「勇者様の活躍により、魔王は倒されました。それで一件落着といけば良かったのですが、話はまだ終わっていなかったのです。
魔王ジャバウォックとの戦いが終わると、五精霊は眠りに就くと言って、またどこかへ消えてしまいました。代わりに帝国民たちは勇者様を、五精霊に匹敵する英雄と祭り上げて、新たな帝国の象徴として迎え入れます。
尤も、それは疲弊しきった帝国が復興を果たすまでの時間稼ぎ……魔族の侵入を阻むための防波堤のようなものでした。彼らは勇者様に領地は与えず、切り取り自由と言って、ワラキアの大森林を開拓するように命じ、そこにいた魔族の残党を狩るように仕向けたのです。
本来ならば神聖皇帝の冠を外してでも、どこかの王として迎えねばならないはずの勇者様にそのような仕打ち……少しくらい怒ってもいいはずなのですが、ところが当の本人はまるで気にした素振りも見せず、淡々と残党狩りを行ったそうです。
更に、魔族の残党を追い払い、そこにあった
こうして行われた干拓事業には、彼に恩義を感じていた人々が駆けつけ、あっという間に西の海は埋め立てられました。そして出来た
人種を差別しない自由な街は人の往来が盛んで、特に商業で栄えます。そしておそらく、勇者様は始めからこれを意識して西に領地を求めたのでしょう。古来より、帝国の遙か東方の海に存在すると言われた、幻の大陸ローレンシアへの西側航路を発見し、新大陸に新たに都市を築いたのです。
まるで復興が進まない帝国領内とは裏腹に、勇者領は低地国、新大陸、そしてトライブとの三角貿易によって大いに繁栄し、これによって世界経済の中心は、帝国首都アヤ・ソフィアから、大陸西部へと移っていったのです」
つまり、領地を与えてもらえなかった勇者は、これみよがしに大森林の住人を助けて恩を売り、その労働力を使って西で干拓事業を始め、更にはコロンブスさながら大西洋(?)を渡り、魔王災害のせいで滞っていた経済を回し、復興で疲弊していたこの世界をまた救ったというわけである。
鳳は勇者の人心掌握術に舌を巻いた。300年前に現れたと言われる勇者は、かなりのやり手のようである。
「ですが、そのような活躍を見せる勇者様のことを快く思わない者がいました。言うまでもなく、神聖帝国の貴族たちです。
お気づきでしょうが神人である貴族は、人間である勇者様を心からは信用してはおらず、いつか自分達の座を奪うのではないかと警戒しておりました。神人は生まれついての身体能力ゆえに優越感を持っており、人間や魔族を見下しています。ところが、勇者様は人間の身でありながら、神人はおろか、彼らが神と崇めている精霊をも上回る能力を持っていた……優秀であるはずの自分達はとても勇者様に敵わない。そんな脛に傷を持つ者特有の悪感情が、勇者様への不信感となって現れたのです。
更に間の悪いことに、帝国内の人間の殆どが、魔王を倒し人類を救った勇者様を支持し、それに比べて神人は役に立たなかったと、大っぴらに帝国を批判していました。帝国貴族からしてみれば、人間が神人を批判するなど絶対にあり得ないことです。ところが勇者様の存在がそれを可能にした。そんな風に人心を掌握し、経済力をも得た勇者様に、貴族達の恐怖心は日に日に募っていったのです。
そこで、帝国貴族達は一計を案じました。ある日、彼らはこれまでの功績を表彰するからと言って、勇者様を帝国首都に呼び寄せました。まさか自分が救った帝国に危害を加えられるなどとは夢にも思わず、勇者様は無警戒で帝国にやってきます。
そして、そんなお人好しともいえる勇者様のことを、帝国貴族たちは暗殺してしまったのです」
「暗殺!? ちょ、ちょっとまってよ……だって、勇者ってのは神にも匹敵する力を持っていたんでしょう?」
「はい。ですが、何べんも申しあげました通り、勇者様は強大な能力を持ちつつも、その身は人間でしかなかったのですよ。致命傷を負ったり、致死量の毒を盛られたりすれば、やはり普通の人間のように簡単に死んでしまいます。
