ラストスタリオン   作:水月一人

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蜥蜴人は敵じゃない

 オアンネス族の駆除依頼を受けた鳳たちは、早速とばかりに森へ入った。メアリーが一緒についていくことを知ったレオナルドは驚いていたが、共有経験値の話をしたら、なるほどと首肯し、特に反対もしなかった。とは言え、やはり心配だったのか、出発間近になってギヨームが同行することになり、結局は、鳳、ジャンヌ、メアリーにガルガンチュアを加えた5人で隣村へと向かうことになった。

 

 駆除依頼といっても、何から何まで全部やれというわけではない。基本的に大森林の獣人たちは、外敵が現れても自分たちだけでなんとかする能力を持ち合わせている。それでも人手が足りない時に、助っ人を呼ぶつもりで依頼を出すのだ。だから今回は単独ではなく、隣村と協力して魔物討伐することになる。要するに冒険者ギルドは、殆ど交流のない部族同士の、回覧板みたいな役割をしているわけである。

 

 一度往復したことのある道だから、既にどこに何が生えているか分かっているので、鳳が道草を食うこともなかったお陰で、隣村へは割とすぐに到着した。

 

 隣村の長は、つい最近会ったばかりのライバル村の族長(ガルガンチュア)が、立て続けに二度もやってきたのを見て面食らっていたが、その横に鳳の姿もあることを見て態度が変わった。

 

「おお! ツクモ! 我が村の英雄よ! どうした? また狩りに来たか?」

 

 英雄などと呼ばれると面映いが、前回のクマ退治で鳳は、隣村ではすっかり凄腕冒険者と思われているようである。本当は、冒険者登録を拒否されるくらい低レベルの異邦人なのだが、もちろんそんなことはお首にも出さずに、

 

「こんにちわ! 今日も冒険者ギルドの依頼で来ました。先日、魔族が近辺に現れたとギルド支部に報告にあがったようですが……?」

「なに!? 昨日だぞ? もう来てくれたというのか?」

 

 隣村の長は感激してガバっと鳳に抱きついた。獣臭いのとギューギュー締め付けられるのとで、窒息しそうになった。鳳はほうほうの体で、どうにかそれから逃れると、被害状況について確認した。

 

 オアンネス族を発見したのは3日くらい前のことらしい。このところ村近辺の獲物が少なくなっており、例のクマのせいだろうと思っていたそうだが、獲物を追って遠出をした村人の一人が沢の途中に魚人のコロニーを発見した。

 

 位置的に山の近くにあるそうだから、やはりあのクマは、魚人族に追われて棲家を失ったのだろう。彼らを放っておくと周辺の獲物を狩り尽くしてしまうから、出来るだけ早めに対処しないといけない。それでギルドに助っ人を頼んだのだそうである。

 

 因みに報酬はこの間も貰ったお酒とのこと。量があるということは、もしかしてこの村の特産品なのかな? と思ったら、動物の毛皮と交換で、行商人から仕入れているそうだ。ガルガンチュアの集落ではまだ見たことがなかったが、大森林には意外と行商人が来ているらしい。しかし、その日暮しの村人たちが、一体何と物々交換してるんだろうか? と考えた時、うんこ豚のことを思い出した。知らぬが仏というやつである。

 

 助っ人の到着を受けて、隣村で臨時の討伐隊が組織され、すぐに現場へ向かうことになった。獣人、特に狼人は鋭い爪と牙を持つため、準備が殆どいらず身軽のようだ。明日を待つより、今から向かえば夕方には間に合うだろうから、襲撃するチャンスを逃すまいといった感じである。

 

 集まった村人たちは、ガルガンチュアがいることにも驚いていたが、そこに神人(メアリー)が混じっていることにはもっと驚いていた。あっちの村同様、こっちの村でも神人は神と崇められているようである。神様が味方してくれるならばと、士気は否が応でも上がっていった。

 

 襲撃では、その神様が一番活躍した。

 

 村を出てから2時間後くらい、先行偵察していた村人が問題のコロニーを発見した。隠密スキルのあるギヨームが更に詳しく確認したところ、敵の数はおよそ80体。前回同様に目視でも身重の個体が目立つようである。そんな妊婦の集団が沢に棲家を作り、周辺の野生動物を狩って暮らしていたのだ。

 

 これではっきりした。魚人共はどうやら出産のために北部へとやってきているらしい。今までそんなことは無かったらしいから、南部で一体何が起きているのか気になるところだ。

