ラストスタリオン   作:水月一人

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信頼することと依存することは違う

「いい? 鳳くん。人生には大事な袋が3つあるの! 給料袋、堪忍袋、そして最後は……なんだっけ? とにかく! あんなにわかりやすい人に、あんな態度で接してたら、私の堪忍袋もマッハだよ! 君はもっと周りの人の気持ちを理解しないと、いつか足元すくわれると思うなあ! ううん、違うわ、どっちかっていうと、普段はどうしてこんな些細なことまでってくらい、他人のこと気味悪いくらい観察してるくせに、君は自分のことになると途端にからきしまるっきり駄目になるよね!? ああ、思い出したらなんか腹立ってきた! ダメダメだよ! ニブニブだよ!」

 

 村から追い出されて黄昏れていたら、気づけばそれを心配して様子を見に来たルーシーにまで説教されていた。鳳は頭を垂れて嵐が過ぎ去るのをひたすら待った。どうして自分はこんな森の奥深くで、女子に結婚スピーチをされているんだろうか……

 

 ルーシーはいつも穏やかな反動からか、怒ると止まらない性格らしく、自分の放った小言にまで腹を立てて、延々と説教を繰り返していた。そんなことを続けてるうちに、説教も明後日の方向に飛んでしまい、気がつけばもはや原型を留めておらず、まあ、最初から何に対して怒られてるのか分からなかったのだが、今となってはそれを理解しようと思えないくらい、話は別次元へと転がっていた。

 

 怒ってる女子には下手な言い訳をしないほうが良いだろうと、さっきからハイハイと黙って聞いているのだが、そのせいか説教が終わる気配がまるで無い。このままだと夜が明けてしまうので、そろそろ何か反論でもしたほうが良さそうなのだが……そもそも何に怒られているのか分からないので、その糸口すら掴めず困ってしまった。3つ目の袋は金玉袋、なんて言おうものならもっと怒られそうだし、何かいい口実でもないものだろうか……

 

 鳳がそんなことを考えつつ、背中を丸めて小さくなっていると、ルーシーの金切り声に混じって、パキッ……っと、枯れ枝を踏む音が聞こえてきた。この辺は野生動物がいるから、その手の音はいくらでも聞こえてくるのだが、それが遠ざかっているならともかく、こっちに近づいてくるので鳳は少々気になった。

 

「ちゃんと聞いてる? 鳳くん!」

「は、はい、すみません……」

 

 そんな態度が出てしまったのか、ルーシーの声がヒートアップする。鳳は反射的に謝罪を返したが、それで近づいてくる気配が消えるわけでもない。

 

 気になるのはその正体だが……もしかするとミーティアが引き返してきたのかもと思ったが、彼女なら松明を持ってるはずだ。それに思い至ったところで、彼は悠長に相手の出方を待ってる場合ではないと判断した。

 

「えーっと、ルーシー?」

「なに?」

「ちょっとごめんね」

 

 鳳は立ち上がると、ガミガミと小言を言っているルーシーの肩をぐいっと引っ張り、自分の背後へ追いやると、持っていたナイフを取り出して構えた。

 

「え? ちょ? 鳳くん? なになになに!?」

 

 白刃が月を反射してキラリと光る。突然のことに驚いたルーシーが真っ青になって手を上げていた。事情を説明している時間はない。鳳はそんな彼女に頭の中で謝罪をしつつ、手にしたナイフを森の方へと向けて叫んだ。

 

「誰だ! 人間ならそこで止まれ! 動物なら……俺たちは美味くないぞ!」

 

 ルーシーはその言葉で、誰かが近づいてきていることにようやく気づくと、オロオロしながら河原の石を拾い上げていた。

 

 鳳は額ににじみ出る冷や汗を拭った。もし、本当に動物なら、言って止まってくれるわけがない。今この場にいる二人では、猛獣の相手をするのは不可能だろう。せめて、ルーシーだけでも逃してやれないか……

 

 しかし、鳳のそんな覚悟は杞憂に終わった。

 

