、総司令官と何やら揉めているのを目撃しました。どうもあのヴァルトシュタインなる司令官は、ヘルメス卿を逃したせいで帝国内での立場が悪くなっているようです。そのうち解任されるんじゃないかと……」

「ふむ……そうなると難民はどうなる? また交渉のやり直しかのう」

「まあ、帝国も今更助けた難民をどうこうしようとは思わないでしょうが、確実に扱いは悪くなると思われます。そして、冒険者ギルドへの風当たりも強くなるはずです。スカーサハ先生はそれを見越して、難民を勇者領へ逃がすことを急いでいるところです。それで暫く本部は人手不足になるでしょうから、手の空いてる我々が大森林(コモンウェルス)にやってきたわけですよ……どうせ、今あっちに行ったところで、我々も行き場がないですからね」

「左様か。苦労をかけたのう」

「いえいえ滅相もない……あ! それから先生は、おそらくこちらに潜伏しているであろう大君に、いち早く伝えようと……これを私に託したのです」

「なんじゃこれは?」

「あなたがたの手配書です」

 

 そう言ってギルド長が出してきたのは、鳳たちの似顔絵付きの手配書だった。いい加減、ほとぼりが冷めただろうと思って出てきたつもりだったが、どうやら帝国はメアリーのことをまだ諦めていなかったらしい。

 

 手配書はきっちり5枚、生死は問わないという文言と一緒に、懸賞金がかけられていた。それぞれ、下手くそな人相書きと、箇条書きの特徴が書かれていたが、内容はいい加減でこんなもので捕まるとは思えなかった。しかし、こんないい加減なものでも、自分がお尋ね者になってしまったんだなと思うと、なんとも言えない気分になった。

 

 中でもメアリーの人相書きだけは事細かで、帝国の本気が窺えた。

 

 逆に、レオナルドの方は、明らかに誰か分かっているだろうに、わざとぼかして書かれており、手配する側の腰が引けていることが文面からも伝わってきた。

 

 その昔、帝国が勇者を殺してしまった結果、どうなったかを考えれば、先の大戦の英雄である彼を大っぴらに非難するようなことは避けたいのだろう。

 

 そのためか、この老人が一番の大物だろうに、懸賞金の額は一番低かった。そして意外なことに、メアリーに次いで高かったのは、何故か鳳だったのである。

 

「なんで俺が? こん中じゃ一番小物だろうに……」

 

 逆に小物過ぎて見つけやすいと思われてるのだろうか。鳳を捕まえれば、芋づる式にメアリーの居場所もわかるだろうから、追跡者たちのやる気を引き出すために敢えてそうしているのかも知れない。鳳はそんな風に考えたのだが、実際の理由はもっと単純だった。

 

「いや、鳳くん。あの街の攻防戦で、作戦指揮をしていたのが君だってことがバレてるんだよ」

 

 ギルド長のそんな突っ込みに、鳳はむせ返りながら、

 

「はあ!? 指揮してたのは俺じゃなくてギルド長でしょう?」

「いいや、作戦を立てたのは君だろう」

「そうだとしても、俺は一言も命令を下してはいませんし」

「それなら私もしていないんだよ。君に言われたとおり、作戦を周知する以外はな。みんな、君の作戦を合理的と考え実行したんだ。そしたら、帝国兵に尋問されたらみんなそう答えるしかないじゃないか。それに、帝国側もどうやら君の存在には気づいていたようだよ。相手の軍師に言われたよ、バガボンドがいるだろう……って」

 

 鳳は舌打ちした。目立つつもりはなかったのだが、見る人が見ればあの野戦築城は目立ち過ぎていたのだろう。

 

「君は自己評価が低いようだが、思ってるほど周りは君を見下してはいないんだよ。特に敵方である帝国にしてみれば、確実に勝てる戦を引き分けに持ち込まれたんだ……間違いなく、今彼らのヘイトを一身に浴びているのは君だよ。ついでに私とミーティア君もだがなっ!」

「そうですよ。何が悲しくてか弱い乙女が、こんなジャングルの奥地で中年男性と獣に囲まれ、サバイバル生活を送らなければならないんですか。本当なら今頃、ヘルメス貴族の玉の輿に乗っているか、勇者領の金持ちに見初められていたはずだったのに……私の人生計画台無しにしやがって、こん畜生!!」

「す、すみませんてば……」

 

 ミーティアに詰め寄られ、鳳は小さくなって謝罪した。そんな情けない姿を見て、ルーシーが苦笑いを浮かべていた。彼女は特に鳳を恨んでいないようだが、巻き込んでしまったのなら、折を見て謝っておいたほうが良いだろう。

 

 ギルド長が続けた。

 

「そんなわけで大君、帝国はあなた方の先回りをして、この手配書を勇者領にばらまいています。無防備に向かえば懸賞金に釣られたごろつきに狙われるかも知れませんから、新大陸へ向かうのならばお気をつけて……」

「報告ご苦労。しかし、それならちょうど良かった。儂らはまだ新大陸には向かわずに、もう暫くここに滞在するつもりだったのじゃ」

「え? そうだったんですか?」

「うむ。実は、気がかりなことが出来てのう……」

 

 レオナルドはそう言って、ガルガンチュア達と一緒に退治した魔族の話をした。魔族がこの近くまでやってくること自体は珍しくはないが、その種族や様子がおかしいのだ。

 

