ラストスタリオン   作:水月一人

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世界に魔王は存在しない

 それから暫くして、謁見の間の興奮が収まってくると、城主アイザックは鳳たち5人を含む数名を残して人払いをした。異様な数の兵士たちに囲まれプレッシャーを感じていた鳳たちは、これでようやく人心地がつけると、ほっと胸を撫で下ろす。すると、部屋に残ったアイザックの部下らしき男性が、立ち話では疲れるだろうと言って椅子を持ってきた。

 

 5人が勧められた椅子に並んで座ると、その対面に、いわゆるお見合い席みたいな格好で同数の椅子が並べられ、アイザックとその取り巻きが座った。玉座ではなく、同じ高さの椅子に座ることで、上下関係がないことを示しているのだろう。エルフの女性たちはそんな彼らの後ろで立っていた。

 

 思ったよりも、彼らは異世界人である鳳たちに気を使ってくれているらしい。横暴な為政者じゃなくて安心はしたが、尤も、それで全て納得するわけではない。自分達5人は何故この世界に呼び出されたのか、その理由をまだ聞いていないのだ。

 

「無論、それを説明するつもりで人払いをしたのだ。君たちの疑問には何でも答えよう。だが、まあ、まずは昔話からさせてくれ。君たちはまだ、この世界のことを何も知らないだろう?」

 

 鳳が何から話を聞こうかと考えていると、アイザックがそう提案してきた。どうやら歴史の講釈でもしてくれるらしい。

 

 右も左も分からない現状、それが必要なら黙って聞くより他ないだろう。先を促すと、アイザックではなく、その取り巻きの一人が話を始めた。こちらはエルフではなく、普通の耳をした白髪の老人であり、如何にも学者然とした顔つきから、国王の家庭教師とかなんかそんな感じだろうか。因みに、ここに残った者の中で、エルフでないのは彼とアイザックだけである。

 

「勇者様方におかれましてはお疲れのところ、私めの長話にお付き合いいただき恐縮に存じます。出来る限り、かいつまんでお話いたしましょう。我が国には建国神話がございまして、かつてこの世界には全てを破滅へと導く魔王が君臨しておりました。それを封印した真祖ソフィアが、ここを領地と定め、そんな彼女に(かしず)く5人の精霊が国を拓いたと言われております」

「ソフィア……!?」

 

 その名前を聞いた鳳が、素っ頓狂な声を上げる。いきなり話の腰を折られた老人が、キョトンとした顔を向けた。

 

「何か、気になる点でも?」

「い、いえ……すみません、続けてください」

 

 ソフィアと言っても、よくある名前の一つに過ぎない。自分達の仲間であった『灼眼のソフィア』とは関係ないだろう……鳳は若干気にはなったが、話の続きを聞くほうが先決だろうと思い、老人を促した。

 

「五精霊は自分達の眷属として神人を生み出し、その神人が国の基礎を作りました。更にその神人は労働力として、魔物に怯えて暮らしていた人間を捕らえ使役します」

 

 神人というのが目の前のエルフ、つまり耳長の長命種のことらしい。精霊によって力を与えられた彼らは基本的に非死とされ、怪我や病気をしない限りは、何千年も生きるそうである。

 

 そんな神人は、生まれながらにして人間よりも優秀な能力を持っていたため、為政者として人間社会のピラミッドの上に君臨していたというのが本当のところだろう。

 

 しかし、今見たところ、この城の主であるアイザックは人間で、彼の部下の方が神人である。多分、どこかでその力関係が逆転するような出来事があったのだろう。

 

「5つの国家はそれぞれの守護精霊の名を冠して、カイン・セト・ミトラ・オルフェウス、そして我々のヘルメス国と称します。お気づきかも知れませんが、アイザック様はヘルメス伯として、当地を治めるお方です。

 

 五精霊は国家が成立すると、その運営を神人に任せてお隠れになりました。隠れるとは文字通りの意味でございまして、不死である精霊は魔王復活の事態を想定し、力を蓄えるために眠りに就かれたのです」

 

「ソフィアはどうしたんですか?」

 

