およそ700万年前。アフリカ東部に二足歩行の人類の祖先、サヘラントロプス・チャデンシスが出現した。
この人類の祖先の発見当初は、この頃に起きた地殻変動によって東アフリカに閉じ込められた人類が、否応なく草原に出ていかざるを得なくなり、急激に脳を発達させ、現生人類のように道具を使い始めたというシナリオが信じられていたが……後にアフリカ南部でも同じ化石が次々と発見されたことで、その仮説は否定されることとなる。
現在では、元々森で暮らしていた人類の祖先は、乾燥化が進むアフリカの大森林での生存競争に敗れて、外縁部に押しやられたのが実態と思われている。木登りがあまり得意で無かった人類の祖先が、森では他の動物に食料を奪われてしまうから、仕方なく森の外縁部の疎林へとやってきたのだ。
森の外に広がる草原には獰猛な肉食獣が闊歩していて、それらに人類の祖先は到底敵わなかった。だから普段は木の上で生活し、猛獣が居なくなったのを見計らって草原へ下りていき、猛獣が食べ残した屍肉を漁って、また夜には木の上に戻って眠っていたらしい。二足歩行が発達したのは、こういう生活をしていく上で、親が子供に餌を持ち帰るためだったと考えられている。
約440万年前。最古の人類と呼ばれたアウストラロピテクスが誕生する。相変わらず森林の外縁部で暮らしていた人類であったが、この頃になると地上で生活するほうが優勢になってきたようである。タンザニアのラエトリで発見された足跡の化石では、27メートルに渡って大人と子供が並んで歩いている痕跡が見つかった。これはつまり、人類はこの頃になると、樹上に隠れ住むのではなく、群れで行動するようになっていたということだ。
しかし群れで行動するからと言って、個々の人間が強くなったわけではない。相変わらず猛獣に襲われたらひとたまりも無かっただろう。人間たちはそれでも地上で行動できたのは、誰かが犠牲になって食べられてる間に、他の個体が逃げることが出来たからだ。そして減ったからには増やせばいいとばかりに、人間はこの頃、他の類人猿よりもずっと多産の傾向を持つようになる。
人間は発情期がなく、適齢期にはほぼ毎年のように子供を産み続けることが出来る。多産で知られるマリアテレジアは16人の子供を産んだそうだし、明治時代以前の日本でも、10人兄弟などという家族はざらだった。
こうして人類は数を増やすことで、他種族による捕食を耐え忍んでいたわけであるが……
転機が訪れたのはおよそ250万年前。この頃ホモ属が誕生したと言われている。ホモ属が画期的だったのは、石器を使うようになったことである。実際には、最初に石器を使い始めたのは、アウストラロピテクス・ガルヒのようだが、この頃に生きていた何者かが石器を使い始めると、それはまたたく間に人類全体に広まっていったらしい。
前人類アウストラロピテクスと、現生人類ホモ属との違いは、特に脳の大きさだ。人類は、石器を使うようになって、急速に脳が肥大化していった。そして頑丈だが頭が悪い旧人類は淘汰され、華奢だが知恵が回る新人類が生き残っていった。
人間が使い始めた最初の石器は、打製石器と呼ばれる非常にシンプルなものだった。作り方は簡単で、適当に拾ってきた石を他の石とぶつけると半分に割れるが、その半分に割れた石がそれである。
半分に割れた石は、割れた面のエッジの部分が尖っている。それを例えば動物の死骸の関節部分に当てて、グッと体重を使って押し込めば、骨を断つことが可能である。最初の石器、打製石器とは正にこの半分に割った石のことであり、オルドワン石器の別名でも呼ばれている。
この頃の人類は、石器を使うことによって動物の骨を割り、その中身を啜ることによって食糧事情が急激に改善していった。硬い骨はハイエナのようなサバンナの掃除屋でも、食べることが出来ずにそのまま放置されていた。人間は石器を手にすることによって、それを誰も居なくなった後、安全に手に入れることが出来るようになったわけである。
