長老や村人たちが罹った熱病にはどうやら特効薬があるらしい。ガルガンチュアからの依頼を受けて、それを貰いに行くことになった鳳たちは、出発の段階になってはたと気がついた。
たった今、病人の看病をしているのは、メアリーとレオナルドだ。そんな二人を探検に連れて行ってもいいものだろうか。
出発する前、村人たちに家の掃除と除菌をするように言ったのだが、やはり獣人に公衆衛生の概念など理解し難いらしく、説明するのに一苦労した。中には鳳のくせに生意気だと言って怒り出す者まで出る始末である。ところが、同じことをメアリーが言えば、誰一人逆らうこと無く素直に言うことを聞くのだから、やはり今、彼女を村から連れ出すわけにはいかないだろう。
範囲魔法の使用者、特に今となってはパーティーの要とも言えるメアリーが居ないのは少々不安ではあるが、今回ばかりは村のために残ってもらったほうが良い。鳳たちはその旨をレオナルドに伝え、細心の注意を払い四人パーティーで旅立った。
目的の部族はレイヴンと言って、ガルガンチュアの村から3日ほどの距離に住んでいるらしい。行って帰っておよそ1週間の行程であるが、それまで患者の体力が持つかどうかはかなり際どいところである。特に高齢者の長老はぎりぎりと言っていいくらいだろう。可能な限り急ぎたいところだった。
しかし、幸運なことに、その不安はすぐ解消された。
出発初日、目的の村のある場所が、丁度クマ退治の時にお邪魔した隣村の方角と一致したため、補給も兼ねて挨拶に寄ることにした。距離的には数時間で、寄る必要は無かったのだが、これが功を奏した。
三度目ともなると手慣れたもので、到着すると隣村の長が快く出迎えてくれた。今日はどうしたのか、またオアンネスを倒しに来たのか? と尋ねられたので、事情を説明すると、なんと、村長は薬の備蓄があるから少し分けてあげると言い出した。
距離的に近いだけあって、隣村とガルガンチュアの村は血縁関係が全く無いわけでもない。
隣村の長は長老のことをよく知っており、昔世話になったことがあるから、死なれては寝覚めが悪い。後で冒険者ギルドに持っていってやると約束してくれた。
その代わり、隣村の分も薬を持ち帰ってきてくれとお願いされたが、こちらとしては願ったり叶ったりなので、もちろん承諾した。これで後顧の憂いは断った。しかし、それでもマニを始めとする他の患者が危険なことに変わりないから、鳳たちは先を急ぐように隣村を後にした。
初日はそうして距離を稼ぎ、たまたま見つけた森の広場にキャンプを張って一夜を過ごした。ここまでは、一度来たことがある場所だからまっすぐ進んでこられたが、ここから先は川を目印にして進むしかない。
森を歩く上で一番困るのは、自分たちがどっちへ進んでいるか、方向がわからなくなることだ。方角は方位磁針があれば分かるとはいえ、動物の足は左右で筋力が違うため、真っ直ぐ進んでいるつもりでも、いつの間にか方向がずれてしまう。
方位磁針でずれを直しても、既に間違って進んできた分を挽回出来るわけじゃないから、結局の所、なにか目印を見つけて、それを頼りに歩くしかない。しかし森の中は視界が悪く、例えば遠くの山を目印にしても、すぐ木に遮られてどうしようもなくなるわけだ。
となると、視界を遮られないですむ川を目印にして進みたくなるのだが……川と言えば、このところ嫌というほど苦労させられている、オアンネス族のコロニーにぶち当たらないとは限らない。メアリーがいるならまだしも、今の四人だけではそんなのに見つかったら対処し切れないので、出来る限り川からは離れて進みたいところである。
そんなわけで、一行は地図を頼りに、川を経由しながら、出来るだけ森の中を進むルートを取ることにした。それなら多少方向がずれても、川に辿り着いたところで修正が効き、魚人族と遭遇する可能性も少なくて済むだろう。
しかし言うまでもなく、この方法では道なき道を進むことになるため、移動には思った以上に時間がかかった。そのため、二日目も三日目も予定の行程を進めず、鳳たちはその疲労と焦りから、次第に口数も少なくなっていた。