 

 ともあれ、既に被害が出ている以上、早急に駆逐しなければならない。敵の数と比べてこちらは20人と少なく、尋常の勝負では勝てないだろう。討伐隊は奇襲をかけるべく、日が暮れるのを待ってから、半包囲陣形に散らばって行動を開始した。

 

「スタンクラウド!」

 

 夕暮れ時、視界が最も暗くなる時間に、まずはジャンヌに護衛されたメアリーが先行して、古代呪文による一撃を浴びせた。神人による不意打ちを食らった魚人共は、突然の奇襲に慌てながらも、すぐに応戦するために立ち上がり、メアリーに襲いかかってくる。

 

「紫電一閃っっ!!」

 

 しかし、初撃のスタンクラウドで半数以上が無力化されていた魚人共は、バラバラとした攻撃しか行うことが出来ず、すぐにジャンヌからの返り討ちにあった。間違いなく現人類最強であろうゴリラを前に、魚人たちが次々と倒されていく……

 

 自分たちの劣勢を悟った別の個体が背を向けて逃げ出そうとするも、

 

「スタンクラウド!」

 

 追い打ちの古代呪文によって体の自由を奪われた魚人は、逃げようと川に入ったところで力尽き、川の中央でもがき苦しんでいた。魚の顔をした連中が溺れている姿は滑稽ではあったが、それを見て哀れんでいる余裕もない。

 

「転がってる奴は後回しだ! 動いてる奴から狙えっ!」

 

 隣村の長の声に答えて、獣人たちが一斉に駆けていく。二度のスタンクラウドとジャンヌの攻撃を免れた魚人たちも、逃げようとするその背中を切り裂かれて、血しぶきと不気味な叫び声を上げて続々と倒れていった。

 

「一匹も逃がすなっ!!」

 

 その攻撃をも逃げ切った幸運な魚人が川向うの森に逃げ込み、それを追って隣村の連中が大捕物を繰り広げている。

 

 現場に残った鳳、ギヨーム、ガルガンチュアが河原に足を踏み入れると、まだ意識がある魚人族があちこちに転がっていた。魚人共はまだ死んでおらず、スタンクラウドで無力化されているだけである。このまま放っておけば、魔法が切れた個体から動き出してしまうから、やることはもう決まりきっていた。

 

「うへえ……これ、全部やるのか」

「時間が惜しい。黙って作業しろ。ガルガンチュアっ! 川の中のやつを頼む。引きずり出せるのはお前だけだ」

「分かった」

 

 ガルガンチュアがじゃぶじゃぶと川に入っていった。放っておいても肺呼吸する連中なら窒息死しそうであるが、魚人族というだけあって、もしかしたら息が長いのかも知れない。するとスタンから回復した時に一番やばいのは、正に水を得た魚だろう。

 

 自分も何か手伝うことがあるか? というメアリーを制して、鳳は倒れている魚人族にとどめを刺す作業に取り掛かった。

 

 それが簡単な仕事であればあるほど、心理的な抵抗感が増すのは何故なんだろう。地面に転がりピクピクしている魚の眼をした連中の喉に銃口を突きつけ引き金を引く度に、体の中から気力のような何かが、どっと抜けていくような感じがした。

 

 これが本当に魚の形をしている化け物なら、これほど嫌な思いはせずに済んだのだろうが、二足歩行する人間と同じ体の構造をしている連中を見ていると、神がいるならどうして彼らを人間に似せて作ったのかと、小一時間問い詰めたい気分になった。

 

「すけ……助けてください。お願いします。助けて……」

 

 と、その時、地面に転がる魚人族の中から声が聞こえた。

 

「お腹の中に赤ちゃんがいるんです。ねえ、分かるでしょう? もうじき生まれるんです。私はどうなってもいい、せめて赤ちゃんだけでも助けてくれませんか。お願いします。何でもしますから、助けて下さい」

 

 ドキン……と心臓が跳ね上がった。暑くもないのに全身から汗が吹き出し、心臓がどくどくと早鐘を打っている。

 

 聞こえてくるのは、流暢で淀みない、正に人間の女性の声だった。どこか幼ささえ感じさせるその声は悲痛で、聞いているだけで神経が揺さぶられるようだった。濁った魚の目から、ドロッとした涙が溢れ出してくる。その哀れな姿を見ていたら、何も殺さなくても良いんじゃないかと気が萎えてくる……