「少年……俺だ」

「え? ガルガンチュアさん??」

 

 真っ暗な森の中から聞こえてきたのは、ついさっき鳳を放逐した村の族長ガルガンチュアの声だった。二人が、ホッとすると同時に、どうして彼がこんなとこまでやってきたんだろうと思って戸惑っていると、ガルガンチュアはゆっくりと森の中から姿を表し、

 

「こんなところにいたのか。探したぞ」

 

 獣王は、鳳のことを探していたらしい。村から追い出しておいて、何の用事があると言うのだろうか。もしかして村人たちに突き上げられて、謝罪が足りないとか、やっぱリンチにするとか言い出すんじゃないだろうな……

 

 鳳は被害妄想をたくましくしてブルブル震えていたが、実のところガルガンチュアはまるで真逆のことを言い出した。

 

「村人たちはもう怒ってない。落ち着いたら、村に帰ってこい」

「え? どういうこと? もしかして、俺のこと呼びに来てくれたんですか?」

「そうだ」

 

 鳳は、流石に今回はやらかしすぎたと思っていから、まさか帰ってこいなんて言葉が飛び出してくるとは思わず、びっくりして聞き返した。するとガルガンチュアは改めて、鳳に村に帰ってきてくれと言うのだった。

 

 曰く、鳳が村から追い出された後、ジャンヌが謝罪をして回っていたのだが、長老は許してくれても、村人たちが許してくれない雰囲気だったので、仕方なく彼も村から出ていくと言い出した。

 

 すると今度はメアリーが、鳳もジャンヌも居ないんじゃつまらないから自分も出ていくと言い出し、神人を怒らせたと思った村人たちが、パニックに陥っているらしいのだ。

 

「ジャンヌもメアリーも、おまえが帰ってくるなら村にいると言っている。だから村人たちも、今はおまえに帰ってきて欲しいと言っている」

「はあ……そりゃあ、俺としても願ったり叶ったりなんで。長老が許してくれるなら、すぐにでも村に帰りますけど」

「なら平気だ。長老は最初から怒ってなんかない。しかし、どうしてあんなことをしたんだ?」

 

 あんなこととは、儀式を邪魔してまでキノコを奪おうとしたことだろう。鳳は苦笑交じりに、

 

「いやあ……実はほら、長老が食べていたキノコがあるでしょう? あれが気になって気になって。ガルガンチュアさんたちは気づいてないでしょうが、あれは恐らく、神人が使えばMPを超回復してくれる凄い薬なんですよ」

「なに、そうなのか??」

 

 ガルガンチュアは目を丸くしている。鳳は大きく頷いて、

 

「きっと魔力を持たない人間がラリってしまうのを利用して長老はトランスしてるんでしょう。地球……俺の故郷でも、シャーマンがそういうクスリを使うって聞いたことがあります。俺はアルケミストだから、そう言う怪しいクス……ゲフンゲフン……珍しい薬品とかが気になるんです。なんつーか、職業的に」

「アルケミスト……??」

 

 ガルガンチュアは、何のことかいまいち分からないといった感じに首を傾げてから、

 

「……そう言えば、街でおかしなクスリを作っていたな。俺にはさっぱり分からなかったが、スカーサハが頻りに褒めていた」

「そうでしょそうでしょ」

「ふむ……不思議なやつだな、少年。だが、おまえの言ってることは全部本当のことのようだ。長老も、理由を知れば、納得するだろう」

 

 だと良いのだが……鳳はガルガンチュアが納得したところで、さっき思いついた疑問を尋ねてみることにした。

 

「ところで、あのキノコってどこで手に入れてるんです? 長老は村から出ることは殆どないし、もし村の近くにあるなら俺が気づかないわけがない。ガルガンチュアさん、知りませんか?」

「…………知らないぞ」

 

 鳳が話を向けると、ガルガンチュアは彼にしては珍しく口ごもっていた。相変わらず、狼人の表情は読めなかったが、まるでブラウン運動のように目が泳ぎまくってるので、何か知ってると白状しているようなものだった。

 

 どうしよう……もう少し突っ込んで聞いてみようか……?