三日目、本来なら目的地に辿り着いているはずだった一行は、到着する前に日が暮れてきてしまい、否応なく足を止めることになった。森ルートにはもう一つ制約があった。それは夜になったら本当に何も見えなくなるから、身動きが取れなくなることだ。
その日は目印にした川のほとりにキャンプを張った。南部遠征の経験もあってか、この頃になるとルーシーも夜営に慣れてきて、ギヨームと二人でテントを張る手伝いをしていた。
ジャンヌはその間、乗ってきた馬の世話をしており、鳳は夕飯の足しにするつもりで、川に仕掛け針をぶっ込んでおこうと、じゃぶじゃぶと足首まで水につかっていた。
「……てー……たす……」
と、その時だった。岩陰に針を投げ込もうとしている鳳の耳に、風に乗って人の声らしき音が飛び込んできた。それはどこか緊迫感を帯びているというか、助けを求めているような気がして、鳳はハッと顔を上げて風上に耳を傾けた。
風のびゅうびゅう吹く音と、川のせせらぎの音くらいしか耳には届かない。気のせいだったのだろうか……彼がそう判断し、また釣り針を仕掛けようとした時、ギャアギャア! っと、遠くの方でカラスの鳴き声が聞こえてきた。
その声に混じって、やはり誰かの叫ぶギャアというような声も聞こえてくるような気がした。鳳は確信を持てなかったが、二度目ともなると流石に居ても立ってもいられなくなり、戻ってギヨームに相談することにした。
鳳に呼ばれると彼はテントを張っていた手を休め、河原にやってきて耳をそばだて、地面に耳を当てたりして何かを探りはじめた。最終的に手近な木に登り、手をかざして遠くの方を眺めて、その木から下りてくると、
「多分、ここから1キロくらい上流だ。何か居るな。今までの経験からして、オアンネスのコロニーで間違いないだろう」
「それじゃ俺の聞いた声は?」
鳳が尋ねると、ギヨームは苦虫を噛み潰したような表情で、
「状況から察するに、見知らぬ誰かが捕まっている可能性はある。だが、それを確認したわけじゃない。俺たちは今、コロニーを潰す十分な備えがない。行ったところで何も出来ず、最悪の場合は二次災害を引き起こしかねない。見つかる前にここから離れた方が良いだろう」
「そうか……」
ギヨームの提言はもっともだ。今の戦力でオアンネスのコロニーを潰すことは出来ない。それに、二次災害になった時、やられるのは非戦闘員の鳳とルーシーだろう。それを避けるためにも、危険に首を突っ込まず、さっさとここから離れた方がいい。
だが、それで捕まっているかも知れない誰かを見捨てるのでは後味が悪い。同じように思っているのか、ジャンヌとルーシーが不安そうな目で鳳のことを見ている。彼は少し考えてから、
「……ジャンヌ。例えば誰かが捕まっていたとして、一人だけなら助けることは可能か?」
「正気か!?」
その問いに、ジャンヌではなくギヨームが反応する。
「知ってるだろう? オアンネスのコロニーには数十から、多くて百体もの魔族が潜んでいる。そんな中に突っ込んでくなんて、正気の沙汰じゃないぜ?」
「ああ、でもメアリーがまだ魔法を使えなかった頃、切り込み隊長はいつもジャンヌだったろう。一撃して、相手に隙を作ることが出来るなら、一人くらいならなんとか助けられないかな」
「仮に出来たとしても、俺たちがそんなことする理由はないだろう?」
ギヨームが食い下がる。だが、鳳は首を振って、
「いや……魚人共に誰かが捕まってるとしたら、その人は拷問されてる可能性がある。奴らは悪知恵が働くから、そうやって村の位置を聞き出すんだ。これを見逃すと、最悪の場合、どこかの村が壊滅することになる……もちろん、俺達のやることじゃないのは分かってるが……」
「う、うーん……」
「様子を見て、駄目そうだったら諦めよう。その場合は、目的の村に急行して助けを呼ぶことにする」
ギヨームはうんうん唸りながら反論を探しているようだったが、最終的には額に手を当てのけぞるように天を仰ぎながら、
「わーかったよ! でもコロニーの様子を見に行くのは俺がやる。突っ込むかどうかの判断もだ。それでいいな?」
鳳たちは頷くと、せっかく用意していたキャンプの火を消して、潜行して近づく準備を始めた。
