ラストスタリオン   作:水月一人

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胡椒の木

 翌日。どうにかこうにか1戦闘分のMPまで回復した一行は、いよいよ南部の河川流域に入った。補給のために立ち寄った最後の村で聞いた限りでは、ここから先は集落もまばらで、一つ所にとどまらず遊牧的に移動し続ける部族しかいないそうである。

 

 理由は、大河を境にして南北で、獣人と魔族の棲息圏が重なるからで、常にこの流域では魔族との遭遇を想定して行動しなければならない。村なんか作っても、いつ襲撃されるかわからないから、この辺の部族は集落を作らず、あちこちに移動しながら暮らしているそうである。

 

 それじゃ問題の部族は絶対見つからないじゃないか……と焦ったのだが、胡椒を供給している部族はこの辺では有名で、大体どの部族もよく知っているそうだった。部族は商人たちと交易しているから羽振りがいい。羽振りがいいから他の部族との交流も盛んである。そんな感じでこの辺の経済はその問題の部族を中心に回っているため、みんな知っているわけである。

 

 そんなわけで、最後の補給で訪れた村人たちも、問題の部族のことは知っており、商人たちが困っているから探しに来たと告げると、大体の場所は知っているから行ってみると良いと送り出してくれた。

 

 あとはその部族が魔族に襲撃されて全滅してたりしなければいいのだが、もう何ヶ月も前から勇者領の商人たちが探しても見つからなかったくらいだから、期待は薄いのではないかと覚悟していたのであるが……意外なことにその部族はあっさり見つかった。

 

「人間さん。遠いとこからよく来たね。ゆっくりしてくといいよ」

 

 問題の部族は兎人の集団で、白や斑や茶色や黒の大きな耳をぴょこぴょこさせた小柄な兎人が、小さな竪穴式住居を作って暮らしていた。深く掘った穴の上に、枯れ枝や木の葉の屋根をかぶせた簡単な作りで、遠目からではそこが集落だとは中々気づかない。彼らはこうしてカモフラージュして暮らしているのだ。

 

 それにしても、獣人と魔族の激戦区と聞いていたので、てっきりガルガンチュアみたいな屈強な獣人がゴロゴロと出てくるのだと思ったら、意外にも戦闘能力が低い兎人の部族だったので驚いた。魔族と戦ってもどうせ勝てないから、逃げに特化した集団なのだろう。実際、話をしてみるとそんな感じだった。

 

「こんにちは、冒険者ギルドから来ました。商人たちに頼まれて、あなたがた部族の様子を見に来たんです。勇者領では胡椒の供給が滞っていて、仕入先であるあなたがたと連絡が取れないことで困っているんです。何か事情があって、連絡が取れないでいるんでしょうか?」

 

 すると応対に出てきた兎人はぽかんとした表情をしてから、その辺を歩いてる別の兎人を捕まえて、

 

「胡椒? おーい、人間さんが胡椒ない言ってるよ」「ほんとおー? 誰だっけ? 当番」「あー、ワンさんじゃなかったか。最近見ないね」「それなー」「ワンさん? こないだ死んじゃったよ」「えー? 死んだのー?」「死んだ死んだー」

 

 また別の兎人が通りすがりにそう呟いて去っていった。鳳はその言葉にぎょっとしてお悔やみを申し上げようとしたが、当の兎人たちは軽い調子で、

 

「そっかー。じゃあ仕方ないね。人間さん、そういうことだから」

「……え? あ、はい……えーっと、この度はどうもご愁傷さまで……」

「いいよいいよ。割とよくあることだから。胡椒欲しいなら分けてあげる。ついてきてー」

 

 兎人は鳳たちの返事も待たずに、何故か嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねていってしまった。同じ部族の仲間が死んだと言うのに、どうしてこんなに適当なんだろうと若干引きつつ、鳳たちはその後に従った。

 

 案内をしてくれた兎人の話によれば、どうやら商人たちと取引をする当番が、魔族に殺されてしまったらしい。胡椒の収穫のため村から離れた密生地に行く間に、運が悪いと見つかって殺されてしまうらしいのだ。

 

 その、胡椒が生えている土地は川の南側で、北側よりもずっと魔族が多い。そんな場所まで収穫に行けるのは、ひとえに彼らの耳が良いかららしい。彼らはその大きな耳で、近づいてくる魔族や猛獣の足音を聞き分け、スタコラサッサと逃げてしまう。

