ラストスタリオン   作:水月一人

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ガイド付き狩猟ツアー

 その後、二人は隣村の長に聞いたクマの出没地点を歩いて回った。

 

 クマの棲家は分かっていなかったが、ハイイロ『ドウクツ』クマの名前通り、それは崖に横穴を掘ったり、自然に出来た洞穴を巣穴にするらしい。この近辺は川が蛇行していて、侵食で出来た崖がずっと続いていた。いるとしたらその辺だろうと当たりをつけ、二人は周辺を探索した。

 

 しかし、ここに来るまでに、だいぶ道草を食っていたせいで、始めた時にはもう日は大分傾いてしまっており、仕方なく鳳たちは探索を早く切り上げることにした。

 

 森の夜は早く、日が陰ってくると、あっという間に周囲は真っ暗闇になる。鳳たちはとりあえず、今日のキャンプ地として河原を選び、石でかまどを作って焚き火を起こすと、周辺の雑草を刈って見通しを良くしておいた。こうしておけば、不意の襲撃に慌てずに済むだろうとの配慮である。

 

 二人は一応、食料を持参してきたのだが、おかずが足りないと思った鳳は、川で釣りをし、首尾よく魚を捕まえてから、鍋にぶっこんで一品作って振る舞うと、ガルガンチュアがお礼にと言って鳥を一羽捕まえてきた。

 

 これも早速さばいて、空いた鍋でガラを取り、皮を油であげたものと一緒にグツグツ煮込んで、残った肉は香草焼きにして食べたら、ガルガンチュアがしきりに感心していた。

 

「少年。料理が得意なのか?」

「いや、そうでもないですけど……ここ最近、やる機会が多かったんで、慣れちゃったのかな」

 

 寧ろ、料理というより獲物の捌き方なのだが……正直、鳥の首を刎ねて羽毛をブチブチ引き抜くことに、なんの抵抗もなくなる日が来るとは思わなかった。ガルガンチュアは出された料理を実に美味そうに頬張りながら、

 

「そうか。村でやったら、きっとみんな喜ぶ。いつか頼む」

「いいですけど……」

 

 万が一、ハチに負けて追い出されたりしなければね……そんなことを考えつつ、鳳はふと村での食事風景を思い出して、疑問に思っていたことを尋ねてみた。

 

「そう言えば、村で料理する人ってあんまり見かけませんね? 初日に豚をさばいた時に、みんなでバーベキューやりましたけど……考えても見りゃ、あれはただ焼くだけだし、普段、飯時に煙が上がることないですよね」

 

 自分で言いながら、鳳はその奇妙な事実に首を傾げてしまった。それじゃ村人たちは普段何を食べているのかと言えば、要は生肉を食べているのだ。獲ってきた獲物も生、とれたての野菜も生。たまに丸焼きにしているところを見るが、野菜に至っては火を通してるところも、手のこんだ料理を作ってる姿も、一度も見たことがなかった。

 

 というか、村には壁という概念が無いから、隣近所の様子など、すべて筒抜けなのだ。だから台所があれば、そこで料理を作る人の姿を見ることも出来るはずだが……数日間とは言え、あの集落で暮らしていたのに、そんな姿を見た記憶がない。

 

 これはどういうことだ? 獣人だから生肉が好きなのかも知れないが、今目の前で鳳の料理を美味しそうに頬張るガルガンチュアを見ていたら、それしか食べないなんてことはないように思える。

 

 鳳が困惑していると、ガルガンチュアが彼の疑問を肯定するように、

 

「そうだ、村の女は料理をしない。俺も料理の仕方がわからない」

「……狼人は料理をする習慣がないということですか?」

「そうだ。そのまま食う。料理がわからないからな」

 

 なんだかいまいち噛み合ってないような気がするが、とにかく料理をするよりも生で食べることの方が多いようだ。面倒だからか、不器用だからか、はたまた人間と違って、寄生虫や病原菌に気をつけなくてもいいからだろうか……?

