仲間に経験値を分配した翌日、鳳は村の自分の家で、今度はボーナスポイントをどう割り振ろうか考えていた。
鳳が現在手にしているボーナスポイントは2。今までに振ったステータスは、DEXとMPで、効率を考えたら少しでも射撃が上手くなるように、DEXに振ったほうが良さそうに思えるのだが……
気になるのは一番初めにMPを振った時、1ポイントで50もMPが増えたことである。あの時はなんとも思わなかったが、メアリーがMP不足に悩まされる姿を見た今となっては、この50という数字が、いかに破格であるかは言うまでもないだろう。
そう考えるとMPのみならずHPに振るという選択肢も浮かんでくる。鳳は今までに2度も死にかけたわけだが、例えばハチにボコボコにされていた時、HPがもっとあったら、もう少し粘れていたかも知れない。
割と何にでも首を突っ込む鳳であるから、今後も似たようなことがないとも限らないので、ここらでHPを上げておくのは悪い選択肢ではないだろう。
尤も、HPもMPみたいに、どどんと増えるとは限らない。意外とMPと一緒で50しか上がらない可能性もあり、もしもそうなら目も当てられない。だからホントに振るとしたら、もっとボーナスポイントが増えてからにしたいところだが……
ぶっちゃけ、このボーナスポイントも、どうしたら入るのかよく分かっていなかった。今の所、レベルアップのタイミングで増えているから、レベルが上がればボーナスも貰えると考えて良さそうなのだが……そのレベルが上がるタイミングというのが、依頼を達成したり死にかけたりと、イベントの直後に集中しているもんだからややこしいのだ。
それを知るための手っ取り早い方法は、自分のレベルを共有経験値で上げてみることだが……今回はルーシーに譲ってしまったが、次回こそは自分に割り振ろうと考えていると、件のルーシーが、村にひょっこりと姿を表した。
「あら、ルーシーちゃん、いらっしゃい。村に顔を見せるなんて、珍しいわね。今日はどうしたの?」
ジャンヌの言う通り、ルーシーが村に来るのは珍しかった。もしかしたら初めてではなかろうか。人好きのする彼女のことだから、すぐにみんなと仲良くなりそうなものだが、思えば彼女はこっちに来てから駐在所にこもりっきりで、村に近づこうとはしなかった。
そう言えば酒場の店員時代、よく獣人に絡まれていたから、もしかすると苦手なのかも知れない。もしそうなら尚のこと、どうして突然やってきたのかと思っていると、
「鳳くん、ジャンヌさん、こんばんわ。えへへ、実はね、昨日のお礼にと思って、ミートパイを焼いてきました。ギルド酒場で働いてた時、マスターに教えてもらったレシピなんだけど、よかったら食べて欲しいな」
「まあ、嬉しい。丁度、今日のお夕飯、何にしようか困ってたとこなのよ」
別にそんな話、一言もしちゃいなかったのだが、咄嗟にそうやって相手を気づかえるくらいにジャンヌの人間力というか女子力は高かった。もちろん、それを腐すような野暮な真似はしない。鳳も何食わぬ顔で相槌する。
「良かった! お夕飯が済んでたらどうしようかと思ってたんだけど」
「そしたら、食ったもん吐いてでも食べるから安心してくれ」
「駄目だよ、そんなことしちゃ」
ルーシーはニコニコしながら若干引いていた。
その後、せっかく来たんだから一緒にご飯にしようと言う話になり、子供と遊んでいたメアリーも帰ってきて、四人で囲炉裏をかこむことになった。
貰ったミートパイを切り分け、付け合せのスープを作っていると、家の周辺を村人たちが物欲しそうにうろうろと通り過ぎていった。それは多分、ルーシーの姿が珍しいからではなく、香ばしい匂いにつられて来たのだろうが、何しろ壁がない家だからその視線にも遠慮がない。
鳳たちはもう慣れたが、注目されて居心地が悪いのか、ルーシーがずっとそわそわしているので、気分を変えようと思って、鳳は話題を振ってみた。
「そう言えば、結局、剣と銃とどっちで行くことにしたの?」