 五精霊は眠りに就いたそうだが、それを作った真祖とやらはどうしたのか。当然の疑問としてそんな声が上がるが、老人は黙って首を振ると、こう告げた。

 

「真祖ソフィアがその後どうなったかは、はっきりとしたことは分かっていないのです。魔王との戦いで負った傷が原因で命を落としたとも、実は五精霊に分裂したのだとも言われております。五大国を統べる神聖帝国(ホーリーエンパイア)は前者の立場を取っており、彼女の墓の上に作られたのが、現在の帝国の政庁であるアヤ・ソフィアです。ですが、我々はそこに真祖は眠っていないと考えております」

 

 老人の口ぶりからして、ここヘルメス国は帝国と仲が悪いようだ。もしかすると、白達はそんな帝国との争いに巻き込まれたのかも知れない……だとしたら面倒なことになったと思ったが、実は、話はもっと複雑なことになっていたようである。

 

「精霊がお隠れになってから、帝国は神人の統治の下で平和な時代を謳歌しておりました。非死である彼らは世事にはあまり関心を示さず、人間たちの国家運営に口を挟まなかったのが功を奏したのかも知れません」

 

 君臨すれども統治せずというやつか。

 

「最盛期の領土は、ここバルティカ大陸の半分にも及び、帝国は繁栄を続けてきました。ところが、今より300年ほど前、大陸南部を占める大森林・ワラキアに、突如として魔王ジャバウォックが出現したのです」

「ジャバウォックだって!?」

 

 これには鳳のみならず、仲間全員が驚きの声を上げた。その反応っぷりには、流石に老人もびっくりした様子で、

 

「は、はい。ジャバウォックでございます。ど、どうかされましたかな、勇者様方? 魔王の名に何か気になるものでもあったのでしょうか」

「えーっと……なんて説明したら良いのか……」

 

 まさか、異世界のゲームで毎日のように倒していたとは言いづらい……そもそも、こちらの魔王とあっちのレイドボスを同列に考えても良いのだろうか。しかし、その魔獣の名前には反応せざるを得なかったのだ。

 

 言うまでもなく、ジャバウォックはルイス・キャロルのおとぎ話に登場する魔獣の名前である。なんというか、言ってしまえばそれは決して有名ではなく、寧ろマイナーな部類のモンスターだ。知名度的にはラブクラフトの小説くらいのものだろうか。十分有名じゃないかと思うかも知れないが、ここが異世界であることを考えてみよう。どう考えてもおかしな話である。

 

「その名前に聞き覚えがないわけじゃないのよ。ただ、それが時空とか世界とかを超えてまで聞こえてくるようなものかと言うと、私達の世界ではそれほどでもなかったのよね。たまたま、私達は知っていたというか、そういったレベル……だから、あなたの口からその名前が出てきたのが驚きなのよ」

「左様でございましたか。やはりこうして呼び出されただけあって、勇者様方はこの世界と因縁があるのかも知れませんな」

 

 そう言われるとそんな気がしなくもないが、なんか腑に落ちない。先のソフィアといい、気にはなるが……しかし話の腰を折り続けても逆に混乱の種になるだけだろう。取り敢えず、これ以上は質問せず、今は話の続きを促すことにした。

 

「魔王の再来は、まず南部の森に住む部族社会(トライブ)に混乱をもたらしました。帝国とは違い、森の民は国家というものを知らず、ろくな武力も持たなかったため、彼らはあっという間に魔族に駆逐され、逃げるように帝国領内へとなだれ込んできたのです。

 

 部族社会の大移動で帝国領内は圧迫され、やがて深刻な被害が出はじめました。帝国は当初こそ彼らを追い返していましたが、払っても払っても湧いて出てくる人の群れを前に、ついにその膝を屈します。このまま、降りかかる火の粉を払っていても、元を断たねばどうにもならない。

 

 そこで五大国から選りすぐりの兵士たちを集めて、討伐隊が派遣されることになりました。武力、知力、魔力に優れた神人を中心とした討伐隊なら、事態を収束してくれると信じて送り出したのです。ところが……

 