 

 そう言えば、一緒に暮らしているとつい忘れがちになるが、人間と獣人は文字通り種族が違うのだ。人間とチンパンジーほど遠くはないだろうが、見た目的にもDNAに相当な違いがあるのは間違いない。

 

 鳳は好奇心から尋ねてみた。

 

「そう言えば、ガルガンチュアさんのレベルってどんなもんなんですか?」

「何故、そんなことを聞く?」

 

 実は以前、レオナルドに神の話を聞いたときから気になっていたのだ。獣人は、人間や神人と違って信じる神が違う。なら、自分たちみたいにステータス画面が見えるのだろうか? 仮に見えたとして、そこに表示されるステータスは、同じなのだろうか……

 

 鳳がその旨を伝えると、彼はそんなことが気になるのかと言わんばかりに、

 

「俺もステータスは見える。それはお前たちと同じものだ。お前は俺たちがエミリアを信じないと思ってるが、俺たちもエミリアを信じる。リュカの方がもっと大事なだけだ」

「こりゃ失礼。そうだったんですか」

「300年前、エミリアは俺たちを助けてくれた。俺たち部族はその恩を忘れていない」

 

 それは300年前の魔王襲来時、追い立てられて神聖帝国に逃げ込んだ獣人たちを助けてくれたのが、帝国が呼び出した勇者と精霊だったということだろう。確かガルガンチュアの部族はそのことに恩義を感じ、以来、代々の族長が冒険者ギルドの冒険者となって、レオナルドの手助けをしたり、ここワラキアの大森林で起こる事件を解決してるという話だった。

 

「それじゃ、獣人も人間みたいに、やっぱり魔族や魔獣を倒すことによって経験値が入り、レベルが上っていくんですか?」

「そうだ」

 

 ガルガンチュアは力強く肯定したが、それには続きがあった。

 

「しかし、上限がある」

「上限……? もしかしてレベルキャップがあるんですか?」

「そうだ……俺たちは大人になると沢山狩りをする。だからレベルはどんどん上がる。だが、ある時それがピタッと止まる。そのレベルは人によって違う。俺は38になった時、次のレベルが見えなくなった」

 

 それは次のレベルに上がるまでに必要なNEXT EXPというやつだろう。これが見えなくなると言うことは、それ以上いくら魔物を倒して経験値を得ても、レベルが上がらないということだ。

 

 それは上限がない人間に対して、とんでもないハンデのように思えるが……その代わり、獣人はレベルが上がるのが早くて、大体どの個体もSTRが15以上になるそうである。15というのは人間であればトップアスリートクラスであるから、決して悲観するような数字ではないし、どうせこの世界の人はレベルが30くらいで打ち止めになってしまうのだから、レベルキャップがあっても特に問題にはならないそうである。

 

 その他、獣人はSTR,DEX,AGIはガンガン上がるが、VIT,INT,CHRは10のまま上がることがないらしい。VITが上がらないというのは少し意外だったが、この数値が絶対値ではなくて、補正値であることが分かっている今、さほど不思議な話でもないかも知れない。

 

 因みにこの上限は、両親のレベルの高さがそのまま子供に伝わるそうなので、獣人は出来るだけ高レベル同士で子供を作りたがる。逆に言えば、高レベルの女子の多さが、そのまま部族の強さに直結するから、だからガルガンチュアの村と隣村のように、同じ種族の村同士は仲が悪いのだそうだ。

 

「俺の父母もそうだった。父が33で母が30」

「ガルガンチュアさんが38なら、割と上振れがあるんですね」

「そうでもない。兄は25までしか上がらなかった。母は35だったが」

 

 ガルガンチュアより条件がいいはずなのに、レベルは13も開きがある。つまり、上下に相当なぶれがあるということだ。

 

 なら、高レベル同士で結婚しようなど考えなくても良さそうだが、それでもレベル1同士が結婚したところで、レベル30の子供は生まれないだろうから、出来るだけ高レベルの確率を上げるために、高レベル同士で結婚するのが現状のようだ。

 

 ガルガンチュアは村で一番高レベルだから、そんなわけで村の高レベル女子を独占してるらしい。因みに一夫多妻だから、何人も奥さんがいるそうだ。村のしきたりとかで将来が決まるのは、いかにも未開の部族らしい。怒りっぽくてあまり好きにはなれなかったが、あの村の連中も相当窮屈な生活を強いられているんだなと思うと、多少は同情する気分になれた。

 

 ところで……鳳はふと疑問に思ったことを尋ねてみた。

 

「ガルガンチュアさんは、お子さんはまだなんですか?」

 

 頼まれて村の子供達の面倒を見ていた時、その中に族長の子供はいなかった。全員の素性を確かめたわけじゃないからたまたまかも知れないが、居たら相当目立つだろうし、気づかないとは思えないのだが……

 

 ガルガンチュアは鳳の疑問に返事をかえさず、ぼーっと焚き火の炎を眺めていた。鳳は、もしかして本当に子宝に恵まれていないとしたら、無神経だったかなと思い、慌てて訂正しようとしたのだが、