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真っ暗な森の中を、川に差し込む月明かりを頼りにコソコソと進んだ。幸いなことに、目的地は風上にあったから、音にさえ気をつければ見つかる心配はなかった。姿勢を屈めながらおよそ500メートルくらい進んだところで、自然の音以外に異音が混じっていることがはっきりと分かるようになってきた。魚人たちのガヤガヤとした話し声が、風に乗って聞こえてくる。
コロニーの200メートル手前くらいまで進むと、ギヨームが後続を手で制し、一人で様子を見に行った。緊張しながら待っていると、10分くらいして戻ってきて、
「……ビンゴだ。川べりの木に括り付けられた人間が一人見えた。生死は確認出来なかったが、肉になってないならまだ生きてるだろう。ついてることに、魚人共はもうおネムの時間らしいぜ。襲撃するなら今がチャンスだ」
ギヨームのゴーサインが出た。鳳たちは自分たちの作戦を確認しあうと、相手に気付かれないようにジリジリと距離を詰めた。
作戦……とはいえ、4人しかいないのだから役割は殆ど決まっていた。いつもどおり、切り込み隊長のジャンヌが突っ込んでいって一撃し、可能な限り敵を引きつける。敵がジャンヌに釣られたところを、ギヨームが援護射撃で数を減らす。魚人共は、背後からの攻撃に驚くだろう。そうして浮足立ってる間に、鳳がこっそり近づいていって、捕らえられてる人物を救出する。
作戦の要は言うまでもなくジャンヌである。彼が敵を引き付け、上手く捕虜から目を逸らすように誘導してくれなければ作戦は上手くいかない。その場合、敵の中に突入する鳳は、最悪捕まって殺されてしまう危険がある。
だが、鳳は殆ど不安にならなかった。言うまでもなく、ジャンヌが失敗するわけがないからだ。
「紫電一閃っ!」
ドンッ!! ……っと地面がグラグラ揺れて、寝込みを襲われた魚人共は吹き飛んでいった。地割れから地下水が吹き出し、スコールのように河原に降り注ぐ。突然の襲撃に泡を食った魚人たちがわらわらと逃げ出そうとするが、そこに立っていたのがたった一人の人間であることに気がつくと、彼らは怒りと邪な気持ちに任せて、ジャンヌに飛びかかってきた。
しかしそこはそれ、長年タンク職として敵の攻撃を受け流し続けてきた彼は、全く動じること無く複数体の攻撃を器用に捌きながら、じわじわと追い詰められてる体で捕虜とは逆方向へと後退していく。
殆どの魚人がそれに釣られてコロニーが空になるほどだ。さすがとしか言いようがない。だが、ジャンヌもこれだけの数は捌ききれない。頃合いを見計らって、森の中に潜んでいたギヨームと鳳が、そんな彼を射撃で援護する。
パンッ! パンッ! っと銃声が轟き、一発鳴るごとに魚人が一体ずつ倒れていった。ギヨームの射撃は相変わらず正確で、急所さえ見えていれば絶対に外すことがない。その速さと正確さは、こうして隣に並んで撃っているとはっきり分かった。実力の違いというものを嫌というほど思い知らされ、鳳は舌を巻いた。
鳳は彼のように一撃死は狙えなくても、せめて足だけでも止められるようにと、魚人の体のど真ん中を狙った。それでも外すことが何度もあり、次第に焦りを感じ始めていると……
「頑張れー! 頑張れー!」
……よっぽど手持ち無沙汰だったのか、なんか背後の方でルーシーが一生懸命声援を送りはじめた。こんな緊迫した場面で何をやっているのだろう。お陰で緊張は解れたが、それはちょっと絵面的にもどうかと思うぞ……と、鳳がツッコミを入れようかどうか迷った時だった。
「……お!?」
彼は突然、体が軽くなったような気がして困惑した。それでも、腕は止めずに射撃を続けていたが、なんだかさっきより命中率が上がっているような……
「う、上手くいったかな……? エールって魔法なんだけど」
ルーシーが恐る恐るそう尋ねる。どうやら彼女が現代魔法を使ったらしい。異様に体が軽く感じるのは、恐らくステータスアップ系の魔法だろう。レオナルドに師事して魔法を習っているのはもちろん知っていたが、もう実用的な魔法を覚えていたなんて頼もしい限りである。