 

「鳳……惑わされるな」

「わかってる」

 

 鳳がほんの少しの躊躇を見せると、すかさずギヨームがやってきて、そんな彼の頭を叩いて言った。

 

 ギヨームの声が耳に届くと、鳳は首をブンブンと振ってから、愛銃の銃口を魚人に向けた。こうするしかない。わかっているはずだ。躊躇わずに引き金を引け……すると、鳳のそんな決意が目に宿ったのか、魚人は今度は打って変わって、

 

「ちくしょう! 矮小な人間風情がっ! おまえに殺されたことを、俺は死んでも忘れない。来たるべき時、地獄から蘇り、必ずおまえを害してやる! おまえだけじゃない。おまえの家族も、恋人も、子供も、母親も、その全ての皮をはぎ、爪を剥がし、歯を抜き取り、性器をえぐり出して、腸を引きずり出し、苦しむお前の大切な人々を踏みにじり、汚物とまとめて虫の餌にしてくれるわっ!」

 

 先程までの可愛い声とは一転し、どこから出しているのか不安になるような悪意に満ちたそのだみ声を聞いていると、鳳は神経がすり減っていくような気分になった。

 

「そしておまえは殺さない。おまえの大切な人々が傷つき、命乞いをし、もがき苦しみ死んでいく様を見せつけ、自から死を懇願するまで、四肢を切り落とし、舌を切断し、血の一滴まで搾り取って、生まれてきたことを、そして生まれ変わることを後悔するまで、未来永劫、来世まで、魂魄のひとかけらすら残らず消え去るまで、お前のことを呪って呪って呪って……」

 

 鳳は魔族を黙らせるために、その口に銃口を押し込むと、今度こそ躊躇いなく引き金を引いた。

 

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 その一件があってから、魚人族を殺すことへの罪悪感は無くなった。ただとんでもない後味の悪さだけは、いつまでもつきまとい、全ての魚人族を殺し尽くした頃には、鳳はヘトヘトになっていた。途中で隣村の連中が帰ってきて手伝ってくれなかったら、精神がおかしくなっていたかも知れない。

 

 獣人たちは死体の数を数えて打ち漏らしがないことを確認すると、一箇所に集めてその死体を燃やし始めた。ガルガンチュアの部族と同じように、魔族の死体を放置していると土地が汚れるという考えがあるのだろう。

 

 ガルガンチュアが言うには、人間は魔族を食うらしいから、実際問題、放置しておいても何も起こらないと思うのだが……恐らく獣人たちがその迷信を信じているのは、魔族が最後に見せたあの呪詛が原因なんじゃなかろうか。

 

 相変わらず、魚の焼ける香ばしい匂いが辺りに立ち込め、食欲と吐き気を同時に刺激する。今回はギルドから正式な依頼を受けてきたので最後まで付き合ったが、これから先、何度もこれを繰り返すのかと思うと気が滅入ってきた。

 

 テーブルの上に広げられた地図には、まだまだ沢山のバツ印がついていたはずだ。これから先もまだ増えていくことを考えると、魔王復活とかどうでもいいから、とにかくこいつらだけでもなんとかしたいと切に思った。

 

「白ちゃん、ギヨーム、お疲れさま」

 

 死体の焼却に一段落がつくと、鳳たちは河原から少し離れたキャンプ地へと戻った。メアリーの護衛を兼ねて、先に寝床の確保をしていたジャンヌが出迎える。

 

 殊勲のメアリーは移動の疲れもあってか、既にすやすや寝息を立てていた。彼女のレベルを上げておいて本当に良かった。今回の件で改めて思ったが、やはり神人という種族は強力であり、ガルガンチュアたち獣人が神と崇める理由も分かる気がした。

 

「村から頂いた干し肉と、お酒が少しあるわよ。食欲があるなら、明日のためにも食べておいたほうが良いと思うけど」

「ああ、食べるよ。それにしても、魔族の討伐は気が滅入るな。頭は魚でも、体は人間そのものだから、焼いてしまえばほとんど区別がつかない」

「うっかり鳳を焼いちまっても、誰も気づかねえかも知んねえな」

「ははっ! 違いない」

 

 ギヨームがそんな軽口を叩く。それに笑いを返せるくらいには、この殺伐とした世界にも慣れてきていた。

 