 

「いや、いる」

「え……? いたんですか? お子さん」

「ああ、いる」

 

 誰だろう? 鳳は村の子供達の顔を思い出してみたが、やはりその中にガルガンチュアの子がいたようには思えなかった。

 

 獣王はそれきり黙りこくってしまい、無理に聞き出すようなことでもなかったので、話はそれで終わってしまった。二人はその晩、交代で火の番をしながら、夜が明けるのを待った。

 

*********************************

 

 あくびを噛み殺しながら薪を火に焚べていると、徐々に空が白んできた。

 

 ようやく夜が明けたのか……鳳は立ち上がって背伸びをし、川に顔を洗いに向かった。

 

 焚き火でほてった頬に水がひんやりとして気持ちいい。じゃぶじゃぶと顔を洗って口をゆすいでから、一夜干しにしておいた魚を回収してキャンプに戻る。今日はこれで出汁を取り、汁物を一品作るとしよう。水を入れた鍋を火にかけて、これだけじゃ寂しいから、適当に山菜を摘みにいく。

 

 河原は高木が生えず日が照るから、いろんな草が生えていた。セリにナズナ、いわゆる春の七草に、時期的にアブラナなどの菜の花もあちこちで咲いていた。少々苦味(あく)が強いが、それでもこの森ではかなりのごちそうである。灰汁(あく)でしっかりアクをとってから、お吸い物に投入しよう。

 

 頭の中でそんな当て字を変換しながら、ふふふと笑いながら草を摘んでいる時だった、

 

「しぃぃ~~~~……」

 

 いつの間にか背後にいたガルガンチュアが、鳳の口を塞ぎながら、人差し指を立てる沈黙のジェスチャーをしてみせた。

 

 突然のことにドキドキしながら、鳳がコクコクと頷くと、彼は鳳の口を塞いでいた手を離してから、

 

「あっちにいる。気配から、目的のクマかも知れん」

「え!?」

 

 全く気づかなかった……

 

 驚いてガルガンチュアが指差す方向を見るが、大分空が白んできたとは言え、森の中はまだ真っ暗で何も見えなかった。鳳にはその姿が確認出来なかったが、それでもこの獣王が嘘を吐くはずがないだろう。彼は摘んでいた山菜を放棄すると、急いでキャンプまで取って返した。

 

 ガルガンチュアがいて、本当に良かった。行李袋から愛用のライフルを取り出し、大急ぎで装填を開始する。昨日、出かける前にギヨームにメンテナンスしてもらったから、照準に狂いはないだろう。モンロー効果だのホローポイントだの、よくわからないが、大物狙いのための銃弾も用意してもらった。後は己の腕次第である。

 

「少年。来るぞ、準備はいいか?」

 

 ガルガンチュアが少々緊張を孕んだ声を上げた。おまえがやれないなら俺がやるぞと言わんばかりだ。鳳はその声に、黙って森へ銃口を向けることで答えた。コッキングレバーを引いてチャンバーに弾を送る。

 

 目を凝らしてじっと森を見つめるも、相変わらず目標は見えなかった。恐らく、人間の目では森から出てこない限り見つけることは不可能だろう。昨日、暗くなる前に雑草を刈っておいて良かった。お陰で森の方角は見通しが良く、もし獲物が飛び出してきても、ある程度余裕を持って迎え撃つことが出来るだろう。

 

 森まで距離は150から200メートルほどはあり、河原であるから非常にフラットで上下の射角はない。さっきから川のせせらぎが聞こえないのは、完全に耳が音をシャットアウトしているからだ。鳳の耳には森のざわめきだけが聞こえ、集中力が増していくにつれ、次第にそれが大きくなっていった。

 

 ザアザアと風が吹き、草原のように森の木々が揺れる。じっと耳を澄ませるとそこに、ブヒブヒと、何だか豚のような鳴き声が混じっていることに気づいて、彼は肩に食い込むくらい銃床を引き付け、照門を覗き込んだ。

 

 次の瞬間、森の中から黒い大きな毛玉のような生き物が飛び出してきた。

 

 まだ200メートルは距離があるはずなのに、遠近感が狂いそうなその巨体は、優に3メートルはあるだろう。それがまるでトラックみたいな速度で、一直線にこっちに向かってくるのだ。

 

 鳳はゴクリと唾液を飲み込んだ。もし、あのままのんきに山菜を摘んでたら、今頃きっとお陀仏だ。その巨体、その速度……あんなのからは逃げられっこない。彼は、獣の接近を知らせてくれたガルガンチュアに感謝しつつ、引き金を引いた。

 

 タァーーーーンッッッ!

