レオナルドに師事し、新たに
顔を真っ赤にしながら上機嫌にしゃべるルーシーに相槌をうちながら、彼女の持ってきたミートパイをつまんでいると、ふとギルド酒場のことを思い出した。彼女はマスターから教わったレシピと言っていたが、このミートパイは確かにあそこで食べた味付けとよく似ている気がした。国に帰ると言っていたが、彼は今頃どうしているだろうか。思い返せば、あれからまだ何ヶ月も経ってないというのに、なんだか無性に懐かしい気がした。
そんな感じで、お酒を交えて昔話に花を咲かせていたら、蚊帳の外だったメアリーがいつの間にかウトウト船を漕いでいた。子供は……と言っても300歳なのだが、もう寝る時間である。
ジャンヌが部屋に運んであげて、蚊帳を吊るして戻ってくると、そろそろいい頃合いだからギルドに帰るとルーシーが言い出した。外はとっくの昔に真っ暗で、足元もおぼつかない。駐在所は近いとは言え、こんな中を女の子一人で帰すわけにもいかないから、送っていこうと3人で家を出た時、すぐそばの広場から朗々たる声が聞こえてきた。
「星々の大海を渡り夢幻の月を跨いで幾星霜、天駆ける楼船を駆りて精霊はかく来たれり。7つの大河、7つの大海、7つの銀河を超え、悠久の時の彼方より我が神々は降臨せり。
空を運びたる子よ、汝、風の声を聞け。土くれより生まれし子よ、汝、木々の声を聞け。星の子らよ、汝、波の声に眠れ。我が子よ。生命のゆりかごより生まれし血脈よ。汝に告げる。
世を儚み、世を嘆き、世を無為に過ごすなかれ。生を全うすればこそ死は祝福なり。常なる世の理になりにけり」
ルーシーは突然の声に驚いて足を止めた。この狼人だらけの集落で、こんなに流暢かつ難解な言い回しをする人がいるなんて、想像もつかなかったのだ。彼女は目をパチクリさせ不安そうにしながら、
「え? 急にどうしたの……? 何か始まるの?」
鳳は彼女の疑問に答えて言った。
「ああ、これは降霊の儀って言って、村ではたまにこうして長老が昔話を聞かせてくれることがあるんだよ。流暢なのは枕詞で、いつも同じセリフだからさ。なんつーか、村のシャーマンである長老が、森の精霊と交信して、神々の言葉を村人に伝える儀式らしいんだけど……」
内容は宗教にありがちな戒律とかを物語として伝えるようなものだった。簡単に言えば、ユダヤ教のタルムードや、イスラム教のシャリーアみたいなものだろうか。人間が生きていく上で大事な知恵を、神の名を借りて伝えているわけである。
例えば、よく聞く食のタブーは、元々は大昔の人たちが、うっかり毒のある食べ物を食べないように子孫に伝えていたものが、形を変えて今も残っていると考えられている。この村でもそういった食の禁忌や、村人同士で行われる訴訟の仲裁法や、人生観なんかをシャーマンである長老が教えてくれているわけだ。
まるで道徳の授業みたいで退屈そうに思うかも知れないが、夜になったらセックスくらいしか楽しみのない大森林の奥地では、こういった話でも非常に面白く感じるもので、村人たちは長老が語り始めると、強制されているわけでもないのに、やってる作業を止めて話を聞き入っているようだった。
実際、鳳も村で暮らし始めてから何度か聞いているのだが、これが中々面白い。
長老の話に出てくる主人公はいつも部族の英雄ガルガンチュアだった。この部族では首長がその名前を受け継いでいるのだが、大昔のガルガンチュアは今代と比べてかなり勇ましく、いつも戦に明け暮れていたようである。時には他の部族を侵略し、奪ってきた花嫁から生まれた子供が、また成長してガルガンチュアの名を受け継ぎ、大きな戦果をあげるなど、そういった武勇伝が多く見受けられた。
これは300年前に魔王が登場するまでは、部族間の争いが頻繁に起きていたことを示唆しているのだろう。現在では、隣村と仲が悪いといっても、それで抗争が勃発するほど関係が拗れることはない。これもひとえに、魔王という共通の敵が現れたからだろう。