 それにしても本当に、神様がいるなら、どうして魔族をあんな姿に作ってしまったのだろうか。創世神話では四柱の神は人間の作り方で揉めて、魔族と獣人と人間とに別れたはずだった。

 

 するとラシャは魔族を最初からあんな風に作ったわけだが……あの醜い姿形と、平気で嘘を吐いて命乞いする様と、最後の気味の悪い呪詛を思い返すと、あんなものを良かれと思って作る神がいるなど、到底信じられなかった……

 

 創世神話を本物と考えて神を断じるなんてバカバカしいが、エミリアという無視できないファクターがある以上、このラシャなる神についても本物と思って警戒していた方が良いのだろうが……

 

 鳳がそんなことを考えている時だった。

 

「……どうやら、お客さんのお出ましのようだぜ」

 

 固い干し肉を噛みちぎっていたギヨームが、クチャクチャやりながら森の奥を指差した。手には既に光る拳銃が握られており、いつでも引き金を引ける状態だった。鳳も慌てて自分の愛銃を取り出すと、弾を込めてレバーを引いた。ジャンヌが眠ってるメアリーを庇うように前に出て、剣を抜き放つ。

 

「誰だ! 敵意が無いなら手を上げて前に出ろ。下手な動きをしたら、命がないと思えよ」

 

 ギヨームが誰何する。

 

 鳳たちにはまだ何も見えなかったが、彼がわざわざそんなセリフを言ったということは、相手は人間なのだろうか。てっきり魚の焼ける匂いに釣られて、野生動物でも近づいてきたのかと思ったのだが……

 

「撃たないで下さい。こちらに敵意はございませんから」

 

 鳳が緊張しながら銃を構えていると、森の奥からそんな声が聞こえてきた。相手はそう言っているが、魔族は嘘をつくということを、身をもって体験したばかりである。とても銃口を下げる気にはならず、そのままじっと待っていると、やがて森の奥の人物は、諦めたのか手を上げながらゆっくりと近づいてきた。

 

 パキッと小枝を踏む音が徐々にこちらに近づいてくる。やがて焚き火の炎に照らされて、そのシルエットが浮かび上がった時、鳳は思わず悲鳴をあげそうになった。

 

 薄い膜のような瞼に覆われたギョロ目。口は人間の頭がすっぽり入ってしまいそうなくらい大きく、むき出しの牙が覗いている。時折、チロチロと飛び出す舌先は二つに割れており、両手を上げたその指先からは鋭い爪が伸びていた。そして全身は緑色の鱗に覆われ、焚き火の炎を反射してヌルヌルと光っていた。

 

 そこに立っていたのは巨大なトカゲだった。爬虫類らしい無表情で、何を考えているかわからない目がこちらをじっと凝視している。鳳がびっくりして、引き金を引こうとした時、

 

「馬鹿っ! やめろ! 蜥蜴人(リザードマン)は敵じゃない!!」

 

 慌ててギヨームが鳳のライフルの銃身を引ったくるようにして狙いを外した。その拍子に引き金が引かれ、パンッ! っと乾いた銃声が真っ暗な森に響き渡った。

 

 蜥蜴人はその瞬間、ビクッと体を震わせてその場にしゃがみ込み、大きな口をあんぐりと開けて、ひゃー! っと悲鳴を上げた。その悲鳴が思いのほか可愛かったものだから、毒気を抜かれた鳳がどっと地面に尻餅をつくと、蜥蜴人は両手を頭に乗せて、おっかなびっくりと言った感じでこちらの様子を窺いながら、

 

「村へ立ち寄ったら、ちょうど腕利きの冒険者が来ていると聞きまして……依頼をお願いしたく、こうして追いかけてきたのですが、お邪魔でしたかな?」

 

 彼がそう言うと、彼の背後から、同じような蜥蜴人が数人と、大きな荷物を背負った狼人や猫人、兎人などが現れた。このように種族がバラバラの獣人の集団は、かつて街で見かけたことがある。商人のキャラバンである。

 

 こんなところにキャラバンが? ……まさかと思って鳳が呆然として見ていると、最初の蜥蜴人が一歩前に進み出て言った。

 

「申し遅れました。私、勇者領(ブレイブランド)で商人をしております、トカゲ族のゲッコーと申します……」

 

 彼はそう言って、まるで王侯貴族にするように、恭しく頭を下げるのだった。

 


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