ラストスタリオン   作:水月一人

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鳳くん、正座

 川のせせらぎが心に染みる。耳をすませば、ちゃぷちゃぷと、魚が跳ねる音が聞こえてくる。遠くではフクロウがホウホウと鳴き、目をつぶれば草木のざわめきがまるで波のようだった。

 

 時折吹き付ける風が夏の匂いを運んでくる。上空を見上げれば天の川が真昼のように夜空を白く染め上げていた。それがいつかどこかで見たことがある、懐かしい地球の空を思わせて、ふと泣きそうになった。輝く星々は、どの星座も見たことがなかったが、銀河の中から見上げる銀河は、きっとどこからでもそんなに変わらないのだろう。鳳はそんな星空を体育座りしながら、うっとりと眺めていた。

 

「……いや、ポエム作ってる場合じゃねえ」

 

 誰ともなしに独りごちる。

 

 鳳は今、長老の持っていたマジックマッシュルームに興奮して、村から追い出されてしまったところだった。

 

 自業自得であるとはいえ、追い出された時間が非常にまずかった。長老が降霊の儀を始めたのは、丁度、日も暮れ宵が深まる時間帯で、そんな最中に追い出されてしまったものだが、辺りはすっかり真っ暗になってしまっており、足元さえ見えやしないのだ。

 

 夜目が効く獣人は平気かも知れないが、ただの人間である彼には周囲の様子はさっぱり分からず、時折聞こえてくるイノシシとかシカとか、なんかの野生動物の息遣いに怯えながら、少しでも明るい場所を目指してひたすら歩き、どうにかこうにか村から一番近い河原に辿り着き、そこで火をおこして、ようやく落ち着いたところだった。

 

 それにしても火を見ているとホッとする。どうでもいい現実逃避が出来るくらいには余裕も出てくる。野生動物はどんな生き物も火を恐れるものだが、逆に落ち着いてしまうのだから人間とは不思議な生き物である。

 

 それはともかく……

 

 鳳は追い出される前に長老が食べていたキノコのことを思い出した。あれはいくらなんでもおかしかった。何しろ、彼には直視できないくらい、まばゆい光を発していたのだ。

 

 周りの人には見えてないようだったから、あの光は鳳のスキルが見せた幻影だったのは間違いないだろう。そして、もしそうだとすると、あんな光量を発するキノコがどれだけ強い薬効成分を保持しているかは推して知るべしである。

 

 長老は一体、あの合成麻や……じゃなくて……合法キノコをどうやって手に入れたのだろうか?

 

 少なくとも、鳳が村に滞在している間、長老が遠出している姿は見たことがなかった。出掛けても、せいぜい、村外れの雑木林をフラフラ散歩しているくらいである。だが、もし、あんなキノコが村のすぐ近くに生えていたとしたら、鳳が気づかないはずがない。つまり長老はキノコを自分で取ってきているわけではないのである。

 

 すると代わりに誰かが取ってきているのだろうか? 真っ先に思いつくのは族長であるガルガンチュアだが……しかし、村に戻ってその辺を聞き出そうにも、きっともう誰も教えてくれないだろう。

 

 今回は本当にやらかしてしまった。長老は村のシャーマンで、降霊を行っている最中は、森の神様と言うか、獣人の祖先リュカと同一視される。つい冷静さを欠いてしまったとは言え、そんな一族にとって大事な儀式を邪魔してしまったのだから、反省しても後の祭りである。

 

 取り敢えず、これからどうしようか? あのマジックマッシュルームのことは気になるが、この辺を探索したくとも、ここは村の縄張りだし、村人たちに見つかったら怒られそうだ。

 

 諦めてどこか行くしかないだろうか……? 流石にもうほとぼりも冷めているころだろうし、勇者領に向かうのも悪くないかも知れない。色々あって愛着もあるが、いつまでもこんな大森林の奥地で暮らしているわけにもいくまい。そろそろ人里が恋しくもある。

 

 手配書のことは気になるが、まあ、現代社会のような警察力があるわけでもなし、ヒゲでもはやして、気をつけていれば問題ないだろう。新大陸に渡ってしまえばこっちのものである。帝国の手はそこまで伸びていないのだ。

 

 となると、あとは仲間をどう説得するかだ。鳳一人だけで行くのは心細いのももちろんあるが、何も言わずに勝手にいなくなるわけにもいかないだろう。少なくとも、ジャンヌは同行してくれるはずだ。

 

 メアリーはレオナルドがどう言うか次第だろう。そのレオナルドは森の魔族のことが気になっているから、難色を示すかも知れない。ギヨームは多分、彼を手伝うはずだ。となると、この三人とはお別れになってしまうかも知れない……

 

 メアリーがエミリアとそっくりなことや、勇者との関係は気になるところだが、まずは自分がこの世界で生き残ることを考えねばなるまい。どっちにしろ、彼らも時を置かずして新大陸を目指すと言っているのだ。だったら先行して、あっちで待っていても問題ないだろう。