その他、ガルガンチュアがいつか話してくれたように、高レベル同士で子供を作れば強い子が生まれやすいという話や、村で飼っている家畜の飼い方や、畑の作り方なんかも、勇ましい武勇伝の合間合間にちょこちょこと挟んでくる。
基本的に長老の話は、そんな具合に、代々の族長の武勇伝を伝えるものばかりなのだが……そんな中にもガルガンチュアの冒険でない話がいくつかあった。
例えばそれは創世神話なのだが、これが人間のものとはかなり違っているのだ。
「昔々、太古の昔、この世に人は一種族しか存在しなかった。人間は弱く、獣には敵わず、大森林でひっそりと隠れるように暮らしていた。
神はそんな人間を哀れに思い、ある日彼らに知恵を授けた。すると彼らの前に道がひらけ、人間はあまねく世界に広まっていった。
知恵を得た人々は、力で敵わなかった敵をその知恵で破り、猛獣の牙をその鉄の剣で断ち切り、猛禽を模した翼で空を駆け巡り、世界中の獣を従わせ、いつしか万物の霊長として君臨するにまで至った。
しかし、そうして驕り高ぶった人間は、やがて神への感謝を忘れてしまう。知恵という神の恩恵を、元々ある自分たちの力と勘違いし、慢心して我欲を満たすことだけを追求するようになっていった。
神はそんな人間たちに罰を与えることにした。
ある日、人間たちは黄金の湧き出す泉を見つけた。泉に生贄を捧げれば、いくらでも黄金を吐き出すようだった。それが分かった人間たちは、せっせと泉に生贄を投げ込み始めた。牛、鶏、豚、馬、羊、山羊、あらゆる動物たちが犠牲になった。こうして人類は、有史以来最大の繁栄を謳歌していた。
しかし強欲な人間たちは無限に黄金を求め続け、ついに彼らは湧き出す黄金に潰されて身動きが取れなくなってしまった。押しつぶされる黄金の下で、人間たちはこの期に及んで神に助けを求めたが、神は人間を救わなかった。
神は生贄になった動物たちを、人間の代わりに新しい人類として創り出し、地上に遣わせた。
こうして大森林に降臨した最初の獣人リュカは、獣たちを従えて大いに栄えた。リュカは森の獣と交わり、子を成した。それが我々獣人の祖先である」
獣人達に伝わる創世神話は、ざっとこんな感じである。そこにはリュカの名前が登場するが、他の四柱の神は登場しない。ギルド長が教えてくれた人間に伝わる神話では、リュカは真っ先に殺されてしまうことからしても、人間と獣人では信じている神が違うことが、これではっきり分かるだろう。
尤も、ガルガンチュアに言わせると、300年前に助けられた恩義から、今の獣人は神人の神であるエミリアのことも信仰しているようではある。
ともあれ長老の話の要点をまとめると、リュカは全獣人の祖先で、他の人間族は全て滅んでしまったということになる。しかし、現実にこの世界には人間、神人、魔族という他の種族が存在するから、この話はどう考えても矛盾している。
恐らくだが、お互いに相手の神を否定していることからして、大昔には人間と獣人は対立していたのではなかろうか。今はもうそんなことはなくて、お互いに協力しあって生きているのだから、わざわざそんなことを突いて蒸し返すこともないだろうが、記憶にはとどめておいた方が良いだろう。
気になるのは、人間と獣人の創世神話が違うなら、魔族はどうなんだろうか? ということだ。もし、そんなものがあるなら、是非聞いてみたいものであるが……あのオアンネス族という魔族を見る限り、流石にそれは無理だろう。
「あ、ごめん……なんか聞き入っちゃったけど、そろそろミーさんも心配すると思うから、私は帰るね? 今日はありがとう」
長老の話を聞いていたら、いつの間にか時が過ぎてしまっていたようである。我に返ったルーシーが慌ててギルドに帰ると言い出したので、鳳たちもその後に続く。