一説によると、勇者様は宴会の席で酩酊するまで酒を飲まされ、女を充てがわれて気分が良くなったところ、寝込みを襲われて亡くなられたとか」
張飛かよ。なんというか、ものすごく生々しい……無警戒だったならそりゃ死ぬわ、と言った感じである。
「やり方は最低とは言え、こうして祖国を救ったはずの勇者様を亡き者にした帝国は、束の間の平和を享受します。勇者様を信奉していた人間たちからは、もちろん怨嗟の声が上がりましたが、彼無き今、大っぴらにそれを口に出来る者はおりませんでした。もしすれば、報復されることが目に見えていたからです。
やがて復興も進み、荒れ果てていた帝国内にも平穏が戻ってくると、神人と人間の力関係は魔王登場以前にまで還ってしまいました。元々、この国は神人が人間を支配する国。勇者領はともかくとして、帝国領内でもはや勇者様の名を口にする者はいなくなっておりました。
ところが、それから数年して新たな問題が起こります。実は、殺された勇者様には沢山の奥様が居らしたのですが……彼が亡き後、生まれてきたその子供たちの悉くが、神人だったのです」
なんとなく違和感を感じた白が老人に尋ねる。
「……あれ? でも勇者は人間だったんでしょう? 相手が神人だったんですか?」
神人たちは勇者を警戒していたはずだが、中には彼と付き合おうとする変わり種も居ただろう。例えば勇者はエルフマニアかなにかで、そういったハグレモノをありがたく食っていたとか……
ゲスな考えも思い浮かぶが、実際の話しはもっと複雑怪奇であった。
「いいえ、そうではないのです。その中に神人が混じっていたのは確かですが、人種は関係ありませんでした。勇者様の子は、相手が誰であろうとも、全てが神人として生まれてきたのです。このような存在は、帝国の歴史上でも五精霊しか存在しません」
確か、神人というのは、精霊が創り出した存在だった。生まれてくる子供が全て神人である勇者は、つまり精霊と同格なわけだ。
「ところで、話は変わりますが、非死である神人は繁殖力が弱く、例え神人同士であっても殆ど子供が作れません。なかなか妊娠出来ないのです。それに、彼らは何千年でも生きられますから、人間とは違って、あまり自分の子孫を残そうという気にはなれないそうなのです。
おまけに、頑張って子供が出来たとしても、生まれてくる子供が神人であるとは限らず、多くの場合は人間として生まれてきます。そして彼らの性質上、人間を生んでしまった神人は半端者として差別されます。つまりまあ、子供を作りたがらないのです。
そんなわけで、勇者様が現れるまで、帝国で生まれた神人は数えるほどしかおりませんでした。勇者様の子供たちは、まさに数十年ぶりの神人の誕生だったのです。
この事実に、帝国は揺れました。
自分達のつまらぬ嫉妬のために殺してしまった勇者様は、精霊と同格の存在だった。彼が生きていたら、帝国はさらなる発展が約束されていたはずです。自分達の行いを後悔した帝国貴族達は、慌てて勇者様の名誉を回復し、暗殺を無かったことにしようとします。
しかしこのような歴史修正主義は、神人にも受け入れられませんでした。何より、勇者様の子供たちの恨みが、それで晴らされるわけがありません。彼らからしてみれば、父を殺した帝国貴族たちは、絶対に罰すべき悪なのです。
こうして帝国は二分されます。昔ながらの神聖皇帝の権威にひれ伏す守旧派と、勇者様こそ帝国を統べる正当な後継者であると、皇帝の退位を求める
勇者を亡き者にした帝国に不満を訴える動きなら、彼が殺された直後にもあった。しかし、その時、主体となっていたのは人間であり、それが人間vs神人という構図に置き換えられてしまって上手くいかなかった。
ところが今度は少数とは言え、神人が帝国を糾弾しているのであり、その動きは皇帝であっても容易には潰すことが出来なかった。こうして帝国は派閥によって二分され、争いの火種が燻り始める。
「一部の神人が味方したとは言え、初期の勇者派は守旧派と比べ圧倒的に少数であり、衝突が起きるようなことはありませんでした。事態が急変したのは勇者様の孫の世代が生まれた頃のことです。
