ラストスタリオン   作:水月一人

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荒ぶるペンギンの団

 オアンネス族のコロニーを制圧した後、鳳たちが焚き火を囲んでいると、そこに現れたのは蜥蜴人(リザードマン)の商人だった。ゲッコーと名乗る商人は行商で村に寄った際、たまたま鳳たち冒険者が来ていることを知って、依頼を頼みたくて追っかけてきたそうである。

 

 ここまでして頼みに来るくらいだから、きっと緊急な問題に違いない。鳳たちは取り敢えず話だけは聞くからと、冒険者ギルドまで一緒に帰ることにした。

 

 翌朝。後片付けを隣村の族長に任せて、急いで村に戻った彼らを出迎えたのは、商人の到着を待ちきれずにいたガルガンチュアの村の獣人たちだった。キャラバンが隣村に到着した段階で、次は自分たちの村に来ることを知っていた彼らは、昨日から心待ちにしていたらしい。

 

 いつもみんなが集まっていた村の中央広場に商品が並べられると、どこに溜め込んでいたのだろうか、村人たちが動物の毛皮や木の実なんかを持ってやってきて、即席のバザーで物々交換を始めた。普段は見ることの出来ない品々を前にして、村人たちの目がキラキラと輝いている。通貨が流通していないために、殆ど全ての商品で物々交換を行うから、良いものを手に入れるには交渉力が必要となる。あちこちでそんな人々の、威勢のいい声が響いていた。

 

 その光景は微笑ましかったが、鳳たちは喧騒を避けて、ゲッコーを連れてギルド駐在所までやってきた。

 

 駐在所に入るとギルド長が飛んできて、ゲッコーを親しげにもてなしていた。大森林の行商人は貴重な情報源だから、冒険者ギルドでは彼らを重用しているようだ。実際、ゲッコーがもたらした情報は、レオナルドの興味を引いた。普段、オルフェウス領を中心に活動しているこの行商人は、大陸東部の魔族による被害状況を持ってきたのだ。

 

「ヘルメスがあの通りで街道が使えず、勇者領と連絡がつかずに困っていたのですよ。こんなところで大君(タイクーン)に会えたのは行幸でした。実は、大陸東部の森でも、あちこちで魚人族の侵入が確認されていまして……」

「つまり、あの魔族は別にどこかを目指しているわけではなくて、単純に南から北へ押し上げられているわけか」

 

 商人が持ち込んだ情報を元に、地図にオアンネス族の分布を書き込んだレオナルドは、それを見ながら唸り声を上げた。思った以上に広範囲に渡る侵入の事実に、もはや南半球で何かが起きているのは疑いようがないだろう。

 

 それにしても、この300歳を超える老人と、蜥蜴人が顔を突き合わせている光景はインパクトが強く、まるでファンタジー映画の一コマを見ているようだった。

 

 蜥蜴人は全身が緑色の鱗に覆われた水陸両生の種族で、見た目は人間よりもずっとトカゲに近かった。もしあの時ギヨームが止めてくれなかったら、うっかり殺してしまっていたかも知れない。

 

 同じ全身が鱗に覆われた水陸両生のオアンネス族は魔族で、この蜥蜴人は獣人扱いなのは、なんとも理解し難いものを感じるが、両者を分けるのはその理性のようである。蜥蜴人はとても理性的で、人間に近い考え方をするらしく、魔族のように人を襲ったりはしないのだ。

 

 因みに水陸両生の蜥蜴人が水辺で暮らしているのは、魚を獲るためではなくて、暑さと乾燥に弱いためらしい。主食は昆虫食だが、雑食のため、蛆の湧いている腐肉でも問題なく食してしまう。そのため、他の種族が食べられなくなった腐肉を交換するなどしているうちに、森の商人として活躍するようになったそうだ。

 

 顔が爬虫類ゆえに表情が読めず、何を考えているかわからないが、性格は穏やかで協調性が高く、どの種族とも上手くやっている。ガルガンチュアなど、他の獣人は会話が苦手であるが、蜥蜴人は非常に流暢に言葉を操る。

 

 理知的で話をしていて楽しい相手だが、話の最中にやたらペロペロと舌を出すので、おかしな癖だなと思って尋ねてみたら、爬虫類だから目の前を昆虫が通ると、本能的に捕食してしまうらしい。条件反射で自分でも止められないから、気にしないで欲しいと言われた時は、思わず笑ってしまった。

 

 戦闘能力も高く、その鱗は剣を弾き、ある程度なら魔法も防ぐそうだが、性格的に戦闘向きではないらしい。昔は大森林の住人であったが、今では殆どの部族が勇者領で暮らしており、新大陸にもかなりの数が渡っているそうである。

 