 

 残るはルーシーだが……酒場のマスターに頼まれたこともあるし、彼女とは一度話をしておいた方が良いかも知れない。鳳としては、現代魔法を修得するためにも、ここに残ってレオナルドに師事するのがいいと思うのだが、それもこれも彼女の返答次第である。もしもそうするなら、別れる前にもう一度くらい経験値を入れてあげたいところではあるが……

 

 そんなことを考えていると、視界の片隅で何かがチラチラと光った。野生動物にでも囲まれたか? と一瞬焦ったが、直ぐにそれは遠くの方で揺れる松明の炎だと気がついた。多分、鳳が追い出されたことを心配して、ジャンヌ辺りが迎えに来てくれたのだろう。

 

 彼は焚き火から燃えさしを拾い上げると、それをブンブンと振り回した。するとそれに気づいたのか、近づいてくる松明の灯りがぐるりと一回転した。どうやら無事、こちらの意図に気づいてくれたようである。鳳は安心してそれが到着するのを待った。

 

 ところが、てっきりジャンヌだろうと思っていたのが、やってきたのはルーシーとミーティアの二人で、鳳は面食らってしまった。

 

「あれれ!? どうしたの、二人共。女の子だけで出歩くなんて危険だよ?」

「あなたが追い出されたと聞いたから、心配して見に来てやったんじゃないですか。何を言ってるんですか、まったく……」

 

 するとミーティアがプンプンと怒ってそう返してきた。いっつも怒ってる感じだから、てっきり嫌われてるのかと思っていたが、意外と優しいところもあるらしい。

 

 しかし心配してくれるのは有り難いが、二人だけで森を歩かれては逆に心配になる。鳳が困惑していると、その様子をおかしそうに見ていたルーシーがからかうような口ぶりで、

 

「ギルドに戻って鳳くんが追い出されたって話したら、ミーさんが探しに行くって言って聞かなかったんだよ。平気だって何度も言ったんだけどねえ……」

「ちょっ……! それは言わないって約束でしょう!?」

 

 ルーシーがそんな軽口を叩くと、ミーティアが真っ赤になって怒っていた。どうやら、鳳のことを本気で心配してくれていたようだ。それとも、もしかして、前に追い出したことをまだ気にしているのだろうか? だとしたら、もう気にしないでいいのにと思いながら、鳳は続けた。

 

「そっかそっか。心配してくれてありがとう。でも別に平気だよ、夜営には慣れてるし、朝になったら一度ギルドに顔を出そうと思ってたんだ」

「べ、別にあなたのことを心配して来たわけじゃないですよ。ほら、あなたも一応、冒険者ギルドの冒険者ですし、その冒険者が困っていたら助けてあげなきゃ、寝覚めが悪いじゃないですか。そう、これは業務の一環ですよ、業務の」

「あ、そうなの?」

 

 なにもそこまで強調しなくても勘違いなんかしないのに……鳳がやるせない気持ちになっていると、何故かルーシーも妙にガッカリした表情をしていた。ミーティアは一人ツンケンしながら、

 

「まあ、これも業務ですし、なにか困ったことがあるのなら、言ってくれれば助けてあげないこともないですけど」

「いや、特に。森の中にいる限りでは、食うには困らないからねえ」

「え? 何もないんですか? ご飯とか、寝る場所とか、困ってるでしょう?」

「別に? 雨風さえ凌げればどうとでもなるよ。飯はその辺の草食ってりゃいいし」

「えーっと、それじゃあ……野菜ばっかじゃお腹がすくんじゃないですか?」

「ナイフと釣り糸持ってきてるから。魚釣りは得意なんだ」

「う……無駄にサバイバルスキルが高い人ですね。言ってくれれば、何でもしますよ? 本当に何もないんですか?」

「え? じゃあ、おっぱい揉ませて?」

「殴るぞこの野郎」

「ぎゃっ!」

 

 バキッと骨が鳴る音がして、鳳は鼻っ柱をへし折られた。脳に突き抜けるような激痛が走り、彼は悲鳴を上げて仰け反った。

 

「今、何でもするって言ったよねっ!?」

「TPOをわきまえろ小僧。もう……本当にルーシーの言う通りでした。無駄に神経図太いですよ、この男。心配して損しました。こんなところまでわざわざ来るんじゃなかった」

「うう……そっちが勝手に来たくせに、なんつー言いぐさだ」

 

 鳳がそんな泣き言を言っていると、ミーティアは両手を一旦上げてから、脱力するようにダラリと腕を下げ、

 

「はあ~……それで、鳳さん。あなたこの後どうするんですか? 村の人達怒らせちゃったみたいですけど、行く場所なんてないですよね?」

「ああ、うん。丁度身の振り方を考えてたところなんだ」

 

