ラストスタリオン   作:水月一人

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それはさておき、共有経験値である

 ハチが追放されて一夜が明けた。ガルガンチュアの集落は平常通り、誰も彼が居なくなったことを気に掛けてる様子は窺えなかった。冷たいようだが、獣人……特に狼人は仲間意識が強いためか、だからこそ掟破りには容赦ないのだろう。鳳はこの集落に来てから、族長であるガルガンチュアがあんなに怒っている姿を見たのは初めてだった。

 

 それにしてもハチは何故、族長の女に手を出そうなんて無謀なことをしてしまったのだろうか。

 

 事件の翌朝、現場を調べていたガルガンチュアが言うには、家の食べ物がなくなっていたそうである。多分、ハチは空腹から食べ物を盗みに来て、首尾よく腹を満たした後、そこに女がいることに気づき、ついムラムラとして襲ってしまったのではないか……

 

 食欲の次は性欲とは、正に獣そのものの短絡的な思考であるが、動物はその欲求に抗えないのだ。

 

 ハチは成人と認められ、日々生きる糧を自分で得なくてはならなくなった。本当はそんな能力は無かったのに、その有り余るプライドのせいで引っ込みがつかず、誰かに頼ることが出来ずに、いつも腹を空かせていた。それに気づいていたマニは、彼に食料を与えようとして、かえってハチのことを傷つけてしまった。

 

 ハチのアイデンティティは誰かを見下すことで成り立っている。彼にとってマニは見下される対象でなくてはならないのだ。そのマニが、自分には取れない獲物を取ってきて、あまつさえ、それを施そうとするだなんて、到底許されることじゃなかった。

 

 ところが、そうやってマニを拒絶するハチを見て、周りの大人達は寧ろその闘争心を買ってしまった。実際のところ、ハチがまだまだ狩りが下手なことはみんな知っていた。だからそのうち音を上げるだろうと思っていたのではなかろうか。ところが、そんなハチがプライドを見せて、自分ひとりでやると宣言したのだ。狼人にとって誇りは命よりも代えがたいものである。ならば、もう少し様子を見てみようと思うのは仕方ないことだったかも知れない。

 

 だが、それでハチの狩りが上手になるわけもなく、彼の空腹が満たされることもなかった。ハチだって全く狩りが出来ないわけじゃなく、たまになら小動物を狩ることも出来ただろう。だが毎日ではない。それで食いつないでいたとしても、いずれ限界が来る。そしてついに、その限界が訪れた時、彼はふらふらと族長の家に忍び込んでしまったのだろう。

 

 そうして空腹を満たした後、彼は思ったはずだ。自分がこんなに苦労しているのは大人になったからなのだ。大人になったのだから、じゃあ女を抱いたっていいじゃないか。生意気なマニは、自分よりも上手に獲物を狩ることが出来る。だが、女を抱くのは自分の方が先だ。先に大人になった自分なのだ……

 

 本当は、まだまだ子供だった彼の成人を早めたのは、間違いなく鳳との決闘が切っ掛けだろう。彼はあの日、大きな鹿を狩って帰ってきたことで、成人を認められることとなったわけだが、あの鹿を狩ったのは実は彼じゃなかったことは、マニが罠を張っていたことで、鳳も薄々気づいていた。

 

 マニはハチが追放されたあの日以来、森でよく見かけるようになった。もしかすると、怪我を負ったハチがどこかで野垂れ死んでいないか気になっているのかも知れない。最近、森で見かける彼は、罠を仕掛けている姿を隠さなくなった。大人たちは罠を張る彼の狩猟法を、卑怯だなんだと揶揄していたが、彼はそんな言葉は意に介さずに、黙々と獲物を取っていた。

 

 知らなかったのだが、彼は少し前から自分の食事は自分で用意するようになっていて、大人たちの手を煩わせなくなっていたようだ。ある日、長老がいそいそと出掛けていく姿が見えたので、どうしたんだろうかとついていくと、彼はマニのところへ行って、いつぞやの鳳にしたように、彼の成人を認めていた。

 

 マニは誰に知られることもなく、一人で大人になったのだ。それは友達が居たからか、それとも友達が居なくなったからなのか。

 

