レベルアップした神人の頭の中ではファンファーレが鳴っている……そんな、どうでもいいトリビアが判明したのは一先ず置いといて、メアリーのレベルである。
鳳の共有経験値をつぎ込んだメアリーは、恐らくいま猛烈な勢いでレベルが上っているだろう。レベル99のジャンヌが102になるくらいだから、レベル1のメアリーなら一体どこまで上がるだろうか? 期待に胸が膨らむと言うものである。
ところが、騒ぎが収まり、メアリーが落ち着いたのを見計らって尋ねてみるも、それはまた意外な結果だった。
「レベル……? あ、そうだった。レベルの話をしてたのよね」
「うん、で、レベルいくつになった?」
「なによ急に……」
事前にちゃんと説明しなかったからか、メアリーはレベルが上っていることにまだ気づいていないようだった。彼女が自分のステータスを確認すると、その顔がみるみるうちに驚愕の表情に変わっていき、
「わ! わ! なんか知らないけどレベルが上ってるわ!? どうして? 不思議!」
「それで、いくつなんだよ」
「え? うん、15になってるわ! これって本当に、私のレベルが上がったの?」
「15……?」
そんなものか? 予想では30以上になってるんじゃないかと思っていたのだが、期待が大きすぎた分だけ、鳳はがっかりしてしまった。何でこんなに低いのだろうか。もしかすると、神人は人間よりもレベルが上がりにくいのかも……
ともあれ、レベルが上って喜んでるメアリーを腐すのもバカバカしいので、鳳は頭を切り替えて、今度は彼女のステータスの変化について尋ねてみた。
彼女は神人であるから、レベルが上ってもSTRなどの基本ステータスに変化は無いようだが、HPとMPはばっちり上がってるようだった。最初750/300だったのが、今は1450/330あるらしい。HPが倍近く上がったのに比べてMPの伸びが極端に悪いのは、ステータス的にMPの方が貴重ということだろう。まあ、神人に限って言えは、MPの多さが魔法が使える回数に直結してるのだから、当然といえば当然かも知れない。
それからもう一つ、
「わーい! Mage Lvが3になったわ! これで私も中級魔法使いの仲間入りね」
この世界の人々には生まれつきの職業の他に、その職業のレベルが存在する。ぶっちゃけ、人間には殆ど意味のない数値であるが、神人のメアリーにとっては意味がある。おさらいになるが、神人の魔法使いは職業レベルが上がるにつれて……
レベル1 エナジーフォース
レベル2 エンチャントウェポン・ディスペルマジック
レベル3 スリープクラウド・スタンクラウド
レベル4 ファイヤーボール・ブリザード
レベル5 ライトニングボルト・プロテクション
レベル6 レビテーション(・タウンポータル)
レベル7 ディスインテグレーション(・サモン・サーヴァント)
レベル8 メテオストライク(・リザレクション)
……と、使える呪文が増えていく。メアリーはレベル3だから、スリープクラウド・スタンクラウドまで使えるようになったというわけだ。
因みに、中級魔法使いと言ってるのは、文字通りレベル3が中間に位置しているからだ。この世界の神人は、最高位でもレベル5のライトニングボルトまでしか使えないらしい。この世界のと断ってるのは、無論、あっちの世界のゲームと比較してであるが……かえってややこしくなるから、もう分けて考えない方がいいかも知れない。この世界は、とにかくゲームにそっくりなところがあるのだ。
さて、メアリーはレベル15で職業レベルが3に上がったわけだが、今までに何度も聞いてきたように、この世界の人達はだいたいレベル30くらいで打ち止めになる。となると、彼女が言う上級魔法使いのレベルも30付近と考えられるわけである。それくらいなら、あと何回か共有経験値を注ぎ込んだら上がりそうだし、攻撃魔法も覚えてくれるなら、狙ってみるのも悪くないかも知れない。
忘れてしまいそうになるが、鳳たちは彼女を新大陸へ逃がそうとしている最中なのだ。彼女は帝国からの追っ手に追われていて、いつ捕まるかもわからない。そんな時、彼女自身に戦うすべがあった方が、護衛する方もやりやすいだろう。