 

 それでも、たまに魔族に追いかけられたり、運悪く猛獣に待ち伏せされたりで、事故死する者は後をたたないらしい。何か対策を講じるか、もっと安全な場所で暮せばいいのにと言ったら、殺されてもまた産めば一緒じゃんと、ものすごく適当に言い返された。

 

 不思議な感じがするが、仲間が死んだと言うのに、彼らには悲壮感というものが全くなかった。常に死と隣り合わせだから、達観してしまっているのだろうか。自分たちが食物連鎖の中に入っているということを、彼らは当然のように受け止めていて、抗おうという気がないようだった。

 

 意外なことに、危険地帯であるはずの大河の土手は、逆に動植物の宝庫だった。あっちこっちで小動物が跳ね回り、木の実や山菜が豊富である。

 

 日が照りつける河原は背の高い雑草が生い茂って、隠れる場所が沢山あるうえ、川を挟んだ南北で、獣人と魔族がお互いに牽制しあっているから、逆に川のど真ん中のほうが見つかりにくいのかも知れない。

 

 草むらからうさ耳を出して周囲の音に耳を澄ませ、誰もいないのを確認してから川を渡って南岸へ渡る。渡った先の河原でもまた草むらに隠れて、慎重に辺りの様子を窺ってから、兎人はそろそろと土手を登り、少し行った先で止まった。

 

「これこれ」

 

 大きな木にしがみつくようにツルが伸び、そこから緑色のつぶつぶの実が沢山ぶら下がっていた。収穫後の乾燥した姿しか見たことがなかったが、生胡椒は綺麗な緑色の房をつけた植物だった。

 

 兎人はその房をポッキリと折って、鳳に差し出した。それを受け取った瞬間、ふっと頭の中で、彼の知らない胡椒の情報がよぎって行った。驚いて目をパチクリさせると、よく見れば木から生っている胡椒の実が薄っすらと発光して見える。

 

 どうやら、鳳のスキル“アルカロイド探知”が発動しているらしい。考えても見れば、胡椒の辛味もアルカロイドだ。そして彼が植物を手に取れば、自動的にスキル“博物図鑑(ライブラリー)”が発動する。たった今、胡椒の情報が頭をよぎったのは、多分そのせいだろう。

 

 ともあれ、鳳はたまたまスキルのお陰で、胡椒の木が割と簡単に増やせることを知った。成長するまで時間はかかるが、いつまでもこんな危険な場所に生えてるのを収穫にくるよりも、彼らの住む川の北側に植え直したほうがいいだろう。鳳はそう思い、

 

「兎さん。この胡椒の木だけど、川の向こう側に持ってっちゃいませんか?」

「えー? どういうことー?」

「どうやら挿し木をすれば、簡単に増やせそうなんですよ。胡椒の木をよく見て下さい。ここ……節の部分から付着根ってツルが伸びてて、こっちの大木にしがみついてるでしょう? まだツルが伸びてない節の部分を切り取って地面に植え直せば、そこから根が出て、また新しく胡椒の木が成長するはずなんです」

「うーん……」

 

 兎人は首をひねっている。どうも口だけでは、いまいち伝わらないようである。彼は雑嚢からナイフを取り出すと、さっき言ったように節の部分を切り取り葉っぱを一枚だけ残し、

 

「こんな感じに切り取ったのを、別の場所に植え直すんです」

「これが木になるの?」

「そうです」

「へえ、すっごーい……これってどこから持ってきたの?」

 

 鳳はずっこけそうになりながら、たった今やったことをもう一度やって見せ、

 

「こんな風に、節の部分を残して切り取るんです。良かったらやってみませんか」

「え? うん……どうやるの?」

 

 鳳は兎人にナイフを渡すと、胡椒の木の節の部分を指差し、ここを切るんですとレクチャーした。兎人は暫しぽかんとしていたが、とにかくここを切れば良いんだなといった感じに切り取って、言われたとおりに葉っぱを一枚残して挿し木を作った。

 

 やれば出来るじゃん……と思っていたら、彼は右手にナイフ、左手に挿し木を持って、どうして自分はこんなことしてるんだろう? と言わんばかりの表情で呆然としている。鳳はその姿を見て、もしかしてまだちゃんと伝わってないのかな? と思いつつ、