 

 しかし、村人たちとの関係もギクシャクしている今、ここで無理強いしても仕方ないだろう。ガルガンチュアの機嫌まで損ねてしまったら、今度こそ村に居づらくなる。

 

「そうですか……それじゃあ、長老に謝罪しに行きたいから、段取りだけつけてもらえません? いきなり行って会ってもらえないと困るから」

「長老はもう寝ている。ここで朝を待って、一緒に家に行こう」

「そうしてくれると助かりますよ」

 

 鳳とガルガンチュアがそうして村へ帰る段取りをつけていると、その様子を蚊帳の外から聞いていたルーシーがハッと何かに気づいた感じで、

 

「あれ!? それじゃあ鳳くん、あの村に帰るの?」

「うん。今、聞いてただろう? みんな帰ってこいって言ってるらしいんで」

「聞いてたよ! 大変だ! ミーさん止めなきゃ!!」

 

 ルーシーは、うひゃー! っと叫び声を上げると、真っ暗な森へと一直線に駆け込んでいった。恐らく、ギルド長に辞表を叩きつけにいったミーティアのことを止めようと思ったのだろう。

 

「あ、ちょっと! 一人じゃ危ないよっ!!」

 

 慌てて鳳が叫ぶも、彼女の耳にはもう届かないようだった。真っ暗闇の森の中を駆け抜ける彼女の姿は、あっという間に見えなくなった。どうするか、追いかけるべきか? それにしても、こんな暗闇の中、躊躇せずに走っていけるなんて、ルーシーは意外と目が良いんだなと思っていると、

 

「大丈夫だ、この辺りは俺たちを恐れて獣もいない」

 

 夜目の利くガルガンチュアはまだ彼女の姿を追えるらしく、足取りもしっかりしてるから放っておいても大丈夫だろうと請け合ってくれた。

 

 まあ、ガルガンチュアが言うなら、本当に大丈夫なんだろう。鳳は一先ず安心すると、小さくなりかけていた焚き火の炎に薪をくべた。

 

 フーフーと息を吹きかけると、炭化した薪が灼熱し、周囲を暖かく照らした。

 

 朝まで野宿を付き合ってくれるらしいガルガンチュアが、焚き火をかこんだ反対側に座ると、干し肉を一枚分けてくれた。きっとお腹を空かせているだろうと、気を使ってくれたようである。ありがたく頂戴する。

 

「また、仲間が増えたのか」

 

 二人でくっちゃくっちゃと干し肉をかじっていたら、焚き火の炎を見つめたままのガルガンチュアが、ボソッと呟くように言った。また、というのは、ルーシーのことだろうか。ガルガンチュアとは良く行動を共にするが、そう言えば、彼女がパーティーメンバーになってからは一度もなかった。

 

「ああ、こないだの南部遠征からお手伝いしてくれてるんです。ああ見えて、現代魔法の使い手なんですよ。思わぬ拾い物をしました」

「そうか……」

 

 獣王は感心した素振りで、

 

「おまえはリーダーっぽくないのに、真のリーダーのようだ」

「ええっ……? いや、俺は別にリーダーじゃありませんよ」

 

 すると彼は首を振って、

 

「仲間の行動を見ればわかる。おまえのために、ジャンヌは頭を下げた。おまえが居ないなら、メアリーは出ていくと言った。さっきの女も、おまえを信頼してここまで来た」

 

 ガルガンチュアはそう言うと、難しそうな顔をして少し唸り声を上げてから、

 

「どうしてなのだ? おまえにとってリーダーとは何なのだ。俺は、族長をしているが、未だによくわからない。おまえのように、上手くみんなを導けない」

「別に俺はそんなんじゃないと思いますがねえ……」

 

 焚き火の炎に浮かび上がるガルガンチュアの表情は真剣なようだ。下手に謙遜したり、はぐらかしたりしても、機嫌を損ねるだけだろう。

 