昨日、レベルが上がった彼女は、暫し放心した後に、ようやく実感が湧いてきたのかとても喜んでくれた。鳳は感謝感激の雨あられを浴びつつ、照れくさいので平静を装いながら、これからどういう方向で育成しようかと、少し上から目線でギヨームとジャンヌに聞いてみた。冒険者としてパーティーの一員になるなら、戦闘中の役割を決めておいた方が良いと思ったのだ。
ところが、ステータスから扱う武器を決めようとしたところ、彼女のSTRは10でDEXは11と、困ったことに両方とも低かったのだ。これじゃあ、近接も遠距離もそれなりにしか成長しないだろうから、せっかくレベルが上がったのに残念な結果となってしまった。
落胆する彼女を可哀想とは思ったが、そんなこと言っても始まらないので、取り敢えず、鳳と違ってHPは高いんだからと励ましつつ、どっちか好きな方をジャンヌとギヨームに習ったらどうかと提案した。
かろうじてDEXの方が高いから、銃を扱ったほうがいいように思えるが、人に教える向き不向きを考えると、ギヨームよりはジャンヌの方が良いので、近接も捨てがたく、結局の所、ステータスからどっちを選んでも大差ないということで、昨日は決めることが出来なかった。それで、宿題にして昨日は別れたのであるが……
鳳が話を向けると、ルーシーは待ってましたとばかりにパーッと明るい表情を浮かべて、
「うん、決めたよ」
と嬉しそうに返事をした。
「ふーん、どっち?」
「えへへ、実は剣でも銃でもなくって……じゃーん!」
するとルーシーは持ってきた手荷物の中から、一振りの杖を取り出した。食事を運ぶのに利用する天秤棒かと思っていたが、いきなりそんなものを見せられて面食らう。
「え? 杖?」
「うん。鳳くん、私の方を向いて、ちょっとそこでじっとしててくれる?」
鳳が言われた通り彼女に向かって正座していると、ルーシーは珍しく真剣な表情で、杖を構えてなにやらブツブツとつぶやきだし……
「エコエコアザラク……エコエコザメラク……むにゃむにゃ~……ッポイーッ!!!」
いきなりバンザイの格好で両手を上げて、そんな奇声を発し始めた。
なんだろう、これは……いきなり始まった怪しい儀式に困惑する。彼女の真剣な表情を見ていると、笑っちゃいけないんだろうが、その姿は滑稽と言うか、奇怪と言うか、控えめに言って可愛いだけだった。
ルーシーにお願いされれば、そりゃ生贄でもなんでもやらされることにも吝かではないが、この状況、どう反応していいのか皆目見当つかない。どうしよう……やられたー! とか叫んで倒れるフリとかしたほうが良いんだろうかと、鳳がいよいよ追い詰められた心境になっていた、その時だった。
「……お? おおお~??」
反応に困った鳳が冷や汗を垂らしながらルーシーの顔をじっと見つめていたら、なんだか良く分からないが、急に背筋がゾクゾクしてきたというか、ゾワゾワとしてきたというか、何故か唐突に気分が悪くなってきた。風邪でもないのに、妙に体が気だるくて、こころなしか頭も重い感じがする。
ああ、なんだろう、これ……なんか調子が悪い。鳳がそう思って不審がっていると、
「……上手くいったかな? 鳳くん、鳳くん。自分のステータスを見てみてよ」
どういうことだろうか? 言われたとおりにステータスを確認してみたが、基本ステータスにも、ボーナスポイントにも、共有経験値にも特に変化は見当たらない。突然パーティーメンバーが増えた感じでもないし……一体、どこを見りゃいいんだろうかと、彼女に尋ねようとした時だった。
「……あれ? 嘘だろ? SAN値が減っている……」
鳳が驚いていると、ルーシーは満面に笑みを浮かべて、
「やった、成功だ! ふっふっふ……どうかね、鳳くん。私の呪いの力は」
「呪いって……これ、どうやったの?」
ルーシーが使っていたのは、どうやら
昨晩、剣と銃、どっちを選ぶか決めきれなかったルーシーは、夜遅くまで一人で悩んでいた。せっかくレベルが上がったというのに、このままじゃみんなの役に立てないどころか、足手まといにのままである。