 

「それじゃ同じことをもう一度やってみましょう。今度はこっちの木を使って」

 

 と言って兎人を促したが、彼は木を見るだけでポカーンとしていた。やはりまだ伝わってなかったのかとがっかりしながら、それでも鳳は根気よくやり方を伝えようと頑張ったのだが……それから何度も何度もやってみたものの、ついに兎人が理解することは無かった。

 

 ものすごく物覚えが悪いのか、それとも単純に興味がないのかよくわからないが、いつまでもこんな危険な場所でグズグズしているわけにもいかず、鳳たちはそれから暫くしてまた川の北側へと戻った。

 

 兎人に教えるために、思いのほか沢山の挿し木を作ってしまった。仕方ないのでこれらを全部、北側の目立つ場所に植え直した。意外にも直射日光に弱いそうだから、出来るだけ木陰になるところ探して穴を掘り木を植えていると、兎人がどうしてそんなことをしているの? といった目つきでこっちを見ていた。

 

 なんでも何もついさっき口を酸っぱくして説明したはずなのに……話を聞いてなかったのか、それとも、本当に忘れてしまったのか……? なんだかその目が、ガラス細工でも見ているような違和感を感じる。なんなんだろう、この妙な噛み合わなさは……

 

 その後、部族の隠れ家に帰る途中、兎人が自慢の耳で大きな獲物を発見した。するとまだ数百メートルはありそうなその距離を物ともせずに、ギヨームが一撃でそれを仕留めてしまった。ピストルでこの距離は曲芸の域に達しているが、射線さえ通っていれば、彼はもはや絶対に外すことは無いらしい。このところメアリーにばかり美味しいところを持っていかれていたが、ベテラン冒険者の面目躍如である。

 

 兎人はでっかい獲物を仕留めたことでたいそう喜んでいた。兎というと草食動物のイメージが強いが、彼らは半分は人間であるため雑食で、肉でも何でも食べるらしい。兎だって食べてしまうそうだ。しかし、やはり半分兎だから、狩りが下手くそで肉は滅多に食べられない。

 

 そんなわけで獲物を隠れ家に持ち帰ったら、部族全員がぴょんぴょん飛び跳ねて大喜びしていた。

 

 獲物を切り分け、全員に配ると、一人ひとりが嬉しそうにお礼を言ってから家に持ち帰っていた。狼人みたいに生肉を食べるのかなと思いきや、意外にも彼らは器用に火をおこして肉を焼いている。熱した石の上に獣脂を塗り、その上に胡椒をまぶした肉を置いて焼き肉にするのだ。その手並みを見ていると、普段から彼らが料理している姿が窺えた。

 

 胡椒は言うまでもなく、大航海時代の貴重な香辛料だ。原産地のインドでしか育たず、また製法が秘匿されていたから、手に入れるにはアラビアの商人を通じるしか無く、欧州にたどり着く頃には付加価値が乗せられて非常に高価になってしまっていた。

 

 ヨーロッパの冬は寒く厳しく、全ての家畜が冬を越すことが出来ないから、彼らは冬が来る前に家畜を潰した。そうして否応なく屠畜された肉は、そのままだと腐ってしまうから、燻製にしたり干し肉にしたりしたわけだが、それでも春を迎える頃には、ほとんどの肉は食べられなくなってしまう。ところが、この腐敗した肉に胡椒をかけて焼けば、嘘みたいに臭みが取れて食べられるようになったから、彼らにとって胡椒は魔法の粉だったわけである。

 

 兎人たちにとってもそれは同じことで、彼らは弱いから肉を手に入れることが滅多にない。自分たちでも狩れる小動物を狩るか、他の部族と物々交換で手に入れるくらいしか機会がないため、せっかく手に入れた肉を長く楽しみたいわけだ。そこで活躍するのが胡椒というわけである。

 

 確か、蜥蜴人のゲッコーの話では、胡椒を発見したのは勇者のはずだった。とすると、300年前、勇者もここに来たのかも知れない。

 

 その時、彼は兎人と出会って胡椒のことを教えてもらったのか。それとも、兎人達に胡椒の使い方を教えてあげたのか……彼の仲間だったレオナルドなら知っているかも知れない。あとで聞いてみようと思いつつ、彼は塩コショウで味付けされた肉を美味しそうに頬張った。

 


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