生まれてきた子供の全てが神人であった勇者様とは違い、孫世代は全てがとは行きませんでした。それでも他の神人とは比べ物にはならないほど、勇者様の孫の世代にも神人は多く生まれてきたのです。そしてその人数がある程度に達した時、どうすれば神人が生まれてくるのか、その法則性が判明したのです。
どうやら、勇者様の子供たちは、配偶者の種を子に伝えるという遺伝子を持っていたようなのです。つまり、配偶者が神人であれば神人が生まれ、人間であれば人間が生まれる。そういう傾向があったのです。これには多くの神人が心を動かされました。
元々、子孫を残すということに積極的でない神人であっても、生まれてくる子が確実に神人であるなら興味が湧きます。特に貴族は家督を継がせるという目的がありますから、なおさら勇者様の血が欲しくなるでしょう。
その結果、どっちつかずで守旧派についていた神人の多くが勇者派に鞍替えし、新旧のパワーバランスが崩れました。元々、人間の殆どは勇者派だったので、人口比だけで言えば、この時もう帝国内の勢力図は逆転していたのです。
数の力を借りて、勇者派はいよいよ守旧派に対する不満をぶちまけます。皇帝の退位を求め、勇者暗殺に関与したと噂される多くの貴族を糾弾し、その勢いは留まるところを知りません。
こうなってしまうと守旧派も黙っていることが出来ず、首都を中心に勇者派に対する弾圧が始まり、そしてついに両陣営による武力衝突が起こりました。
初めは守旧派が優勢でした。数が多いとは言え、勇者派は人間が主体ですから、神人にかかれば物の数にもなりません。しかし守旧派にも弱点がありました。彼らは人間を使役することで国家を運営していたので、その人間を排除してしまったら生活が成り立たなくなってしまうのです。
やがて攻守は逆転し、守旧派は守勢に回ります。守旧派は領内の勇者派を黙らせたいが、暴力を用いれば自分達の首を締めかねない。悔しくても手が出せない。その怒りの矛先は、存在だけで人間を煽ってしまう、勇者様の子孫へと向かいます。勇者派は逆に、帝国領内の人間を押さえつけている帝国貴族への憎悪を募らせ、戦いはいつしか人間たちから離れ、神人同士の対決へと変わっていきました。
戦争は断続的に、百年以上続きました。有史以来、初めて行われた神人同士の戦争は、そのやめ時が誰にも分からなかったのです。一人ひとりが強大な魔力を持ち、数千年を生きる神人はちょっとやそっとでは死にません。そのせいでか、勝敗が決するたびに止まるどころか、寧ろ恨みが増大するという悪循環に陥り、戦闘は常に凄惨を極め、どちらかが再起不能になるまで続けられました。
休戦の話し合いは何度も行われました。しかし、一度も成功したことはありませんでした。何故なら、勇者様の子供たちがいる限り、勇者派は戦力の供給が出来るのに対し、守旧派は確実に勢力を削がれていくからです。
休戦したら最後、帝国は勇者様の子孫に乗っ取られる。彼らは子供たちを目の敵にし、何が何でも殺そうと躍起になります。かつて、魔王が現れた時、人類の危機を救った勇者様の命を奪っただけに留まらず、その子孫まで根絶やしにしようとする帝国に対し、勇者派の憎悪はもはや決して許すことが出来ないまでに増大します。
こうして、お互いに引くに引けない戦いがいつまでもいつまでも続けられ、不老長寿であるはずの神人たちは次々と命を落としていきました。やがて、守旧派の目論見通り、勇者様の子孫が根絶やしにされると、その恨みつらみを爆発させた勇者派によって、ついに帝国首都は陥落、その攻防の際に皇帝は命を落とし、代替わりします。
元を質せば、勇者派の目的は皇帝の退位のはずでしたが、このときにはもう、争いをやめようとする者は居なくなってしまっておりました。誰も彼もが戦争をやめたいと、心底そう願っているのに、相手が憎くてやめることが出来なかったのです。
