ラストスタリオン   作:水月一人

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鳳くんは凄いね……

 鳳は最後の補給で立ち寄った村の獣人から、近場にケシのような植物が生えているという情報を聞きつけ、キャンプを離れて探しに来ていた。しかし残念なことに、それは彼らが欲する目的のものでは無かった。彼らは森の切れ間の雑草の生い茂る広場をかき分け、問題の植物を探し当てたのだが、

 

「どうだ、鳳? 使えそうか?」

「いや、残念だけど……ケシはケシでも、これはオニゲシだ。薬効成分がない」

 

 鳳が首を振ると、ギヨームはその場にしゃがみこんでため息をついた。

 

「そうか~……ここまできて、まさかあの薬が必要になるとはなあ。最初、おまえに相談された時、ふざけんじゃねえよって馬鹿にしてたけど、今にして思えば俺のほうがよっぽど馬鹿だったぜ」

「いや、あれはぶっちゃけシャブだから、おまえの反応のほうが正しいんだ。ただ、ここは異世界なんだってことを、俺もおまえも、時折思い出さなきゃなんねえな」

「そうだな。肝に銘じておくよ」

 

 ギヨームはそう言うと、馬に乗って去っていった。多分、周辺に驚異がないか偵察に行ったのだろう。鳳は、せっかくここまで来たのだから、少しでも役立ちそうな薬草を摘んで帰ろうと、地面を見ながらウロウロしていた。すると、すぐ側でガサガサと音が鳴って、

 

「鳳くん。これ、いつも鳳くんが摘んでるのかな?」

 

 雑草をかき分けてルーシーがひょっこりと顔を覗かせた。鳳は彼女が手にした草を見ながら、

 

「お、ナイス! それにはMP回復効果があるんだ。どこにあった?」

「あっちの方にいっぱい生えてたよ」

「そうかそうか、他にもありそうだから、そっちの収穫は任せたよ」

「わかった!」

「ああ、あと、こっちのこの草と……この、花がまだ咲いてない蕾の部分も探してくれないかな」

「これと、これだね……? わかったよ」

 

 ルーシーは返事すると元気に走っていった。

 

 この南部遠征の間、彼女は足手まといにならないようにと、必要以上に気張っているようだった。最初はちょっとした小旅行と思っていたものが、思った以上に過酷な戦闘続きで、非戦闘員である彼女は肩身が狭く感じているのだろう。

 

 そのため、寝ずの番に荷物持ち、薬草摘みなど、自分の出来ることを一生懸命頑張っているようだった。鳳も似たようなものなんだから気にするなと言っているのだが、それじゃ彼女の気が収まらないらしい。

 

 そんな具合に森の広場で小一時間ほど薬草を摘んでいると、ギヨームがそろそろ日が暮れてしまうと言いだし、撤収することになった。鳳が摘んできた草を選り分けて袋に詰めていると、ルーシーが戻ってきて収穫物を差し出した。それを受け取り、袋に詰めようとした時……彼はルーシーの指先に泥がへばりつき、ところどころ赤ぎれて血が滲んでいることに気がついた。

 

 見れば、彼女の手足のあちこちは切り傷だらけで、足首の辺りは真っ赤な血で染まっている。見るからに痛そうだ。

 

「わっ! ちょっと、それどうしたの!?」

「えへへ、夢中になっちゃって……」

 

 彼女はそう言うが、こんなになってて痛くないわけがない。きっと我慢して草取りを続けていたのだろう。

 

 鳳はため息を吐くとギヨームを呼んで、背嚢から水筒と薬箱を取り出し、泥で汚れているルーシーの傷口を洗った。そして予め摘んでおいた薬草を細かく刻み、水でふやかして傷口に塗り込むと、布切れをガーゼのようにあてて包帯で固定した。

 

 その手並みを見てルーシーは感嘆の息を吐く。

 

「はぁ~……そういうのってどこで覚えてくるの?」

 

 そういうのとは薬草の知識のことだろうか。半分はMPを上げた際に覚えたスキルのお陰だが、

 