「ツクモ、ジャンヌ! せっかく覚えた呪文を早速使ってみたいんだけど……実験台になってくれる?」
「いや、お前が覚えた呪文って、人に使うと洒落にならないもんばっかだろう。流石にそれは自重しろ。村の中でも使うなよ?」
「ちぇー……」
メアリーは口を尖らせて不満そうにしている。ジャンヌはそんな彼女を見て、
「それじゃあ、メアリーちゃん。私と一緒に狩りにいかない? 族長と約束してるんだけど、魔物相手だったら好きなだけ使ってもいいから」
「本当? 足手まといにならないかな……」
メアリーはモジモジしながらも、一緒についていく気満々のようだ。鳳はそんな二人に割って入るように、
「それなら俺もついていくよ。どうせなら、ギルドで依頼を受けないか?」
「依頼……?」
「ああ。今回、メアリーのレベルを上げた共有経験値って、決闘のあとに入ってたものなんだよ。あの時、俺はギルドで
「決闘で勝ったから入ったんじゃないの?」
「かも知れない。でも試す価値はあるだろう?」
「そうね……なら族長に聞いてみるわ」
ジャンヌは先約のガルガンチュアを誘いに、族長の家へと向かっていった。
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事情を話したところ、ガルガンチュアは特に文句も言わずに承諾してくれた。元々、関係改善のためにジャンヌが誘ったのだから、どこへ行くのもそっちが好きに決めればいいさと言った感じである。
そんなわけで4人連れ立ってギルドに向かっていると、あちこちの家々から人が飛び出してきて、バカ丁寧に挨拶をしてきた。考えても見ればガルガンチュアは族長だし、ジャンヌはその族長に匹敵する強者であり、そしてメアリーは彼らが神と崇める神人なのだ。鳳だって、例の件以来株が上がっているわけだし、今一番ホットな話題の4人組と言っても過言じゃないのかも知れない。ほんの少し前まではお荷物扱いだったのに、人の評判なんて当てにならないという言うか、どいつもこいつも現金なものである。
そんなことを考えつつ、村を出て、林道を抜けて、冒険者ギルドの駐在所までやってきた。ずっと村で暮らしているせいだろうか、やっぱりちゃんとした屋根がある家を見るとホッとする。
ギルドの前には物干しスペースがあって、ルーシーがせっせと洗濯物を干していた。鳳たちが来るのを見つけると、愛嬌たっぷりな笑顔で駆け寄ってきて、エプロンの前掛けで濡れた手を拭いながら、
「わー、鳳くん久しぶり。今日は大所帯だね。みんなでどうしたの?」
「ギルドでクエストを受けようと思って。なんか良い依頼入ってない?」
「私じゃわかんないよ。ミーさん呼んでくるから中に入って待ってて」
ルーシーがそう言って玄関に4人を招き入れると、件のミーティアが入ってすぐの応接室のソファに寝そべって、足をパタパタさせていた。どうせこんな場所に依頼人なんか来ないと高をくくっていたのだろうか、仕事をサボって良いご身分である。
完全に油断していた彼女はやってきたのが鳳だと気づくと、めくれそうになっていたスカートの裾を慌てて直して、
「な、なんですか、いきなり。入る時はノックして下さいって言ったでしょう」
「おまえんちかっ!」
と言うか、案内されて玄関から入ってきた客に言うセリフだろうか。鳳は呆れながら、依頼を受けに来たことを伝えた。
「依頼ですか? そりゃ、こんな森の中でも依頼はありますが……鳳さん、また喧嘩を吹っかけられでもしたんですか?」
「してないしてない、江戸っ子じゃないんだから。実は、メアリーがレベル上がって魔法覚えたからさ、その試し打ちしたくって」
「魔法って、古代呪文ですよね? 即戦力じゃないですか。それならいくらでも討伐依頼がありますよ。ちょっと待ってて下さい。良さそうなの探してみますから」
ミーティアはそう言って、依頼のファイルを取りにいそいそと奥へ行ってしまった。時間が掛かるかなと思い、彼女が寝そべっていたソファに座ろうとした時、たった今ミーティアが出ていったばかりのドアがガチャリと開いて、ギルド長が顔を覗かせた。
「鳳くん、来てたのか。ちょうど良かった」
「なんすか?」
「今、タイクーンとギヨームと三人で、オアンネスの動向を協議していたところなんだ。第三者の意見も欲しいから、来てくれないか?」