 お察しの通り、討伐隊はあっさりと返り討ちに遭いました。この時点ではまだ、南の森に現れたのが古の魔王であると、誰も気づいていなかったのです。しかし、選りすぐりのエリート達が散々に打ち負かされ、ぼろぼろになって帰ってきたことで、ようやく自分達が対峙しているものが尋常ではないと気づきました。

 

 戻ってきた精鋭たちはたった数人で、もう戦えないほどボロボロです。おまけに、彼らは追われるようにして逃げ帰ってきたため、結果的に魔王が帝国領内へ侵入するための水先案内人になってしまいました。

 

 突如現れた魔王を前に、戦の準備をしていなかった帝国は慌てふためきます。魔王配下の魔族たちが、帝国領内を蹂躙するのを座して眺めるよりありません。

 

 もちろん帝国もすぐさま徴兵を開始したのですが、既に起きている災害を前に、民衆はすっかり怖気づいてしまって、ろくな戦力が集まらなかったのです。

 

 そうこうしているうちに魔王の軍勢は、ついに帝都アヤ・ソフィアへとたどり着きます。残っている戦力は神聖皇帝と一部の貴族だけ……正に万事休すです。

 

 ところがその時、奇跡は起こります。

 

 突然、どこからともなく伝説の五精霊が蘇り、魔王の前に立ちはだかったのです。

 

 来たるべき魔王との決戦のために姿を隠したと言われていた五精霊が、古の契約を守り、本当に人類のために復活したのです。

 

 これには全人類が色めき立ちました。これで勝てる、人類は救われた。誰もがそう思ったことでしょう。

 

 しかし、そうはなりませんでした。魔王の力とは、それほどまでに凄まじいものだったのです。

 

 蘇った五精霊は魔王と激しい攻防を繰り広げ、それは七日七晩続きました。神にも匹敵する精霊と魔王の戦いによって、帝国領内は麻のように乱れ、その首都は草木も生えることが出来ないほど荒れ果てました。

 

 このまま戦いが続けば、遅かれ早かれ人類は滅びてしまう……追い詰められた神聖皇帝は、最後の賭けに出ました。建国の真祖ソフィアが残したとされる秘技、勇者召喚を行ったのです。

 

 そうして皇帝により召喚された異世界の勇者は、人の身でありながら信じられない力を持っていました。彼の放つ魔法は天を穿ち地を落とすと言われ、召喚された時点ですでに五精霊に匹敵するか、それ以上の力を有していたのです。

 

 そんな彼は間もなく人心を掌握し、精霊を従えて、魔王に挑みました。そして長い戦いの末に、ついに魔王を討ち果たしたのです」

 

 物語を聞き終えた鳳たち一行は、自分達が何故この世界に呼び出されたのか、その理由を理解した。

 

 300年前に行われた勇者召喚……それは魔王の襲撃により滅亡の危機に立たされた人類が行った、最後の秘技だった。ならば今回、自分達が呼び出されたのもその時と同じはず。

 

 今、この世界に再び魔王が現れ、人類は劣勢に立たされているのだ。

 

 そして、鳳たちはその魔王を倒す救世主として呼び出されたのだ!

 

 武者震いで腕が震える……自分達の使命を察した5人は、お互いに目配せして頷きあった。あの暗い地下室で異世界召喚された事に気づいてから、きっとこうなる予感はしていた。

 

 異世界に勇者として召喚された現代人が、現実世界のゲームのようなチート能力を与えられて魔王と戦う。実に定番な話ではないか。ならば戦おう、異世界のために。俺たちの戦いはこれからだ。

 

「いや、違うぞ。現在、この世界に魔王は存在しない」

「え? そうなの?」

 

 5人がこれから起こるであろう冒険を勝手に夢想してると、その様子に気づいたアイザックが脇からツッコミを入れてきた。これから王道ファンタジーをやる気満々だった鳳たちは、肩透かしを食らってガクリと項垂れた。

 

 それじゃ、一体、自分達は何のためにこの世界に呼び出されたのだ? 首を捻っていると、話の腰を折られた格好の老人が、おほんと咳払いをしてから話を続けた。

 

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