「この程度のことはすぐに誰でも覚えるよ。こんな生活していると、傷は絶えないし、ジャンヌも近接職だから、よく怪我してくるしね。ルーシーも、ここ数日で色々覚えたでしょう」

「う、うん……全部鳳くんの受け売りだけど……あたたっ」

 

 傷が染みるのか、ルーシーは声を上げて腕を引っ込めた。彼女の痛みが引くのを待っていると、彼女はおっかなびっくり、また腕を差し出しながら、

 

「鳳くんは凄いね……最初、レベル2だって聞いた時は、この人大丈夫かなって思ったのに……気がつけばみんな鳳くんについてきている。何をするにいつも君が中心にいて、みんな信頼してるのが分かるんだ」

 

 そんな風に言われるとこそばゆいが……鳳は努めて平静を装って、ルーシーの傷の手当をしながら言った。

 

「別にそんなことないと思うけど。俺は自分が出来ることをやってるだけだ。ルーシーと何も変わらないよ」

「そうかな……」

 

 珍しく弱気だな……鳳はそう思って、ちらりとルーシーの顔を覗き込んだ。すると彼女は自分の傷をじっと見つめながら、やけに憔悴した顔をしていた。それを見て、鳳は内心舌打ちした。戦闘員であるメアリーやジャンヌを休ませているくせに、ルーシーのことはすっかり忘れていた。一番疲れているのは彼女だ。こういうことに慣れてないんだから、あたり前のことじゃないか。

 

 鳳は何か気の利いたことでも言って元気づけなければならないと思ったが、すぐには何も思い浮かばなかった。沈黙が場を支配して、だんだん空気が重くなってくる。彼はそんな彼女の傷を手当しながら、ふと思い出していた。

 

 そう言えば、ギルド酒場のマスターにお願いされたことがあった。帝国軍にあの街が落とされそうになった時、田舎に帰るというマスターは、ルーシーを鳳とジャンヌに預けられないかと言っていた。出会ったばかりの人間に何を言ってるんだと思ったが、彼女は孤児で、あそこがなくなったら行き場が無かったのだ。

 

 ルーシーが今ここにいるのは、鳳がギルドを燃やしてしまったからだ。彼女は冗談めかして娼婦にでもなるから平気と言っていたが、そうならなかったのは、きっとミーティア辺りが可哀想に思って連れてきたのだろう。そんな大事なことを忘れて、自分は今まで何をやっていたんだ?

 

 鳳は、ここで掛ける言葉は気休めなんかじゃないと思った。

 

「訂正するよ。別に俺は率先して、出来ることをしてるわけじゃないんだ。寧ろ、出来ないことだらけだから、嫌々やってるに過ぎない。みんなが俺についてきてるように見えるのは、単に、俺が何も出来ないから、みんながフォローしてくれてるだけなんだよ」

 

 うつむいていたルーシーの顔が上がった。その表情が、そんなことは無いと言っているようだった。鳳はその言葉を制するように矢継ぎ早に続けた。

 

「そりゃ君からしたら、確かに俺は出来ることが沢山あるように思えるかも知れない。だけど、それは始めからそうだったわけじゃないんだ。自分がこれまで生きてこれたのは、単に仲間が優秀だったからだ。

 

 ジャンヌが居なければ俺はとっくに死んでいたし、そのジャンヌだってギヨームが居なければ、俺と二人で野垂れ死にしてただろう。レオの爺さんが色々道を指し示してくれたのは、メアリーを救うという縁があったからだ。そのメアリーが、いま俺たちのパーティーで重要な役目を負っている。

 

 そうやって、出来ないことをみんなでフォローしあっていたら、いつの間にかパーティーになっていたんだよ。俺が中心にいるように見えるのは、やっぱり俺が一番足手まといだからさ。俺は仲間に恵まれただけ、単に幸運だっただけなんだよ」

 