こうして食糧事情が改善した人類は暇を持て余し、石器を改良し始めた。石を幾つかに割った破片を研磨したり、より鋭く尖らせた磨製石器(アシュール石器)を作り出したのである。はじめ人間ギャートルズの主人公家族が持っているような、涙滴形に加工した石を、木や骨の柄で挟んだハンドアックスなどがそれに当たる。
ここまでくれば武器と呼んで良いくらいで、実際に人類は、徒党を組んで大型の肉食獣を狩るようになっていった。そして火を発見し、定住して農業を始め、銅器や青銅器、鉄器で武器や農耕具を作ったり……ついには蒸気機関や電気を使い始め、現代ではコンピュータのような思考補助機械まで作り出すようになったのである。
だいぶ端折ったが、こうして進化してきた人類と、チンパンジーやゴリラのような類人猿との違いは何なのだろうか。
2000年代。人類はコンピュータを更に進化させて、片手で持ち運べるスマートホンを作り出した。直感的な操作で使いやすいそれは、チンパンジーやオランウータンにも操作が可能だ。スマホの中に、餌がもらえるアプリがあれば、彼らはそのうちそのアプリの使い方を覚えてしまう。
現実に、スマホを操作するサルの映像は広く公開され、まるで人間のようにスマホを操る猿の姿を見せられた人々からは、いつか猿の惑星のように、人間は彼らに取って代わられるんじゃないかと危機感を覚える声が続出した。
しかしそれは絶対にありえないのだ。
何故なら、類人猿は道具が作れないからである。
最初の石器、オルドワン石器は要は半分に割れた石ころだ。こんなのは石を拾って他の石にぶつければ良いだけなのに、たったこれだけのことを、いくら教えても類人猿は覚えられない。
野生の類人猿だって、木の枝を使って木の穴をほじくり返したり、石を使ってナッツの殻を割ったり、道具を使うことがあると言うのに……ところが、その石を半分に割って使うという発想が、類人猿にはどうしても出来ないのだ。
「15世紀末のことじゃ。コロンブスが新大陸を発見し、経済の中心地が地中海から大西洋へと移り変わる。相次ぐ聖職者による反乱と、北方ではルターによる教会の大批判が行われ……ルネッサンスが終わろうとしていた頃じゃった。
フィレンツェの市庁舎であったヴェッキオ宮殿には、巨大な大理石が転がっておった。大芸術家ドナテッロによる12体の大理石像を作る計画が頓挫し、その後を受け継いだ弟子が契約を放棄したために、25年以上も吹きさらしのまま放置されたものじゃった。
その間、フィレンツェはメディチ家による支配、サヴォナローラによる神権政治、ソデリーニによる共和制と、続く政変によって大いに混乱しておった。そんな折、市民による共和制を掲げたフィレンツェ市は、メディチ家支配への決別と、周囲を取り囲むロマーニャ公の圧力に抗するため、市民を奮い立たせるつもりで古の英雄ダビデ像の制作を依頼することにした。
当時、世話になっていたミラノ公国がフランスに攻められ、仕方なくフィレンツェに帰郷しておった儂は、ソデリーニ政権に請われて市政に参加しておった。そしてダビデ像の制作を打診されたのじゃが……市庁舎に25年も放置されとった大理石は傷だらけで、おまけに前任者の下絵まで書かれており、状態が悪すぎるからと言って断ったんじゃ。
ところが、その儂が断った仕事をミケランジェロの若造が請け負ったのじゃ。小僧は儂に言いおった。あの傷だらけの大理石を一目見た瞬間、その中にダビデ像が埋まっている姿が見えたのだと……そして出来上がった像の出来栄えたるや、今思い返しても腸が煮えくり返る思いじゃわい。
まあ、あの憎たらしい若造のことは置いておいてじゃな……彫刻家という人種は、そもそも材料を削って形を整えるという発想を持っておらん。その中に彫刻が埋まっているから、それを掘り出していると言うわけじゃ。画家も建築家も音楽家も、こと美術を志す職業者は、みな同じじゃ。まず完成図を想像して、それを材料の中に投影する。
この、完成をイメージするという創造性が、どうやら人間固有の能力のようなのじゃよ……」
石を半分に割ったら、そこに二つの尖った石が生まれる。大理石の中にはダビデ像が埋まっている。他の動物には決してそれが想像出来ない。人間はいつ、どうやって、頭の中に完成をイメージするという機能を手に入れたのだろうか……?