いっそのこと、パーティーメンバーの一員から辞退しようとも思ったが、既に貴重な経験値を使って貰った手前、そんなわがままも許されない。にっちもさっちも行かなくなった彼女が、泣きそうになりながら頭を悩ませていると……そんな彼女を不憫に思ったのか、レオナルドがふいにやってきて、それなら現代魔法を覚えたらどうかと言ったらしい。
曰く。ルーシーの言葉には力がある。ギルド酒場で働いていたとき、彼女に声を掛けられた客はみんな気分が高揚して、精神的に癒やされていた。それは彼女の人好きのする性格もあるが、持って生まれた才能のようなものが大きいのだと、老人は言った。
現代魔法はそんな人間の心理というか、心の隙間を突くものらしい。自分の思い描く主観と、他人が思い描く客観が一致した時、人はそこに幻想を見る。簡単に言えば、人間は集団の中では同じ行動を取りやすい。そして同じことをしている人は、周りの影響を受けやすいという性質を利用したのが、現代魔法の本質なのだとか。
実際には、彼の提唱する現代魔法は、主客一致論とかもっと小難しい理論をいくつも捏ね繰り回して導かれるものらしいが、そんなことは一先ず置いておいて、とにかく魔法が発動すりゃいいのだから、コツを教えてやるから試してみたらどうかということだった。
パーティーの役に立ちたいなら、剣や銃だけではなく、魔法という選択肢もあるぞと、彼は言いたかったのだ。
ルーシーは、初めは仰天して、自分にはそんな難しいことは出来ないと拒否しようとしたのだが、そうしたところで、他に出来ることがあるわけでもない。それに考えてみれば、自分の職業はMAGEだったし、おまけに一番高いステータスはINTだったのだ。
普通なら何の意味もないと言われているINTであったが、彼女にはそれが天から下りてきた蜘蛛の糸に思えた。どうせダメ元なんだしと開き直った彼女は、そうしてレオナルドに弟子入りし……
「やってみたら、出来ちゃったの?」
「うん! 出来ちゃったんだ」
ルーシーは実に嬉しそうにそう言った。鳳はまさかそんな展開が待っているとは思いもよらず、もしも神がいるなら、中々粋な計らいをしてくれるじゃないかと、褒めてやりたくなった。まあ、その神様は自分の幼馴染なのかも知れないのだが……
ともあれ、能力に悩んでいた彼女はこれでどうにか自信を取り戻してくれたらしい。鳳は、何気なく共有経験値を振った挙げ句に、かえって彼女を困らせてしまったかも知れないと思い、ほんの少し罪悪感を感じていたのだが、肩の荷が下りた格好だ。
それにしても、本当に何となくだったのだが、彼女に経験値を振ってみて良かった。今のところ、パーティー内にオーソドックスな現代魔法の使い手は居ないのだが、たまに一緒に行動するレオナルドが使う魔法にはよく助けられていたので、その有用さは身にしみて知っている。今はまだ使えないようだが、今後、認識阻害やバトルソングのようなバフ、デバフ魔法を覚えてくれたら、作戦の幅も広がるだろう。思わぬ拾い物である。
しかし、現代魔法を覚えようと思った切っ掛けが、自分のINTが一番高かったからというのは、何というか示唆に富んでいるような気がした。そして、彼女のレベルが上がったことによって、突然、現代魔法が使えるようになったこともだ。
思えば、神人であるメアリーは、レベルが上がることで次々と古代呪文を修得しているのだから、現代魔法もそれに倣わない理由もない。案外、人間が魔法を使うには、レベルとINTが必要なのかも知れない。これは今後の自分のレベル上げの際にも要チェックだぞと、鳳は心に刻み込んでおくことにした。
ところで、
「SAN値下がっちゃったけど、元に戻してよ」
「ん?」
「……ん?」
「んー……?」
彼女はニコニコと満面の笑みを浮かべている。確か、時間が経てば元に戻るはずだから、まあ、別にいいのだけど……人を実験台にするのなら、ちゃんと回復手段も用意して置いてほしいものだと鳳は思った。
きっと、そんなことを忘れてしまうくらい、早くみんなに伝えたくて仕方なかったのだろうけど。