 鳳はそんなマニを、ある日、釣りに誘ってみた。罠猟だけではなく、釣りも出来ればきっと生活の足しになるだろう。マニは鳳のことを少し苦手にしているのか、最初はちょっとだけ難色を示したが、すぐに新しいことを覚えられる利益が勝ち、彼の誘いに応じて一緒に川までやってきた。

 

 鳳は釣り糸の作り方、釣り針の加工法、仕掛けばりの作り方、鉛を叩いてスプーンを作る方法、そして実際の釣りのコツを教えてやった。マニは教えられたことをすぐにマスターし、自分用の釣具一式を自分で用意出来るようになった。

 

 ペンチやニッパーを使い、器用に釣り針を整形する彼を見ていると、そこに人間との違いは感じられなかった。しかし、獣人は本来こういう作業は苦手のはずだ。苦手というか、まるで出来ないはずなのだ。なのに、どうしてマニはこんなに上手に出来るのだろうか?

 

「……さあ。そんなこと言われても僕にもわかりませんけども」

「あと、その喋り方も、おまえだけ村の連中とは違うよな。なんつーか、テニヲハがしっかりしてるっつーか、一文が長いっつーか……普通の人間と話してるような感覚なんだ。どうしておまえだけが、この獣人の村に居て、なんつーか、そう、まともなんだ?」

「そんなの僕に言われても……村の人達みたいな方が、僕には喋りづらいからとしかいいようがないですよ。お兄さんだってそうでしょう? 今からあんな風に喋れって言われたら、困っちゃうでしょう?」

「……確かに」

 

 マニは少しうつむき加減に、誰ともなく呟く感じで、心境を吐露した。

 

「僕は、あんな風に、怒ってるんだか、笑ってるんだか、わからないような喋り方は出来ませんよ。不安になってしまう。みんなが何を考えてるんだかわからないから、だから僕の言葉は多くなる。一生懸命喋って、気持ちを伝えて、誰かが笑ってくれたら、それでようやくホッとするんです。お兄さんは、僕の方がまともだって言うけども……あの村で暮らしていると、僕のほうがずっと変なんじゃないかって。みんなの気持ちが分かってないんじゃないかって、そう思ってしまうんですよ」

 

 その気持ちは何となく分かった。狼人というのは、表情も言葉も少ないから、とにかく感情を読み取るのが難しいのだ。最近は、尻尾の動きや、声のトーンでなんとなく分かるようになってきたが……あんな無表情で感情表現を苦手とする人種に育てられた子供は、一体どんな風に育つんだろうか。

 

 ハチとマニは両極端だが、やはり同じ部族の子供なのだ。

 

「……なあ? おまえって、どうしてこの村で一人だけ、兎人なんだ?」

 

 鳳の言葉が聞こえなかったのか、それとも意図的に無視しているのか、マニはその問いに答えようとはしなかった。

 

********************************

 

 ハチの追放は一人の少年の心に深い傷を残したが、それで何かが変わるほど、世界は優しくもなんとも無かった。

 

 鳳たちが南部遠征から帰ってきてからも、オアンネス族の目撃情報は、続々と冒険者ギルドに入ってきていた。南部と比べればその数は全然マシと言えたが、それでも少しでも気を抜くと、空いた隙間を埋めるように、そこに魔族が侵入してくる。なんとかして根源を絶ちたいと思ってはいるが、北部の部族社会は、みんなそれぞれ自分たちの近くの驚異を排除するので手一杯といった感じで、まだ原因を特定するには至っていなかった。

 

 鳳たちはそんな状況下で、ガルガンチュアと協力して、近隣に侵入してきたオアンネス族を駆逐して回った。良い経験値稼ぎになると思っていたのだが、残念ながら鳳の共有経験値はさほど上がらなかった。

 

 そもそも、南部でも何度もオアンネスのコロニーを潰してきたはずなのに、ギルドに報告して得られた経験値はそれに見合ったものではなかった。恐らく共有経験値は、同じことをやっても、最初の一回は沢山入るが、二度目からは殆ど入らないようになってるのだろう。

 

 まあ、考えても見れば、以前、鳳がクマを退治した時にも共有経験値は入ったことがあるが、その程度のことで毎回入るなら、日常的に狩猟をするような生活を送っている今、レベルが数百とか数千とかまで上がっていても不思議ではない。そうならないためにも、最初の一回だけというルールは、ゲームシステム的にも妥当と思えた。