 鳳は、本当に自分がリーダーだなんて思ってもいないし、多分、自分のチート能力のせいもあるだろうと思ったが、それを言っても分かってもらえないだろうから、少し考えてから、思ってることを口にした。

 

「これ、さっきの彼女にも言ったことなんですけど、多分、俺は何も出来ないからじゃないですかね」

 

 ガルガンチュアは、ジロリと、視線だけで鳳の顔を捕らえる。見た目、完全に野獣(ビースト)なのだから、そんな怖い顔しないでくれと思いながら、鳳は続けた。

 

「俺と違って、みんな優秀なんですよ。魔法ではメアリーに敵わない。戦闘ではジャンヌの右に出る者はいない。探索や遠距離攻撃はギヨームに任せればいいし、みんなへの気配りはルーシーがやってくれる。

 

 俺に出来ることなんて何もない。せいぜい、薬草を集めるくらいだ。俺はそれを情けないと思うし、申し訳なくも思うけど、それでいいと思ってます。だってみんながやったほうが効率がいいんだから。それが分かってるからじゃないですかね。

 

 ほら、信頼することと依存することって違うでしょ? みんな、困った時に頼れるのがリーダーだって思ってるけど、そうじゃないんですよ。困った時は、絶対、みんなの力が必要なんだ。もちろん、リーダーは一通り何でもこなせた方がいいでしょうけど、物理的、時間的に考えて、何でも出来る人間なんていませんよ。

 

 ところが駄目なリーダーは、全部自分がやった方が上手いと思ってて、そして口出しするじゃないですか。事実、その通りだったとしても、自分のことを信頼してないリーダーになんて、誰もついてきませんよ。だから、いざという時、そう言う人がリーダーだと困るんだ。

 

 マキャベリは言いました。君主たるものは、必ず自分に意見出来るものを側に置けと。何でもズケズケと物を言うエキスパートを置いておかなければならない。はいはい言うことを聞く側近ばかりじゃ、本当にわからないことがあった時に困ってしまう。

 

 でも、部下に好きに言わせていても、決断するのは必ず自分だ。俺に意見をするくらいなら、おまえがやれなんて部下に押し付けても、誰が好き好んでそんなやつの尻拭いをするでしょうか。必ず最後に決断するのが君主の仕事なんだそうです。

 

 そんな感じで、自分が出来ないこと、そして部下の出来ることを知り、決断を下す。それが真のリーダーってやつなんじゃないでしょうか」

 

 取り敢えず、思いつく限りの美辞麗句を並べ立てただけだが、案外うまくまとまったんじゃないだろうか……鳳は、あの嫌いだった父親の教育が、まさかこんなところで役に立つとはと思って、内心舌打ちをした。

 

 特にマキャベリは翻訳本を何度も読み返したものだが……そう言えば、レオナルドと彼は友人同士ではなかったか? ただのハゲ散らかした爺さんくらいにしか思ってなかったが、ああ見えて歴史上の偉人なのだ。今度、機会があったら聞いてみようと鳳は思った。

 

「信頼することと依存することは違うか……」

 

 鳳がそんなことを考えていると、ガルガンチュアはなにか思うところがあったらしく、そんなことを呟いた。

 

「ええ、だから俺は本当に自分がリーダーだなんて思ってなくて、単にみんながやれることを知ってて、こうしてくださいってお願いしてるだけなんですよ」

「……そうか。うーん……そうか」

 

 彼のお気に召したのだろうか? ガルガンチュアは低い唸り声を上げながら、何かを考え込むように、焚き火の炎をかき混ぜていた。その姿がまるで中間管理職みたいで哀愁を誘う。

 

 悩み事でもあるのだろうか……? まあ、彼はあの怒りっぽい村人たちを束ねているリーダーなのだから、気苦労も絶えないのだろう。

 

 何か気の利いたセリフでもかけてあげられればいいのだが、そんな都合のいいものは何も思い浮かばず、二人はそのまま無言で朝まで焚き火を囲んでは、干し肉をくっちゃっくっちゃとやっていた。

 

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