「いいよいいよ、私なら一人で帰れるから。せっかく長老さんもお話してくれてるんだし……」
「いや、長老の話は何度も聞いてるから。女の子を一人で帰すわけにはいかないよ」
多分、ギヨームとミーティアにダブルで怒られそうだし……そんなことを考えつつ、ルーシーと一緒に村の広場から離れようとした時だった。
鳳は、視界の片隅に、何か光るものを見つけた。その光はちょうど今、長老が話をしている広場の中央の舞台の上の辺りだった。なんだろう? と目を凝らしてみると、それは長老の持っている袋の中から発しているように見えた。
口を開けてない袋から発する光が、こんなにはっきり見えるなんて……ハロゲンライトでも入ってるならともかく、もちろんそんなわけがない。この世界には今の所、電気を発するような物は見当たらないし、ましてやこんな大森林の奥地の未開の部族の長老がそんなものを持ってるはずがない。
それじゃ、あれは一体なんなんだろうか……? 首を捻っていると、話が途切れた瞬間、長老がその袋を開けて中から何かを取り出した。思った以上の発光に目が眩んでいると、次の瞬間、あろうことか長老は、その光る何かを口の中にぽいっと入れて飲み込んでしまったのである。
「ふぁ!?」
思わず素っ頓狂な叫び声を上げてしまった鳳に、ジャンヌが迷惑そうに言う。
「なによいきなり、びっくりするじゃない。どしたの、白ちゃん?」
「え? いや……だって……おまえも見ただろ? 今の?」
「今って……なんのこと?」
ジャンヌだけでなく、隣にいるルーシーもキョトンとした表情をしている。何しろ、あれだけの光量なのだ。一人だけならともかく、二人ともあれを見ていないなんて考えられなかった。
鳳だけに見えて他人が見えないなんてことがあるのだろうか? そう考えた時、彼はピンときた。
いや、ある。アルカロイド探知だ。
鳳のスキル、アルカロイド探知は、植物の中に含まれているアルカロイドに反応して、その部分が光って見えるのだ。これはこの世界でたった一人のアルケミストである、彼にしか見えない。
そしてこのスキルは、含有しているアルカロイドの量が多いほど強く発光する。つまり、たった今、長老が口の中にぽいっと放り込んだのは……
「コカインもヘロインも目じゃねえぞ。やべえクスリがあるじゃねえか! もしやあれこそ、幻のマジックマッシュルーム!?」
鳳は驚愕の事実に目を輝かせると、ギュオンと風を切って物凄い勢いで長老の元へと駆け寄っていった。降霊の儀の最中だった長老は、血相を変えて飛び込んできた鳳に仰天して飛び上がる。
「なんじゃおまえ!」
「長老長老! いま口に入れたの見せて!? ね、ね、いま口に入れたの見せて!?」
鳳が長老の持つ袋をぐいぐいと引っ張ると、流石に長老もムッとしたのか、
「こら、やめろ! ツクモ! 降霊の邪魔をするおまえは罰当たり!」
「いや、これ、ほんのちょっと見せてくれるだけでいいから! ね? 先っちょ……先っちょだけでいいから! そしたら帰るから!」
鳳が袋を奪おうとして押し問答していると、せっかくの話が途切れてしまったことに当惑した村人たちが集まってきた。彼らはそこで薬物に目が眩んだ鳳が長老に襲いかかっている姿を見て驚いた。
普段の彼なら空気を読んで、すぐに謝罪するはずだったが、この時の鳳に周囲の様子を気遣う余裕はまったくなかった。何しろ、目の前に幻のマジックマッシュルームがあったからだ。
結局、憤慨する村人たちに引き剥がされるまで、鳳の蛮行は続いた。儀式を邪魔された長老はカンカンで、ジャンヌが必死に頭を下げても後の祭りのようだった。せっかくの楽しみを奪われた村人たちもお冠で、族長のガルガンチュアが仲裁に駆けつけるまで、鳳は非難轟々なじられ続けるのであった。
そんなこんなで、その日、鳳は村から放逐された。まあ、なんというか、その、薬物に溺れた者の哀れな末路である。