 

 ゲームシステム的に……言い得て妙だが、もし神様がいるというなら、今頃どんなサイコロを振っていることやら。鳳は自分の置かれた立場が、神の恩寵によるものなのか、それともマッドサイエンティストの実験台の上なのか……いつまでも判断できずに、もどかしく思っていた。

 

 それはさておき、共有経験値である。

 

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鳳白

STR 10↑       DEX 11↑

AGI 10↑       VIT 10↑

INT 10↑       CHA 10↑

 

BONUS 2

 

LEVEL 6     EXP/NEXT 210/600

HP/MP 100↑/50↑  AC 10  PL 0  PIE 5  SAN 10

JOB ALCHEMIST

 

PER/ALI GOOD/DARK   BT C

 

PARTY - EXP 300

鳳白           ↑LVUP

ジャンヌ         ↑LVUP

メアリー         ↑LVUP

ギヨーム         ↑LVUP

ルーシー         ↑LVUP

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 南部遠征から帰ってきて得られた共有経験値は、長期に渡る難易度の高いクエストだったからか、いつもよりも多めに入っていた。具体的にはいつもの三倍である。

 

 他にも、鳳のレベルが上がり、ボーナスポイントが割り振られたのだが、以前、使わずにおいたボーナスポイントと合わせて2になっていることから、この数値はどうやら溜め込むことが出来るようである。

 

 同じく、共有経験値も300と言う数字が表している通り、使わずに溜めておくことが出来そうだ。そうすることによって、何か得があるのかと言えばそれは分からないが、今後、考慮しておくにこしたことはないだろう。

 

 なにはともあれ、久々に得られた経験値をどう割り振るかを考えねばならない。鳳はある日、ギルドの応接室にパーティーメンバーを集めて、話し合うことにした。とは言え、ジャンヌは鳳に一任すると言うし、メアリーは興味がないらしく、ルーシーに至っては何が始まるのかすら分かっておらず、実質、ギヨームと二人でだったが……

 

「……でまあ、前回、前々回と二回続けてメアリーに振ったから、今回はギヨームに振ろうと思ってるんだが、そのあとどうするかで悩んでるんだ。久々にジャンヌの名前の横にもレベルアップの文字が見えるから、不公平感を無くすためにもジャンヌに振ってあげたいんだけど……多分、こいつのレベルを上げたら、経験値が200か、場合によったら300使っちゃうかも知れないだろう? しかも高レベルだから、上がるレベルも少ないだろうし。費用対効果を考えると中々踏ん切りがつかなくて」

「なるほどな……別に無理に公平感を出さなくていいんじゃねえの。俺も、レベルが上ったらラッキーくらいにしか思ってないし、気を使う必要はないぜ。それにパーティー全体の底上げという意味じゃ、神人に経験値を振らない理由もないだろう」

「でも、メアリーもレベルが上がりにくくなってるから、経験値振っても、今回は30をちょっと超える辺りで止まっちゃうかも知れないぞ?」

「それでも、新呪文を覚えるかも知れないなら悪くねえんじゃねえの。次、覚えるのは確か……」

「ライトニングボルトとプロテクションだ。防御魔法は有り難いかも知れないけど、攻撃呪文はもう間に合ってる感あるしなあ」

 

 するとギヨームはとんでもないと首を振って、

 

「待て待て、高位のライトニングボルトと下位のファイヤーボールを比べちゃなんねえぞ。単純に威力の点でも上なら、最近しょっちゅう戦ってる魚人に対しても電撃は特攻だ。今はスタンクラウドとブリザードの複合技で処理してるが、それがライトニングボルト一発になればMPの節約にもなる」

「なるほど……悪くないな」

「それでもまだ後ろめたいなら、今回は俺の経験値を放棄するから、メアリーに入れてやれ。そうするだけの価値がある」

「まあ、おまえがそこまで言うなら……それじゃあ、今回はメアリーとジャンヌでいいな?」

「ちょっと待ってちょうだい!」

 

 鳳が締めの言葉を口にすると、それまで黙って聞いてたジャンヌが慌てて割り込んできた。

 