戦争はその後も散発的に長いこと続けられ……ようやく終わりを迎えた時には、かつて10万人以上いた神人は、数千までその数を減らしておりました。両陣営が戦争をやめた理由は要するに、兵力がなくなって戦線を維持することが出来なくなったからです。
勇者様暗殺より始まった骨肉の争いは、こうして幕を閉じたのです」
老人が歴史の講釈を終えた時、鳳たちは誰ひとりとして、口を開くものはいなかった。感想を述べようにも、どんな言葉も出てこない。戦争なんてものは、どれもこれもクソみたいな結末を迎えるものだが、これは度が過ぎている。
まさか勇者の登場によって救われた世界が、その戦後処理によって結局滅亡の危機に瀕しているとは……その始まりがただの嫉妬だと考えると、救われた者なんて、結局は誰ひとりとして居なかったのではないか。
それにしても、人間は生命の危険さえなければどこまでも寛容になれるのかと思いきや、ずっと生き続けるが故に相手を絶対に許せなくなってしまうとは、なんとも皮肉な話である。思い返せば元の世界でも、若者よりも年寄りの方がよほど強情だった。ずっと同じやり方で生きてきたせいで、簡単には生き方を変えられないのだ。
一方、神人が終わりのない泥沼の殺し合いを続けている間、人間たちはその勢力を伸ばし続けていたようだ。鳳は、何故人間のアイザックが神人を従えているのだろうか? と疑問に思ったわけだが……要は長引く戦争のせいで、疲弊しきった神人と人間の立場が逆転してしまったのだろう。元々、貴族はみんな神人だったわけだが、後を継ぐ者がいなければ、いずれ全ての貴族が人間になる。単純な話だ。
しかし……彼はふと思った。
それじゃ、自分達は何故呼び出されたのだろうか? この世界に魔王は存在せず、戦争も終わっていて、チート能力を与えられた勇者を召喚したところで、戦う相手がいないではないか。内政チートを期待されても、正直なところ、鳳たちにそんな技術力はない。何しろ、あっちの世界では、日がな一日ゲームばかりしていたのだ。オンラインゲームのランカーなんだから、当たり前だろう。
それなのに、なんで自分達は呼び出されたのだ?
その疑問は鳳だけではなく、仲間たちも同様に思っていたようだ。歴史講釈が終わるやいなや、彼らは眉間に皺を寄せて、難しい顔をしながらチラチラと仲間の様子を窺っていた。おまえ、なんとか言えよというプレッシャーがチクチクと突き刺さるが、そんなこと言われてもどんな感想も思い浮かばない。
だが、そんな心配はする必要がなかった。彼らがこの世界に召喚された理由……それは間もなく城主アイザックによってもたらされたのである。
「さて勇者諸君、長話に突き合わせて本当にすまなかった。見たところ大分疲れている様子だが、いま暫く辛抱して欲しい。それでは本題に入ろう。今までの説明で、この世界の神人が絶滅の危機に瀕していることは君たちにも理解できたと思う」
鳳たちはお互いに目配せをしあってから頷いた。それと自分達と何か関係があるとは全く思わなかった。しかし、アイザックは満足そうに頷くと、
「君たちが呼び出された理由は、それだ」
「どういうことですか……?」
「今、この世界で神人は絶滅しかけている。新しい子供が生まれてこなければ、そうなってしまうのも時間の問題だろう。しかし神人は繁殖能力が弱く、いくら彼らが不老非死でも、これから劇的に神人が増えることはないだろう。だが、もしそれ以外の方法で神人を増やすことが出来たら?」
その意味を瞬時に理解したらしき男たちが瞠目する。
「かつて、魔王討伐のために召喚された勇者の子供は全てが神人だった。ならば、同じ方法で呼び出された君たちの子供もまた、神人となる可能性が高いのではないか。そして君たちの子供がまた神人と子供を作れば、その子がまた神人となるかも知れないのだ。
つまり君たちはこの世界で絶滅しかけている神人の繁殖のために呼び出されたのだ。種馬扱いされて不服かも知れない。だが、男ならば寧ろ役得と思わないだろうか?
そう、我々の願いはこうだ。
君たちにはこの世界の女をジャンジャン抱いて、バリバリ子供を作ってもらいたい。君たちはそのために呼び出されたのだ!」