「こりゃあ良い」
バフが乗ってブーストがかかったギヨームが、もはやピストルというよりもマシンガンといった感じに連続射撃をぶっ放している。最初は足手まといになると反対していた彼も、もうそんなことは思ってないだろう。鳳もそんな彼の負けじと射撃を続けようと思ったが、
「おい、鳳! ここはもういいから、さっさと行け!」
言われてハッと思い出す。今回の作戦は殲滅が目的ではない。ジャンヌとギヨームの活躍によって、魚人共の注意は完全に捕虜から離れていた。救出するなら今がチャンスだ。
鳳は姿勢を低くして、敵に見つからないように隠れながら進んだ。さっきバフを掛けてもらったお陰か、足取りも軽やかだった。彼は電光石火の素早さで森の中を駆け抜けると、捕虜に一番近い場所から、さっと河原に飛び出した。
「た、助けてっ!」
鳳が飛び出したのを見つけるや、捕虜が助けを求める声をあげた。鳳は口に人差し指を立ててその声を制すると、一直線に彼の元へと駆け寄った。
木に括り付けられた男は、ツタか何かでぐるぐる巻きにされている。鳳はナイフを取り出すと、それをノコギリのように切断し、捕虜を解放した。
拘束が解かれた瞬間、よほど痛めつけられていたのだろうか、捕虜は一人で立ち上げることが出来ずにその場にくずおれた。そのままでは地面に激突してしまう。鳳は慌てて駆け寄るも……
「大丈夫か……ええっ!?」
彼は捕虜を抱き起こし……そして、その顔を見て目を丸くした。何故なら、そこに居るはずのない人間が居たからだ。
知り合いという意味ではない。なのにいるはずないと言い切れるのは、それは彼が人間だったからだ。獣人ではなく人間……狼人でも、猫人でも、兎人でも、蜥蜴人でもない。もちろん神人でもない、普通の人間だったのである。
どうしてここに人間が……?
「鳳くん! 早くして!!」
鳳が捕虜を抱えたまま戸惑っていると、雑木林の方からルーシーが手招きをしているのが見えた。我を取り戻した彼は、取り敢えず疑問は後回しだと、捕虜に肩を貸して引きずるように森の中へと駆け込んだ。
捕虜が逃げ出したことに気づいたのだろうか、ギャアギャアという怒鳴り声と、バタバタと土を蹴る足音が背後に迫る。鳳とルーシーは捕虜を挟むようにして抱えながら、必死になって駆け続けた。なんとか追いつかれずに済んでいるのは、多分、ルーシーの魔法が効いているからだろう。
しかし、日は暮れて森の中は真っ暗である。一寸先も見えない闇の中を、一体どっちに向かって走ればいいのか焦っていると、
「鳳くん、こっちだよ」
捕虜を挟んで反対側にいるルーシーが、鳳の腕をぐいと引っ張った。
「見えるのか!?」
「大丈夫! 見えてるからっ!」
彼女はそう言うが、鳳には何も見えないから本当かどうかわからない。かと言って、自分に何が出来るわけでもなく、彼はもはや目をつぶって綱渡りするような心境で、彼女に引っ張られるままについて行った。
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ルーシーは本当に夜目が利くようだった。暫くすると森の中でギヨームとジャンヌに合流し、捕虜を担ぐ役目をジャンヌに任せた一行は、彼女に導かれてキャンプ地までまっすぐ戻ってきた。
元々、目が悪いオアンネスの追っ手は、戻ってくるまでに完全にまいてしまっていたが、かと言ってその場でまたキャンプする気にはなれず、彼らはまとめておいた荷物を担ぐと、馬を引いて森の中へと入った。
途中、こんな闇の中を進むことを嫌がる馬を何度も宥めながら、どうにかこうにか1時間くらい進んだ。小川のせせらぎはもうとっくに聞こえておらず、フクロウの鳴き声だけが聞こえていた。倒木のある広場を見つけると、彼らはそこを今夜の野営地にすることにして、ようやく重たい荷物を下ろした。
ピットを掘って、枯れ葉を集め火を点ける。ろくな準備も出来なかったので、倒木を割って薪にし、少し湿気ったそれにどうにかこうにか火を付ける。
そうして周囲が照らされたことによって、助けた捕虜の状態がわかった。拷問を受けていたらしき彼は全身傷だらけで、顔はアザで膨れ上がり、両手の爪はすべて剥がされ、グズグズの生皮がむき出しになっていた。見ているだけで痛そうなその傷口は、泥で汚れて真っ黒になっていた。