「私のレベルを上げてくれるっていうのは純粋に嬉しいわ。でも、最初に白ちゃんが言ってた通り、今更私のレベルを1か2上げたところで、何かが劇的に変わるとは思えないわよ。パーティー全体の底上げって考えると、とてもおすすめできないわ」

「しかし、そんなこと言い出したら、おまえに経験値を振ってやれる機会なんて殆どないと思うぞ?」

「それこそ、みんなが私のレベルに追いついてからでいいじゃない」

「いや、そうは言ってもおまえのレベルって102じゃん……102なんてそうそう……いや、この方法なら案外いけるのか?」

 

 鳳が腕組みをして唸っていると、ジャンヌが諭すように言った。

 

「白ちゃん、思い出して。私達はいつもそうして来たじゃない」

 

 彼の言うそれは前の世界でのゲームでの話であるが……確かに、鳳たちは、ギルドメンバーの足並みを揃えるために、新人が入ったり、レベル差がついたら、みんなで協力してパワーレベリングをしてきた。強いプレイヤーが、弱いプレイヤーを引っ張り上げるほうが、ずっと効率が良かったからだ。

 

 それは確かに公平とは呼べないかも知れないが、長い目で見れば、ギルドメンバー全員に恩恵があった。だから誰も文句を言わずに、低級者のレベル上げに付き合っていたわけだが……この弱肉強食の現実で、そんな悠長なことをやってていいのだろうか?

 

「いや……寧ろそうすべきか。公平なんてこと考えて、パーティー全体が弱くなっちゃ元も子もない。俺はこっちに来て、既に何度か死にかけてるんだし……」

「そうでしょう?」

 

 鳳はジャンヌにうなずき返すと、

 

「そうだな。俺が間違っていた。これからは、単純に費用対効果(コスパ)だけを考えて経験値を割り振っていくことにするよ。取り敢えず、今回はメアリーが新呪文を覚えるまではメアリーに。そんで経験値が余ってたらギヨーム、それから俺の順に振っていこう」

「わかった。それでいいぜ」「私も異論無いわよ」「うう……また、あの変な音楽が鳴り響くのね」

 

 ギヨームとジャンヌが同意し、メアリーはレベルアップのファンファーレに備えて、耳を塞いで眉毛をハの字にしていた。

 

 ヒャー! ……という、メアリーのおなじみの悲鳴が応接室に轟いて、最初の経験値100が彼女に割り振られた。結果、メアリーはレベル24から30に上がり、首尾よく新呪文を覚えたらしい。

 

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Mary Sue

STR 15        DEX 16

AGI 17        VIT 15

INT 16        CHA 18

 

LEVEL 30     EXP/NEXT 12000/300000

HP/MP 2200/390  AC 10  PL 0  PIE 10  SAN 10

JOB MAGE Lv6

 

PER/ALI GOOD/LIGHT   BT B

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 共有経験値はまだ200余っている。鳳は続けてギヨームに割り振り、

 

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William Henry Bonney

STR 13        DEX 18

AGI 17        VIT 12

INT 13        CHA 15

 

LEVEL 64     EXP/NEXT 241000/310000

HP/MP 1840/95  AC 10  PL 0  PIE 0  SAN 10

JOB Thief Lv6

 

PER/ALI NEUTRAL/NEUTRAL   BT A

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 彼はレベル53から64へ。ステータス的にはDEXが1上がり、

 

「……どうやら、レベルが100に近づくにつれて、ステータスが20近辺に収束する傾向があるみたいだな」

「私のSTR23って数字は、ある意味妥当だったわけね」

 

 二人はそんな感想を述べあっていた。

 

 ともあれ、これでギヨームのDEXは18になった。たった1の補正でも、鳳という素人をそれなりに戦えるようにしたステータスが18である。ましてや、もともと射撃の腕前は百発百中と言っても過言ではないギヨームであるから、もはや的を外すのが不可能と言っていいレベルであろう。今でも1キロ先の獲物をピストルで狙撃出来るという、わけのわからない能力を発揮している彼が、今後どこまで成長するかは見ものである。

 

 さて、二人のレベルを上げ終えて、共有経験値はまだ100残っていた。鳳は最後に自分のレベルを上げようとしたのだが……

 