「もしかすると、南方(ネウロイ)で何か起きているのやも知れぬ。あまり考えたくないが、魔王誕生の兆候だとしたら一大事じゃ。儂はそれを調査したいと思っておったのじゃが……しかし、本部から助っ人を呼びたくても、あっちはあっちで忙しそうじゃの」

「はい、今は難民の移送で手一杯だと思います」

「それなら仕方あるまい。本格的な調査はあちらが落ち着くのを待つとして、それまでは獣人達の噂話でも集めておくかの。何か分かるやも知れぬ」

「分かりました。それならギルドの依頼として、各集落へ周知してみましょう」

 

 ギルド長はそう言ってミーティアに指示をすると、彼女がテキパキとした様子で棚から書類を取り出してきて、二人は忙しそうに働き始めた。左遷だ都落ちだと散々悪態をついていたが、こうした書類の用意があるところからして、案外ここにも仕事は沢山転がっているようだ。

 

 はっきり言って、最初はこんな大森林のど真ん中にギルドの連絡員がいると聞いても、本当に冒険者ギルドの依頼なんてあるのかなと思ったが、どうもそれなりに方法はあるらしい。ガルガンチュアが冒険者ギルドに登録した冒険者であるように、各部族にもそれぞれ冒険者がいるのかも知れない。

 

 そんな風に、依頼のための書類を認めているギルド長たちを手持ち無沙汰に眺めていると、彼らが退屈そうにしていることに気づいたルーシーが声を掛けてきた。

 

「ねえ、ギヨーム君たちは、暫くこっちに滞在するんだよね? 住む場所は決まってるの?」

「ああ、それなら、ガルガンチュアの集落の世話になるつもりだが」

 

 ギヨームがそう返事すると、ギルド長は書類からパッと顔を上げて、

 

「これは気づきませんでした。大君、こちらに滞在するのであれば、是非この家を使ってください。食料の備蓄もありますし、部屋も余っていますから」

「よいのか?」

「もちろん、冒険者ギルドはあなたの家ですよ」

「ならばそうさせてもらおうかのう……老骨に野宿は堪える。久々にベッドで眠れるわい。どれ、ジャンヌ。荷物を運ぶのを手伝ってくれんか」

 

 ジャンヌが老人の言葉に頷いて荷物を持ち上げると、ギルド長が部屋に案内しようとそそくさと立ち上がり、彼らを先導して家の奥へと歩き始めた。ギヨームとメアリーがその後に続き、最後に鳳がついていこうとすると、

 

「なに当たり前のようにくっついてってるんですか」

 

 突然、グイッと首根っこをひっつかまれて、ミーティアに行く手を阻まれた。首がしまってゲホゲホと咽返りながら、

 

「ちょっ、何すんの!?」

「あれだけのことをしといて、泊めて貰えると思ってるんですか? 厚かましいったらありゃしませんね」

「え!? マジで? 本気で言ってるの?」

「あなたはこっちです」

 

 鳳はミーティアにドスコイドスコイと張り手されながら玄関まで押し返された。彼女はドアを開け放つと、そのまま鳳を突き飛ばし、尻もちをつく鳳に向かって、玄関の横にあった犬小屋を指差しながら、

 

「あなたに貸してやれる部屋なんて、それだけですよーだ。どうしてもって言うなら、軒下なら雨露くらいは凌げるでしょう。震えて眠れ。おやすみなさい。ぺっぺっぺー!」

 

 ミーティアはツンケンしながらそう言い放つと、玄関のドアをバタリと閉めた。ガチャリと鍵を掛ける無慈悲な音が鳴り響く。慌てて玄関に縋り付いたが、もうドアは開くことはなかった。

 

 鳳は涙目になってドンドンとドアを叩きながら、

 

「おーい! 開けてよ! 悪かったから! 謝るから! 俺だけ野宿はあんまりじゃんかー!」

 

 鳳がそんな無様な姿を晒していると、ここまで案内をしてくれたガルガンチュアが、まだ外で待っていたらしく、

 

「どうした、少年」

「実は、かくかくしかじか」

 

 家を追い出された経緯を話すと、彼は少し考え込むような仕草をしてから、

 

「ならば我が村に来い。歓迎しよう」

「いいんですか?」

「いい。ついてこい」

 

 そう言って返事を待たずに歩き出した獣王の後を、鳳は捨てられた子犬みたいにしっぽを振りながらついていった。

 

 仲間に何の断りも入れないで行くのはまずいかなとも思ったが、どうせ村は目と鼻の先であるし、特に問題はないだろう。それにどうせ明日になれば、その仲間が迎えに来てくれるだろう。そしたらここに戻ってくればいいじゃないか……

 

 鳳はそう思って気楽についていったのだが……その後、仲間が彼を迎えに来ることはなかった。ギルド長たちは相変わらず怒っているし、一日世話になったなら、なんかもうそのままでも良いじゃんという雰囲気になってしまったのだ。

 

 レオナルドは暫くは情報集めだけで、直接あちこちに出向くつもりはないらしい。移動する時は呼びに来るという。その言葉を信じて、仕方ないので鳳は、それまで獣の集落で暮らしながら、のんびり待つことにした。もしかしたら、いい経験になるかも知れないし……

 

 しかし、そんな風に考えなしというか、無防備な時にこそ、得てして事故というものは起きるのである。冒険者ギルドが、わざわざ村から離れた場所に建てられた意味を、もっとよく考えておくべきだった。人間が、獣に混じって生きていくというのは、当たり前だがとても難しいことなのだ。

 

 鳳は間もなく、それを痛感することになるのであるが……この時の彼は、まだ何もわかっちゃいなかった。

 

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