20万年前、東アフリカに現生人類ホモ・サピエンスが誕生する。この時代はまだ、前人類ネアンデルタール人やデニソワ人、北京原人ことホモ・エレクトゥスが存在しており、現生人類はその勢力に太刀打ち出来ず、東アフリカの狭い範囲でほそぼそと暮らしていたらしい。
北京原人の名前が示す通り、このころホモ・エレクトゥスがユーラシア全体に進出しており、ホモ・サピエンスは少数派だったのだ。
それが爆発的に増えていったのは、最初のホモ・サピエンスが誕生してから10万年後……今から10万年くらい前に、人類は突然東アフリカからコーカサス地方へ出て、そこから世界中にまたたく間に広がっていった。
西は地中海北部ヨーロッパ、南はインドからインドネシア、ポリネシアへ。東は中央アジアからシベリアを通り、ついに南北アメリカ大陸にまで進出する。そして、ホモ・サピエンスが勢力を増していくに従って、それまで優勢だった前人類が徐々に姿を消していき、ついに絶滅するのである。
10万年前、ホモ・サピエンスに何が起きたのだろうか?
何しろ頭の中の出来事だから、証拠は何処にも残されていないのだが、大方の意見は一致している。この時期、人間は神を発見したのだ。
人類が爆発的に数を増やすには、農耕と定住が必要だった。食料を狩猟と採集だけに頼っていると、それを取り尽くさないように移動し続けなければならない。農耕を始めて毎年一定量の収穫が見込めれば、飢える可能性は低くなる。その代わりに、作物の面倒を見なければならないから、今度は移動が出来なくなり、人間は定住するようになる。
農耕を始めて移動をしなくなった人類がどんな生活をするようになったか、想像するのは容易いだろう。獲物を探して森を歩くことは少なくなり、代わりに天気を気にするようになる。
きっと彼らは星空を見上げて、そこに神を見つけたはずだ。あたかも、ミケランジェロがダビデ像を発掘したように、星々を結んで神を作り出したのだ。稲妻が光れば神が怒り、雨が降れば神が泣き、雪が降れば神がフケを落としたと考えた。
そして神のもとに一致団結した人々は、より大きな集団になっていった。同じ神を信じるもの同士で協力しあい、畑の作付面積はどんどん大きくなっていく。逆に、違う神を信じている相手なら、飢饉の時に襲っても胸が傷まなかった。
こうして人類は神のもとに一つになっていった。今では全人類70億の半数以上が、同じ神を信じている。
「人類は神を創造することによって、国家を形成し、一人では決して成し得ない事業をどんどん行うことが出来るようになった。人が集まるところに都市が生まれ、経済が発展し、科学が生まれた。その科学の力で人類はついに月へたどり着くまでの能力を得たのじゃ。
それと同じことを、儂はこの世界で神と錬金術の力で行っておる。この世界には神が実在し、全ての人類がその恩恵を受けておる……人間が持つ想像力、言い換えれば未来実現能力……
10万年前、人間の想像力が神を生み出した瞬間、人類は宇宙へ飛び出す約束を得た。旧約聖書に書かれたエクソダスとは、人間がこの創造する力を得たことを意味しているのかも知れぬ。儂らはこの力を得たことで、望みさえすればどこへでも行けるようになった。
しかし、そう考えると解せぬことがある。それは、人間の想像力が神を作り出したのか。それとも、神が人間にこの想像力を与えたのか……
人間が他に類を見ない創造性を発揮するようになったのは、ダーウィンの言う偶然の産物だったのか、それとも、神による