 その時、ふと、パーティーメンバーの一番下に、『ルーシー』の名前を見つけて、彼は自分の名前を選ぶのをやめて、尋ねてみた。

 

「……そう言えば、ルーシーって、レベルいくつなの?」

 

 それまで、どうして自分が応接室に呼ばれたのかよく分かっておらず、みんなの様子を暇そうにぼんやりと眺めていたルーシーが、突然声をかけられ素っ頓狂な声を上げた。

 

「ひぇ? えっ……レヴェル?」

「う、うむ……レヴェルだけど。きっと俺より高いよね?」

 

 すると彼女はこっくりと頷いて。

 

「そりゃ鳳くんよりは……えっと私はレベル8だよ。みんなと比べたら恥ずかしいくらいだけど、一般人ならこんなもんだよ」

「へえ、そっか。レベル8か……」

 

 となると、彼女に経験値を振ったらどうなるんだろうか? 確か、ギヨームは30代から50代まで上がったと言っていた。一桁の彼女なら、30以上まで一気にレベルが上がるんじゃなかろうか。

 

 鳳はそう考え、

 

「なあ、ギヨーム。ルーシーに経験値振るのはどうだろうか? 前も言った通り、彼女の名前もパーティーメンバーの中に入ってるんだよ。南部遠征を終えた今となっては俺たちの仲間で間違いないんだし、経験値を割り振る資格は十分にあると思うんだけど」

 

 ギヨームは鳳のその提案に、一瞬虚を突かれたような顔をしてみせたが、すぐに思い直したように、まだ髭も生えてない顎の下を指で擦りながら、

 

「ふーん……悪くないんじゃねえか? 多分、おまえの能力を使えば、一発でレベル30くらいまで上がるだろう。一端の冒険者クラスの仲間が増えると考えれば、やらない手はないだろう」

「やっぱそう思うよな?」

「だが、おまえはいいのか? せっかくのレベルアップのチャンスなのに」

「俺はボーナスポイントがあるから……」

 

 鳳がそう言って、ルーシーのレベルを上げようとした時だった。流石にこれまでの流れからして、彼が何をしようとしているかに気づいたルーシーが、慌てて彼を押し止めるように声を上げた。

 

「わー! ちょっとちょっと、鳳くん、何やってるの?」

「何って……ルーシーのレベルを上げようとしてるんだけど」

「いやいやいやいや、何をそんな当たり前みたいな顔して、変なこと言われちゃうと困っちゃうけど……そんなことしなくていいよ。私のレベルなんて上げても無駄だよ。それに多分、私はそんなにレベル上がらないと思うな」

 

 ルーシーはグイグイと顔を押し付けんばかりに近づけて、全力で拒否しようとした。鳳は滅茶苦茶近い彼女の顔をまともに見れず、頬を赤らめながら、どうしてそんなに嫌がるのかと不思議に思い、

 

「いや、今後も依頼の時についてくるつもりがあるなら、レベルを上げといた方が良いと思うんだけど。今回は荷物持ちしかさせられなかったけど、もし君にやれることが増えたら、パーティーとしては非常に助かるから」

「え? また一緒についてっていいの?」

「あー……もしかして、今回ので懲りちゃったの? なら、無理強いはしないけど……」

 

 鳳がそういうと、ルーシーはブンブンと首を振って、

 

「ううん! 私、役立たずだったから、もう呼ばれないと思って……また連れてってくれるなら嬉しいな。ここでミーさんのお手伝いしてるのもいいけど、私にだってやれることがあるなら、そっちの方が断然いいもん」

「なら上げとけよ。剣を覚えるにしても、銃を扱うにしても、素のステータスが高いに越したことはねえぞ」

 

 ギヨームがそう推奨する。しかし、彼女はそれでも難色を示しブルブルと首を振って、

 

「やっぱり、私のレベルを上げるのはおすすめしないよ……その……きっと私、そんなにレベル上がらないと思うんだ。ステータスも低いままだと思うし……荷物持ちならさ! 今まで通りちゃんとやるから……それは鳳くんに使ったほうが絶対いいと思うなあ」

 

 ルーシーは頑なに共有経験値をもらうのを遠慮したいようだった。

 

 一体、何がそんなに嫌なんだろうか……? 普段の彼女の謙遜は好ましかったが、度を越えては不快にすら思える。どうやら彼女は異常に自己評価が低いようだが、何かトラウマでもあるのだろうか……