 そんな見た目と違って都会的な蜥蜴人のゲッコーが、一体ギルドにどんな依頼をしに来たのかと言えば、

 

「うーむ……やはり、実際に南に行って、何が起きているのかを確かめねばならんかのう……」

「おや、大君も南に行かれるおつもりで?」

 

 蜥蜴人は怪訝そうに首を傾げた。無表情だからわかりにくいが、その口調には何か含むところがあるようだ。『大君も』とはどういう意味だろうか。

 

「実は、今回みなさんに依頼をしようとしていたのは、その南へ行って欲しいからなのです。先日の戦争以来、帝国では物流が滞ってしまって、色々と調達しづらい商品が発生しておりました。私はそれら不足品を集めて、オルフェウス領へ運ぶ仕事をしているのですが、その中にまだまだ足りない商品があるのです。胡椒です」

「胡椒?」

「はい」

 

 胡椒はかつて大森林を冒険した勇者が持ち帰った、今となっては人間社会になくてはならない香辛料である。そんなに貴重なら畑で育てられれば良いのだが、胡椒は気候などの栽培条件が厳しくて、供給は今も大森林の部族頼みとなっていた。

 

 ところが、最近その供給元となっている部族と連絡が取れなくなってしまい、北部の商人連中はてんやわんやになっているらしい。胡椒の備蓄はまだあるが、もしもこのまま手に入らなくなったら、食卓の会話まで失われかねない。

 

 しかし、冒険者ギルドに依頼しても、大森林の更に奥地までいって、消息不明の部族を探すなんてものは、高難度過ぎて誰も引き受けてくれない。そこで依頼料を引き上げた上で、なんとか引き受けてくれる冒険者を、こうして大森林の支部にまで探しに来たのだそうである。

 

「私は大森林のクエストで実績のあるガルガンチュアに頼もうと思っていたのですが、そんな時にみなさんの噂をお聞きして、追いかけてきたのです。そこにガルガンチュアや大君まで居たのは幸運でした。依頼を受けていただけたらありがたいのですが、どうでしょうか。報酬はもちろんはずませていただきますよ」

 

 魔族がいるかも知れない大森林の南部を旅するのは、普通に考えれば危険な行為でしかない。しかし、ここ数ヶ月で森での生活にも大分慣れてきたし、そろそろ飽きも来ていたところだった。何より自分たちを信頼してこうして依頼を持ってきた相手を無碍に断るのも気がひけるだろう。

 

 鳳は依頼を引き受けることにした。とはいえ、彼一人だけでこの難事業を乗り越えることはもちろん不可能である。

 

「俺は受けてもいいと思うけど、ジャンヌはどうする?」

「もちろん行くわ。困った時はお互い様だもの。それに、胡椒が切れちゃったら大変よ。お肉だけじゃなく、サラダのドレッシングも作れなくなっちゃうわ」

「じゃあ、決まりだな」

「引き受けていただけますか。ありがとうございます。これで肩の荷が下りました」

 

 ゲッコーは、鳳とジャンヌに向かって、ホッとした感じで頭を下げる。鳳はまだ成功したわけでもないからと断りつつ、

 

「メアリーはどうする? 結構な長旅になると思うから、家で待ってるか?」

「私も行くわよ。村の生活も魅力的だけど、あなた達と旅する方がずっと楽しいわ」

「何? メアリーも行くのか……では今回は儂も同行することにしようかのう。実際問題、南部の様子はこの目で確かめてみたいところじゃった」

 

 メアリーが行くと宣言し、レオナルドがそれに追随する。いつものように端っこの方で腕組みをしているギヨームに目をやったら、何を決まりきったことをといった感じで肩を竦めてみせた。

 

 これで遠征メンバーは決まった。ガルガンチュアはどうするか聞いてみなければわからないが、無理に村を開けてまで参加してもらわなくても、今回は大丈夫だろう。その旨を伝え、正式な依頼を交わすつもりで玄関脇の応接室へと移動する。

 

 ミーティアが書類を作成し、依頼人の名前を書いた横のスペースに、今回はパーティーで行動するからパーティー名を決めてくれと言われたので、迷わず『荒ぶるペンギンの団』とサインして拇印を押した。この名前を使うのは前世以来であるが、これ以外の名前は思いつかなかった。

 

 そんな感じで鳳たちが書面で契約を交わしていると、ルーシーがお茶を持ってきてくれた。ゲッコーは尖った指先で器用に湯呑を持ち、一口飲んで美味しいですと声をかけていた。こういう人間社会らしいやりとりは久しぶりだなと思いつつ、鳳も一口飲んで会釈を返す。

 