 

 銃声が轟く。第一射……命中。鳳の撃った弾は走ってくるクマの体に当たり、直撃を受けた獣は一瞬怯んだように左右に体を揺さぶった。まだ全然余裕がありそうな憎たらしい姿を見るからに、内臓にまでは達していないようだ。もっと上を……頭を狙ったつもりだったが、まだそれなりに距離があり、銃弾が重力に引かれてしまったのだろう。

 

 クマは突然の痛みに咆哮を上げ、ほんの少しだけスピードを落としたが、すぐにまた加速して二人の方へと向かってきた。その動きが真っ直ぐではなく、左右にブレてみえるのは、最初の一撃の影響だろうか。コッキングレバーを引き、二発目をチャンバーに送る。

 

 タァーーーーンッッッ!

 

 第二射……命中。どこにいるのかわからない神ではなく、ギヨームに感謝する。照準には寸分の狂いもない。弾丸はクマの顔面に命中し血しぶきが舞った。しかし、クマはそれでも走る速度を落とさなかった。タフと言うより、もはや化け物だ。

 

 鳳はふぅ~……と息を吐き、そしてすぅ~……と一気に空気を吸い込んだ。落ち着け、クマとの距離はまだ100メートルはある。ここへ到着するまで最低でも10秒は猶予があるだろう。対して、この五連装銃は落ち着いてさえいれば、再装填に一秒もかからない。

 

 次の一射で決める……鳳は決意を秘め、コッキングレバーを引いた。

 

 タァーーーーンッッッ!

 

 第三射……命中。目標との距離は50メートルにまで近づいており、もはやこの距離では外すほうが難しかった……撃った弾は一直線にクマ目掛けて飛び、当たった瞬間、弾が貫通した後頭部から何かが吹き飛んだのが鳳の目にも映った。さしもの怪物もそれで意識を完全に失い、右に傾きながらドドドドドッと……それでも数メートル走ってから、ザーッと河原の石を撒き散らしながら地面に横たわった。

 

「やったかっ!?」

 

 ガルガンチュアの興奮した声が聞こえてくる。

 

 鳳はそれでも弓道の残心のようにライフルをクマに向けたまま固まっていた。もしかして、また動き出すのではないか……警戒しながら数秒間、息を殺してクマの姿を見つめ続け……ようやく、その死を確信した瞬間、全身からどっと汗が吹き出してきた。

 

 構えていた銃を下ろすと、腕がブルブルと震えた。さっきまでは重さを感じなかったのに、今はその鉄の筒が重くて仕方ない。彼は額にびっしょりとかいた汗を拭うと、フラフラとした足取りでクマの元まで歩いていった。

 

 まさか、死んだふりなんてしてないだろうな……と、おっかなびっくりその死体を覗き込んでると、ガルガンチュアが彼を追い越し、まるで鼻歌を歌うような気安さで、獲物の首の辺りに鋭い爪をぐいっと突き刺した。

 

 その爪が引き抜かれると、突然、クマの体がビクンビクンと脈動し、首筋からワイン樽でも開けたかのように、ドバドバと血が吹き出してきた。多分、頸動脈でも引きちぎったのだろう。そうか……こんな状態でも、まだ心臓は動いているのか……鳳がその光景を呆然としながら眺めていると、

 

「やるじゃないか、少年。見直したぞ」

 

 ウキウキとしたガルガンチュアの声が聞こえてくる。相変わらず、獣人の表情はよくわからなかったが、彼が上機嫌で笑っていることはなんとなく分かった。

 

 鳳は力なくその笑顔に笑い返すと、まだ死んだばかりで湯気がたっているクマの死体に近づいていって、その足元を観察した。

 

 絶命した瞬間、クソでも漏らしたのか、物凄い悪臭がしている。血と、獣の匂いと、その悪臭とで鼻がひん曲がりそうだった。そんな中、鳳はクマの右足に真新しい傷跡を見つけて指差した。

 

「手負いだったか。気づかなかった」

 

 ガルガンチュアがそれを確認し、よく気がついたなと感嘆の声をあげる。

 

「走ってくる時、動きがおかしかったんで、もしかしたらと思って……どこでやられたんでしょうかね、これ」

 

 ギルドに依頼を出すくらいだから、ここの部族がやったとは思えない。すると、山で食料の争奪戦に負けた時か、それとももっと別の何かにやられたのか……

 

「おまえは凄いな」

 