こんな状態で1時間も歩いていたのか。鳳は慌てて水筒の水で傷口を洗うと、激痛で悲鳴をあげる彼を元気づけながら、手持ちの傷薬を塗って、ガーゼでカバーをした。恐らく顔は骨折し、歯も何本か抜けていたが、こちらの方は手の施しようもない。鳳は本来はMP回復用に持っていた草を渡すと、麻酔効果もあるからと言ってそれをかじらせた。
捕虜だった彼は最初はぐったりしていたが、治療を受けているうちに助かったという実感からか、徐々に気力を取り戻し、治療が終わる頃には、しっかり受け答えが出来るくらいにまで回復していた。
鳳は手遅れになる前に助けられたことにホッとしつつ、どうしてこんな森の奥深くに人間がいたのか事情を尋ねた。
もしかして、自分たちと同じ冒険者なのか、それともキャラバンから逸れたのか。そんな答えを予想していたのだが……返ってきた答えは、まったく想像もしていない代物だった。
「助けてくれてありがとうございます。いいえ、違います。自分はこの近辺の集落で暮らしている、生まれも育ちも森の住人ですよ」
鳳はまさかこんな大森林に人が住んでいるとは思わず、
「ええ!? もしかして、大森林って人間の集落も存在したの?」
と聞いてみた。すると男は首を振って、
「いいえ、自分が住んでいるのは人間の集落じゃありません……驚かれるかも知れませんが、自分は人間に見えるでしょうが、実は人間じゃないんですよ。自分は、人間の父親と、獣人の母親の間に生まれた、
と言い出した。
混血……そんなものが存在したのか。鳳は驚いた。
考えてみれば確かに、人間と獣人は同じ二足歩行の人類だ。道具を使ったり、言葉をしゃべることからも、獣人は類人猿よりも人間に近いのは間違いない。だが、その見た目がかなり違うことからして、この種族間に繁殖能力があるとは思わなかった。
それなら、どうして今まで混血を見たことがなかったんだろうかと思えば、
「混血は滅多に生まれないんですよ。そして、生まれたら生まれたで、どっちの種族からも忌み嫌われます……やっぱり、人間と獣人が性交をするのは、普通とは言えませんからね。自分はそういうハグレモノ……レイヴンって言うんですが、そこの集落から来ました。魚を獲ろうとして川で釣りに夢中になってたら、あいつらに襲われたんです……本当に危ないところでした」
「レイヴン……」
鳳はその名前をつい最近どこかで聞いたことを思い出して、
「もしかして、レイヴンって熱病に効く薬を持っているって部族かな?」
「はい、そうですけど」
「なんだ! 実は俺たち、熱病の薬が欲しくって、そこへ向かってたところだったんだ。なんか恩着せがましくて悪いけど、良かったら薬を分けてくれるように、村の人達にお願いしてくれないか?」
すると男は目を輝かせて、
「なんと、そうだったんですか? ええ、ええ、もちろん、自分からもリーダーにお願いしましょう。でも、そうですか、あなた方は冒険者だったんですね。こんな場所に来るくらいだから、てっきり自分たちの仲間になりに来た新人さんかと思ってましたが……」
そして男は、本当に何気なく、そして恐らく悪気もなく、とんでもない言葉を口にした。
「だって、そっちのお嬢さん……自分と同じ
「……え?」
「ハーフの女性がこんなところにいるなんて、他に理由は思いつきませんでしたよ。まさか冒険者として活躍している仲間が居ただなんて、本当にびっくりしました」
鳳たちは言葉を失った。
彼の言う、ハーフの“女性”と言うのは誰なのか……今この場には、女性はたった一人しかいない。
鳳は、困惑しながら同じ焚き火を囲んでいるルーシーのことを見た。同じく、難しい顔をしたジャンヌとギヨームも、彼女の方を見つめている。
「たははははは……バレてしまったか」
ルーシーはそんな仲間たち三人の視線を浴びて、最初のうちはドギマギしながら、続いてどこか諦めたように表情を無くして、最後にはいつも酒場で見せていた営業スマイルで……彼女はその事実を、どこか他人事のように肯定したのであった。