 ルーシーは二人に笑顔を返すと、お盆を胸に押し付けるようにして持ちながら、入口付近で立っていた。多分、何かあったら対応できるように控えているのだろう。元々酒場のウエイトレスだったわけだが、こっちでは仕事がないから、代わりにギルドの雑用をさせられているのだろうか。鳳はその辺のことを聞いてみた。

 

「そういやルーシーってこっち来て何やってんの?」

「えーっと……元々ギルドの職員ってわけじゃないから、やれることは少ないんだ。日常の細々したことや、お爺ちゃんのお世話係しているけど、お料理もお洗濯もお掃除も、ミーさんの方が上手だから」

「こんなジャングルの奥地に、一緒に居てくれるだけでありがたいですよ」

 

 すかさずミーティアがフォローを入れるが、肩身の狭い思いをしているのはほぼ間違いないようだ。それもこれも、鳳がギルド酒場を燃やしてしまったのが原因だと考えると、流石に罪悪感が湧いてきた。彼はふと思い立って、

 

「ふーん……暇してんなら、今度の遠征、一緒に行く?」

「え? いいの?」

 

 本当に何となくだったが、ルーシーは意外と乗り気らしい。目をキラキラ輝かして、耳をそばだててる姿を見てると、どうしても連れて行きたくなった。

 

「ああ、人手はあればあるだけ助かるからな。荷物持ちの他にも、焚き火の交代番や、料理や、山菜摘みや、やることはいくらでもある。来てくれるなら大助かりだよ。ギルドの職員じゃないなら別に構わないよね、ミーティアさん?」

 

 鳳に話を向けられると、ミーティアはこっくりと頷いて、

 

「良い気分転換になるでしょう。大君もご一緒なら、お世話する人も必要でしょうし」

「おいおい、ちょっと待て、何勝手に決めてるんだよ」

 

 それまで鳳たちの会話を黙って聞いていたギヨームが、ルーシーの同行が決まりそうになった瞬間、慌てて口を挟んできた。

 

「足手まといを、ここよりやばい土地に連れていけるわけねえだろ。常識で考えろよ」

「メアリーも戦力になったんだし、一人くらい平気だろう? 足手まといつったら、俺だって相当なお荷物だぜ。だけどなんとかなってるじゃねえか」

「だから、お前は言うほど筋は悪くねえんだよ。よく分からん能力も使えるし、銃も使える。対してルーシーに何が出来る? てめえの身すらてめえで守れねえやつを、連れてくのはリスクにしかならねえよ」

「やっぱ駄目かあ……」

 

 ルーシーががっくりと肩を落とす。落胆するその姿は可愛そうではあったが、ギヨームの言うことも尤もなので、鳳はまあ仕方ないかと諦めようと思ったのだが、それを見ていたミーティアが、まるでギヨームを挑発するかのように、

 

「それならあなたが守ってあげればいいじゃないですか」

「はあ!? なんで俺が……」

「女ひとり守れないで、リスクがどうとか語っても格好悪いだけですよ。こんなに落胆させちゃって、俺が守ってやるくらいの気概を見せたらどうですか。ああ、そうだ、そんなに責任を取りたくないなら、放っておけばいいんじゃないですか。鳳さんは良いって言ってるんだし、彼が守ってくれますよ」

「え? 俺?」

 

 いきなり話を振られても、そんなの鳳じゃ無理な話なのだが……ルーシーの期待に満ちた目と、ミーティアの分かってるだろうなと言わんばかりの視線に晒されていると、何も言えなくなった。

 

 まあ、鳳が無理でもジャンヌがなんとかしてくれるだろう。ギヨームだって、こんなこと言っておきながら、いざとなったら助けてくれるに違いない。鳳は圧に負けて、

 

「あー……えーっと……ギヨーム、どうだろう? 出来るだけ、彼女から目を離さないようにするからさ」

 

 ギヨームはなにか言いたげに口をパクパクしていたが、やがて何を言っても無駄だろうと悟ったのか。頭をフリフリお手上げのポーズをして、

 

「勝手にしろ。俺は知らねえからな」

 

 と言って、ぷいっと居なくなってしまった。

 

「あ! ギヨーム君、待って」

 

 ルーシーが慌てて追いかけていったが、多分、もうついて来るなとは言わないだろう。実際、人手が多いにこしたことないのは本当なのだ。ギヨームは、どこかフェミニストっぽいところがあるから、純粋に彼女のことを心配しているのだ。なら、なんとかなるんじゃなかろうか。

 

 ミーティアは返事も待たず、パーティーメンバーの中にルーシーの名前も書き入れて、さっさと判を押してしまった。

 

 こうして南部への遠征メンバーが決まった。赤道を越えた南半球で何が起きているのだろうか……鳳たちの新たな旅が、また始まろうとしていた。

 


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