「俺でよければ……ガルガンチュアさん、すみません。時間かかりそうだったら、ジャンヌと二人で行っちゃってください」
鳳がそう言うと、ギルド長が慌てて、
「いや待ってくれ。ジャンヌもガルガンチュアも来て欲しい。出来れば大森林に住む部族長や、冒険者にも周知しておきたいんだ」
その口ぶりからして何だか大事っぽい感じがする。鳳たちは顔を見合わせて、ギルド長の後についていった。
奥へ続く扉をくぐると、短い廊下を抜けて、十畳くらいの広さの部屋に繋がっていた。普段はリビング兼ダイニングにでも使ってるのだろうか、食卓らしきでっかいテーブルが中央やや右手にあり、その周りにギヨームとレオナルドが立っていた。
テーブルの上には紙を何枚もつなげた大きな地図が載せられており、見た感じそれは大森林のようだった。とは言え、道らしい道のない大森林であるから、そこに記されているのは細くて曖昧な獣道と、獣人たちの集落の場所と、山や川など目印になりそうなオブジェクトばかりだったから、果たしてこれを地図と呼んでいいのか疑わしい。
ギルド長たちはこんなものを囲んで何をにらめっこしているのかと思っていたら、よく見ればその地図の所々にバツ印みたいな書き込みがある。自分が何のためにここに呼ばれたのかを思い返せば、考えられることは一つしかない。
「これってもしかして、全部、オアンネスが目撃された場所?」
「そうじゃ」
レオナルドは部屋に入ってきた鳳たちに、挨拶ついでにそう返事した。
この老人とギヨームは、ギルド駐在所に辿り着いた翌日から、鳳がガルガンチュアの集落で子供と遊んでたり、ハチと決闘をしている間もずっと、あの魚人族の動向を探っていたようだった。
とは言ってもワラキアの大森林は広いので、直接出向いたりは出来ないから、伝手を頼って情報を集めていたという感じである。こんな大森林の中でも獣人が住んでいる以上、人の往来がまったくないわけではない。近隣の住人同士の情報交換くらいはある。どうやらそういう情報ネットワークみたいなものを、この老人は確保しているようだ。亀の甲より年の功というやつだろうか。
「これは大森林の最北、勇者領とヘルメス領の間の大まかな地図じゃ。広大な大森林のほんの端っこ、広さにして10分の1程度に過ぎん。魔族が住むネウロイという土地の対角線上にある地域なのじゃが、それでもこれだけの目撃情報がある」
勇者領とヘルメス領の間には、街道の他に河川も流れている。それは大陸中央部の山岳地帯から流れてきているのだが、目撃情報はその流域に分布しているようだった。
「見ての通り、大陸はこの中央の山脈によって南北に分断されておる。魔族が住むネウロイから、儂らがいる北西の地域へ至るには、比較的勾配が緩やかな西側の沿岸部を通るのが最善じゃろう。しかし、こちら側は住みやすいから、獣人の集落が網の目のように存在し、海は海で勇者領の漁師たちによって見張られている。従って、これだけの数のオアンネス族が通過したなら、誰も気づかないなんてことがあるわけがないんじゃ」
とすると、考えにくいことではあるが、あの魚人共が山を超えてやってきたということになる。あの手足にヒレのついたエラ呼吸をしそうな連中が……実際には肺呼吸してるから、陸路を通ることは十分に可能なのであるが、しかし、それでも山越えとなると中々想像がつかない。
「大陸東側の海を通って侵入したってことは無いの?」
「可能性は無くもないが、はっきりしたことは分からぬ。実は戦争のせいで、一時的にオルフェウス領からの情報が入ってこなくなっておるのじゃ。しかし、仮にそうだとすると、今度は大陸を横断してきたことになるしのう……」
「目撃情報が東側に集中してるならともかく、それも考えにくいか」
「山越えをしてきていると仮定して、どうすればそれを食い止められるのか、何かいいアイディアがあれば良いのじゃが……」
それで鳳たちにも意見を聞いてみようと思ったのだろう。しかし、そんなことを言われても、すぐにはアイディアが浮かんでこなかった。