 鳳は鼻血を止めようとして、首の後をトントンと叩きながら、

 

「ぼちぼちこっから出ていこうかと思ってる」

「え……ええええええーーー!?」

 

 すると、それを聞いてきたミーティアだけでなく、一緒にいたルーシーまでもが素っ頓狂な声を上げた。左右から甲高いソプラノの悲鳴が響いてきて、耳がキンキンとなる。鳳は今度は耳を塞いで目を瞬かせながら、

 

「な、なにもそこまで驚かんでも……元々、ここには大陸に逃げる途中に立ち寄っただけだし、そろそろ潮時かなって思ったんだ。考えてみりゃ俺も追われる身なんだから、いつまでもこんな場所にはいられないだろ?」

「そりゃ……そうかも知れませんが」

「でも、丁度良かった。ルーシーにこれからどうするか聞きたかったんだ。もし良かったら、俺と一緒に来るかい?」

 

 鳳としては何となしに聞いたつもりだった。しかし、彼がそう尋ねるや否や、ルーシーはものすっっっごく、嫌そうな表情を作って、心の底から迷惑そうに、

 

「どおぉぉーーーーーー………………して、私に聞くかなあ!? そんなこと」

 

 まさかそこまで嫌がられるとは思わず、鳳は少しショックを受けながら、

 

「え?! いや……もちろん、無理にとは言わないけど。ほら! 以前、あの街にいた時に、ギルド酒場のマスターに言われただろう? 勇者領に行くなら、一緒に連れてってくれないかって。あれを思い出して……そんなに嫌だとは思わなかった。変なこと言って悪かったね」

「あーもー! あーもー!」

 

 鳳がシュンと項垂れていると、ルーシーは頭皮が剥がれるんじゃないかと言わんばかりにガリガリと脳天を引っ掻いて、

 

「別に一緒に行きたくないって言ってるんじゃないよ! どうして私なのかって聞いてるの! 他に連れてく人がいるでしょう!?」

「ジャンヌのこと? まあ、あいつは勝手についてくるだろう。メアリーには後で聞くつもりだけど。多分、爺さんと一緒に残るんじゃないかなあ」

「そっちじゃなくって……!」

 

 まさかギヨームのことを言ってるだろうか? 彼のことは確かに仲間だと思っているが、もともと独立した冒険者なのだから、わざわざ聞かなくても自分で判断するだろうと思っていたのだが……それともまさか、ホモ達とでも思ってるのか? 私の推しカプが、相棒に冷たいと憤ってるのか? 鳳には何故ルーシーが怒っているのか、いまいち分からなかった。

 

 でもまあ、彼女も本気で怒ってるわけでもないだろうし、ここは黙って嵐が過ぎ去るのを待つのが吉だろう。それとも、これはもしやあれか? ツンデレと言うやつだろうか? この子、ひょっとして、俺に気があるんじゃ……などと、鳳がボケーッと考えていると、

 

「そ、そうですよ! 何も鳳さんが一人だけで出ていくことはないじゃないですか」

 

 それまで黙っていたミーティアが、突然、そんなことを言い出した。

 

「いや、ジャンヌも一緒だけど」

「とにかく! 一人だけ都会に逃げるなんてずるいですよ。思えば、私がこんなど田舎に飛ばされたのだって、鳳さんのせいじゃないですか。なのにあなたが出ていって、私だけが残るなんて理不尽じゃありませんか!?」

「そんなこと言われても……」

「こうなったら責任とって、私も都会に連れてって貰います。ギルド長に辞表を叩きつけてきますから、ちょっと待ってて下さい!」

「え!? ちょっと!」

 

 ミーティアは返事を待たずにピューッと来た道を戻っていってしまった。こんな真っ暗な道を一人でなんて、心配でしかなかったが、あまりに物凄い速さで駆けていってしまったので、追いかける暇すら見つからなかった。

 

 鳳はその背中を呆然と見送りながら、

 

「よっぽど、森の生活が嫌だったんだろうなあ……まあ、考えてもみりゃ、若い身空でこんな僻地に飛ばされたんだ、ストレスも溜まるってもんだろう。彼女も都会の生活が懐かしいんだろうな。つーか、ミーティアさん、ルーシーと一緒に行きたいならそう言ってくれれば良いのに、あの人も大概不器用な人だよなあ……」

 

 鳳がそんな感想を呟いていると、突然、ガシッ! ……っと、肩を万力のような力で掴まれた。肩に食い込む爪に、痛い痛いと涙目になって振り返れば……そこには般若のような顔をしたルーシーが立っていた。

 

「鳳くん、正座」

「……はい」

 

 鳳は言われるままにその場に正座した。ルーシーはそんな彼の頭の上から罵声を浴びせかける。鳳は何故怒られているのかわからないまま、それを黙って聞いていた。マジックマッシュルームの秘密よりも、彼女の小言の理由のほうが、今は深刻な問題のように思えた。

 

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