 ルーシーはその言葉に何か言おうとして口を開きかけたが、そのまま暫く逡巡した後、結局何も言わずに口を閉じた。本当は色々と言いたいのだが、うまく言葉が出てこないのだろう。だからだろうか、彼女は代わりに鳳の手を握ると、何故かその手のひらを指圧しながら、少し寂しげな表情でこういった。

 

「私にも、そういう仲間がいたら良かったのにな……」

「いるじゃないか」

 

 鳳は即答した。

 

「俺もジャンヌも、ギヨームも、メアリーも、爺さんも。みんな仲間だ。俺はともかくとして、あいつらは凄いよ。凄い仲間に囲まれてるんだから、安心して自分のやりたいことをやりゃいいよ。

 

 ぶっちゃけ俺だって、好き勝手やってただけなんだぜ? MPポーションキメたら気持ちよかったから、ジャンヌに日銭せびって遊んでたら、いつの間にかこんなことになってたんだ。君は凄いって言うけれど、実際こんなもんなんだ。今だって、大森林でバッタバッタと魔族を倒しているけれど、考えみりゃこれもただの都落ちじゃんか。

 

 だから君もそんな卑屈にならないで、自分のやりたいことをやってりゃいいよ。どうせ自分に出来ることなんて、限られてるんだから。結果はあとから付いてくる。そう思ってれば、何も難しくないでしょう」

 

 ルーシーは照れくさそうに鳳の手をニギニギと握っていた。そう言えば、出会った頃も似たようなことをしていたのを思い出す。あの時は、もしかして自分のことが好きなんじゃないかと思ってドキドキしたものだが……

 

 しかし……鳳はふと思った。そう言えば、どうしてマスターはルーシーを自分に託したんだろうか。はっきり言って、あの頃の鳳はそれほどギルドに貢献していたわけじゃない。なのに自分に託したのは、もしかして、ルーシーが鳳のことを好きだということを知っていたのでは?

 

 もしかするとルーシーは、事あるごとにマスターに、あの人格好いいわとか、素敵だわとか言ってたのかも知れないじゃないか。マスターはいつもそう聞かされていたから、あの時、鳳に彼女を託そうと思ったのだ。きっとそうに違いない。(決してジャンヌが最優秀な冒険者だからではなく)

 

 そう思うと目の前の女の子がとんでもなく魅力的に見えてきた。え? 嘘? こんな可愛い子が、俺のこと好きなの? 鳳は下半身が妙にむずむずしてきた。これはもう確かめるっきゃない。

 

 彼は未だに彼の手のひらをニギニギと指圧しているルーシーに向かって尋ねてみた。

 

「も、もしかして……ルーシーって、俺のこと……好きなの?」

「……え?」

 

 するとルーシーは、一瞬きょとんとした顔をしてから、その視線を鳳の手のひらと顔とに交互に往復させ、みるみるうちに顔が真っ赤に染まっていったと思ったら、パッとその手を放した勢いで、思いっきり腕を振りかぶると、

 

「ちっ、ちっ、違うってっ!」

 

 バッチーーーンッッッ!!! ……っと、鳳の背中に思いっきりモミジを押し付けた。

 

「いったっ! いたぁあぁっ!! いっったああぁぁぁーーーっ!!!!」

 

 背中がジンジンとして鳳が飛び上がる。

 

「もう! せっかくちょっと感動してたのに。鳳くんって、そう言うところが駄目だと思うなっ!」

 

 ルーシーはそう言い捨てると、ぷんすかしながらどっか行ってしまった。

 

「……アホなことやってないでさっさと帰ろうぜ」

 

 ギヨームがその背中を見失わないように、さっさと馬に乗って追いかけていった。

 

「つーか、見てたんならおまえもフォロー入れんかいっ!!」

 

 鳳は背中に手を伸ばしてのけぞりながら、涙目でギヨームに抗議したが、彼はいつものニヤニヤ笑いをしたまま、何も言わずに去っていった。鳳は、ちっと舌打ちをしたものの、まあ、良い落ちがついたと思って、諦めてその後に続くのだった。

 


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