 鳳がクマの死体を検分していると、背後でガルガンチュアがそんなことを言いはじめた。突然なにを言い出すのか……鳳はそんなわけないと謙遜したが、

 

「正直、大物狩りは初めてだと聞いた時、無理だと思った。おまえの代わりに、いつ飛び出そうかと、ずっと考えていた。だが、その必要はなかった。おまえは最後まで冷静で、一発も外さなかった。俺が気づかなかった怪我にも気づいていた。びっくりした。どうしてそこまで落ち着いていられるんだ?」

「はっはっは、どうしてでしょうかね」

 

 この獣人にしては長いセリフである。どうやら本気で感心しているらしい。鳳は苦笑しながら、そりゃ番犬がいるからだと言いかけたが……言わぬが花だろうと思い直し、曖昧な返事しか返さなかった。

 

 何も特別な話じゃない。実のところ、ガルガンチュアが同行していた時点で、この勝負は鳳の勝ちだったのだ。

 

 彼はDEXを上げて、それが銃の狙いを修正してくれることに気づいたことで、射撃にはそこそこ自信を持っていた。だが、狩りは射撃の腕だけで決まるわけじゃない。獲物を発見し、相手に逃げられるか、もしくは襲われる前に、絶対に先制攻撃をしなければならないのだ。

 

 これがギヨームなら、獲物に気づかれる前に接近し、不意打ちを食らわすことが出来るだろう。ジャンヌなら、相手に先に気づかれたとしても、返り討ちにするだけの力がある。ところが、鳳にはそのどちらも無かった。

 

 だから、決闘の際にはどうやってそれを克服するか考えていたのであるが……思いがけず、ハチがガルガンチュアを見張りにつけると言い出したことで、その必要がなくなってしまったのだ。

 

 ガルガンチュアは高レベルな獣人だけあって、ギヨームと同等の索敵能力があり、ジャンヌには劣るだろうが、素手でモンスターと戦えるだけの力があった。その彼が同行してくれるのだから、鳳に何の心配があるというのだろうか。

 

 そりゃ、手を出したら失格になるから、ガルガンチュアは鳳の手助けしてくれないだろう。だが、実際問題、目の前で誰かが殺されそうになっていて、自分なら助けられるのに、それを黙って見ていられるような薄情な人間などいないはずだ。

 

 案の定、鳳がのんきに草なんかを摘んでいると、敵の接近に気づいたガルガンチュアが頼んでもないのに知らせてくれた。そして鳳がライフルを構えてクマを狙ってる最中も、彼は隣りにいて飛び出すタイミングを測っていたのだ。

 

 この状況のどこに不安な要素があるだろうか。例えるなら、ガイド付きで狩猟ツアーしているようなものである。あとは度胸の問題だが、これだけお膳立てしてもらっておいて、やれないような奴は、最初から尻尾巻いて逃げ出したほうがマシだろう。

 

 ともあれ、これで勝負は鳳の勝ちだ……ハチにはこれ以上の獲物を狩れるとは思えないし、あとはこの巨大な獲物を、どうやって村まで運ぶかなのだが、

 

「これだけの大物を一度に運ぶの無理ですね。ここで解体して、何個かに切り分けて持って帰るしかないかな……」

「必要ない」

 

 ところが鳳のそんな提案に、獣王はすぐさま首を振った。じゃあ、どうするんだろう? と思っていたら、彼はおもむろにクマの死体に近づくと、その足をひょいと持ち上げ、ズルズルと川の中まで引きずっていってしまったのだった。

 

 まるでその下に車輪でもついているかのように軽々と運んでいくが、クマの重量はざっと見ただけでも300キロは下らない……いや、下手したら500キロ以上あるんじゃなかろうか。昔見たサラブレッドの大きさと比較しても、これはそれよりも大きく見える。

 

 唖然とする鳳を尻目に、獣王は川のど真ん中でクマの血を洗い流すと、嬉しそうに腸を引きずり出してその中身を洗い始めた。

 

 訂正。あれは番犬なんて生易しいもんじゃない。例えるなら装甲車だ。

 

 鳳は半ば呆れながら、まだ冷たい川に足を踏み入れると、クマを解体する獣王の手伝いをするのだった。日はまだ昇り始めたばかりで、夕方までには十分村に帰れるだろう。これだけの大物を持ち帰ったら、村人たちはどんな顔をするだろうか。

 

 今夜は焼肉パーティーだ! 二人は自然にこみ上げてくる笑みを噛み殺しながら、黙々と作業を続けた。

 


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