真っ先に思い浮かぶのは登山家を雇って、魔族が侵入するルートを突き止めるくらいだが、しかしこの世界には整備された登山道なんてものは無い。高くてもせいぜい1000m程度とは言え、どこに猛獣が潜んでるかもわからない前人未到の山々を渡り歩いて、あるかどうかも分からないルートを発見する。そんな都合のいいスーパー登山家などいるはずもなく、考えるだけ無駄だろう。
というか、仮に人工衛星があったとしても、こんな大森林の中の人の移動を把握しようとすること自体が無理な話だ。何度も言っているように、この森は昼間でも真っ暗になるくらい木々が生い茂っている。上空から見たところで、その下を歩いている人間の姿など捕らえられないだろう。
「正確なルートを発見するのは不可能だろうね。しかし、山越えが確かなら、上流に絞って魚人族を狩り続ければ、いずれ侵入は止まるはずだ。水際作戦ならぬ、山際作戦って感じで。それでサンプルが集まれば、ある程度、経路は絞れるんじゃないか」
「それが難しい。川は無数に存在するが、冒険者には限りがある。相手が大河のみを移動するわけじゃない時点でお手上げなのじゃよ」
「だったらやっぱり、まずはどうして魚人共が北上しているのか、その原因を探らないことには、どうしようもないと思うぞ。でも、そんな死地に赴くようなクレイジーな冒険者なんていないだろうし……現状では、オアンネスの侵入を防ぐのは難しいだろうね」
「……やはり、今やれることは地道に駆除し続けることくらいかのう」
老人は肩を落として、もう疲れたと言わんばかりに目頭を指で揉んでいた。そんなにがっかりされると罪悪感がわいてくるが、鳳だって四六時中おかしなことばかり考えているわけでもない。期待されても困るというものである。
それにしても、魔王の復活か……
レオナルドは今回の事件に、最悪の事態を想定して動いているらしい。今のところ復活を示す根拠は何も見つかってないが、これだけ魔族が大移動しているとなると、流石に鳳でも不安になってくる。
彼は、テーブルの上に広げられた地図を見ながら、
「ところで、このオアンネスの駆除だけど、ギルドのクエスト扱いなの?」
「ん? ……ああ、一応そのつもりなんだが、何しろ森の中のことだから、狩っても誰も得をしないんで、報酬が殆ど出ないんだ。だから冒険者の応援は期待できないし、各部族に周知するに留まっているのが現状だ。獣人たちが連携して、金を出し合って、外部から応援を呼んでくれれば良いんだが、彼らにそれを納得させるのは難しい。このままでは、大変なことになるかも知れないのに……」
ギルド長がそう答えてため息を吐いた。どうも大森林の獣人たちは、自分たちの縄張りを荒らされるのを嫌うせいか、積極的に魚人を討伐したり、外部に頼ったりはしたがらないらしい。ついでに言うと、お金もない。だから基本的に放置気味のようである。
考えても見れば、ここに来たのも、放棄された集落を発見したのが切っ掛けだった。もしかして今、そういう集落が増えているんだろうか? だとしたら由々しき事態だが……せめて近場の魚人だけでも排除しておいた方がいいかも知れない。
鳳がそんなことを考えながら、地図を眺めていると、
「……あれ? これってもしかして、こないだ俺が依頼を受けた村の近く?」
鳳は、ガルガンチュアの集落から一番近い場所にあったバツ印を指差していった。
「ああ、つい今朝方、隣村の住人が発見を知らせにきてくれたんだ。いつもなら、よほどの用事でもない限りここには近づかないんだが、前回のことで信用を得たんだろう」
「じゃあ発見したのはここ数日ってことか」
もしかすると前回のクマは、ここの魚人族に襲われて逃げてきたのかも知れない。死体についていた傷跡のことを思い出しながら、鳳はそんなことを考えた。
ともあれ、よしみのある部族が困っているなら、これを無視するなんてことはないだろう。
「ガルガンチュアさん、ジャンヌ、もしよかったらなんだけど……」
「このオアンネス族を駆除しに行こうってのね。私はもちろんいいわよ」
鳳がガルガンチュアの顔を覗き込むと、彼もゆっくりと頷き、
「ここは俺の村にも近い。どうせそのうち、やらなければならないだろう」
話は決まった。鳳はギルド長にそう伝えると、正式なギルドの依頼として受けさせてもらうことにした。