 

 鳳は、正直、無理強いするのはよくないと思いつつも、何となく、彼女のその謙遜が気になって、どうしても彼女に経験値を振ってやりたくなった。きっと、彼女もレベルが上がったら、自分に自信がつくだろう。

 

 ちらりとギヨームの顔を見たら、彼も同じように考えていたのか、やっちまえといった視線を投げてきた。鳳はそれを受けて、怒られたらギヨームのせいにしようと思いつつ、パーティー欄のルーシーの横にある、レベルアップの文字をポチッと押した。

 

「ふぇ……? きゃあああーーーっっ!!!」

 

 その瞬間、ルーシーの体がピカピカと光りだし、突然の出来事に驚いた彼女が悲鳴を上げた。ドタドタとギルドの奥から足音がして、迷惑そうに眉間に皺をよせたミーティアがひょっこりと顔を覗かせた。彼女は応接室の真ん中で、意味不明の光(一体何が光ってるのか?)を発しているルーシーの姿を見つけて、顎がはずれるんじゃないかと言わんばかりに大口を開けながら、

 

「わわっ!? 何事ですか!? ルーシー、大丈夫ですか? ちょっと、鳳さん。なにやってくれてんですか、あんた!」

「いやいや、速攻俺のせいだって見破らないでっ!?」

 

 鳳はミーティアに詰め寄られてビクビクしながら、

 

「ちょっとルーシーのレベルを上げていたんだよ。この光は別に害はない。そう言えば……ジャンヌの時も、ギヨームの時も、最初はこんな光を発してたよな?」

 

 鳳が話を向けると、二人は言われてみればそうだったなと、過去を懐かしむような表情を見せてから同意した。というか、寧ろメアリーの時は何故光らなかったのか、そっちのほうが不思議である。

 

 ともあれ、今はそんなことを気にしている場合じゃない。

 

「それでルーシー、レベルの方はどうなった?」

 

 鳳がミーティアを押しのけて尋ねると、ようやく光が収まったルーシーは呆然と目をパチクリさせた後、ほっぺたをぷくっと膨らませて非難するような視線を見せながら、

 

「もう……鳳くん! 勝手にこういうことしないで欲しいなあ……」

 

 じろりと藪睨みされて、鳳は縮こまる。

 

「う、すんません……押し問答になっちゃいそうだったから……反省してます」

「もう……今回だけだからね」

 

 ルーシーはそう言ってぷいっと視線を反らした後、すぐ仕方ないなあといった感じに、眉をハの字に曲げつつも苦笑をして見せた。ちょろい。なんか、お願いしたら何でも言うことを聞いてくれそうである。そんなこと言ったらまた怒られそうなので口には出さず、鳳は再度レベルについて聞いてみた。

 

 すると彼女は困ったように、

 

「えー……もし上がってなくても、がっかりしないでよね」

 

 と言いながら、ステータスと小さく呟いた。鳳は、どうしてそこまで自分の能力を過小評価するんだろうかと思いつつ、彼女の返事を黙って待っていた。すると、ルーシーは自分のステータスを見ながら、徐々に険しい表情に変わっていき、

 

「う、うそ……」

 

 その表情が深刻そうだったから、鳳はもしかして、彼女が危惧している通り、あんまりレベルが上がらなかったのかな? と落胆仕掛けたのだが、

 

「上がってる……」

「いくつ?」

「……35」

 

 彼女はそう呟いて、とても信じられないとショックを受けた感じに表情をなくした。

 

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ルーシー

STR 10        DEX 11

AGI 13        VIT 12

INT 14        CHA 10

 

LEVEL 35     EXP/NEXT 0/100000

HP/MP 757/292  AC 10  PL 0  PIE 10  SAN 10

JOB MAGE Lv1

 

PER/ALI NEUTRAL/NEUTRAL   BT A

----------------------------

 

 今までの経験からして、それは妥当な数字だと思うのだが……どうして彼女はそこまでびっくりしているのだろうか……

 

 正直少し不思議ではあったが、ともあれ、こうして新たな仲間を得た鳳たちは、冒険者パーティーとしての新たな一歩を踏み出すこととなった。

 


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